(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「はあ……本当にバルデルを女にしたみたいな嬢ちゃんだな」
爛々と目を輝かせ、必殺を次々に繰り出して来るオーレリアにルトガーは呆れる。
「どうした猟兵王!? 貴様の力はその程度ではないだろっ!?」
やる気を見せないルトガーに対してオーレリアは留まることを知らないと言わんばかりにその勢いを激しさを増していく。
「そう言われてもな……」
苛烈さを増していくオーレリアの攻撃に対して、ルトガーはどこか覇気がなく積極的な反撃もせずに防戦に徹していた。
「むう……ならば――」
「くっ――」
不愉快だと言わんばかりの唸り声を仮面の下から漏らしたオーレリアはさらに剣戟の回転数を上げる。
本気にならないと言うのなら、無理矢理引き出してやると言わんばかりの攻勢にルトガーは苦悶の表情を浮かべる。
――まさか俺がここまでセンチメンタルだったとはな……
激しい攻撃を受けているにも関わらず、いつもなら昂っているはずの本能が大人しいことにルトガーは自嘲する。
今回の大会だけではない、帝国最大の基地であるガレリア要塞を強襲した時もルトガーの胸中には熱は灯らなかった。
――原因はおそらくバルデルとの戦いで満足しちまったせいだろうな……
血湧き肉躍る魂の削り合い。
例えそれが仕組まれたものであったとしても、ルトガーにとってあの一時は最高の瞬間だった。
そんな好敵手との逢瀬と比べてしまえば、例え《黄金の羅刹》が相手であっても物足りなさを感じてしまう。
それに思考の隅にこびりつく疑問がルトガーの動きを鈍らせる。
――俺は本当にあいつに勝ったと言えるのか?
猟兵の界隈では、最終的に生き残った方が勝ちだという風潮がある。
だが今の自分は果たしてあの戦いを生き残ったと言えるのか。
相打ちという結果に満足して死んだはずなのに、気付けば不死者となって現世に舞い戻ってしまった。
唯一の心残りだったフィーとのケジメを付ける機会を得られたのはありがたいが、果たして今の自分の姿をバルデルが見たらどんな顔をするだろうか。
「“猟兵王”の実力はその程度か!? ならば“闘神”とやらも噂だけの猟兵と言う事か?」
期待外れだとオーレリアは失望を滲ませ、意識はルトガーから別の場所で戦っているリィンへと思考が誘導される。
「まあ良い。ならば早々に叩き斬り、今度こそシュバルツァーと心行くまで死合うとしよう」
オーレリアは宝剣を構え、全身に鬼気を漲らせる。
いつもより漲っている力にオーレリアは疑問を感じず、むしろ気分を高揚させて必殺の一撃を繰り出す。
「王技――破邪顕正っ!」
繰り出すのはヴァンダールの剛剣の一撃。
“闘争”の想念のバックアップを受けたそれはオーレリアにとって生涯で最も力の乗った一撃となる。
例え期待外れであったとしても慢心なく、“猟兵王”を一刀両断するつもりで宝剣を一閃する。
しかし――
「物足りねえよ、嬢ちゃん」
生涯で最高の一撃をルトガーは正面からバスターソードで受け止めた。
「なっ!?」
踏ん張ったルトガーの足元の大地に放射状の亀裂が走り、隆起してオーレリアの一撃の威力を物語る。
だが、その一撃を受け止めたルトガーは特に痛痒を感じさせずに剣を合わせたバスターソードを一閃してオーレリアを押し返す。
「――っ、ようやくやる気になったか」
空気が変わったルトガーにオーレリアは驚愕を振り払い、仮面の下で頬を釣り上げる。
しかし、ルトガーはその言葉に応えずやれやれと肩を竦めて独り言を呟く。
「まさかあんな言葉でやる気になるとはね……ここまで女々しかったとは」
むしろスイッチの入ってしまったことにルトガーは嘆く。
自分の事は何と言われても構わない。
