ドロドロのシンデレラナイン   作:カチュー

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お久しぶりです。
最近実装されたウエディング野崎にいががわしさを感じるのは自分だけでしょうか。




#9 倉敷舞子の危機感

倉敷舞子(くらしきまいこ)は男嫌いである。正確には人間嫌いと言った方がいいのかもしれない。舞子の家庭環境は客観的に見ても歪んでいる。

 家庭を顧みない父親にヒステリックで精神的に病んでいる母親。冷え切った家庭はすでに修復不可能なほど崩壊している。

 野球部に入部した動機も家に戻りたくないからという理由が大半を占めていた。

不純な動機で入った野球部であるが、元々体を動かすのは嫌いではない。運動神経も人並み以上に優れていた舞子は野球未経験ながらもすぐに順応していった。

 

 案外居心地が良い女子野球部であるが、一点だけ懸念すべき問題点があった。

 

「倉敷先輩、次はアウトコース高めにお願いします」

「……わかったわ」

 

 今、ボールを受けてもらっている女子野球部監督である彼の存在だ。

 彼は本来の利き腕ではない左腕を使い、ボールを舞子の取りやすい胸元よりに投げ返してくる。

 出会って2週間ほどではあるが、彼の純朴な人柄の良さは分かっているつもりだ。監督業もやりつつ、率先して雑用もこなし皆が快適に野球が出来るように頑張っている。誰にでも優しく平等で一見すれば好青年で非の打ち所がない。

 しかし、舞子は彼のそのような所を危険視していた。

 

 ――ああいった男が一番危ない。

 

 優しいだけの男というのは暴力を振るう男よりも質が悪い。

 心を許したら最後、彼に依存してドロドロの底なし沼に引きずりこまれるだろう。自分の母親のように。

 口元を軽く噛み締めた舞子はネガティブな感情を振り払うべく、指導者の顔をした彼に向かって力一杯の投球を返していった。

 

 今日もハードな練習を終えた舞子は家の玄関の前で立ちすくみ、暗くなってきた空を見上げる。今の自分の気分と同じ不安定な色をしている。

 

「ただいま」

 

 憂鬱な心で玄関を潜り、リビングまで行くと自分以上に不安定な心を持った母親がおかえりの言葉ひとつかけずに生気の籠っていない瞳で舞子をじっと見つめる。

 

「ねえ、舞子。今日もお父さん帰ってこないの。ねえ、どうしてだと思う? ねえ」

「……知らないわよ」

「知らないって何? お母さんが悪いっていうの? ねえ、ねえ!?」

「だから、知らないってば!」

「私のせいじゃなかったら誰のせいなの!? 舞子のせいじゃないの……!」

「ッ……! もう、嫌ッ!」

 

 何度も繰り返された理由もなく自分を非難する言葉に舞子は耐え切れずにバッグを持ったまま、再び玄関に向かい家から飛び出した。

 その後、舞子は行く当てもないまま繁華街を彷徨った。もう何もかも嫌になる。どこにいても自分の居場所はない。

 行く先を確認せずに彷徨っていたら人だかりの少ない路地のほうに来てしまっていた。

 

「あれ、キミ高校生?」

「暇みたいだしさ、俺たちと遊ばない?」

「……結構です」

「まあまあ、そう言わずになあ」

 

 すぐにこの場を離れようとしたが、柄の悪い男どもに捕まり思わず舌打ちをしかけた。今日も厄日である。無視をして、踵を返したところに肩を掴まれた。知らない男に体を触られた嫌悪感に全身が泡立つ。

 

「……触らないで下さい」

「いいねえ、俺ってキミみたいな気の強い子がタイプなんだよねえ」

「お前、この前はか弱い女の子がタイプって言ってなかったっけ」

「俺は日によって好きなタイプが変わるんだよ」

 

 下卑た笑い声に更に嫌悪感は強まり、払いのけようとするももう一人の男に空いている腕を掴まれてしまい、逃げ場を失ったその時。

 

「あ、探しましたよ先輩」

「え……」

 

 簡素な白いTシャツにジーパン姿の普段着を着た彼がいつも通りの穏やかな表情で近づいてきた。

 そのまま流れるように、男たちの手を跳ねのけると舞子の手を自然に握り路地から出ようとした。

 

「おい、てめえ。いきなり邪魔して……」

「あんたらが邪魔だ。何勝手に先輩の体に触れているんだよ」

 

