あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
タイトルから何からリスペクト回。
織斑千冬を見て、女は思った。
──刀一本だなんて、ロックだねぇ、と。
「LA────♪」
場末のライブハウスで、音楽が奏でられる。ベーシストの調律の元、ドラムが激しく乱れ、かき鳴らす。ギターの音に乗せて、ボーカルの女が気炎を上げた。
彼女達は今はまだ無名の、けれども才能の萌芽を感じさせる新進気鋭のロックバンド。
「────♪」
舞台の熱狂に合わせて、ボーカルの女はマイクスタンドの底部を蹴り上げた。ステージに備え付けられたスタンドマイク。ろくに手入れもされていない老朽化したそれは、たまらず悲鳴をあげ、接着面を残して捻れ折れる。金属棒が跳ね上がり、断面は光を反射して各々の目を刺した。
突発的なアクシデント。ドラムの手が一瞬止まり、ベーシストはハッと息を飲む。
だが、ボーカルは止まらず歌い続ける。
ギターの女がさりげなく近寄り、小声で「大丈夫?」と問いかける。返答はない。ボーカルの女はより一層声を張りあげることで無事と続行をアピールした。
機材破損。
女はマイクスタンドを激しく動かし、集音器に顔を近づけて高らかに歌い上げる。
ボーカル女の破天荒さを知っているバンドメンバー達は、一つ苦笑を漏らして演奏を続けた。
ライトアップされた会場の中で、女達は勇猛に、静謐に、壮観に、楽しげに歌う。
一曲二曲と歌い終えて、数十分のパフォーマンスも遂に終わりを迎えようとしてた。
ラストナンバーの演奏の前の小休止。地面に置かれたボトルを煽って喉を潤した女は、「皆に行っておくことがあるッ!」と声を張り上げた。
「悪いなー! 皆ッ!
観客達は今までとは違った方向にざわめき始める。熱狂的な追っかけの女が、身を乗り出して金切り声をあげる。
「冗談でしょう!? メアリーッ! まさか活動終了なんて言わないでしょうねッ!?」
ファンの悲鳴を拾い上げたボーカルは、女の方に目を向けると、少しはにかんで答えた。
「ごめんなハニーッ! 私にちょっとばかし、お上から仕事が来ちまった。解散なんてしない! 少しの間、充電するだけさッ!」
興奮と羞恥で顔を赤らめる女をよそに、ボーカルは言葉を続ける。
「オーラィ、目先のことなんて後後、まだ今日のライブは終わっちゃぁいないさッ! これが充電前最後のナンバー、思いっきり発散していこうッ!」
ドラマーがスティックを叩きあわせて拍を刻む。
観客達は此処一番の盛り上がりを見せた。
ラストナンバーを歌い上げる。
観客と演者が一体となって歌うそれは、祭りの締めに相応しい楽曲だった。
熱狂冷めあがらぬ中、ライブが終わって、観客が舞台上の女達に声援を投げかける。
「よかったぞ!」
「次のライブはいつなんだ!?」
「なぁ、メアリー。あんたの仕事ってやっぱり──」
賞賛の声の中、ボーカルの女が右腕を振り上げる。ステージ上を端から端まで駆け回った後、中央に戻った女は、マイクに口を寄せて話し始めた。
「応援ありがとーッ! 次のライブはまたいつか、予定は未定だ!
