(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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117話 紺碧の海都ⅩⅥ

 その魔煌兵たちは知識として与えられたものとは違っていた。

 鈍重そうな太めの体躯はより細く流線的になり騎神に近い形となり、その動きも一定の動きを行うプログラムではなく柔軟な思考を伴う武道の動き。

 

「っ――」

 

 繰り出された槍の一撃を《金》は受け止める。

 慣れない空中戦だということは言い訳にならない。

 知識と感覚のすれ違いに瞬く間に順応したルーファスだったが、それでも魔煌兵の猛攻に防戦を強いられていた。

 

「魔煌兵……まさかこれ程とは……」

 

 その槍捌きは達人級に迫る。

 しかし《金の騎神》を駆るルーファスは決してそんな魔煌兵に引けを取っていなかった。

 今は一人で戦っていても、誰かと協力した経験は確実にルーファスの中の何かを変えていた。

 

「だが今の私とこのエル=プラドーの敵ではないっ!」

 

 劇的な変化があったわけではない。

 しかし体は疲弊し切っていたにも関わらず、その動きに澱みはない。

 神速の一突き、その切先を《金》は剣で叩き落とし返す刃で魔煌兵の胴体を両断する。

 

「――良い肩慣らしだった。礼を言わせてもらおう」

 

 両断されて海へと落ちて行く魔煌兵にルーファスは黙祷を捧げ、巨大魔煌兵に向き直る。

 

「さあ、次は君の番だ」

 

 剣を向けて通じるか分からない宣言をして、《金》を飛翔させる。

 その瞬間、《金》は背後から貫かれた。

 

「がっ――!?」

 

 胸を貫通した刃を見下ろし、ルーファスはフィードバックした痛みに呻きながら背後を振り返る。

 そこには――

 

「《エル=プラドー》だと……?」

 

 そこにいたのは《金》と同じ姿をしたモノクロの“騎神”。

 《金》の目で解析した情報によれば“騎神”により近付けた“魔煌騎兵”。

 その魔煌騎兵は《金》の背中を蹴り飛ばして、剣を引き抜く。

 

「ぐっ――プラドー、損害は?」

 

『幸いにも“核”は外れた……しかしこれ以上の戦闘は危険と判断、戦域からの離脱を推奨する』

 

「そうしたいが、君の贋物は逃がしてくれそうにないようだ」

 

 モノクロのエル=プラドーから感じるのは尋常ではない敵意。

 そして改めて向き直ってルーファスは魔煌騎兵が持つ二つの剣に気付く。

 

「聖剣《イシュナード》と《エルヴァース》だと……」

 

 もちろんルーファスが知っている剣は人間が扱うサイズであり、贋物のエル=プラドーが持つ物とは関係はない。

 だが、それでもアルバレアの兄弟剣を模した剣にルーファスは少なからず動揺する。

 

『――――』

 

 その隙を逃さず、贋作のエル=プラドーは《金》に襲い掛かる。

 

「くっ――」

 

 《金》と同等の速度で接近してきた双剣の連撃を《金》は大きく後ろに飛んで回避し――背後からの狙撃に《金》の背中が爆ぜた。

 

「っ――今度は何だ!?」

 

 目の前の魔煌騎兵を気にしつつ、背後を伺えば大型魔煌兵の周囲に展開した弓を持った魔煌兵たちが十数体で隊列を組んでいた。

 

「プラドー、オルディスまで後退するっ!」

 

 戦いは数だと言わんばかりの戦術にルーファスはすぐに撤退を決める。

 だが、それを阻むように魔煌騎兵は《金》の前に立ち塞がり、双剣を突き付ける。

 

「――まさか私がこんな簡単な策に陥るとは……」

 

 “騎神”を得た達成感や高揚はもはやなく、前に金を模した魔煌騎兵、後ろに弓兵隊。

 さらに大型魔煌兵の背後の球体からは更なる魔煌兵が次々に発進しているところだった。

 そして、ルーファスが見ている中で唐突に大型魔煌兵はその姿を消した。

 

 

 

 

 

 人がごった返す闘技場では戦えないと、《灰》と《紫》は示し合わせたかのように別の場所へと魔煌兵を引き連れて移動する。

 《灰》はオルディスの湾岸へ。

 《紫》は街道へ。

 

「ルーファスさんっ! 戻って下さいっ!」

 

