(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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110話 紺碧の海都Ⅸ

 

 

 

「ウオオオオオオオ!」

 

 気合いが十全に込められた少女の雄叫びと共に大剣が空を斬る。

 第二回戦、第三試合。

 《Ⅶ組》と《蛇》の戦い、その一端である二人の女剣士の戦いは一方的だった。

 

「せいっ! やっ! たぁっ!」

 

 二閃、三閃される大剣は《神速》で動くデュバリィを捉えることなく颶風だけを巻き起こす。

 

「そこっ!」

 

 大剣を振り抜き隙だらけの胴体にデュバリィは剣を振るう。

 峰打ちの一撃は確かにラウラの胴体を強打し――

 

「はあっ!」

 

 デュバリィの一撃を防ぐこともできず直撃したはずのラウラは怯まず痛がりもせず大剣を薙ぎ払う。

 

「ちっ――」

 

 逆に技後硬直を狙われたデュバリィはそれでも迫り来る大剣を冷静に見極め、紙一重で避けて距離を取る。

 

「…………今の手応え……その様子……」

 

 デュバリィは冷静にここまで当てた斬撃の手応えと、まるでダメージを受けた様子がなく反撃に転じてくるラウラから解析を形にしていく。

 

「仲間たちのアーツによる補助ではなさそうですわね……

 おそらくは闘気法で自身の防御力を高めて、わたくしの剣を受けていますわね?」

 

「むっ……」

 

 デュバリィの指摘にラウラは図星を突かれたように顔をしかめる。

 

「東方武術で言う所の“硬気功”……その極みの“金剛”という技があるとマスターから聞いたことがありますわ」

 

「流石に博識だな」

 

 リィンから教えてもらった技を言い当てたデュバリィにラウラは感嘆して頷く。

 

「そなたが言った通り、私が今使っている技は“硬気功”だ」

 

「はっ……何をしていたかと思えば地に堕ちましたわねアルゼイドの娘」

 

 認めたラウラをデュバリィは嘲笑う。

 

「攻めのアルゼイドがよりによって防御を固めて戦うなど実に滑稽っ! 傍流に堕ち、ついにはその理念も捨てたということですの?」

 

「…………確かにリィンがこの技を教えてくれると言ってくれた時は何故と思った」

 

 守護に重きを置くヴァンダール流と違ってアルゼイド流は敵を倒す、いわば攻めの流派。

 それに加え、剣士としては邪道とも取れる防御法の“硬気功”はアルゼイド流の――ラウラの好みに反する。

 が、実戦で使ってみてリィンがこの技を推した理由は理解できた。

 

「だが見栄を張った所で今の私はそなたに触れることも、その剣を防ぐこともままならない……

 ならば防御を戦技に任せ、私はそなたを捉えることのみに集中すれば良い」

 

 《神速》の名に違わず、ラウラが彼女の姿を捉えることは困難を極める。

 攻撃に意識を集中してようやく目端に捉えることができる程度、文字通り防御に手と意識を回していてはただ翻弄されるだけで戦いにならなかっただろう。

 

「そうしてようやくなのだ、そなたと戦える土俵に立てるのは……

 ならばその侮辱は甘んじて受けよう。その代わりこの試合は勝たせてもらおうっ!」

 

「ふんっ! 大言壮語も甚だしい……

 “金剛”に至ってない貴女の“硬気功”でわたくしの剣を完全に防げてはいないでしょうに?」

 

「その通りだ」

 

 デュバリィの指摘をラウラは潔く認める。

 

「だがそなたが《速さ》を誇る様に私も《力》にはそれなりの自信を持っている……

 そなたが“硬気功”を抜くために何撃必要だ? その間に私が一撃でも捉えることができれば十分勝機はある」

 

「…………はっ」

 

 堂々と言い切るラウラをデュバリィは鼻で笑う。

 

「そこまで言うのなら良いでしょう……わたくしもシュバルツァーと戦うために用意していたこの技でその防御を抜いてやりましょう」

 

 デュバリィは剣を縦に構え、闘気を高める。

 本来はデュバリィのとある心情で使うことを毛嫌いしていた剣技。

 

「洸翼剣っ!」

 

「っ!?」

 

