(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「シャロンさん、少し良いですか?」
混乱していたアリサの話を聞いて、宥め、部屋に送って寝かしつけたリィンはそのまま学生寮一階の管理人室に足を向けた。
「リィン様? どうぞ鍵は開いております」
許可を得てリィンは部屋に入る。
「どうしましたかリィン様、こんな遅くに?
いえ、皆まで言わなくても分かりました。つまり避妊のための薬か道具をご所望なのですね?」
「シャロンさん……」
妙にテンションを上げたシャロンはしたりと頷き、リィンに小さな小包を差し出した。
「何ですかこれ?」
「それを私の口から言わせるだなんて……」
顔を赤らめて言葉を濁すシャロンにリィンは首を傾げる。
「そんなことよりシャロンさん。アリサの話、聞いていましたよね?」
「……何のことでしょう? このシャロン、お嬢様のプライベートを無暗に盗聴する趣味はありませんが」
笑顔を顔に張り付けていつもと変わらない様子でシャロンは答える。
「戯言に付き合うつもりはありません……
単刀直入に聞きます。アリサのお父さんフランツ・ラインフォルトを殺したのはシャロンさんですね」
臆面もなく真っ直ぐに尋ねてきたリィンにシャロンは笑顔を顔に張り付けたまま固まる。
「何故、そのような結論に至ったのですか?」
「《結社》の執行者である貴女が何故ラインフォルトのメイドをしているのか……
今回アリサが思い出したことと照らし合わせてみれば自ずと繋がる答えです」
もしかしたらラインフォルトと《結社》が繋がっている可能性もあるが今はそれは置いておく。
「とりあえずアリサが思い出したことは、当時フランツさんの誕生日プレゼントを渡すために彼の研究室へ行ったこと……
そこでフランツさんが誰かと争っていて、アリサに逃げろと叫んだこと……
誰と争っていたかまでは思い出せていないようですが、フランツさんと入れ替わるようにシャロンさんはラインフォルト家で働くようになったんですよね?」
「…………お見事です」
シャロンは肩を竦ませてリィンの考えを肯定する。
「そうです。リィン様が推理された通り、私がフランツ様を殺めました……ですから私は――」
「ヨシュアさんみたいにアリサの前からいなくなると言うのなら、やめてください」
「っ――!?」
「シャロンさんはヨシュアさんと似ているところがありますから一応釘を刺しておこうかと思って……
あの時のエステルさんは本当に見ていられなくて、アリサにも同じことをするつもりですか?」
「ですがそれは私にとって譲れない一線なのです」
「そのためにアリサを傷付けても良いと?
その傷痕に付け込まれて悪い男に引っかかっても貴女は構わないと言うんですか?」
「それは……リィン様がフォローしてくれますよね?」
「生い先の短い俺ができることなんてたかが知れていますよ。何よりアリサは俺を嫌っているんですから反発が目に見えています」
「アリサお嬢様の嫌いは、嫌よ嫌よも好きの内によるものですわ」
「天邪鬼なのは認めますけど、俺だって忙しいんです」
「そんなっ! リィン様はお嬢様と仕事、どちらが大切だと言うんですか!?」
「どうしてそうなるんですか?」
油断すると主導権を奪われ有耶無耶にされそうになる会話にリィンはため息を吐く。
「ともかくアリサはまだ貴女を信じています……
なのに今貴女がアリサの前から何も言わずに消えれば、それこそアリサへの裏切りであり、貴女がアリサに怪しまれるだけですよ」
「リィン様は分かっておられません。お嬢様が真実を思い出せばどれほど傷付いてしまうか。ヨシュア様のように心を壊しても良いと仰るのですか!?」
「その言い方……まだ何かがあるんですね?」
「それは……」
リィンの指摘にシャロンは口ごもる。
「安心してください。これ以上女性の過去を詮索するつもりはありません……あくまでも俺は忠告に来ただけです」
リィンは手を上げて、これ以上は踏み込まないと意志表示をする。
「だけど軽率な行動や、焦った答えを出そうとしないで下さい……