 男の一人が呼び止めるも、彼に普段のトーンより数段低い声で牽制する。怖気づいたのか男は途中で言葉を止めた。彼の変貌した振る舞いに気圧されたからだ。威圧感抜群に相手を圧倒する目や姿勢は興奮気味の翼に半強制的に見せられた彼の試合動画そのものだった。

 高身長だけではなく、Tシャツ姿になっている彼の体はまさしく鋼の肉体で喧嘩慣れしている人間相手でも襲い掛かるのをためらうほどだろう。事実、チンピラたちはガンを飛ばすだけで全く動こうとはしなかった。

 彼の姿に安心感を抱いた舞子は無意識に彼の逞しい背中に隠れる。男たちは彼からの威圧感に耐え切れず舌打ちをして、その場から立ち去って行った。

 

「もう行きましたよ、先輩」

「……そう。助かったわ」

「あの、そろそろ手を離してもらっても……」

「あ、あんたから握ってきたんでしょ!?」

「す、すみません」

 

 顔が熱くなった舞子は瞬時に男らしいゴツゴツした手を放す。自分の手はじっとりと汗ばんでいて男に絡まれて、怯えていたのが彼にも伝わってしまったのに違いない。

 それはそうと普段とのギャップにドキリとしたところはバレていないだろうか。後輩に自分の弱みをみせたようで恥ずかしくてたまらなかった。

 

「そういえば倉敷先輩はどうしてこんな時間にここに?」

「それはあんたもでしょ」

「俺は野球道具を買うために来たんです。左利き用のグラブとキャッチャーミットが欲しくて」

「……そう」

 

 グラブはわかるが、キャッチャーミットまで買う必要があるのだろうか?

 ――もしかして、私の球を受けるために?

 自分の考えを馬鹿馬鹿しいと一蹴する。舞子の他にもピッチャー候補の部員はいるのだから。

 

「それで、倉敷先輩はどうしてここに?」

「しつこい。あんたにはどうだっていいでしょ」

 再び話を返されたが、あえて舞子は突き放すようにつっけんどんな態度を表に出した。助けてもらったのに陰険な態度を取られたら普通の人間だったら引き下がるかと思い、わざと嫌われる態度を取ったのだ。

 しかし、彼は普通ではなかった。

 

「どうだってよくないです。先輩は野球部の仲間ですから」

「たった2週間程度の関係で仲間? 笑わせるわね」

「たった2週間でも倉敷先輩は仲間です」

 恥ずかしげもなくスラスラと青臭い台詞を吐く彼に辟易するも、彼のどこまでも真っ直ぐな目を見ると相手の言葉を素直に受け入れられない醜さに自己嫌悪しそうになる。

 自分が持っていない輝きを持っている彼のことが羨ましくて妬ましくて……好ましい。

 

――彼になら別に言ってもいいか。

 

 舞子は普段だったら話すことはなかっただろう身の上話を失笑を交えて、ポツリと漏らした。

 

「……家に帰りたくないの」

「そう、なんですね」

「……何も聞かないの?」

「何か気の利いたことを言った方がいいですか?」

「余計なお世話よ」

「ですよね。俺も打たれた時とかにチームメイトが中途半端に慰めに来られたら悔しさで死にたくなります」

 

 舞子は追及をやめてくれたことにホッとする。ここで表面上だけの同情をかけられたら間違いなく彼の前から立ち去っていただろう。ここで彼は舞子の浮かない表情を見た後に爽やかな表情で誘ってきた。

 

「先輩。まだお時間があれば俺に付き合ってもらっていいですか?」

「嫌」

「そこを何とか!」

「嫌」

「ええ……」

 

 彼の困った顔がおかしくなってクスクスと笑ってしまう。ここで舞子は自然に彼と話せていることに不思議に思う。先程までの気分は最悪だったが、今は決して悪くはない。少しぐらい付き合ってもいいだろう。

 

「いいわよ。今日は不覚にも助けてもらったから」

 

 

※ ※

 彼が連れてきたのはバッティングセンターだった。彼は慣れた様子でバッティングスペースまで舞子をいざなった。

 

「ストレスが溜まった時はバットを振るのが一番です」

「どこまでも野球しか結びつかない単細胞ね」

「野球好きの俺にとっては誉め言葉ですね」

「はいはい、実に幸せな頭ね。それで初心者用のマシンはある? まずはそこで慣れようと思うんだけど」

 

 最初だから球速の出ないマシンを選ぼうとしたが、彼に却下される。

 

