(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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12話 翡翠の公都Ⅲ

 

 

 オーロックス峡谷道。

 オーロックス砦へと続く街道から外れた獣道に入ってしばらくしてリィンは不意に一同を呼び止めた。

 

「みんなちょっといいか。何かおかしい」

 

「おかしいって何が?」

 

 振り返ったアリサが聞き返す。

 

「何だか空気がおかしくないか?」

 

 異様なまでに静まり返った山道。

 魔獣はもちろん無害な獣まで何かに怯えるように息を潜めているようだった。

 いくら討伐指定を受けた大型魔獣が出没している地域でも、おかしいと感じる程に。

 

「そう言われても……」

 

 アリサは周囲を見回し耳を澄ませてみる。

 

「ユーシスさん、分かりますか?」

 

「いや、乗馬で何度かこの辺りに来たことはあるが、特に変わったとは思えないが」

 

 ユーシスもアリサと同じように周囲を見回してエマの問いに答える。

 

「おい。シュバルツァー何のつもりだ?」

 

「いや、だから――」

 

「今のリーダーは僕だ。言い掛かりをつけて邪魔をする気か?」

 

「そんなつもりはないんだけどな」

 

 ただの注意勧告のつもりだったリィンはマキアスの言い掛かりに困った顔をする。

 

「フン……旧校舎の魔物を倒したからっていい気になるなよ。僕だってこの日のために導力銃を新しくしたんだ。今ならあの石の化物だって敵じゃない」

 

「何を言うかと思えば武器の自慢か……平民は良いな。それで強くなった気になれるのだから」

 

「っ……剣術なんて時代遅れの武器に縋っている貴族なんかには理解できないだろうな」

 

 マキアスの武器自慢にユーシスが嫌味を返し、さらにマキアスが言い返す。

 二人は睨み合うと示し合わせたようにそっぽを向く。

 

「やれやれ……」

 

 リィンはそんな二人に肩を竦める。

 

「とりあえず、俺がそう感じただけの話だ。もしかすると手配魔獣が近くにいるか、この地域に棲息している魔獣よりも一段か二段強い魔獣かもしれないから気をつけてくれ」

 

「それならそうと言えばいいんだ。回りくどい」

 

 むしろ最初からそう言っているつもりだったんだが、と思ったことをリィンは言わないでおく。

 《バスソルトの調達》の依頼。

 貴族からの依頼ということもあり、満場一致でマキアスをそのリーダーから外そうとしたのだが、めんどくさいことにマキアスはそれに猛反発した。

 バリアハートで学院のように貴族批判などすれば、その場で領邦軍の巡回兵にしょっ引かれることになる。

 マキアスはそれくらいの分別は弁えているなどと主張し、それでもと諫める一同に対して意固地になってその依頼のリーダーとなった。

 そして、案の定と言うべきか遊び感覚で依頼内容を話すことを勿体付けた貴族の態度にマキアスは激昂しそうになった。

 ユーシスのフォローもあって、不遜な態度を取っていた依頼人は手の平を返して下手に出て、依頼内容を丁寧に説明してくれたのだがその事実が気に入らないのかバリアハートを出てからマキアスは苛立っていた。

 マキアスはリィンの忠告を意に介さず、我先にと獣道を進んでいく。

 

「はあ……うまくいかないものだな」

 

「大丈夫リィン?」

 

 マキアスに遅れて歩き出したリィンにアリサが声をかける。

 

「ああ、もう慣れたよ」

 

「まったく、何なのかしらねあいつは。いくら貴族嫌いだからってやって良いことの限度も分からないのかしら?」

 

「最近だとアリサも睨まれているんだったか?」

 

「ええ……どうやら立ち振る舞いでそっちの関係者だって思われちゃったみたい。家名を隠しているのもあって余計にね」

 

「聞いても良いかな? どうしてわざわざアリサ・Rなんて名乗っているんだ?」

 

「大した理由じゃないわ。あたしの実家は貴族からは疎まれて、平民からは特別扱いされてるのが嫌だったのよ……

 リィンには悪いけど、隠しておいて良かったと思ってるわ。うちは貴族じゃないけどレーグニッツにどんな言い掛かりをつけられるか分からないもの」

 

「そこまで言うか?」

 

「言うわよ。一ヶ月もあんな視線に耐えている貴方達を尊敬するわ」

 

「何かされそうになったら遠慮なく頼ってくれていいからな」

 

