さて、引越しも終わり、箒達からよく分からん宣戦布告を受けた翌日のHRこと。
昨日、山田先生が言っていたように転校生が来た。
このIS学園に転校してくるって事は、そいつは確実に女子である。
あぁ、また肩身が狭くなるのか……なんて思っていた時期が、俺にもあったわけなんだ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。まだこの国では不慣れな事も多いと思いますが、よろしくお願いしますね」
だが! 内一人は男だった!!
中性的な顔立ちの金髪の美少年。まさに、貴公子と言った風貌である。
「き、キターー!!」
「メイン男子キタ!」
「早い、もう二人目か!」
「これで勝つる!!」
そんな彼の登場にクラス中大騒ぎである。
手を取り合って喜んでる子達もいる。……哀れな。
「うるさい、黙れ」
――スコーンッ!!
千冬姉のチョークが火を吹いた。
快音が鳴り響き、一瞬で20人以上の額が撃ち抜かれてしまっていた。
千冬姉、絶対モンド・グロッソの射撃部門でも好い線行くだろ。セシリア以上の精密射撃だな。
そういえば、別に騒いでもいなかった箒達まで撃ち抜かれてるのは何でだ?
「私がいない間に、余計な事をしでかしおったからな。あとで鳳にも制裁に行く」
……よく分からん。
それはともかく転校生の方はというと、こっちのテンションに付いていけてないようで、目を白黒させている。
……? でも、もう一人の方の転校生(こっちは女の子)は特に動じる事もなく、何故かこっちをじっと見つめてきてる。
「………」
鈴と同じか少し低いぐらいの背丈で、腰の辺りまで伸びた綺麗な銀色の髪に黒い眼帯。
はて? 初対面のはずだけど、どっかで会った事でもあるのか?
もしくは、更織さんみたいに気付かない内に迷惑かけた子だとか……?
などと心当たりを探しつつも、見つめられることの居心地の悪さに頬を掻く。
そんな俺達の様子に気付いたのか、千冬姉が自分で起こした惨状をそのままに、自己紹介を続けさせようとする。
「……挨拶を続けろ、ラウラ」
「はい、教官。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」
「……え、えーっと……以上ですか?」
簡潔な自己紹介に山田先生が小動物のようにビクビクしながら、ラウラに尋ねる。
……いや、確かに軍人然とした鋭い雰囲気を放ってるけど、そこまで怯えるほどの事でもないだろうに。
とか思ってたら「では、一つだけ」と前置きをしてから、つかつかと俺の前まで来てビシッと指差して来た。
まぁ、来るんじゃないかと思ってたよ。
「織斑一夏……私は認めんぞ!」
「……何をだよ」
いきなり全力で否定されて、つい言葉に棘が出てしまう。
しかし、ラウラはそれを気にした風もなく、一層強い口調で続けた。
「お前が……お前が教官の“嫁”などと! 私は絶対に認めんッ!!」
『…………』
なんとも言えない空気が、教室を満たした。
何で男の俺が嫁?
