(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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前・中・後でまとめられると思っていたんですが、今回の話を細かくやってしまい収まらないと思ったので前話の《前編》を《Ⅰ》に修正させてもらいました。






11話 翡翠の公都Ⅱ

「一先ず、これで課題は達成だな」

 

 導力灯の交換をしたところで集まって来た魔獣たちは蜘蛛の子を散らすように去って行く。

 

「はあ……緊張した。ごめん、もうちょっと待ってて」

 

 魔獣が去ったことに安堵したアリサはそのまま手を動かして、開いたパネルを元に戻していく。

 

「大したことのない相手だったな」

 

 マキアスは気分を良くして逃げて行った魔獣たちを嘲笑う様にして振り返る。

 

「僕は十二体倒した、君たちは?」

 

 聞いてもいなければ、課題とは関係のないことを尋ねてくる。

 

「四体だが、それがどうした?」

 

 律儀にユーシスが答えを返す。

 

「ふっ……大貴族ともあろう者がその程度か、エマ君にさえ負けているじゃないか」

 

 ふんぞり返って嘲笑するマキアスにユーシスは激昂――などせずに呆れたため息を吐く。

 導力灯の交換。

 それに伴って魔獣除けの機能が停止して群がってきた魔獣から作業者のアリサを護衛することが今回の戦闘の発端。

 当然この状況は銃火器が得物のマキアスや導力魔法を主体としているエマにとって有利な条件だった。

 それにユーシスはエマの駆動のフォローをしていたこともあり、撃破率が伸びなかったのは当然である。

 そしてただ寄って来る魔獣をひたすらに鴨打ちし、さらにはリィンに譲るべきタイミングの魔獣を味方への危険を無視して強引に獲物を奪っていたマキアスの戦いぶりはとても評価できるものではなかった。

 さらにはマキアスは魔獣の撃破数だけに気を取られ、一体しか倒さなかったリィンに不遜な笑みを向ける始末。

 

「この阿呆が……」

 

「落ち着けユーシス。アリサはもう少し待っていてと言ったんだぞ」

 

 導力灯の交換は終わっても、まだアリサの作業そのものは終わっていない。

 魔獣除けが機能しているとはいえ、切っ掛けがあればその範囲内にも魔獣が追って来る事例はある。

 だから、残心を怠らないようリィンは警戒を促すと、ユーシスは怒りを呑み込み周囲の警戒を続ける。

 

「…………よし。これでおしまい」

 

 操作盤を閉じてアリサが立ち上がる。

 その段階でようやくリィンは残心を解いた。

 

「お疲れ様アリサ。手際よくできたみたいだな」

 

「これくらいはね。ただソケットの緩みが気になっちゃってそれを直していたから少し時間が掛かったけど大丈夫だった?」

 

「ふ、当然だ。あの程度の魔獣いくら来たって問題ない」

 

 アリサの気遣いにマキアスが応える。

 そんなマキアスの態度に突っ込む気にもなれず、ユーシスは憤りを紛らわせるように話題を変える。

 

「しかし、話には聞いたことはあったが導力灯の機能が停止するとこれ程までに魔獣が寄って来るものなのだな」

 

「そうですね……改めて導力灯のありがたさが分かりましたね……

 これのおかげで街に魔獣が入ってこないわけですから」

 

 マキアスの態度をスルーして、ユーシスは剣を納めながら呟くとエマがそれに頷く。

 

「それにしても意外でしたね……

 魔獣は強者の気配に敏感ですから、てっきりリィンさんがいれば例え導力灯の機能が停止しても寄ってこないと思っていたんですけど」

 

「はは……威圧すれば確かに追い払うことはできるけど、それじゃあ意味がないからな」

 

「っ……」

 

 勝ち誇っていたマキアスはリィンの言葉に顔を強張らせる。

 

「……だが、僕がこの中で一番魔獣を倒したのは事実だ。だから――」

 

「阿呆が、この仕事は魔獣退治などではない。貴様の言っていることは完全な的外れだ」

 

