あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
第一回モンド・グロッソ。
この大会において、織斑千冬の試合を観たものは皆、「血飛沫を見た」と口を揃えて言う。
ISの絶対防御を乗り越えて、人が人を斬る瞬間。彼女はそれを人々に幻視させた。
織斑千冬という剣客の前では、世界有数の武術家、軍人、IS乗り、科学者、果てはISそのものでさえも、有象無象の案山子でしか無かった。
まごう事なき
3年後、第二回モンド・グロッソ。
人々は再び訪れた蹂躙に恐れ慄きつつも、彼女の活躍をどこか心待ちにしていた。
織斑千冬は怪物のようだった。織斑千冬は英雄のようだった。
いずれにせよ、織斑千冬は世界最強だった。
この大会でもその強さは健在だった。
踏み込み、躱し、隣接し、斬る。
弾き、突き抜け、逸らし、墜とす。
鎧袖一触とばかりに瞬く間に試合を終わらせていく。
準決勝も危なげなく一太刀で斬り伏せて、決勝に駒を進めた彼女を見て、観客達は予定調和の優勝を確信した。
「長く続いた第二回モンド・グロッソもいよいよ決勝戦! ブリュンヒルデの称号は未だ彼女のものなのか、それとも今日新時代が訪れるのかッ! 泣いても笑ってもこれですべてが決まるッ!」
世界の誰もが、テレビの前で食い入るように見つめていた。
おしゃまな少女は将来の自分を重ねて、大人達は輝いていた在りし日を重ねた。剣、機械鎧、世界最強。普段、IS興味を示さない男達も、この日ばかりは足を止めて三つのロマンに注目していた。
老若男女国籍問わず、世界が一つになっていた。
「世界最強の剣! 止められるならこの女しかいない! イタリアの烈風ッ! 挑戦者の入場ですッ!」
女性の実況とともに、ドライアイスが噴きあがり、入場口が白煙に包まれる。暴風が白煙を切り裂いて、一人の女が入場し──会場のボルテージが更に上がる。
彼女のプロフィールがつらつらと読み上げられる中、女はもう一つの入場口を睨みつけていた。茨木童子の如き面構えであった。世界を獲らんとする隻眼であった。
その眼光に、観客達の目も自然と一点に引き寄せられる。
「──説明不要! 最早彼女については皆様もご存知でしょう! それでは登場して頂きましょう! 第一回モンド・グロッソ優勝者! 現ブリュンヒルデッ! 織斑千冬選手の入場──ッ!」
実況の女の絶叫が鳴り響き、鳴り響き、鳴り響き──。
──何も起こらない。もうもうと立ち込めていた白煙が消えても、そこには誰もいなかった。
歓声は困惑へと変わり、困惑は動揺へと変わった。
──その瞬間、どこかで誰かの
決勝戦不戦勝という波乱から暫く。
国際IS委員会。事実上世界を支配する雲上人の会合において、彼らは昨今の懸念について話し合っていた。
「あー、なんだ、つまり最近の世界的な治安の悪化は
「信じられない事ですが、その可能性が濃厚かと……」
ISの登場以降、世界情勢は大きく変化した。
旧来の軍事力は最早意味をなさず、かつての超大国はその座から引きずり降ろされた。吹けば飛ぶような小国でも、IS一機手に入れるだけで、それなりの発言権を得ることができるようになった。
マクロな視点だけでなく、ミクロな視点でも大きな変化が訪れた。
言うまでもなく、女尊男卑の思想だ。国によって差はあれど、女性優位の風潮は暗黙のうちに認められていった。
インドのカースト制において、聖職者を除けば戦士は最上位階級である。軍事力の保持者、戦える者というのはそれだけで特権階級なのだ。そして、ISは女性にしか動かせない。
IS社会において、男性は社会的地位向上の切符を初めから持っていなかった。
ISが世界に広まった当初、男女同権を謳う現代社会において、このような風潮が広まることは、多くの社会的な反発を招くと予想されていた。
ところが、女尊男卑は男女問わず多くの人々に──消極的ではあるものの──受け入れられていた。
多くの人々の予想を外し、歴史に逆行した思想が認められた理由は何だろうか?
