(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
壮行会とも言える宴が終わり、それぞれが明日の試合に向けて休む中ラウラは一人、新たな宿泊先となったオルディスのホテルから抜け出していた。
「っ――」
人気のない砂浜でがむしゃらに大剣を振る。
「――止まれっ」
震える腕から繰り出す乱れた剣筋に苛立ちを抑えきれずがむしゃらに大剣を振る。
「私はっ!」
これは武者震いだと言い聞かせる。
強い敵とは戦えるのなら願ってもないはずなのに頭に浮かぶのは負ける事ばかり。
事実、勝ち進んで来たチームはどれもラウラが負けた経験のある猛者たちがいるチームがほとんど。
リィンとチームを別にして四月のリベンジと意気込んだものの、忍び寄ってくる敗北の気配に焦燥と恐怖を抑え切れない。
「…………私は……こんなにも臆病だったのか……」
負けることが怖い。
自分の中の気付いていなかった女々しい感情にラウラは項垂れる。
「っ――違う! 何としても私は勝つんだ!」
呟いた言葉を振り払うようにラウラは大剣を振る。
「勝って! あの女騎士に私の名を覚えさせるんだ!」
目的を叫び、ラウラは敗北の気配に震えそうになる体を鼓舞する。
「オオオオオオオオッ!」
砂浜にラウラの雄叫びが響き――
「――――何をしているんだラウラ?」
「ひゃっ!?」
背後から聞こえてきたリィンの声にラウラは悲鳴を上げるのだった。
振り返ったそこにはリィンとスウィンが不思議な顔をしてラウラを見ていた。
*
「――以上が俺の“鏡火水月の太刀”の原理だ……
それから残像攻撃と分け身、“刻剣”をこれからも使うつもりならこの二つの技も覚えておくといい」
「はい」
リィンがスウィンに実演して教えている光景をラウラは少し離れた場所で眺めていた。
スウィンは砂浜に立てた丸太に打ち込みの練習を始め、リィンは膝を抱えているラウラの下へとやって来る。
「それでホテルを抜け出して何をしているんだラウラ?」
「むう……ホテルを抜け出したのはそなたも同じではないか」
頬を膨らませてそっぽを向いてラウラは反論する。
「生憎だけど、俺は予めユーシスとガイウスに事情は説明してある……
そう言うからにはエマとミリアムにちゃんと言ってあるんだよな?」
「う……」
その指摘にラウラは唸る。
「そ、そんなことよりリィンは何をしているんだ? というかあの暗殺者の少年に技を伝授しているようだったが、どういうつもりなのだ?」
話を逸らすように打ち込み稽古をしているスウィンの話題を振る。
「ああ、その通りだ。スウィン達はこれから多くの試練が待ち構えているだろうから、二人で生き抜くために俺が教えられることを教えておこうと思ってな」
戦士としてスウィンの戦い方は歪だ。
まだ幼い体躯という理由もあるが、その非力さを補う“刻剣”の剣技は斬ることよりもとにかく“当てる”ことを念頭に置いたもの。
その独特な剣技はエンペラーに剣筋を読まれてしまった一因でもあるため、早急な矯正が必要だった。
それに加え、人に対して殺傷能力があり過ぎる“点撃爆発”は暗殺稼業から足を洗おうとしている彼らにとって大きな枷になることは容易に想像できる。
それでもナ―ディアを守るために“刻剣”を使い続けると決めたスウィンにリィンは思い付く範囲で、流石に“八葉”は教えられないが武術に共通する基礎を教えることを決めた。