その疑問を口にするより先に、千冬姉が口を開いた。
「馬鹿者。それを言うなら婿だ」
「そうだよな」
「あ、特に否定はしないんですね……というか、織斑先生もまんざらでもなさそう……」
たぶん、俺が千冬姉の弟として相応しい実力がない事が不満、ってことが言いたかったんだろうなぁ。
嫁云々ってのは、まだこっちに着たばかりで日本語に慣れてないんだろう。
などと一人で納得していると、ようやく我に帰ったのか、さきほどまで呆然としていた箒とセシリアが騒ぎ始めた。
「な、なな何を言ってるのだ! 織斑先生の一夏は断じて嫁ではない! ましてやむ、婿など……ッ! い、いや、そのいずれは篠ノ之神社の神主として(ry」
「そうですわっ! 一夏さんがお嫁さんなどと……などと……(一夏さんがエプロンをしてわたくしを出迎えてくださる……)わ、悪くはないですわねっ」
何言ってんだよ……特にセシリア。
だが、そんな二人も千冬姉が出席簿を投擲する事によって再び沈黙した。
すげぇ、ジャイロ回転しながら二人の額に突き刺さったぞ。
今度からアレを出席簿マグナムと呼ぼう。
そんな二人を特に気にする事もなく、ラウラは怪訝そうな顔をしながら尋ねてきた。
「む? しかし、クラリッサが言うには日本では気に入ったものの事を『嫁にする』と言うのが習わしだと……」
「いや、確かに間違っていなくもないけど、一般的ではないからな?」
かなり局所的な文化だと思うぞ。
「……そうなのか。一般的ではないと言うことは、より特別な呼称と言うわけか……やはり奥が深いな日本の文化は」
うむうむと一人で感心してしまっている。
……まぁ、いいか。否定するにも骨が折れそうだし。
何にしても、いきなり認めないと言われた時は何かと思ったけど、そんなに悪い奴でもなさそうだな。
となると、俺がしっかり千冬姉の弟として恥ずかしくないって事を認めさせてやればいい。
なら、やってやるさ。
「ふむ、ではこれでHRは終了とする。次は2組との合同のISの実習だ。各自、さっさと着替えて第二グラウンドまで来るように……っと、そうだ織斑。デュノアの面倒はお前に任せたからな」
「わかりました」
「うむ。……さて、2組に行くとするか」
そう言うと、千冬姉は指の間にチョークを挟んだまま教室を出て行った。
っと、ぼーっとしてる場合じゃない。さっさとシャルルを連れて移動しなきゃな。
「えっと、君が織斑君だよね。初めまして、さっきの紹介でも言ったけど―――」
「いや、それは移動しながらにしようぜ。今から女子が着替えるからな……」
「?」
「……何で不思議そうな顔してるんだ? ほら、案内するから付いてきてくれ……えっと、シャルル、でいいか?」
「へ? ……あ、ああ! うん!」
「俺の事も一夏って呼んでくれればいいぞ」
言いながら、廊下に出る。
笑顔で頷くシャルルが俺の後についてくる。
そのシャルルが何かぶつぶつ呟いてるみたいだったが、その声は2組の教室から聞こえてきた悲鳴によって掻き消されたため、俺の耳に届く事はなかった。
「ひにゃああああああああああ!!?」
あ、断末魔。
南無。成仏しろよ、鈴。
そうやって手を合わせる俺に、シャルルはただ首を傾げているのであった。
◇
「はい、じゃあHRはこれで終わりです。次は第2グラウンドの方で1組と合同実習だから遅れないように」
というわけで、HRが終わった。
一組と合同って事は、担当は織斑先生か……早く行かなきゃね――そう思って、私ことティナ・ハミルトンは自前のISスーツに着替えようとしていた所で、思わぬ珍客が教室のドアから入ってきた。
「失礼する」
「あれ? 織斑先生何かあったんですか?」
「いや、少し鳳に用があってな」
いつも通りのクールビューティーな織斑先生は何でもないかのように、担任の榊原先生(29歳 独身)に告げる。
鈴に? そういや、昨日、部屋に帰ってきた途端ベッドにうずくまってキャーキャー言ってたけど……アレと何か関係あるのかしら?
ちなみに、その様子はずっと携帯で動画を撮っておいた。
あとでクラスの皆と一緒に、存分にニヤニヤしようと思う。
「? アタシに……ってぇ!? 千冬さんなんでチョーク持ってるんですか!?」
「織斑先生だ――なに、昨日一夏に余計な事を宣言したと聞いてな……制裁が必要だろう?」
そう言うや否や、手に持っていたチョークがものすごい速度で投擲され、鈴に殺到していく。
「り、理不尽過ぎよーッ!?」
―――カンッ!
でも、腕の部分だけISを展開させた鈴はその魔弾を防いでいた。
専用機持ちって便利ねぇ……。というか、部分展開も特定の場所以外じゃ展開禁止って条約で決められてなかった?
