あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
「おお、青山殿。現実の戦に手間取りまして御座いますれば……」
「御託はいい、忠長殿。正直に申せ」
「成る程。お見通しでしたか。然るに、あすとりっどなるこの女。大変書き記すのが難しく──」
「──御託はいいと申したぞ。お主も心の臓を曝け出して応へるがいい」
「……実は、はめるんなる書を読み漁っておりました」
「あいわかった。皆の者、切り捨てい!」
駿河城を訪れた上使青山大膳幸成は、はめるんなる書に記されたいくつかの小説を読み取ると、眉皺を緩めて、
「ふむ、面白い」
と呟き、忠長のお気に入りを漁りせしめた。
織斑千冬を見て、女は思った。
──かの巨人を廃し、今の時代を終わらせなければ、と。
スカンディナヴィア半島に位置する一国。
ノルウェイの森の中。細長い湾岸から形成されるフィヨルドの上で、一人の女が跳ね回っていた。
PICを作動させ、水上をホバーさせるように滑る女は、時折森の中に消えては、鬱蒼と茂った木々の合間をすり抜け進む。武装を全て虚空にしまい、速度を全く落とすことなく、無手で森林を滑空し続けた。
小枝をすり抜け、藪中を突っ切り、木の幹を蹴り抜くことで強引に方向を転換しながら、女は目的地へと突き進む。彼女の通った跡には、草木や石ころが跳ね上がり、水面は通り道の軌跡を描いて、獣道と流水は一本のレールとなっていた。
森林霧中、水面直上、絶景の風景を風切り進む打鉄。機体表面上の黒鉄模様と、水鏡から照り返された太陽光が乱反射を起こし、周囲の存在にアトランダムに突き刺さる。澄んだ水面とメタリックな金属光に倍加された陽光は、観客の目を容易く焼きつけるだろう。
しかし、心配ご無用。此処には人っ子一人いやしない。
それは此処が自然環境の奥深く、というのも理由の一つだ。
それは此処が軍事施設の奥深く、というのも理由の一つだ。
ただし、それは本筋ではない。直接的な監視がおらず、機械と計器によってのみ計測される理由。それは──
「────せぇいッ!」
ただ単純に、危険だからだ。
さっと武器を抜き撃ち。一閃と共に、女がステップを刻み始める。彼女のそれは、人間の本能、脳髄に干渉し、オレキシンやノルアドレナリンを過剰分泌させる危険行為だ。
彼女の剣舞は、人外へと振るう為の理に満ちていて、それ故に域内の人間には、強いストレスを感じさせた。
拓けた湖の中心で、アストリッドは独り、思うがままに武装を翻して踊る。IS備え付けのパワーアシストを通して、彼女の武器が空気の断層を描いて回った。
その度に、160センチちょっとの彼女の全身は影に隠れ、一部の視点からは時折姿すらもかき消えた。アストリッドの姿を覆い隠したのは、右手に握られた彼女自身の武装だった。
──それは剣というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
それは、正に鉄塊だった。
両手剣と呼ばれるカテゴリーからはあまりに逸脱した
彼女が鉄剣を一太刀振るえば、豪と世界が振動する。横薙ぎからの斬りおろし。技術を一切用いない流しの剣技でも、空気は割れ、水面は裂ける。剣圧にどかされた水原子が宙を舞い、水底の小石がぱっくりと砕けた。
上空より降り注ぐ突発的な剣閃水飛沫の中で、女は水を滴らせて佇む。
──これはいい、実に
くつくつと声を殺して笑う女。忘我の彼方から彼女を引き起こしたのは、通信機越しのダミ声だった。
「アストリッドォ!! どうだぁ、そいつはぁ!!」
「うるさいよ、ゴン爺。そんなに声を荒げなくても聞こえてるって」
数年かけた今でも機械慣れしていない老人に苦笑する。男と出会ってからしばらく経つが、そんなところは何一つとして変わっちゃいない。老人が機械に怒鳴りつけた後、いつもの通りなら──
「──もう、お爺ちゃん! いつも言ってるでしょ! そんなに大声出さなくても聞こえるってぇ!」
そらきた。通信機の奥から聞こえる声に、若い女のそれが加わった。
ぎゃーぎゃーわーわー。爺と孫娘の戯れ声をBGMに、女は右手に握った鉄塊を眼前まで掲げてじっと見つめる。
岩盤からそのままくり抜いてきたかのような、装飾の一つもない無骨で粗雑な剣。新素材、新技術、何するものぞ! 科学の時代に逆行した、職人の髄が染み込んだ打ちっ放しの鉄剣は、さりとて彼女の好みによく馴染んだ。
──弓、槍、そして剣。そう言った武器こそが、まさしく
趣味と適性、思い出と夢。いろんなものをペースト状にして練り込んで、一言で言えば、ただの好みだ。
納刀。女が握り込んだ右手に力を込めると、鉄塊は剣先からきらきらと
アストリッドが湖のほとりに着陸して、手首の関節をぷらぷらと回して休んでいると、ようやく決着ついたのか、孫娘が女に声を掛ける。