「え……ええ、その時は当てにさせてもらうわ……

 と、ところでリィン……この特別実習が終わって帰った後なんだけど、私も――」

 

「雑談はそこまでだ。いたぞっ!」

 

 鋭いマキアスの声がアリサの台詞を掻き消した。

 

「何よレーグニッツッ! 今――」

 

「しっ――」

 

 勇気を出した言葉を止められたアリサは声を上げてマキアスに言い返そうとするが、その口をリィンが指で塞ぐ。

 

「っ~~!?」

 

 アリサは顔を真っ赤にして狼狽えるが、マキアスの声で戦闘に思考を切り替えたリィンは気付かない。

 

「あれか……」

 

 岩陰に隠れるマキアス達に追い付いて、覗き込み手配魔獣の姿を確認する。

 

「依頼にあった特徴と一致しているな。大きめの甲殻系魔獣のようだがおかしなところは見当たらないな」

 

「フン、やはりただの言い掛かりじゃないか」

 

「マキアスさん。でも道中に魔獣がいなかったのが不自然だったのは確かです……

 それにあの魔獣も十分に手強そうですよ」

 

「委員長はこう言っているが、どうするつもりだリーダー殿?」

 

 《バスソルト調達》の延長として、ユーシスは挑発を含んだ言葉で指示を出せと促す。

 

「そうだな……ならばシュバルツァーには周辺の警戒を行ってもらう。それからユーシス・アルバレア、《ARCUS》の戦術リンクは僕と繋いでもらう……

 いい加減成功させないといけないからな」

 

 どの口が偉そうに言うんだ、と思いもしたが言っている内容は妥当だと判断してユーシスは反論を抑える。

 

「それで文句はないな」

 

 そして攻撃的にマキアスはリィンに言い放つ。

 

「ああ、それで構わない。ただくれぐれも最後まで油断しないでくれ」

 

 見たところ甲殻系の魔獣は胸騒ぎを感じる程の脅威とは思えない。

 そういう意味では周囲を警戒していられるポジションは願ったりでもある。

 

「え……リィンは戦わないの?」

 

「危なくなったら助けるよ」

 

 自分が戦わない。それだけで動揺して弱気になるアリサに苦笑する。

 

「よし……仕掛けるぞ」

 

「お前達も準備はいいな?」

 

「え、ええっ……」

 

「はいっ……」

 

 リィンに見送られて、Ⅶ組B班は手配魔獣との戦闘を始める。

 しかし、彼らの戦いを見守っているのはリィンだけではなかった。

 

「悪いけど、あんたたちはお呼びじゃないのよ」

 

 崖の上、下からは死角の位置を取って戦場を見下ろして呟いたのは黒い猫だった。

 戦闘はⅦ組が優勢だった。

 アリサとエマが戦術リンクを組み、矢とアーツの波状攻撃で魔獣の動きを制限する。

 そこにユーシスとマキアスが連携を取って、確実にダメージを与えていくのだが……

 

「《ARCUS》駆動」

 

「ブレイクショット」

 

 ユーシスが地点指定のアーツを駆動した次の瞬間、マキアスがショットガンを撃ち込み、魔獣はノックバックしてアーツの効果範囲から逃れる。

 

「貴様っ!? ここはアーツを発動させてから効率良くダメージを与えるべきだろう!」

 

「なにぃ……? そんなことよりこの銃で撃つ方が効率的だ」

 

 マキアスが銃弾を撃つたびに魔獣の甲殻は目に見えて削れているのだからあながち間違いではないのだが、それでもアーツを当てて態勢を崩させてから撃った方がさらに効率は上がるだろう。

 

「ちっ……」

 

 聞く耳を持たないマキアスにユーシスは舌打ちする。

 魔獣は一番大きなダメージを与えてきたマキアスに狙いを定め、突撃する。

 

「邪魔だ。どくがいい」

 

 迎え撃とうするマキアスをその突撃の進路から突き飛ばし、ユーシスは突進してきた魔獣を優雅に躱してすれ違い様に斬りつける。

 

「何をするっ!?」

 

「阿呆が、正面から迎え撃つ奴がいるかっ!」

 

 文句を言ってくるマキアスにユーシスは怒鳴り返す。

 

「ちっ……」

 

