(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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前作にたくさんの感想ありがとうございます。
とりあえず、序章までということで二話ほど投稿しようと考えています。
もう一話は後日、投稿します。

また、感想の返信が遅れて申し訳ありません。




1話 入学式

 三月三十一日。

 帝都東部の小都市トリスタ。

 白い花が新たな門出を迎える新入生たちを祝福するように出迎える。

 

「ライノの花か……こんなに咲いているのは初めて見たな」

 

 トリスタの駅から街に出たリィンは頭上に咲き乱れる花を見上げ、そのまま視線を巡らせる。

 

「ここで二年間、過ごすことになるのか……居心地の良さそうな街だけど……」

 

 呟き、リィンは居心地が悪そうにため息を吐く。

 同じ新入生たちだろうか、緑と白の制服を着込んだ同年代の少年少女は物珍し気にリィンを振り返る。

 

「…………赤い制服が珍しいんだろうな」

 

 トールズ士官学院において緑は平民を、白は貴族をそれぞれ示している。

 しかし、リィンが着ている制服はそのどちらでもない赤い制服。

 この意味はすでにリィンは知っているのだが、今日初めて見る新入生たちにはまだ知ることのないものだった。

 

「――と」

 

 現実逃避をしながらもリィンは背後に無造作に近付いて来る気配に、道を開けるように身体を動かす。

 

「あ……」

 

 背後から頭上のライノの花に見入っていた歩いてきた少女は目前ですれ違ったリィンと目が合い思わず足を止め、慌てて飛び退いた。

 

「リリリリリ、リィン・シュバルツァーッ! どうしてここに!?」

 

「どうしてって随分とご挨拶だな。試験に合格したからここにいるに決まっているじゃないか。君だってそうだろ?」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 リィンの指摘にアリサはしどろもどろになりながら頷く。

 

「この前はレンの誕生会に来てくれてありがとう……

 それにしても同じ列車に乗っていたんだな。俺は昨日帝都で一泊していたんだけど――」

 

「ご、ごめんなさい。急ぐからあたしは先に行くわ」

 

 世間話を始めたリィンの顔を見ることなくアリサは捲し立てて駆け出して行ってしまった。

 

「…………何か気に障ることでもしたか?」

 

 以前に会った時とはまるで違う反応にリィンは首を傾げる。

 

「ふふ……お嬢様ったら初々しいですわね」

 

 立ち尽くすリィンの背後から女性の声がかかる。振り返るとそこにはメイドがいた。

 

「また貴女ですかシャロンさん」

 

「お久しぶりですリィン様」

 

 シャロンは長いスカートの裾を広げ、恭しく頭を下げる。

 

「何をしにきたんですか――って聞くまでもないですね」

 

 その手の中にあるラインフォルト社製のオーバルビデオカメラを見てリィンは肩を竦める。

 

「程々にしてあげてくださいよ……本当にそういうのは本人からしたら嫌な物なんですから」

 

 とはいえ、リィンもその時のイベントを写真に残しておきたいという親心が分からないわけではない。

 

「ふふ、それは御安心を……

 ところでリィン様、聞いたところによると写真が趣味だと聞いたのですが」

 

「趣味というよりも家族への近況報告に使っていたんですけど、それが何か?」

 

「でしたらこちらを受け取って貰えませんでしょうか?」

 

 そう言って差し出したのは新品の箱に収まったオーバルカメラだった。

 

「ラインフォルト社製の最新機種です。画質よりも持ち回りを優先した小型オーバルカメラ……

 耐衝撃性に優れどんな攻撃でも壊れない――」

 

「ヴァルターの一撃でもですか?」

 

「……耐熱性に優れどんな炎にも耐える――」

 

「マクバーンの黒焔にも耐えるなんて凄いですね」

 

「…………生活防水は当然として、水深50アージュの水圧にも耐えられる最新機種なんです」

 

「そこは普通なんですね」

 

「ともかく、これでリィン様の楽しい学院生活の記録を残してください」

 

「…………アリサの、学院生活ですよね?」

 

「一枚につき、最低50ミラお支払いします。それからできれば使い心地をラインフォルト社にレポートしていただけたら嬉しいです」

 

「本当に相変わらずですね」

 