「ほう、部分展開で防ぐか」
「そう簡単にやられるわけにはいきませんから!」
「だが、その程度で防げると思ったか?」
「うぇっ!?」
ズガガガッ!! と、まるで削岩機のような音を立てながら、鈴のISに次々へチョークが叩き付けられる。
あのチョーク何でできてるんだろ。ISの装甲削られてるんだけど。
というか、この光景をアメリカでブリュンヒルデは近接しか能がないとか揶揄してた連中に見せてやりたいわ。
ジャパニーズ侍は刀だけじゃなくて、銃だって操るんだから。
でも、これってどちらかと言えばニンジャマスターのそれよね。
なんて、考えてる間にも鈴は必死で防いでるんだけど、撃ち込まれて粉々になったチョークの粉を吸い込み、咳き込んでしまった。
あぁ、防ぎきれないわね、これは。
そう思った瞬間、快音が響く。
「ひにゃあああああああッ!!?」
「フ、これでよし。騒がせましたね、榊原先生」
「え、あ、はい、お疲れ様でした……?」
そして悠然と去っていく織斑先生。
教室には呆然と立ち尽くす、先生と生徒。そして、額の痛みによってゴロゴロとのた打ち回っている鈴が残された。
――うん、実にカオスな光景ね。
頑張んなさいよ、鈴。
あんたはあの織斑先生を超えなきゃいけないんだから……などと、遠い目をしながら私は着替えるのであった。
◇
さて、更衣室に至るまでとアリーナに至るまでに様々な障害に苛まれた俺とシャルルだったが、何とか授業が始まる前にアリーナに到着する事ができた。
そう言えば、更衣室では始終シャルルに見られていたような気がするが、何か俺変なモノでも付いてるんだろうか。
……ん? 今、漢字じゃなくてカタカナに変換されたのがあったような……? まぁ、いいか。
それにしても……
「何でそんなに俺を睨んでるんだよ……」
先ほどから、箒達がギロリとこちらを睨んできている。
これが所謂殺意の波動か……。
「うっさい! アンタの所為で額打ち抜かれてんのよ、こっちは!!」
「何で俺の所為なんだよ……文句なら千冬姉に言えよ」
「返り討ちになるに決まってんじゃないッ!」
そりゃそうだ。
なんて事を話していると千冬姉がやって来た。
「全員揃っているようだな。では、格闘及び射撃を含む実機訓練に入る。だが、その前に実演を見てもらう―――オルコット! 鳳!」
「はい!」
「分かりましたわ。フフ、鈴さん……貴方とは一度決着を付けたいと思ってましたの」
「……いつぞや、戦ったら勝つとか言われた事まだ根に持ってたのかよ」
「ね、根になど持っていませんわ! わたくしはただ純粋に、同じ代表候補生としてどちらが上なのかをっ」
「上等よ! すぐにボロボロにしてやるんだから……一夏もよく見ておくのね!」
……いつになく好戦的だなぁ、二人とも。
どうでもいいけど、やるなら俺等から離れてやれよな。
……そのままブルー・ティアーズや龍咆の巻き添えとか死人が出るぞ。
「やる気なのは結構だが、お前達の対戦相手は別にいる」
「「へっ?」」
「……そろそろ来てもいいはずなんだが、何を手間取って――」
「織斑先生……?」
千冬姉が途中で言葉を切って、黙り込んでしまったので声をかけてみる。
なにやら、空を見上げてるけど……
「――――――~~~!!!」
「……織斑、こっちに来ていろ」
キィィィン! と空気を裂くような音が千冬姉のセリフに重なった。
何事だろうかと辺りを見渡す前に、千冬姉に腕を引っつかまれて移動させられてしまう俺。
そして、次の瞬間。
「ひゃああああああ!?!?」
ズドンとにぶい音と共に、今まで俺が立っていた位置に高速で何かが飛来して、土煙が上がった。
たらりと冷や汗が出る。千冬姉が引っ張ってくれなかったら、俺あの爆心地の中心にいたのかよ……
「サンキュー、千冬姉」
「馬鹿者、織斑先生だ」
「あだっ」
いつものように俺を出席簿ではたいてから、千冬姉はクレーターに向かって呼びかけた。
「……山田先生」
「きゅ~」
「……織斑、雪片を貸せ」
「おおお起きてますぅ!!」
おお、見事なリカバリーだ。
つーか、さっきの山田先生だったのかよ。
……ぶつかっても、怪我はしなかったかもナ。
なんて事がちらりと頭をよぎった所為だろうか―――
目の前を閃光が奔り、ちりちりと前髪が焦げた……
恐る恐る、発射された方向に目を向ける。
「あら? 外してしまいましたわ」 スターライトmkⅡで狙いを定めるセシリア。
「馬鹿ね、アタシが殺るからちゃんと見てなさいよ?」 龍咆を機動させる鈴。
「待て、私が先だ」 真剣を牙突の体勢で構える箒。
その全ての矛先がこちらに向いていた。
た、助けてくれ、千冬姉……と、千冬姉に助けを求めようと視線を向けたところで―――
――ゴスッ!
