俺の千冬姉がこんなに可愛いはずが……あった   作:pluet

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第8話

 クラス対抗戦(リーグマッチ)。

 私は前回と同じく、織斑先生たちと管制室で試合を見守っていた。

 ……何故か余計な奴も付いて来ていたが。

 

「あら、一夏さんの勇姿を見るなら会場で見るより、こちらの方がいいに決まっているではありませんか。

特等席を独り占めなんてずるいですわ」

「ぐっ、なぜ声をかけられた時にうまくきり返せなかったのだ……!」

「あのぅ……そもそも、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけどぉ……聞いてます?」

 

 山田先生が何か言ってるが気にしない。

 そも、関係者というのなら一夏の幼馴染である私が関係者でなくて、誰が関係者になるというのだ。まったく。

 

 それはさておき、試合の状況はと言うと完全に一夏が劣勢である。

 顔にも余裕がないし、鳳の衝撃砲を避けるので手一杯といった感じだ。

 むぅ、軟弱な。攻めなければ、そのまま負けてしまうと言うのに……。

 

「それにしても一夏さん、ますます回避に磨きがかかってますわね。まだ、ISに触れてから二月と経っていらっしゃらないのに……」

「まぁ、あの訓練ならば納得いくがな……」

「……そうですわね」

 

 織斑先生の訓練はボロボロになってからが本番、とでも言うかのように只管(ひたすら)扱かれるのである。

 それが終わった頃には、大抵一夏はアリーナで虫の息になっていたりする。

 

 いくらなんでもやりすぎでしょう! とセシリアと詰め寄った事もあるのだが「私の方針に口を出すな。それに、私が何からナニまで面倒を見ているのだから問題ない」と言い切られて口をつむぐしかなかった。

 その時の事を思い出して、無意識に織斑先生の事を恨みがましく見てしまっていた。

 それはセシリアも同じだったようで……

 空気を切り裂き、薙ぎ払われた出席簿。渇いた音が私とセシリアの頭から響く。

 

「……何か言いたいことでもあるのか?」

『なんでもありません!』

 

 ひりひりする頭を抑えながら、瞬時に答える。

 最近、叩かれる頻度が一夏より増えてきたような気がする。

 というか、後ろに目でも付いてるんだろうか。さっきまでモニターを真剣に見ていたと言うのに……

 

 そんな事をやっている間に、一夏は勝負に出るようだった。

 短い口上。しかし、その覇気と真剣な眼差しは画面越しの私も顔が赤くなるほど……そのっ、か、格好良かった。

 普段は見せてくれないその表情……どうせなら私だけに見せてくれればと、心を温かくするような甘い想いが()ぎったその刹那、視界に3つの異なる軌跡が煌いた。

 視認すると同時に、速くそれでいて重い打撃が私の頭に打ち付けられていた。

 

「3人揃って同じような思考を……私の前でいい度胸だ」

 

 不機嫌な様子を隠そうともせずに、織斑先生が告げる。

 私とセシリアはともかく、山田先生も同じ事を考えていたのか織斑先生の強烈な一撃を叩き込まれて、最早涙目である。

 一瞬で3つの斬撃……彼女の剣は篠ノ之流を超えたナニカに昇華されているようだ。

 

 織斑先生以外が頭を抑えて蹲っている……そんな実にシュールな状況の中、突如 上空からアリーナの遮断シールドを貫く閃光が奔り、施設全体を揺るがす衝撃と爆音が響き渡った。

 鳴り響くアラート。管制室の空気が一変した。

 

「な、何が起こったんですの!?」

「システム破損ッ! 何かがアリーナの遮断システムを貫通してきました!」

「織斑! 鳳! 試合中止だ!! 直ちに退避しろ! 山田先生、すぐに観客席の隔壁を閉じてください!」

「は、はいっ!」

 

 モニターには所属不明のISが出現と表示されているが、アリーナのステージは炎上し黒煙が立ち上っているため、その姿はこちらからは確認できていない。

 しかし、次の瞬間。その黒煙を切り裂き、一夏たち目掛け熱線が放たれた。

 鳳が何やら一夏と言い合っていて反応が遅れ、あわや直撃するかと思われたが一夏が横抱きに掻っ攫うことで回避した。

 ドサクサに紛れて何をやっているのだっ!?