 リィンは良い空気を吸っているメイドがやはり執行者の一人なのだと改めて実感する。

 

「ふふ、それではわたくしはお嬢様の後を追わせていただきますので失礼します」

 

 シャロンは優雅に一礼して音もなくリィンの目の前から消えた。

 流石の速さだと思うが、その使い方にアリサを思わず同情してしまう。

 

「やれやれ……」

 

 リィンは肩を竦め、受け取った箱からオーバルカメラを取り出してスイッチを入れて、咲き誇るライノの花を撮るのだった。

 

 

 

 

 トリスタ駅の目の前には小さな公園があり、その周辺にはいろいろな店が並んでいた。

 

「一休みにはちょうど良さそうな公園だな……って……」

 

 リィンはそこで日当たりのよいベンチで寝転がる銀髪の女の子を見つけた。

 

「君は……」

 

 見覚えのある女の子にリィンは軽く驚く。

 見れば、彼女も赤い制服を着ていてリィンと同じ新入生だと分かる。

 

「もうすぐ入学式だし、一応声をかけておくか……」

 

 そう考える、クロスベルでようやく知った彼女の名前を呼ぼうと近付くと、フィーは突然勢いよく跳ね起きた。

 

「っ――」

 

 睡眠中に接近してきた不審者にフィーはどこからともなく小型の銃剣を薙ぐ。

 

「こらっ! こんな人の往来がある場所でいきなり武器を抜くな」

 

 首筋を狙った一撃が届くよりも速く、リィンは刃を掴んで彼女の手から銃剣をもぎ取って窘める。

 

「――リィン・シュバルツァー……まさか本当に生きてたなんて」

 

 遅れて攻撃した相手を認識したフィーがいつの間にか奪われた銃剣を睨み、不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「久しぶりだなフィー」

 

 リィンは《影の国》で会った時の事を思い出しながら言葉をかけると、フィーは意外そうに目を丸くする。

 

「わたしのこと、覚えてたの? それにどうして名前を?」

 

 フィーは二年程まえにリベールのボースで戦った時のことを思い出して聞き返す。

 あの時も、その後の《リベールの異変》の時もフィーはリィンに名前を名乗った記憶はない。

 

「ああ、少し前にクロスベルでゼノさんとレオニダスさんの二人に会ってな。そこで聞いたんだ」

 

「ゼノとレオに会った……?」

 

 リィンの答えにフィーの視線の温度が下がる。

 

「フィー……いや、フィーちゃん?」

 

「呼び捨てでいい。それよりわたしの銃を返して」

 

「ここで暴れないって約束できるなら」

 

「ん、約束する」

 

 フィーが頷き、リィンは戦意が消えたことを確認して奪った銃剣を投げ渡す。

 空中でそれを受け取ったフィーは流れるように後ろ腰のホルスターに銃剣を納めると、踵を返す。

 

「そろそろ行かなくちゃ」

 

 公園の時計を一瞥すると、フィーはリィンの存在を無視して駆け出した。

 

「はあ……いったいどんな教育をしていたんですか?」

 

 そんな彼女の態度にため息を吐きながら、リィンは背後の建物に向かって話しかける。

 

「すまんなボン。フィーも悪気があったわけやあらへんから勘弁したってや」

 

「悪気がなければそれで済まされる問題じゃないですよ……俺じゃなかったら大惨事でしたよ」

 

「いや、おそらくお前だということを確認してから斬りかかっていたな」

 

「余計にタチが悪いんですけど、それは」

 

 特徴的な方言の男とドレッドヘアーの巨漢の言葉にリィンは呆れる。

 

「で、《西風の旅団》の貴方達がどうしてここにいるんですか? まさかとは思いますがフィーの入学式を見学に来たなんて言うわけじゃないだろうな?」

 

「ふ……何や分かっとるやないか」

 

「フィーの晴れ姿。団長に代わって見届けなければいけないからな」

 

 自信満々に頷く二人にリィンは呆れた眼差しを向けて、それを教える。

 

「トールズ士官学院は有力貴族の子女も通う学院ですから、部外者の立ち入りはできませんよ……

 父兄として参加するにしても、前もって手続きをしておかないと敷地に入ることさえできないですよ」

 

「何やと!?」

 