……おっと、そこのお兄さん方、関係者かい? 乙女のプライベートをあんまり言いふらすもんじゃないぜ、手が後ろに回っちまうかもな」
ウインクをパチリと落として女は告げる。
冗談めかした台詞だが、その言葉がまぎれもない真実だということを、観客達は誰も知らない。
左手で頭をガシガシと掻き、まあいいやと一言こぼすと、女は「まぁ、せっかくだし身の上話ってやつでもしようかなッ!」と語った。
「仕事について、詳しく話すことはできないが、それっぽいことを話してみよう」
「なぁ、皆! 最近女が偉いだの、男が劣ってるだの煩わしくないか!? 性別を傘に来て偉ぶってるアバズレどもを、何も変わっちゃあいないのにおどおどしている玉なしどもを見ていて虫酸が走らないか!?」
切り込み一閃。観客達は、ハッと目を瞬かせる。
今は女尊男卑の時代。男尊女卑の時代から、男女平等を通り越して先に進んだ時代の過渡期。
体制に反逆して、新しい価値観を持ち込む姿勢。それ自体は実にロックな姿だったが、内容そのものが果てしなく、ダサかった。
「差別は良くない」という常識の元で育った若者達。テレビや映画にも人種問わず出演する世の中において、今の世間の風潮は、方向性こそ違えど旧態依然とした昔々に逆行するようなものに他ならなかった。
賛同の声が上がる会場で、女は持論を語り出す。
「そうだろう? 私は何も全部が嫌いってわけじゃない。篠ノ之博士なんて最高にファンキーでクールだと思うぜ。アリスの格好だってかなりイカしてる。私もキャロルはガキの頃に読んでたからわかるさ。
……何? どうせお前には似合わない? 馬鹿野郎、目薬ちゃんと差してこいッ!」
ギターの女が入れた茶々に、ボーカルはツッコミを返す。
舞台上の戯れに、笑いが巻き起こった。
「えぇと、あぁ、どこまで話したか。そうそう、篠ノ之博士がすげぇロックンローラーってことだったか? まぁそういうわけで、私自身ISに思うところは特にない。だが、女尊男卑なんて考え方には、女の私がいうのもなんだが、言いたいことがいくつかある。時間がかかるから一言で言うなら……。
──クソだね、あんなもんッ!」
言い切った。
世界の誰もが慢性的に抱えつつも、空気感に押されて言えない言葉を女はマイクに乗せて、朗々と謳いあげた。
「女はISに乗れるから偉いぃ? 生物的に女の方が優生ぃ? ハッ、テメーの脳味噌にはハギスでも詰まってんのかよッ!?
──おおっと、こりゃ失礼。そこのハニー、スコッツの生まれか? ハギスが美味しいってんならそりゃお嬢ちゃんのママが神業シェフってだけのことよ。紹介してくれ、言い値で雇ってやる」
「余談はさておき、だ。ヤク中論者どものラリっぷりにはまだまだ言い足りないことがあるが、皆が餓死っちまうだろうから今日はこの辺にしておこう。
色々とムカつくが、一つだけどうしても我慢ならないことがある。何より、そう何よりだ」
女はマイクから口を遠ざけると、息を深く吸い込んで吐き出した。
「──何よりッ! 私たちの親愛なる女王陛下に訳知り顔で同意を求める馬鹿どもに、何か思うところはないかッ!? ユニオンジャックがそんなクソどもの旗印として扱われていることをどう思うッ!?」
ふざけるなッ! ──男が手を挙げて怒る。
冗談じゃない! ──女もボーカルの意見に同意した。
イギリスは今、国際世論において、「女王を戴く先進国」、「女尊男卑の急先鋒」としてのリーダーシップを発揮することを半ば求められていた。女王自らがそのような言動をしていないのにもかかわらず、だ。
イギリスの国民達は、慣習からなる考えかたと、ノブレス・オブリージュを体現する女性の振る舞いもあいまって、自国の君主を深く愛していた。