「なんだとっ!?」

 

 ユーシスの指摘に強がったマキアスはすぐに反応する。

 

「ああ、もう喧嘩しないっ! 作業は終わったから撤収するわよっ!」

 

 いがみ合いが起きる前にアリサ――リーダーは声を上げて強引に話を打ち切った。

 

 

 

 

 

「あ……あのみなさん……」

 

 その店を前にエマは顔を引きつらせた。

 

「この課題を受けるのやめませんか?」

 

「何を言ってるのエマ?」

 

 アリサが不思議そうな顔をしてエマの顔を覗き込む。

 

「変なことを言っているのは分かってます。でも……でも……」

 

「落ち着いて委員長。気持ちは分かるからみんなに分かるように説明しよう」

 

「リィンさん……」

 

 肩に触れられて宥められ、その言動からリィンが同じものを感じていることに安堵する。

 

「すみません。取り乱してしまって」

 

「それは良いけど、どうしたの?」

 

「珍しいな君がそんなことを言うなんて?」

 

「俺には普通の三級宝飾店にしか見えないんだがな」

 

「三級宝飾店?」

 

 ユーシスの呟きにリィンは聞き返す。

 

「この店の格のことだ。バリアハートは職人の街と呼ばれているが、当然そこには序列が存在している……

 序列の高い店は優先的に質のいい七耀石を仕入れることができ、低い店はそれなりの質のものしか回ってこないというようになっている」

 

「なるほど……三級っていうのは高い方なのか?」

 

「いや、店としての位は決して高くない……

 だがそういう店に腕の良い職人がいないわけではない。それに一級の店は課題にあった半貴石など扱わないだろうな……

 それでこの店にいったい何が不満だと?」

 

「いえ、不満があるとかではなくてこの店に異様な気配を感じるんです」

 

「異様な気配?」

 

 エマの主張にユーシス達三人は改めてその宝飾店を見る。

 

「委員長の言っていることは本当だ。俺もこの店からかなりの力を感じる。ただ決して悪い力ではないと思うけど」

 

「リィンは……まあ、納得できるけど……

 そういえばエマも《ARCUS》のことでも霊感があるみたいなことを言ってたっけ?」

 

「え、ええ……ちょっと人よりもあるかなぁとは自覚していますけど」

 

「なるほど、もしかすれば曰く付きの宝石があるかもしれないというわけか」

 

 言葉を濁すエマにユーシスは納得する。

 この世界には持ち主に死をもたらす呪いの宝石や、逆に幸福を呼ぶ宝石というのは真実存在している。

 

「どうする? 課題は全てをこなさなくても良いと兄上は言っていたが?」

 

「……いえ。大丈夫です」

 

 突然のことだったから驚いてしまったがリィンの言う通り、宝飾店から感じる気配は悪いものではない。

 

「お手間を取らせました。それでは行きましょう」

 

 エマは気持ちを引き締め、一同を促して宝飾店へと踏み入った。

 

「これは――」

 

 そして店内に入るとユーシスは陳列されている色取り取りの商品を見て絶句した。

 

「もしかしてユーシスも分かったの?」

 

「いや……」

 

 言葉を掛けて来たアリサにユーシスは首を振る。

 エマやリィンのように霊的なものを感じたわけではない。

 

「ここは本当に三級の宝飾店か?」

 

 ユーシスが気付いたのは並ぶ商品の質の高さ。

 精巧に造られた宝石の輝きは一級の店のそれと遜色ないものに感じた。

 

「いらっしゃいませ……その制服……それにユーシス様も……

 ようこそ、いらっしゃいました。実習の依頼の件でご来店のですね? 申し訳ありません、依頼人が少し席を外しておりまして少々お待ちしてもらって構いませんか?」

 

「ああ、構わない……だが……」

 

 人当たりの良い笑顔で店主に出迎えられてユーシスは頷く。

 

「この店は本当に三等級の店か?」

 

 先程の疑問を店主に尋ねる。

 