 魔煌兵の猛攻を捌きながらリィンは海の向こうで戦いを始めた《金》に呼び掛ける。

 だが当然のことながらルーファスにその声は届かず、彼は沖合の海上で槍を持つ魔煌兵と戦い始める。

 

「リィンッ!」

 

 同乗しているイオが警告の声を上げ、リィンは振り下ろされた巨槌を弾く。

 

「お前達は何なんだ? 何が目的で俺達を襲う!?」

 

 今度は目の前の魔煌兵に向かって尋ねる。

 目の前の巨槌を武器にする魔煌兵はあの巨大な魔煌兵の端末。それを通して敵意を向けてくる存在の視線は帝国解放戦線とは異なる。

 しかし、魔煌兵はそれに応えることはなく、代わりに雄叫びを上げる。

 

「っ――」

 

 湾岸とは言え、街からそれ程距離を取っていたわけではない。

 魔煌兵の咆哮によって周囲の場が乱れ、上位三属性の働きが現れる簡易的な異界となる。

 そしてそれは魔煌兵側にとっても意外な効力を発揮した。

 

「あ、まずい」

 

「イオさん?」

 

「今の影響で周囲のオーブメントがオーバーロードして壊れたみたい」

 

 弾け飛んだ街灯や煙を上げる導力車の画面を見ながらイオは周囲の被害状況を報告する。

 

「それは……範囲はどれくらいですか?」

 

 悪化した状況にリィンは息を呑み、最悪が起きないことを願う。

 

「正確には分からないけど、ゼクトールの方に行ったのが同じことをすれば――」

 

 応えている間に遠くの方から先程と同じ咆哮が木霊する。

 

「っ――イオさん。ラウラ達に連絡を! オーブメントが壊されたなら魔獣が街に溢れかえる!」

 

 《ARCUS》をイオに投げ渡す。

 魔獣は街の中でも地下水道などには存在している。

 それが街中に出て来ないのは外には魔獣除けが存在しているからであり、それが機能をなくせばオーブメントが入り乱れている現在の街では魔獣にとって格好の餌場になる。

 ルーファスの事もあり、悠長に対話を試みる暇はないと判断したリィンは目の前の魔煌兵を倒すことを決める。

 

「行くぞヴァリマール」

 

『応っ!』

 

 踏み込んで太刀を一閃。

 魔煌兵の反応は速く、巨槌の長い柄でその一撃を受け止めるが、それを両断してその刃は魔煌兵の胸を掠める。

 

「遅いっ!」

 

 たたらを踏んで体勢を立て直そうとする魔煌兵にヴァリマールは返す刃を振り抜き――後ろから何かに引かれて空振りする。

 

「何っ!?」

 

 振り返れば海から伸びた鋼の触手がヴァリマールを背後から絡み取っていた。

 そしてリィン達は鳥形の魔獣が内側から七耀石が増殖して巨大な魔煌の獣へと変異していく光景を見せつけられた。

 ヴァリマールを絡めとる触腕も生物的なものよりも硬質的な魔煌兵のそれに近い材質に見える。

 そのことが意味することは。

 

「魔獣を魔煌兵にしているのか!?」

 

 とんでもない力に驚くのも束の間、ヴァリマールは抵抗する間もなく海の中に引きずり込まれるのだった。

 

 

 

 

 

「ちっ――」

 

 街道で戦うルトガーは思わず舌打ちした。

 

「何だお前は?」

 

 最初に出て来た魔煌兵はすでに倒した。

 しかし次に出て来たモノクロのゼクトールは先の魔煌兵とは一線を画す強さを持っていた。

 

「答えないか……ま、期待はしちゃいないんだけどな」

 

 気になるのはモノクロのゼクトールが使う武器。

 両手に斧を持つ姿はルトガーの知る誰かを彷彿とさせるが、それは《紫》も同じだった。

 

『まさか《ベルセルグ》なのか?』

 

「なんだゼクトール知り合いか?」

 

『《獅子戦役》の頃の起動者だ。確か《赤い星座》という猟兵団の副団長を務めていた男だ』

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 確かに歴史の浅い“西風の旅団”と違い“赤い星座”は暗黒時代から続く歴史のある猟兵団。

 250年前の起動者が猟兵団だったと聞いて、ルトガーも真っ先にその可能性を頭に思い浮かべたがそれを肯定され、ルトガーが感じていた既視感の正体に笑う。

 

「差し詰め、こいつはシグムントの御先祖様ってことか。はっ、これは良い」

 