だからこそ、女王が高々政治思想の──それも共感しにくく古臭いそれの──出汁に使われ、海外の
質の異なる熱狂が巻き起こるクラブハウス。ボーカルの女は、人々の意見を手早くまとめあげ、収集をつける。
「オーケー! よくわかったッ! それならこの
「お疲れ様です。メアリー」
「悪いな。デリラさん。私たちの趣味に付き合わせちゃって」
数時間後、ライブハウスの舞台裏。
資材置き場の片隅で、バンドメンバーが休んでいる中、ボーカルを一人の女が訪ねていた。
黒スーツを纏ったその女には、ライブハウスで管を巻く姿が絶望的なまでに似合わない。シティを風切って歩き、金融取引に精を出す姿こそが適切だろう。
そんな女がわざわざ場末のライブハウスに訪れたのは、偏にボーカルの女とスーツの女が、すこぶる
「別にいいですよ、それくらい。趣味くらいで文句は言いません。
「あー、よしてくれ、デリラさん。若気の至りだ。おしめの世話までしてもらった人に言うべき言葉じゃ無かった。勘弁してくれ……」
加齢によって顔中に刻まれた小皺を歪めて、くすくすと笑って揶揄う黒スーツの女に、ボーカルの女は辟易として返す。
ボーカルの女が思春期の頃に失敗して以来、そのことは常に揶揄いのネタだった。
談笑に耽りながらも、黒スーツの女は甲斐甲斐しくメアリーの世話を焼く。
汗を拭き、化粧を手早く落とし、スキンケアを最速で済ませ、仕上げとばかりにライブ衣装から私服へと着替えさせる。
「それでは行きましょうか、メアリー
「ええ、デリラ。行きましょう」
ライブ会場を、一組の主従が立ち去っていた。
メアリーは騎士の男を源流に持つ、世襲貴族のお嬢様だ。
現当主は上院に席を持ち、イギリス王室の覚えもいい。先祖代々、長きにわたって莫大な土地を管理してきたその家は、戦後間も無くの緊縮政策にも耐え切って、今では不動産や株式を転がして儲ける金策上手だった。
貴族の家名として、オルコット家と共に真っ先に挙げられるほどの家柄。上流階級に生まれて、何不自由なく生きていくことができるはずだったが、それでもメアリーは昔から窮屈な思いをしていた。
家族が嫌いなわけでも、家の事業が嫌いなわけでもない。だが、「型に嵌められる」という感覚そのものが、少女の精神を締め付ける。
お嬢様らしく過ごせと家庭教師は言う──それは「私」じゃなくて、顔のない「お嬢様」の生き方だ!
慎ましく生きよと周囲の賢人達は言う──私はそんなつまらない生き方をしたいんじゃない!
女王に仕える騎士としての生き方。家訓に概ね同意しながらも、煮え切らない抑圧感を抱える少女。
メアリーの価値観に風穴を開けたのは、世界常識をものともしない天災主従だった。
ミサイルの飛び交う映像を背景に、児童書から抜け出てきた少女は活き活きと笑う。彼女は、ともすれば世界中の誰よりも、自由な人間だった。
博士の傍で仕える騎士は、寡黙にミサイルを斬り払う。彼女の知っている、理想の騎士がそこにはいた。
──カッコいい。幼心に、少女は彼女達に惚れ込んだ。
そして彼女の方向性を決定付けたのは、ラジオのビルボードチャートから流れる一曲の歌だった。
足音と手拍子という、環境音から始まる音楽は、ミュージカルや賛美歌といった、形式張った音楽にばかり触れてきた少女にとって、酷く新鮮で、思わず体が釣られて動き出す。
それは、子供が、若者が、老人が、薄汚れた顔つきで、されども楽しげに歌い上げる協調の歌。彼らは電波越しの少女に向かって問いかける。
「俺たちはロックだろう? さあ、お前も歌えよ!」
「──ええ、そうね。私も世界を、アッと言わせて見せるわ」
少女はドレスを翻し、自分の部屋を飛び出した。目的地は二つ。
一つは、貴族階級向けに公募されていた、ISの選考会への応募。
そしてもう一つは、
