(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
黒い焔で固められた剣が五つ、宙を舞う。
ルーファスが振る剣に合わせ縦横にリィンを狙って虚空から振るわれる剣群。
その剣筋や力は目の前の本体には劣るものの、間違いなくルーファスの剣筋であり、まるで複数の彼と戦っているのではないかという錯覚を思わせる。
「流石だねリィン君。アルバレア家の秘剣術を初見でこうも簡単に捌くとは」
「こんな凄い技を持っていたなんて聞いていませんよ」
ユミルで何度か手合わせをした時にはなかったルーファスの技にリィンは戦慄すると共に言葉を返す。
「はは、君にそう言ってもらえるとは光栄だね……
私も聖女殿に惨敗をしてから何もしていなかったわけじゃないよっ」
左右から挟むように飛来する黒剣をリィンが弾く、それに合わせてルーファスは正面から踏み込み連続突きを放つ。
一手早く、リィンは後ろに跳んで、その切先は彼の眼前で止まる。
「ふっ――」
剣群を操作し、自分の突きに追従するように後方から撃ち出すように飛ばす。
リィンが地面に着地するよりも早く二つの剣は彼を貫く――はずが、剣はリィンの影を突き抜けた。
「二の型――」
代わりに声は背後から。
「――《裏・疾風》」
背後からの横薙ぎの一撃をルーファスは自分の剣と二つの剣群を交差させて受け止める。
「流石だねリィン君」
二度目の賞賛を繰り返し、ルーファスは冷や汗をかきながらも余裕の笑みを取り繕う。
「しかしこれで君の剣腕は見切らせて――」
おおよそ三本分の剣を使えばリィンの剣を止められる。
そう勝ち誇ろうとしたルーファスだったがリィンは剣を防がれたままの体勢から足を組み替え――
「一の型――《螺旋撃・零》」
「っ――」
受けて止めたはずの一撃。
そこから振り被ることなく、刃を合わせたままリィンは足の位置を踏み変える。
それだけで受け止めていたはずの太刀に力が生まれ、ルーファスは折り重ねた剣ごと纏めて薙ぎ払われる。
「はは……それが東方武術の発勁と呼ばれるものの真髄か」
大きく空中を舞うことになりながらも危なげなく足から着地したルーファスはリィンの剣の秘密を冷静に分析する。
残像を残し目にも止まらない速度で動く《疾風》。
身体の連動を最大効率で運用し、剣を振るうことなく大の大人を吹き飛ばす《螺旋》。
どちらもユミルでの合宿の際に触り程度に教えてもらったが実戦での手合わせでは別物と思えるほどに鋭さを増している。
「つくづくユーシスが羨ましく感じるよ」
「ユーシスが羨ましい?」
肩を竦めて漏らした愚痴にリィンは首を傾げる。
「自慢というわけではないが、私がトールズ士官学院の生徒だった頃はそれはもうつまらないものでね」
ルーファスは当時のことを思い出して苦笑を浮かべる。
アルバレア家の威光にすり寄ってくる貴族たち。
アルバレア家の家名を畏れて目を合わせようともしない平民。
競い合えるような相手はおらず、座学も実技も主席として入学して卒業してしまった学院生活。
家臣やユーシスは流石だと賞賛してくれたが、ルーファスにとってはひどく退屈な灰色の青春だった。
「その点今年は君がいる。ユーシスはさぞかし充実な学院生活を送れているだろう」
「はは、そうだと良いですが」
「そういう意味では去年の学院も中々面白いことをしていたね」
「トワ会長達がですか?」
「ああ、前代未聞の平民生徒の生徒会長。前生徒会長や反対する貴族生徒たち、アンゼリカ君を生徒会長へと支持する女生徒たち……
熾烈な選挙争いがまさかあんな展開になるとは」
「あんな?」
気になる話の内容にリィンは思わず聞き返す。
トールズ士官学院の理念は平等。
しかし、現実問題としてそれがうまく行っているわけではない。
現に入学式の時の四月の段階では貴族生徒の新入生たちは平民が生徒会長だということに良い顔はしなかった。
「ああ、それはね――いやこの話は今度にしようか!」
言って、会話による時間稼ぎを完了させたルーファスは左手を号令として振り下ろす。
「ブルドガングレインッ!」
五つの焔剣がリィンを取り囲むように上空から飛来して地面に突き立つ。
「アグリオス――」