「速い方が練習になりますし、当たった時に反発力でより遠くまで飛ばせるようになるので気持ちよさが段違いですよ」

「だけど……」

「それに倉敷先輩なら合わせられるんで大丈夫です」

「根拠もなしにいい加減なことを言わないで」

「根拠はあります。先輩のこと一週間見てきた結果、打てるって判断しました」

「何にも判断材料になってないじゃない」

 

 いいからいいからと若干強引にバッターボックスに導かれた舞子。最初の数球は球速に目が追い付いていなかったが、すぐに目が慣れた。5球目にマシンから投じられた球を舞子は思い切り振りぬいた。

 

「おお! 流石です、先輩!」

 彼の感嘆する声が聞こえる。舞子も打った瞬間に手ごたえを感じたボールはもう少し飛距離が出ていればホームランの当たりだった。

 残りの球は大した結果は出せなかったが、あの球を捉えた気持ちよさは癖になりそうだった。

 

「どうです? 気持ちいいですよね?」

「……悪くないわ」

「それは良かったです!」

 彼は舞子に向けてニカっと無邪気な笑みを浮かべた。舞子は強がってそっけない風を装うも嬉しさを隠し切れず、すぐに次の球を打つためにコインを入れた。

 結局、あの一球しか会心の捉え方は出来なかったが、この一瞬の快感を求めるためにバッティングセンターに通っている人もいるのだと察する。

 

「よし、たまには監督らしいところを見せましょうか」

 

 疲れた舞子に代わって、彼がバッターボックスに立つ。そういえば彼が指導ではなくプレイヤーとして野球をするところを見るのは初めてだったりする。

 彼はヘルメットを被ると左バッターボックスに立ち、バットを高く掲げる。独特なフォームのままマシンから出てきたボールをフルスイングで豪快に合わせた。

 

「すごい……」

 あれだけ全力でフルスイングしているのに一球たりとも打ち損じはない。全てがホームラン級の当たりだ。周りにいた客も彼の隔絶されたバッティングを見ると打つ手を止めて、驚嘆している様子だ。

 続けて彼は至って自然に右バッターボックスにも立つ。

 

「あんた、右でも打てるの?」

「はい。元々右打ちだったんですけど、左で打てやと子供の頃に遊んでいたときに言われて」

 

 俺が打ちすぎてしまったからなんですけれどねと彼は過去語りをしたときにドヤ顔をした。野球に関しては少しだけ傲慢になる彼にイラっとしたが、再び打ち始めた姿を見るとそんな感情も吹き飛んでしまう。

 右打席でも彼はホームランを量産する。天才と呼ばれる気にくわない人物は舞子の同学年にもいるが、彼の野球に特化したセンスと比べると彼女のマルチなセンスも霞んでみえる。

 

「どうやったら、まともに打てるようになる?」

「そうですね。こんな風に――もう少し脇を締めて、コンパクトにバットを振るようにしたらいいかと。後は絶対打つという気合ですかね」

「……教える気ある?」

「え? もちろんです!」

 

 あろうことか彼のフォームと正反対のアドバイスに加えて、根性論を持ち出してきた。だが、ふざけているとしか思えないアドバイス通りに打ってみるとしっかりとボールを捉えられるよう回数が増えたことがまた腹が立ち――指導により上達する快感がまた気持ちよかった。いい打球を打つたびに褒めてくれる彼の声援が心地よかった。

長い間忘れていた楽しいという感情。舞子は暖かい感情に身を浸して、バットを振るい続けた。

 

 

※ ※

 

「今日はありがとうございました。気晴らしに付き合ってもらって」

「……うん」

 直接的な表現はなかったが、彼は遠回りに舞子に対してすごく気を遣ってくれていた。本来なら感謝を伝えるべきなのは舞子のほうなのだが、くだらないと思っていた年上のプライドが邪魔をして頷くだけになってしまった。

 気を遣わせてしまった負い目もあるが――それ以上に事情を深く聞かずにただ寄り添ってくれたことが嬉しかった。

 

「あんまり夜は出歩いてはいけませんよ。最初に絡んできた奴らもいるんですから」

「あんたは学校の教師か」

「教師ではないですけど、一応指導者である監督なので」

 

 ここまで他人と一緒に居たのも久しぶりだ。これからまた家に戻らなくてはいけないのに、家を飛び出した時と比べると精神的に大分余裕が生まれた。彼と一緒にいる時間は非常に心地よかった。

