(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
カレイジャスから降りたリィン達を迎えたのは紺碧の海と蒼穹の空が織りなす風光明媚な景色と帝都の夏至祭を彷彿とさせる賑わったオルディスの街の姿だった。
「武術大会を行っていると聞いてはいたが……」
「随分賑わっているのだな」
街の様相にユーシスとラウラは周囲を見渡して呟く。
話に聞いていた落ち着いた街並みは多くの人で賑わっており、道にはいくつもの露天や屋台が並び、行き交う人たちの中の多くには武器を携行している者たちが多く見て取れる。
「帝国で武術大会なんて珍しいからな。もしかしたら帝国中の人が集まってるのかもしれないな」
高揚を隠し切れていないラウラは様々な武人たちの姿に目移りする。
「あはは、何か美味しそうな匂いがする」
「待て。どこに行くつもりだ?」
フラフラと屋台の匂いに誘われたミリアムの首根っこをユーシスが掴まえる。
「えへへ、ちょっとそこの出店に――」
「大人しくしていろ。すぐに案内の人間が来ることになっているのだから」
「ブーブー良いじゃんちょっとくらい」
「ダメだ。先日もそう言ってリィンが作ったアイスを食べ過ぎて腹を壊したのはどこのどいつだ?」
「シャロンさんやリィンの作るご飯がおいしいのが悪い」
臆面もなく言い切るミリアムにユーシスはため息を吐く。
「誰でも良い。こいつの――どうした?」
ミリアムの世話を他の誰かに押し付けようと振り返ってユーシスは険しい顔をしているリィン達三人に首を傾げた。
「むっ……どうかしたのか?」
武芸者の物色を切り上げてラウラもそんなリィン達の様子に気付く。
「エマ……」
「はい、どうやらオルディス全体の霊場が乱れているようです」
「なるほど、これがそういう感覚なのか」
それを感じている二人にガイウスは唸る。
「何を言っている?」
「ユーシスさん達には分からないでしょうが、今この場は上位三属性が働いています……
まだ目に見えた効果はありませんが、それも時間の問題でしょう」
「それはつまり街の中に魔獣が発生すると言うことか?」
「ラウラさんが先程仰っていた帝国で武術大会がないことにはちゃんと理由があるんですよ」
「む、そうなのか?」
思わぬところから解答が出て来てラウラは聞き返す。
「暗黒竜の討伐のために《緋》の封印が解かれたことを契機にそれぞれ管理を任せていたはずの豪族達が戦に“騎神”を用いるようになりました……
本来なら“魔女”の導きがなければ解かれることがない封印なんですが術に欠陥がありました……
私たちは便宜上“闘争の儀式”と呼んでいました」
「“闘争の儀式”……」
「原因が分かったのはつい最近なんですが、“鋼の呪い”に呼応させる形で“闘争”を行うことで当時は起動者を選定していたそうです……
長期間の継続した“闘争の想念”と強い起動者を選出するのに武術大会というシステムは利に適っていました……
ですがそこで流れた血は多く、当時の魔女とアルノールが旧校舎のような試練のシステムを改めて作るまでこの選出方法が続いてしまったんです」
「なるほどその名残が今も帝国では武術大会の類が開催されていない理由というわけか」
「はい……なので現在は武術大会を行ったとしても起動者の選出はできないはずです……
いえ、そもそもどうして旧いとは言え、約定を破ってカイエン公爵は武術大会なんてものを開催したのか」
「そのことなんだがエマ。もしかしたらカイエン公は《蒼》を《緋》のように――」
考え込むエマにリィンが別の解答を出そうとしたところでそれは聞こえて来た。
「おい聞いたか? ブリオニア島の巨人像の話」
「ああ、いつの間にか跡形もなく消えてなくなっていたって話だろ?
重機を使った形跡もなくて巨人像が繰り抜かれた大穴だけが残っているって話だ」
「まあ、有名な観光スポットって訳じゃないけど観光資源が一つなくなったわけだからな……
今回の武術大会を巨人像の代わりに興行収入にするとかって話らしいぜ」
「っていうか結局あの巨人像って何だったんだろうな?
もしかしたらあの《灰の騎神》と何か関係あったりして」
オルディス市民はそんな雑談を交わしながらリィン達の前を素通りして行った。
「………………リィンさん?」
エマは振り返りにっこりと笑う。
リィンはそんな彼女から明後日の方へと顔を逸らす。
「ちょっとあんた。ブリオニア島にあるのは《アークルージュ》の器なのよ!