「はい。うちは三等級宝飾店で間違いありません」

 

「それにしては並んでいる商品はどれも一級品に見えるが」

 

「はは、疑問は御尤もですが当店で扱っている石は全て三級品の七耀石なのは間違いありません」

 

「三級品でこの値段……一級品はどれだけの値段なんだ」

 

「言っておくが、値段は三級品のままだ。輝きは一級品と遜色ないがな」

 

 マキアスの呟きにユーシスが補足を入れる。

 

「ユーシス様にそう言って頂けて光栄です。うちのマイスターも喜ぶでしょう」

 

「……なるほど確かに委員長の言った通り、おかしなことになっているようだな」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

 ユーシスの呟きに店主は首を傾げる。

 

「実はこのお店に入る前から異様な気配を感じたんです」

 

 ユーシスに変わってエマが自分から説明する。

 

「入って見て分かりました。このお店は一種の神殿のような聖域となって清廉な空気で満たされています……

 おそらくその空気に当てられて七耀石の質が上がっているんだと思いますが何か心当たりはありませんか?」

 

「ああ、それは――」

 

 答えようとして口ごもる店主にユーシスは首を傾げる。

 

「何だ。疚しいことでもあるのか?」

 

「いえ、そういうわけではなくてですね……

 心当たりはありますが、あまり吹聴できることでもなくてですね。確かに店の売り上げは良くなって助かったんですが、一級店からそれを譲れと強引に迫られたことがありまして」

 

「それ……と言うことは曰く付きの宝石か何かか?」

 

「ええ……実はうちのマイスターが去年リベールから流れて来た特大の金耀石の結晶をオークションで仕入れてきたんですよ」

 

「うん?」

 

 店主の言葉にリィンは首を傾げる。

 

「それが幸運の石ということか?」

 

「実際はその金耀石だけでこんなことになっているわけじゃないんです……

 むしろマイスターとは分不相応なものを購入してきたことに口論になってしまいましたし、購入した直後はこんなことにはなってなかったんです……

 ですが今年の初めに同じクラスの紅耀石と銀耀石を購入したり預かることになってから、マイスター曰く店の石が活き活きするようになったと言っていたんです」

 

「んんん?」

 

「そして先日、新たに蒼耀石と翠耀石の二つが来てから私でも分かるくらいに顕著になったんです」

 

「ただの七耀石にそんな力があるのかしら?」

 

「ユーシス様だから話しますが、ここだけの話その七耀石の結晶は《女神の聖獣》が造ったものだと言われているんです」

 

「…………」

 

「《女神の聖獣》……なんだか途端に胡散臭くなったな」

 

 店主の口から出てきた御伽噺の存在にマキアスは顔をしかめる。

 

「ええ、ですがうちの店が三級店でありながらこれだけの品を揃えられたのはまさに聖獣様の御利益のおかげでしょう……

 結晶石を手に入れてからは経営は順調で右肩上がり。先日も持ち込みで一級の紅耀石を加工して欲しいというお客様も来たんですよ」

 

 胸を張る店主に対して、Ⅶ組の反応は三つだった。

 興味深い話だと感心しているアリサとマキアスとユーシス。

 深刻な顔をして何かを考えるエマ。

 そして、全力で明後日の方を向いているリィン。

 

「特大の金耀石か……話だけは聞いた覚えがあるな……

 《リベールの異変》の時期に帝都のオークションに出て来た拳大の金耀石……

 最終的には相場の倍の値段で落札されたとか。よくそんなものをこの店の格で落札できたな」

 

「うちのマイスターは腕は良いんですが頑迷な人で貴族様に……その賄賂とか渡すことを嫌がる人なんですよ……

 そのせいで店は三級止まりですが、その分貯えがあったみたいで完全にマイスターが自腹を切って落札したんです」

 

「そうだとしても残りの四つの七耀石も合わせたらとんでもない額になるのではないか?」

 

「そこは知り合いのブルブラン男爵という貴族の方に援助してもらっているそうです」

 