 

「一夏ぁッ!? ええいっ、くっつき過ぎだっ! ……ッ……ど、どうやら無事のようだな!」

「なぁっ!? そんな、鳳さんったらなんて羨ま……ッ……こほん。なんて威力……私のレーザーライフルの比じゃないですわね」

「おそらく先ほどのアリーナの遮断システムを貫通した物と同種ですね……。多少 威力は落としてあるみたいですが……って、そんなことより織斑君、鳳さんッ! 早くアリーナから脱出してくださいッ!」

 

 あんなものが当たれば、確実にISの絶対防御を貫く。操縦者もただでは済まない。

 しかし、一夏は山田先生の指示に従わず観客席にいた生徒達が避難するまで食い止めると言う。

 確かに、ISの絶対防御を上回るシールドである遮断システムを貫くビーム砲撃を放つ相手だ。その攻撃が観客席の生徒へと放たれない保障はない。

 

「先生、わたくしが救援に向かいますわ。ISの使用許可を!」

「ダメです。オルコットさんの主武装 ブルー・ティアーズは一対多向きです。他の救援部隊の人と連携すらとれない状況下では、逆に戦力の低下になりかねませんっ」

「しかしっ」

「それに、これを見てください。遮断シールドがレベル4に設定されてる上に全ての扉にロックが掛かっています」

 

 先生が見詰めるモニターに表示される警告と隔壁閉鎖の文字。

 これでは救援どころか、生徒の避難もできない。

 そんな……それでは一夏達の撤退どころか救援もできないではないかッ!?

 

「なっ!? まさか……あのISの仕業ですの?! で、でしたら政府に救援要請をッ」

「既に要請しました。でも、こちらのシステムをハックできるISですから、外部への通信は妨害されてる可能性がありますね。

今、二年生、三年生の精鋭に生徒達の救出と遮断シールドのシステムクラックを要請しました。私の方でも試みていますので、解除され次第、部隊を突入させます」

「……」

 

 不謹慎な上に失礼な話だが、山田先生は優秀なのだな。

 セシリアに答えつつ、せわしなくキーボードを叩きクラックとやらをしているのだろう。

 真剣な眼差しで事態に当たるその姿からはやまやとか、マヤマヤとか呼ばれて弄られてる人と同一人物なのかと思ってしまうほどだ。

 

 このように先生は最善を尽くしているが、事態は好転の兆しを見せない。

 一夏と鳳が正体不明機に果敢に向かっていくも、相手の機動や高火力に圧されてしまっている。

 

「くっ、結局 待つことしかできないのですか……!」

「……っ」

 

 セシリアが口惜しげに言う。

 

 本当に何もできないのか……?

 私にも、私にだって何かできることが……!

 

 居ても立ってもいられず、気が付けば私は走り出していた。

 せめて声だけでも伝えられる場所は……!

 

 その時、私も随分と焦っていたのだろう。

 管制室に居るはずの人が居なくなっている事に気が付く事ができなかったのだから。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 試合に乱入してきた、深い灰色をした全身装甲(フル・スキン)の正体不明のISと対峙する俺達の口から漏れるのは文句ばかりだった。

 

「ああああッ! もうっ、何なのよ! このバ火力とアホほど硬い装甲は!? 龍咆も全然効いてないじゃないッ!? ちったぁ、身じろぐぐらいしなさいよ!」

「全くだ! しかもあの図体で機敏に動くとかッ!!」

 

 見た目の重厚さに見合った装甲。鈴の衝撃砲をその身に受けてもまるで堪えた様子もない。

 近接戦を仕掛ければ、その長い腕を活かしてのダブルラリアットを放ってくる。

 迂闊に喰らえばアリーナの壁に叩きつけられてしまうだろう。

 ……さらに、追撃にビーム砲撃まで付いてくる。

 