出席簿が額に突き刺さり、俺の意識はフェードアウトするのであった。
はっ!? 俺はいったい!?
ズキズキと痛む額を押さえながら辺りを見渡す。
「あ、一夏、起きたんだ」
「しゃ、シャルルか……今どんな状況だ?」
「あ、うん……山田先生がちょうどあの二人を倒したところだよ」
「はっ!? 2対1で勝ったのか?」
慌ててグラウンドの中央の方を見ると、セシリアと鈴が折り重なるようにぶっ倒れていた。
……えっ、山田先生ってそんな強かったのか?
思わず呟いてしまった言葉を、いつの間にか隣にやってきていた箒が拾う。
「まあ、そう言いたくなる気持ちは分からんでもないが教員なのだから、実力はないとなれないだろう」
「いや、そうなんだけどさ。俺の入学試験の対戦相手 山田先生だったんだよ……」
「うん? なら、一夏って山田先生が強いって知ってるんじゃないの?」
「それが開始と同時に突っ込んできたのを避けたら、そのまま壁に激突して俺の勝ちになっちゃったんだよな、これが」
『うわぁ……』
二人がなんとも言えない顔になってしまった。
そんな訳で、あの時の事といつもの様子しか知らない俺からすれば、今の光景は非常に納得しがたいものがあるのだ。
まぁ、あの時は何かぶるぶる震えてて、顔とか真っ青だったし体調が悪かっただけなのかもしれないな。
なんて事を話しているところで、千冬姉が手を叩いて指示を出し始める。
「では、これから実習を行う。各クラスの出席番号順に山田先生、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、鳳をグループリーダーとする班に入れ。あぁ、ちなみにISは打鉄とラファールがあるが打鉄が3機、ラファールが2機ずつ用意している。班で相談して好きな機体を選ぶように」
……ナチュラルに俺がはぶかれたんだが。
なんだ、イジメか。さっきの続きなのか。
「せんせー、織斑君はどうするんですか~?」
落ち込んでいる俺の代わりに、のほほんさんが訊いてくれた。
さすがにのほほんさんも、千冬姉の前ではあの渾名では呼ばないらしい。
「織斑は私の補佐だ。何か文句でもあるのか? ん?」
『『『イイエ、アリマセン……』』』
有無を言わせぬその迫力に、誰もが口を揃える。
待て待て、本格的にIS動かして一月経たない俺に何を補佐させようって言うんだよ。
「補佐って……山田先生がいるんじゃんか……」
「ふん、あいつ等に私が餌を与えるわけがないだろう。というか、授業がまともに進まないのが目に見えている」
「そりゃ、見事な采配で……」
そういう訳だから、箒は俺を睨むんじゃない。
他にもぶーぶー言ってる女子(割と2組の娘が多い)がいるけど、千冬姉の一睨みで沈黙するのであった。
というわけで、俺は特に何をするでもなく、ただ千冬姉の隣で授業風景を眺めるのであった。
凄まじい手持ち無沙汰さに、あくびを堪えながら過ごす午前中の授業であった。
ちなみに、不満気なみんなとは対照的に千冬姉の機嫌はよかった。
……はて、なんでだろうか?