確かにもう空っぽで何の役に立たないかもしれないけど、魔女の所有物なのよ!」
そんなリィンの肩にセリーヌが飛び乗り、頬に猫のパンチを押し付けて非難する。
「いや、ちゃんとローゼリアさんの許可は取ったから……
まあ流石にカイエン公の許可を取るのは説明できないことだから省いたけど」
「いつの間にそんなことを……あ、もしかしてあの時に」
リィンの答えにエマは頭を抱え、以前エリンの里でリィンと鉢合わせした時のことを思い出す。
「そう言えば谷に落ちたノルドの巨人像も消えていたと父さんから手紙で知らされたのだが」
ガイウスもそんなエマに便乗するようにリィンを見る。
「ど、どっちも元はと言えばノイの体なわけだから大元の所有権はノイにあるはずだろ?」
「そうですけど……そうなんですけど」
「せめて一言――いや、俺が言える事ではないか」
リィンの主張に一理あると納得してしまいエマは頭を抱え、ガイウスも不服を呑み込む。
とりあえず何の説明もしてくれなかった長を後で〆る決意をエマは固めるのだった。
「その話は一先ず置いておいて、それよりも今はオルディスのことだ……
もしかしたら特別実習をやっている場合じゃ――」
リィンの言葉を遮るように彼の背後で一台のリムジンが停まり、一人の少女が降りて来た。
「Ⅶ組の皆さん、ようこそ……
ラマ―ル州都にして西部沿海州の盟主たる海港都市《紺碧の海都》オルディスへ」
帝都の女学院の制服を纏った長いミント髪の少女――ミルディーヌは優雅な動作でスカートを広げて一礼してⅦ組を出迎えた。
*
ミルディーヌに促され、リィン達は彼女が乗って来たリムジンに乗り込み、そこで今回の特別実習についての説明を受ける。
「なるほど……今回の実習の課題を君が?」
「はい。叔父であるクロワール・ド・カイエンに代わってⅦ組の皆さんにオルディスでの世話役と説明役として女学院から呼び戻されてしまいました」
少し困った様子の苦笑いを浮かべ、ミルディーヌは特別実習の説明を始める。
「既に皆さんは聞き及んでいると思いますが、Ⅶ組の皆さんにはカイエン公爵が開催している武術大会に参加してもらうことになっております……
四人一組のチームとなって、明日からの本戦にシード枠として参加していただく予定です」
「ふむ……シード枠か……」
「不服そうだな。大方予選から一戦でも多く戦いたかったという口か?」
「そ、そんなことないぞ」
不満そうに唸るラウラにユーシスが揶揄う様に指摘する。
「ふふ、気にしないで下さい。《特別実習》の日程に無理な要求を出しているのは叔父の方ですから……
それにシード枠は皆さんだけではありませんから」
「何だと?」
意外な言葉にユーシスは聞き返す。
ミルディーヌはクスリと笑ってその疑問に答える。
「何分初めての試みなので、出場者が集まらないことも想定して各州都の領邦軍から代表者たちを募っています……
本戦ではⅦ組の皆さんを含めた全16チームでトーナメント方式で戦うことになっています」
「ほう……領邦軍の軍人たちと戦えるのか」
「はい。ラマ―ル州からは代表として《黄金の羅刹》の異名でうたわれるオーレリア将軍が参加することになっています」
「それは……七月の実技テストに来てくださったルグィン伯爵ですよね?」
当時の事を思い出してエマは苦い顔をする。
「サザーランド州からは《黒旋風》ウォレス・バルディアス准将が来ていただくことになっています」
「バルディアス? その名は確か……」
知識にある家名にガイウスはもしかしてと考え込む。
「クロイツェン州からは変則的ではありますが、ルーファス様が領邦軍人を率いる形で参加します」
「兄上が!?」
「ノルティア州からも先の御三方に劣らない武人が来てくださるようです」
「へえ、みんな帝国では知らない人はいない有名人だね」
「うむ……ここまでの規模の武術大会に参加できるとは、今から楽しみだ」
どれも帝国では名を知らない者などいない程の武人たちにミリアムが感心し、ラウラは高揚する。
が、それにリィンが水を差した。
「ミルディーヌ、その事なんだが武術大会を今から中止にすることはできないのか?」
「中止ですか? それはいったい何故?」
突然のリィンの言葉にミルディーヌは首を傾げる。
「実は――」
そこでリィンは先程と同じように言葉を止める。
「リィンさん?」
言葉を止めたリィンにミルディーヌは首を傾げる。