「確かに彼女は強かった。それも途方もなく強かったですからねー。男性とか女性とか関係なく生物として強かったといいますか……」
──その理由はつまり、「織斑千冬が強すぎたから」である。
第一回モンド・グロッソを観て、多くの男性は「この人には勝てない」と確信した。
ざんばらりと敵を切り捨てる女武者に対して、自分が太刀打ちできるというイメージを誰も持てなかった。
例えISが無かったとしても、自分の方が強いと胸を張って言えなかった。
彼らは男性が女性に劣っているとまでは思わないものの、男性が織斑千冬に劣っているとは認めたのだ。
織斑千冬を頂点とした女性優位の社会。
彼らはその降伏文書にサインせざるを得なかった。
「それで、世界最強が居なくなったから暴れてやろう、と?」
「そこまでは言いませんが、ブリュンヒルデという神輿が汚れてしまった感は否めません。革命的な指導者が居なくなったようなものかと」
ところが、第二回モンド・グロッソ。
決勝戦に織斑千冬は現れず、ブリュンヒルデのタイトルは挑戦者に形式的に明け渡された。
多くの人々が消化不良を抱えていた。
口さのないものたちは、すわ買収だ、すわ陰謀だ、と思いおもいの中傷を重ねた。
──織斑千冬がいないなら俺たちでもワンチャンあんじゃね?
実現可能かどうかはさておき、一部の抑圧された男たちはISに乗る女たちへの襲撃を頭の片隅に入れ始めた。
未だ暴動には繋がってはいないものの、多くの人々が社会に漂うきな臭さを感じていた。
「もう一人の方はどうかね、彼女も今は世界最強だ」
「確かにそうですが、織斑千冬ほどの絶対性、英雄性は持っていないと考えられます。そして何よりも──」
暴風の女は抑止力足り得ないのか?
悲しいことに、彼女にはそれほどの影響力は無かった。
確かに世界で五本の指に入るほど強いのは事実だ。しかし、絶対に勝つ、と誰もが心から信頼できるほどの強さを世界に見せつけることは出来なかった。
表彰を拒否したことは、彼女自身の心の現れかもしれない。
既に失冠したのにもかかわらず、今なお──あるいは未来でさえも──織斑千冬がブリュンヒルデ、世界最強と呼ばれていることからも、それは明らかだった。
そしてその最たる理由として──
「織斑千冬に彼女が勝っていないことが最大の理由と思われます」
──二代目ブリュンヒルデは織斑千冬を打倒していない。
全ての理由はそれに尽きた。
ああでもない、こうでもない。
会議は踊る、されど進まず。
原因は分かったものの、根本的な解決策は一向に浮かばなかった。
「現ブリュンヒルデを織斑千冬級にまで押し上げるか、織斑千冬健在を示すか、詰まる所この二つしか無いのでは?」
「でしょうな。しかし、どちらも困難なのもまた事実です」
方針が示され、会議は回る。
「パフォーマンスはどうでしょうか? 二代目が活躍する映像を世界に流しては……」
「恐らく無意味だろう。作られた映像では、筆舌しがたい圧倒的な感覚を表現できない。真っ当な脚本家では誰もが認める世界最強は表現できん」
「それでは織斑千冬に返り咲いて貰うのは?」
「難しい。彼女を祭り上げる大義名分が存在しない。その上、今の彼女はドイツの管轄だ」
「第三回モンド・グロッソを行うのが妥当かと」
「真っ当な意見ですが、三年間先延ばしにするのは極めて危険です。導火線にいつ火が着いてもおかしくありません」
「放置する、と言うわけにはいきませんよね……?」
「まぁ無理でしょうな。出血は早めに止めねばならんでしょう。多少のリスクもやむなしですよ」
「いっそのこと、女尊男卑を世界スタンダードにするよう声明を発表してみては?」
「不可能です! 多くの国がひっくり返りますよ!」
「……ジョークですよ、ジョーク」
人間生まれたからには、誰もが一生に一度は夢見る「地上最強」。それを成し遂げた女に対して敬意を払う、というのは遺伝子に刻まれたミームなのかもしれない。マスコミを介さずに作られた世界普遍のルールに対し、解決策を示すことができずにいた。
