(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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123話 温泉郷Ⅲ

「オオオオオオオオオオオッ――」

 

 断末魔の声を上げ、魔煌兵は消滅していく。

 

「ええーこれで終わりなの?」

 

 図体だけ大きく、歯応えがなかった魔煌兵にシャーリィは不満を露わにする。

 

「だから言っただろ、俺とダーナさんで十分だって」

 

 油断をしているつもりはないが、全員でぞろぞろと訪れる程の脅威というわけではない。

 むしろ暗い夜道と吹雪による二次被害の方が危険なくらいだ。

 

「でも《魔煌兵》は倒しましたけど、吹雪は止みませんね?」

 

 油断なく周囲を見回すクリスは元凶と思わしき存在を倒したにも関わらず、勢いの衰えない吹雪に警戒を強める。

 

「吹雪の原因はこっちだから」

 

 リィンから譲ってもらった双剣を納め、ダーナは峡谷の奥に進んで行く。

 そこにあったのは淡い光を宿す石碑。

 

「それは――」

 

「知っているんですかリィンさん?」

 

「ああ、八年前。俺が《鬼の力》を使えるようになった切っ掛けの石碑だ……

 そうだ。俺が触れたことで石碑は光出して、湧水がみるみる凍り付いて今日みたいな大雪が降り始めて、そして――」

 

 言葉を遮り、場の霊力の密度が濃くなる。

 リィンが振り返る過去になぞらえるように、石碑の前に光が収束し現れるのは氷の魔獣。

 頭は牛、身体は人間。

 御伽噺の中でミノタウロスと呼ばれる魔獣は敵意を込めた眼差しでリィンを睨み――

 

「大丈夫……この人はそうじゃないから」

 

 昂る凶悪な角を持つ魔獣に臆することなくダーナは向き直る。

 

「久しぶりだね、ミノス」

 

『…………ダーナ。どうやら無事に目覚めることができたようだな』

 

「魔獣が喋った!?」

 

 凶悪な形相の魔獣の口から出て来た人間の言葉にクリスは驚きの声を上げる。

 

『だがどうしてお前が“黒の堕とし子”なんかと一緒にいやがる?』

 

「黒の堕とし子……」

 

 それが自分を指している言葉だとリィンは理解する。

 

「ミノス、リィン君は大丈夫だよ」

 

『何をもってそんな事が言える?

 しかも以前よりも遥かに力を付けている上に、起動者にもなったようじゃねえか。やっぱりあの時無理をしてでも殺しておけば――』

 

「ミノスッ!」

 

 不穏な言葉をダーナは遮る。

 氷魔は肩を竦めるようにため息を吐く。

 

『とにかく堕とし子を“あれ”に近づけるわけにはいかねえ……

 ダーナに免じて今日は見逃してやるが、二度とこの地に近付かないことだな』

 

 唸って威嚇する氷魔にリィンは肩を竦める。

 

「随分嫌われたものだな……」

 

 その理由もおおよそリィンは察することができる。

 この八年、トラウマもあって近付くことはなかった場所なだけにリィンも好き好んで来るつもりはない。

 しかしその範囲がユミルにまで及ぶとなると躊躇うものがあるが、それでも父たちを無用に巻き込まないためにも――

 

「分かった。俺は――」

 

「ミノスッ! いい加減にしてくれないかな」

 

 リィンの言葉を遮ってダーナは声に怒りを滲ませ氷魔からリィンを庇う様に立つ。

 

「貴方たちが《黄昏》に向けて、因果から逃れるために精霊になったことは尊敬しています……

 ですが、だからと言ってリィン君を不当に扱って良い理由にはならないはずです」

 

『不当? 断言するが、それはいつか必ず“贄”として世界を滅ぼす引き金を引くだろうよ! 生きている方が害悪だ』

 

「ミノスッ!」

 

『――っ』

 