◆
無事に実習も終わり昼休みとなった。
まだ学園に不慣れなシャルルを下手に学食とかに連れてくと、悲惨なことになるのは目に見えてる。
よって、シャルルを加えたいつもの3人と屋上で飯を食べることにした……んだけど。
「何で、お前までいるんだ?」
「? 私のことか?」
「そうだよ」
「お前が教官の嫁に相応しいか見極めるためだ。他意はない」
「さようで……」
このようにラウラまで付いてきていた。
まぁ、いいけどな。
「でも、何か食べる物持って来てるのか?」
「問題ない。軍用のレーションを持ってきている」
そう言って何やらビスケットやら缶詰を取り出すラウラ。
それはねぇだろ……。他の皆も若干引いてるし。
仕方ないな……
「ほら、俺の弁当分けるから、それはしまっとけよ」
「む? 別に施しを受けるつもりはないぞ」
「いや、そんなんばかり食ってたら栄養が偏るだろうが」
「なっ!? バカにするな! 我が軍のレーションは効率の良いエネルギー摂取とバランスよい栄養摂取を主軸とし、味にもこだわった一品なのだぞ!!」
たとえそうでも、俺達が普通に弁当食べてる横でレーション食われると居た堪れなくなるんだよ……
「あ、じゃあ俺の弁当がどんなもんか評価するために食ってみるってのはどうだ?」
「む。確かに、嫁と言うならば料理ができなければ話にならんな……」
(お~、やったね、一夏!)
(あぁ、言ってみるもんだぜ)
などと俺とシャルルが喜んでいる一方で、他三人はごにょごにょと内緒話をしている。
(ちょっと! 嫁ってどう言う事なのよ!!)
(わ、私が知るか! 朝来た時から、何故か一夏の事を千冬さんの嫁だなどと言っているのだ!!)
(なっ!? ってことは、千冬さんの陣営なわけ!?)
(所がそうでもないみたいなんですの。一夏さんの事を嫁とは認めないと仰ってますし……)
(っていうか、そもそも何で一夏はなんとも言わないのよ!)
(……嫁じゃなくて婿だよな、と仰ってましたわ)
(………)
? まぁ、いいか。
昼休みの時間も限られてるし、さっさと弁当を食おう。
ラウラの方に弁当箱を差し出す。
「ほら、どれでも好きなの選んでいいぞ」
「……ほう、見た目はいいようだな」
「わぁ、おいしそう! 一夏が作ったの!? 男の子なのにすごいね」
「まぁ、小さい頃から作ってるしな。そう言うシャルルは作れないのか?」
「え? 僕はできるよ、勿論」
「……」
何でそんな当たり前なことを聞くの? そう言って不思議そうに俺を見るシャルル。
あれ? 俺が変な事言ったことになってる?
お互いの言葉に納得できず二人して首をかしげる。
すると、シャルルは何かに気付いたようで……
「シャルル?」
「あ……あはは……い、いや何でもないよ! それより僕もちょっと貰ってもいいかな?」
「え、あぁ、いいぞ。どれにする?」
「んー、これでもいい?」
そう言ってシャルルは、肉じゃがを指差す。
これは昨日の夕食の残りだったりする。ちゃんと中で別の容器に入れてあるから、汁が滲みだすなんて事もしてない。
「くっ、貴様……これはもしかして教官の……っ!」
「ん? どうかしたか?」
「前に一度聞かされた事がある……教官の最も好きな食べ物……Niku-jaga ではないかっ!」
ローマ字で表記されると違和感が半端ないな。
それはそうと、確かにこの肉じゃがは千冬姉の好物である。
甘いのがあまり好きじゃない千冬姉のために、砂糖やみりんを控えて出汁を効かせた自慢の一品だ。
「私もこれを貰う! ……はむっ…………く、さすがに教官が褒めるだけの事はあるな」
「そりゃ良かった。シャルルはどうだ……って、そうかシャルルは箸とか持ってないか」
「あ、うん……」
「こういう事も考えて食堂で割り箸でも貰ってくればよかったなぁ。ま、俺の箸で我慢してくれ……ほら、口開けてくれ」
「ふわぁっ!? い、一夏?! そ、それって……!?」
「ほら、あーん」
『『『!?!?』』』
とりあえず、ジャガイモをシャルルの口元へ運んでいく。
って、コラ。口をパクパクさせるんじゃない。開けたままにしてろよ。
……もういいや、つっこんでやれ。
「そぉいっ」
「むぐぅっ!? んくっ、んっ……もぉ、なにするのさ」
「いつまでも食べないお前が悪い」
「絶対、一夏の方が悪いと思うんだけど……」
「はは、悪い悪い。それより、味の方はどうだった?」
「………あ、あのね? 急に食べさせられて……その、よく分からなかったんだ。だ、だからね、もう一回……」
『却下ぁ(ですわ)!!!』
「うぅ……」
シャルルが言い切る前に、全然話に加わってこなかった三人が急に吠え出した。
いきなり、どうした。お腹減ったのか?
