あいえす城御前試合   作:徳川さんちの忠長くん

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当作では武器戦術を考えるにあたって、既存の流派戦術を参考資料にしております。

……鞭術なんてなかった。それが更新速度低下の始まりでした。


女王の鞭

 織斑千冬を見て、女は思った。

 ──わたくしが次の女王になるのですわ! と。

 

 

 

「オーホッホッホッ!」

 

 マレーシア、クアラルンプール。

 照りつける太陽のもとで、一人の女が高笑いをあげる。

 絵本に出てくる女王のような立ち振る舞いを見せる女、ソフィアという名の女こそが、IS競技におけるマレーシアの代表だ。

 

 彼女のことを一言で表すなら、「画竜点睛を欠く」以外に無いだろう。

 

 血統──ソフィアという女、何を隠そうクアラルンプール広域に広がる、サファリパークの経営者の娘である。マレーシア観光業界のフィクサーとまで呼ばれる彼女の父は、それ相応の社会的地位と権力を握っている。

 金と人脈。それらを含めて、いずれはその跡目を継ぐと考えられている彼女もまた、白を黒に変える程の力を持っていた。

 美貌──先祖が入植者である彼女には、ヨーロッパ系の血が多分に入っている。金髪碧眼、透き通るような白い首筋、すらりとした手足、なだらかなボディライン(大平原)

 万人が羨むような、美しい容姿を生まれながらに備えていた。

 知性──マレーシアの観光業界を一手に背負った彼女の一門。そんな家に生まれたからか、ソフィア自身も極めて高度な教育を受けてきた。

 齢三歳にして始まった、経営者となるための帝王学。彼女は与えられたそれらをスポンジのように吸収し、自身の骨肉へと変えてみせる能力を持っていた。

 身体機能──優良な食事からなるバランスのとれた栄養バランスが良かったのか、マレーシアのサファリという自然溢れた環境が原因なのか、現代スポーツ科学の賜物なのか。はたまたそれら全てを複合した結果の産物なのか。

 彼女の肉体性能のそれは、同年代の女性平均を大きく上回っていた。

 そして、IS適正──語るに及ばず、Aランク。天恵の幸運は彼女を手放さない。

 初めてISを纏ったその日から、ISの指導教官との模擬戦に引き分けたという逸話は、業界では今も語り草になっている。

 

 国の中枢に食い込む権力を持ち、関連法案を数日で全て暗記し遵守する程度に馬鹿では無い。ISを動かすのに支障のある体ではなく、マスコミ映えする相貌を身に纏っている。

 そして何より、ISに、ひいては天に愛されている。

 彼女がマレーシアの代表となるのは、半ば必然のことだった。

 

 ここまでのソフィアならば、称するに「完璧」だろう。

 だが彼女には一つの悪癖、或いは欠点と呼ぶべきものがあった。

 

 

 

 夏の暑い時。ある日のこと。

 ソフィアはいつものように、実家が経営するサファリパークに足を運んでいた。

 一般的に、権力者が現場を訪れることをスタッフは好まないだろう。

 しかし、彼女の場合においてのみ、それは当てまらない。

 何しろ、彼女がサファリに初めて来園したのは、僅かに四歳の頃である。その時より彼女は、暇さえあればサファリに足を運んでいた。

 いくら現場主義の経営者が好まれないと言えども、よちよち歩きの子供が訪れるのを拒む大人はそうはいないだろう。

 また、ソフィア自身も、権力を傘に着て横柄に振る舞うというわけでもなく、実家から与えられた「おべんきょう」の一環として、真摯に振舞っていた。

 幼児が尋ね、大人が答える。

 そんな関係を、かれこれ十年以上も続けていたのだ。

 経過する年月は、頻繁に訪れる幼子を、年が経つにつれおしゃまな子供へと変え、快活とした少女へと変え、やがて美しい女性へと変えていく。

 古参のスタッフからしてみれば、最早ソフィアは第二の子供と言って差し支えのない存在だった。

 

 関係者用、VIP向けのスタッフルームにて。

 ソフィアは来園客の様子を見ながら独りごちる。

 

「最近はお客様の風貌も様変わりしてきましたわね……」

「えぇ、えぇ、そうでごさいますね、ソフィアお嬢さま」

 