「……ごめんなさぁい。アストリッドさぁん、待たせちゃってぇ」
「ええ、構わないわよエリカ」
女の眼前には、通信機越しに赤面しているであろう少女の顔が浮かんだ。
「早速なんだけど、それで……」
「──それで、どうだったぁ、そいつぁ?」
少女の通信に職人が割り込んで問いかける。
女は男に一言返した。
「充分」
「そうかぁ!」
女はニヤリと相貌を凶悪に歪める。きっと職人も、少女さえもそうだろう。
女は詳しく所見を綴った。
「単純に、程よくデカいね。無骨で、愚直。朴訥だけど殺意に満ちてる」
「だろおぅ? 火力で叩き潰すことに全てをかけてる。余計な機能なんて付けちゃいない。お前さんのリクエスト通りよおぅ!」
ジークフリードもかくやの強弓。オーディンもかくやの大槍。
大木を歪めて、鉱石を溶かして。物語に修飾された空想上のトンデモ武装。龍を殺す武器と言われて、それを大真面目に作り上げる狂気を、職人は携えていた。
「それで、私がちゃぁんと、IS仕立てにチューニングしておきましたよぉ」
中世の遺物を形と機能を損なわずに、インフィニット・ストラトスという最先端の戦場へとお色直しする。
無理、無茶、無駄、無謀な技術。誰も必要としない大道芸だが、その事のみならば、少女の技量は天に迫るほどだった。
「それじゃ、後は私が使い熟すだけね」
日本の子供が昔話を寝物語に聞くように、英国の子供がマザーグースを嗜むように。アストリッドはノルウェーに古くから伝わる神話伝承、題して北欧神話を溺愛していた。
──知識を追い求めるためには、字の如く身を削っても構わないと行動する主神。
──怪力乱神、筋骨隆々でありながら、禍々しく着飾り女装を強行した雷神。
──母の愛によって不死性を得ながらも、ただ一つの弱点が蟻の一穴となって倒れた光神。
──時に助言、時に悪略、大地を駆け巡った神謀が、世界終焉の引き金となった悪神。
善悪問わず、混沌秩序、悲喜交々な登場神物たち。単純な勧善懲悪ではない、一重二重と積み重なった世界観。多神教特有の人間らしさに彩られた神々は、人間らしかったが故に、幼き少女の心を魅了した。
「私、大きくなったら、ヴァルキュリアになる!」
多種多様な神々の中でも、彼女がとりわけ惹かれたのは、死の先に待つ戦乙女だった。
それはまだ、ヴァルキュリアの名になんの含みもない、機械鎧が出回る前の話だった。
歪みなど存在しない、平和な時代だった。
アストリッド、十六歳の夏休み。
両親の枕元で眠るのはとうの昔に卒業しつつも、幼き憧憬を今も胸に携えて。アストリッドはいつもの様に惰眠を貪っていた。
さもありなん、時間は未だ明朝五時前。いくら田舎育ちの彼女といっても、動き始めるにはいささか辛い時間だ。そもそも彼女は朝が弱い。子供の頃から遅起きとして母親を困らせてきた。
一年前のこの時期もそうだった。一ヶ月前も一週間前もそうだった。無論、昨日も目覚めたのは七時手前だった。きっと明日もそうだろう。
だが、その日ばかりは定跡を外れていた。
突如として、ジュゥィィィーーーンと機械が軋む音が、夢の中で微睡む少女に襲いかかった。
「────!? ぬべらっ!?」
突然の大音量にアストリッドは叩き起こされ、ベッドから滑り落ちる。
木の床に腰を強かに打ち付けて悶絶する少女。彼女の耳には、続けて警報音が家の外から鳴り響いた。
それは聞き覚えこそあるものの、真っ当な使い方など想定していなかったもの。
つまりは避難警報の音だった。
即断実行。
水道の水で目尻を濡らしたアストリッドは、パジャマの上に衣類を羽織り、身だしなみもそこそこに屋外に飛び出る。
家の外に出た彼女は、周囲の風景を見渡しながら、近場の避難所である集会場へと向かった。
──? 火事じゃない。土砂崩れ? いや、雨も降ってない……。
彼女の家の車両でできた轍を踏みつけながら、少女はあたりに目を凝らし、脳を回す。
──地震? 多分違う。私には分からなかったし、そんなことがあるなんて聞いたこともない。
彼女の周囲に広がるのは、いつもと変わらぬ牧歌的な故郷。朝日に照らされた緑草は青々と輝いている。
彼女の眼前には、何の異常も見当たらない。それはつまり、彼女の知らないところで、彼女の知らない
漠然とした無知は、負の方向へと思考を巡らせる。
「──アストリッド!」
不安に駆られた少女の名を呼んだのは、作業着姿の男女。アストリッドの両親だった。
朝っぱらから牛舎で作業をしていただろう二人の衣服は汗と土で少々汚れ、清掃を終えたばかりだったのか、鼻をつくような牛糞の臭いが漂っている。
いつもならしかめっ面の一つでも浮かべるところだが、その時アストリッドは、普段と変わらぬ両親の姿にひどく安心した。