「──すみません、初心者向けの楽器って、何かありませんか?」
細々と営業を続けてきた、街の楽器屋さんだ。
話を現代に戻して。
黒スーツの女の運転の元、ライブハウスから自宅に帰宅した女は、ロールス・ロイスから降り立ったその足で自室へと向かう。
貴族としての責務、書類仕事を果たさねばなるまい。
愚にもつかない男達からの、彼女の家柄へ向けたラブコール。実入りが少ないそれらに、女は丁重にお断りを入れる。
ロンドン金融街からの、彼女の預金へと向けたラブコール。投資信託は専門家を噛ませたい、女は結論を出さず、書類を保留する。
親愛なるオルコット家御令嬢からの、メアリー自身へ向けたラブコール。
王家が所有するアリーナにて向かい合ったのは、国の行く末を左右する大貴族の娘二人。
空を飛ぶ少女が纏っているのは、天上から滴り落ちた雫をそのまま加工したかのような、オーダーメイドの蒼き衣。その手に携えたのは、どこか英国面を感じさせる最新先鋭の光学兵器。
地を這う少女が身につけたのは、二束三文のレディメイド。だがしかし、極東の騎士も身につけるそれは、質実剛健を鎧に落とし込んだような代物だ。両の手で握りしめたのも、なんの変哲も無いブロードソードとバックラー。剣盾鎧の三つの装備は、騎士に伝わる由緒正しき戦備え。
共に一時代を築き上げた英国の象徴をその身に宿した少女達。
ブザーと共に、少女達は一気呵成に
当時を振り返って、女は思う。
──互いにカウンター主体の理論派が先手を取り合っちゃあ、世話ねぇわな。
15世紀のイタリア人が、「武術とはすなわち幾何学である」と言い放って以来、ヨーロッパ武術は論理法則によって成り立っている。相手の数式を解き明かし、環境要因の変数を入力することで、カウンターという最適解を導き出す。ただ斬りつけるだけの蛮族では、肉体的優位が取れない相手には決して勝てない。
王国騎士剣術も、英国式銃撃メソッドも、源流は一つの同じものだ。剣と銃と言う差はあれど、本質的にはミラーマッチのようなものだった。
畑違いの同門との戦いはひどくそそる、そそるが、時期が悪い。遠距離兵装との戦いは、将来的には必要不可欠ではあるものの直近的には寧ろ害悪だ。遠距離攻撃が来るかもしれない、と言う制約式は、女の動きを阻害する可能性が非常に高い。
断腸の思いで、メアリーは丁重にお断りを入れる。今は若干差別的な気質もあるが、メアリーにとってオルコット家御令嬢は大切な友人の一人だった。
最後に見えたのは、国が彼女へ投げかけた、近接戦闘巧者達との乱取りのお誘い。即断即決、メアリーは参加のサインを施す。
全ての書類の面倒をみた後、メアリーは従者に書類の一切を渡した。
最後に記した手紙をみて、デリラは心配げに主人に尋ねる。
「お嬢様。大変失礼ではございますが、実際のところ、私たちは勝てるのでしょうか?」
不安そうな従者の問いかけに、お嬢様はからりと笑って答えた。
「心配すんなよ、デリラ。ハッ、お上品にとはいかないだろうがね。世の中のファッキンどもが足りねぇ頭でわかるように、脳味噌を月まで──いいや、
──
「お嬢様、口調、口調」
「……あっ。うふふ、さてなんのことかしら?
彼女は由緒正しき、貴族の生まれの女だ。
彼女は鬱屈した時代に風穴をあける、一人のロックシンガーだ。
彼女は剣と盾を構えて戦う、勇敢な騎士の末裔だ。
彼女は結局のところ、ユニオンジャックに忠誠を誓った、偉大なる女王陛下の剣にほかならない。
イギリス代表、女王の剣。
旋律のメアリー
セイバーリスペクトの騎士王√とシド・ヴィシャスリスペクトのヤク中√。
選ばれたのは折衷案の戦慄の女王√でした。設定を足すのは簡単でも引くのは難しい。
歌詞は問題ないと思いますが、不備があった場合、ご指摘頂けると幸いです。