五つの焔剣を起点に球状の結界陣でリィンを包み込み、ルーファスはおもむろに自分の剣を傍らに突き立てる。
代わりに己の闘気で聖剣を作り出す。
「アイオロス――」
作り出した聖剣を結界陣に投げ放つ。
即興でアルバレア家の三つの奥義を組み合わせた必殺、名付けるとするならば――
「トリニティキャリバーッ!」
聖剣が結界陣を貫く。それを合図に五つの焔剣が一斉に同時に爆発した。
*
――これはダメだな……
イオを前にマクバーンの思考が乱れる。
それは決してイオが物足りないというわけではない。
最初から全力を出さないと取り決めていた大会の試合、自分の本領を制限して《剣》の二つ名を冠している二人と戦えば逆に不完全燃焼で負けると思えばイオはこの上ない適任でもある。
踊るように舞う剣技は物珍しいが、小さな体躯に反した膂力は侮れない。
強いて不満を上げるならまだ本調子ではなさそうという点とあえて属性が合っていない水の魔剣を使っている点だが、剣の腕がまだ未熟なマクバーンにとっては丁度いい相手でもあった。
何より自分の焔で焼かれないという点が良い。
一割の焔から徐々に釣り上げて行った焔は既に半分の出力に至っている。
だが、それでも焔に臆することもなければ彼女が使う曲刀も揺るがず、焼け落ちる気配もない。
まだ上があると思えば後の愉しみとして呑み込める。
――幻焔計画、思っていた以上に楽しい祭りになりそうだな……
イオと剣を交えながらそんなことをマクバーンは考える。
「しかし、これはどうしたもんかな?」
「お? もしかして降参?」
マクバーンの呟きにイオが答える。
「いや、そうじゃなくてだな……」
頭を掻きマクバーンは胸を駆り立てる衝動を持て余しながら答える。
「この戦術リンクって奴はどうやら思考の共有だけじゃなく、表層の意識も感じさせるみたいでな」
直後、石柱群が下からの爆発で大きく揺れた。
「おお!?」
「あん?」
振り返った二人の目に入ったのは深紅の闘気を纏ったリィンが打ち上げられ、そして落ちていく瞬間だった。
「……派手にやってるねー」
「は、良いのかよ。そんな感想で?」
「まあ見た感じ、五体満足だったし大丈夫じゃないかな?
それよりそっちのお兄さんの方がむしろ危ないんじゃない?」
「それこそ気にする必要はねえだろ。暴走することも織り込み済みで使うって言っていたからな」
「それにしては君はさっきから随分と下の戦いを気にしているみたいだけど?」
イオの質問にマクバーンはため息を吐く。
「さっき言ったろ。戦術リンクでルーファスの阿呆と俺はいま繋がっているわけだ……
つまり景気よく俺の“焔”をぶっ放している快感とか解放感とかが俺にまで伝わってくるわけだ」
「ふむ……つまり?」
聞き返すイオにマクバーンは沈黙を返す。
今はまだ自重できるがこれ以上、彼の想念に触れていては我慢が続くか自信がないマクバーンだった。
*
「解析完了……したけど……」
読み取ったロランスのデータにナーディアは止まる。
「どうした……ナーディア?」
息も絶え絶えにその時を待っていたスウィンは振り返らずに言い淀むナーディアに答えを求める。
「えっとね……これ無理」
「…………は?」
これまで聞いたことがない相棒の答えにスウィンは思わず振り返る。
「力、速度、技……視野の広さに自分の弱点の熟知……
地力の差は天と地ほど、残念だけどなーちゃんたちの勝機は――今、消えた」
「おいおい……」
ドヤ顔からの敗北宣言にスウィンは剣を構えながら肩を落とす。が、その気持ちは誰よりも共感できていた。
ナーディアが解析するための時間稼ぎとして幾度も剣を交えていたからこそ分かる絶対的な実力差。
それこそあのエンペラーよりもずっと強いのではないかと思えるほどに。
「どうした、もう諦めたのか?」
「っ――」
「むっ――」
ロランスの言葉に二人は勝機を見出そうと考える。
「この程度の不可能を覆せないのなら、潔く“組織”に戻ることを勧めるぞ」
「何っ!?」
「あんな煉獄よりひどい場所に戻れだなんて、お兄さんひどいこと言うね」
「お前達がこれから歩むことになる表の世界、それが必ずしも安息なものだと誰が保証する?」
睨んで来る二人にロランスは容赦なく現実を突きつける。
「“組織”は“結社”と違い裏切り者を許さないのだろう?