「げふっ」

 

 Ⅶ組の一番後ろでリィンは頭痛を感じて頭を抱える。

 

「それに残りの琥耀石と黒耀石もそう遠くない内に手に入れてくれるらしいんです……

 それらを使った作品を作るつもりみたいなんですが、まず間違いなくゼムリア大陸一の至宝になるでしょう」

 

 Ⅶ組の一番後ろでリィンは言葉も出て来ないまま首を横に振る。

 

「そこまで言うか……だがそれ程の七耀石を五つ、いや四つも持ち込んできた者はいったい何者なんだ?」

 

「さあ、ブルブラン男爵という方はあくまでも仲介しているだけとしか聞いていません。マイスターは知っているらしいんですけど、教えてくれないんですよね」

 

「となるとそのブルブラン男爵とやらの後ろ盾はもしかすればカイエン公かもしれないな」

 

「そうなんですか?」

 

 ユーシスの想像から漏れた言葉にエマは聞き返す。

 

「ああ、来年にはセドリック皇子殿下とアルフィン皇女殿下のお披露目が迫っているからな……

 どの貴族も御二人の注目してもらうための献上品を今から探し回っていると聞いている。かく言う俺の父もその一人だ」

 

「そ……それは考え過ぎじゃないかな?」

 

 絞り出すようにユーシスの予想をリィンは否定する。

 

「だが聞いた限りではとても値段が付けられるような物ではないだろう。とても家の調度品で収まるものとは思えないが」

 

「どうでしょうか? 今の時点でこれだけの聖域を作り出していますから、家に飾れば無病息災などのミラでは買えない価値がありそうですけど」

 

「まあ、公爵家か。それに近い貴族が関わっているのは間違いないんじゃないかしら? でないとそれだけのミラは用意できないわよ」

 

「そもそも《聖獣》から貰った七耀石を加工することは罰当たりじゃないのか?」

 

「いや、罰なんて当たらないと思うけどな……」

 

 口々に勝手な感想を言うユーシス達を他所にリィンは遠い目をして呟き、どうにかして話題を逸らそうと思考を回す。

 

「遅れて申し訳ありません」

 

 と、リィンが何かをするよりも早く、店のドアが開いて依頼人が現れるのだった。

 

 

 

 

 彼の依頼の内容は単純でありながら難しいものだった。

 彼は結婚指輪を求めてバリアハートに来たのだが、陳列されている七耀石の指輪は一番等級の低いものでも用意して来た資金では手が届かなかった。

 それでも諦めきれずに店主に相談した結果、代替案として挙がったのが宝石と比べて価値が劣る《半貴石》を使うことだった。

 《樹精の涙》。

 北クロイツェン街道の樹木から採取されるらしく、リィン達が依頼人たちに見送られて街道に出たのだが、そこで途方に暮れてしまう。

 

「えっと……とりあえず右と左に分かれて街道を歩いてみましょう」

 

 今回のリーダーであるエマがそう指示を出して歩いてみるが、それらしいものは見つけられなかった。

 

「それにしても随分と無茶な依頼だな」

 

 木の周りを歩き、上下に眺めながらユーシスが呟き、リィンは頷いた。

 

「ああ……この広い街道。それに街道の奥の森まで探すことになるなら時間はいくらあっても足りないだろうな。だけど……」

 

「何だ? 店の時からそうだったが、何か言いたいことがあるのか?」

 

「いや……ちょっとな」

 

 言葉を濁すと木の上を見に行っていた戻って来たノイを迎える。

 

「ダメなの。この木にも見つからないの」

 

「そうか、じゃあ次か……」

 

 言いながらリィンは鬱蒼を生い茂る木々を見てため息を吐く。

 

「意外だな……正遊撃士ならこの程度の仕事も楽にこなせるんじゃないのか?