「くっ……だがたかが学院のセキュリティなど我ら西風にかかれば――」

 

「貴方達が騒ぎを起こせば、フィーに責任が及びますから自重しろ」

 

 頭を抱える二人に白い目を向けてリィンも踵を返す。

 同じ保護者でもシャロンとは雲泥の違いだとしみじみ思う。

 彼女のことだから来賓の許可証は正規の手順で抜かりなく取っているに違いない。

 

「そうやボン、今からでもボンの親族として口利きして――」

 

「帰れ」

 

 名案を思い付いたと言わんばかりのゼノの提案にリィンは一言で返して、フィーが向かった士官学院への道へ歩を進めた。

 

 

 

 

 七耀教会の前で褐色の肌の長身の男子とすれ違いながら、リィンはトールズ士官学院に続く坂道を登っていると見知った気配を捉えた。

 

「それではラウラ、しっかりと励むが良い」

 

「はい、父上」

 

 青い髪の女子が父親から大きなトランクを受け取って、踵を返すと颯爽と歩き出す。

 

「アルゼイド子爵閣下」

 

 そんな彼女と入れ替わるようにリィンは気配の主に声をかける。

 

「リィン君か。話には聞いていたが、無事に試験を合格できたようだな。入学おめでとう」

 

 声を掛けられた男は振り返って相手の顔を確認するも、その顔が見知ったリィンのものであると分かると破顔し、次いで祝福の言葉を贈る。

 ヴィクター・S・アルゼイド。

 帝国南東部の湖畔の町、レグラムを治めるアルゼイド子爵家の現当主。

 帝国二大剣術の一つ、《アルゼイド流》の伝承者であり、《光の剣匠》と呼ばれる最高峰の実力者。

 

「ラウラの入学を見学に来たんですか?」

 

「ああ、それもあるが、今年はこの士官学院で武術指南をすることになってな」

 

「武術指南ですか……いくらアルゼイド流の伝承者だからといって、レグラムの当主自らがですか?」

 

「何も毎日と言うわけではないさ。こちらの都合が良い日に数度指南にくるだけだ」

 

「なるほど。定期テストや出稽古の一種で、と言うことですか」

 

「そういうことだ……それにしてもリィン君の制服も赤いのだな」

 

「ええ。遠目に見えてましたが、ラウラも赤い制服でしたね」

 

 と、リィンは先に行った彼女の方へと視線を送るとそこには坂道のアーチの柱の影に体を隠し顔半分を出してこちらをジト目で睨んでいる彼女がいた。

 

「えっと……」

 

「くくくっ……」

 

 苦笑するリィンに対して、ヴィクターは珍しい娘の姿に声を殺して笑う。

 顔半分を隠して隠れているつもりなのかもしれないが、傾けた頭から下がるポニーテールの自己主張が激しく全く隠れていない。

 ヴィクターはそんな微笑ましい娘に手を振って見せると、ラウラは慌てた様子で踵を返して駆け出した。

 

「見ての通り不器用な娘でな……まあ仲良くしてやってくれ」

 

「はい。分かっています」

 

「それにしてもリィン君……あの御前試合の日からまた強くなったかな?」

 

 娘の話題を切り上げて、ヴィクターはリィンの姿を品定めするように確認する。

 

「ええ、あれからオーレリア将軍に鍛えられましたから、少しは強くなっていると思います」

 

「それは重畳。できれば入学式の後にでも……と言いたいところだが、それはまた指南の日の楽しみとさせてもらおう」

 

 

 

 

 坂を登り切るとそこには石造りの立派な建物がリィンを出迎えた。

 

「ここがトールズ士官学院……かのドライケルス大帝が設立したとされる学校か」

 

 正門の前には入学を祝う花が供えつけらえれている。

 そして、その前には金髪の少年がリィンを待っていた。

 

「リィンさんっ!」

 

「クリスか……ちゃんと迷子にならずに来れたみたいだな」

 

「子供扱いしないでください。流石に一人で列車くらいは乗れますよ」

 

「はは、そうか……」

 

 憮然として言い返すクリスにリィンは内心で安堵する。

 トールズ入学にあたり、リィンは故郷から直接ではなく、前日は皇宮に呼び出され改めてクリス・レンハイムについて話し合うことになった。

 彼の正体について知っているのは、学院内では学院長と極一部の教官しか知られていない。

 

