(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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122話 温泉郷Ⅱ

 

 

 

「姫様、ミルディーヌ、本気ですか?」

 

 何かを企んでいた二人を警戒してついて来たエリゼは呆れと後悔を交えながら尋ねる。

 

「あら? エリゼ先輩、リィンさんを労って上げようというのはそんなにおかしいことでしょうか?」

 

「そうよエリゼ。これまで帝国そのものを守り抜いて下さったリィンさんを労うためにお背中くらい流して上げなければエレボニア皇女として名が廃りますわよ」

 

「ですよね姫様、何と言ってもオルディスを救われたばかりですから」

 

「だからって……水着まで用意して……」

 

 理論武装を固めるアルフィンとミルディーヌにエリゼはため息を吐く。

 湯着では抵抗があるのか、自分に黙ってそんなものを用意していた二人に面白くないものを感じずにはいられない。

 

「エリゼだって、この数ヶ月のリィンさんの働きは知っているでしょ?」

 

「ええ……それは……」

 

 帝都での《暗黒竜》との戦いに始まり、ノーザンブリアに発生した《塩の杭》の再来。

 クロスベルの《帝国解放戦線》、そしてオルディスの異変。

 先日ドライケルス広場で放映された巨大なゴーレムと戦う《灰》と《金》の姿には無事な兄の姿を見た後だというのに肝が冷えた。

 

「やはりリィンさんは私の読み通り、一人で露天風呂を堪能したいと、二度風呂に来ていましたね」

 

「ふふ、流石ねミルディーヌ」

 

 女性用の風呂場の先、露天風呂に通じる入り口から外の様子を窺い見るミルディーヌをアルフィンは褒める。

 

「むぅ……」

 

 兄の行動を正確に予測する後輩にエリゼは頬を膨らませる。

 

「それでエリゼはどうしますの?」

 

 アルフィンは振り返って尋ねる。

 

「私は……」

 

 エリゼは二人と違って水着ではなく、湯着を着ている。

 慣れたエリゼにとっては湯着も水着も似たような様なものだが、そのままリィンがいる露天風呂に出るとなれば話は変わって来る。

 一緒に入るのはそれこそ五年ぶりくらいになるだろうか。

 リィンが血の繋がらない兄だと知り、一人の男性として意識するようになったからこそ、そこに今まで感じたことのない羞恥心を感じて躊躇ってしまう。

 

「やっぱり私は――」

 

「あ――リィンさんだけではなくダーナお姉様も一緒みたいですね」

 

「え…………?」

 

 外を覗き見ていたミルディーヌの言葉に踵を返そうとしたエリゼの動きが止まる。

 

「あらあら、どうするエリゼ?」

 

 クスクスとまるで計画通りと言わんばかりにアルフィンは笑うが、エリゼはそれを無視してミルディーヌの上から露天風呂を覗き見る。

 そこには背中合わせて、楽し気に――エリゼの視点で談笑している男女の姿があった。

 ダーナ・イーグレット。

 ミルディーヌの親戚の娘と先日紹介され、オルディスでリィンに命を助けられたらしい。

 その御礼をしたいということでミルディーヌを頼り、更にはこの数日で聖アストライア女学院に転入までして来た上級生。

 会ったその日に混浴をして距離を詰めて来るダーナの行動力と積極性にエリゼは恐ろしいものを見る。

 

「ふふふ、これは足踏みしている暇はなさそうですね」

 

 ダーナの目的、そしておおよその会話の内容を予測できるミルディーヌはそれをおくびにも出さずに自分達は出遅れを呟く。

 

「これはいけませんね。エレボニア皇女として遅れを取るとは女が廃ります」

 

 矛先が自分達に向かないと分かっているのか、アルフィンはミルディーヌの言葉に乗って煽る。

 リィンの背中を流すというミッション。

 アルフィンとミルディーヌだけでは困難かもしれないが、そこにエリゼが加わってくれるなら成功の目が出てくる。

 もちろん打算だけではなく、一喜一憂するかつて《氷の乙女》と呼ばれたエリゼの反応を面白がっている部分もある。

 

「このままではダーナお姉様にリィンさんのお背中を取られてしまいますよエリゼ先輩」

 