「……
停滞した会議を進めたのは、一人の老婆の声だった。
古くはかの徳川将軍家に連なるものだと嘯くこの老婆、日本のみならず、大国の政界、財界にも手広くその手を広げており、無位無官にして、国際IS委員会に招聘されるという、大層奇矯な婆であった。
「第三回モンド・グロッソよりはハードルは下がりますが、どうでしょうか? エキシビションを開くに足る理由、道理が無いかと……」
これまでの議論の中で、エキシビションという案は出なかったわけでは無い。しかし、その案は真剣に考慮されていなかった。
というのも、エキシビションが真に効果的であるとは考えられなかったからだ。
当然ながら世界的な戦いにする必要があるだろう。神輿を作るのに野良試合ではいけない。
かといって、あまりにも正式な戦いにしてしまうと、それはモンド・グロッソと何が違うのか? となってしまう。
また、ネームバリュー的な問題もある。エキシビションで勝利することがイコール世界最強に結びつかないのでは無いか、とする懸念もあった。
至極真っ当な意見。
それをこの老婆は蹴飛ばした。
「道理? 要らんじゃろう。織斑千冬が遊んでくれると言えば良い。我こそは織斑千冬を打倒せしめん者なり、と法螺ふく馬鹿どもが群がってくるわ!」
にやりと相貌を歪めて、カカッと婆が嗤う。
「しかし、それはモンド・グロッソと変わらない! 権威付けが出来ません!」
「ならば、
沈黙。筋が通っていなくも無い言い分。
反論が硬直した瞬間に、老婆は毒をたらし込む。
「それにほら、お主らの国にもいるじゃろう? ──空は飛べず、銃も撃てない、でも強い。そんな武芸者どもが……? この
「──────ッ!!」
居る。確かに居る。
会場に居合わせた各国の政府高官の頭にそれぞれ誰かしらが浮かんでいた。
──彼女は空なぞ飛べぬという。人間は地に足つけて生きるものだ。宙を舞う武術など存在せん!、とのたまう飛行不適合者!
──彼女は銃なぞ撃てぬという。たかたが豆鉄砲では人は殺せぬ、直接切り殺してこその戦いよ!、とのたまう軍事不適合者!
彼女達は今のIS社会の基盤にそぐわない。銃を使えない時点で軍の規格にあっていない。空を飛べないなんてものはそもそもISの用途に反している。
──だけど彼女達は確かに強い!
その時会場にいたのは、喧嘩なぞ一度もしたことの無い、インテリを気取った女たちであったが、彼女達は自然とこう思った。
──観たい。自分の国の武芸者が、自分の知っているあの子が、他の国の武術家達を叩き潰すところが観たい!
そして、願わくば──織斑千冬に土をつけるところが観たい!
にやり、と女が笑う。
にたり、と女が微笑う
にへら、と女達が嗤った。
「さて、どうする? ──などと聞く必要も無いか。お主らのその面、鏡でも見せてやりたいわい」
やろう。
やろう。
つまりはそういうことになった。
エキシビションマッチの開催決定。
ISにそぐわない、極めて特殊なルール下での大会の発表。
反発は驚くほど少なかった。
世界中の誰もが、かの決勝戦に納得していなかったのかもしれない。
会場の調達、武芸者の調達、武器の開発。世界が慌ただしく動く中、日本の片隅、どこかの武家屋敷。一人の老婆と一人の女がとつとつと話している。
「──まったく。結局のところ、貴女が一番観たかったのでは有りませんか? 武芸者好きの徳川先生?」
「──カカッ! まぁそう言うでない。わしも観たい。彼奴らも観たい。みんなが観たい。それ、これぞ
悪びれる様子なく老婆が言うと、女ははぁ、と溜息を吐いた。
老婆は湯呑みを傾けて、ふぅと一息つき、それに、と続ける。
「それに、何処ぞの小僧が言っておったぞ。
──俺が誘拐なんてされなければ、千冬姉は優勝していたんだ! 千冬姉が世界最強なんだ!
とのことじゃが……?」
「──────ハハッ」
ぎらり、と女が嗤った。
獣のような笑みだった。