 そのビームや高速回転する腕を回避しながら、鈴が衝撃砲を撃ち、俺が雪片で斬りつける。そして、すぐに距離をとる。

 さっきからこの繰り返しだが、全身に付いた馬鹿みたいな出力のスラスターで無茶苦茶な回避をしやがる。

 俺の瞬時加速なんて目じゃないほどのGが掛かってるはずなんだが、平然とそのまま反撃してくる。

 

「――ッ、一夏ァ!」

「―――ォオオオッ!」

 

 鈴の衝撃砲で足を止めたところを狙い、背後からの一閃。

 ―――が、またもスラスターにより無理矢理回避される。

 ちぃっ、ホントに人間が乗ってんのかよ! いくらなんでも、今のはありえないだろ……!

 ハイパーセンサーがあるとはいえ、今のタイミングでの回避なんて……

 

 それに、さっきからどうにも不自然な行動が目に付く。

 息を整えつつ、隣まで来ていた鈴に声をかける。

 

「鈴」

「何? 無駄口叩く暇があったら、あのビームを黙らせなさいよ」

「あいつの動き……変だと思わないか?」

「変? そりゃ、あんな化物スラスターが付いてるんだから意味分かんないぐらいに変な回避してるけど……」  

「あぁ、あんな機動を連続して何回もするなんて“人間業”じゃない」

 

 俺が言った言葉に、鈴が眉をひそめる。

 

「……ちょっと、何が言いたいのよ?」

「あいつ、本当に誰か操縦してるのか?」

 

 白式に映し出される鈴の表情に動揺が走った。

 敵の方を睨みつけたまま、話を続ける。

 

「何バカな事を言ってるのよ。ISは人無しじゃ絶対動かせない……そういう物なのよ?」

「分かってるさ。でも、それにしてはあいつの行動が機械染みちゃいないか?」

 

 接近する時はフェイントや旋廻などせずに、俺たちに向けて一直線に向かってくる。

 まるで、そうとしかプログラムされておらず他の行動が取れないみたいに。

 まだ割り出しきれていないけど、いままでの攻撃にしても一定のパターンがある。

 それに、こうやって俺達が会話してる間は自分から積極的に仕掛けてくる事はしてこない……まるでこちらの話に興味を持ってるみたいに。あるいは、データでも収集しているかのように。

 

 いくらか疑問点を鈴に伝える。

 少しの逡巡の後、鈴が尋ねてきた。

 

「もし、もしもよ? 仮にアイツが人が操縦してない無人機だとしてそれで勝てるっていうの? 攻撃が当たらない上に、ダメージが入らないってことには変わりはないのよ?」

「相手が無人機なら全力でこの零落百夜を使ってもいいからな、やれるさ。それに今度は絶対に当てる」

 

 今まで手加減していた、なんて事はないんだが、この雪片弐型――いや零落百夜の威力は高すぎる。

 対人戦の場合、どうしても躊躇が生まれる。だけど、無人機相手なら最悪の想定をせずに済む。

 それにさっきから鈴の衝撃砲はほとんど回避しないにも拘らず、俺の攻撃だけは必ず回避している。

 俺の技量の差もあるんだろうが、零落白夜を警戒してると見て間違いないだろう。

 どうやって、白式のワンオフ・アビリティーの情報を掴んだかまでは分からないが。

 

「そ、分かったわ。じゃあ、アレが無人機と仮定して攻めましょうか。……で、私はどうしたらいいの?」 

「あぁ、俺が合図したらその衝撃砲を全力で放ってくれ……俺に」

「……あ、アンタってそういう趣味だったの!?」

「ばっ!? ち、違うッ! その衝撃砲のエネルギーを瞬時加速に回すんだよッ!!」

 

 瞬時加速の速度は使用エネルギーに比例する。

 残り少ないシールドエネルギーは零落白夜に回さなきゃならないし、鈴の衝撃砲のエネルギーを使えるなら今までの比じゃない速度になる。それなら、いくらあいつのスラスターでも回避できない、はず。

 理論上は、このエネルギー転換は可能だって、瞬時加速について教えてもらった時に千冬姉が話していた。

 難易度は跳ね上がるけど。

 

