あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
IS度は70%くらい
成層圏越え
織斑千冬を見て、女は思った。
──あれこそが、我らが目指すべき星である、と。
「──でだ、ナターシャ。その博士先生は本当に使い物になるのか?」
悠然と広がるネバダの荒野。
建物一つない荒涼とした大地を、一台のキャデラックが走っていた。
「ええ、間違いなく。少なくとも、そこらの木っ端科学者よりは
「アンタの言うことだから間違いは無いんだろうけどねぇ……」
ぶつくさと言葉を漏らしながらハンドルを切る黒スーツを纏った女。
近頃開催が決定した、IS界最強の武芸者を決める大会。彼女は、その大会の自国代表を探し求めて、アメリカ全土を駆けずり回っていた。
「大人しくアンタみたいな優秀なパイロットが出るのが上等だとアタシは考えてるんだけど、実際のところどうなんだい? ナターシャ」
黒スーツは助手席に座る女に水を向ける。
ナターシャ・ファイルスという名の女は、黒スーツの女に対して、わかってないわね、と漏らす。彼女の顔には呆れ顔が浮かんでいた。
「あの大会に私達みたいな
飛行禁止、射撃武器禁止というルールは、彼女達のようなまっとうなIS乗りの良さを殺していた。
ISの利点の一つに、UFOに例えられる程の、三次元的な機動力があるが、その機動力を生かす戦術として、高所からの攻撃、というものが挙げられる。重火器は言うに及ばず、近接武器に関しても、重力を味方につけて攻撃する、というのは極めて有効であった。そのため、IS同士の戦いではときおり、いかにして高所を取るかという、陣取りの様相が見られた。
ところがこのレギュレーションにおいては、IS戦闘における常道が通用しない。飛ばず撃たずの戦いは、実質的にはISを纏っただけの格闘技に他ならなかった。
女の説明を受けて、黒スーツはふぅと嘆息する。
「通りで軍属のIS乗り達が出場を辞退するわけだよ。素人同然のままで戦場に送られたんじゃそりゃそうなるわな。それで、ルールよろしく、キワモノの博士先生にお鉢が回ってきた、と」
片手でハンドルを握りながら、黒スーツは手元の資料を流し見する。ナターシャの咎めるような視線を躱しつつ、女は資料の中身を口にした。
「アタシも車にはそれなりに自信あるんだ。こんなだたっ広い道路なんて、目を瞑っても事故るかよ。ええと、なになに。
ステラ・ライヒ博士。飛び級でMITを卒業する天才で、幼い頃から奇想天外なイロモノを作り出して──おおぅ、IS関係の国家プロジェクトにも関わってるじゃねぇか」
「ええ、私の担当する
「ふーん。イスラエルとの合同開発にもねぇ……。ってうわぁ、八本足の研究、開発にも主軸で関わってるのか」
確かにこれはキワモノだ。だがその分優秀でもある。
女の脳裏には、スケールダウンした天災の姿が浮かんでいた。
しばし資料を読み進めながら、女はキャデラックを走らせる。
何も無い荒野だったが、遠目には、近代的であろう建物が見えてきた。研究所までもうすぐだった。
資料を読み終わり、何を思ったか、黒スーツの女は窓を開けた。窓を通った風が、女達の頬を撫でる。
「──しっかしまぁ、いくら奇天烈な博士先生といっても、こんな僻地に居を構えなくてもいいだろうに。不便じゃないのかねぇ」
愚痴をこぼす黒スーツに、助手席の女はああ、と理由を説明する。
「ええと、それはね。ステラ博士は優秀ではあるんだけど、その分強烈な方だから──」
ドォォォオオン!
みぎゃーー!
わー! ごめーん!
爆発音と共に、甲高い悲鳴が辺りに轟いた。
研究所の中から、人型の何かが吹き飛ばされ、星になった。
「──つまりは、ああいうことなのよ」
「──なるほど、よくわかった」
唖然とする女達を乗せたキャデラックは、研究所へと向かう。
アストラ研究所。その看板はどこか煤けて見えた。
「だから博士! こんな欠陥品使えないじゃん!」
「なにおぅ! 一刺しすれば爆発して再起不能にさせる槍! どう考えても名作じゃないか!」
「刺した方まで再起不能になるんじゃ意味ないよ!」
軍属の女達が研究所に着いた時、白衣を着た女とISを纏った赤毛の女がぎゃーぎゃー、わーわー、と言い争っていた。
たじろいでいるナターシャをよそに、黒スーツは揚々と白衣に声をかけた。
「へい、ステラ博士。少しいいかい?」
「──ったく、この傑作の良さがわからないなんて、脳みそ入ってるの?