しかし好敵手だった彼の事まで貶されたことが引き金となってルトガーの意識を変えたことに我が事ながら嘆く。
「ルトガー、援護は必要ですか?」
「いらんいらん、お前さんはあの二人が死なないように見てやってくれ」
「了解」
ルトガーの指示に紫紺の戦術殻に抱えられたシオンは踵を返す。
「随分と余裕だな?」
「世界の広さを知らないお嬢様にあまり目くじらを立てるもんでもないだろ?」
「……世界の広さなら知っているさ」
「そうか? それにしては随分と物言いが小物臭いように聞こえるが」
「何だと……?」
「“弱い犬程良く吠える”ってな……
“羅刹”なんて大層な二つ名を名乗っているみたいだが、二年前のシュバルツァーより弱いんじゃないのか?」
軽薄な態度から出て来た言葉にオーレリアは深く深呼吸をする。
「私にそのような言葉を言ったのはそなたが初めてだ」
「そりゃあ嬢ちゃんは偉い貴族様だから気を使ってくれてたんだろう?」
「…………良いだろう。ならばそなたの首印を取って我が力の証明としよう」
侮辱の言葉に動揺することなく、オーレリアは宝剣を構え闘気を漲らせて宣言する。
「だから、あまり強い言葉を使うなって、弱く見えるぜ」
凄みを増したオーレリアに対してルトガーの態度は変わらない。
そんな態度にオーレリアは“呪い”に煽られて苛立ちを感じる。
「そこまで言うのなら――」
「だから喋ってないでさっさと来いよ」
無駄話と言わんばかりに言葉を遮り、手招きまでされた挑発にオーレリアは宝剣の刃に黒い洸を迸らせる。
「受けてみろ! 王技――洸刃顕正っ!」
先程の最高を超える一撃をオーレリアは柱にも見える洸剣を掲げて振り下ろす。
《聖女》との戦いで得た敗北の経験を呑み込み、編み出したアルゼイド流とヴァンダール流の剛剣を合わせた王の技。
「はっ!」
極光の刃にルトガーは闘気を漲らせる。
その色は黒ではなく、紅と翠。
好敵手と殺し合い、まさに言葉通り死線を超えた互いに喰い合って辿り着いた“オーガ”を超えた息吹。
そこから繰り出される一刀に名前はない。あえて付けるとするならば――
「クリティカル・ワン」
極光と双色の刃がぶつかり合い、互いを滅する闘気はせめぎ合い、余波は衝撃波を生み出し風は荒れ狂う。
「悪いな嬢ちゃん――」
鍔迫り合いの中、ルトガーはやはり軽薄な声で話しかける。
「――この程度だ」
「っ――!?」
そう言ってルトガーは一気にバスターソードを振り抜いた。
拮抗は崩れ、オーレリアは極光の刃を折られて猟兵の一撃に吹き飛ばされた。
「“黄金の羅刹”……聞いていた程じゃなかったな」
闘技場の壁に埋まったオーレリアを一瞥し、ルトガーは踵を返す。
「さてと、そろそろバカ息子たちを躾に行くか」
歩き出そうとした一歩を止め、ルトガーは振り返った。
見向きもされずに去って行くルトガーにオーレリアは――
「ああ……」
壁に埋もれながら歓喜の吐息を漏らす。
「ああ…………私が求めていたのはこれだったのか……」
その体には黒い瘴気が集まり、漆黒の仮面は蠢くように目元から顔全体へと広がって行く。
全身に走る痛みはその瞬間にも癒えて、更なる活力を与える。
――殺せ――
オーレリアの意志に呼応するように黒い瘴気は囁く。
それに身を委ね更なる力をオーレリアは――
「――黙れ」
囁きに諍う言葉を返した。
「邪魔をするな……」
広がる仮面の蠢き止まる。
「お前は必要ない」
オーレリアは宝剣の石突を勢いよく自分の顔に打ち付ける。
その衝撃に仮面は割れ、オーレリアは力任せに自分を覆い隠そうとしていた黒い仮面を剥ぎ取って捨てる。
「これは私が求めた“闘争”だっ! 誰にも邪魔はさせないっ!」
《黒》に塗りつぶされていた闘気に《黄金》が戻る。
むしろその輝きは浸食を受けていた以上の絢爛な光となって、彼女が埋まっていた壁を吹き飛ばす。
身体を芯を熱くする衝動にオーレリアは叫ぶ。