 適当に相手をして適当に撤退するつもりだったが、ルトガーはそれを改めてバスターグレイブを構える。

 

『ルトガー、私もデュランダルで――』

 

「必要ない。シオンはそのままゼノとレオを連れて避難していな」

 

 オーブメントを介した通信にルトガーは突き放すような指示を出して突撃する。

 バスターグレイブと二つのバトルアックスが激しい火花を散らせてぶつかり合う。

 大剣が閃き、斧が受け止め、反撃する。

 一流の猟兵に引きを取らないモノクロのゼクトールだったが、徐々にその戦況は傾いていく。

 

「はっ――所詮は魂の乗ってない木偶か!」

 

 ルトガーは叫ぶと共にバスターグレイブを薙ぎ払い、モノクロのゼクトールの手から二つの斧を弾き飛ばす。

 

「じゃあな。少しは楽しめたぜ」

 

 無防備になったゼクトールのルトガーはバスターグレイブを突き出し――その突きは斧によって弾かれた。

 

「――何っ!?」

 

 モノクロのゼクトールの両手は弾いた反動で上がっている。

 それでも《紫》の一撃を防いだのは、モノクロのゼクトールの背中に生えた二本の腕に握られた斧。

 

「四つ腕のゼクトールだと!?」

 

 人間の構造ではありえない四つ腕のゼクトールにルトガーは虚を突かれ――《紫》の背中に弾き飛ばしたはずの斧が飛来して突き刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

 怯む《紫》に四つ腕のゼクトールは新たな斧を両手に作り出して襲い掛かる。

 四つ腕から繰り出される怒涛の攻撃に《紫》は歪な動きをしながらもバスターグレイブを盾に後退して凌ぐ。

 

「くそっ……」

 

 フィードバックした背中の深手にルトガーは歯噛みしながら反撃の瞬間を探る。

 が、何を思ったのか四つ腕のゼクトールは突如として攻撃を中断し後ろへ跳躍、《紫》から距離を取る。

 

「何を――」

 

 ルトガーがそれを不信に眉を顰めるが、時はすでに遅かった。

 退いた四つ腕のゼクトールの背後に空間転移で現れた大型魔煌兵。

 大型魔煌兵は現れるやいなや、騎神の十倍の体躯のそれは手に握られた巨大な剣を《紫》に向かって振り下ろした。

 

「――っ!?」

 

 まるで空が降って来るような一撃。

 身を竦ませることなくルトガーは咄嗟に《紫》を走らせるが、巨大な剣の軌道から逃れることはできず《紫》はその半身を潰され、衝撃に残った手足をバラバラにして宙を舞って地面に叩きつけられる。

 操縦席では赤いアラートが明滅して機体の損傷具合を知らせて来るが、ルトガーにそれを確認している余裕はない。

 

「………………生きているか、ゼクトール?」

 

『起―者――――からの―脱を推――る』

 

 ノイズ交じりの言葉。

 どうやら撤退を促しているのだろうが、全身をバラバラにされて何を言っているのだとルトガーは苦笑する。

 

「そんなことは良い。それより早く機体を直せ」

 

 ルトガーの指示に帰って来たのは沈黙だけ。

 

「……おいゼクトール?」

 

 いつまで経っても機体を修復させようとしないゼクトールをルトガーは訝しむ。

 

『そ――うな機能は―――ない』

 

「そんな馬鹿な《灰》はそうやって戦闘中に直してただろ?」

 

『………………』

 

 ルトガーの指摘に《紫》は沈黙する。

 

「ちっ――」

 

 当てが外れたと言わんばかりにルトガーは舌打ちをして、全身に振動を感じ浮遊感を感じた。

 

「おいおい……」

 

 割れて半分が黒く染まったモニターの中でルトガーは思わず顔を引きつらせる。

 頭と胴だけが残った無惨な姿の《紫》を大型魔煌兵は拾い上げる。

 

「まさか、叩き潰すってか? 念入りなことだ」

 

 手足を失い、背中の飛行ユニットも壊れた《紫》に抵抗する術はなく、されるがままに大型魔煌兵の眼前に連れて行かれる。

 大型魔煌兵は《紫》を観察するようにジッと見つめ――おもむろに胸の装甲を左右に開いた。

 そこにはまるで口のような穴があり、大型魔煌兵は《紫》をそこに投げ込み装甲を閉じた。

 