「違うわよ! 人が黙ってればイチャイチャと……! つーか、男同士で何やってのよ!」
「なんて羨ま……妬ましい!」
「箒さん、あまり言い換えられてませんわよ? ものすごく同意しますけど」
ぎゃあぎゃあと言ってくる箒たちに、いつものことだと話半分に聞き流していたら、ラウラがポツリと呟いた。
「ふむ、お前の周りはにぎやかだな」
「にぎやかすぎるぐらいだけどな」
『話を聞けぇッ!!』
はい。
くどくどと箒達による説教が始まった。
その内容をまとめると……
・自分達を無視するな
・イチャイチャするな
・作ってきた弁当食べろ
とのことらしい。
とりあえず、2番目の事に付いては反論したい。俺がいつ誰とイチャイチャしたんだよ。人聞きの悪い。
まぁ、弁当を食べる事に関してはありがたい。何だかんだで、俺の弁当はラウラが食べ尽くしちまったしな。
「お、お前が食べろと言ったんだろうが! 私は悪くないぞ!?」
「いや、別に怒ってるわけじゃないさ。気に入ってもらえたみたいだしな?」
「……ふんっ」
拗ねたようにそっぽを向くラウラに苦笑しつつ、遠慮なく箒達の弁当を分けてもらう事にした。
箒のは和風、鈴は中華。セシリアはサンドウィッチらしい。
まだ、中身は秘密だとかで見せてもらえてない。
さて、どれを食べようか……と思ったけど、既に食べる順番は決められていたらしい。
「さぁ、一夏さん。まずはわたくしのお料理からですわ!」
「ま、最初じゃなかったのは残念だったけど、おいしいところは最後にあたしが貰うから問題ないわね」
「くっ、2番目では……!」
何か箒だけ異様に悔しがってるんだが。
まあ、ともかくセシリアのサンドイッチをいただくとしよう。
っと、よく考えたら、セシリアの料理を食べるのは初めてだなぁ。料理なんてできるんだろうか?
お嬢様だし……そういえば、今朝会ったときには指に絆創膏張ってたな。
うむ、俺のために頑張ってくれたって考えると素直に嬉しい。もし多少失敗してても、ありがたくいただくとしよう。
そんな事を考えながら、セシリアの持ってきていたバスケットを開けてみると―――
――赤
――紅
――朱
血に染まったかのような、真っ赤な三角形の物体が鎮座してゐた。
つーか、酸っぱッ!? 食べてないのに、既に酸っぱい! あっ!? 梅か! 梅なのかこれぇ!?
なぜサンドウィッチで梅!? おにぎりならともか……いや、おにぎりでもコレは異常だろ!?
戦慄を隠せない俺と、俺に哀れみの視線を送る他4名。
そんな俺達の様子に気付いたのか、セシリアが小首を傾げながら尋ねてくる。
「……? どうかいたしまして?」
「せ、セシリア……これは……?」
「ふふふ、驚きまして? これはチェルシーから見せてもらった『洗脳探偵 監修 ご奉仕レシピ ◇ウメサンドの項 ~これで愚鈍なあの方を●●です~』を完全再現した一品ですわ!」
材料の梅には最高級紀州南高梅が~などと嬉しそうに説明をするセシリア。
ツッコミどころが満載すぎてどこから突っ込んでいいのか分からんが、ともかくどうやってここを乗り切るかが問題だ!!