「それで気付かれなかったのか?」

 

「ええ、自分でも驚いているくらいに誰も僕のことに気付いていませんでした」

 

 いたずらが成功したようにクリスは楽しそうに笑う。

 だが、それも無理もない話だろう。

 ユミルでの特訓を経て、服の上からでも線が細いと分かる体格には厚みを感じさせる逞しさが制服の上からでも見て取れる。

 それに伴い、それまでどこか気弱だった雰囲気も自信が伴った顔つきに代わり、それまでの彼とは異なった印象を与えている。

 これなら例え、社交界で顔を合わせた相手であっても《暗示》でサポートする必要はないかもしれない。

 

「ん……?」

 

 そこでリィンは後ろを振り返ると、坂道を登ってきた導力車がクラクションを鳴らした。

 リィンとクリスは道を開けると、導力車は二人の前を通り過ぎて校門の前に止まる。

 運転手が導力車から降りて、恭しく後部座席のドアを開く。

 

「――お疲れ様です。士官学院に到着しました」

 

「ご苦労」

 

 クリスとは質の異なる金髪の男子が革張りのケースを携えて導力車から降りる。

 

「お荷物、お持ちいたします」

 

「無用だ。悪目立ちするつもりはない」

 

「で、ですが――」

 

「無用と言っている。後は適当に休憩してからバリアハートに戻るが良い」

 

「は、それでは失礼いたします。佳き学院生活を……お体にはお気を付けください」

 

「ああ」

 

 金髪の男子は頷いて踵を返す。

 

「ユーシス」

 

 そんな彼にリィンは手を振って声を掛けた。

 

「…………ふん……」

 

 ユーシスはリィンを一瞥すると殊更無視するように鼻を鳴らして正門をくぐって行ってしまった。

 

「あれ……?」

 

「今のはユーシスさんでしたよね? リィンさんも会ったことがあるんですか?」

 

「ああ、御前試合の時に控え室でな……その時は普通に受け答えしてくれたんだけど」

 

「何かあったんですかね? でも一番僕のことに気付きそうなユーシスさんがあの様子なら安心ですね」

 

「こら、そういう油断をすると足元を掬われることになるんだぞ」

 

 調子に乗るクリスをたしなめ、ユーシスの反応に首を傾げながらもリィンはクリスを促す。

 

「俺達も行くか、のんびりし過ぎて入学式に遅刻するわけにはいかないからな」

 

「はいっ!」

 

 二人は正門を潜る。

 

「ご入学、おめでとーございます!」

 

 腕章をつけた小柄な少女と太ったツナギ服の青年がリィン達に近付いて来る。

 

「うんうん、君たちが最後みたいだね。リィン・シュバルツァー君とクリス・レンハイム君――でいいんだよね?」

 

「え……はい。そうだけど……君はいったい……?」

 

 飛び級をしているクリスよりも年下にしか見えない小柄な女の子に名前を呼ばれてクリスは戸惑うが、リィンがすかさずに応えた。

 

「はい。初めまして先輩。もしかして貴女が生徒会長のトワ・ハーシェルさんですか?」

 

「え……うん、そうだけど……えへへ、聞いたジョルジュ君、初めて先輩って言われちゃった」

 

「良かったね。それよりも早く仕事をしよう……

 それが申請した品かい? いったん預からせてもらうよ」

 

「はい。案内書にあった通りですね」

 

 リィンは頷き、肩に掛けていた刀袋を下ろす。

 が、自分の前に立ったトワに思わず顔をしかめた。

 

「ん? どうかした?」

 

「いえ、ちょっと重い得物なのでそちらの人に持ってもらった方が良いと思うんですけど」

 

 リィンはクリスが持っていたケースを受け取る青年を指す。

 

「むっ……わたしはこれでも先輩なんだよ! それにリィン君達よりも一年早く入学してちゃんと鍛えているんだから少しくらい重い武器も――」

 

 トワは先輩風を吹かせてリィンの手から強引に刀袋を受け取ると、そのまま落とした。

 

「え……?」

 

「あ……大丈夫ですか? 怪我はしていませんか?」

 