 二度目の叱責に氷魔は怯むように後退る。

 

「私だってリィン君を信頼して良いのか、まだ見極めている最中です……

 だけどこの地はリィン君にとっての故郷。人の理から外れた私や貴女がリィン君の日常を奪う権利はないはずです。違いますか?」

 

『……』

 

「もちろんミノスの言いたいことは分かります……

 ですが、ここに来たのは“樹”を見せるためではなく、貴方がリィン君の気配を感じて起こしているこの吹雪を止めるため……

 目的を果たしたら私たちは下山します。それで文句はないですよね?」

 

 顔だけでも人の倍以上ある巨大な魔獣に臆することなくダーナは言葉をぶつける。

 

『………………ちっ……分かった』

 

 魔獣はダーナとリィンを交互に見て、諦めたようにため息を吐く。

 そのまま氷魔はリィン達から距離を取る様に後退り、空に向かって鳴く。

 すると吹き荒れていた吹雪は見ている間に弱くなり、数秒も立たずにやんでしまう。

 

『最後にもう一度言っておくけど、くれぐれもこの場所に近付くなよ“堕とし子”』

 

 そう言い残してミノスと呼ばれた氷魔はその姿を光の粒子に変えて、石碑の中へと還って行く。

 吹雪がやみ、渓谷に満ちていた上位三属性の気配も静まり、渓谷は元の穏やかな空気に戻る。

 

「何あれ……?」

 

 沈黙を保つ一同の中でシャーリィが呆れ切った様子で口火を切る。

 

「ごめんなさいリィン君」

 

 シャーリィの呟きを切っ掛けにダーナは振り返って深々と頭を下げる。

 

「いえ、ダーナさんが謝ることじゃないですよ。それより彼はいったい何だったんですか?」

 

 光が消えた石碑を一瞥してリィンは尋ねる。

 

「彼はミノス、私が千年前、真実を探していた時に知り合った精霊です」

 

「精霊……」

 

「私よりも前の時代、まだ《黒》の因果が不完全だった時に諍っていた人達です……

 人の身では《黒》が紡ぐ因果に諍えないため、その身を精霊に昇華させ《黄昏》に対抗する手段を守る道を選んだ世界の守り人」

 

「千年前って……ダーナさん、貴女はいったい何者なんですか?」

 

「何か独特な空気を纏っているお姉さんだと思っていたけど、そういうことなんだ」

 

 ダーナの説明にクリスとシャーリィは対照的な反応を示す。

 そんな二人にダーナは苦笑して、先にリィンに名乗ったように二人にも名乗る。

 

「私はダーナ……千年前、騎神を作り出した片割れの大地の眷属。その長を勤めていた者です」

 

 その名乗りに二人はリィンを振り返る。

 

「事実だ」

 

 そんな二人にリィンは頷いて見せる。とは言えリィンも露天風呂で自己紹介をされただけで、彼女の目的などはまだ知らない。

 

「とりあえず郷に戻りながら話しても良いかな? ここで話すとミノスに怒られそうだから」

 

 そう促されてリィン達は郷への帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 道中で語られたのはダーナの半生。

 若い身空で大地の眷属の長となり、当時起きた《暗黒竜の事変》をヘクトル大帝と共に戦い、呪われてしまった《テスタ=ロッサ》を封印した。

 一連の事件に違和感を覚えたダーナは《魔女》と別れ、《暗黒竜》が生まれた原因を探るため帝国各地を放浪することにした。

 その旅の最中で気付いた《黒の騎神》の暗躍。

 

「そのことを当時のローゼリアさんやアルノール家に伝えようとしたんだけど、《黒》が紡いだ因果に私たちは囚われてしまったの」

 

 一人、また一人と旅をした家族たちが不幸な事故で喪われていく光景をダーナは瞼の裏に思い出す。

 

「それでどうなったんですか?」

 