その“組織”はお前達二人を始末できない程に脆弱な構成員しかいないのか?」
「それは……」
「ましてや敵を傷付けることにさえ怯えている剣で逃亡生活を生き抜けると思っているのなら、甘い」
「っ――」
内心を言い当てられてスウィンは息を呑む。
「その程度の腕で“不殺”を貫けるとでも思っているのか?」
「それは……」
「それとも危機に陥るたびにシュバルツァーに助けてもらえば良いとでも思っているのか?」
ロランスの指摘にスウィンとナーディアは黙り込む。
それは心のどこかで思っていた。
命を助けられ、温かい食事に仕事の斡旋。更には生き抜くための技まで教えてもらった。
人生を振り返るまでもない、初めての施しに心地よさを感じていたのは紛れもない事実だった。
“人殺し”はおろか、武器も捨てられるんじゃないかと思える淡い希望まで夢に見てしまった。
そんな、リィンに負担しか掛けない“願望”――“欺瞞”をロランスは暴き立てる。
「ただ逃げ惑う事しかできないというのなら、ここで生き残ったとしてもお前達に未来はない」
「だからって……」
「はっきりと言うんだね」
スウィンとナーディアはバツを悪くして俯く。
リィンは自分達の事情を考えてエンペラーとの決着を譲ってくれたが、本音を言えばあの場でエンペラーを殺してくれて二人は一向に構わなかった。
彼にとっては脅威にならない相手でも、自分達はまだ彼の“重力”を攻略するための糸口さえも見つけられてない。
「エースも馬鹿なことをしたものだ……
こんな足手纏いに拘らなければ無駄死にをさらすこともなかっただろうに」
「何だと……?」
「エースの死は無駄だったと言ったんだ」
「ぐっ――取り消せっ!」
「そうだよ! お兄ちゃんのこと何も知らない貴方にとやかく言わないでっ!」
「いいや、エースは敗北者だ!
それにお前達とて、あいつの真意を理解していたわけではないだろ? 特にスリーの方は少し前まで恨んでいたんだろ?」
「それは……」
ロランスの指摘にスウィンは図星を突かれて黙り込む。
「もういい。すーちゃん、この人は“殺そう”」
「待てナーディア! 落ち着け」
冷たい光を目に宿したナーディアをスウィンは肩を掴んで止める。
自分達の業が深いものだと自覚していたが、こうも簡単にスイッチが切り替わってしまうことをスウィンは痛感する。
「大丈夫だよすーちゃん、試合には勝てなくても殺す方法ならあるし、今なら事故として――」
その瞬間、足場にしていた石柱が揺れる程の爆発が起きた。
「何だっ!?」
立ち昇る黒煙の大きさにスウィンは絶句する。
立ち位置的にはルーファスの攻撃によるもののようだが、彼の相手をしていたリィンの姿は見当たらない。
「リィンさんは?」
「まさかやっちゃったの!?」
姿が見えないリィンを二人は慌てて探し、ロランスは逆に上を見上げた。
「派手にやられたな」
直後、スウィン達とロランスの間にリィンは着地する。
「死ぬかと思った……」
深紅の闘気を纏ったリィンは大きく息を吐いて安堵する。
「いやいや……」
「むしろ何で死んでないんだ?」
爆発の規模を考えれば肉片一つ残さなくてもおかしくない程の威力。
現に深紅の制服は見るも無残なものに変わり果てている。もっともリィンの目に見えた負傷は頭から流れている血くらいなのだが。
しかし、エンペラーを圧倒したリィンのそんな姿にスウィンとナーディアはリィンが人間だったのかと確認する。
「手を貸すか?」
「いえ、大丈夫です」
ロランスの申し出をリィンは短い言葉で拒否して、ルーファスを上から見下ろす。
ルーファスは爆心地にいないリィンを探し、顔を上げて石柱の上にいるリィンを見つける。
が、追撃を仕掛ける様子はなく、息を整えることに集中している。
「……レーヴェさん」
「何だ?」
「俺は本当に強くなっているんでしょうか?」
「何をいまさら?」
「《鬼の力》は使わない。思えば随分と傲慢な提案したんだと思って……
今まで俺は《鬼の力》に頼って死地を切り抜けてきたのに、見下していたわけじゃないのに相手が“結社”じゃないからって慢心していたのかもしれない」
「だったらどうする? 別にペナルティを決めた約束でもない。律儀に守る理由はないぞ」
ロランスの問いにリィンは沈黙を返す。
そして短い逡巡の後に口を開く。
「…………いえ、ルーファスさんは俺がこのまま倒します。ただ後のことは頼みます」
そう宣言してリィンはおもむろに振り返る。
「あと二人をあまりいじめないように」
その言葉にロランスは嘆息だけで応える。
