あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
過去捏造説。閑話というより短編では?
──何者でもない誰かの幸せは、遥か彼方の日々に過ぎ去ってしまった。
数年前。少女がまだ幸福だった頃。
家に帰ると、そこには父がいて、母がいて、姉がいた。
外に遊びに出たら、そこには男の子がいて、お姉さんがいて、皆がいた。
少女の心には、かつての思い出が今も色褪せずに残っている。
少女の生家は、神の社を護る一族だった。
その神社は、純粋な神道というわけではなく、どちらかといえば土地神信仰を祖とするものであるが、元より神道は八百万。概ね同じものと言って差し支えないだろう。
ところで、神道と剣には密接な関係がある。
かつて、災厄の蛇の尾より取り出された神剣は、今もなお熱田の地に奉じられている。
神剣より生ぜし形代は、今もなおその国のレガリア、王権の象徴の一つとして扱われていることからも明らかだろう。
そんな訳で少女の家でも、代々剣の術を受け継いできた。
神社では盆と正月の年二回、祭りを催すことになっている。その際、社の巫女が「剣の巫女」として、神楽を舞うのがしきたりだった。
それ故に、少女が実家の剣術を学ぶのは、半ば必然だっただろう。
だが、少女が剣の術を修めることを決めたのは、決してそんな消極的な理由ではない。
──皆に対して、剣の術理を教える父がいた。
──疲れたでしょう、と水を配る母がいた。
──こんなもの天災には必要ない! とぶーたれる姉がいた。
──いいからお前もやるんだ、そう姉を叱咤するお姉さんがいた。
──一緒にやろうぜ、そう誘ってくる男の子がいた。
そこには、皆がいた。そう、
今は、もう。誰もいない。
姉が何がしかをかちゃかちゃと創っていて、お姉さんが時折その手伝いをしている。そんな様子を見ていても、へーすごーい、程度しか頭が働かなかった。何しろ当時はまだ、幼子だ。
だからこそ、その事件の後に、少女の前から姉が姿を眩ませた時、少女は呆然とした。
「──ねぇ! おねーちゃんはどこに行ったの?」
父や母に問いかけても、黙して語らず口をつぐむばかり。彼らには、姉のしでかしたことの重大さがよくわかっていたのだろう。
姉の行方が分からなくなって数日後、自宅に突如、黒服の男達が押しかけてきた。
両親が黒服達と話をする間、少女は自分が泣いていたことを覚えている。
その日の夜、少女は父から告げられた。
「──父さん達、一緒にはもう暮らせそうにないんだ……」
「────え?」
少女の脳内に、白色の闇が無限と広がっていった。
──意味が、分からない。理解できるはずもない。
両親の戯言は、少女の耳をするりと抜けて通った。
こうして少女は、成層圏貫く箒星から、何者でもない誰かになった。
少女には、アメリカの承認保護プログラムを模した特例法が適応されることとなった。
苗字を変え、名前を変え、戸籍を変え、住む場所を変え。
かつて少女が
慌ただしい日々の中で、少女が姉弟に別れを交わすことができたのか、それさえ分からない。
少女が割り当てられることになったのは、なんの変哲も無い夫婦──勿論政府の関係者だ──の一人娘という役割だ。
「××ちゃん、これからよろしくね」
「────はい。よろしくお願いします」
身に覚えのない名を呼ばれる。
これから先、誰とも知れぬ男女と、仲良く「家族」をやらねばならない。
幼心にもそう悟った少女の眼からは、水滴がぽとりと溢れた。
幸いにして、その「両親」は、少女のことをよく慮ってくれた。
それは、誰かの姉に媚を売っているのかもしれないし、少女を哀れんでのことかもしれない。あるいは、少女のことを本当の「娘」のように可愛がっているということもありうるだろう。
新しい「家族」に慣れ、「家」に慣れ、土地に慣れ、環境に慣れ。
政府の傘の下ではあるが、学校にも通うことのできるようになった少女。
世間では、依然として誰かの姉が作り上げた機械鎧が話題となっている。
そんな折、少女は友達に鑑賞会に誘われる。
「ねぇ××ちゃん! 一緒に見ようよ!」
「──私がか? あんまり好きじゃないんだが……」
「一度見てみれば気が変わるって! さぁ、行こう!」
それは誰かの家族をバラバラにした元凶であったからかもしれない。
半ば本能的に、機械鎧に対する嫌悪感を持っていた少女だったが、友人の強引な誘いにより、機械鎧の祭典を共に見ることとなる。
祭典の名は、第一回モンド・グロッソという。
少女は機械鎧に興味がない。
各国のそれらを見て歓声をあげる友人をよそに、少女はコップに入ったジュースを飲む。
「──××ちゃん。もしかして、本当につまらない?」
「いや、そこまでではないが……。苦手なんだ、ああいうのは」
「確かに鉄砲とか痛そうだよねー?」
見当違いな同意を示す友人。
剣を齧っていた少女は、何もそういった暴力に怯えているのではない。それはただの感傷だった。
「あっ、でもでも! そろそろ日本の人が出るらしいよ! すっごく綺麗な人だったから、そんなに怖くないと思うし!」
「……ふぅん」
たいして興味がわかない。
少女の中の美しさ、原風景は、嘗ての道場の中だったから。
ろくに期待もせずに、少女はテレビをぼんやりと眺める。
入場してくる日本の選手。さてどんなものか、と少女が酷評する気でいると────
「──────ッ!」
────そこには、『桜』を纏った「お姉さん」の姿があった。
手からコップが零れ落ちる。
「みぎゃーー!!」と悲鳴をあげる友人をよそに、少女はテレビにかじりついた。
間違いない。見間違えるものか。聞き違えるものか。
その名前。その姿。その立ち振る舞い。何よりその剣!