「う、うん……大丈夫だけど、ごめんね落としちゃってすぐに拾うから」

 

 何が起きたのか今一つ理解できなかったトワは慌てて落としてしまった刀袋を掴む。

 

「ん~~!」

 

 頬を膨らませ、顔を真っ赤にしてトワはそれを持ち上げようとするが刀袋はわずかに持ち上がるだけだった。

 

「無理しないでください」

 

 かわいらしく頑張ってる姿を応援したくもなるが、リィンはトワの手から軽々と刀袋を取り上げる。

 

「あ……」

 

「ちょっと特殊な得物なんです。決して持てないことはおかしなことではないですから、気にしなくて良いですよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 トワは肩を落としてしょんぼりすると、詫びる様に小さく頭を下げる。

 

「それで貴方に預かってもらって良いですか?」

 

「落ちた音から察するにかなりの重さみたいだね」

 

 リィンは刀袋をしっかりと青年が両手でしっかりと掴んだのを確認して手を放す――のを不意に止めた。

 

「…………以前、どこかで会ったことがありませんか?」

 

「え、僕に? 君みたいな有名人に会った覚えはないんだけど」

 

「……そうですか」

 

 青年の答えに腑に落ちないものを感じながら、刀袋から手を放す。

 

「っ――アルゼイドの大剣くらいの重さがあるね。それにこの感触は太刀かな? それにもしかして二本入っているのかな?」

 

「ええ、片方は普通の重さですが、もう片方が特別製なんですけど……大丈夫ですか?」

 

「うん、運ぶくらいはできるから安心して良いよ……

 ちゃんと後で返されると思うから、心配しないでくれ」

 

「入学式はあちらの講堂であるからこのまま真っ直ぐどうぞ……あ、そうそう――」

 

 トワは佇まいを直して改めてそれを言う。

 

「《トールズ士官学院》へようこそ!」

 

「入学おめでとう、充実した二年間になるといいな」

 

「ありがとうございます」

 

「これからよろしくお願いします。先輩方」

 

 二人に改めて歓迎の言葉で迎えられ、リィンとクリスはトールズ士官学院に踏み入った。

 

 

 

 入学式は滞りなく進む。

 壇上に立つ、ヴァンダイクの祝辞が進んでいくのだが、士官学院という割には学院長の言葉に集中している者は少ない。

 それもそのはず、壇上では学院長が話をしているが、脇にはヴァンダイク元帥の名に劣らない錚々たる顔ぶれが並んでいた。

 《リベールの異変》から政界へと顔を出すようになったトールズ士官学院の理事長のオリヴァルト・ライゼ・アルノール。

  四大名門、アルバレア公爵家の嫡子であり、常任理事の一人であるルーファス・アルバレア。

 そして帝国で知らない者はいない《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド。

 彼らの存在は否が応でも新入生の注目を集めていた。

 

「――最後に君たちに一つの言葉を贈らせてもらおう」

 

 その一言、特に口調を変えたわけではない言葉に新入生たちは自然と散漫にしていた意識を引き付けられる。

 

「『若者よ――世の礎たれ』……

 “世”という言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手掛かりにして欲しい……

 ワシの方からは以上である」

 

 締めくくられた言葉を合図に講堂に拍手が鳴り響く。

 

「『世の礎たれ』か……」

 

「クリスにとっては今さらな言葉か?」

 

「ええ、よく聞かされていたドライケルス大帝のお言葉です」

 

「さすがは《獅子心皇帝》と言うべきか。単なるスパルタなんかよりも遥かに難しい目標だな」

 

「そうですか? すでにリィンさんは《英雄》なのに」

 

「クリス、別に俺はそんな大層な人間じゃないんだけどな」

 

 クリスの言葉にリィンは苦笑を浮かべる。

 

「――以上で《トールズ士官学院》、第215回入学式を終了します……

 以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上――解散!」

 

 壇上に上がったハインリッヒ教頭の言葉に、席に座っていた緑と白の制服の新入生たちは次々に立ち上がって講堂から出ていく。

 リィンとクリスを始めとする深紅の制服を着た学生たちだけがその場に取り残される形になる。

 

「とうとう始まるのか……」

 

「そんなに気を張るな」

 

 身震いするクリスの背をリィンは叩く。

 

「で、でも……」

 

「これから二年間、ずっと肩肘を張って生活するつもりか?