「だが彼は明日戦う敵になるかもしれないのだぞ?」
「スウィン達の追手はいつ来るか分からないからな。それにもし明日当たることになるなら実戦形式で今日教えたことを試せるから問題はないよ」
これが“結社”なら、去る者は追うことはないので安心なのだが、とリィンは嘆息する。
「っ……」
軽く言ってのけるリィンにラウラは閉口する。
「……リィンは……明日負けると思ってないのか?」
恐る恐るラウラは尋ねる。
「ラウラにしては弱気な発言だな? やるからには優勝する。ラウラならそう言うと思っていたけど」
「…………そんなこと言えるわけないだろ」
ラウラは力のない言葉を返す。
対戦相手はどのチームもラウラに苦い敗北の経験を植え付けた者達ばかり。今度こそ私が勝つと言えれば良いのだが、数々の敗北から成長を実感できないラウラはとてもではないがそれを口にすることはできない。
肩を落とすラウラにリィンは苦笑して言葉を掛ける。
「相手との力の差を測れるようになったのも一つの成長の証だ……
負けることが怖いというのも力量差を理解しているからこそだろ?」
「それでも……負けることが怖いなんて、アルゼイドの娘が言って良いことじゃない!」
「焦らなくてもラウラは強くなれるさ。ラウラに足りないものがあるとしたら経験と場数、それを補えれば自然といつか――」
「いつかでは遅いのだ! 私は――私は今強くなりたいのだっ!」
父と同じようなことを言うリィンにラウラは溜め込んでいたものを吐き出すように叫ぶ。
「いつかとはいつのことだ!? その時、私は強くなれたとしてもその時のそなたも《神速》も今以上に強くなっているのだろう!?
それでは意味がない! 適当な気休めなど言わないでくれっ!」
「ラウラ……」
目尻に涙を浮かべて叫ぶラウラにリィンは言いかけた言葉を呑み込む。
「…………すまない……私はまた無様な八つ当たりをしている……」
ラウラは乱暴に袖で目元を拭って踵を返す。
「ラウラ……」
「すまぬリィン。今は一人にしてくれ」
以前の暴走の二の舞になっていることに気付いて、ラウラはリィンの呼び掛けを拒絶してその場を立ち去ろうと歩き出し――
「そこまで思い詰めているなら、一つラウラに使えそうな技を教えても良いけど……」
「っ……」
その言葉に踏み出した足は止まる。
「この技はラウラの好みに反すると思うし、俺がアルゼイド流に異物を教えるのは筋違いだと思うけど……どうする?」
背を向けているラウラにリィンは言葉を重ねる。
歩き出した足は一歩目で止まっている。
背中を向けているラウラがどんな顔をしているか分からないが、見えない獣の耳と尻尾がピンと起き上がっている雰囲気を感じられる。
「…………私は……」
アルゼイド流であることを尊重してくれるリィンにそこまで言わせてしまったことに申し訳なく感じながら、ラウラは横目で丸太に打ち込みをしているスウィンを盗み見る。
残像と分け身はともかく“鏡火水月の太刀”という技がどんなものか分からないが、他流でありながらラウラが最初に感じたのは羨ましいという羨望だった。
「…………教えてくれるのはもしかして《軽功》のことか?」
「《軽功》はラウラに向いてないってアネラスさん達に言われたんだろ? なら俺が教えても仕方がないだろ?