かつての
テレビを見ては、俯き、肩を震わせ、嗚咽をあげる少女。
自室にジュースをばら撒かれた友人は、一言文句を言ってやろうと思っていた。が、その様子を見て、舌に乗った言葉を急遽切り替える。
「どうしたの? ××ちゃん」
「いや、違う。目にゴミが入っただけだ」
「……もしかして、あの人と、知り合い?」
「──────。そんなはず無いさ。昔何処かで見たことあるかもしれないけど、知らない人だ」
そうだ。彼女と少女にはなんの関わりもない。
あったのは、何処かの誰かと彼女の間だけ。
──だけど、女と
自宅に戻るなり、少女は「両親」に剣を習うことをねだる。
あまりにも突拍子のないことだけに、普通は間を開けるところだろうが、そこはこの「両親」──あるいは政府──、すこぶる少女に甘い。
それは言うまでもなく、誰かの姉のせいだ。
世界中のあらゆる高名な心理学者が分析をしたが、かの兎博士の精神状態を誰も理解できなかった。
奇妙奇天烈、突飛な言動を繰り返す一方で、恐ろしく論理的な思考を持っている。
狂人に刃物を持たせるなとはよく言うが、博士の場合、狂人なのかその真似事なのかもよくわからない。その上、振り回すのは核ミサイルだ。
誰かの姉にとって少女は、鎖なのか逆鱗なのか、はたまたどうでもいい塵芥なのか。誰にも判断がつかなかった。
そのため、少女の要求は概ね受け入れられる。
こうして少女は再び剣の道を歩み始めることとなる。
早速近くの剣道教室に通い始める少女。自分には多少の経験があると、余裕風を吹かせていた少女だったが……。
「××ッ! もっと集中して、気合いを入れろッ!」
あまりにもブランクが酷い。
1日の休みを取り戻すのに三日かかる、とはよく言われるが、少女も
その上、かつての知識との微妙な違いが、少女を苦しめた。
剣術と剣道。一文字違いで、同じ剣を扱う。
だからと言って、全く同じものではない。
竹刀を使い、競技として、精神を鍛えるための剣道。第三者から見たポイントを重視するスポーツ。
真剣を使い、術理として、相手を屠るための剣術。敵を斬り殺すための理論構築を目的とした殺人術。
この二つに優劣は存在しないが、違いそのものは確かに存在する。
本来、少女に剣道は必要のないものだった。
しかし、今の少女はその両方を求める。
「××。お前、なんで剣道始めたんだ? 昔、古流の剣術かなんかやってたんだろう?」
「……よくわかりますね」
「そりゃあ、お前。最近は
練習の合間、少女と道場主が話す。
道場主曰く、最近はかの剣客に惹かれて、一種のブームが巻き起こっているらしい。なかでも、戦闘に活用できる剣術を志す女性が多いとのこと。
で? なんでわざわざ剣道を?