ってなんだい? どうしたの、お客さん?」
「ああ、軍の者でね、博士にちょいと頼みごとがあって──」
「なになに! 軍の人!? またうちの傑作を持って行ってくれるの?」
白衣の目がキラリと輝く。
黒スーツが何を言う間も無く、女は「傑作」のプレゼンを始めた。
「それじゃあ、まずはこの自信作! 物に刺さると爆発する槍! 刺さってしまえば戦車でも一発で仕留められるぞ!」
「刺さった瞬間爆発するから持ち主も死んじゃうけどねー」
「それならこれはどうだ! IS装甲をも切断できるウォーターカッター発射装置! 残弾も
「それ
「むむむ、ならば! 戦艦の主砲をモチーフにした大型大砲! 当たれば一撃でバラバラだぞ!」
「ISがただの飾りになってるって文句言われてなかったっけ? それ」
「しょうがない、秘蔵っ子! 一度爆発すると
「相手が倒れても爆発し続けるって、ええっと、なんだっけ……、そう! 倫理的にNGってやつだ!」
「……ってなんだい君は! 大事なプレゼンだから邪魔するんじゃない!」
「博士こそそんな欠陥品を押し付けちゃだめじゃん!」
ぎゃーわー。
白衣と赤毛は、再びじゃれ合いに戻った。
研究所を訪ねた女達は、顔を見合わせる。
「──こいつら、いつもこんな感じなのか? まさしく唯我独尊! って感じだが……」
「えぇ、まあ。文字通り自由! って人達よ……」
落ち着くのにかかった時間、十分。
閑話休題。
「それで、だ。博士。今回訪ねたのは、御宅の愛らしいお子さん達を引き取るためじゃない。もっとビッグなことだ」
研究所組が落ち着いた後、来客用の卓を囲んで、腰を据えた黒スーツの女が話し出す。
と同時、赤毛の女がカップに珈琲を入れて持ってきた。油で汚れている。汚い。
「──ああ、ご苦労。で、ビッグなことっていうのはなんだい? うちの傑作より凄いんだろう?」
「っと、その前に一応確認だが、この前のモンド・グロッソは観たか?」
黒スーツと白衣は話しながら珈琲に口をつける。
その様子を見た、ナターシャ・ファイルスはぎょっとした。
「勿論、観たさ。決勝戦以外は良かったよ。決勝戦? クソッタレだったね」
「同感だ」
赤毛の女はナターシャにニコニコと珈琲を進める。押されてカップを手に取った彼女は、嫌そうにそれを飲んだ。
美味い。
「それでだ。決勝戦の焼き直しをすることになったんだが。それに対して、博士。協力してくれないかい?」
「ふぅん。軍人さんがたには私のアートがわからないと思ってたんだけど、一体全体何があったのかい?」
「ああ、そうだな。アタシとしては、博士のアートは意味わからんが、今回の大会ではなんとも博士好みな感じになるらしい」
「──へぇ?」
黒スーツの差し出した紙束を巡りながら、白衣の女は疑問を口にする。
「それで、私に何を作って欲しいんだい?」
「我々アメリカが、世界一であるという証拠だ。
──織斑千冬と
ステラ・ライヒは、自分の事を、常に一番星であると考えていた。
幼い頃から控えめに言って
「もすもすひねもす〜。今回束さんが作ったのは、これ! 宇宙空間でもバッチリ活動できる天災的なスーツ! その名も──インフィニット・ストラトス!
じゃあこれを見てもわからない凡人達のためにデモンストレーション始めまーす!」
──
ISを作れ、とみんなは言う。──出来ない。
ならばコアだけでも解析しろ、とみんなは言う。──出来ない。
所詮人間レベルのステラでは、人外の域に差し込んだ篠ノ之束には太刀打ちできなかった。
ステラは天才とは呼ばれていたが、結局のところ、偉大なる先人達の肩の上に立っているに過ぎず、たった一人でそれまでの「積み重ね」と肩を並べる「知の巨人」とは比べ物にならなかった。
星を目指していた女にとって、
そんなこんなで鬱屈とした生活を送っていたある日、ステラに転機が訪れる。
それは縁あって、国が徴用した、IS適性の高い少女達の教練を見学している最中であった。
「だぁーっ! もうっ! こんなの当たるわけないじゃん!」
「つべこべ言うな、エステル!」
星の名を冠した、赤毛の少女であった。
足を止めてその少女を観察していると、なるほど、その特異性が目に見えてきた。
エステルは、書類上は非常に優秀なIS乗りであった。IS適性も当時としては珍しくBの上位であり、基礎的な運動神経も抜群。ISに乗るべくして生まれたような少女だった。
「おい! エステル! お前どこに向かっているんだ!」
「あれぇ? 教官! あっちに向かうんじゃなかったんですか?」
「お前は皆についていくことも出来んのか!」
ところがこの少女、軍隊には大層不向きな人材であった。
まず、銃を上手く扱えない。止まったままの的当てでさえ、悲惨な出来だった。いっそ銃で殴りつけた方がマシだった。
次に、致命的なまでに、集団行動に向かなかった。あっちへふらふら、こっちへふらふら。悪気なく迷子になり、悪意なく迷惑をかけていた。
鬱屈としていたステラでさえ、うわぁ、と思うような少女であった。
──だからこそ、気まぐれを起こしたのかもしれない。
「教練中申し訳ない。少々よろしいだろうか?」
「如何致しました、博士?」
「いや、なに。そのエステルという少女」
──うちで預からせては貰えないかい?
