ってことで真の幼馴染さんの過去話です。
#1 小鳥遊柚の先輩 ①
勉強は授業中の話さえ聞いていれば容易に満点をとれる上、運動面もスポーツをやっている運動神経のよい男子を圧倒することが出来るほどだった。
コミュニケーション面においても誰とだって仲良くなれるし、容姿も間違いなく可愛い部類だろう。
周りからチヤホヤされ、驕ってしまっても無理のない環境で柚は決して驕らなかった。何せ、自分と比べるのもおこがましい才能に恵まれたかっこよくて優しくて大好きな先輩がいたから。
元々、体を動かすことが好きだった柚は前から興味があった近くの野球チームに体験入部した。そこで出会ったのが先輩だ。
先輩は、すごかった。打っても投げても一つ一つのプレイが圧巻であった。一度目に焼き付けてしまったら忘れられなくなる輝き。他人に明確な憧れを抱いたのはこれが最初で最後だった。
その日のうちに入部することを決めた柚は先輩に少しでも近づくため、必死に練習をこなした。そんな柚を先輩は気にかけ、遅くまで柚の練習に付き合って支えてくれた。調子が上がらず、泣き出してしまった時も黙って傍に寄り添ってくれた。体調を崩してしまった時には時間を見つけてはお見舞いに来てくれたりもした。
最初は自分が女の子だから特別に優しくしているのかと邪推したが、他の同性のチームメイトにもやっていることがすぐにわかった。
先輩は自分のことよりも他人を優先するお人よしだったのだ。そして、自身の遅れてしまった練習は誰もいなくなったグラウンドで返す。
先輩は誰よりも才能がありながら、努力家で誰よりも優しかった。
そんな先輩のことを人として好きになるのは必然だった。
野球だと少しだけナルシストになるところ。協調性があるのにとても負けず嫌いなところ。辛い時には必ず傍にいてくれるところ。ワガママを言っても、苦笑交じりで望みを叶えてくれるところ。頑張ったら頭を優しく撫でて褒めてくれるところ。泥だらけになりながら、野球を楽しそうにやっているところ。全てが愛おしかった。
柚も彼に近づけるように練習を続けてきた結果、メキメキと頭角を現してチームの4番を張るまで成長することが出来たのだった。
先輩と柚はお互いが投手と捕手としてバッテリーを組み、一蓮托生のコンビとしてチームを引っ張っていく存在になった。
このままずっと一緒にいられると思っていた。ずっと一緒に野球をして、少ない休日には一緒に出掛けて、バカみたいにふざけあって、甘えて、笑い合って。楽しくて幸せな日々が続くと信じていた。
――その幻想は柚が中学生に進級したときに崩壊した。
先輩を追いかけて、地区の違う中学校に進学した柚は当然彼が所属したチームに入った。ここでも一緒にバッテリーを組んで、チームを導いていくつもりだった。
しかし、努力を重ねても周りの男子よりも俊敏に動けない。リトルリーグ時代までは力強いバッティングに自信があったのに、チーム内では平均より上程度。走力と肩力に至ってはチーム内の男子の平均以下という不甲斐ない結果になってしまった。
結局、柚はピッチャーにもキャッチャーにもチーム内で任命されることはなかった。
所詮、柚は秀才止まりだった。性別の差を覆すためには努力で補うしかなかった。より努力しなければ、周りの平凡な男にも抜かれかけてしまう事実に悔しくて一人で枕を濡らした。
勉強も授業中に聞くだけでは学年トップの成績を維持することは難しくなった。
毎日毎日、柚は不安と恐怖に駆られていた。このままだと先輩と対等どころか背中すら見られなくなる不安。先輩に見限られて、やがて忘れ去られてしまうのではないかという恐怖。先輩の性格上決してありえないが、負の感情はどんどんエスカレートしていき、季節は夏に差し掛かるのに全身が寒気が走るほど柚は追い詰められていた。
それでも、小鳥遊柚のアイデンティティを守るために血反吐を吐く努力をし続けた。
足りなくなったパワーは動体視力とミート力の強化で力任せではなく、芯を捉えるコンパクトなバッティングに切り替えた。守備も基礎をこれでもかというぐらいに固めた上で動き出しを極限まで早くする特訓を行い、守備範囲とフットワーク面の改善に努めた。
勉強も予習、復習をどんなに疲れていても欠かさず行い、寝落ちしかけたとしても一日のノルマを達成するまでは決してやめることはなかった。
『あのピッチャーの球をよく打ったな!』
『私だって元は不動の4番打者だったんだからね! むふん!』
『……毎日頑張っていた結果が出たな』
『えへへ……』
