(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
それは遠い過去の出来事。
「私が言うのも何だが……もう楽になって良いのではないか? この上、お前は何のために諍う?」
深々と雪が降る中、黒いフードとマントで全身を覆い隠した存在は祭壇で祈りを捧げる少女の背に話しかける。
男とも女とも取れる問い掛けに少女は立ち上がり、背中を向けたまま応える。
「私には……私にはまだ助けられる人が残っているから……」
「一体誰の事だ? 地精たちは既に――」
「ううん、そうじゃない」
言葉を遮って否定する少女に黒装束は首を傾げる。
「…………?」
「遠い未来で《黄昏》と対峙するローゼリアさんやアルノールの子たち……
そして《アルベリヒ》という呪縛に捕らわれてしまった――」
少女は振り返って黒装束を真っ直ぐに見据えてその思いを伝える。
「サライちゃん……あなたたちを助けたい」
「……気付いていたのか」
その少女の言葉に黒装束はフードを外す。
「……うん」
「だがお前の指摘は的外れだ。この《器》は確かにサライと呼ばれていたがその魂は既に存在しない……
私の呪縛から解放するなど意味のないことだ」
「ううん、そんなことはない……
貴方は確かに《アルベリヒ》だけど今はサライちゃんでしょ?
サライちゃんが助けてくれたから私は真実に辿り着くことができた。だから、ありがとう」
「…………まさかそこまで気付いていたか」
少女の言葉に黒装束は肩を竦める。
それが言外の肯定だった。
「だが私にできることはそこまでだ……
お前も《黒》が紡ぐ因果に諍う事はできないと思い知ったはずだ」
「……うん」
「《アルベリヒ》の言う通り、《黒》は“魔女”ではなく“地精”を選んだ……
それは《鋼》が“地精”を選んだことと同義……
この呪縛はいわば私たち“地精”の罪の証、呪縛から解放するなんて意味のない話だ」
「サライちゃん……」
「それにお前が作り上げた《魔煌兵》は《灰》にすら及んでいない。そんなもの千体あったところで《黒》に届きはしないだろう」
「分かってる……でも、それでも“それ”が必要になる時が来る」
少女は黒装束に微笑むと、徐に目を閉じ、人差し指を自分のこめかみに突きつける。
「な、何を……まさか――」
黒装束が止める間もなく、少女は霊力で撃ち抜いた。
意識を失い倒れる少女に黒装束は息を呑む。
「な、なぜそこまで出来る……」
その問いに少女は答えることはなく、精霊回廊の門が開き少女の身体は呑み込まれ、消えた。
*
その日、オルディスの市民は死を覚悟した。
水平線の上に浮かぶ巨大な要塞。
そこから現れる数え切れないほどの鋼の人形の侵攻。
それは海の魔獣を従え、軍勢を増やしながらオルディスに向かって来る。
それに加えて陸からも魔獣除けの気配が失い、上位三属性の活性化による場の影響で狂暴化した魔獣たちがオルディスへと集まって来る。
導力文明により魔獣除けの技術が発展した現在では見ることがなくなった魔獣の暴走。
陸には魔獣、海には魔煌兵。
逃げ場などどこにもない。市民はただ祈ることしかできなかった。
そして、それは現れた。
「はっ――」
《金》が愉し気な声を響かせ、その中心に突撃する。
正面からの突撃を魔煌兵たちは一糸乱れぬ動きで距離を取り、《金》を陣形の中央に配置するように広がり、一斉に矢を放つ。
「それがどうした?」
《金》は両手を振り広げて熱波を全方位に放つ。
それに触れた魔煌兵は一瞬で焔に包まれ灰も残さず焼滅する。
雲の様に纏まっていた陣形に穴ができる。
「次はどいつだっ!?」
吠える《金》に襲い掛かったのは海から飛び出した巨大な触手。
触手は《金》を掴むと水面に叩きつけ、そのまま水中へ引きずり込み――巨大な火柱が海中の魔獣を焼き払う。
「はは! どうしたその程度か!? そんなんじゃ足りないぞっ!!」
無数の火球を狙いもつけずに乱れ撃ち、命中した魔煌兵は抵抗することもできずに焼き尽くされる。
しかし、それでも怯まず突撃して来る魔煌兵に《金》は嗤う。
「イグナプロジオン」
二つの火球が魔煌兵の眼前でぶつかり合って巨大な爆発を引き起こす。
突撃した魔煌兵は防御に己の霊力の全てを費やして、その爆発を突き抜けて灰となる。
「あん?」
その通り道をモノクロの翼を持った魔煌騎兵が先の魔煌兵とは比較にならない速度で駆け抜ける。
