あいえす城御前試合 作:徳川さんちの忠長くん
IS度100%だな!
……原作キャラって難しい。
武芸者たちの饗宴から、とくと離れて、ドイツはレーゲンスブルク。
ドナウ川のほとりを、二人の親子連れが歩いていた。
母親だろうか、サングラスを掛けた、黒いスーツをラフに着た長身の女は、どことなく鋭い剣のような風体をしている。短い黒髪を携えたそれは中性的な雰囲気を醸し出し、男から見ても、女から見ても、
そんな女の後ろを、てこてことついて歩く子供。怪我でもしたのか、左目には眼帯をつけている。小さな少女が目を怪我するなど、通常なら万人が哀れむのだろうが、この子供の場合は話が違う。長い銀髪に背とあわせて、人形を思わせるような白い肌、開かれた右の紅い目は、見るものの深淵を覗き込むように美しい。
未成熟な身体と熟成した色気が同居して、左目の怪我がなんとも妖しい
何か見つけたのか、子供は女を追い抜き、街の中央の方へと走り出す。途中で振り返って、中性的な女に対し、少女は高らかに呼びかけた。
「教官! お疲れでは無いでしょうか! ひと休みいたしませんか!?」
辺りの群衆が、思わず目をやるほどの大声だった。
この子供はある種の事情から、一般常識に著しく欠けていて、街中で大声を出すことは、非常識に属するということを理解していなかった。
その事について知っていた女は、苦笑しつつ少女の元へ駆け寄り、銀色の頭に手をポンと乗せた。
「馬鹿者。あまり街中で騒ぐな」
「はっ! 申し訳ありません!」
最敬礼で女に従う子供を見て、人集りは更にどよめく。
肉体的には最強を誇る女も、精神は普通なのか、顔に熱が集まるのを自覚しつつ、子供を急かした。
「反省は後にしろ、そこのカフェにでも入ろう」
席に座った二人組は、まずはともあれ、ドリンクを注文した。
子供の方は、世俗の文化に慣れていないのか、おっかなびっくりメニューと写真を見比べて、甘いりんごジュースを注文した。
サングラスを外した女は、席に着くなり珈琲に決めたが、その実頭の中では、真昼間から浴びるようにビールを呑みたいなどと、背徳的なことを考えていた。
──
周囲で酒を呑んでいたのは、お年を召した方々が殆どで、良くておじさま方だけだった。子供に賄賂をあてがい、職務中に酒を呑むようなこの女でも、流石に気後れしたのか、そのような暴挙に出ることはなかった。現在の
だが、目の前に座る銀の少女の前で無様なところを見せられない、という見栄もあった。
ドリンクが届いて、女達は世間話を始めた。
「──まずはともあれ。隊長就任おめでとう」
初めて飲む甘い飲み物は大層美味かったのか、顔を綻ばせていた銀髪の少女。
女に祝いの声を掛けられた事により、それはますます広がり、溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「──はいッ! ありがとうございます、教官!」
あいも変わらず大声だった。
教官は慌てて「抑えろ、抑えろ」と少女に呟き、店内の人々に軽く頭を下げる。
「申し訳ございません……」
「お前もこれからは部下を持つ事になる。これからの黒兎の隊長はお前だぞ? 一般常識に欠ける軍人なんて洒落にならん。中の国民からも、外の人間からも、黒兎という部隊そのものが危ぶまれかねん」
──仮に、だが。もし、この軍に染まりきった少女が、他国の民間人、あるいは重要人物に
そうなってしまえば、状況を解決するために、国は隊長、そして部隊そのものの首を容赦なく切るだろう。
縁あってこの兎の群れの
世界の多くの人から暴力的と考えられていたこの女は、実際のところは──とりわけ身内に対して──過保護であった為に、目の前の少女が苦しむことのないように、本心から叱っていた。
「──申し訳ありません、教官。私は、その、……」
へこんでいた銀髪は、女の訓戒を聞いて、更に落ち窪んでいく。