 そんなユーシスの態度にマキアスは舌打ちし、そして張り合う様に前に出ようとした瞬間、戦術リンクが断絶した。

 以降の戦闘は泥仕合だった。

 ユーシスとマキアスのバラバラな動きにエマとアリサの援護も散漫になり、ユーシスとマキアスの攻撃も互いに邪魔し合う。

 決定打になる攻撃を入れることなく、魔獣は体力が尽きたように動きを止める。

 そこにようやくマキアスの銃撃が当たって、魔獣は動きを止めた。

 

「どういうつもりだ……ユーシス・アルバレア……

 どうしてあんなタイミングで戦術リンクが途切れる?」

 

「こちらの台詞だ。マキアス・レーグニッツ……」

 

 責めるマキアスにユーシスは抑え切れない怒りを言葉に滲ませながら、それでも理性的に言い返す。

 

「戦術リンクの断絶……明らかに貴様側からだろうが。何故後衛の貴様が前に出る?」

 

 ショットガンの特性を考えれば近距離の方が良いのかもしれないが、それを差し引いてもマキアスは前に出過ぎだった。

 二人は向き直ると、示し合わせたように同時に相手の胸倉を掴む。

 

「協力すると言いながら結局腹の底では平民を馬鹿にする。それが貴族の考えなんだろう!」

 

「っ……だから貴様は阿呆なのだ……」

 

 協力をどちらか一方のことで成り立つと考えているマキアスの思考に辟易する。

 

「その決め付けと視野の狭さこそが全ての原因だとなぜ気付かないっ!」

 

「僕が悪いと言うのかっ!? ふざけるなっ!」

 

「二人ともやめなさいっ!」

 

「うるさいっ! 君たちに関係ない!」

 

 仲裁しようとしたアリサとエマにマキアスは怒鳴る。

 エマは思わずその剣幕に怯む。が、アリサはむしろ眦を上げて言い返した。

 

「か、関係ないですって!? この一ヶ月、あなたのせいでクラスの空気がどれだけ悪くなったと思ってるのよっ!」

 

「それは――こいつやシュバルツァーが――」

 

「ユーシスとリィンがあんたに何をしたって言うのよっ!?

 口を開けば貴族が貴族が貴族が、あんたに何があったかなんて知らないけどあんたの八つ当たりをぶつけられる謂れは私にもリィン達にもないわよっ!?」

 

「っ――家名を隠しているくせに偉そうに――」

 

「だから何よ!? 私の事情を何で会ったばかりのあんたみたいな差別主義者に懇切丁寧に教えて上げなくちゃいけないのよ!

 それともいちいちあんたに許しがないと私はいちゃいけないとでも言うの? 何様のつもり!?」

 

 苦し紛れの言葉に反論の言葉はマシンガンの如く返される。

 

「今回の特別実習だってそうよ!

 口だけ協力するとか言っておきながら、あんたはリィンやユーシスよりも目立とうとしているだけじゃない!

 戦術リンクが結べない理由も、最初から自分には非がないって決め付けて二人に責任を押し付けてるだけじゃない!

 人を馬鹿にしているのはいったいどっちよ!」

 

「あ、アリサさん……落ち着いて……」

 

「あんたみたいな陰険な奴に平民代表なんて顔されるなんて私の方が恥ずかしいわよ……

 これならさっきのゴルティ伯爵やヴォルテールの貴族の方がずっとマシよっ!」

 

「なっ――」

 

 苦労して見つけた半貴石を勝手に買い取り目の前で漢方として食べたゴルティ伯爵。

 特別実習の課題を遊び半分、奉仕させて当然という尊大な態度で上から見下ろしてきたハサン・ヴォルテール。

 マキアスが嫌う典型的な貴族を引き合いに出され比べられた挙句、それよりも下だと言い切ったアリサの言葉にマキアスは黒い感情を滾らせる。

 

「訂正しろ……」

 

「イヤよ。だって全部本当のことだもの」

 

「ふざけるなっ!」

 

 堂々と言い切るアリサにマキアスが激昂して掴みかかる。

 

「ふん――」

 

 無遠慮に胸倉を掴みに来たマキアスにアリサは冷淡な眼差しを向け、その手を取ってマキアスを背負い投げで地面に叩きつけた。

 

「が!?」

 

「言い返せなかったらすぐに暴力? 本当にどうしようもないわね」

 

 侮蔑の言葉に見下ろされた目にマキアスは――

 

「アリサさんっ! 後ろっ!」

 

「ちっ!」

 