八年前の誓いを守りたいと思っているかもしれませんが、この八年でシャロンさんも選べるかはともかく選びたい選択肢がいくつも手に入れたんじゃないですか?」
リィンの言葉にシャロンは沈黙を返す。
「誰かに相談しづらいならルフィナさんを貸して上げます……
彼女が見聞きしたものは俺に伝えないと約束しますし、元シスターですから懺悔をするには丁度いい相手でですよ」
「…………リィン様は本当にあの時からお強くなられたのですね」
動じず、感情的にならず、それでいて追い詰めないリィンの交渉にシャロンはかつて言い争った少年の成長を実感する。
「そういうシャロンさんはあの時のままですね……
いえ、もしかしたらラインフォルト家に仕えるようになってから変わらないようにしているんじゃないですか?」
「それは御想像にお任せします」
強情にも取れるシャロンのいつものメイドの対応にリィンは肩を竦める。
「意地を張るのも程々にした方がシャロンさんのためにもアリサのために良いと思いますよ……
他人の成長なんて案外、本人や当事者には分からないものなんですから」
そう言い残して、リィンは管理人室から出て行った。
シャロンはリィンの気配が彼の部屋にまで戻っていくまでその場に立ち尽くす。
「言えるわけ……ないじゃないですか……」
一人になったシャロンは小さく呟く。
「私自身があの時の答えに未だに至ってないのですから」
何故、娘に向かって逃げろと叫んだフランツがアリサを殺そうとしたのか。
何故、《虚ろな人形》が縁も所縁もない幼子をその身を挺して守ったのか。
どちらの答えが知りたくて、イリーナの提案を受け入れたのかシャロンは未だに分からなかった。
*
9月25日
ノーザンブリアでの“塩の杭”の再来によりお披露目をせずに飛ぶこととなったアルセイユ二番艦、高速巡洋艦カレイジャス。
改めて今日を“お披露目”の日として、《紅き翼》は帝国の空を舞う。
オリヴァルト皇子の主導の下で建築され、艦長に《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド。
情報収集役として遊撃士トヴァル・ランドナーを迎え入れて、緊迫する帝国の牽制役となるべき《皇族の船》。
そのお披露目の飛行にⅦ組は《特別実習》の現地への送迎として同乗させてもらうことになった。
「すごーい! おおきーいっ!」
「うちのガンシップよりもはやーい!」
甲板の先端ではしゃぐミリアムとシャーリィを他所にリィンは艦橋を見上げ、かつて乗ったアルセイユの事を思い出す。
「懐かしいですね」
「リィン君にとってはリベル=アーク突入の時と、影の国以来だったかな?
ボクとしては君と一緒に凱旋したかったよ」
「はは、その節は御迷惑をお掛けしました」
リィンは笑って誤魔化して、オリヴァルトに向き直る。
「これが殿下が考えていた《第三の風》ですか?」
「ああ、革新派にも貴族派にも属さない“皇族の船”。第三の風をもたらすための翼……
この船の開発にあたっては様々な人々の力を借りてね。もちろんリィン君の寄付と《Rの軌跡》の印税のおかげでもあるよ」
「そ、そうですか……」
感謝してくるオリヴァルトにリィンは複雑な顔をする。
「はは、そんな緊張することはないさ……
リィン君はこの船に乗るのは二度目になることだし、それに出資のことを考えればリィン君はこの船のお母さんみたいなものなのだから……
むむ、ではボクはお父さんみたいなものか……リィン君っ!」
「何ですか? ルーレまで船の先端に宙吊りにされたいんですか?」
拳を握り締めてリィンは聞き返す。
「いえ、何でもありません」
リィンに凄まれてオリヴァルトはすごすごと言いかけた言葉を呑み込む。
「まあ冗談はさておき、“牽制役”としてこの船を用意してアルゼイド子爵に艦長を引き受けてもらったわけなのだが……
リィン君、君さえ良ければトールズを卒業したらこの船に乗らないかい?」
「オリヴァルト殿下?」
「地上部隊が主戦力である帝国の軍にとってカレイジャスは確かに大きなアドバンテージを持つが、白兵戦能力に関してはアルゼイド子爵に任せることになってしまう……
それではこの船の働きは半減してしまうだろう?