「何処だ猟兵王っ! 私はまだやれるぞっ!」
しかし叫びは空しく、そこにもう猟兵王はいない。
「っ――」
見向きもされなかったことにオーレリアは歯噛みし、彼の姿を探そうと――
『《起動者》候補に告ゲル――』
頭の中に直接響く声にオーレリアは振り返る。
闘技場の中心、魔法陣の中に顕現したのは黒い巨人。
そこでオーレリアは儀式のことを思い出す。
『コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片――』
後ろ髪を引かれながらもオーレリアは宝剣を手に疾走を始める。
『手ニスル資格ガ汝ニアリシカ――』
それの顕現に合わせて闘技場で渦巻いていた瘴気はそれに呑み込まれて、正気を取り戻した暴徒は呆然と立ち尽くす。
そんな中を駆け抜け、誰よりも早くそこに辿り着いたオーレリアは叫ぶ。
『コレヨリ《最後ノ試シ》ヲ――』
「その首もらったっ!!」
口上を遮ってオーレリアは宝剣に極光を纏わせて襲い掛かった。
*
「ここまで避難すれば大丈夫か?」
まともに身動きができないルーファスをスウィンとナーディアは両側から支え、闘技場の出入口に辿り着く。
「どうやらすーちゃん達は完全に眼中にないみたいだね~」
「不幸中の幸いだな」
恩人のリィンが戦っていることに思う所はあるが、正直人智を超えた乱戦に割って入る度胸はスウィンにはなかった。
「って言うか、何であの人数差ですり潰されないんだ?」
「う~ん……《八葉一刀流》……噂通りの一騎当千ぶりだね~……《理》に至るってあそこまで凄かったんだ~」
噂に違わないリィン達の実力に感嘆しながら、ナーディアは治癒術を駆動させてルーファスの体に掛ける。
「ふふふ、なーちゃんの治癒術は高いですよ~」
「いや……それには及ばない」
冗談交じりの言葉だったが、返って来た答えは意外な程に覇気のないものだった。
「どうかしたのか? 頭でも打ったのか?」
スウィンは無遠慮に尋ねる。
スウィンが知っているルーファスは貴公子の顔をした野心家。
今の状況もルーファスは知っていた素振りもあり、まだ何かを企んでいるのではないかとさえ考えていた。
「……私は負けたのだな」
ルーファスに呟きにスウィンとナーディアは顔を見合わせる。
「もう試合どころじゃないと思うが」
「なーちゃんは賞金とか報酬がどうなるか気になるんだけどな」
呆然と自分の腕を見下ろすルーファスにはスウィン達はこれからのことを考える。
「報酬は約束通りの額に色を付けて払おう」
「よしっ!」
ルーファスの言葉にナーディアは拳を握る。
「この“異変”に関しても程なくして終わるだろう」
「何だ、やっぱりあんたの仕込みだったのか」
ルーファスの言葉にスウィンは納得する。
リィンやⅦ組に対しての的確な指示を出していただけに疑っていたが、自分から言い出したルーファスに目を丸くする。
「うーん、それじゃあこれってどういう状況なの?」
控室にいた前の試合の勝者たちに観客席にいた敗者だけに関わらず、様々な戦士たちが入り乱れる大乱闘。
渦巻く濃い“闘争”の想念に気を抜けば酔って自分達もその輪の中に飛び込んでいきたい衝動をナーディアは感じる。
それを誤魔化すために頭を働かせて状況把握に努める。
「あそこに見えている巨大な魔法陣から現れようとしている存在……
あれはリィン君が持つ“騎神”の乗り手を決める選定者のようなものだ……
あれを倒した者が《大いなる騎士》の一つの乗り手になることができる。私はそう聞いている」
「それで? 貴方はどうするつもりなの?」
治癒術を受けることを拒否してただ闘技場の乱闘の観客になっているルーファスにナーディアは尋ねる。
「どう……とは?」
「事情は良く分からないけど貴方はリィンお兄ちゃんに対抗心を持っているでしょ?