 誰かに聞かせる気もなかったただの独り言。そんな彼女の呟きに応えたのは、彼女に対し、長年連れ添ってきた「ソフィアお嬢さま担当係」。彼女の護衛兼秘書の老婆である。

 老婆は女に対し、真面目くさって問いかけた。

 

「しかるにお嬢さま。何故お客様の客層が様変わりしたのか、お分かりになりますかな?」

 

 老婆が質問を続ける。

 形を変えて幾度となく繰り返されてきた、老婆による「授業」だ。

 ソフィアは頭の中の算盤を弾いて答えた。

 

「そんなこと、当然わかりましてよ、ばあや。わたくしがこのサファリパークを訪れて、かれこれ十五年になります。その中で、この園の──いいえ、この国の社会的風土が変わった原因なんて、一つしかないでしょう。

 ……ISの台頭と(・・・・・・)それに伴う社会常識の変化(・・・・・・・・・・・・)。つまりはそういうことですわね?」

「えぇ、えぇ。正解でございますとも、お嬢さま」

 

 十年前より、サファリパークの女性客の割合が、年々増加している。

 このことについて、イスラム教とISの関係は、決してゼロではないだろう。

 元来、マレーシア国民のほとんどは、イスラム教徒である。中東のそれと比べて、緩やかと言われている東南アジアイスラム教だが、それでも厳しい戒律は守られるべき代物だ。

 年に一度、健康なものは断食を行うし、一生に一度は、彼らはメッカへと巡礼を行う。ハラールに属さない食事を彼らは取らないし、偶像崇拝は言語道断だろう。

 そして、男女ともに、いくつかのルールに従うことが求められている。

 女性に対するルールの中に、「女性はみだりに肌を晒してはならない」、「女性は一人で出歩いてはならない」というものがある。

 これら戒律は、女性の心身を保護するために定められたものである。

 かつての時代において、女性というのは、立場が非常に弱いものだった。

 そう、かつて(・・・)の話だ。

 現代に時代が移るに連れて、男女同権が囁かれるようになり、IS新時代の今はもはや、女性の権利の方が上回っている。

 教義としての戒律は守られるべきものだが、社会通念としてのそれは、天災によって最早粉々に破戒されつくしてしまった。

 今のイスラム教では、女性が肌を晒して一人歩きをしていたとしても、必ずしも咎められることはなくなっていた。

 そのような情勢の中で、女性たちはかつて出来なかった事を率先して行い始め、その中の一つが、おひとり様でのサファリパーク来園だった。

 

「さて、と。ばあや。もういいかしら? わたくしもそろそろ行かせてもらいますわね」

 

 しばしの社会勉強も兼ねた問答の末、ソフィアは立ち上がって要望した。

 

「えぇ、えぇ。構いませんとも、お嬢さま。

 ……しかし、お嬢さま。僭越ながら申し上げますが、まだお嬢さまはお諦めになっていないので?」

「当たり前でしょう? このわたくしに従わないなんて、たとえ獣畜生であっても、許されない事ですわ!」

 

 サファリパークの動物の元へ向かうソフィア。

 彼女の手には、一本の鞭が握られていた。

 

 

 

 苦い、記憶。

 それはソフィアの魂に刻まれた、敗北の歴史だった。

 当時四歳のソフィアは、敬愛する父の指示に従い、彼の経営するサファリパークへと赴いていた。

 

「ソフィアお嬢さま、御来園誠にありがとうございますッ!」

「みなさま、おでむかえごくろうさま!」

 

 誰もが彼女に傅く。彼女は彼女の世界の王女様。

 少女は、両親の次に自分が一番偉いと思っていたし、誰もが彼女に従うともまた思っていた。

 彼女がお付きのものを多数従え──実際には子供向けの区画へと誘導されて──向かった先にいたのは、白いモコモコの群れだった。

 あどけない目をしたモコモコ。それを見たソフィアの心は、まさしくときめいた。

 

「そこのかた! あのどうぶつは、なんというおなまえなのかしら?」

「あれは山羊にございますね。

 ……よろしければお触りになりますか?」

「ええ、そうね。あなたがどうしてもというなら、しかたなくさわってあげるわ!」

 

