ドロドロのシンデレラナイン   作:カチュー

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非常に遅ればせながら、評価して下さった方ありがとうございます!
日間ランキングにも一時的に乗っていたようで、嬉しい限りでございます。

さて、いよいよハチナイ8話が放送されましたね。
アニメに出ていないメンバーも沢山出てきて、盛り上がりました。

――ところで、椎名ちゃんはどこですか?


#8 対決

 暗雲立ち込め強風が吹き荒れるひまわり畑グラウンド。マウンドでは女子野球部創設者である有原翼が剝き出しの刃のような剣吞な雰囲気を漂わせて投球練習を行っている。

 一方、この勝負の仕掛人である東雲龍は至って冷静な表情で彼女の投球を隈なく観察していた。

 

 緊張感は伝播し、戦いを見守る部員たちもソワソワして落ち着かない様子であった。

 

「あの、監督。翼さんなら必ず勝てますよね?」

「俺は勝てると信じているよ」

「そうだ! 夕姫、何弱気になってんだ! 気合入れて応援しろ! フレー、フレー! つ、ば、さ!」

「フレー、フレー! なのだ! 負けるつもりで戦う勝負師なんていないのだ!」

 

 勝負前に弱気になっている1年生を励ます2年組。応援団に所属する岩城良美(いわきよしみ)と勝負勘に優れた阿佐田(あさだ)あおいである。彼女らも未経験ながらなし崩し的に野球部に参加したメンバーだ。

 

「ね、ねえ。中野さん。東雲さんってやっぱり上手なの?」

「それは監督である彼に聞くのが早いにゃ~」

「……中野さんに見せてもらったリトルシニア時代の映像を見る限りだと、東雲さんは率直に言って翼と同格の選手だった。ブランクがある翼と野球を続けてきた東雲さんとでは今の実力面では彼女の方が上かもしれない」

 話を振られた彼は客観的に見た感想を述べる。龍は苦手な球やコースもなく、広角に打ち分ける技術も持っている。加えて、甘い球を投げようものならスタンドまで簡単に持っていく女子離れしたパワーを兼ね備えたスラッガーだ。

「だけど、勝負強さの部分に関しては翼の方に分があると俺は思うよ」

「うん。翼はピンチやチャンスの場面には滅法強かったから」

 ブランクのある翼が勝っている点は生まれ持った勝負強さだ。6割強という異常な数値を誇っていた得点圏打率や救援で投球に入った際のリリーフ成功率は群を抜いて高かった。

 それに翼は”持っている”女だ。翼は才能や運も含めて選ばれし人間だ。

「とにかく岩城先輩を見習って応援しましょう! フレー、フレー!」

「ふ、フレー!」

 直接対決した経験のある彼と翼に関しては知らないものがない智恵が太鼓判を押し、不安がっていたメンバーも表情に明るさを取り戻していった。

 

 この野球部は有原翼を中心に回っている。その彼女が負けて野球部を離脱したら、たちまち女子野球部の活動は成り立たなくなり崩壊してしまう。なので、翼には何が何でも勝ってほしいと皆は思っている。

――違う。全員が全員そうではない。翼がいなくなってしまったら、彼もまた自分たちから離れてしまうのではないかと一部のメンバーは焦燥感にかられていたのだ。

 だからこそ、自分たちの平穏を崩す外敵の駆除を担当してくれた翼を全力で応援しているのである。

 

 

 

 

 

※ ※

「ウォーミングアップは済んだかしら」

「うん。東雲さんも体は温まった? じゃあ、そろそろ始めようか。言い訳は一切させないから」

「その言葉、そっくり貴女に返してあげるわ」

 龍はバットを力強く両手で握りしめて、バッターボックスにて簒奪者(さんだつしゃ)であるマウンド上の翼と相対した。マウンド上の翼も勝負に向けて調整をしていたようで、3日前よりも研ぎ澄まされた威圧感を龍に対して放っていた。

――そうでなければ、潰しがいがないわ。

 審判にはお互いの要望で彼についてもらう。いよいよ、お互いの未来をかけた一打席勝負が始まる。

 額についた汗を軽く拭った翼はサイド気味のフォームから和香が構えているキャッチャーミットに向かい、第一球目を投げる。

 球種はストレート。伸びのある球が外角ギリギリに突き刺さる。龍はその球をじっくりと見送る。それと同時に翼の質の良い球に感心した。

――ブランク明けとは思えない球ね。回転もかかっていて伸びもあるし、球速も出ている。

 だが、それだけだ。決して打てない球じゃない。

 