そんな貴方が《騎神》っていうリィンお兄ちゃんに並び立てるものを前に大人しくしている理由は何?」
「よく見ているな」
ナーディアの観察眼をルーファスは褒める。
「大したことではないよ。ただ自分の限界を思い知らされたというだけだ」
冷えた思考で振り返り、ルーファスはため息を吐く。
武人で言う所の《理》に至ること。
マクバーンの力を借り、至っているだろうリィンと手合わせして自身をその領域に引き上げようと考えていたルーファスが得たものは何もない。
《鬼の力》という異能を埋めればリィンに劣っていないと思っていたのは自惚れだった。
そしてルーファスは優秀だからこそ気が付いてしまった。
“器”というべき格の違い。
「やはり“贋物”では“本物”に勝てないということか」
自嘲してその事実をルーファスは受け止める。
「私の敗因は何だったのだろうな?」
それは誰に向けたものではなく、自嘲めいた自問自答。
あのまま戦って例え《ARCUS》が壊れていなかったとしても、おそらくリィンに《鬼の力》を使わせることはできなかっただろう。
「私にいったい何が足りないのだろうか」
「あんたとリィンさんに差があるとは思えない……
だけど、強いて言うならあんたは一人でやりたがっていたからじゃないのか」
「それを言うならリィン君だって私から見れば完璧だと思うが?」
「うまく言えないけど、あんたを見ているとエースを思い出すんだ」
「お兄ちゃんを?」
突然出て来た名前にナーディアが口を挟む。
「俺にはエースって相棒がいた。ナーディアの兄さんでもあるんだけど、あの人は強くて頭が良くて何でもできる、それこそ完璧で、憧れていた」
ナーディアを伺い見ながらスウィンは続ける。
「だけどエースは死んだ。俺が殺した……
でも今思えば、俺はエースに頼りっぱなしで、エースもそれ以上のことを俺に求めなかったからああいう結末になったんだと思う」
今まで振り返ることさえ苦痛だった最初の逃亡。
互いを監視し合う間柄だったこともあり、エースは自分を誘いはしたものの段取りは彼が全て行った。
彼の能力の信頼もありスウィンは全てを彼に任せてしまっていたが、もしもその時もう一歩ずつ互いに歩み寄れていれば別の結末を迎えられたのではないかと今なら思える。
「すーちゃん」
「そう考えられるようになれたのはナーディアのおかげだ……
結局、人間が一人でできることなんてたかが知れている。たぶん俺一人で逃げていてもきっとすぐに追い付かれて殺されていたと思う」
「そういう意味だとなーちゃんも本当にすーちゃんのことを信じ切れてなかったんだと思う……
だからあんな中途半端な策でエンペラーに勝てると思って返り討ちにされた」
「なあルーファス様。あんたが何を考えて、何を目的にしているかは知らないけど、それって本当にあんた一人でやらないといけないことなのか?」
スウィンは顔見知りとなったルーファスがエースの二の舞にならないようにと思って尋ねる。
「それは……」
偉大なる父を超えること。
それがルーファスの目的であり、生き甲斐だった。
今回のリィンとの試合はある意味その試金石であり、突如として現れ急成長を続ける彼の実力を測るためでもあった。
しかしスウィンに指摘され、ルーファスは今まで思考していなかった可能性を考える。
「…………は……まさか私がこんな感情があるとは」
兄貴分として肩を並べ、二人で偉大な父に挑む姿を想像し悪くないと感じてしまったルーファスは愉快そうに自嘲する。
「…………スウィン君、ナーディア君。これからもう一つ仕事を引き受けてくれないかな?」
壁を背に座らされていたルーファスは立ち直って、二人に焚きつけた責任を取れと笑いかけるのだった。
*
『《起動者》候補に告ゲル――』
頭の中に直接響く声。
闘技場の中心、魔法陣の中に顕現したのは黒い巨人。
『コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片――』
闘争の想念が昇華され、顕現した選定者に向かって走るのは三人。
「額の部分に力が集中しているかな? そこを貫けば倒せるはず、たぶん」
「聞いたな? 俺が何とかして引き摺り倒すからあんたは力を溜めておけ」
「ああ、任せたよ」
正気を取り戻し、呆然と立ち尽くす暴徒たちの間を駆け抜けてルーファス達は黒い巨人を目指す。
「十時方向からリィンお兄ちゃん、四時方向からオーレリア将軍が来てる――って速過ぎ!?」
抜け目なく周囲の状況を拾得していたナーディアは壁際にいたはずのオーレリアの爆走を察知して声を上げる。
「すーちゃん、将軍の足を止めるからその間に早くっ!」