『見てみて、せんぱーい! テストの結果!』
『また100点か……相変わらず柚は頭いいよな。俺はそこまで勉強できないから、羨ましいよ」
『良かったら、日頃お世話になっているお礼に勉強教えてあげようか?』
『別にいいよ。そもそも学年が違うだろ』
『そんなこといって後輩から教わるのが恥ずかしいんじゃないんですかぁ~?』
『……違うよ』
『絶対そうだ! 先輩、露骨に目を逸らしたもん! むふふふっ!』
――どんなに傷ついたとしても、好きなものは自分から手を離さない。全ては先輩との思い出と共に過ごす時間を守るために。
努力の結果、柚は3年生が引退した時にはスタメンを奪取し、勉強の成績も学年トップを維持することが出来た。
クラス……いや学年でも自身の明るくて気さくな性格を生かし、コミュニティの幅を広げて続け、今まで通り誰からも好かれるようにした。恵まれた容姿や休み時間に先輩に会いに行っていたのもあり、2学期には文武両道の優等生として小鳥遊柚の名前は学年を超えて知れ渡るようになった。
そんな、ある日のこと。柚は休憩時間に同性のクラスメートと談笑していた。ドラマの内容からかっこいい俳優の話、そして身近にいる男性でかっこいい人は誰かという話題に移った。そこで真っ先に話題に上がったのが愛してやまない柚の先輩だった。
『柚ちゃんとよく一緒にいる先輩ってすっごくかっこいいよね!」
『うんうん! 高身長で運動神経も抜群だし! しかも、先輩って超優しいんでしょ?』
『うん、まあ……』
『柚ちゃん、先輩とは幼馴染で異性としては好きじゃないって言ってたよね? じゃあ、今度私に紹介してよ!』
『ずっるい! わたしも紹介してほしいな! 先輩みたいな人が彼氏になってくれたら誰にでも自慢できるよね!』
『間違いないっ!』
『……は?』
――何を言っているの、こいつらは。全てが私以下で何の努力もしない女が先輩と関わろうとするなんて、めちゃくちゃ図々しいんですけど。
しかも、先輩をブランド品みたいな扱いをしてたよね。自分勝手もここまで来ると笑えてくるよ。
バットを持っていたら、間違いなく目の前の産業廃棄物めがけてバットを振り下ろしていただろう。はらわたが煮えくり返るほどの殺意が芽生えたが爪を太ももに突き立てて必死に人には見せてはいけないモノを堪えた。
確かに生ゴミが言っていたように先輩のことは異性としては好きではない。だけど、先輩自身のことは大好きでたまらなく大好き。先輩のためだったらどんなものでも捨てられるし、何だって出来る。決してこいつらにはわからない感情だろう。私は先輩の全てを狂おしいほど愛している。
何より先輩は私の先輩だ。私の許可も得ず、堂々と盗もうとするなんて弁解の余地はない。
先輩は優しいからこのようにくだらない女に付きまとわれて、騙されてしまうかもしれない。それだけは許されない。許してなるものか。こんな奴ら、先輩の視界に入る資格もない。
そうだ、先輩は私が守らないと。いつも私のことを守ってくれて、優しくしてくれている恩返しをしなくちゃ。言葉には出さないが、先輩にはいつもお世話になってばかりで何も返せていないのだから。うん、それがいい。
※ ※ ※
先輩を紹介してほしいと言ってきたクラスで仲の良かった女の子たちはあれから2週間ほどでだんだんと元気がなくなり、1カ月で不登校になり――2ヶ月後には別の中学校に転校していった。不思議なこともあったものだ。あの二人とはもう少し
季節はもう冬。夏場に感じていた悪寒はここ最近感じることはなく、むしろ冬になったほうが体が暖かく感じている。いや、たった今、体が更に暖かくなった。前方に先輩を発見したからだろう。先輩の背後にダッシュで近づき、そのまま左腕に抱き着く。
「……せーんぱいっ! えへへ!」
「いつも抱き着くなって言ってるだろ」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「俺の心が擦り減っているんだよ。ほら、周りの目が怖くなったじゃないか!」
「大きい図体の割に小心者だなー、先輩は。あの人たちは見ているだけで何もしてこないよ?」
「そういうことじゃなくて。勘違いされたら柚が困るだろ?」
「勘違いなんかされていないって! だって、私と先輩はとっても仲のいい幼馴染なんだから!」
何はともあれ、去ってしまった子のことを考え続けても仕方がない。それよりも先輩と一緒に過ごせる楽しい時間のほうが大切だ。いつまでも先輩を柚だけの先輩にしておくべく、今日も努力を重ね続けるのであった。