あいえす城御前試合   作:徳川さんちの忠長くん

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恐れていたIS度2%。



ママはグラップラー母鬼(バキ)ッ!

 織斑千冬を見て、女は思った。

 ──あの女、私の『餌』にしてやるッ! と。

 

 

 

 ジャンヌ・ハマーは、グラップラーであるッ!

 身長190センチ、体重120キロッ!

 チェスト(バスト)98・ウエスト72・ヒップ89ッ!

 何処からどう見ても筋肉ダルマなその女、薄く刈り上げた頭もあいまって、レディースデーにやんわりと断られる事数十回ッ!

 右の剛腕が唸ったら、男だろうと吹っ飛ばす!

 丸太の脚が震えたら、車だろうとぺしゃんこよッ!

 巌のようなその身体。ぐぃと(りき)んで見せたなら、その背に宿るは鬼の貌ッ!

 バラエティに取り上げられては、「織斑千冬とどっちが『地上最強の女』?」などと問いかけられるのはもう辟易ッ!

 男にびびられ、女にびびられ、オーガと呼ばれしこの女。

 一度家に帰ったならば────

 

「──ママー。お帰りー!」

「ただいま。シシー」

 

 ────何処にでもいる、ただの一人の母親である。

 

 

 

 ジャンヌの一生は、その始まりから大きかった。

 帝王切開にて母体より産み出された赤子の体重は、その時既に6.5キロ。ギネス記録にも迫るその子供は、成長してもビッグだった。

 一時期彼女の面倒を見た保育所のスタッフは、とある雑誌の記事にてこう語った。

 

「……ええ、彼女を初めて見た時は、驚きよりも先に恐れがありましたね。だって考えても見てくださいよ? ハイハイしている赤ちゃんたちの中に、小学生みたいな子が混ざっているんですから! しかもあの子、ジャパンのスモウ・レスラーみたいに周りの子を押しのけてるんですよッ! 将来どんな子になるかわかったもんじゃない!

 ……すみません、訂正させてください。今の彼女みたいになるとは、ある意味では想像してました」

 

 そんな彼女は、小学校、中学校と進むにつれて、その特異性から、周りの男子たちに虐められることとなる。

 

「やーい。やーい。デカブツー。男女(おとこおんな)ー──あべし!!」

「カッちゃん! よくもやったな、ブサイク──ひでぶっ!!」

「ふっ、二人とも! ぼくは負けないぞ! この鬼女(おにおんな)──たわば!!」

 

 手刀断空、デコピン一撃。

 まるで継母たちに虐められる、灰被り姫のようなジャンヌ。武闘会(ぶとうかい)を夢見る彼女には、ある一つの趣味があった。

 

「────♪」

 

 如雨露(じょうろ)から土に水を撒く少女。

 そう、彼女の趣味は花を育てることである。

 

 ──優しい人になりなさい。

 

 両親にきつく言われたその言葉。なにを血迷ったかジャンヌは、

 

「優しい人はみんな花を育ててる。なら、花を育てれば優しい人になれるって事だ!」

 

 などと勘違いし、以降ガーデニングに精を出す。

 そういう意味じゃない。

 それを見た両親は、呆れつつも、悪いことでもないか、と思い直して続けさせることにした。

 

 

 三年が過ぎ、五年が過ぎ。

 蕾だった少女は、大人の女へとすくすくと。

 そう、すくすく、すくすく、すくすく、すくすく──もういい! 

 とにかく巨大に成長することとなる。

 見るからに「暴力」なその女は、半ば導かれるかのように、ボクシングジムの門を叩いた。

 すわ殴り込みか? 蜂の巣をつついたようにどったんばったん大騒ぎする事務職員たち。

 無事入会すると、当然のごとくヘビー級に割り振られる鬼。

 ちょうどいい相手が見つかるかな? 

 そう期待していたジャンヌにとって──

 

「グェーッ」

「サヨナラ!」

「ヤッダーバァアァァァァアアアアア」

 

 ──そこは思ったよりも拍子抜けだった。

 テクニックや戦術の入り込む余地のないほどに、ジャンヌの身体の、いわば生物としての「格」が違ったのである。

 彼女は僅か数ヶ月で、ボクシングに飽きて(・・・)しまった。

 上質な『餌』を求めて彷徨うジャンヌ。そんな彼女の脳裏をふっと掠めたのは、祖国ギリシアの、一人の賢人の言葉だった。

 

「不完全なレスリングと不完全なボクシング。この二つの競技が合わさったものこそ、これパングラチオンである!」

 

 ほうほう。なるほど。

 もうボクシングは終わった(・・・・)。ならば、次はレスリングにしようか。

 女は街の地図をひっくり返し、レスリング教室へと殴り込む──。

 

 数ヶ月後。

 