「二人とも、この人は口は悪いし不器用だけど。決して悪い人じゃないから」
「お前はこいつらに甘過ぎる」
勝手なことを言うリィンにロランスは言い返す。
「そんなことないと思うけど……まあとにかく二人も頑張れ」
敵なのに声援を送っている時点で甘いと思うスウィンとナーディアだったが、それを指摘する前にリィンは足場から飛び降りる。
「…………リィンお兄ちゃん……」
「マジかよ……って言うか審判は何してんだよ試合で使って良い様な技じゃねえだろう?」
尋常ではなくなっているルーファスに迷わず向かっていくリィンにナーディアとスウィンは正気を疑う。
「それで、お前達はどうする?」
リィン・シュバルツァーは臆さず向かって行ったぞ、と言わんばかりにロランスは二人に問いかけた。
*
「お待たせしましたルーファスさん」
「いや、こちらも良い休憩ができたよ」
石柱群の天辺まで吹き飛ばされたリィンをルーファスは笑みを持って迎える。
「まさかアルバレア家の三つの秘奥義を駆使してもその程度のダメージしか与えられないとは、恐れ入るよ」
「いえ、死ぬかと思ったんですけど……
というか明らかに反則を取られる過剰攻撃だと思うんですが?」
リィンは審判に視線を送る。
が、しかし紳士の審判は何事もなかったかのように続行の意志を手で示す。
「ちっ……」
使えない審判にリィンは思わず舌打ちをする。
「反則と言うならその紅い闘気、《鬼の力》を使った君もルール違反ではないのかな?」
「《異能》を使わないと言うのは俺達三人の中での話です。それにこれは《鬼の力》ではありません」
「それはそれは……ならば意地でも君の《鬼の力》を使わせたくなってきたね」
そう言ってルーファスは剣を掲げる。
「アルバレアの三秘剣では君に届かないと言うのならシンプルに行こう。ブルドガングレインッ!」
ルーファスは最初の戦技を使う、ただし数は五本ではない。
数にすれば百に届くかという剣群。
「さあ、これを前にいつまで意地を張り続けられるかな?」
羅刹を彷彿とさせる獰猛な笑みにリィンは肩を竦める。
「《鬼の力》は使いません……ですが、俺の力の全力で御相手します」
リィンは太刀を正眼に構え、意識を集中する。
身体に纏っていた深紅の闘気が激しく燃え立つ。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!」
腹の底から雄叫びを絞り出し、深紅の闘気はその色彩を漆黒に染めていく。
「っ――」
ルーファスは高まる威圧感に息を呑む。
聖女の“神騎合一”に迫るのではないかと思えるほどに力強さに満ちた闘気。
これでもまだリィンが力を出し惜しみしている事実にルーファスは自分の感覚を思わず疑う。
「はぁ……」
漆黒の闘気をその身に纏い、リィンは呼吸を落ち着かせる。
「リィン君……それは……?」
「“ウォークライ”……猟兵が使う闘気法です」
「猟兵の技まで使うか……」
ルーファスは改めてリィンの引き出しの深さに感嘆する。しかし――
「まだこれで終わりじゃありません」
「何……?」
「ラウラ、よく見ておくんだ」
その呟きは目の前のルーファスではなく、控室でこれを見ている少女に向けたもの。
「外気功――」
大気に満ちる“外気”をリィンは取り込み、極限まで高めた“内気”と体の中で混ぜ合わせ、高め合わせる。
これが《銀》が一代で“魔人”と呼ばれるに至たらせた技。
「“神気――」
その瞬間、どこからともなく“蒼き歌”とそれに遅れて“魔の笛”の音が闘技場全体に響き渡った。
その頃――
スカーレット
「予定よりだいぶ早いけど、宝珠が凄い勢いで燃えているんだけど?」
オーレリア
「うむ、機は熟した。始めてくれたまえ」
アルベリヒ
「お待ちください。ルグィン伯爵!
儀式は大会の決勝戦、大会が最も佳境となる黄昏時に行われる想定です!
今ここで儀式を始めてしまえば闘争のエネルギーが足らず、ロアの顕現が不十分になりかねませんぞ!?」
オーレリア
「いいや、十分だ。既に闘技場には十分な闘気に満ち溢れている……
むしろこのままでは彼らに全てを持って行かれてしまうだろう」
スカーレット
「私はどちらでも良いのだけど……
この“降魔の笛”とノーザンブリアで手に入れた“賢者の石”を使って“ロア・エレボニウス”とやらを闘技場に顕現させる……
私は武術大会を妨害したテロリストとして領邦軍に掴まることになるわけだけど、丁重に扱ってくれるんでしょうね?」
オーレリア
「ああ、もちろんだ。だから早く」