しかし、こんなに嬉しそうな顔をしてるセシリアを裏切る事なんてできるか? いや、できない。
落ち着け、所詮 梅干だ。身体に害はない…ッ! 確か身体を動かしたした後にはクエン酸がいいってTVで言って……いやでも、今日はあんまり体動かしてないし……それ以前に、これはどう考えても過剰摂取……ッ!
だが、セシリアはあんなに指に絆創膏を付けてまで頑張ってくれたんだ……
――覚悟を決めろ、織斑一夏。ここで引いたら、男じゃない。
そして、その真っ赤な物体に手を伸ばそうとした所で、隣にいたラウラに腕を掴まれた。
(やめろ! 貴様、死ぬ気かっ!?)
セシリアに聞こえないくらいの声で制止して来た。
箒達もそれぞれにやめろと目で訴えかけている。
だが、そんなんじゃ俺は止められない―――ッ!!
ゆっくりとラウラの手を引き離し……そして、高らかに宣言する!
「こんな千冬姉に守られてばかり俺にも……こんな情けない俺にも! 意地があるんだよ! 男の子にはなぁッ!!!」
ぐちゅりッ! と手にはなんとも言えない感触。
だが、滴る梅汁もそのままに口へと放り込むッ!!
「はぐっ……ッ!」
『(無茶しやがって……)』
じゅるりと口の中いっぱいに広がる、酸味と酸味と酸味。まさに酸味いっぱい。
グッ……フ……何かいろいろこみ上げてきた……!
し、しかし、期待した顔でこちらを見るセシリアの手前、戻すわけにはいかないッ!
気合で飲み込むッ!
――あ……あ、ダメだ意識が……混濁、してきた……
だが、一言言わなければならない……ッ
「ど、どうですか、一夏さん……?」
「……せ、セシリア……」
「は、はい!」
「そのレシピは……焼却、しろ……」
「は、い、一夏さん……?」
言い終える事ができたと、安心すると同時に倒れこむ俺。
口から漏れだしたのは、果たして俺の血なのか、梅汁なのか。
『い、一夏ーーーーーッ!?』
「……くっ、見事だったッ」
霞み行く視界の果てに最後に見えたのは、こちらに向かって敬礼をするラウラと慌てて駆け寄ってくる4人だった。
◆
「―――ちか、起きろ」
「……ん……ぁ?」
肩を揺すられている感覚に目を覚ます。
俺……なんで、寝てたんだ……?
いまいち状況が掴めないまま、身体を起こす。
――ここは……?
「やっと起きたか……心配かけおって」
「千冬姉? 何で……」
「お前が倒れたとラウラから報告があってな。私の部屋に運んだ」
倒れた……あぁ、そうだ。俺、セシリアの料理を食べて……。
まさか、意識を刈り取られるレベルだったとは。
「そっか……って、千冬姉、午後から授業があっただろ。何で俺のとこにいるんだよ」
「何を言っている。授業などとうに終わっている」
「え……なっ!? もう夜になってるのか!?」
カーテンの隙間から見える外の様子はすっかり暗くなっていた。
どんだけ昏倒してたんだよ、俺……げに恐ろしきはウメサンドか。
本家でもそこまでの威力はなかったはずなんだけどな……
っと、いつまでもこうやって千冬姉のベッドを占領して置くわけにもいかない。
部屋に戻るとしようか……と思っていたんだけど。
「一夏……お腹は空いていないか?」
「へっ? あ、そうだな……結局昼は食べ損ねたし、割と空いてるけど。まあ、部屋に帰って適当に何か作るよ。それがどうかしたのか?」
「………」
「千冬姉?」
顔を伏せて、その先を言おうとしない千冬姉。
「……その、だな……こっちで、食べていかないか?」
「? 千冬姉も食べたいのか?」
「……違う」
なんとも煮え切らない感じで、いつもの千冬姉らしくないな。
それにちょっとしおらしくて……むぅ、千冬姉の新たな一面を見た気がする。
新鮮だ、とか思っていたら、ようやく意を決したのか話し始めた。