 アリサの背後で、倒したはずの大型魔獣が突然起き上がる。

 しかもただ起き上がっただけではない。

 赤い魔力を纏わせ、狂化された魔獣はその凶悪な爪をアリサに向けて振り上げ――

 

「くっ――」

 

 咄嗟にアリサは逃げようとするが、自分の背後に倒れたままのマキアスがいることを思い出して踏み止まり――

 

「うあああああああああっ!」

 

 マキアスが取り乱した悲鳴を上げてショットガンの銃口をアリサの背中に向けた。

 

「ば――」

 

 目の前のマキアスの凶行にユーシスは絶句する。

 マキアスの目には魔獣の姿は映っていない。

 ただ自分を完膚なきまでに言い負かして、貴族以下だと見下したアリサを目の前から排除したい一心でマキアスは黒い感情に突き動かされるまま、引き金を引いた。

 同時にショットガンはマキアスの手から高く弾き飛ばされ弾をあらぬ方向へ吐き出す。さらには爪を振り上げた魔獣の頭に深々と太刀が突き刺さった。

 

「あ――」

 

 気付けばアリサ達の中心にリィンが立っていた。

 

「…………リィン・シュバルツァーッ!」

 

「破甲拳」

 

 目の前に現れた怨敵とも言える貴族にマキアスが激昂した瞬間、リィンの拳が黒いもやを宿した胸に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、マキアスは見知らぬ演習場にいた。

 

「僕は……いったい……」

 

 目覚めは信じられないくらいに爽快な気分だった。

 

「目が覚めましたか?」

 

 領邦軍の制服を着た男、おそらく貴族が目を覚ましたマキアスに声をかける。

 いつもは聞いただけで癇に障る言葉に不思議と何も感じなかった。

 

「手配魔獣との戦闘で気絶したと聞いていますが、気分にお変わりは?」

 

「え、ええ……大丈夫です」

 

 領邦軍の兵士の丁寧な言葉にマキアスは戸惑う。

 

「あの……みんなは?」

 

「ユーシス様ならあちらに」

 

 促されて見ると、演習場の中央では領邦軍の兵士とユーシス達が戦っていた。

 

「あ……」

 

 ユーシスをリーダーにして立ち回る自分以外のB班達を見てマキアスは言葉を失う。

 ユーシスの傲岸不遜な態度で出す指示にリィンもエマもアリサも嫌な顔せずに従っている。

 一見すれば偉そうな態度だが、ユーシスの自信に満ちた物腰から発せられる指示には自信が満ちており、乗せられるように気分よく戦えている。

 

「戦術リンクも使えている……」

 

 問題だったリィンとの戦術リンクだが、ユーシスは最初から使えないものとしてリィンとのリンクは十秒以内で切るようにしているようだった。

 そうすることで断絶から引き起こされるシステムのフリーズをやり過ごしている。

 それは即席の戦術なのか、それとも予め考えていた方法なのか、曲がりなりにも戦術リンクによる意思疎通は取り繕う様にできている。

 

「あんな方法があったなんて……」

 

 考えもしなかった方法で戦術リンクを使った戦闘をクリアしたユーシスにマキアスは俯く。

 

「ひどいな……」

 

 思わずマキアスは言葉を漏らす。

 ユーシスは明らかにリィンの使い方だけではなく、エマやアリサの得意分野などの下調べをしていたのだと分かる。

 それに比べて自分が指示した戦闘はどうだっただろうか。

 ユーシスはもちろん、アリサやエマも表面的な武器の特性だけしか考えず、ユーシスのように頻繁にリンクを切り替えて指示を出していなかった。

 

「なんてひどいんだ」

 

 目の前の戦闘に比べれば自分が率いた戦闘は果たして戦闘だと呼べるのだろうか。

 それだけではない。

 今まで省みていなかった自分の行動や言葉を思い出して、マキアスは頭を抱える。

 

「僕は……こんなにも……汚い人間だったのか……」

 

 リィンやユーシスへの支離滅裂な言い掛かりに誹謗中傷。

 上流階級の立ち振る舞いが所々感じるアリサへの態度、果てには自分の意志で銃口を向けた事。

 主席合格を狙っていたのに自分の上を行かれて首席を奪われたエマへの苛立ち。

 友人を擁護しただけのガイウスをなじった言葉。

 学力でラウラに勝っていることで感じていた優越感。

 リィンの腰巾着なクリスを嘲笑っていたこと。

 さんざん忠告してくれたサラをなじったこと。

 