だからこそ《結社》の執行者のような実働部隊が必要になるとボクは考えている」
「確かにそうですね。艦長自らが白兵戦に出張ってしまっては本末転倒でしょう」
「だからこそ、リィン君がそこに加わってくれれば最強の布陣が完成するだろう……
ゆくゆくは閉鎖されてしまった遊撃士のように、各地で民間人の保護を最優先に行動できる権限を始めとした特権をボクは帝国政府に承認させるつもりだ……
Ⅶ組の運用を通してやはりこの国には遊撃士が必要なのだとボクは確信したよ」
「殿下……」
「そして鉄血宰相が閉鎖させるように追い込んだ遊撃士の役割こそが、彼に対抗するために重要なのではないかという答えに至ったのだよ……
まだ名称は決めていないが、アルノールの調停代行者と言った感じにしようかと考えているのだが、どうかね?」
「どうっと言われても……」
「もちろんリィン君が別の方法を考えているのならそれを優先して構わないさ。だけど少しでもリィン君の方法に協力できるなら是非利用してもらいたいと思っているよ」
言葉を濁すリィンにオリヴァルトは微笑んで答えを話題を変える。
「ところで“鉄血宰相”と言えばリィン君、君はオズボーン宰相の隠し子だったわけだが」
「ええ、そうなります」
あっさりと認めたリィンにオリヴァルトはため息を吐く。
「水臭いな。聞けばクローゼ君には先に打ち明けていたそうじゃないか?
やはりあれなのかい? クローゼ君が本命になったということなのかい?
まあ確かに彼女はエステル君とは違った魅力を持つ女性だから、リィン君が惚れこんでしまうのも納得だ……
しかしボクとしてはリィン君には是非アルフィンの婿になって義兄弟の契りを交わしたかったのだが……
ううむ、リベールとの友好を考えるとありなのかもしれないね」
「あ……あの……オリヴァルト殿下?」
「それともトールズに来たらしいレンちゃんこそが本命なのかな?
いやいや、彼女の積極性と行動力は目を見張るものがあるからね。我が妹にも是非見習ってもらいたいところではあるのだが……おや?」
何かを思い出したのか顔を赤らめて背けているリィンにオリヴァルトは気付く。
「そうか……うんうん、とうとう次の恋の花を芽生えさせたのだね」
感無量にオリヴァルトは《ARCUS》を取り出した。
「ちょっとオリビエさん?」
何処かに通信を繋げ、コールが鳴ること数秒。通信が繋がるとオリヴァルトは叫ぶように告げる。
「聞いてくれたまえシェラ君! ついにリィン君が――」
「ちょ!? やめてください! レンとはそういう関係じゃありませんから!」
《ARCUS》を奪おうとするリィンとその手から逃げるオリヴァルトとの追いかけっこが始まるのだった。
遊撃士
トヴァル
「お前さんとは初めましてだな……
帝国遊撃士協会所属、トヴァル・ランドナーだ」
リィン
「初めまして、トヴァルさんの御噂はサラ教官やエステルさん達から聞いています……
トールズ士官学院Ⅶ組、リィン・シュバルツァーです」
トヴァル
「しかし、話には聞いていたが本当にまだ16歳の子供だったんだな。それでカシウスさんやアリオスさんと同じ《剣聖》とは恐れ入るぜ」
リィン
「生憎ですがまだ俺は皆伝に至っていないので《剣聖》ではありません」
トヴァル
「そうなのか?
だが非常勤じゃなかったらS級に任命しようって話が協会でも持ち上がっているんだぜ」
リィン
「アリオスさんにも言いましたが謹んで辞退させてもらいます……
それにカシウスさん達ならあんな手遅れになる前に対処していたでしょう。俺がやったのはヴァリマールを使っての強引な解決でしたから決して褒められるようなものではありません」
トヴァル
「謙虚だな……
まあ、それは一先ず置いておくとして実は遊撃士協会からお前さんに“二つ名”を預かって来ている」
リィン
「“二つ名”ですか? でもそれは《B級》以上から付けられるものだったはずでは?」
トヴァル
「まあそうなんだが、お前さんの場合はこうして特例としておかないと後の後輩たちと比べられることになるからな……
有名税だと思って我慢してくれ、《超帝国人》」
リィン
「…………トヴァルさん、その二つ名は誰が名付けたんですか?」
トヴァル
「ん? サラの奴がお前さんの“二つ名”ならこれしかないって力説してたぞ」
リィン
「そうですか。あ、すみません。ちょっと用事ができたので失礼します」
反抗期その二
ラウラ
「父上、聞きましたよ。リィンの《箱庭》のことを! どうして教えてくれなかったのですか?」
ヴィクター
「すまない。そなたが興味を持つことは判っていたがリィン君に口止めされていたのだ……
だが、リィン君が《箱庭》のことを明かしたと言う事は相応の信頼関係を得たと言う事だろう……
私の場合は事故で知ってしまっただけという話だ」
ラウラ
「そうですか……
ですが、父上はこれまで《箱庭》でどんなことをしてきたのでしょうか?」
ヴィクター
「うむ、アリオス殿とカシウス殿。それにリィン君と周辺への配慮を考えずに全力で戦ったな……
それからクリス君とリィン君で無限に湧いて来る魔獣のキルスコア競い合った……
後はイオ殿に暗黒竜となってもらって戦ったな。負けてしまったがどれも楽しい一時だった」
ラウラ
「………………それは良かったですね、子爵閣下」
プロジェクト・ティルフィング その1
ラッセル
「ふふん、《リベル=アーク》から回収した資料から人工ゼムリアストーンを開発しちゃったもんねー……
まだ武器に使うくらいの量しか造れんが、頭を垂れてお願いすれば使わせてやっても構わんぞ」
シュミット
「何を偉そうに。こちらは《空の至宝》の力を応用した重力制御装置を開発した……
これを使えば機神の飛行能力はもちろん、風力に関係ない機動が可能になるだろう。どうだ羨ましいだろう?」
エリカ
「はっ、それが何だって言うのよ!