 第二球目はタイミングをずらす緩やかなカーブを慌てずに見送り、1-1。変化球が取れない和香はポロリとこぼしてしまい、慌ててボールを翼に返球した。

 

 続く三球目。再び外角のストレートに対して、龍は球に逆らわずバットを振る。バットからは快音が鳴り響き、打球はライト方向のファールゾーンに弾丸ライナー気味に流れていった。

 これでカウントは1-2。ピッチャー有利のカウントだ。

「これで1-2。あと一球で終わりだね。案外、あっけなく決着がついちゃいそうかな」

「ええ、そうかもね」

 優位に立った翼は糊で張り付けたような作り笑顔で追い詰められた龍を煽ってくる。龍は煽りに対して、自信に溢れた不敵な笑みを浮かべて翼に応戦する。

 怪訝そうな顔をした翼であるが、弱った獲物を捕らえる捕食者のような無機質な目に変えた。次で止めを刺しに来るつもりだ。

 

 しかしながら、龍は次の球を必ず打てる自信があった。球種は読み切っている。彼女ならあの球を投げてくるに違いない。

 

 運命の第四球。翼が投げたのは内角ギリギリに入ってくる速い球。見逃せばギリギリボールの際どいコースだった。

 

 

 

――待っていたわ、この球を!

 

 

 ボールは手元でグイっと曲がり、内をえぐるようにストライクゾーンに入ってくる。

――ストレートと同速度の高速スライダー。龍は狙い通りの球にほくそ笑む。

 これは彼が全国大会で翼にだけ見せた決め球だ。龍は溢れかえる嫉妬心を抑えてでもそのシーンを何百回、何千回と再生し、脳内にインプットしていた。

 それに自分の大切なものを自慢気に他人に見せびらかす彼女なら確実に高速スライダーを投げてくると確信していた。

 微かに声に出して笑った龍は大きく左足を踏み込み、丁寧に腕を折りたたんで全体重をバットに乗せた。バットは寸分の狂いもなくボールに一直線に突き進んでいく。

 

 

――ガキーンッ!

 

 

「ッ!? なんで!?」

 金属バットから奏でられる会心の反響音。真芯で捉えた打球はグングンとレフト方向へと綺麗な弧を描いて進んでいく。驚愕の表情のまま、翼も打球の行方を首を後ろに向けて見送る。

 打球の行方はひまわり畑の奥の方まで飛んでいき、ようやく落ちた。文句なしのホームラン、だったのに。

「……本当に運がいいわね」

 龍は忌々しげに呟いた。翼の運の良さに一種の呆れすら覚えたからだ。

 そう、今日は天気が悪く強風が吹き荒れている。

 強風に煽られた球はフェアゾーンに入っていた白球を押し流し、ファールゾーンへと運んでいったのだ。球種とコースが分かっていた分、引っ張り気味に打ってしまった龍にも落ち度があるが翼を勝たせようとする何者かの意思が働いているようで心底不快になる。

 

「どうして、どうしてなの!? なんであの球が打てるの!? だって、あの球は私だけの! 彼と私だけのスライダーなのに!」

「別に貴方だけの特別なものじゃないわ。あんな球、ただの高速スライダーじゃない」

「そんな訳ない! だってあのスライダーは誰にも当てられない私たちの無敵の決め球だもん!」

「彼が投げていたスライダーは例えコースが分かっていたとしても、初見ではまず当てられなかったでしょうね。何百回、何千回とリプレイを見ても打てる自信が湧いてこない彼の決め球。ああ、私も叶うなら貴方のことを直で体験したいわ! きっと、とても楽しくて気持ちいいのでしょうね……」

 勝負中で高揚していた龍は後ろを振りむき、彼に熱烈な視線を送る。恐らくだが、今の自分の目は翼のような見苦しくて粘ついていてドロドロな欲に塗れたものだったのだろう。認めたくないが翼と自分は似たもの同士だ。だからこそ、同族嫌悪が湧く。

 視線を正面に戻した龍は頭の中がひまわり畑の女を嘲笑を滲ませた悪意を含んだ顔で見据えた。

 