 

「ここでいいわ」

「はい。それと……先輩が退屈な時は俺や野球部の仲間を誘ってください! それでは、失礼します!」

「……またね」

 

 大きな背中が見えなくなるまで見送った舞子は小さく手を振り無意識に笑っていたことに気づいた。自分の頬を軽く叩き、溶かされてそうになる思考を辛うじて戻す。

 

――ダメ。心を許しちゃ、ダメ。

 

 彼は危険な存在だ。彼は自分にだけ優しいわけじゃない。たまたま困っている自分が見捨てられないから構って来ただけ。

 自分も自分だ。ちょっと優しくされただけで感化されてはいけない。嬉しいとか幸せだとか思ってはいけない。自分は絶対に母親みたいに都合のいい女にはなりたくないのだから。

 

 

 

 

 

※ ※

 一度は気分を持ち直した舞子であったが、母親とトラブルが起きるたびに家を飛び出すのは変わらなかった。

 今までは繁華街をぶらぶらしたり、ファストフード店でドリンク一杯でスマホを眺めていたものだったが――今は違う。

 

「ここ、間違っているわよ」

「え?」

「ここは、この数式を使って……」

 

 今日も朝から母親が安定していなかったので、家に戻りたくなかった舞子は部活後に待ち合わせをする約束をした。今はテスト前ということもあり、ファミレスで彼と一緒に勉強をしているところだった。家で暗い気分のまま勉強するよりは効率がいいと舞子は思ったからだ。

 舞子は気が付いていない。勉強をするだけなら、別に彼のことを誘う必要は全くないことを。危険な人物だと分かり切っているのに自分から誘っている矛盾にも気付けない。

 

「倉敷先輩って勉強も出来るんですね」

「まあ、時間を潰すために勉強していたから」

「……なんか寂しいですね」

「うるさい」

「いてっ!」

 

 生意気なことをいった後輩に教科書を持って軽く叩いた舞子は大げさなリアクションを取った彼を見て、静かに笑った。野球一辺倒で勉強はそこまで得意ではなかった彼は普段とは逆に舞子に教えられる形でテストの範囲を見直していた。

 最近の彼は舞子に対して遠慮がなくなってきた。日頃、練習で舞子の球を受けているのもあるがプライベートの時間も一緒にいることが多くなったからだ。バッティングセンターにも行ったし、カラオケやカフェで時間を潰したこともあった。彼と過ごす時間はぽっかりと空いていた舞子の心の隙間を着実に埋めていった。

 彼も舞子もそこまで話を振るタイプではなかったので、二人で黙々と問題を解いていく。気まずくなる静寂も、彼となら逆に心が落ち着く。

 そんな中、沈黙を打ち破るように彼のスマホから着信音がなった。確認するために彼がスマホの画面を開いた。

 

「あ、もうこんな時間か。すみません、倉敷先輩。俺はこの辺で失礼します」

「……何か用事でもあるの?」

 

 舞子は非難交じりの低い声を出してしまったに自分に驚く。これも今までの舞子だったら間違いなくかけない言葉だった。

 

「今日はこれから翼とバッティングセンターに行く予定だったんです」

「……そう。これで赤点取ったら笑い種ね」

「めちゃくちゃ耳が痛いです……本当に翼は自分以上に洒落にならなそうなので。それではお金は置いておくので、支払いをよろしくお願いします。今日はありがとうございました! また明日!」

「……うん」

 

 急ぎ足でファミレスを後にした彼。一人残された舞子はジュースを飲み終えた後、ストローを噛み締め、取っていたノートの切れ端をくしゃりと握りつぶした。

 

「行かないでよ……」

 

 心の底に浮かんでいた文字がそのまま口から出てしまう。言った後に何を言っているのか自分でも意味がわからなくなる。

 舞子は彼の彼女ではないし、彼がどこで何をしようが関係ない。別に翼と遊ぼうとどうだっていいはずなのに。

 どうして翼に対してこんな妬ましい感情を抱くのか。どうして自分を置いて行った彼に対して、怒りを覚えるのだろうか。

 

 

――私を一人にしないでよ。

 

 

 舞子は未だに気が付かない。自分の半身が既に引き返せない泥沼に引きずり込まれているのを。

 




舞子ラスが書いていて一番難しかったです。こんなんじゃ闇の衣を纏っている椎名ちゃんを書く時はもっと難しいやろうなあ。
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