 デュバリィの剣に宿った“洸翼”にラウラは目を見開く。

 それはまさしくアルゼイド流の真髄である“洸翼”の刃。

 

「この技について貴女に説明する必要はないでしょう」

 

「む……」

 

 何故、という疑問が当然頭に過る。

 

「この“洸翼”を持ってその無様な“硬気功”を破らせてもらいますわっ!」

 

 嘘である。

 無様と言いながらデュバリィは死ぬほどラウラのことを羨ましく思っている。

 “硬気功”と“金剛”は彼女が敬愛するマスターも使っている技。

 適正と体質からマスターがそれをデュバリィに教授してくれることはなく、デュバリィの才能にあったのは“洸翼”だった。

 故にデュバリィは改めて目の前の女を敵と認定する。

 

「ふんっ! 父上に劣る程度の“洸翼”で勝った気にならないでもらおうか」

 

 精一杯の強がりをラウラは返すが、嘘である。

 デュバリィの“洸翼”の輝きは父に迫るものがあり、自分のそれよりも数段洗練されているのは一目で判る。

 自分が“硬気功”という別の技術に頼らなければ戦いにすらならないのに、その相手が自分の分野で上を行っていた事実に死ぬほど悔しく歯噛みをせずにはいられない。

 故にラウラは改めて目の前の女こそが自分の仇敵だと捉える。

 

「行きますわよっ!」

 

「来いっ!」

 

 互いに負けたくない気持ちを胸に二人の女剣士が激突する。

 戦いは傍目から見れば一方的なものだった。

 しかし、それは決して勝敗を決するものではない。

 圧倒的な速度で敵を翻弄し、一方的に攻め立てるデュバリィ。

 対するラウラはどれだけ攻撃を受けても小動もせず、撃たれた攻撃に合わせて剛剣を振るう。

 最初は大きく空振るだけの反撃も試合が進むにつれて、デュバリィに近付いて行く。

 

「ハアアアアアッ!」

 

「オオオオオオッ!」

 

 怒涛の勢いで攻め立てるデュバリィに、徐々に《神速》に近付いていく剛剣。

 どちらが先に相手の技を上回るか、意地のぶつかり合いとも取れる手に汗握る攻防に観客たちは沸き立った。

 そして――

 

「待ってくれっ! すまなかった。この通りだっ!」

 

 戦場のもう一方ではこの衆人環視の中、盛大な命乞いが行われていた。

 

「なっ!?」

 

 止めの一撃を放とうとしたユーシスは目の前の男の土下座に固まった。

 彼の装備のアサルトライフルを前に差し出すように置き、無防備な後頭部を晒すギルバートの姿にユーシスは困惑を隠しきれなかった。

 清々しく、あまりに堂々とした土下座。

 それに加えて彼の全身から感じられる怯えた素振りと小物臭さ。

 ユーシスはその立場から功名な家庭教師を始め、尊敬する兄から武術の手解きを受けて来たが、このような無様を晒してまでされる命乞いは初めてであり、降伏した相手に振るう剣をユーシスは教わっていない。

 

「審判、これは降参と判断すれば良いのか?」

 

 ユーシスは振り返り、審判に判断を仰ぐ。

 

「ふむ? まだ彼の口から“降参する”という言葉は出ていないが?」

 

「何……?」

 

 審判の判定にユーシスは顔をしかめる。その背後でその男は目を光らせた。

 

「ひっかかったなっ!」

 

「っ――しま――」

 

 土下座から身を起こしたギルバートはユーシスが振り返るより早く、目の前に置いたアサルトライフルに手を伸ばすことなくジャケットのポーチから殺傷性を抑えたグレネードを取り出した。

 ピンを抜いて投げる。

 その一連の行動は澱みなく、ユーシスが振り返る一秒に満たない刹那。

 いったいどれだけその行動を繰り返したのか、土下座から始まる不意打ちはまさに達人と呼ぶに相応しい早業。それは誰にも真似できない程に洗礼されていた。

 

「喰らえっ!」

 

 投げつけられた爆弾にユーシスができることはなく、無防備な彼の目の前でそれは爆発を――

 

「ユーシス危ないっ!」

 

 致命的な場面に割って入ったのは小さな体躯とその彼女が付き従えた白い傀儡。

 ミリアムはユーシスを抱きかかえるように庇い、アガートラムはバリアを展開する。

 