 鈴もその事を知っているようで、心配そうにこちらを見てくる。

 

「でも、それってかなりの高等技術よ。……一夏にできるの?」

「あぁ、伊達に千冬姉の弟やってないって事見せてやるよ」

「……またそうやって千冬さんを引き合いに出すし」

 

 大きく溜息は付きつつ、何かをぼやいたみたいだけどよく聞こえなかった。

 

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわよッ! いいわ、やってやろうじゃないッ!! もし失敗したら駅前のファミレスで奢ってもらうからねッ!」

「あそこ潰れたけどな」

 

 なんていつものように軽口をたたく。ま、何にしてもやる事は決まった。

 後は実行するだけだ、と覚悟を決めて突撃体制を取った俺の耳に飛び込んできたのは、聞こえてくるはずのない箒の怒声だった。

 

 

「一夏ぁッ!! 男ならその程度の敵を倒せないでなんとするのだッ!!!」

 

 

 キィンとハウリングが響く。

 アリーナのスピーカーを通して聞こえてるらしい。

 慌ててハイパーセンサーを駆使して中継室の方を見てみると、無残に斬り裂かれたドアと倒れ伏す審判とナレーターの姿が。

 どちらもピクリとも動いていない。

 

 

((……や、殺(や)りやがったぁーーーーーッ!?))

 

 

 俺と鈴の脳裏に『IS学園生 2名を斬殺』という朝刊の見出しが浮かぶ。

 

「な、何やってんだ馬鹿ッ! すぐに救急車……いや、警察を呼べッ!?」

「は? 何を言ってるんだ、お前は……というか、馬鹿とは何だ馬鹿とは!?」

「いいから、自首しろ……初犯だし自首すればきっと執行猶予だって付く!!」

「まさか、こんな形で敵がいなくなるなんてね。……アンタはいいライバルだったわ」

「だから何の話だっ!?」

 

 お前の足元に転がってる人達の事だよッ!?

 そんな風に真昼に起こった大惨事を見てぎゃあぎゃあ言ってる俺達を他所に、例のアンノウンは箒に向けて照準を合わせていたのであった。

 

「一夏! アレッ!」

「なぁっ!? ちぃ、鈴!」

「分かってる!」

 

 鈴のチャージしていた衝撃砲がスラスターから取り込まれる。

 暴発してしまいそうな、エネルギーの奔流。転換。スラスターへ……!

 爆発的な加速、今まで以上のGに体が軋む。成功を実感する。

 

 だが、このタイミングでは雪片を当てる前に砲撃が放たれてしまう……なら!

 

『一夏ぁッ!?』

 

 アンノウンと箒の間……つまり、ビームの射線上に身体を割り込ませる。

 勿論、瞬時加速の中で反転なんて器用な事はできない。アンノウンに完全に背を向ける形だ。

 

 あの一撃を受ければ無事じゃ済まない……くっ、持ってくれよ、白式!!

 

 

 

 そしてアンノウンから魔弾が放たれ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私の目の黒いうちは、一夏を傷つけることなどさせんッ!!」

 

 

 

 ――――そんな宣言と共に斬り払われた。

 

 

 

「ち、ふゆ姉……?」

「あぁ、私だ。良く頑張ったな」

 

 打鉄を装着した千冬姉が隣までやってきて、がしがしと乱暴に頭をなでてくる。

 ……急展開すぎて思考が追いつかない。

 どういうことだ?

 

「すまないな。本来ならもっと早く来れるはずだったんだが……隔壁が頑丈な上に数が多くてな」

「ま、まさか……ピットからここまでの降りてた隔壁 全部壊したのか?」

「そうだ。まあ、私とお前の間を邪魔しようとしたモノの末路だといい見せしめにもなったのだ。何の問題もない」

 

 言ってる意味は分からんが、怖いぞ千冬姉。

 

「さて、お前には鳳を横抱きにした件など訊きたい事が山ほどある……が、まずはあれを片付けてからだ。少し待っていろ、すぐに終わらせる」

 

 そう言うや否や、千冬姉は俺のとは次元が違う錬度の瞬時加速でアンノウンに向かって行った。

 