 荒唐無稽な御伽噺にも聞こえる千年前の出来事にクリスは前のめりになって続きを促す。

 

「最初の異変は経過報告をしようと帝都に戻った時だった……

 一緒に戦ったはずのヘイムダルのみんな、それにヘクトルさん達は私達こそが《暗黒竜》を世に放った邪教だって宣言して石つぶてで私達を出迎えたの」

 

「…………え……?」

 

「それが《黒》の力だった……

 頼りになりそうだったローゼリアさん達――《焔の眷属》は既に帝都を離れていたから私達はただ逃げる事しかできなかった……

 もちろんそのことを責めるつもりはないよ」

 

 フォローするような言葉をダーナはリィンに向ける。

 

「そうして帝国中を逃げ回っていた私たちはその中でミノス達と出会ったの」

 

 ダーナと同じように《黒》の存在に気付いてた彼女の時代にとっても過去の偉人たち。

 人であることを捨て精霊になることで、《黒》が紡ぐ因果から逃れることに成功した存在。

 

「私も《黒》の因果に囚われて次代のアルベリヒの“器”にされそうだったんだけど、私は私自身を封印してその戒めから逃れて、この時代に辿り着いたの」

 

「そうだったんですか……なんだか僕の御先祖様が申し訳ありません」

 

「ううん、ヘクトルさんが悪いんじゃないって言うのは分かっているから……

 それにこの時代に来れて良かったと思ってるんだよ」

 

 いつの間にか不死者となっていて、仲間の――家族の死を最後の一人になるまで看取り続けて来た絶望。

 せめて《黄昏》に諍おうとする未来の誰かの一助になるための悪あがきは良い意味で無駄になった。

 

「リィン君、改めて貴方にお願いがあります」

 

「はい、何でしょう?」

 

 数多の絶望に屈さずにそれでも前に進み続けて来た大地の長にリィンは敬意を抱き聞き返す。

 

「貴方の一族の長であるローゼリアさんに取次ぎをしてもらえないでしょうか?」

 

「はい――ん?」

 

 ダーナの申し出にリィンは頷いてから違和感に首を傾げる。

 

「あ、別に“禁”を侵したことを責めるつもりはないから……

 ただローゼリアさんも《黒》の存在に気付いているなら情報交換をしたいと思って……

 ローゼリアさんにならミノス達も“切札”の話をできるから」

 

「んん?」

 

 まるでリィンが“魔女”の一員だと言わんばかりのダーナの言葉にリィンはどうしてそんな誤解が生まれたのか頭を捻る。

 

「えっと……リィン君が乗っていたのは《灰の騎神》ヴァリマールだよね?」

 

 ダーナも食い違いに気付き、確かめるように尋ねる。

 

「はい……」

 

「えっとね……私達“地精”と“魔女”の対立から始まった被害からいくつかの取り決めを交わしたの……

 その一つにどちらの陣営も騎神を管理することは良くても、起動者になってはいけないという契約があるの」

 

「起動者にならない?」

 

「霊力の扱いに長けた眷属が起動者になった場合、“騎神”は想定していた以上の性能を発揮することができる……

 リィン君がオルディスで想定以上の機能を発揮させていたでしょ?

 だから焔と大地の至宝の衝突を繰り返さないために交わした古き盟約の一つなの」

 

「なるほど……」

 

「でも《黒》がもたらす《黄昏》の前にはそんなことは言ってられない……

 だからローゼリアさんは貴方を《灰》の起動者にしたんだよね?」

 

 確認してくるダーナにリィンは彼女の勘違いを理解する。

 自分も気付いたのだからローゼリアも《黒》の暗躍に気付いており、その対策の一環として本来なら禁忌にした“魔女の起動者”がその対抗手段の一つだと結論に至ったのだろう。

 だが真実は違う。

 リィンは“焔の眷属”の血を引いていないし、そもそも“魔女”はヴィータを除いて《黄昏》に全く気付いていなかった。

 