こっちは機神用の戦術オーブメントと対応クォーツ、そして導力魔法のプログラムもアップデートしてあるわよ!
これによって機体の性能を装甲やフレームに手を加えずに起動者との最適なマッチングを可能にしたわよ」
ヨルグ
「その程度か……
神経接続システムを洗礼させ。これによりゴルディアス級で問題だった操縦者の負担を軽減……
機神の操作はより人間らしく滑らかな、“達人級”の動きを正確にトレースすることができるだろう」
ラッセル
「はっ」
シュミット
「ふん」
エリカ
「ぐぬぬ」
ヨルグ
「…………」
リィン
「は・か・せ・た・ち」
ラッセル
「うむ、流石シュミットじゃの。重力機関をこれほどにまで小型化させるとは」
シュミット
「褒めてやろうラッセルの娘よ。貴様の発明は機神の拡張性を大幅に引き上げるだろう」
エリカ
「いやー流石結社の人形師。本当に人間みたいな動きね。私には到底真似できないわー」
ヨルグ
「劣化しているとはいえゼムリアストーンとしての最低限の性質を確保しているか、表の人間のくせにやるではないか」
リィン
「はあ……完成するまで互いに不可侵じゃなかったんですか?」
エリカ
「これは基礎理論の詰め合わせだからセーフよ!」
リィン
「…………そうですか……それでこの見るからに大き過ぎてごちゃごちゃしたオーブメントは何ですか?」
ラッセル
「うむ、理論上は可能としていたが開発コストや失敗した時の危険性から涙を呑んで開発することができなかったオーブメントじゃな」
シュミット
「設備の立地面積を考えなくて良いのは素晴らしいな」
エリカ
「面白そうな実験を思い付いても危ないとか予算がないとか場所がないとかで周りがうるさいもんね」
リィン
「………………」
ヨルグ
「そういえばシュバルツァー。ノイの新しい体を作ってみたのだが……
今回のは凄いぞ。七耀石のエネルギー以外でのエネルギー摂取として食べ物からも代用できる。もちろん味覚についても疑似再現をしておる」
リィン
「…………今回は不問にしておきます」
博士たち
「よしっ!」
ラインフォルト家の変更点
フランツがアルベリヒへと変化するがまだ生者であったことから支配は完全ではなく、また相性の問題からクルーガーに戦術殻と一緒に雁字搦めに束縛されてしまう。
アリサがフランツの誕生日にサプライズをしたくて研究室へとやって来て、アルベリヒは使えないフランツからアリサへと妥協を考える。
アリサへと戦術殻を介して攻撃を仕掛けるが、魔が差したクルーガーがアリサを身を挺して庇い、同時にフランツの止めを刺す。
戦術殻が自爆してフランツはその炎に飲まれて行方不明に。
クルーガーは半死半生の身体で気絶したアリサを抱えて脱出して倒れる。
後日、イリーナの手配で手当てを受けたシャロンは今回の事を包み隠さずにイリーナに話す。
《虚ろな人形》でしかない自分が何故アリサを庇ったのか、そのことに困惑するクルーガーにイリーナがシャロンの名を与え契約を持ちかける。
シャロンは自分の機能(心)を確かめるため、いくつかの条件を提示してラインフォルト家のメイドとなり、アリサと関わることを決める。
なおフランツ、もしくはアルベリヒが雁字搦めに縛られる喜びに目覚めたかは御想像にお任せします。