そのことの理由の一つに、この黒兎には、母親がいないことが挙げられるかもしれない。愛の鞭、という概念を知らない兎は、女の言葉に掛けられた意味は、失望、であると誤認した。
少女は女に対し、弁明を口にする。
「……一般常識と申しましても、私は生まれが
この少女の生まれには、秘密がある。
当初は当然だと感じていたそれも、周りにいる人々と話していると、度々見つかる齟齬から、何処かおかしいのではないか、と不安になっていた。
自身の特異性に困惑していた少女に、中性的な女は、にかり、と微笑んで言った。
「大丈夫さ。お前はお前だ。生まれが
──なにせ、私も
空気に乗らなかったそれは、珈琲と共に飲み干された。
「……そうですか。教官が仰ることならそうですね!」
少女にとって、自らに救いをもたらした女の言葉は、まさしく天啓だった。
兎を導くモーセのようだった。
「────」
「────」
「────?」
「────!」
軽食を摘みながら、談笑に耽る女たち。
毒にも薬にもならないそれは、「伝達」という点では無意味だったが、銀髪の少女にとっては、他愛のない話でも、新鮮なことだった。
一通り話した後、少女は気になっていたことを、女に向かって尋ねた。
「そういえば、教官。噂では、
──冗談ですよね?
そんなニュアンスを含んだ言葉。しかし、それを中性的な女は肯定した。
「ああ、そうだな。上の許可も出ている。時期を見て、離れるつもりだ」
「──何故ですか!」
少女は声を張り上げた。されども、迷惑にならぬほどの絶妙な声だった。
女は銀髪の振る舞いに感心し、ケーキを突きながら話した。
「──近々日本に帰らねばならない」
「……それは、例の弟、とやらの件ですか?」
銀髪は少しばかり、頬を膨らませて詰問した。
この少女。目の前の教官の、会ったこともない弟に対し、強いジェラシーを感じていた。
母親が自分以外の兄弟の面倒を見ていることに、嫉妬する気持ち、が近いだろうか。
少女の純情を知ってか知らずか、女はひらひらと軽く手を振って否定した。
「いやいや、違う。ほら、例の大会だ」
例の大会。
大衆の耳を恐れて告げられた言葉を、兎のそれはしっかりと捉えた。
「ああ、あの。日本で開催されるのですか?」
「どうも、そうらしい。静岡──ああ、首都から少し離れたところだ──の土地を買い上げたり、埋め立てたりして、即席の会場を作るとのことだ」
女が、今知り得ている大会の情報の中から、問題ないものを選別して伝える。
「どのような形で争うので? 教官が一人一人相手にするのでしょうか?」
「いや、違う。十六人だかで競わせて、最後に優勝者と私がエキシビションをする、という建前らしい」
「それはまた──」
──なんとも無意味なことを。
銀髪の子供は、口から出そうになる言葉をぐっと堪えた。
この少女にとって、最強とは、イコールで教官と結びつくものだった。その為、いかなる形式であろうと、結末は変わらないと確信していた。
だが、その言葉を目の前の女に伝えることは憚られた。
中性的な女は、普段見せないほどには、薄く嗤っていたからだ。
恋する乙女のようだった。
一番優れたものを求める殿様のようだった。
勇者を求める魔王のようだった。
「──頑張ってください。教官!」
必要あるかどうかはともかく、少女はそう口にした。
他者に応援されることで、スペック以上の力を発揮する場合がある。女は少女に対し、常道を教えていた。彼女たちは、それを覚えていた。
「──ああ、そうだな。ありがとう」
女は優しく微笑んだ。
「大会が終わったら、弟の所に顔を出そうと思うんだ」
少女はムッとした。
喫茶店を出て、女達は街の散策を再開した。
少女は女に対し、自国の素晴らしいところを沢山知ってほしいと考えていた。
女は少女に対し、普通の人々の暮らしぶりを沢山知ってほしいと考えていた。