「私の一夏が世話になったようだな。貴様がどのような目的で襲撃したか知らないが……一夏を傷つけた貴様は、私の敵だ。早々に消え失せろ」

 

 目の前でアンノウンが千冬姉の手によってスクラップにされていっている。

 二人掛りであんなに苦労してた俺達の立場がないんだが……。

 

「仕方ないわよ……千冬さんだもの」

「何という説得力……」

「っていうか、あんなにしていいのかしら? 解析とかしなきゃいけないんじゃないの?」

 

 もう遅いだろ。

 あーあ、叩き落とされた。

 交戦から5分と経ってない、か……

 

 ……は、はは、ホントにすげぇったらありゃしねーよ。

 

「…………」

「? どしたの、一夏……そんな難しい顔しちゃって」

「……いや、なんでもないさ」

 

 ただ本当に立場がないな、と思っただけ。

 ISを使えるようになって……今度こそ千冬姉を護れるって、そう思ったのに。

 結局、こうやって千冬姉の後ろで護られてしまってる。

 千冬姉の後ろ姿だけを見るだけの自分が嫌で、変わろうと思ったってのに……っ!

 

 俺がそんな風に悔しさを滲ませている間に、千冬姉がこちらにやってきていた。

 

「一夏、鳳……ご苦労だった。後の処理は我々に任せてゆっくりと休むといい。あぁ、一応 医務室には行っておけよ」

「はい。ほら、行くわよ 一夏!」

「……あぁ」

 

 鈴はいつものように俺を促してくる。

 たぶん、鈴は俺が落ち込んでる事に気付いてるだろう……それに、その理由も。

 “あの時”俺が言った事をまだ覚えてるのかも知れない……

 

 それでも、気付かない振りをしてくれるその不器用な優しさが、今の俺には嬉しかった。

 

 ピットへと戻って行く鈴の後を追おうとしたその時、突然白式のハイパーセンサーが警告を訴える。

 

 ――――敵ISの再機動を確認! ロックされています!

 

 それが表示されると同時に振り返る。

 鈍く光るその機体が足をもがれ、腕も左腕しか残っていない状態でこちらに照準を合わせ、千冬姉ごと俺を狙っていた。

 次の瞬間、放たれる光の奔流。千冬姉は山田先生に指示を出していて、反応が遅れている。

 

 気が付けば俺は瞬時加速を使い、千冬姉を押し飛ばすとその光の中へ飛び込んでいた。

 光で埋め尽くされた視界の中、俺は確かに装甲を斬り裂いた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ―――懐かしい夢を見ている。

 

 

 気が付けば、真っ暗な部屋の中。コンクリートで固められ、部屋全体が冷え切っている。

 そんな中で拘束されて、捕まっていた。

 今日は世界大会の決勝戦……反対する千冬姉に無理を言ってまで応援しに来たのにこの様だった。

 

 ――何とかして脱出しないと。

 そう思い、もがいてみたが拘束は緩むことなく、むしろ余計にワイヤーは手に食い込んで来た。

 痛みに顔が歪む。歯を食いしばり、その痛みを堪えながらもがき続ける。

 手首に血が滲む。ひたりと床に血が滴る。

 

 

 拘束が外れることはなかった。

 

 

 やがて抵抗する事にも疲れ、いつの間にか眠ってしまっていた俺に聞こえてきたのは建物を揺るがす爆音。目が覚めた。

 階下から銃声が聞こえる。いくつかの悲鳴と共にその数は減っていく。

 それから数分後 突然扉が斬り飛ばされて、差し込む光。その先に肩で息をする千冬姉が見えた。

 

 

 あぁ、決勝戦に出られなくなったんだな……直感的に思った。

 ゴメン―――そう謝る前に、抱きつかれた。

 無事で良かった。ただ、そう繰り返す千冬姉は泣いていた。

 いつも気丈に振る舞い、人に弱さなんて見せない。俺の大好きな姉が、たった一人の家族が、泣いていた。

 

 

 ―――その顔が、酷く目に焼きついている。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ふわりと優しい匂いが鼻をくすぐり、意識が浮上する。

 暖かく、柔らかな温もりに頭を預けている。

 

 前にも、こんな事があった気がするな……そんな事を考えながら、薄っすらと目を開ける。

 

「―――起きたか?」

「ちふゆねぇ……?」

「あぁ」

 

 天井と千冬姉の顔が見える。

 ……どうやら千冬姉に膝枕されてるらしい。

 

 ………へっ?