「へっ……?」

 

 投げつけた爆弾はバリアに弾かれ、頭を抱えて伏せたギルバートの前に落ちて爆ぜる。

 

「みぎゃあああっ!」

 

 そして炸裂した衝撃にギルバートは吹き飛ばされるのだった。

 

「へへーん! 油断大敵だよユーシス」

 

「――っ……助かったミリアム」

 

 得意気に笑いかけるミリアムにユーシスは胸の奥から沸き立つ苛立ちを呑み込み、目を逸らして拳を固く握りしめながら礼を口にするのだった。

 一方に戻り――

 

「――ッ――ここだっ!」

 

 それまで躱すことを一切放棄していたラウラはデュバリィの一撃を見切り、身体を沈ませてその一閃を回避することに成功する。

 

「なっ!?」

 

 これまで回避の動作を一切捨てていたラウラの行動にデュバリィは大きく剣を空振りしてしまう。

 その作り出した隙を狙い、ラウラは大剣を横薙ぎにして《神速》を捉える。

 しかしその一撃は刹那で間に合わせた盾によって受け止められる。 

 

「くっ――ここで押し切るっ!」

 

 千載一遇のチャンス。ここが決め所だと力を込め――

 

「ぐっ――舐めるなっ!」

 

 盾ごと押し潰そうとする圧力に対抗するようにデュバリィは咆哮する。

 彼女の技量なら片腕を犠牲にしてもその一撃を躱すことはできた。

 しかし、退くことを良しとしなかったデュバリィが選んだのは前進。

 大剣が盾を構えた左腕を押し潰し、身体ごと薙ぎ払おうと圧力が増す。

 対するデュバリィは空振った剣を返す刃に《洸翼》を乗せ、もう一度振り下ろす。

 その速度はまさに《神速》。

 ラウラの一撃に圧倒的に遅れて後出した一撃にも関わらず、互いの剣がそれぞれの胴を薙ぎ払ったのは全くの同時。

 アルゼイドの剛剣が《神速》を捉え、《洸翼》が“硬気功”を貫く。

 

「がはっ!」

 

「ぐふっ!」

 

 互いに力の乗った一撃を受け、二人はぶつかり合い、弾かれるように吹き飛ばされて地面に転がった。

 観客たちはその光景に静まり返り、立ち上がる気配のない両者に審判が《Ⅶ組》の勝利を宣言するのだった。

 

 

 

 

 第三試合の片付けも終わり、審判が観客に向けて声高らかに次の試合のカードを読み上げる。

 

「それではこれより第二回戦最終試合、ロランス・チームとクロイツェン州チームの試合を始めさせていただきます」

 

 それは誰かの思惑が絡んだ組み合わせだったのか。それとも女神の巡り合わせなのか、悪魔の計らいなのか。

 どんな理由があったとしても決勝戦を待たずに彼らはぶつかり合う事となった。 

 

 

 

 

 






宿敵

ラウラ
「ぶす~……」

ユーシス
「むぅ……」

ガイウス
「二人とも、ひとまず勝ち進めたことを喜ばないか?」

ミリアム
「そうそうかっこう悪くても勝ったんだからいいじゃん」

ラウラ
「…………確かにそうだが引き分けで勝ち進むのは……うぐぐ」

ユーシス
「兄上の前だったというのに俺は何たる無様を晒してしまったのか……」

デュバリィ
「ふんっ! 何を項垂れてやがりますの?」

ラウラ
「そ……そなたは……」

デュバリィ
「どんな形であれ私に勝ったのですから胸を張って次の戦いに臨みなさい……
 言っておきますが、実戦なら余裕で貴女程度の“硬気功”など抜いて差し上げていたのですから、勘違いするんじゃないですわよ、ラウラ・S・アルゼイド」

ラウラ
「っ……ああ、次に戦う時は必ず勝って見せるっ!」

ギルバート
「ふっ! 今日は不覚を取ってしまったが精々頑張ることだねリィン・シュバルツァーの取り巻き君たち。はははっ!」

ミリアム
「何であの人負けたのにあんなに元気なの?」

ガイウス
「さあ?」

ユーシス
「イラッ……」




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