ランスの一撃が《金》を捉え――咄嗟に反応した《金》は左肩を抉られる。
「はっ――その突き。まさか聖女か!?」
左腕をもぎ取られながらも《金》は振り返って突き抜けて行った魔煌騎兵を振り返る。
魔煌騎兵は大きな弧を描いて方向転換する。
それに合わせ、盾となる魔煌兵たちがそこに集まる。
「良いぜ来いよっ!」
先程の焼き直し、放たれた火球を魔煌兵が盾となって道を作り魔煌騎兵は神速の突きを《金》に――
「その程度か?」
槍の一突きを紙一重で躱し、《金》は魔煌騎兵の頭部を掴む。
「そこそこの再現度だが、あの女の突きはもっと速くて強かったぞ」
比べるまでもないが、それでも彼女を彷彿とさせた一撃を褒めて《金》は頭を掴んだ手に焔を込める。
「ヒートエンドッ!!」
頭部から焔を叩き込まれた魔煌騎兵はその体を内側から膨張させて爆発した。
「さあ! 次はどいつだっ!?」
左腕を失ったにも関わらず劣ろうことのない咆哮に、魔煌兵もまた怯むことなく《金》に殺到した。
*
上位三属性の活性化による、オーブメントのオーバロードは魔獣除け以外にも深刻な状況を作り出していた。
「くそっ! こんな時に導力銃が壊れるなんて」
軍や憲兵隊に配備されている導力火器の故障。
それに加え、街道への門の開閉器も壊れ、押し寄せる魔獣の群れに軍人たちは剣や槍での応戦を余儀なくされた。
また通信機もその例にもれず、門番たちは少ない人数で防衛線を構築するしかなかった。
「これもテロリストの仕業なのかよ!?」
「泣き言を言うな! バリケードが完成するまで何としても持ちこたえろ!」
仲間の叱咤激励が飛ぶが、最前線で魔獣を食い止める役割を任された者達の士気は低い。
領邦軍の中でも平民出身、去年まで士官学校に通っていた新人たち。
死んで来いと聞こえる命令だったが、街を守る使命感で誤魔化して剣を振るう彼らは途切れることのない魔獣の増援に心が折れそうだった。
「ちくしょうっ! 俺はこの戦いを生き残ったら《海風亭》で働いているあの子に告白してやるっ!」
「ははっ! なら俺はこれが終わったら貯金を使ってあの《グラン=シャリネ》を買ってやるっ!」
現実逃避するように叫びながら新兵たちは必死に魔獣を倒して行く。
彼らは気付いている、バリケードが完成しても自分達は中に戻れないことを。
それでも戦うのは無様に引き籠ろうとしている貴族の上司のようにはなりたくないという意地と家族や友人、隣で戦う戦友のため。
「女神様……」
だがそれでも士気を保ち続けられるものはおらず、剣が折れた兵士は死期を悟って天を仰ぐ。
そして、それを見た。
「え……?」
降って来たのは巨大な剣。
魔獣の群れの中心に突き立ち、白い結晶の津波が溢れて魔獣の群れを呑み込んだ。
「え……?」
死を覚悟した兵士たちは思わず目を疑った。
そして巨大な剣に遅れて飛来するのは帝国時報で連日記載されている《灰の騎士》。
「無事ですね!?」
大地に突き立った剣を拾って振り返る巨人から聞こえてくるのは少年の声。
「あ、ああ……」
何が起きたのか、自分が助かったことに実感できず兵士は頷く。
「よかった……失礼します」
安堵の言葉を吐き、《灰の騎神》はおもむろに城門に近付く。
「お、おい……」
巨人の歩みを兵士たちが止めることはできず、《灰の騎神》は城壁に触れる。
《灰の騎神》の背中の光の翼が輝き、素人目で見ても分かる力の奔流を感じさせる。
「我が右手に在りし星の杯よ。天より授かりし輝きを持って我の盾となれ――グラールスフィア」
変化は劇的だった。
《灰の騎神》が触れた場所を起点に白いゼムリアストーンの結晶が溢れ出し、城壁を覆い尽くしていく。
瞬く間に城壁は結晶群の壁へと変化する。
「――“虎威”のクォーツの効果を付与した結晶です。これで外からの魔獣は大丈夫なはずです」
「え……は……何を……?」
何を言っているのか分からず、兵士は呆然と振り返れば城門に集まってきた魔獣の群れが蜘蛛の子を散らせるように逃げ出していた。
「とは言っても、それでも向かって来る魔獣もいるかもしれないので決して油断はしないで下さい。残敵の掃討と街の中の魔獣の排除をよろしくお願いします」
返事を待たず《灰の騎神》は光の翼を広げて飛び去ってしまっていた。
「…………これは夢か?」
その呟きはゼムリアストーンで覆い尽くされた城門がそれを否定する。