問うた道場主に、少女は決意を答える。
「──全国を獲る為です」
「まぁ目標は高い方がいいわな。でもそれは
鋭い追及に、少女は苦笑を漏らす。
「えぇ、そうですね。実の所、有名になりたいんです」
「なんで? 目立ちたがりってわけでもないだろ?」
「──私の名を知らしめる。昔、付き合いのあった知り合いに、『ここに私はいるぞ』と伝えたい。その為には、これが一番近道だった。
……不純ですか?」
おずおずと不安そうに漏らす少女に、道場主はニヤリと笑った。
「いや、構わん。
時は流れ。
少女の錆は、ゆっくりと剥がれ落ちていく。
未だ名刀とは言えぬ
自身を研ぎ下ろしていく少女。それをよそに、世界には再びかの大会が訪れる。
第二回モンド・グロッソ。
あいも変わらず、少女は機械鎧が苦手だ。自身の適性がCランクだったことに、落胆ではなく安心したことからもそれは窺える。
だが、かの「お姉さん」の姿は是非とも見たい。
──いや、私は
などと自らに言い訳しつつ、テレビを待ちわびる少女。
大会開幕。
歓声の中、剣を振るう「お姉さん」。その術理には、今は失われし「◾︎◾︎◾︎流剣術」が未だ息吹いている。
◾︎◾︎◾︎流剣術は、女性のための戦闘術理だ。
彼女の生家である◾︎◾︎◾︎神社には、女性のための刀が奉納されている。
一般的に、女性は男性より非力だ。だからこそ、◾︎◾︎◾︎流は、それを補う為に発展してきた。
「──◾︎◾︎◾︎流は、敵を断ち斬る剛剣にあらず。敵を流し斬る柔剣なり」
かつて誰かの父は皆にそう術理を説いていた。
「お姉さん」の剣は、一見すると一撃必殺の剛剣だ。だが、その立ち回り、理論構築は柔剣のそれである。
力が強くとも、弱くとも、結局のところ、斬ればお終い。ならばその一殺を実行するための論理組立。「お姉さん」の
大会一日目を終えて、予選が終わり残すは本戦のみ。
無性に剣を振りたくなった少女は、道場へと駆け込んだ。
無茶を押し通して道場の中に一人立つ少女。
その身体には面も防具もなく、その手には竹刀の代わりに木刀が握られている。
かつて誰かが修めた術理。離れていたが、もともとこちらが彼女の古巣だ。
木刀を素振り、血流を回してギアを入れる少女。
身体の錆は既に落ちている。後は……。
ずさり。
少女が思索に耽っていると、ふと、誰かの気配、足音を幻知した。
刀を構えて門の方へ向き直る彼女。
ゆらりゆらりと迫り来る幽鬼。
「……お前は」
その眼前には、あの日と比べて成長した「男の子」が立っていた。
「男の子」の手には、彼女と同じように木刀が握られている。少女を睨み倒したその顔には、凶相とも取れぬ笑みが浮かんでいた。
口も交わさず、少女と「男の子」は立ち合いに転じる。
少女は剣を正眼に構えて、隙を求めて左右に脚を引く。
「男の子」もまた剣を正眼をとってどっしりと応えた。
対称の構え。
男と女。体格差。
「男の子」の幻影は、今の少女より遥かに大きい。
不利は明白。何かしらの優位を築かねば……。
少し待ち、
「……駄目だ」
────一死。
少女が刀を大上段に構えた直後。
「男の子」は剣を中段から下段に落とし、刀の向きを逆に翻して、斬りかかった少女の股から天へと切り上げた。
──◾︎◾︎◾︎流剣術、『
「先の先」ではなく、「後の先」より空を斬り裂く。
股座から
「──済まない。
剣道において、時間の空費は戦意無しと見なされ反則を取られる。睨み合いの最中、時間に
一方剣術にそんなものはない。互いに剣を構えたまま、どちらも手を出さずに時間が過ぎ去ることがよくあるように、敵の隙を斬り捨てることこそ肝要。
◾︎◾︎◾︎流のみならず剣術総ての理合を忘れていた少女に、「男の子」は呆れを見せる。
二度、剣を構える剣客ども。
再び正眼に構えた少女に対し、「男の子」は剣先を
──意趣返しか?
少女は訝しむ。
バランスのとれた正眼に比べ、八相は持久戦にのみ優れた構え。守りは薄く攻め筋も少ない。狙い手はそのまま振れる逆胴か──。
一秒経ち、二秒経ち。
互いの目線。視線。剣先。足先。胴着の揺らぎ。動きの起こり。
恋人同士がそうするように、二人は相手のことを知り求める。
幾秒経ったか、少女の米神から流れた汗が板間に落ちて──
──やはり袈裟!
先ほどの少女を焼き直すかのように疾駆する「男の子」。
少女もまた同じように下段──ではない。
身長、リーチ差は歴然としている。彼女の刀が巻き上がる前に、「男の子」の刀が血の花を咲かせるだろう。
さすれば少女は刀先を迫り来る「男の子」の首に向け、低く踏み込み──
「
──その
突き通った剣先から、紅い雨垂れがぴしゃりと落ちる。
「男の子」の首から刀を引き抜き、軽く払って血糊を落とす少女。呼吸器官を
「──ありがとう、一夏。
原作一巻へと続くお話。
箒ちゃんが一夏君に怒った理由付け。
束さんとのホットライン? 裏奥義『零拍子』? 小太刀二刀流?
……おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!