いくつかの店々を冷やかしながら歩いていると、少女の目に見慣れないものが止まった。
路地裏で開かれた露店だった。
興味を惹かれて歩いて行った銀色を見て、女はクスリ、と笑って追いかけた。
ところで、
この女達は、そのあおりを受けることとなる。
路地裏の奥深く。
女が銀髪に追いついた時、彼女の色香に惹かれたのか、三人の若者が纏わりついていた。
──不味い。女の背がぞくりと震えた。
それは、少女が男達に
ただひとえに、少女がやり過ぎてしまわないか、それが不安だった。
「おい、お前! ここは今から立ち入り禁止──」
男達が獣欲を女の方に向けなおしたのは、果たしてどちらに幸か不幸か。
「──って、おい。ネェちゃん。この子の連れか? 代わりに相手してくれるのか?」
チャラついた男だった。
見張りか何かだったのか、入口側に最も近かった男は、女に対して高圧的に絡み始める。
「──すまない。連れだ。その子を返してくれないか?」
「だったら、預かり料って事でどうだ──」
反射的、だった。
胸元に手を伸ばしてきた男。その手首を逆に左手で掴み返し、男の片脚を根本から蹴り上げることで重心をぐらつかせ、そのまま石畳へと叩き落とす。頭をぶつけて後遺症が残らないように注意し、胴体を右手で支えながら、その実素早く全体を
周りで見ていた男の仲間達から見れば、女がいきなり男を地面に叩きつけたように見えた。
少女に纏わりついていた男達は、弾かれるように女へと向き直る。
「──っテメェッ!」
男の一人が、ズボンのポケットに入っていた、横流し品のコンバットナイフを取り出す。
鞘に収められた刃渡り二十センチほどのそれは、人の肉などざくり、と切り落とせそうだ。
男にとって、このナイフは、自らの要求を押し通すための、悪魔のパスポートだった。
だからこそ、男は、今────
「──────抜くなよ?」
────目の前の悪鬼に、心底恐怖した。
「
じろり。女の目が、男の素肌を撫ぜる。
根源的な恐怖に、男の野生は警鐘を鳴らす。
されどもされども、何を怯える! 男の理性が、本能を退け、鼠が猫を嚙み殺すように、銀刃を煌めかせた────!
「ふはっ、へっ、へへっ、ふへへっ……。
────死ねゃ女ぁッ!」
確かに鼠は猫を噛み殺した。
──だが、虎は? 獅子は? 鬼は? 龍は? ……それらをとんと凌駕するこの女は?
最後に残った男は、鼠が地べたへ倒れこむのを見ていた。
その様は、鍛えた目を持った、銀髪の少女だけが見ていた。
男が刃を持った左腕を突き出すその刹那。
半身を逸らしてそれを躱した女は、続けざまに己が左手を、男の腕に沿わせて、その先のナイフの柄をも掴む。と、同時。男の右手に握られた鞘も、背中越しに女の右手ががしりと掴み取り、ナイフと鞘の両方を奪い去る。
ナイフを鞘に収めた女は、刃先と柄を逆手にひっくり返し、男が女の横を抜けて行く間に、後頭骨とうなじに二度、ととん、と柄をあてがっていた。
蛮勇の男が旅立つまで、僅か数瞬の出来事だった。
一人残った男のもとに、女は仕舞われたナイフを放り投げ、つまらなそうに呟く。
「──まだ、やるか?」
今度こそ、残された男の全身は総毛立った。失禁、発狂、意識断絶。それらの恐怖に奇跡的にも打ち勝った勇者は、貧相な獲物を拾い上げ、二人の仲間を引きずっていった。
囚われの姫は、魔王を前に、にこりと笑った。
少々
軍基地に連れ添ったとき、少女は全身で笑みを浮かべていた。
兎の様子を思い出しながら、女は基地の近くに併設された、ゲスト用の官舎へ向かった。
衛兵を抜け、昇降機を越え、女は根城の門の前に立つ。
今日一番の意を決して、世界最強の魔王は扉に手をかける。
部屋中に散らばる本! 書類! 空き缶! 衣類!
そして たたかいが はじまった────!
作者の好みはお分かりでしょうが、作者のイメージする彼女はこんな感じです。