「《灰の騎神》って言えば貴族だよな……?」
「あ、ああ……」
聞こえて来た声は彼らが知っている偉ぶっているだけの貴族ではなかった。
その態度と、見せつけられた奇蹟の力に兵士たちは噂で語られている存在が真実だと知る。
「あれが……“超帝国人”」
眉唾で平民の目からも増長と不敬と思わせる呼び名だったが、オルディスの兵士たちはそれが彼に相応しいものだったのだと受け入れ、この奇蹟を語り継ぐことを決意した。
そうとは知らず、リィンはオルディスを上空から見下ろして状況を観察する。
「外の魔獣はあれで何とかなるはず……
街の中は……オーレリアさんが動いているか、それなら一安心だ」
状況を把握したオーレリアの指揮の下で街の中に現れた魔獣たちは排除されている。
そして顔を上げたリィンが見たのは海上で数多の魔煌兵に囲まれて戦っている《金》の姿。
そして《金》の背後にモノクロのヴァリマールが忍び寄る。
「リン“空の翼”を」
「了解」
白い光の翼はリンの力によって黄金に染まる。
そして刹那で数十セルジュの距離を疾走した《灰》はその勢いのまま、贋物のヴァリマールを両断した。
「背中ががら空きだ」
「ちっ――」
遅れて気付いたマクバーンは舌打ちで応える。
「街はもう良いのかよ?」
「ああ、外壁に応急処置をしておいた街の中はオーレリアさん達に任せれば良いだろう」
《金》と《灰》は敵のど真ん中で平然と言葉を交わす。
そこにあったのはまさに理不尽な“焔”と“塩”。
二つの力が満ちた場は弱い魔煌兵が近付くだけで燃え上がり、白く染まって崩れる煉獄のような光景が広がる。
「なら雑魚は任せた。俺はあのデカブツをやる」
「それは良いけど、ルーファスさんは……?」
「私なら……問題ない……」
《金》から聞こえてくるもう一つの苦し気な声。
本来ならサポート程度の準起動者の役割をあえて逆転させ、準起動者にメインに機能の大部分を譲渡しても戦力低下にしかならない。
数百の魔煌兵に囲まれながらも蹂躙する様に戦えていたのはその準起動者が規格外の存在であるから。
「ルーファスさん……それ以上マクバーンに戦わせたら取り返しのつかないことに――」
「邪魔をしないでくれたまえリィン君。もう少し、もう少しで何かを掴めそうなのだから」
取り付く島もないルーファスの言葉にリィンはならばと《金》に背中を向ける。
「あの大きな魔煌兵は俺が倒します」
一方的に宣言してリィンは《灰》を飛ばす。
「なっ――待ちやがれっ!」
遅れて《金》が焔を背面ユニットから放出して加速する。
空間圧縮による超加速からの飛翔と焔の勢いに任せた超加速の突撃。
我先にと、《灰》と《金》は大型魔煌兵に突撃し繰り出した必殺の刃と焔は――空を斬る。
「っ――」
突然、目の前から消失した大型魔煌兵は体を横に入れ替える転移をして間合いを調節し、剣を振り被る。
剣はその大きさから《灰》と《金》にとって巨大な壁が迫ると同じ。
《灰》は光の翼を前に盾にするように動かし、《金》は焔を身に纏い防御の姿勢を作る。
次の瞬間、身体がバラバラになりそうな衝撃が二つの騎神を襲い、水面を何度も跳ねて二機は岩壁に叩きつけられる。
「ぐっ――なっ」
身体を揺さぶる衝撃に耐えることも束の間、リィンは眼前に転移で現れた大型魔煌兵に息を呑む。
氷の霊力を纏い、霜のベールを纏う剣が真っ直ぐに振り下ろされる。
リィンは傍らでまだ倒れたままの《金》を一瞥し、白い太刀と光の翼を折り重ねて落ちてくる剣を受け止める。
「うぐっ――」
「そのまま止めてろっ!」
遅れて動き出した《金》は《灰》に背を向けて駆け出した。
彼が逃げるとは思わない。
リィンは言われた通り自分達を凍てつかせて押し潰そうとする刃を全力で受け止める。
「――良いもん落ちてるじゃねえかよ」
《金》は大地に突き刺さって放置されていた騎神用の剣を残った右腕で取る。
「こうか?」
柄に隠すように設置された引き金を引き、剣の刀身が二又に開く。
「俺の“力”を増幅してバスターグレイブに乗せる。やれるなエル=プラドー」
返事を待たずにマクバーンは“力”を昂らせる。
二又の剣、その根元の内蔵された導力砲に“力”が注ぎ込まれ、ゼムリアストーンで造られたバスターグレイブは赤く染まる。
赤熱する剣に《金》の腕は溶解する。