 そわそわ、ソワソワ。

 見るからに触れたそうな顔つきをした少女。

 それを周囲の大人たちは、微笑ましげに見ていた。

 そんなこともつゆ知らず、少女は山羊に号令をかける。

 

「さあ! わたくしのもとへきなさい! やぎたち!」

 

 ────────。反応がない。

 

「きこえていらして? このわたくしがいっているのですよ?」

 

 ────────。反応がない。

 なにせ、山羊だ。

 人間の言葉なぞわかるわけがないし、仮にわかったとしても、人間の権力関係にいちいち配慮しないだろう。

 ソフィアは彼らののほほんとした顔つきに苛つき、罵声をあげる。

 

「────ッ! あなたたち! わたくしのいうことがきけないのね!? だったら『ちゅうばつ』がひつようだわ!」

 

 覚えたての言葉を使って叫び、突撃する少女。スタッフの止める間も無く彼女は山羊の群れに塗れた。

 

「ぬわっ、このっ、おとなしくしなさい!

 ……あっ、やめてっ、スカートかまないで! このっ、やめっ、やめろーっ!」

 

 

 屈辱だった。

 畜生風情に侮られ、集られ、揉みくちゃにされることも。

 それまで自分を恐れていた家臣たちが、自分と動物たちを見て、クスクスと笑っていたことも。

 家に帰り着くなり、少女は腹心の部下に喚き立てる。

 

「ばあやッ! あのどうぶつたちが、わたくしにぶれいをはたらきましてよッ!」

「えぇ、えぇ。それはそうでしょうとも、動物に人間の立場なんて、わかりませんよ」

 

 皺だらけの顔を歪めて笑う老婆。

 彼女に対し、地団駄を踏みながら、少女は質問を重ねた。

 

「それなら、どうぶつたちは、どうやったらわたくしのいこうにしたがうというの?」

「はて? そうでございますね……。

 サーカス団などでは、猛獣使いが鞭を使って従えると聞きます。そのような方法でどうでしょうか?」

 

 老婆にとっては軽い冗談だった。

 そのため、小さく「むち、むち」と呟く少女を見逃したのは、ただの不幸な行き違いだ。

 

 書斎にて、月に数度行われる、父親からの直接授業が行われていた。

 ソフィアにとって、これは勉強ではなく、一種のご褒美だった。

 ソフィアが問題を解いている間、父親は書庫の本を読む。

 彼女の問いかけを受けてようやっと顔を上げ、片手間ながらに答えを返す。

 ともすればそっけないとも言える関係だが、これが彼らの団欒だった。

 そんな折、ソフィアは父親に問いかける。

 

「ねぇ? おとーさま。『むち』ってなんのことかしら?」

 

 ドンガラガッシャーンッ!

 本を棚から取り出そうとしていた父親は、その質問に思わず手を滑らせた。

 複数冊の本がまとめて棚から転げ落ちる。

 ひどく狼狽して父親が聞き返した。

 

「ソッ、ソフィア? どうしてそんなことがきになったんだい?」

「えっとね、サファリのやぎっていうどうぶつがね、わたくしのいうことをきかなかったの。それでばあやにどうすればいいのってきいたら、サーカスのむちみたいにすればって」

「ああ、そうか。そういうことか。

 ……うーん。絶対にそうなるとは言えないけれど、そういう絵本を用意しておくよ」

「やったぁ! おとーさま! ありがとう!」

 

 感極まって父親に抱きつくソフィア。きつく抱き返した父親。

 彼らの中を引き裂いたのは、父親の胸ポケットから鳴り響く無粋な着信音だ。

 父親は携帯電話を引き抜いて電話に出る。

 彼の顔は、だらしない父親から経営者の男へと様変わりしていた。

 

「そうか。わかった。すぐさま向かう。私が来るまでに資料をまとめて置いてくれ。

 ──それじゃあ、僕は先に行くから、ちゃんと勉強しておくんだよ?」

「わかりましてよ、おとーさま! おしごとがんばってね!」

 

 娘の言葉に微笑み、額に一滴キスを落として父親は戦場へと向かった。

 残された少女は、父親がばら撒いた本を集め始める。

 そんな中から──

 