「分かったっ!」
「良いるーちゃん、成功したら報酬上乗せだからねっ!」
「ああ、期待しておきたまえ」
「報酬を払ってくれるまで死んだりしたらダメだからね」
ナーディアは抱えていたぬいぐるみにワイヤーを絡ませて回転させる。
自分達の位置を巨人から六時の方向として、四時の方向。
自分達に目もくれず追い抜いて誰よりも早く黒い巨人に斬りかかる彼女の姿を予想し、予測する。
『手ニスル資格ガ汝ニアリシカ――』
「そこっ!」
ナーディアはスリングショットの要領でぬいぐるみを投擲する。
『コレヨリ《最後ノ試シ》ヲ――』
「その首もらったっ!!」
巨人の口上を遮り光の大剣――否、光の巨大剣を振り被り跳躍するオーレリアの顔にぬいぐるみが抱き着くように着弾し、爆ぜる。
「すーちゃんっ!」
「オオオオッ!」
横目でリィンの姿を確認しながらスウィンは巨人の足元に辿り着く。
暴徒に集中狙いにされていたリィンの距離は遠い。
彼に悪いと思いつつ、スウィンは仕事だと割り切り、彼が教えてくれた技を使う。
「一つ――」
双剣で右脚に小さな斬線を刻む。
「二つ――」
更に身を躍らせ左脚にも交差した斬線を刻む。
「三つ――四つ――」
巨人の身体を足場にしてその体躯を駆け上がり、胴体と首の後ろに斬線を刻む。
本来ならここで双剣を合わせて一つの長剣にするのだが、まだ刻剣は修復できていないので双剣のまま、機能を自分自身の戦技で補う様に四つ目の刻印に最後の一撃を喰わせる。
「刻剣《四煉》」
四つ目の刻印に当てた一撃を合図に、その場所を含め刻印を刻んだ逆順に連鎖して爆発が起きる。
威力は導力剣を使っていた時よりも小さいが、巨人のバランスを崩させるには十分だった。
「崩した――ルーファスさんっ!」
「ああ、よくやってくれた」
痛む体で無理をしてそこに辿り着いたルーファスは自分に向かって倒れてくる巨人に剣を構える。
ルーファス・アルバレアは目的のためならあらゆるものを捨てられる。
故に、一人で全てを成そうとする己を捨て、ナーディアとスウィンを信じて任せた今に不思議な高揚を感じる。
疲労困憊で今にも倒れそうなのに、構えた剣の動きに澱みはない。
むしろ今までの生涯で最高の一撃を繰り出せる。そんな予感を胸に抱く。
「昏き力よ――」
剣気を研ぎ澄まし、黒く染まった剣をルーファスは渾身の力を込め、ナーディアが示した巨人の額に跳んで斬りかかる。
両手に握り締めた一刀両断。
その一撃は巨人の額を割り――弾き飛ばされた。
「がっ――」
技の反動を受け止め切れなかったルーファスの手から剣が弾き飛び、彼もまた弾むように吹き飛ばされる。
目の前で浮き上がったルーファスに巨人は叩き潰そうと手を振り上げる。
「――ここまでか」
最後は自分の力が足りなかった。
花道を作って送り出してもらったのにもう一押しが足りなかった己の力不足にルーファスは自嘲する。
そして無情にも巨人はその巨大な手をルーファスに振り下ろした。
「ルーファスッ!?」
スウィンが手を伸ばすがその手はあまりにも遠く、ルーファスは――
「クラウ=ソラス」
何処からともなく飛来した剣に乗る少女が叩き潰されようとしていたルーファスを空中でかっさらう。
「なっ――!?」
「危ないところでしたね」
自分を抱え込む少女はジト目になってルーファスを非難する。
「君は……何故ここに?」
クロイツェン州で留守番を命じていたはずの彼女がここにいることにルーファスは驚く。
「…………何となく、来ないといけない気がしました。不合理的な理由ですが、来て正解だったようです」
命令を待つだけの少女の曖昧な答え。
少女は困惑しながらも、むしろ表情とは対照的によくやっただろうと言わんばかりに胸を張る。
「ルーファス・アルバレア。オーダーを」
そして無表情のまま指示を仰ぐ。
その様にルーファスは呆気に取られ――
「は……ははは……」
突然笑い出したルーファスに少女は首を傾げる。
「…………突然何を……やはり不埒なことを考えているのですか?」
「いや、すまない」
なんとか笑いを治め、ルーファスは宣言するように彼女に命じる。
「あの巨人を倒す。私が割った額に連れて行ってくれたまえ」
「それは良いのですが、剣は?」
少女の確認にルーファスは剣を取り落としてしまったことを思い出す。
「ああ、そうかまずはそれを回収しなければ……」
しかしルーファスが下を見れば、乱闘の末に闘技場に散らばった武器の山からルーファスが落とした剣は見当たらない。
「…………フラガラッハ」
表情に出さなかったが途方に暮れたルーファスに少女は足元の大剣となっている戦術殻とは別の名を呟く。