「それと有原さん、あまり彼を馬鹿にしないでもらえるかしら」

「なに、言ってるの。散々彼のことを馬鹿にしていたのは東雲さんのほうでしょ!」

「私は事実を言ったまで。馬鹿にしているつもりは全くないわ。それよりも有原さんがあんな平凡な球を”私たち”の決め球と言ったことが非常に腹立だしいわね。勝手に彼のことを一括りにしないでもらえるかしら。貴女は彼の隣に立つべきじゃないのよ」

 

――隣に立つべきなのは、この私。野球に対してストイックで真摯に向き合える私こそが相応しい。

 

 翼は先日のような笑顔の仮面を纏う余裕はなく歯を食いしばって、必死に怒りを抑えているようだ。彼女は濃度100%の純粋な敵意と殺意を持った瞳で龍のことを凝視していた。

しかし、後ろに立っていた彼の姿を翼が捉えた瞬間、彼女の様子が一変した。顔を死人のように青ざめさせ、すぐに顔を隠すかのようにグローブで覆った。だけど、隠れていない口元はどうやっても隠し切れないほど震えていた。彼との思い出を砕かれて明らかに動揺している。ああ、実に滑稽だ。

冷静さを欠いた選手は自滅する。やはり、メンタル面でも彼の足元にも及ばない。

 こんな我を忘れた状態の有原翼に負けるはずはない。早く投げてこいと再び龍はバットを構えたその時。

「ごめん、東雲さん! タイム!」

「……は?」

 公平なはずの審判である彼がタイムと言い、翼のほうに駆け寄っていった。突然の出来事に呆気に取られた龍。

 しかし、すぐに状況を把握すると無理やり凍らせた彼女の心は胸中でひたすら燻っている漆黒の炎であっという間に溶かされていった。

 

「なあ、翼」

「ッ! あぁ、ああああッ! ごめんなさい! ごめんなさい! 違うの! こんなはずじゃなかったの! 私はずっとあなたを見てきて、それで! だから、私たちの球は絶対に! その、だから! 許して……お願いだから」

「落ち着いて。俺は怒りに来た訳じゃないよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……え? じゃあ、どうして?」

「翼が心配だったからに決まっているじゃないか」

「そう、なの? えへへ、そうなんだあ……」

 

 支離滅裂で情緒不安定に必死に謝っていた翼は彼に声をかけられただけで冷静さを取り戻した。彼を見つめる涙で潤んだ瞳は安心しきっていて、彼しか映し出していない。

龍はこの無意識に媚びを売る女の表情をした翼が大嫌いだ。

 翼に包容力のある微笑みをかけた彼は翼に耳打ちをし、彼女は真剣な表情で聞いた後に何度も何度も笑顔で頷く。ぽんと翼の背中を軽く叩いた彼はゆっくりとマウンド上から戻ってくる。

「……有原さんに何を吹き込んだの?」

「たいしたことは言ってないよ。俺の為にじゃなく、前に対戦した時のように野球をやってくれと伝えただけだ」

「そう。本当に腹立たしくて……羨ましいわね」

 

――私には彼と対戦する機会は二度とないのだから。

 

 悲痛な表情を見た彼はじっと龍を見ると、翼にはまだ言っていないんだけどと囁く。彼から伝えられた内容を聞いた龍は天上へ至るかと思える悦楽を得た。

「わかったわ。約束よ」

――それならば、一時的に私怨を切り捨てて勝ちに行きましょう。

ふっと息を整えた龍はマウンド上で俯いている翼を眺めると、バットを構えた。それと同時に顔を上げる翼。彼女を見た龍は目を丸くする。こちらを見た彼女は、戻って(・・・)いたからだ。

「東雲さん! 私、やっぱり野球じゃ負けたくない! だから、彼とは関係なしに絶対に勝つから!」

 翼は一転して、負の感情が一切ないニカっと屈託のない笑みを龍に向ける。龍がライバルと認めたあの頃の翼だ。どんなに苦しくても野球を楽しむことを忘れない翼に。

 そして、リトルシニア全国大会で彼にただ一人全力を出させた選手である憎たらしいほど強かった有原翼に。

 翼は龍に分かるようにボールをストレートの握りで挟んでみせてきた。

「最後は私らしくストレートで勝負。打てるもんなら打ってみなよ」

「あら、負けるつもりなの? 貴女のストレートはもう見極めているわ」

「勝負はやってみないとわからないよ」

「……来なさい」

「うん!」

 

 翼は無駄な力が抜けた流麗なフォームからサイド気味ではなく、オーバースローに近い高いリリースポイントから全力で腕を振り下ろしてきた。予告通りの直球でコースはインコース高め。速度は今まで見せたストレートよりも間違いなく速い。130キロは優に超えているだろう。

 

――いい球ね。でも、私なら合わせられる!