「それは大変ね。このままエリゼはリィンさんが盗られてしまっても良いのかしら?」

 

「――っ、私は……」

 

 二人の言葉にエリゼは一度目を伏せ――

 

「私は――」

 

「あら? 何しているの貴女達?」

 

 半端に開いた戸にエリゼが手を掛けた瞬間、背後からの声に三人は振り返る。

 

「あらアリサさん? どうかしましたか?」

 

 そこには風呂場だというのに服を着て入って来たアリサがいた。

 

「ちょっと髪留めを落としたみたいで探しに来たんです、殿下たちはそこで何を?」

 

 周囲を見回しながらアリサは聞き返す。

 湯着ではない水着を着たアルフィンとミルディーヌにアリサは首を傾げ――外から不気味な咆哮が響く。

 

「今のはまさか!?」

 

「そんな勢いよく立ったら危な――」

 

「きゃあっ!?」

 

「なぁっ――」

 

 咆哮に続いて半開きの戸の向こうから聞こえて来た盛大な水音。 

 

「兄様っ!?」

 

「え――リィン?」

 

 勢いよく戸を開け放って露天風呂へと入って行くエリゼ達にアリサは首を傾げながら続く。

 

「ぶくぶくぶく――ぷはっ!」

 

 エリゼ達が突入すると、上から圧し掛かれて水中に沈めれたリィンがダーナの身体を押し上げて顔を出した。

 

「あらあら……」

 

「ダーナお姉様……なんて大胆……」

 

 その光景にアルフィンとミルディーヌは感嘆をもらす。

 

「殿下……ミルディーヌ……それにエリゼとアリサ?」

 

 溺れかけたリィンは声に反応して顔だけで振り返る。

 

「…………」

 

「…………リィン……貴方……女湯で何をしているのかしら?」

 

 沈黙するエリゼに顔を引きつらせて尋ねるアリサ。

 

「何って……女湯?」

 

 リィンは疑問符を浮かべながら、正面に視線を戻す。

 

「あ……あはは……えっと……ごめんね」

 

 すぐ目の前には困った風に笑うダーナの顔があり、転んだ拍子に結び目が解けた湯着はかろうじてリィンの手に支えられて彼女の肢体を隠している。

 

「――いや待ってくれ! これは違うんだ!」

 

 迂闊に動けばまずい状況でありながら、このままダーナの何処とは言えない部分に触れ続けることもまずい状況の板挟みにリィンは狼狽えて固まる。

 しかもアリサは混浴の時間となっている露天風呂を女湯だと勘違いしている。

 

「この――」

 

 アリサは桶を手に取り振り被る。

 

「――不埒者っ!」

 

 全力の投擲は狙い違わずリィンの顔面を捉えるのだった。

 

 

 

 

 夜、誰もが寝静まるはずの深夜。

 ユミルには季節外れの雪と山の奥から木霊する不気味な咆哮が住民たちを不安を煽る。

 領民たちはその不安を払拭しようとシュバルツァー家を尋ねるも、テオも何が起きているのか分からず無根拠な慰めで応対することしかできなかった。

 

「――では、確かなのかな?

 その《魔煌兵》とやらが郷に向かっているというのは」

 

 シュバルツァー家の一室でテオはエリゼの先輩である少女と向き合っていた。

 

「はい……霊力の動きから……まだ距離はありますが確実に近付いてきています」

 

 テオの質問にダーナははっきりと頷く。

 

「《魔煌兵》……先日オルディスに現れた巨人か」

 

 テオはダーナの説明にその背後のリィンに視線を向ける。

 額を赤く腫らしたリィンはテオの視線に彼女の言葉を肯定するように頷く。

 

「《魔煌兵》の目的はリィン君です……

 元々この地には起動者を排除するための《魔煌兵》が配置されていました。今回の異変はリィン君にその《魔煌兵》が反応して目覚めたのだと考えられます」

 

 何故、君がそんなことを知っているのか。

 息子と年恰好が同じくらいだというのに威厳に満ちた堂々とした振る舞いテオは違和感を覚える。

 

「そうなるとユミルもオルディスの様になるのか?」

 