要望はすんなり通った。
それは、優秀な博士の珍しいわがまま、だったからかもしれない。
それは、使えなさそうな少女が相手だったからかもしれない。
ともかく、エステルという少女は、ステラという博士の預かりとなった。
「──というわけで、ようこそ、アストラ研究所へ。記念すべき二人目の所員だ」
「よろしくー。ってうわ! 何これ!」
「ってこら! 危ないじゃないかい!」
エステルが興味を示したのは、一見なんの変哲も無いただのカードであった。
危ないってどういうことさー! と不平を漏らす赤毛に、ステラは説明を始めた。
「つまり、あー、その、なんだ。所謂ジョークグッズだよ」
曰く。
むしゃくしゃしていたある日、暇つぶしにジャパニメーションを観ていた。ホビーアニメだった。銃で撃たれそうになったキャラクターが、手持ちのカードで銃を弾き飛ばしていた。
──これできるんじゃね? と思った。
「そんなこんなで作ったのがこの──なんでも切れるかも知れないカード、だよ。今思えばなんとも馬鹿馬鹿しい。こんなもんまともに扱えるわけあるまいに……」
「ふーん。じゃあ少し借りるね!」
「は?」
シャキーン、ひょいっ、ヒュン、すぱっ。
あっという間だった。ISを装着して、カードを持ち、適当に放り投げられたそれは、弧を描いて──ステラの愛車を切断した。
「……こっの────」
「うわー。凄いね、これ。意外と
「──阿呆がーーーーッ! どうするんだいこの車! まだローンも残ってるんだよ!」
「ごめんなさいーーーーッ!」
ステラにとっては降って湧いたような災難だったが、その実、エステルという少女の面白い特性が浮き彫りになった。
それは、真っ当な武器を扱えず、イロモノ、キワモノほど感覚的、あるいは経験的に理解できるというものだ。
エステルは件のホビーアニメを観たことがあるという。そのため、なんとなくこうやってたような気がする、という感覚に従った結果、カード斬鉄を可能にした、らしい。
ステラはそれを聞き、──面白い、と笑った。
この日より、そこそこまともだったアストラ研究所が、ビックリドッキリ兵器開発所へと変貌した。
「──博士、博士? アタシの声が聞こえているか?」
「──ああ、済まない。少々思考の海に潜っていた」
その言葉を聞いた時、今までの人生がフラッシュバックしていた。
一度折られたステラにとって、それはトラウマだった。逃避の言葉が口から零れ落ちた。
「目標は大変結構だけど、実際問題私でできると思うかい? もっと優れた研究者なんて広いアメリカだ、いくらでも──」
「──私が思うに、博士で駄目なら、他の誰でも駄目だと思うわね」
ステラの言葉を止めたのは、今までずっと口を閉ざしていた、ナターシャだった。
「私はエステルと出会う前の博士のことは、少ししか知らないけど、エステルと出会った後の博士の奇行を見ていたら、こう思ったわ。
──篠ノ之束っぽいってね」
私のような凡人では参考にならないでしょうけど。そう零して女は珈琲を啜った。
カップについた油汚れを思い出し、しかめっ面をした。
「博士! やりましょうよ! 私も織斑さんと戦ってみたいです!」
赤毛の女は能天気にそう口にした。天災、人外、巨人に挑む。そんなことを感じさせないほど、阿呆な女だった。
けれども、その蛮勇は、ドン・キホーテのような女だった。
それならこの女と共にある自分は、サンチョ・パンサなのか、と苦笑した。
やろう、ステラはそう思った。
「──わかった。やろう」
「オーケー! わかった! 勝てる見込み、偉大なる
「──ああ、勿論。何せ私は」
──天才、だからね。
「然るに、織斑千冬と篠ノ之束、どうすれば二人同時に超えられると思う?」
白衣の女は、珈琲のお代わりを受け取った後、三人に説明を始めた。
「どうって……、それは勝てばいいんじゃないのか?」
「実現可能かは置いといて、ISを一から作ってしまうのは……やっぱり無理よね」
「まぁそうだね。私にはISは作れない。それは
だったら、簡単じゃないか。
白衣の女は、自身の相方に尋ねた。
「エステル。どうすればいいと思う?」
「んー? 篠ノ之博士より凄くなればいい? 篠ノ之博士が出来ることは博士にだって出来る、そう思わせるとか?」
「──正解」
白衣の女はからからと笑った。
なんだかよくわからないけど、赤毛の女も釣られて笑った。
「霊刀・雪片と単一仕様能力・零落白夜。これの模倣で行こう。こちらの
そう言って、女は立ち上がると、テレビデッキの近くに置かれたDVDを手に取った。
パッケージには、「宇宙戦争」と記されていた。
「エステル。私達、それからこの研究所は、せっかく星を感じているんだ。たかたが
──そろそろ越えようか、成層圏」
「んー? わかった!」
「それじゃあ、うん。研究も兼ねて、今日はDVDでも見よう!」
彼女達は比翼連理の鳥である。
彼女達は成層圏の向こう側にふわふわ浮かぶ、二つの星である。
アメリカ代表、光剣使い。
星のエステル。