俺がラウラに教えられるのは《八葉》の技じゃなくてとある凶手が使っていた技だ」
「凶手……暗殺者のことか……」
リィンの否定に少し気落ちしながらラウラはその言葉を吟味する。
少し前の自分なら“凶手の技”も“猟兵の技”も脊髄反射で邪道と拒絶していただろう。
「後は技として教えることじゃないが、知識として教えておくことが一つ」
「うむ……」
いつの間にか去ろうとしていたラウラは振り返ってリィンの言葉に聞き入っていた。
「俺にとっては《鬼の力》。ラウラにとっては《獣の力》……
この技は実は東方ではすでに技術として確立していて。それをした人――その凶手が使っていた技なんだ」
「何と!? それは本当なのか?」
リィンはかつて夢の中で戦った伝説の魔人と謳われた凶手のことを思い出しながら語る。
今代の彼女は会得することはできなかったが、半ば反則技を使ってその領域に踏み入れていたリィンはみっちりとそれを使ってしごかれた。
自分だけの特権だと思っていた“相克”の力を使われ、密かな自信を粉微塵にされたことは苦い経験でもある。
「リィン?」
急に遠い目をしたリィンにラウラは首を傾げる。
「っ――何でもない」
トラウマレベルの修行の記憶を振り払い、リィンは続ける。
「技法の名前は《外気功》。東方人街の凶手が“魔人”と呼ばれる所以になった技の名前だ」
*
「ふむ……これが今回の儀式の要になる宝珠とやらか」
オーレリアが案内されたのは闘技場の地下、大きな広間の中央に鎮座している巨大な宝珠を見上げて
「どうやら《金》の選定という話が真実味を帯びてきましたね」
オーレリアの呟きにルーファスは同意する。
昏い気配を纏う宝珠の中では黄金の“焔”が揺らめいている。
そこに感じる気配は導力の“焔”ではない神聖さと同時に禍々しさを感じる。
「ええ、かつて“魔女”が選定の制御装置として作り出した宝珠……
あの中の“焔”を滾らすことができれば、『最後の試し』への道が拓かれます」
オーレリアとルーファスの疑問に答えるようにアルベリヒが説明する。
「なおかの“猟兵王”と“闘神”は三日三晩掛けて至った道でもありますが、これは余談ですね」
興味が引かれる話だがオーレリアは堪えて振り返る。
「公爵閣下、これを私達に見せる意味はいったい何でしょう?」
アルベリヒを従えたクロワールにオーレリアは尋ねる。
「うむ、私は魔女の勧めによりカイエン家に伝わる《蒼》をクロウ・アームブラストに貸与しているわけだが……
貴族派の命運をあのような狂犬に背負わせて良いと君たちは考えているかね?」
「そうですね……見所のある青年ではありますが、底は見えていますね」
「いざとなれば彼は自分を優先する人間、目的のために他者を利用し貶める彼らは鉄砲玉に利用はできても重要な役割を任せることはできないでしょう」
「うむ、宰相の暗殺に成功し、奴にその気があるのなら取り立てることも吝かではないが場合によっては《蒼》を取り上げることも考えている……
これについては今論じる事ではないが、問題は《蒼》に代わる象徴が我らには必要だということだ」
何処の馬の骨とも知らない《蒼》の起動者とその仲間たちが貴族派の英雄になる事の内部の反発は簡単に予想できる。
その点ではルーファスとオーレリアの二人は問題なく領邦軍に受け入れられるだろう。
「公爵閣下は私達に《金》の起動者になれと仰るのですか?」
「少なくても武勇においてそなた達が最も可能性は高いと私は考えている」
「過分な評価、痛み入ります」
クロワールの言葉にルーファスは頭を下げる。
「閣下、ここからは私が」
「うむ、任せたぞアルベリヒ」
背後に控えていたアルベリヒが前に出て説明をする。
「ご覧いただけた通り、儀式は順調に進んでいます……
宝珠の“焔”はこの上の戦いに呼応して決勝戦に最高の猛りとなって燃え盛るでしょう」
「では優勝者が《金》の起動者になるということか?」
オーレリアは勿体付ける言い回しをするアルベリヒに対して単刀直入に尋ねる。
「いえ、申し訳ありませんが実は一つ問題があります」
「ふむ……問題とは?」