しかしそれに構わずマクバーンはは切っ先を頭上を覆い隠す剣に向けて引き金を引く。
「灼熱砲――イフリート!」
一条の熱線が巨大な剣を蒸発させ、その先の大型魔煌兵の肩を吹き飛ばした。
「ちっ――外したか」
元々視界が剣で覆われてせいで狙いが定まっていなかったがマクバーンはその結果に舌打ちする。
大型魔煌兵はまるで騎神の起動者が痛みを感じるように吹き飛ばされた肩を押さえて後退る。
「プラドーもう一発だ」
その姿に気を取り直してマクバーンはもう一度バスターグレイブに“力”を注ぎ込もうとして――彼の意に反して《金》は膝を着いた。
「何だ?」
『過負荷状態だ。復帰には時間がかかる』
「ちっ――使えねえな。《灰》を見習えよ」
『むぅ……』
動かなくなってしまった《金》をマクバーンは罵るが、《金》は唸るだけで反論はできなかった。
白刃と光翼。
今の灼熱砲と同等の出力の防御結界を行使しているというのに《灰》にオーバロードの兆候は見られない。
それどころか剣の一撃から解放された《灰》は飛び上がり、霊力で伸びた巨大な剣を一閃し、体格差をものともせずに大型魔煌兵を海に押し戻す。
『この度の大戦は魔境なのか?』
彼が知る《灰》ではないその姿に《金》はこの数百年の間にゼムリア大陸はどうしてしまったのか思いを馳せるのだった。
*
海上を滑るように走る《灰》に大型魔煌兵は無数の氷塊を撃って迎え撃つ。
一つ一つが騎神の全長の倍もある氷の礫。
にも関わらず《灰》は一切怯むことはなく、突撃し直撃しそうな氷塊は難なく白刃で両断して突き進む。
『――――』
大型魔煌兵は残った左腕を海面に叩きつける。
そうして巻き上がった海水が《灰》の上から降り注ぎ、次の瞬間には瞬く間に海ごと氷漬けにされる。
「オオオオオオオオオオオオッ!」
しかし、全身を氷で覆い尽くされても《灰》は止まらない。
機体の内側から立ち昇る焔が氷を溶かし、《灰》は大型魔煌兵の眼前に辿り着く。
振り下ろした刃は掲げた腕の装甲に受け止めれる。
「大した強度だ。だけど“塩化”までは防げないだろ!?」
渾身の一撃を受け止められるが《灰》は接触を保って、触れた腕を“塩化”させ――モノクロのオルディーネに横撃された。
「くっ――」
《灰》に組み付いたオルディーネは次の瞬間、内包する霊力を暴走させて自爆する。
極大の爆発が《灰》の半身を奪う。
大型魔煌兵は黒い煙をなびかせて落ちて行く《灰》に安堵する気配を滲ませ――硬直した。
氷の大地に叩きつけられるはずだった《灰》はその直前に内側からゼムリアストーンを増殖させ、次の瞬間には傷一つない姿となって着地する。
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
大型魔煌兵もまた雄叫びを上げ、その前に六騎の魔煌騎兵を再召喚する。
「――っ」
《灰》は太刀を構え直し――過負荷状態から回復した《金》が全てを置き去りにして弾丸の様に大型魔煌兵にバスターグレイブを突き刺して着弾した。
「くたばりやがれっ!」
マクバーンは叫び、剣の刀身を開放する。
突き刺された傷を強引にこじ開けられ、痛みに悶えるように大型魔煌兵は体を揺らす。
体格差からわずかな身動きでも激しく揺さぶられる《金》は剣と腕が溶解して一体化していなかったら瞬く間に振り解かれていただろう。
「ちっ――」
導力砲へのエネルギーの供給が遅いことにマクバーンは舌打ちをする。
このままでは体が壊れる方が先かと懸念する。
その背後に黄金の翼を背にした《灰》が一瞬で現れ、《金》の肩に背後から触れる。
その瞬間、半分も溜まっていなかったエネルギーが臨界を超え、マクバーンは迷わず引き金を引く。
零距離、しかも傷の中に直接灼熱砲を叩き込まれた大型魔煌兵はその身を膨張させ破裂し、貫通した熱線はその先の要塞の半分を吹き飛ばした。
召喚された魔煌兵たちは主の消失に合わせて霧散するのだった。
こうして戦いは終わった――
「足りねえ……」
――はずだった。
「まだ足りねえっ!」
そう叫び、《金》は背後で己を支えている《灰》を振り解くようにバスターグレイブを薙ぎ払った。
彼らの感想
???
「何なのこの“騎神”は!? もうやだぁ!」
エル=プラドー
「使えない……《灰》を見習え……我の方が“格”は上なのに……」
ヴァリマール
「すぐ慣れる」
ブルブラン
「ふはははっ! それでこそだ超帝国人っ!」