「いや……帝都やクロスベルでテロリストがあんな事件が立て続けに起きているから少し軽率なんじゃないかと思ってさ」
咄嗟に口に出した建前にラウラ達が首を傾げるが、それをリィンは黙殺する。
起動者選出の儀式に加え、Ⅶ組にはまだ話していないがオリヴァルト皇子と共有した帝国解放戦線を支援しているという情報もまだ裏付けされたものではない。
後者に至ってはミルディーヌの一族の長が行っている醜聞なだけにそれを直接言及してしまうことをリィンは躊躇った。
「ええ、私も女学院から呼び戻された時に同じ疑問を叔父にしましたが、市民を安心させるために必要だと仰っていました……
それに加えて各州都からこれだけの猛者を集めていますから万が一はないだろうと」
「だけど相手は《蒼の騎神》を所持しているし、《紫の騎神》の所在も定かじゃないのに」
「それについても、テロリスト達の目的が本当に“鉄血宰相”なのかどうかを確かめるには丁度良いだろうと」
白々しい言葉にリィンは歯嚙みをするが、ミルディーヌの前ではそれを押し隠す。
本当にカイエン公がテロリストを支援しているのなら、テロリストの襲撃はないと確信しているのも当然だろう。
更には“闘争の儀式”の条件を整えるために各地の猛者を集めたとも取れる。
「あの……申し訳ありません。リィンさん」
「いや、ミルディーヌが謝ることじゃないよ」
安心させるようにリィンは恐縮するミルディーヌに微笑みを向ける。
「ところで武術大会の参加人数は四人一チームみたいだけど、俺達は六人いるんだがそれについてはどうなるんだ?」
「それについては先に皆さんの今後の行動を踏まえて御説明させていただきます……
まず皆さんが今日から三日間、宿泊してもらうことになるのはジュノー海上要塞となります」
「へえ……あの要塞に……流石にボクもあそこに入るのは初めてなんだよね」
「聞けばリィンさんはガレリア要塞での軍事教練を受けていないそうなので、それを補填するためにⅦ組の皆さんにはそれを改めて受けてもらうことになります」
「それは……何だか悪いな。みんなを俺の補習に付き合わせてしまったみたいで」
「気にするでないリィン。別に教練など何度受けても構わん」
「そうだなガレリア要塞との違い、それこそ正規軍と領邦軍の比較ができると考えれば十分だろう」
自分のせいでと言われて困った顔をしたリィンにラウラとガイウスがすかさずフォローを入れる。
「軍事教練は今日から早朝に掛けて、大会に出場しない方にはスタッフとして運営に協力してもらう予定です……
そして皆様が敗退した場合は、出場した四名もそのまま裏方に回っていただくことになっています」
「なるほど今回は貴族の興行について関わると言う事か」
「言われてみれば今までの特別実習で領邦軍と関わる事はあっても、貴族そのものに関わることはあまりありませんでしたね」
ユーシスとエマは今回の特別実習の主旨を受け入れる。
「あ……皆さん、外を――見えてきました」
ミルディーヌに促されリィン達は車窓の外に目を向ける。
徐々に近づいて来る巨大な城に一同は思わず見入ってしまう。
「ジュノー海上要塞。ラマ―ル州領邦軍の本拠地か」
「流石に大きいな」
「ふむ……レグラムのローエングリン城に通じるものを感じるな」
「ふふ、歴史はかなり古いはずです」
リィン、ガイウス、ラウラと窓から見える要塞の姿に感想をもらす三人にミルディーヌはガイドとして簡単に説明をする。
「暗黒時代に築かれた巨大な城塞に近代的な改修が施されているとか」
「うんうん、大型飛行艇に対空砲も完備しているから潜入するのは諦めたんだよね」
「こいつは……」
ミリアムが気軽にしゃべる言葉にユーシスは眉を顰める。
「それにしても暗黒時代の城塞か……」
ミルディーヌの説明にあった言葉にリィンは考え込み、エマに視線を向ける。
「いえ、ラマ―ル州の試練の場はここではないはずです……
それに街で感じた澱んだ霊力もここには及んでいません」
「そうか……」
その情報が果たして良いものなのか、悪いものなのか考えながらリィン達はジュノー海上要塞に到着した。
*
「よく来たなシュバルツァー。そしてⅦ組の雛鳥たち」
司令室へと案内されたⅦ組を七月の実技テストに乱入してきたオーレリアが出迎える。
「お久しぶりです。オーレリア将軍」
「うむ、そなたの活躍は聞いているぞ」