「このオルディスは《蒼の騎神》の選定を行われた霊場であること……
そのため、ただ宝珠の条件を満たしたとしても、それだけではこの地に《金》をこの地に呼び出すことはできません……
道に関しても拓くかどうかはやってみないと分からないと言わせてもらいましょう」
「ではどうすると?」
前提を崩すアルベリヒの主張にオーレリアは聞き返す。
「少なくても“門”が作れることは間違いありません。これは“紫の騎神”で証明できています……
ですので“降魔の笛”と魔獣を生み出す術を使って選定の番人を現実界に受肉させ、顕現させる……
それを打倒することができた者が《金の起動者》に選ばれる条件を満たすことができるでしょう」
「ふむ、優勝賞品ではなく、その権利を自力で勝ち取れと言う事か……なるほど実に私好みだ」
「しかし“降魔の笛”……テロリストの一派がこちらに? 彼らはルーレのザクソン鉄鉱山で作戦行動中では?」
「庇い立てもこれまでの積み重ねを考えると難しいだろう……
ならばこちらも多少の被害を被っておけば言い訳もしやすいというものだ」
事も無げにクロワールはルーファスの疑問に答える。
カイエン公がテロリストを支援している情報を基に目を光らせている皇子とその取り巻きの追究を躱すための一手。
流石はかの《鉄血宰相》と正面から争っている政敵、抜け目のなさと先見の明、そして民を巻き込むことも見越しての言葉にルーファスは感心する。
「流石は閣下、そこまで御考えでしたか」
「君達には期待しているよ……
《金》は永遠を象徴する騎神。《灰》とは一線を越えた“格”を持つ騎神なのだからね」
「ほう……シュバルツァーの《灰》を超える存在とは」
「ええ、実に興味深いですね」
もっとも、魔王と化した《緋》こそが最高だと信じて疑わないクロワールは内心でほくそ笑む。
「くくく……漲って来たな」
武術大会の闘争と延長戦に思いを馳せて笑みをもらすオーレリア。
「ははは……ではせいぜい公爵閣下の御期待に添えられるように頑張らせて頂きましょう」
愛想笑いを顔に張り付け、意気込みを語ってみせるルーファス。
「ああ、君達の働きを期待しているよ……ふふふ」
社交辞令を口にしてクロワールは笑顔で彼らを鼓舞する。
「実に良い想念ですね。これは明日の大会も盛り上がってくれるでしょう」
そしてそんな彼らをアルベリヒが見守る様に笑みを作るのだった。
その頃のルーレ
エリオット
「クロウ先輩が……《C》……
それじゃあ父さんを殺した猟兵を雇ったのはクロウ先輩……だったの?」
クロウ
「…………ああ、クレイグ中将のことか……
列車砲が本命とは言え、失敗した時の保険として要人の一人も始末しておかなければリスクが取れなかったからな」
エリオット
「…………そんな理由で……?」
クロウ
「ま、恨むんだったら鉄血のクソ野郎を恨むんだな……
お前の親父はあのクソ野郎の部下だったんだからな」
エリオット
「…………何を……何を言っている……?」
クリス
「エリオット……」
エリオット
「何がクソ野郎だっ! 《V》もお前もっ! ガレリア要塞でっ! 帝都でどれだけの人を巻き込んで殺したと思ってる!
お前達の方がオズボーン宰相よりもよっぽど害悪じゃないかっ!!」
クロウ
「っ――うるせいっ! 全部オズボーンが悪いんだっ! 俺は――俺達は悪くねえっ!」
エリオット
「殺す……猟兵王も……お前達も僕が殺してやるっ!」
マキアス
「何をしている君が前で出たら――」
クロウ
「はっ――鉄血に味方する奴は全員死んじまえよっ!」
???
「バッカモーンッ!!」
エリオット
「ぐはっ!?」
クリス
「ああ!? エリオットが突然現れた獅子のマスクをした誰かに殴り飛ばされたっ!?」
???
「怒りで我を忘れるなど言語道断っ! 修行が足らんぞエリオット・クレイグッ!」
クロウ
「ふん……誰だか知らねえが興覚めだな」
アンゼリカ
「クロウ……」
クロウ
「ゼリカ、俺は必ず鉄血宰相とそれにまつわる全てを殺し尽くしていやる……
俺を止めたければ、次は殺す気で掛かって来るんだな」