「……あら? これ? 何かしら?」

 

 ──革製の鞭を持って、黒いレオタードを纏った豊満な胸持つ女性の写真集が出てきたのは、最早喜劇だ。

 

 これ以降、ソフィアの中で、動物を従える=鞭を持っている=女王様=父親に好かれるという等式が成り立ったのである。

 

「貴方! ソフィアになんてこと覚えさせてるの! しかも、こっ、この本! やたらと胸の大きな女ばかり集めて!」

「ごめん、ごめんよ! 君がこの世で一番綺麗だよ!」

「どの口で言うかッ!」

 

 成り立ったのであるッ!

 

 

 

 ソフィアがISの装備を選定する際、ちょっとしたトラブルがあった。

 

「──それなら、わたくしの使う武器はこれに致しますわ」

 

 女が手に取ったのは、前振り違わず、鞭である。

 彼女からすれば、迷うことのない当然の選択肢。

 だが、セオリーから見てみると、極めてイレギュラーの選択だった。

 

「ソフィア様。本当によろしいのですか?

 ──なにしろ、鞭ですよ?」

 

 実の所、鞭という道具は、武器としては不適格である。このことは人間が積み重ねた闘いの歴史が、純然たる物理法則からも明らかだ。

 『握力×体重×スピード=破壊力』。

 諸兄ご存知、「花山の定理」

 さる超A級喧嘩師が定義し、人生を賭けて証明した戦闘方程式。

 この方程式に、鞭の持つ武器特性を代入すると、鞭の不合理性が見て取れる。

 

 握力つまりは硬さ────しなやかな鞭には、硬さというファクターは存在しない。

 体重つまりは重さ────後述する速度を達成するために、重量は極力落とされている。

 スピードつまりは速度──三要素のうち、唯一優れた鞭の優位性だ。生身の人間が振るってなお音速を超え得るだろう。

 

 速度に重点を押しすぎて、それ以外の要素が完全に死んでしまっているのだ。

 戦場で用いられたような「はがねのよろい」はもとより、「かわのよろい」、ともすれば「ぬののふく」でさえ突破できない。

 いくら裸の相手に通用しようが、戦闘では何の役にも立たない。殺傷道具としては、致命的なまでに無用なのだ。

 重さを補うために金属を取り付ける場合もあるが、それは最早鎖分銅やフレイルといった別の武器種となってしまう。

 武器としてみると、鞭はまさしく欠陥武器だ。

 それこそ、動物への調教か、あるいは人間に対する苦痛を与える道具としての役割しか持てない。

 だが、そういった事実を踏まえてなお、女は鞭に魂を預ける。それは、単なるこだわりというだけではなかった。

 

「貴女。頭が硬いのね。IS戦闘を既存の常識で測るものではなくてよ?」

 

 IS戦闘の勝敗は、シールドエネルギーの残量で決定づけられる。

 そう、IS戦闘において、勝敗は極めてデジタルなものとして管理されるのだ。

 鞭は痛みを与えることに特化して、殺傷能力に乏しいと人はいう。

 だが、IS戦においてはシールドを削れれば、武器の形を問わない。極論すれば、当ててさえしまえばいい。

 その論理構築が正しければ、「人力でソニックブームを発生させうる鞭という中距離武器」は、飛び道具禁止の環境下において、無類の強さを誇るのではないか────?

 

「わたくしは、この鞭で、世界を従えてみせますわッ!」

 

 ヒュン。

 風鳴音が鳴った。

 その場の誰も、音の出所を目撃できなかった。

 

 

 

 彼女は生まれながらにして、多くの人々を従えてきた。

 彼女はしかして、動物たちを従える威光を持ってはいない。

 彼女は今日も鞭持って、野生に挑む。

 彼女はサファリの動物たちを、ひいては世界を従える女王になりたいのだ。

 

 マレーシア代表、ウィップクイーン。

 風打のソフィア。

 

 

 

 

 

 

 




政治と宗教と野球の話はするなと言われております。
ただ、ISによって変わった世界というサブテーマの小説において、イスラム教は取り扱わざるを得ませんでした。

お嬢さま言葉難しい、難しくない?
セッシーインストールしたけどこのレベル。

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