「おかゆ……」
「うん?」
「おかゆを、作ったんだ……」
………そ、それって―――
「えと、もしかして……俺のために?」
「あ、当たり前だ! お前のため以外に作る気など起こすはずがないっ」
それはそれでどうなんだろうか、と思わなくもない。
やばい、嬉しい。……もしかしなくても、千冬姉の手料理なんて初めての事だ。
俺達が二人になってからは、箒の家でお世話になってたし、箒が引っ越してからは俺が作るようになったからな。
「その、な。もっと、精の付く物を作ってやろうかとも、思ったんだがな……束に相談して、刺激の強いものを食べたのだから、こっちの方がいいと言われてな」
「……ありがとう、千冬姉…すっげー嬉しい」
「あ、あまり期待はするなよ! そのっ、初めて作ったものだから、お前のようにうまいものが出来たなどとうぬぼれるつもりなどない……。食べられないようなら、そのまま捨てて――」
「そんな事するわけないだろ」
その先を言われる前に、俺は言葉をかぶせた。
たとえ、どんなに不味くても、黒コゲだったとしても……その千冬姉の気持ちを、無駄になんてできるはずがない。
「じゃあ、用意してもらってもいいか? 本当は、背中にくっつきそうなくらい腹が減ってたんだ」
「……ふふっ、そうか。なら、少し待っているといい」
俺が冗談めかして言うと、千冬姉は嬉しそうにキッチンスペースへ入って行った。
するとすぐに、湯気の立った皿とレンゲを持ってきてくれた。
おぉ、卵が溶かしたシンプルなおかゆだ……見た目は普通においしそうだぞ。
「すげーよ、千冬姉。うまそうだよ!」
「そ、そうか? 束に聞きながら作ったからな……味の方もうまくいってればいいんだが……」
そう言いながら、千冬姉はレンゲでおかゆを掬って、息を吹きかけ熱を冷ましている。
……あれ? これって……
「ほら、一夏、口を開けろ」
「……いや、千冬姉。俺 別に風邪とか引いてるわけじゃないんだけど」
「ふふ、いいだろう? 私にも少しくらい役得があっても」
これが何の役得になるんだろうか。
恥ずかしがってる俺の顔を見ることか?
くっ、まさかやられる側に回るなんて思ってもみなかった……こんなの普通じゃ考えられないッ!
と、思いつつも素直に口を開く。
「ん、むぐ……」
「………どうだ?」
んー、若干芯が残ってたり、塩をかけすぎな感じもするけど普通に食べられる。
「うん、まあちょっと塩が多いけど、大丈夫だぞ」
「……そこはお世辞でもおいしいと言うところじゃないのか?」
「お世辞なんて言ったら、千冬姉怒るだろ?」
「フ、まあ、そうだな」
などと、そんな多愛のない話をしながら、千冬姉の作ってくれたおかゆを食べるのであった。
……まあ、最初から最後まで食べさせられた事は恥ずかしいので忘れたい。
~ その頃のキッチン ~
楽しそうな織斑姉弟の会話が聞こえる中、私 山田真耶は……
「うぅ……しくしく、ひんひん……」
大量に積み上がった包丁などの調理器具と、焦げ付いてしまった鍋を必死に洗っている。
急に織斑先生のお部屋に呼ばれたと思ったら、キッチンの片付けをやらされるなんて……というか、なんでおかゆを作るのに包丁とかフライパンとか使ってるんですか……?
「あぁ、山田先生。ついでにごみも捨ててきてくれ」
「うぅ…分かりましたぁ……」
何で私ばっかりこんな目にぃ……やり直しを要求しますーーー!!
読了感謝です。
ウチのラウラはマイルド仕様でござい。
山田先生が一夏の試験時に負けたのは、千冬姉によるプレッシャーによる極度の緊張状態を強いられたため。不憫な……
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