 そんなのは疲れるだけだし、もう賽は投げたんだ。いっそ思う存分この学院生活を楽しむと良い」

 

「リィンさん……」

 

「そうだな……まずは俺を呼び捨てにすることから始めてみるんだな」

 

「そんな畏れ多い」

 

「それはこっちの台詞なんだが……遠慮するな、これから同じクラスメイトになるんだから」

 

「い、いえ……やはり年上ですからリィンさんと呼ばせてください」

 

「そうか……まあいつでも気が向いたら呼び捨てにしてくれ」

 

 ため息を吐いてリィンが視線を巡らせると、講堂から出ていくオリヴァルトと目が合った。

 オリヴァルトは式中の真面目な顔を崩し、親指を立てて拳をリィンに向けて良い笑顔を残して去って行った。

 

「はいはーい。赤い制服の子たちは注目~!」

 

 声と共にリィン達の前に女の教官が立つ。

 

「サラさん。本当に教官になっていたんですね」

 

「リィン君は久しぶりね。ま、積もる話は後にしましょう」

 

 元遊撃士のサラは軽くリィンと再会を喜ぶと、残った十人の生徒を見渡した。

 

「どうやらクラスが分からなくって戸惑っているみたいね……

 実は、ちょっと事情があってね。君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」

 

 サラに促されてリィン達は講堂を後にして、校舎には入らずそのまま外をぐるりと歩く。

 辿り着いたのは綺麗な本校舎の裏手にある古びた旧校舎。

 

「~~~~♪」

 

 サラは鼻歌を歌いながら、扉を開いて中に入っていく。

 

「いかにも出そうな建物ですね……ってどうかしましたか?」

 

「いや……何でもない」

 

 ここに辿り着くまでに感じた引き合う引力のような感覚にリィンはここに《アレ》があるのだと察する。

 

「ん……?」

 

 他の生徒たちが校舎へと入っていく中でリィンは視線を感じて振り返る。

 旧校舎を見下ろせる丘の上には黒いツナギを着た女性と銀髪の青年が立っていた。

 

「…………アンゼリカさん?」

 

 見覚えのある女性にリィンはその場から一礼して、旧校舎へと入っていった。

 サラが壇上に上がり、その下に他の生徒たちが集まっていく。

 

「クリス……」

 

「はい。分かっています……

 『漫然と眺めるな。状況そのものを俯瞰しろ。その上で、そこにある要素を瞬間的に掴み取っておく』ですよね」

 

「分かっているならいい」

 

 クリスの答えに満足し、リィンは彼の隣。他の八人からは数歩離れた場所からサラの事を見上げる。

 

「む……まあいいか……

 あたしはサラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」

 

「《Ⅶ組》?」

 

「あ、あの……サラ教官?

 この学院の1学年のクラス数は身分や出自に応じて分けた五つだったと記憶していますが」

 

 眼鏡の女子が恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「お、さすが首席入学。よく調べているじゃない……

 そう、五つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。――あくまで“去年”まではね」

 

「え……?」

 

「今年からもう一つのクラスが新たに立ち上げられたのよね~。すなわち君たち――身分に関係なく選ばれた特化クラス《Ⅶ組》が」

 

「身分に関係ない……って言われてもな」

 

 サラの言葉に一同は驚きを示しているが、リィンとしては集まった少年少女たちが全くの無作為に選ばれたとは到底思えない。

 身分を偽っているクリスは別にして。

 貴族としては四大名門のユーシス・アルバレア。強い影響力を持っている家であるラウラ・S・アルゼイド。

 平民としては帝都知事の息子のマキアス・レーグニッツ。第四機甲師団、師団長の息子であるエリオット・クレイグに、帝国最大の重工業会社の令嬢であるアリサ・ラインフォルト。

 さらには元猟兵のフィー・クラウゼル。

 他の眼鏡の女子と異国風の男子はリィンは知らないが、どれも男爵家など比ではない影響力を持つ子女達ばかりだった。

 

「――冗談じゃない! 身分に関係ない!? そんな話聞いてませんよ!?」

 

 と、サラの言葉に眼鏡をかけた男子が激昂した。

 

「えっと、たしか君は――」

 

「マキアス・レーグニッツです!