「うわらば!!」

「ぬわーーっっ!!」

「なんじゃこりゃぁあ!!」

 

 飽きた(・・・)

 女にとっては、ボクシングもレスリングも、どちらもたいして変わらなかったのである。

 姿形が変わろうとも、強いものは強い。

 それが女が導き出した世界の解答だった。

 

 自らの──暴力的な──欲求が満たされない彼女は、プロモーターの依頼で闘いがてら、唯一の趣味であるガーデニングに勤しむこととなる。

 そんな折、彼女は馴染みの園芸店──看板娘には、数年かけて慣れてもらった──に、植物の種を買いに行った。

 目的の種は残り一袋しかない。ジャンヌはその極太な指を、すくりと伸ばして、

 

「──────あっ」

「──────えっ」

 

 誰かの指と、ジャンヌの指が、そっと触れ合った。

 ────その日、少女は運命に出会う。

 

 

「────────」

「────────」

 

 ジークと名乗る紅い目の男は、植物学者の卵であった。小さな頃から花が好きだった少年。地元でも有数に頭の良かった彼は、名門・アテネ大学の生物学科にて、植物の研究に携わっているという。

 その男は、女と対極の存在だった。

 男は、小柄で、病弱で、頭がとても良い。

 女は、大柄で、強靭で、頭は少し弱い。

 住む場所も違えば、生きる世界も違う。本来であれば、百度人生を繰り返そうとも、決して出会うことのなかったこの二人。

 

「貴女もアネモネを?」

「……ええ。私、ガーデニングが趣味なんですが、恥ずかしながらこれを育てるのは初めてで……」

「安心してください。アネモネは育てるのはそこまで難しくありません。今から育てれば、四月頃には、赤や白、紫の綺麗な色を見せてくれますよ」

 

 そんな彼らを結びつけたのは、たった数粒の植物の種だった。

 

「でも、本当に私が貰っていいんですか?」

「いいんです。僕は研究用に欲しかっただけですから。花たちにとっては、きっと、貴女に育ててもらう方が幸せでしょう」

 

 そう言って立ち上がり、店を去っていく男。

 ジャンヌは過ぎ去ってしまったその背中に、思わず手を伸ばした。

 

 ──彼女の人外じみた心臓が、どくり、と動いた。

 

 それから二人は、時折その園芸店で顔を合わせることとなる。

 偶然(・・)店で顔を合わせては、植物のことを話したり、自身の近況を語り合ったりする。時には店を出て、植物園を散歩したり、喫茶店でお茶を楽しんだりもした。

 クスリ。看板娘は二人を見て、笑う。

 

 

「それで、それで! ジャンヌさん! デートはどうだったんですか!?」

「あれはそんなんじゃないって……」

「またまたー。誤魔化しちゃってー」

 

 当初はジャンヌの事を見ただけで、顔が引きつり目に涙を溜めていた看板娘。だが、しかし、今は立場逆転!

 元より肉体全振りの、鬼のようなこの女、(いじ)ると意外と面白い。顔を真っ赤にしてわたわた(・・・・)と慌てるジャンヌ。

 看板娘はいつぞやの仕返しを続けた。

 

「そう言えばー」

「ん?」

「いえ、再来週の日曜日。空けておいてくれるか、とジークさんが仰ってましたよ」

「……そう。教えてくれて、ありがとう」

「いえいえー。今後ともご贔屓にー」

 

 約束の日。

 いつものように、ギリシアの街を楽しんだ二人。

 少し違うところといえば、男が夕暮れ時に、女を貸し服屋へと連れて行ったこと。

 

「実は今日、フランス料理のグランド・メゾンを予約しているんだ」

 

 毎日がタンクトップ、ダメージジーンズのジャンヌは、ドレスコードなぞ欠片も知らぬ。

 入店御免を言い渡されぬために、男は衣服を特注していた。

 さて繰り返そう、ジャンヌ・ハマーという女。

 身長190センチ、体重120キロッ!

 チェスト(バスト)98・ウエスト72・ヒップ89ッ!

 ミシミシと音を立てんばかりの、エレガンスなネイビーのドレス。

 首元に巻かれた真珠のネックレスは、猛犬を繋ぐ首輪のようで。

 引きつった顔を浮かべる店員をよそに、男は女にこう告げた。

 

「────綺麗だよ」

 

 

 一人の男と一体の修羅、フレンチ最高級店を襲撃する。

 思わず声をかける支配人に、「何か問題でも?」と返すジーク。

 確かにドレスコードには引っかからない。引っかからないが、その、なんだ……。

 店の雰囲気的にどうなんだろうか?

 葛藤する店員一同をよそに、男はジャンヌを連れ立って歩く。

 あばたもえくぼ。そんなところか、いやそんなレベルか?