『君はあれだな。自分の価値観だけが全てで絶対的に正しいと思っている。まるで《貴族》みたいだ』

 

 思い出すリィンの言葉。

 あの時は受け入れ難い怒りを感じたが、言い繕うことなどできない程にこの一ヶ月の自分の態度は嫌悪していた《貴族》そのものだった。

 

「あ……終わりました。流石ですねユーシス様は」

 

 模擬戦に見入っていた兵士はマキアスを振り返る。

 

「あれ……?」

 

 しかし、いつの間にかマキアス・レーグニッツの姿はそこになかった。

 

 

 

 

「………………何をしているんだろうな僕は……」

 

 何処をどう歩いて来たのかマキアスは分からなかったが、日が暮れて夜となりようやくバリアハートの街に辿り着くことができた。

 

「はは……これじゃ退学は確定だな」

 

 今回の特別実習の評価次第ではⅦ組から平民クラスへの移動が決まっていたが、おそらくはもう確定しているだろう。

 それ程までに一日目の自分の態度は悪く、そして極めつけの単独行動。

 どんな沙汰を言い渡されても文句は言えないほどの失態だったが、それを取り繕う気力はもうなかった。

 

「もう……いいか……」

 

 貴族に負けないように勉学に勤しんでいたが、今となってはそこに何の意味があったのだろうかと思う。

 マキアスが慕った姉を自殺に追い込んだ貴族達も、守らずに追い詰めたあの男が憎いのは今でも変わらない。

 それでも、ユーシスもリィンもラウラもマキアスが憎んだ《貴族》ではない。

 そんなことはもうとっくに分かっていたはずなのに、それを認めずに子供のように駄々を捏ね続けていた自分が恥ずかしい。

 

「もう……疲れたよ。姉さん……」

 

 張り詰めていた糸が切れてしまったかのようにマキアスはどうしようもない虚脱感に頭が回らない。

 しかし――

 

「は……こんな時でも腹は減るか……」

 

 空腹を訴えて鳴った自分のお腹にマキアスは自嘲する。

 どうでも良いと、マキアスはそれを無視して宛もなくバリアハートの街を彷徨う。

 ホテルに戻る気にはなれなかった。

 さんざん迷惑を掛け、さらには単独行動という勝手極まることをしておいてどの面を下げて戻れるというのか。

 いっそうこのまま消えてなくなればいいのではないかと、マキアスは自己嫌悪をしながら考える。

 

「あっ……」

 

 おぼつか無い足取りだったマキアスは石畳の縁に足を取られて転ぶ。

 夜になったとはいえ、こんな往来の真ん中で倒れていては通行の邪魔になる。

 そう考えてもマキアスの体は思考に反して動いてくれない。

 

 ――このまま野垂れ死ぬのが僕にはお似合いか……

 

 空腹や今日一日の疲労、だけではなくこれまで無理をしてきた反動が一気に噴き出したように体が重い。

 少なくない人通りの中でマキアスに声を掛ける者は――

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 呼び掛けてきたのは女性の声。

 少しも似ていない別人のものなのに、マキアスはそれがとてもひどく懐かしいものに感じた。

 

「行き倒れ? それとも食い倒れですか?」

 

「…………は?」

 

 女性の――シスターの恰好をした女性の問い掛けにマキアスは意味が分からず首を傾げた。

 

 

 

 





ツンデレ貴族

ユーシス
「ちっ……ホテルにも戻っていないか」

エマ
「どこに行ってしまったんでしょうねマキアスさん」

アリサ
「やっぱり、ちょっときつく言い過ぎたかな?」

リィン
「アリサが気にすることじゃないよ。いつかは誰かが言わなければいけないことだったんだから」

ユーシス
「ふん……だがこれで清々したというものだ」

リィン
「って、ユーシス何処に行くんだ?」

ユーシス
「散歩だ。今日の実習はもう終わっている。ならば自由時間が俺がどう使うかは俺の勝手なはずだ」

リィン
「それなら一緒に行かせてもらっても良いかな?
 ある人からのアドバイスでね。初めての街では昼と夜の顔を確認しておけって言われているんだ」

ユーシス
「ふん……勝手にしろ。今は自由時間だからな」

エマ
「えっと……ユーシスさん……」

アリサ
「ふーん……」

ユーシス
「何だその顔は?」

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