「ゼクトールを喰っただと……?」

 

「団長ォーーーーーーっ!」

 

 大型魔煌兵は足元で叫ぶ二人の存在を意に介さず、踵を返して新たな獲物を見る。

 

 

 

 

 刻一刻と減って行く霊力のゲージにルーファスは焦りながら目の前のエル=プラドーに斬りかかる。

 しかし、モノクロの騎神は着かず離れずの距離を保ち、《金》の逃走を防ぎ、もしくは弓兵を倒そうと背を向ければ襲い掛かる。

 

「どうやらこの敵は戦いと言うものをよく分かっているようだ」

 

 実にルーファス好みの方法で敵を追い詰めていく相手にルーファスは苦笑する。

 敵は焦ることなく、《金》の霊力が尽きるのを待てばいい。

 後から出て来た魔煌兵の大群も、遠巻きに包囲網を作り《金》の逃げ道を封じている。

 

「チェックをされたのは私の方だったか……」

 

 魔煌兵が騎神もどきと侮った故のミス。

 《金》の起動者になって舞い上がってしまったことは言い訳にもならない。

 

「いつの間にかゼクトールとヴァリマールの反応がなくなっている……」

 

 ゼクトールはともかくリィンが乗るヴァリマールがいなくなっていることにルーファスは軽く驚く。

 だが、同時に納得する。

 人の良い彼の事だ。舞い上がっている自分を諫めようと注意力散漫になっているところをやられてしまった姿がありありと思い浮かぶ。

 

「私が他人の足を引っ張る側になってしまうとは……

 すまないね。エル=プラドー、こんな未熟者を起動者にさせてしまって」

 

『諦めるのかルーファスよ?』

 

「現状では既に詰んでいる。これ以上の戦闘は――」

 

 言いかけた言葉をルーファスは止める。

 言葉を呑み込んで思わず見入ったのは索敵の画面で明滅するヴァリマールの反応。

 

「…………君は諦めていないのか……」

 

 その光点の瞬きにルーファスは心が揺れる。

 リィンもまた詰んだ状態に陥っているのだろう。だがそれでも諍っている事実にルーファスは目を伏せて、弱気を振り払う。

 

「エル=プラドー。君の“力”を私に送り込むことはできるな?」

 

『何を……?』

 

「リィン君や《鋼の聖女》――《銀の起動者》が扱っている《鬼の力》はおそらく“騎神”から供給された“力”を自分の力と合わせて増幅したもの……

 それができたのなら、君の贋物を倒すだけの“力”を得ることができるかもしれない」

 

『我にそのようなプログラムはない……

 仮にあったとしても我の“力”を人の器で受け入れるなどできるはずがない』

 

「だが事実、ヴァリマールは出来たぞ。ならば最上の騎神である君にできないはずがないだろう。それともここで果てるかね?」

 

 堂々と言い切るルーファスに《金》は沈黙する。

 

『ならば精々諍って見せるが良い』

 

 次の瞬間、その言葉と共にルーファスの中に“力”が流れ込む。

 

「ぐっ――これが《鬼の力》……」

 

 激流を体に流し込まれたような力の躍動、湧き上がる力に理性が削れる。

 

「ぐ……ぐぐ……」

 

 憎悪が殺意が増幅され、目の前が真っ赤に染まって闘争を求める。

 動きを止めた《金》に贋物のエル=プラドーが襲い掛かる。

 

「――――リィン・シュバルツァーにできて――」

 

 走馬灯のように脳裏に浮かぶのは先程のリィンの姿や《鋼の聖女》の姿。

 それを思い出し、ルーファスは叫ぶ。

 

「私にできない道理などないっ!」

 

 動かない《金》に向かって交差するように二振りの聖剣が振り下ろされ――空を斬る。

 剣戟を最低限の動きで躱し、背後を取った《金》は先程のお返しだと言わんばかりに無防備な背に剣を突き立てる。

 一拍遅れ、重なり合ったエル=プラドーに矢が降り注ぐ。

 次の瞬間、その射線から《金》は消え矢を置き去りにして弓兵隊との距離を詰めていた。

 

「堕ちろっ!」

 

 剣の一振りで三体の魔煌兵をまとめて両断し、返す刃で更に三体の魔煌兵を斬り伏せる。

 そしてその場から離脱。

 遅れて殺到した矢が両断された魔煌兵たちに降り注ぐ。

 

「ぐっ――」

 

