あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
燃える闘魂。
織斑千冬を見て、女は思った。
──ししょーの暴風、刻みつけてきますッ! と。
「私が大会に出られないって、いったいどういうことサッ!」
イタリアの首都。ローマの庁舎。
国政に携わる者たちが日夜勤める建物の中。
その一室、ISに関する決め事をする場所で、赤色の暴風が巻き起こった。
「……どうもこうもない。君は大会には出さんよ」
着物を着崩した暴風の女、彼女に向き合う銀縁眼鏡の女は、ただ決定事項を口にする。常人なら怯まざるを得ない気迫。それを柳のごとく受け流した眼鏡は、淡々と続けた。
「いいじゃないか。ブリュンヒルデ。君が今の世界最強だ。大会の結果がどうなろうと、君の看板は揺るがない」
「……だけれど、それはあくまで暫定。名目上のことさネ。本心では誰も私のことをそう思っちゃいない。あんただってそうだろう?」
思わず喉を詰まらせる眼鏡の女。それを見た暴風は、畳み掛けるように投げかけた。
「ここで私が優勝すれば、誰もが認めるブリュンヒルデになれるんだ。イタリアだってそっちの方がいいだろう? 大人しく私を──」
「──────なら、聞くが」
暴風の説得は、眼鏡の女に断ち切られる。
「なら、聞くが。君は、本気で、あのブリュンヒルデに勝てると
「────ッ!」
今度は隻腕の女が口を詰まらせる番だった。
「実の所、私たちは先のモンド・グロッソの決勝戦があのような形で終わってもらって、ホッとしているんだよ。君は強い。ああ、確かに強い。
──だが、織斑千冬に勝てると、私たちは確信していない」
「……」
「風を操る力と、相手を一撃で仕留める力。同じクロスレンジで戦うなら、どちらが勝つかは火を見るように明らかだろう?」
眼鏡の女は風の女に、簡単な足し算を教えるかのように諭した。
「ブリュンヒルデという看板は、利用価値が高いんだ。ここで無くすわけにはいかない」
「──でもッ! 私にだって勝算はあったサ! 戦法がうまく噛み合えば、きっと私だって勝てるはずサ──」
「
話にならんな。眼鏡は首を軽く振りながら、女の盲目を詰る。
「もしそれで、君が負けてしまった後、イタリアがどうなるか考えたことがあるかね? 勝敗不明の賭け事に、大金をベットするわけにはいかん。
──もし負けるということがあると、それは勝負の時の運という言葉では済まないのだよ」
眼鏡の弱腰な言葉を聞いて、隻腕の口からは竜巻が吐き出された。
「──闘う前に負ける事を考えるバカがどこにいるんだよッ! 出てケッ!」
「でっ、それでッ! ししょーはッ! そいつをッ! 追いッ! 出したんッ! ですッ! かッ!」
「ああッ! そうサッ! ネッ!」
数日後、イタリア某所のIS訓練用アリーナにて。
二人の女がISを纏って、拳と言葉を交わしていた。
二つのISは同型、同カラーリング。
ただ、師匠と呼ばれた女のISの右腕の部分。そこには、精巧な
額、米神、首、人中、心臓、鳩尾!
弟子の女が両の拳を、急所に向かって遮二無二に抉りこむ。
捌き、捌き、捌き、捌き、捌き、捌き、返し!
自身を狙う弾丸を丹念に掃除した師匠は、返す刀で弟子の右肘を殴り抜いた。
「──うわっ!」
右腕が天高く真上にかち上げられた弟子は、身体のバランスを大きく崩す。
ガラ空きになった脇元に潜り込んだ暴風の女は、余っていた右腕を振りかぶって、深く大地を踏みしめた。
アッパーカット。
機械腕が弟子の顎に添えられ、動かし、飛び上がらせる。ISのパワーかはたまたこの女の地力か、弟子の女の身体はふわりと重力から解き放たれた。
「……ッ! それでも──」
「──甘いサッ! 舌噛むなよッ!」
ISのPICを作動させて状況を立て直そうとする弟子だったが、師匠の方が一枚上手だ。
弟子を宙に浮かせた右腕を真後ろに回し、その勢いを用いて女の左足が、獲物の後を追いかける。
続けざまに繰り出されたムーンサルトは、開かれた弟子の股の間から侵入し、その爪先は相手の背骨をしかと蹴りつけた。
「────ッ!?!?!?」
顎、恥骨、背骨に打撃を受けて、下からの衝撃により脳が揺れる。その上、案の定自らの舌を両の歯の間に挟んだ女は、全身を同時に巡る痛みに激しく悶絶する。
「へもげっ!?」
奇声をあげて地面に叩きつけられた弟子に対し、空中でひらりと華麗に一回転を決めた師匠は、がぁと女を叱咤した。
「ホラッ! なんだいッ! そんなザマじゃあのブリュンヒルデには勝てっこないさネッ!」
「ししょー。少しくらい手加減してくださいよー」