「いえ、この地の《魔煌兵》はあそこまでの“力”はありません……

 それにここの《魔煌兵》の目的は“騎神”に関わる者を遠ざけるための存在ですから」

 

 断言するダーナにテオは何故そこまで言い切れるのか不信に思う。

 

「大丈夫だよ父さん。《魔煌兵》の目的が俺なら、先にこちらから行けば済む話だから。今から行って日の出までには終わらせてくるよ」

 

 事も無げに言うリィンに頼もしさを感じるがテオは異を唱える。

 

「せめて夜が明けるのを待ちなさい……

 この雪の勢い、すぐに歩くのも困難なくらいに積もるだろう。夜の雪山の恐ろしさはお前も良く分かっているはずだ」

 

「それでも、だよ……このままここで朝まで待っていたら《魔煌兵》が郷まで降りてきてしまう。それは避けなければいけないはずです」

 

「それは……」

 

 リィンの主張にテオは閉口する。

 領主としてはユミルを巨人の戦場にするわけにはいかない。

 しかし、父としては危険な夜の雪山に息子を送り出すのにも抵抗がある。

 葛藤はするもリィンの提案が妥当だとテオは折れる。

 

「分かった、行って来るといい」

 

「私たちは郷の住民たちにいざという時の避難を呼び掛けておきましょう」

 

 テオの決定をルシアも認めて、自分達にできることを提案する。

 Ⅶ組一同は顔を見合わせて頷き、代表するようにエマが口を開く。

 

「それならリィンさんには私たちも一緒に――」

 

「いや、みんなは父さん達と郷に残って万が一に備えて欲しい」

 

 しかし、エマの――Ⅶ組の提案をリィンはにべもなく遮った。

 

「リィンさん……ですが――」

 

「さっき父さんも行っていたが夜の雪山は慣れていない人間にとって歩くだけでも危険だ……

 それに今回の《魔煌兵》に関しては俺とダーナさんだけで十分だろう」

 

「はい、リィンさんの実力なら《灰》を呼ばなくてもここの《魔煌兵》に遅れを取ることはないでしょう」

 

 訳知り顔で補足説明を加えるダーナにエマは思わず息を呑み、きつい視線を返す。

 

「じゃあ、その理屈ならシャーリィとクリスならリィンについて行っても良いんだよね?」

 

 しかし、そんなエマの憤りを他所にシャーリィが新たな提案をする。

 

「あ……そうですよ! 僕たちは雪山での訓練もしたし、リィンさんの足を引っ張ったりはしません」

 

 シャーリィの提案にクリスは悪気なく乗っかり、同行を主張するのだった。

 

 

 

 

 








居残りⅦ組
アリサ
「むう……何で私たちはいつも留守番なのよ!?」

マキアス
「だけどリィンが言っていた通り、この吹雪の中を歩くのはきついだろうな。ましてや戦闘なんか……」

ラウラ
「雨の中での戦闘は経験したことはあるが、やはり雪の上では勝手が違うのだろうな……こればかりは置いて行かれも文句は言えまい」

エリオット
「フィーでも無理なの?」

フィー
「わたしの場合は足回りが結構重要だからね。ミリアムはついて行くと思ったけど?」

ミリアム
「うーん、ガーちゃんだったら雪とか関係ないけどこの風だと飛ばされちゃうかも」

ユーシス
「山から吹き下ろす強風。そもそも吹雪に対しての装備も人数分集めるのも難しいか」

ガイウス
「この場合は信じて待つこともチームワークということだろう」

アリサ
「って言うか、リィンがメンバーを決める時ってだいたいクリスとかよね」

ラウラ
「うむ……クリスの旧校舎探索もシャーリィが来てからあまり誘われなくなっているな」

フィー
「自由選択なのにいつも連れて行くのは決まったメンバーみたいな?」

マキアス
「言い得て妙だが的を射た言い方だな」

エリオット
「まあクリス達の訓練に混ぜてもらうようになって実力の差よりまず、体力の差を痛感したけど……」

ミリアム
「あれ? そう言えば委員長は?」

エマ
「《魔煌兵》の事については私たち“魔女”が専門のはずなのに……何なんですかあのダーナって人は……ブツブツ」

ユーシス
「今は触れてやるな」


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