挨拶を返すリィンにオーレリアは早速値踏みをするようにリィンを観察する。
「話には聞いていたが、黒髪が見事に白く染まったか……
それに感じる“闘気”の質が変わっているな。それにその太刀……」
一つ一つ読み解く度にオーレリアはその表情を喜悦に染めて行く。
「モテモテだなリィン」
「ラウラの姉弟子だろ? 何とかしてくれ」
まるで獲物を見つけた肉食獣の眼光に晒されてリィンは肩を竦める。
「ふふ、明日からの武術大会がますます面白くなりそうだ」
一呼吸でオーレリアはその覇気を納めてみせる。
「オーレリア将軍も参加するそうですね。そのことなんですが今回の武術大会は誰の発案によるものなのでしょうか?」
「ふむ……カイエン公が主催と聞いているが、大元は彼の相談役からの発案らしいな」
「相談役? 名前を伺っても?」
「たしかルーグマンという男だったな」
「ルーグマン……」
聞いたことのない名前にリィンは唸る。
「さて……現時刻を持ってそなた達、Ⅶ組は領邦軍の一員となる」
挨拶を切り上げて、オーレリアは総司令としての顔でⅦ組を見渡す。
「ガレリア要塞の正規軍でどのような軍事教練を受けたかは知らんが、その時以上の厳しさを覚悟しておくのだな」
脅すような言葉に一同に緊張が走る。
「さて、ではまず――」
「失礼します。武術大会本戦の出場者が決まりましたので報告に上がりました」
オーレリアの言葉を遮る形で一兵士がそう言って入室して書類を置いて行く。
「――丁度いい、そなた達も見るが良い」
渡された書類に目を通して笑みを濃くしたオーレリアはそれをリィンに差し出す。
一言断ってそれを受け取ると、リィンは顔をしかめた。
「チーム名『ファフニール』。ラクウェル出身の不良たち? 俺達よりも年下なのによく予選を通過できたものだな」
「見ろ。『西風の旅団』の名前もある」
「《蛇》というチームにあの女剣士の名前がある。しかしチームリーダーがギルバートとは……むむむ」
「――――げっ」
それぞれの感想を背後に聞きながら、リィンは最後のチームに書かれた名前に顔をしかめた。
「どうかしましたかリィンさん?」
「いや……何でもない」
「あれ? このチームだけ一人だよ」
首を傾げるミリアムに答えたのはオーレリアだった。
「うむ。その男は四人一チームの所を一人で参加していた……
一度だけ試合を見たがかなりの猛者だったな……そうか、やはり上がって来たか」
クククっと笑うオーレリアにリィンは肩を竦める。
「彼が上がって来たのなら、提案しようと思っていたがそなた達の内の二人……その男のチームに参加するつもりはないか?」
「え……それはどういうことでしょうか?」
突然の提案にラウラは聞き返す。
「これ程の猛者が集まった大会だ。折角来たのに人数合わせのために不参加ではつまらないだろう……もちろん先方の了承があってこその話だがな」
「それなら俺が適任でしょう」
戸惑うラウラ達を尻目にリィンが立候補する。
「ほう……もしや知り合いだったか?」
「さあ、どうでしょう?」
はぐらかした答えを返してリィンはもう一度書面に視線を落としてその名前を読む。
ロランス・ベルガー。
耳に馴染みのない名前だがそれでもリィンの中に印象に残っている名前にリィンは波乱の予感を感じた。
その頃のルーレ。
アリサ
「ああもうっ!」
エリオット
「ちょっとアリサ。そんな勢いで食べたら……」
フィー
「ぶっちゃけ太るよ」
アリサ
「ぐっ……」
クリス
「アリサ、僕達のことならそんなに気にする必要はないさ……
いくら夕食を約束していたからって忙しい人なのは分かっているから」
アリサ
「だからって私はともかく自分が理事を務める学院の生徒達を蔑ろにしていいわけないでしょ!?」
クリス
「うーん。そんなに怒るようなことなのかな?
僕の父上もそんな感じだし、マキアスの父上も同じようなものだったよね?」
マキアス
「僕に振るか!?
いや……まあ確かに父さんはほとんど家に帰ってこないし一緒に食事なんて年に数回ある程度だけど……」
エリオット
「僕の家もそうだったな。急な軍務で約束を守ってくれたことよりも破った方が多かったかな」
シャーリィ
「つまりアリサはママと一緒に夕食が食べられなくて寂しいっていうことなんだよね?」
フィー
「アリサ、マザコンだったんだ」
アリサ
「何でそうなるのよっ!?」