 リーダーの顔を立てているつもりなのかもしれないが、策があるなら出し惜しみしないで何とかしてくれ」

 

「珍しく弱気だなユーシス」

 

「弱気と言うよりも、途方に暮れているという方が正しいだろうな……

 今回ばかりは視野狭窄でやる気になっているあいつが羨ましく思える」

 

 そう言ってユーシスはエマ達と一緒に自分たちよりも早く見つけてやると息巻いているマキアスに視線を送る。

 

「まあ、その気持ちは分かるよ……

 遊撃士もこの手の仕事は多分受けないからな」

 

「そうなのか? 遊撃士はどんな依頼でも引き受けるイメージがあるが」

 

「そんなことはないさ……

 遊撃士の人数だって限られているんだ。こういった依頼主の我儘だけの仕事はどうしても優先順位は低いし、クロスベルのような忙しい場所だと断られるんじゃないかな」

 

「依頼主の我儘か……そこまで言うことか?」

 

「これが初めての実習だから、俺達がどれだけのことが出来るかを試すための依頼でもあるだろうけど……そもそも不確定要素が多過ぎる。失敗することを前提にした依頼としか思えないよ」

 

 稀少価値がある《樹精の涙》。

 確かに北クロイツェン街道の木々から採取することができるかもしれないが、それがタイミング良く存在していると楽観することはできない。

 あるという確信があったとしても、数日掛けて探すことを覚悟しなければならないだろう。

 

「俺はこの依頼を聞いた時は依頼者のベントさんを護衛しながら探して、最終的には彼に諦めさせる仕事かと思ったくらいだから……

 それに仮に見つかったとして品質の保証は? 《樹精の涙》は琥珀の一種だから中に虫のような不純物がある可能性だってあるだろ」

 

「…………確かに兄上がこんな不確定要素の強い依頼を用意するとは思えないが……」

 

「これが依頼主が探すのに同行して欲しいというなら彼の本気さを読み取れるけど、俺達にだけ探すのを任せるならそれは結局《樹精の涙》を購入しただけだろ?

 《樹精の涙》は七耀石に引けを取らないって言っても、それはそれ……

 本人が探すならミラでは買えない価値や思い入れができるかもしれないけど、それがなければ結婚指輪を安物で済ませたなんて思われても仕方がないんじゃないか?」

 

「…………どうしてそれをこのタイミングで言う?」

 

 ユーシスは頭を抱え、今の会話がエマ達に聞こえていないかを確認する。

 マキアスもそうだが、アリサとエマも半貴石の結婚指輪を贈りたいという依頼主に感化されてやる気になっている。

 リィンの考えはそれに盛大に水を差している。

 

「ユーシス、俺達はベントさんの恋人がどんな女性なのか知らないんだ……

 半貴石で妥協したなんて思われないって絶対の保証があるか?」

 

「まあ一理あるか……」

 

 リィンの考えにユーシスは頷く。

 七耀石の指輪なら稼ぎという努力を示すことができる。半貴石ならリィンが言ったように本人が努力した事実がなければそう言った誤解をされる可能性も決して零ではない。

 

「単純な依頼かと思えば、こんなにも深い依頼だったのか……流石兄上」

 

 たった一つの依頼に込められた複雑な意図を感じ取ってユーシスはこの依頼を采配したルーファスの思慮深さを改めて感じ入る。

 

「あったっ! 見つけたぞ! 《樹精の涙》! これに違いないっ!」

 

 程なくしてマキアスの歓声が上がり、《樹精の涙》は無事に発見できた。

 

 

 《樹精の涙》を手に入れて喜んでいる子供たちを望遠鏡を駆使して監視していた者は通信機に向かって報告する。

 

「こちらブラボー。Ⅶ組が《樹精の涙》を発見。これよりバリアハートに帰還する。ゴルティ伯爵に連絡しプランAを実行されたし」

 

 

 