「えっと……ダーナさん……」

 

 二人の間にローゼリアへの認識の大きな違いが生じている。

 片や、偉大な先代の長と聖獣を継いだ尊敬できる“大人”の先達。

 片や、孫や友人にハブられて泣いてしまう“子供”の先達。

 

「俺は“魔女”の血族じゃありません。Ⅶ組にいるエマって言う子がダーナさんの言っている“魔女”の末裔です」

 

「え……?」

 

 予想が外れていたダーナは目を丸くする。

 

「それから――」

 

 一瞬、ローゼリアの名誉を守ることも思い浮かぶが、どうせ会ったらすぐにばれることだとリィンは取り繕うことをやめる。

 頭の中で思い浮かべたローゼリアが涙目になって首を横に振って抗議して来るが、リィンは嘘は良くないと割り切る。

 

「ローゼリアさんは最近まで《黒》の暗躍に気付いていませんでした」

 

「………………え……?」

 

 ただその事実を突きつけられて呆然とするダーナの表情にだけはとても申し訳なく思うリィンだった。

 

「気付いて……なかった……」

 

「はい、全く……」

 

「全く……」

 

 オウム返しにダーナはリィンの言葉を繰り返す。

 余程にショックだったのか、ダーナはそこからユミルに到着するまで一言も喋ることはなかった。

 無理もないとリィンはダーナの心中を察しそっとしておくことにする。

 そして徐にリィンは降りて来た道を振り返る。

 

「“堕とし子”……それに“贄”か……」

 

 ミノスが向けて来た敵意。

 あの場所でリィンとエリゼが――否、自分だけが狙われた理由を知ることができた。

 そして同時にこのユミルがどうして皇族から目を掛けられていたのか、その本来の理由に触れることもできた。

 

「あの時はただいなくなりたいと思っていたけど……」

 

 その一心でリベールまで家出をし、帰って来れば懐かしさを感じる故郷だとリィンは改めて実感することができた。

 しかし精霊の敵意を経験し、今“識た”ユミルの空気はリィンに対して冷たいものだった。

 

「リィンさん、あんな無礼な奴の言う事なんて気にする必要ないですよ」

 

「そうそう、年を重ねているだけで自分達の方が無条件に偉くて正しいってどうせ思ってるんだよ。せいぜいロートルの鼻を明かして上げなよリィン」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 物憂げなリィンを気遣うクリスとシャーリィにリィンは強がるように笑うのだった。

 

 

 

 

 

 





ダーナの事情
リィン
「そう言えばダーナさんはどうしてミルディーヌのお姉さんになっていたんですか?」

ダーナ
「実はオルディスで戦った大きな魔煌兵が私だったの」

リィン
「あの魔煌兵が……」

ダーナ
「うん、起きたばかりだったから記憶が曖昧で……ただ騎神を倒さなくちゃいけないっていうことだけは覚えていて……
 あの時は迷惑を掛けちゃったみたいでごめんなさい」

リィン
「俺は良いんですが、良くあの灼熱砲で生きていましたね」

ダーナ
「“核”は無事だったんだけど魔煌兵の姿を保てなくなって海岸に漂流したところをミルディーヌに助けられたの……
 そしたらあれよあれよという間に、いつの間にか帝都の女学院に生徒として通うことになっていました」

リィン
「そ、そうなのか……無茶をするな」

ダーナ
「ところでリィン君、良かったら擦り合わせをしてもらえないかな?」

リィン
「擦り合わせ?」

ダーナ
「うん、私が知っているローゼリアさんは背が大きくて、胸も大きくて、とても思慮深くて凄い人だったの……
 失われた聖獣の知識や役割を自分から引き受けた気高き人。私は“大地の眷属”だけど、その姿にはちょっと憧れていたんだ」

リィン
「背が大きくて胸も大きい……思慮深くて、気高い………………うん、別人だな」



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