 それよりもサラ教官! 自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けと言うんですか!?」

 

 まるで一緒の空気を吸うのも嫌だと言わんばかりの態度にリィンは眉を顰める。

 

「落ち着けレーグニッツ。それをこれから説明してくれるんだろ?

 そんなに噛みついたらサラ教官が説明をできないだろ」

 

「っ――裏口入学の卑怯者が偉そうなことを言うなっ!」

 

 落ち着かせようとしたリィンにマキアスは怒鳴り返す。

 

「裏口入学って……そんなこと俺はしてないんだけどな」

 

「ふん! 口先だけではどうとでも言える。年末に生還したと報道された君がこの学院の生徒になっているのが何よりの証拠だ。これだから貴族は」

 

 吐き捨てた侮蔑に、リィンは確かにそんな見方もあると納得してしまう。

 

「オリヴァルト皇子にうまく取り入ったからって、誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ! いいか、僕は絶対に――」

 

「はいはい、そこまで」

 

 サラが手を叩いてマキアスの言葉を遮る。

 

「色々あるとは思うけど文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしね……

 リィン君――いえ、リィン。それからクリス、もうちょっとこっちに寄りなさい」

 

 手招きをするサラにリィンはため息を吐き、迷いを見せるクリスを促して境界線を踏み越える。

 

「それじゃあさっそく始めましょうか♪」

 

 そしてサラは柱のスイッチを押す。

 

「みんな、足元に気を付けろ!」

 

「え――」

 

 フィーとクリスは素早くリィンの言葉に反応して傾いた床に這い、石畳の合間の窪みに指を掛けて体を支える。

 

「なっ!?」

 

「うわわっ……」

 

 他の面々は忠告も虚しく突然傾いた足場に驚いて滑り落ちていく。

 

「きゃあっ……!?」

 

 その中で忠告に半端に反応してしまったアリサが大きく態勢を崩す。しかし――

 

「よっと……」

 

 傾いた床を軽く蹴ってリィンはアリサの下に近付き、頭から下へ倒れそうになった彼女を抱きかかえて、しゃがんで傾いた床にバランスをとって立つ。

 

「大丈夫か?」

 

「な……な……な……」

 

 お姫様だっこで抱きかかえられたアリサは目の前に迫ったリィンの顔に狼狽する。

 

「ちょっとあんた達、通用するとは思ってなかったけど一緒に落ちなさい。オリエンテーリングにならないでしょ」

 

「それは良いですけど、いきなり過ぎるんじゃないですかサラ教官? 誰がどれだけ動けるのか知らないでこんなトラップはやり過ぎです」

 

「仮にも士官志望が何甘い事言っているのよ。それに下にはちゃんとクッションを用意してあるから安心しなさい」

 

「確かにそうかも――」

 

「い――いやっ!」

 

「んがっ!」

 

 言葉の途中、腕の中で顔を真っ赤に染めたアリサがメイド直伝の掌底でリィンの下顎をかち上げた。

 助けた相手からの突然の攻撃など完全に想定外だったリィンはもろにその一撃を食らいバランスを崩し――

 

「え……あ……きゃああっ!」

 

 アリサを抱えたまま転がるように落ちていくのだった。

 

「うわ……」

 

「リ、リィンさん!?」

 

 そんな二人にフィーは呆れた眼差しで見送り、クリスは支えていた手足を放して二人の後を追う。

 

「ほら、フィー。あんたも行って来なさい」

 

「はあ……メンドクサイな」

 

 気怠いため息を吐き、フィーは観念して床から身を放すのだった。

 

 

 




ちょっと補足説明

クロスベルから帰宅直後
イリーナ
「アリサ、貴女ちゃんとリィン君にあの時の御礼を言ったの?」

アリサ
「あの時の御礼? 何のこと母様?」

イリーナ
「昔、ユミルに旅行に行って貴女が迷子になった時のことよ。あの時、貴女を見つけて連れて来てくれたのがリィン君だったのだけど覚えてないの?」

アリサ
「………………え?」

シャロン
「まあっ!」
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