 結果だけ語るなら、依頼は失敗に終わった。

 《樹精の涙》を手に入れて意気揚々に戻って来たマキアス達を出迎えたのは依頼人の笑顔ではなく、彼から《樹精の涙》の権利を買い取ったという貴族だった。

 その貴族はあろうことか、漢方薬として《樹精の涙》をリィン達の目の前で噛み砕き飲み込んだ。

 あまりのことにリィン達が呆然としてしまい、いち早く再起動したマキアスが激昂してその貴族を《貴様》呼ばわりして不況を買ってしまったが、今回ばかりはユーシスがマキアスを擁護して事なきを得た。

 

「なんなんだあの男は! これだから貴族というものは!」

 

 ユーシスに睨まれて逃げるようにして去っていた貴族がいなくなり、マキアスは溜め込んだ鬱憤を爆発させた。

 

「落ち着けレーグニッツ」

 

「落ち着いていられるか!

 なんであんな貴族に邪魔されなきゃならないんだ! せっかく僕が見つけた半貴石を……」

 

 わなわなと怒りに震えるマキアスに依頼主のベントが頭を下げる。

 

「何の説明もなしにあんなものを見せてしまってすまない。君たちがせっかく手に入れてきてくれたのに……」

 

「あの……さっき伯爵は正当な契約と言っていましたが、それは本当なんですか?」

 

 エマの疑問にベントは頷く。

 

「ああ、もちろん正当は正当だよ。でもね、この帝国で暮らす以上、伯爵クラスの貴族に物申すことなんてとてもじゃないけどできやしない……

 帝都なんかでは徐々に事情は変わってきているみたいだけど、オズボーン宰相の息が届きにくい地方の州では、これが実情さ」

 

「やはり、そうですか……」

 

 やり切れないと俯くベントに同調するようにマキアスは言葉を漏らす。

 

「どう思う?」

 

「あまりにタイミングが良過ぎると思えるけど、とりあえずこれも因果応報かもしれないな」

 

 ユーシスの問いにリィンが答えると、それを聞き咎めてマキアスがリィンを睨んだ。

 

「因果応報とは何だ! シュバルツァーやはり貴様はあんな貴族の味方をするのか!?」

 

「リィン……」

 

「リィンさん……」

 

 マキアスに留まらずゴルティ伯爵を擁護するように取れる発言にアリサとエマも非難の眼差しをリィンに向ける。

 

「勘違いしないでくれ、あの貴族が正しいなんて思ってはいないよ。不快にさせてしまって申し訳ありません」

 

 ユーシスだけに聞かせるつもりだった言葉を追及されリィンはベントに向かって謝る。

 

「いえ、何か僕に至らないところがあったなら教えていただけないかな?」

 

 話を打ち切ろうとしたリィンだったが、ベントはリィンの言った言葉に興味を感じて聞き返す。

 仕方がなくリィンは先程ユーシスに説明した今回の依頼がどれだけ不明瞭で曖昧なものだったのか説明する。

 

「結果的に見れば、ベントさんも俺達という労働力を雇って《樹精の涙》を見つけてくるのを待っていただけです……

 それはミラで全てを解決したさっきの貴族と大差ないことだと思いませんか?」

 

「そ、それは……」

 

「まだ学生である俺達について来ることは不安だったかもしれませんが、こういった探し物の場合は人手は一人でも多い方が良いですし。何よりも『俺達が見つけた樹精の涙』と『貴方が見つけた樹精の涙』では価値に雲泥の差があります」

 

「後からこんなことを言っても詮無いことだが、交渉の場に俺も同席できていたらあのような俗物の専横は跳ね除けることはできたな」

 

 リィンの言い分に、ユーシスがそんなことを付け加える。

 

「不躾なことを言っているとは思いますが、今回のことで貴方は《樹精の涙》を手に入れたとしてそれを胸を張って恋人に贈ることができましたか?

 ミラを出すことを渋ったのに、そのミラで労働力を買って手に入れた安い《半貴石》に貴方はどれほどの思い入れを込めることができたんですか?