少女の背後に灰色の戦術殻が現れると、それは変形して細身の剣と変身する。
「どうぞ」
「あ……ああ、ありがとう」
差し出された剣を受け取ってルーファスは思わず礼を述べる。
「では行きます」
少女は乗っている大剣を操縦し旋回させる。
巨人の正面に回り込むと、そのまま速度を上げる。
「――っ」
呼吸を整えてルーファスは剣を構える。
巨人は正面から突撃してくる二人を迎撃するために手を前に出し黒い球体を作る。
「回避を――」
「その必要はありません」
咄嗟の指示に少女は首を振り、その答えは巨人の背後にあった。
《鬼の力》を解放したリィンによる背後からの強襲により、巨人は肩口から両腕を斬り落とされる。
「――っ」
《鬼の力》の凄まじさをその目で見せつけられたルーファスは息を呑むが、すぐに気持ちを切り替える。
霧散するエネルギー球の中を突っ切り、目の前に巨人の顔が迫る。
「オオオオオオオオオオオッ!」
彼を知る者なら耳を疑う雄叫びを上げ、ルーファスはクラウ=ソラスの加速を乗せた突きを割れた額に突き刺した。
*
コレニテ『最後ノ試シ』ヲ終了スル――
《起動者》ヨ、心セヨ――
コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片――
世界ヲ呑ミ込ム“焔”ニシテ“顎”ナリ――
*
気付けばルーファスは見覚えのない操縦席に座っていた。
「…………ああ、やったのか……」
見覚えはないはずなのに、そこがどこで目の前の端末が何なのか自然と理解する。
胸の中にあるのは手に入れて当然という気持ちはない。
「私もまだまだ研鑽が足りなかったようだ」
一人でも試練を乗り越えられると高を括っていた自分の未熟さを思い知らされた。
この席に座れているのは多くの者達の手助けがあったからこそ。
他者など利用するだけのもの。
それがルーファスの考えであり、協力者たちも純粋にルーファスを思って手を貸したわけではない。
しかし、それでも胸に感じる充足感は今までに感じたものとは異なり心地よさを感じさせる。
「感謝するよ。君達のおかげで私は手に入れることができた……
この《七の騎神》の最後の一騎――永遠を表す黄金の《エル=プラドー》を! ――ん?」
達成感に身を浸すルーファスだったが、《エル=プラドー》がそれに気付く。
水平線の彼方。
海から浮上する巨大な球体。
「何だ……あれは……?」
困惑していると球体は中から割れて、巨大な魔煌兵が生まれる。
《魔煌兵》。
中世の錬金術師が騎神を模して作り出したゴーレム。
騎神から得た知識からそれが何なのか理解したルーファスは不敵な笑みを浮かべる。
「――ふっ、目覚めたばかりの機体には御誂え向きな相手か」
《金》は巨大化した“フラガラッハ”を手に海の向こうの魔煌兵を見据え――次の瞬間、別の魔煌兵が《金》の前に転移して現れる。
「むっ――」
そして、それは《金》の前だけではない。
別の場所で二体。
リィンとルトガーの前に色違いの魔煌兵が現れる。
故に二人はそれを呼ぶ。
「来いっ! ヴァリマールッ!」
「来なっ! ゼクトールッ!」
そして――
「フラガラッハが取られた……やはり不埒な人のようですね。ルーファス・アルバレア」
黒い戦術殻に抱えられた少女は飛んでいく《金》の背に小さく呟いた。
超帝国人観察日記
ナーディア
「ふーん、すーちゃんと朝帰り……ふーん……」
スウィン
「ナ、ナーディア?」
リィン
「えっと……」
少女
「ジー」
ミルディーヌ
「それではリィンさん、御武運をお祈りしています」
リィン
「ああ、ありがとうミルディーヌ」
少女
「ジーー」
イオ
「ねえねえ、あれは何? おお!? 向こうの屋台のも美味しそう」
リィン
「イオ、あまり勝手に動かないでくれ」
少女
「ジーーー」
リィン
「それにしても意外ですね。もっと悔しがると思っていたんですが」
デュバリィ
「ふん! 何を言っても負け惜しみになると思っただけですわ」
リィン
「はは、本来なら敵同士ですが貴女のそういうところは好ましいと思っていますよ」
デュバリィ
「んなっ!? 貴方はまたそういう歯の浮くことを……」
少女
「ジーーーー」
ヴィータ
「ふふ、それじゃあ手筈通り派手に立ち回って頂戴ね。リィン君、レオン」
ロランス
「くれぐれも無茶だけはするなよ」
リィン
「それは良いんですが、エマと会っていかなくて大丈夫なんですか?」
少女
「リーン・シュバルツァー。相変わらず不埒な人で間違いないようですね……
相変わらず? リーン……リン……リィン……リィン・シュバルツァーのはず……?」
リィン
「ぐはっ!?」
エマ
「リィンさん!? 突然どうしたんですか!?」