 

 龍はしっかりと目でボールを捉え、軸足を回転させた。

 

 

 

――快音が、響いた。

 

 

 

 

 

 

※ ※

「今日から野球部に入部することになりました東雲龍です。よろしくお願いします」

『よろしくお願いします!』

 対決の結果、龍は女子野球部に入部した。せっかく入ったクラブチームも抜けて、ここで野球をすることに決めたのだ。理由は定かではないが、翼と通じ合うものがあったのだろう。

 監督である彼としては龍が部に馴染めるか心配であったが、思ったよりも好意的に受け入れられているようだ。

 翼が投げた最後の球は確かにストレートだった。しかし、ボールを打つ直前にほんの僅かに球が上に浮いたのだ。結果的には小フライになりショートとレフトの守備位置の間にボールが落下した。

 

 ヒットとも打ち取ったとも言えない結果であったが、龍は自ら負けを認めた。そして、翼との約束通り、神妙な面持ちで自分に対して最敬礼での謝罪をした。そして、謝罪を受け入れるのと同時に彼も龍に感謝していた。

 なんといっても自分だけでは翼を戻すことは出来なかったからだ。生き生きと野球をやっている翼は本当に魅力的で好ましい。自分もまた野球をするのが心から好きな翼に憧れを抱いたのだ。

 そして、自分もまた龍に交わした約束を守らなければいけない。

 

※ ※

 部活帰り。彼は龍と二人で近くのバッティングセンターに足を運んでいた。

 龍は自宅に帰り風呂にでも入ったのか、美しい長髪からはシャンプーのいい匂いを漂わせている。耐性がついてなかったら、不自然な挙動になっていたかもしれない。

 どういうことか一度解散してから集合することを指定されたのだ。別にそのまま行っても良かったのではないかと彼は疑問に思う。

「私との約束もきっちり果たしてもらうわ」

「わかってるよ」

 彼が龍と交わした約束。それは彼女とも勝負することだった。手始めにどちらがよりホームランが打てるのかバッティング対決。

 そして、いつの日か投手と打者として、真剣勝負を行うことだった。

 

「指導ばかりで碌に練習していない貴方になら負ける気がしないわ」

「言ったな。そこまで言うなら負けた方がジュース奢りだから」

「そう、奢ってくれてありがとう」

「俺が負ける前提なのかよ……」

 

 相変わらず言葉はツンツンしているが、勝負ごとになると目を尖らせ、ムキになる龍は自分と同じ同世代の少女なのだとしみじみ思う。

 また賛否両論分かれるがズバッと表裏がない発言が出来る龍のことは嫌いではない。向こうが気を遣わないので、こちらも気を遣う必要がないから楽なのだ。

「東雲さんとは翼と違った意味で気兼ねなく話せるよ」

「これから勝負をするのよ。他の女の名前は出さないで頂戴」

「デートするわけじゃあるまいし……」

「二人きりで出かけているのだから、これはデートと言えるのではないかしら」

「え……」

 彼女らしからぬ発言と整った顔で流し目をされた彼は一瞬ドキマギする。焦った彼に対して、龍はこれまた年相応の可愛らしい顔で微笑んだ。

「冗談よ」

「お、驚いたよ。東雲さんも冗談を言うんだ。てっきりそういったのは嫌いなのかと」

「たまには言ってみたくなることもあるわ。止まってないで、早く行きましょう」

 スタスタと歩き出す龍を慌てて追いかける。すぐに彼女の隣に追いついたとき。

 

「……私を夢中にさせた責任は必ず取ってもらうわ」

 

 龍は笑みを保ったまま、何か呟いたが彼には聞き取れなかった。まあ、龍が楽しそうならそれでもいいかと大して気に留めずに眼前にあるバッティングセンターへの入り口へと向かっていくのであった。

 




アニメのハチナイの爽やかなストーリー、ほんとすこ。
ちなみに有原さんは浄化されているように見えて、実のところ一切変わっておりません。



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