「──父さん! 母さん!」
声を上げて、アストリッドは両親の元に向かう。買ったばかりのスニーカーが、土に塗れて赤黒く染まった。
「父さん、一体全体何があったの?」
「さぁな。父さんたちにも正直わからん。役所の連中なら、何か知ってるだろうが……」
「それより、二人とも。早く行きましょう?」
再開の喜びもそこそこに、家族は避難場所へと足を進める。幾分か軽やかな足取りだった。
集会場に近づくにつれ、人の数がぽつぽつと増えてきた。決して広いとは言えない田舎暮らし。顔なじみばかりがそこかしこに所在なさげになっていた。誰もかれもが、顔に不安を浮かべていた。
そんな中に、アストリッドは見覚えのある栗毛色の髪を見つける。嬉しそうに駆け寄った少女は、後ろから話しかけた。
「おはよー、シル!」
「……」
返事がない。
「どうしたの? 何かあった? というか何があったの?」
「……」
返事がない。
たまらずアストリッドは、友人の正面に回り込む。
シルと呼ばれた友人は、携帯端末を握りしめて震えていた。
「……本当に、何があったの?」
「──に、なるかもしれない」
「──え?」
「だから、ひょっとしたら! 戦争になるかもしれない!」
その声は、朝霧の中で響き渡った。
騒めく周囲をよそに、アストリッドはシルの横から、携帯端末の画面を覗き見る。それは映画の一幕のような、けれども実際に行われているニュースの生中継だった。
ノルウェイ政府を含む、世界同時多発的な、大陸間弾道ミサイルの発射。世界の誰もが予期し得ないままに、唐突に第三次大戦への導火線に火がつけられたのだ。
明朝の警報も恐らくそのせいだろう。ミサイルの発射先が全て極東だから恐らく安全だが、さりとて絶対ではない。
アストリッドは、不安そうにする友人の背中を撫でてあげた。そうすれば、少女自身の不安も、多少は紛れる気がした。
誰もかれもが、ニュースの報道を食い破らんばかりに見つめている。
どれ程の時間が経っただろうか。ニュースに進展があった。
ミサイルは奇跡的に、その全てが日本領海上で迎撃され、死傷者どころか負傷者でさえ一人たりとも存在しないという。
そんな正確無比な情報が、犯行声明に糊付けされて、全世界の電波に乗せられていた。
兎耳を付けたロリータファッションの少女が嘲るように嗤って説明を始める。
曰く、全世界のミサイルを発射したのは自分だ。
曰く、自分の子飼いの剣客によって、全て斬り伏せたから安心していい。
曰く、剣客が纏った鎧は、既存の技術体系に属さない異端技術によって造られている。
曰く、かの異端技術の結晶は、女性にしか扱えない。そしてこれを世界にばら撒こう。
「──なんだ、それは」
アストリッドの口から漏れ出たのは、陳腐にもほどがある言葉だった。
比喩抜きで世界を滅ぼすことのできる女がいる。女のもたらした技術体系は、歪んだ差別を生み出すことが目に見えている。何より女はそのことになんら痛痒を抱いてはいない!
これから先、平和だった世の中は、激動へと巻き込まれるだろう。
まさしくこの瞬間、世界の関節が外れてしまった。
兎耳の道化師が、悪戯に角笛を吹き荒らした瞬間だった。
アストリッドは、混乱した頭で、それでも
「それじゃ、後は私が使い熟すだけね」
アストリッドの技量は、正道から道を踏み外し過ぎている。普遍的で最優たる銃器の類を切り捨て、格闘戦に優れたコンバットナイフを切り捨て。仮に達人どもの対人戦に混ざったならば、結果はゆうに見えている。
だが、そもそもIS戦闘は対人戦なのか?
目には目を、歯には歯を、化け物には化け物を。適材適所。
ISという人間サイズで人間の形をした怪物と戦うにあたって、既存の武器、既存の技術は必ずしも最適解とはなり得ない。
アストリッドの仮想敵は──。
「そういやよぉ。儂らぁ、まだそいつの名前を決めちゃぁいないんだが。なんかいい名前、あるかぁ?」
「……ふぅむ。そうだね。どんな感じの名前がいい?」
「頭の中にぱぁっと浮かんだイメージを、そのまま名前にすればいいんですよぉ」
アストリッドの、ヴァルキュリアの仮想敵は巨人。人間大に押し込められた、機械鎧の巨神兵。
なればこそ──
「──うん。わかった。
なら、この剣の名前は『巨人ころし』にしましょう」
彼女はあの日、巨人の蛮行を目撃した。
彼女に相対する巨人は、人類史が
彼女はいずれ来たる終焉を食い止めることを望んでいる。
彼女の目標は、文字通りの巨人殺し、ジャイアント・キリング。世界を灼き尽くさんとする
ノルウェイ代表、奇剣使い。
巨人殺しのアストリッド。
人物評は作中人物によるものです。必ずしも真実とは限りません。
難産。組み込もうとしたエピソード数と文字数がかみ合わない。
というかこれから先皆難産。設定が初期に組み上がった連中なのに……。