訓練を終えて少し、ポニーテールの女がツインテールの女に頼み込んだ。
「手を抜いたりしたら、あんたの訓練なんかになりゃしないサ。──そらッ!」
「ぅお、と、と。ありがとうございます!」
投げられたスポーツドリンク入りのペットボトル。やや落としそうになるもしっかりとそれを受け取った弟子は、師匠に大声で礼を言う。
いいってことさネ。そう言うかのように、師匠は左手をヒラヒラと振った。
特に何を言うこともなく、そのまま二人は並んで近くのベンチに腰掛ける。
師匠と呼ばれた女は、長身で赤いツインテールが腰元まで伸び、日本風の着物をだらけて着ていた。だが、そんな事よりも目を引くのは、右目の眼帯と右腕の違和感。見るものが見れば、着物の右先には厚みがないことがわかるだろう。
一方左隣に座った弟子は、中肉中背で、同じく赤い髪をポニーテールに束ねている。服装も師匠と同じように、似た色合いの着物を──ややしっかりと──身につけていた。
──ただ、そう。並んで座ると特にわかるが、この女には、なんとも色気が足りない。師匠が大人の花魁を思わせるのに対し、弟子は天真爛漫なちびっ子っぽさがあちこちから漏れ出ていた。
「……あんた、その服、あんまり似合ってないネ。私が言うのも何だけどサ……」
「!! なんですってー、ししょー! これ元はと言えば、ししょーがくれたんじゃないですかー!」
「いや、まあ。そうだけどネ」
隻腕は弟子の方を見やる。そこには、ぷりぷりと膨れっ面をして、手足をバタバタと動かす餓鬼がいた。呆れて嘆息をつく。
「この和服をもらって、その日眠れないくらい嬉しかったんですからね!」
「ああ、うん、よく覚えてるよ……」
その日の光景をまぶたに浮かべた暴風は、思わず笑いがこみ上げて、ふっと旋風を噴き出す。
「『わーい! ししょーとお揃いだー! いぇーい!』って……。 いったい何歳児なんだい、あんたは」
「ししょーよりも年下でーす! いぇーい! 私の方が若いー! ししょーのおばさーん! としまー! わかづくりー!」
「なんだってー!」
三年前。IS時代黎明期。
白騎士事件に端を発したIS時代の幕開けから暫く経ち、世界の国々の技術進歩を比べ合うため、開催された第一回モンド・グロッソ。
とはいえ、未だノウハウも何もない。手探りで各国が作り上げた機体は、どこもかしこも似たり寄ったりな作りをしていた。
ISによる慣熟戦闘を、どこの国もまともに成し遂げておらず、空戦ドクトリンのような戦術思想も碌に発展する前。
そこに出場したのが、当時はまだ右目と右手が付いていた、赤い暴風の女である。
国内の選考を突破して、代表の座に立った彼女。徒手格闘、近接戦闘を主軸とした女の戦術論理は、武器開発に携わる技術屋どもにも優しかったらしい。女の要望と余った予算に応えて作り上げられたのが、初代『暴風』である。
心身十分機体十分。優勝の核心を胸に、女は大会へと出陣した。
──そこで起こったのは、赤色の『暴風』がたった一本の『桜』に負ける、という異常事態である。
女はその日のことをよく覚えていない。ホテルの部屋の床に寝ていたのか、はたまた路地裏のゴミ箱の中に顔を突っ込んでいたのかさえも記憶にない。
ともかく、女は荒れた。まさしく暴風だった。
それから先、女は『桜』をなぎ倒す為に、ありとあらゆる修練を重ねることとなる。
ひたすらに身体を苛め抜き、技を研ぎ澄まさせる。
戦術設計を練り直し、勝つための方策を作り直す。
死狂った生活を送り始めた。
そんな折、女に一つの朗報が舞い込んでくる。彼女の半身である『暴風』。そのバージョンアップがなされたとのことだ。
二代目『暴風』を前にした時、女は『桜』に勝つ光景を幻視した。
──青写真は、その直後、吹き飛ばされる。
女の意識が目覚めた時、視界と身体に少しの異常を感じた。
辺りを見渡せば、意味深な計器に、白いカーテン。彼女の身体には、なにやらチューブが繋がれている。どうやら何処かの病院らしい。身体に違和感を覚えつつも、ベッドの近くのナースコールを押した。
すぐさま駆けつけてくる白衣の集団。気分はどうだ、などと簡単な応答を繰り返した果てに、集団のリーダーらしき男が、沈痛な面持ちで彼女に告げた。
「どうか心を落ち着けて聞いてください。先のISの実験で、貴女は事故に巻き込まれました。そして、その際に……」
貴女の右腕と、右の眼球は、致命的なまでに損失してしまいました。
「……は?」
そう言う他なかった。
信じられない。信じたくない。信じるわけがない。
左手を右腕に伸ばす────無い!