 殺人的な加速に身が軋む。

 それでもルーファスは《金》を操作することを緩めない。

 弓兵たちが捉えられない速度で空を駆け巡り、《金》は一つまた一つと小隊を落としていく。

 だがそれはさせないと背中を貫かれたはずの贋作のエル=プラドーが《金》の前に立ち塞がる。

 

「邪魔だっ!」

 

 加速の勢いをそのままに剣を突き刺す。

 霊剣の一撃は交差した二つの聖剣を砕き、贋作のエル=プラドーの胸――“核”を貫いた。

 その瞬間、それは笑ったようにルーファスは感じた。

 贋作のエル=プラドーは大きく腕を広げ、《金》を抱き締める。

 そして内包する霊力が霧散する前に暴走させ――

 

「まさか自爆する気か!?」

 

 逃げる間もなく、贋作の自爆に《金》は呑み込まれた。

 

 

 

 

 アウロス海岸道の砂浜に墜落した《金》に大型魔煌兵が一歩、また一歩と大地を轟かせ歩み寄る。

 しかし、それが辿り着くよりも先に《金》は小型の魔煌化した魔獣に群がられて、その身を喰われていく。

 

「――――ここまでか……」

 

 もはや指一本動かすこともできず、《金》を通して自分が喰われる体験をしていることにルーファスはまるで他人事のように感じた。

 

「私は全力を尽くした。ならばこの結末は潔く受け入れるしかあるまい」

 

 身体の痛みと装甲を剥ぎ取られ咀嚼される音。

 赤いアラートが明滅して起動者に危険を知らせるが、ルーファスも《金》ももはや動くことはできない。

 そして画面一杯に移った魔獣がその顎を大きく開き――風の弾丸が横殴りに吹き飛ばした。

 

「兄上っ!」

 

 アーツを放ち、群がる魔獣の一体をユーシスが斬り伏せる。

 

「ここは任せろユーシスッ!」

 

「エマも一緒に行くがいい!」

 

 群がる魔獣たちをガイウスとラウラが蹴散らして牽制する。

 

「もう~なーちゃん達に報酬を払わないで死んだりしたら許さないんだからね」

 

「おいおい、そんなこと言ってる場合か……」

 

 ナーディアとスウィンがラウラ達の逆側を守る。

 

「行くよがーちゃん! あーちゃんとくーちゃんにボクたちの力を見せて上げよう!」

 

「何ですか貴女は? 初対面なのに馴れ馴れしい……それから変な呼び方をしないでください」

 

 空から襲って来る魔獣はミリアムと銀の少女が対応する。

 

「君たちは……」

 

 自分を守る彼らにルーファスは目を丸くする。

 

「大丈夫ですか兄上っ!」

 

 ユーシスは横たわる《金》の顔を覗き込んで叫ぶ。

 焦って不安に胸がはち切れそうになっている初めて見る弟の顔にもやはりルーファスの反応は芳しくない。

 

「な…………何をしているユーシス! すぐに逃げるんだ!」

 

「嫌です。兄上を置いて行けるわけありません!」

 

「駄々を捏ねるな! あれが見えてないわけではあるまい! 生身で敵う相手ではない! お前達は逃げて――」

 

「だからできるわけないと言っているんですっ!」

 

 兄の言葉を遮ってユーシスは叫ぶ。

 

「あの大型魔煌兵は先程《紫の騎神》を食べました……

 おそらく次の狙いはその《金の騎神》です。だから早くルーファスさんはそこから出て来てください。一緒に逃げましょう」

 

 叫ぶだけのユーシスに代わってエマが状況を説明する。

 その間にも外部からの操作で起動者を降ろそうと試みるが、《神騎合一》の影響なのか初めての搭乗とは思えない霊的リンクの強度にエマは苦戦する。

 

「エマ君、それはおそらく違うだろう……

 あれは《起動者》と《騎神》の両方を取り込もうとしている。だから君たちの抵抗は無駄なのだよ」

 

「だったらなおさら兄上を置いて行くわけにはいきません」

 

「ユーシス……」

 

 聞き分けのない弟にルーファスは苦笑する。

 思えば彼が自分の言葉にここまで反発したのも、感情を剥き出しにして叫ぶ様も初めて見る。

 それだけではない。

 自分を守ろうとする者たちの背中。それさえもルーファスにとって新鮮で胸が詰まる。

 