 そこにちゃんと貴方の気持ちが――本当に《愛》が籠っているんですか?」

 

「ちょっとリィン……言い過ぎよ」

 

 一方的なリィンの言い分に黙り込んでしまったベントを見兼ねてアリサが口を挟む。

 

「いや……彼の言う通りだよ」

 

 しかしベントはリィンの主張を受け入れて顔を上げた。

 

「おかげで目が覚めた気分だよ」

 

 先程までの陰鬱な表情を一変させ、晴れやかになった顔でベントは応える。

 

「ああ、全くもって君の言う通りだ……

 僕はただ美しい指輪を彼女へ贈ることだけに気を取られて大切なことを見失っていた……

 ミラがないことを理由に七耀石の指輪を諦めたというのに、ミラだけで半貴石の指輪を手に入れて満足しようとしていた自分が恥ずかしい……

 僕は彼女のために背負うべき苦労から逃げていたんだね」

 

「分かってくれましたか……ところで委員長、それにブルック店長」

 

「は、はいっ!?」

 

「何でしょうか?」

 

 突然話を振られた二人は驚いて思わず背筋を伸ばす。

 

「《半貴石の捜索》の依頼はこれで終わりと考えていいんでしょうか?」

 

「え……ええ、皆さんはやるべき務めを果たしてくれましたので……今回のことは不運だったと私からルーファス様にも報告させてもらいます」

 

「そうですか。それじゃあ委員長もこの依頼は終わりということで良いよな?」

 

「ええ、そうですね」

 

 リィンが何を言いたいか理解できずにエマは聞かれるがままに頷く。

 

「それじゃあベントさん。これを――」

 

 リィンはベントに手帳のページを破いたメモを渡す。

 

「これは?」

 

「もし貴方が《樹精の涙》を諦めきれないと思ったら、魔が差す前にその番号に連絡してください……

 くれぐれも、二つ目があるんじゃないかと思って一人で街道に出ないでください」

 

「っ……お気遣い感謝します」

 

 リィンの言わんとしていることを察して、ベントは頭を下げた。

 

 

 

 

 




門前の小僧習わぬ経を読む

アリサ
「はあ……やっぱりリィンと私たちじゃ見えているものが違うみたいね」

エマ
「そうですね。私は目先の課題をこなすことばかり気を取られて他のことは全く気付きませんでした……
 それにアフターケアの気遣いもしっかりできていましたし」

ユーシス
「これが実際の現場を知っている者の差なのだろうな」

マキアス
「フン……あんなの課題の失敗を誤魔化すための言い訳だ。僕は認めないぞ」

アリサ
「でも私の母様に言われたことがあるけど、言われたことを言われた通りにこなすの三流で、言われた以上の結果を出せるのが二流らしいわよ」

エマ
「そうなると一流の条件はなんですか?」

アリサ
「それは教えてくれなかったのよね」

ユーシス
「なかなか含蓄のある言葉だな。流石と言うべきか?」

アリサ
「え……それは……」

ユーシス
「別に他意はないが、家名を明かさないことに不信に感じている奴がいるから気を付けるんだな」

マキアス
「どうして僕を見る。家名を隠しているのはやましい貴族だからだろ。僕が責められる謂れはない――フンッ!」

アリサ
「そ、それはそうとリィン」

リィン
「ん? どうかしたかアリサ?」

アリサ
「さっき、本当の愛とか言ってたけど、やっぱりリベールでそういう相手がいたの?」

リィン
「……え?」

ユーシス
「『そこにちゃんと貴方の気持ちが――本当に《愛》が籠っているんですか?』
 いやいや、やはり現場を経験している者は言うことが違うな」

エマ
「ふふっ……思わずジンときちゃいました」

マキアス
「何が本物の愛だ。貴族のくせに白々しい」

リィン
「…………え?」

アリサ
「《愛の狩人》の異名は伊達じゃないってことかしら?」

リィン
「………………………かはっ!」




オリビエ
「リィン君はボクが育てた!」






実はバリアハートの依頼で《ピンクソルトの調達》をゴルティ伯爵からの《樹精の涙の調達》に変更して《半貴石の捜索》とダブルブッキングさせる課題にするか迷いました。


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