 

 優雅? に食事を楽しむ二人。

 上品に食べる男。女も育ちは悪くない。テーブルマナーは十分だ。

 スープを飲もうと持ったスプーンが、小さすぎておもちゃに見える。いざやってきたスペシャリテ、羊の肉を食べるその背後には、百獣の王が浮かんで消える。

 問題といえばそんなところか。

 デザートを平らげ食後酒をいただく。

 女の指先に摘まれたワイングラスは、今にも末期の悲鳴をあげそう。彼の犠牲をとんと無視して、ジークはジャンヌに語りかける。

 

「──今日は楽しかった?」

 

 ええ、とても。

 笑顔を浮かべる一匹の鬼。

 ──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

 まるで獲物を狙う獣のようだ。その顔を見れば、誰しも人間に残された野生を呼び起こさずにはいられない。

 だがしかし、目の前の男だけは、その本質を理解していた。

 

「今日のお礼に、そう思って……」

 

 と、取り出されたるは宝飾の箱。

 ぱかりと開かれる箱の中に、咲き誇るは赤い大輪の花。

 

「……アネモネのブローチ」

「そう。これを君に」

 

 ルビーで模った赤いアネモネ。その花言葉は、

 

「────『君を愛す』。結婚しよう」

「ええ、喜んで。王子様」

 

 ガラスの靴は履けないけれど、灰被り姫は無事見初められました、とさ。

 

 

 そんなこんなで二人は結婚。

 教会での神前婚を終えた後。披露宴が行われる。

 

「──新郎、新婦、御入場です!」

 

 白いタキシードを纏った男は、どこからどう見ても王子様。

 白いウエディングドレスを纏った女は、どこからどう見ても王女様?

 

 新郎来賓の席に座るは、白髪眼鏡の賢人がずらり。

 新婦来賓の席に座るは、筋肉モリモリマッチョマンの変態達。一人可憐に咲く看板娘は、どこか所在無さげ。

 

 姿形も関係も、何もかも違うひと組の夫婦。

 男は身体は弱く、力も足りず、だが頭は切れる。

 女は頭が弱く、粗野粗暴だが、その肉体は強靭だ。

 知は力なり。力は知なり。

 古代ギリシアの哲学者プラトンは、時代を代表する哲人王にして、世界最強のグラップラーだった。

 彼らのどちらか一人では、知者にもなれず、益荒男にもなれず。

 不完全な男と不完全な女。これら二つが合わさったなら────

 

 ────これぞまさしく、二体で一体の哲人であるッ!

 

 

 

 結婚してからというものの、二人の生活は順風満帆だった。

 男は山へ研究に。女は川で時間無制限デスマッチ! だって、すぐそこで血を落とせるから。

 シシーという可愛らしい娘──お父さんに似てよかったね──にも恵まれた二人は、仲睦まじく暮らしていた。

 

 ──だが、彼らの旅に、突如として時化(しけ)が襲いかかる。

 

 凶報。

 病院に駆けつけたジャンヌに告げられたのは、ジークが突然倒れたとのこと。

 死因、心不全。享年三十。

 

「────────ッッ!!」

 

 あまりにも早過ぎる別れだった。

 

 

 それからというものの、ジャンヌの生活は荒れ始めた。

 プロモーターからの依頼を受けては、相手をジークの連れ添いにする日々。……無論、殺してはないが。

 そんな折、彼女がボロボロになって──服だけ──家に帰ると、夜遅いのに家の灯りが点いていた。

 そこで待っていたのは、彼女の可愛い小さな娘。

 

「──ママ。お帰り……」

 

 女は幼女の紅い目に、今は亡き()を写し見た。

 

「──────」

 

 抱きしめる。

 もう二度と、喪いはせぬ、喪わせはせぬ。

 光なき新月の夜。二人(三人)の家の光は燦然と輝き、消えた。

 

 

 

「織斑千冬とどっちが『地上最強の女』?」

 

 大衆の抱くこの疑問に、遂に決着のつく日が来た。

 プロモーターが運んできたのは、とある大会の参加チケット。

 ジャンヌには、ISの操縦経験など殆ど無い。精々が、国が行った国民検査で、監督官を叩きのめした程度だ。

 だが、尋ねよう。森の賢人(ゴリラ)に重しを乗せたとして、素手の人間が勝てるのか?

 女の領域は、もはやその域だ。

 

 

 女と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る「地上最強の女」──。

 グラップラーとは、「地上最強の女」を目指す格闘士のことであるッ!

 

 

 

 彼女はグラップラーであるッ!

 彼女の胸には、運命の花が咲き誇っている。

 彼女の家には、運命の忘れ形見が残っている。

 彼女は夫亡き今でも、二体で一体の哲人だ。

 

 ギリシャ代表、グラップラー。

 半哲人のジャンヌ。

 




範馬勇次郎×三流少女漫画なんて考えた奴は誰だぁっ!!
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