「兄上の主張は後でいくらでも聞きます。だから今は――」

 

「まずいっ! 下がれっ!」

 

 ユーシスの言葉にラウラの声が被り、モノクロ色のゼクトールが彼らの前に立つ。

 

「もう一度言う、私を置いて逃げるんだユーシス」

 

「嫌ですっ!」

 

 ユーシスはそれを拒絶して剣を抜いてモノクロのゼクトールの前に出る。

 魔煌騎兵はⅦ組とスウィン、ナーディア、そして銀の少女を睥睨して斧を振り被る。

 その瞬間、海が爆ぜ、一本の杭がモノクロのゼクトールに突き立ち、瞬く間に白く染まって崩れ落ちる。

 

「何が――」

 

 呆然と立ち尽くす彼らに残った魔獣たちが襲い掛かろうとするも、雪の様に降り散る塩に振れると魔獣たちもまた塩の塊となって崩れ落ちて行く。

 

「これは……いったい……」

 

 目の前の現象にラウラ達は困惑する。

 

「まさかこれは“塩の杭”!?」

 

 エマだけがその場で起きたことを言い当て、爆ぜた海を振り返るとそこには光の翼を広げたヴァリマールがいた。

 その姿は《金》に劣らず酷いものだった。

 深海に引きずり込まれたせいで装甲は水圧で歪み亀裂が無数に走っている。

 見るからにボロボロな姿なのに、剥き出しになった胸の装甲の内に納められたオーブは起動者の高ぶりを示すように唸りを上げて回転する。

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 ヴァリマールからリィンの雄叫びが響き渡り、凄まじい霊力が迸る。

 

『――――』

 

 巨大魔煌兵が手を挙げるとそれに合わせて、無数の魔煌兵たちがヴァリマールを取り囲み、弓を構える。

 一閃。

 白い刃を伸ばした剣が振り抜かれ、白い風が巻き起こる。

 両断された魔煌兵たちはもちろん、その風に触れた魔煌兵たちもまた体を白く染められ崩れ落ちていく。

 

「何だ……これは……?」

 

 あまりに一方的な戦いにユーシスは立ち尽くす。

 そこに影が差す。

 何事かと振り返れば巨大魔煌兵が振り上げた剣がユーシス達の頭上で太陽を隠し――ヴァリマールの横撃が巨大魔煌兵をよろめかせた。

 たたらを踏んだ巨大魔煌兵は追撃を掛けてくるヴァリマールを視認して、次の瞬間その場から掻き消えた。

 

「転移術!?」

 

 あの巨体を一瞬で転移させた術にエマが驚く。

 

「エマッ! ルーファスさんを連れて早く避難を!」

 

 ヴァリマールから聞こえてくるリィンの声。

 彼はエマ達に背を向け、海へ転移した巨大魔煌兵に向き合う。

 

「いいや、それには及ばない」

 

 わずかに回復した霊力を使ってルーファスは《金》を立ち上がらせる。

 

「兄上……?」

 

「意地を張らないで下さいルーファスさん。そんな体で戦うなんて無茶だ」

 

「《永遠の金》。最高の騎神とも言われた存在がここで退くのは彼のプライドに関わるのでね」

 

「だからって……」

 

「それに無策ではない」

 

 渋るリィンにルーファスは不敵な笑みを浮かべ、虚空に向かって呼び掛ける。

 

「見ているのだろう? 約束通り準起動者として君の力を借りたい。そして思う存分、戦うと良い!」

 

「ルーファスさん?」

 

 誰に向かって言っているのかリィンが訝しむと、すぐに返答がその場に響き渡る。

 

「はっ――待ちわびたぜ!」

 

 いつの間にか《金》の足元にいた彼は嬉しそうに頬を釣り上げ、光になって《金》に吸い込まれる。

 変化は劇的だった。

 剥き出しになった“核”を中心に血管を思わせる管が全身に広がり、背中が燃え上がり焔は赤い翼となる。

 そして焔が羽衣のようにたなびく。

 

『ククク、良いじゃねえか』

 

 《金》を殻にして己を解放した彼は50年待ち望んだこの瞬間に嗤う。

 

『さあ、引き出してもらおうじゃねえか――喪った記憶と、この世に現れた理由を!』

 

 “劫炎”を纏った《金》は飛翔すると巨大魔煌兵に殴りかかった。

 

 

 

 





 決着までやる予定でしたが、長くなってしまったので分割することにしました。

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