左手で右頭部の包帯をほどき捨ててそっと触れる────無いッ!
狂乱する女を宥めたのは、用意されていた注射針だった。
退院まで暫く。
精神安定剤とカウンセラーの厄介になり続けた女。
病院から出た女の足が向かったのは、近くを流れる川。その橋の上だった。
片目でしか観ることができない──立体視できない身体では、接近戦なんて不可能だ。
片腕しかまったく動かせない──僅か左手一本で、リベンジマッチなんて馬鹿げてる。
──生きてて意味、あるのかネ……。
女が今後の
「────ぶみゃぁぁーぁぁッ!」
────女の横をするりと抜けて、川に落ちる一匹のバカがいた。
「────ッッ!」
弾かれるように後を追う。
川の水は身を刺すように冷たい。
片腕をなくして、バランスを取るのは困難だ。
その上! バカな餓鬼を片腕で抱えては!
女が子供と共に生還できたのは、ある意味奇跡だろう。
「──ブハッ、はっ、はっ、はー。……何をやっているんだ! このバカ!」
叱りつける大人に対し、子供は不思議そうに告げた。
「……ふ、ふっ、ふー、ふー。いやね、あのね、おねーさんがこわい事考えてそうだったから、あぶないよーって教えてあげようと思って!」
それで、やってみたの! 満面の笑みを浮かべる子供。
──バカか? こいつは。
いや、バカだ。間違いなくバカだ。底知れぬバカだ。バカの世界チャンピオンだ。
「……ああ、うん。そうかい。よくわかったサ。二度とやらないよ、こんなバカな事……」
──私もバカだった。それも、このバカを超えた一番賞のバカだった。
女の精神が別のことで落ち込んでいると、子供が「あっ!」と、女の顔を指差して叫んだ。
「おねーさん。IS選手でしょー。すげー。いいなー。前見た時かっこよかったよー」
すげー、握手してー握手ー。と
反射的に手を握り返した女は、歯切れ悪そうに口を動かす。
「でもおねーさん、ISに乗るのやめようかネ、って……」
「えー! なんでー! ISって選ばれた女しか乗れないんだよー! 三丁目のみっちゃんも乗りたいって言ってたよ」
「……みっちゃんって誰だい──こういう訳サ」
女は濡れた眼帯を指差し、右の布切れをパサパサと振る。
それを見た少女は──女にとって──思いもよらぬ事を口にした。
「んー、そっか。
──じゃあ、私を弟子にして!」
「……ん? えぇ、ああ、うん、はい」
「いぇーい! 暴風二号!」
弟子ができた。
「ISって歩くの難しくないですかー?」
「教科書なんて捨ててしまいな。感覚サ、感覚。いつも歩くようにやってごらん」
「はーい。分かりましたー。──へもげっ!?」
「いつも転んでるのかい、このバカ!」
「ししょー! 猫飼っていいですか! 猫! かがやけー、って感じのこの白いの!」
「……別にいいんじゃない? 好きにするさネ」
「ありがとー。ししょー!」
ペットショップで猫を引き取った日の帰り道。
「あっ! うちペットダメだった! ししょー代わりに飼ってあげてー!」
「今気がついたのか、このバカ!」
シャイニィちゃん。暴風の家の子になる。
どんてんさわぎの時は流れる。
一面の雲だった女の心の中に、暴風が吹き荒れる。
仲のいい技師が、銀の腕を創ってきた──なんでも、今までの操縦の癖に合わせて最適化したらしい。
チームメイトのIS整備士が、ハイパーセンサーを調整していた──俺の目より上等なもん作っときましたよ! なんて笑っている。
「ね? ししょー。続けてよかったでしょ?」
「……ああ、そうさネ。……このバカ」
「痛い! 痛い! ししょーギブギブ!」
弟子の悲鳴を受けて、暴風は記憶の旅を終える。
ごめん、ごめん、と腕を離すと、女はいつも通りのバカ面を晒していた。
この女は、確かにバカだ。餓鬼にも劣る特級のバカだ。
それでも、ただのバカじゃない。
時に狂人が真理を悟るように、この女も何かしらの事を知っている。
そして、何よりも────
「なあ、バカ弟子。私の代わりに大会に出るさネ?」
「……ええ! 出ますよ! 一号の仇は二号が取ってきます!」
「じゃあ、二号が負けたら、V3の私が出るサ」
「──なんですとー!」
「嫌なら勝ってこい! ロゼ!」
────この女は、暴風の弟子サ。
彼女はまごう事なきバカである。
彼女はしかし、真理を知っている。
彼女は一人の徒手格闘者である。
彼女は世界最強たる『暴風』の弟子だ。
イタリア代表、暴風門弟。
勇風のロゼ。
暴風さんの過去とキャラと口調がぐちゃぐちゃに……。
原作的に、ここで千冬姉と戦わせるわけにはいかんかったんや!