 

「な、何やってんだよ! 千冬姉!!」

「こら、まだ動くな。今の今まで気を失っていたんだぞ。それに別に恥ずかしがる事でもないだろう?

お前が師範に叩きのめされた後はよくこうやっていたじゃないか」

「そりゃあ、そうだけどさ……」

 

 恥ずかしいもんは恥ずかしい。

 しかも何年前の話だよ、それ。

 

 顔が赤くなるのを自覚する。しかし隠すこともできない。

 気恥ずかしさから、千冬姉を見る事ができず目を逸らす。

 そんな俺を見てか、千冬姉は苦笑しているらしかった。

 ……が、すぐに真剣な眼差しで話しかけてきた。

 

「……なぁ、一夏」

「ん?」

「どうして、あのような無茶をした? あの程度の攻撃で私が遅れを取るはずがない事ぐらい分かっていただろう」

「………」

「心配、したんだぞ……っ」

 

 

 震える声でそう告げた千冬姉のその顔が、いつか見た光景と重なった。

 また、その顔をさせてしまった。自分の不甲斐なさに嫌気がする。

 俺はゆっくりと身体を起こす。止めようとする千冬姉を制して、正面から向き合う。

 

 「……俺は、さ。いつも千冬姉に護られてばかりだった。俺たち家族が二人きりになったときも、俺が誘拐されたときも……そして、今回も。だけど、俺だって……千冬姉を護りたいんだ。今まで護られてきた分、今度は俺が守る番なんだって初めて白式を動かした時にそう心に決めた」

 

 俺の独白を千冬姉は口を挟むことなく、耳を傾けている。

 

「だから、あの時千冬姉が危険だと思った時にじっとなんてしてられなかった。あのまま何もしなかったら、俺はきっと後悔してた。例え千冬姉が無事だったとしても、これは俺が自分に誓ったことだから。

でも、結局こうやって心配かけてるんじゃ……意味、ないよな。……本当に、情けねぇよ」

「………ばかもの」

 

 そんな俺の自嘲気味の独白を聞いた千冬姉は俺を抱きしめた。痛いくらいに強く、優しく。

 千冬姉の温もりに包まれる。

 

「お前は分かっていない……私がどれだけ一夏に、お前という存在に護られているかを。救われているのかを」

「千冬姉……」

「一夏、お前の気持ちは嬉しい。だが、無茶だけはしてくれるな……お願いだ。お前がいなくなったら……私は、私は……!」

 

 俺を抱き締めている千冬姉は、いつもとは違いどこか弱々しく見えた。

 小さく震えるその肩を俺は強く抱きしめ、謝る事しかできなかった。

 

 

 強くなろう。

 力だけじゃなく、心も。

 もう千冬姉にこんな悲しい顔をさせないためにも。

 

 そう、改めて決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、ここで綺麗に終われたらよかったんだけどな。

 

「さて、一夏? お前には鳳を横抱きにした件について訊きたい事がある」

「は? いや、あれは緊急事態だったし……」

「うるさい。口答えをするな」

「……ひゃい」

 

 頬つまみ上げられる。

 結構、痛い。

 

「ああいう場合は蹴飛ばして射線上から外せ……いいな? ま、まぁ…あそこに居たのが私の場合のみ許す」

「……」

 

 こんな感じでたっぷり2時間ほど、頬を引っ張られたまま説教(?)を喰らうのであった。

 

 

 




読了感謝です。

これにてクラス対抗戦も終了。
ようやくブラコンっぷりを発揮する千冬姉でした。
箒とセシリアの不憫さが際立ちますねー。

では、誤字脱字などありましたらご報告をいただけるとありがたいです。
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