(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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13話 翡翠の公都Ⅳ

「それにしても意外だな」

 

 夜のバリアハートの街を歩きながら、隣を憮然とした様子で歩くユーシスにリィンは声を掛ける。

 

「何のことだ?」

 

「わざわざ散歩なんて言い訳をしてレーグニッツを探すなんてユーシスが言い出すとは思わなかったよ」

 

「勘違いするな。俺はせっかく地元に戻って来たから、散歩をしているだけだ」

 

「そうか……」

 

 リィンは追及せずにユーシスの言葉に頷く。

 その態度がまるで見透かされているようでユーシスは顔をしかめる。

 

「どちらにしろお前も探しに行くつもりだったのだろう?

 あんな男でも今は同じ班員。ましてやバリアハートの市民に迷惑を掛けるのなら許すわけにはいかないからな」

 

「流石に今のレーグニッツはそこまではしないと思うけどな」

 

「……この一ヶ月、散々絡まれてきた男の言葉とは思えないな」

 

 リィンのお人好しさにユーシスは呆れるが、何もリィンは根拠もなくそう思っているわけではない。

 マキアスの中にあった《鋼の至宝》の《呪い》はあの瞬間リィンが取り込んだ。

 これまでは歯止めが利いてなかった言動もそれで少しは治まると思っていたのだが、クルトがそうだったようにマキアスは罪悪感に苛まれてしまったのだろう。

 まだあれからちゃんと顔を合わせていないユーシス達がそれに気付かないのは無理もない話なのだが。

 

「まあ、確かに鬱陶しくは感じてたけど、だからって自殺なんてされたくはないからな。ユーシスだってそれは同じじゃないか?」

 

「否定はしない」

 

 いくらソリが合わないからといって、死んでもらいたいと思うほどではない。

 オーロックス峡谷道ではとりあえずマキアスが魔獣に襲われた形跡はなく、バリアハートでの聞き込みから街には戻ってきていることは分かった。

 そしてマキアスはシスターに保護されていたということも聞き、リィンとユーシスは七耀教会に向かっていた。

 

「ところでリィン……話は変わるがオーロックス砦の侵入者について何を知っている?」

 

「いきなり何を言っているんだ?」

 

 本来なら演習場から姿を消したところで、各所に見張りがいる砦からマキアスが抜け出すことはできないはずだった。

 しかし幸か不幸か、マキアスを探しているとオーロックス砦に侵入者を知らせる警報が鳴り響いた。

 騒然とする砦で、部外者であるリィン達は一室で待つように指示されてマキアスを探すどころではなくなってしまった。

 結局、賊には逃げられてしまったそうだが、その目撃情報には心当たりがあった。

 

「俺が兵士達から聞き出している時にわずかに動揺していたな。すぐに取り繕ってアリサや委員長は気付いた様子はなかったが」

 

「……はは、流石はルーファスさんの弟――ってこの言い方は失礼か」

 

「構わん。それで何を知っている? よもや特別実習を隠れ蓑に賊の手引きをしたんじゃないだろうな?」

 

「まさか……その子とは顔を知っているくらいだよ」

 

 白い傀儡。姿を消すステルス。そして水色の髪の小さな子供。

 もしもそれが銀髪の子供だったとすれば、特別実習をその場で放棄していたかもしれないが。

 

「何より直接見てないから断言はできないし、領邦軍の中でそれを言うのは憚られるからな」

 

「訳ありと言うことか……

 この際だから聞いておくが、お前は貴族派なのか? それとも革新派なのか? それともやはり皇族派か?」

 

 侵入者のことについて追及せず、ユーシスは踏み込んだことを聞いて来る。

 

「よく聞かれるけど、どこにも組していないよ……

 シュバルツァー家は貴族社会から距離を取っているし、ユミルは革新派の改革に影響があるような街じゃないからな……

 オリヴァルト皇子と懇意にしているのは確かだけど、あの人からは自分の思った道を進むと良いって言われているから」

 

 意外なことにオリヴァルトはリィンを傘下に入れて、ギリアス・オズボーンの野望を阻止する同士になってくれとは言わなかった。

 Ⅶ組の参加も帝国の今の在り方を知って欲しいという考えによるもので、その中でリィンにしか考えられない答えや道を見つけて欲しいと言われている。

 それが例えリィンがオズボーン宰相に組したとしてもそれでも構わないとさえ言われているくらいだ。

 

「どうしてああいう顔をいつもできないんだか……」

 

「何のことだ?」

 

 思わず漏らした愚痴にユーシスは首を傾げる。

 

「こっちの話だ……

 ともかく貴族派、革新派だからどちらかにしか協力しないってことはないよ。学院でやっている実験のような常識の範囲内での協力ならどちらのものでも受けるつもりだ」

 

「常識の範囲内……あれが?」

 

 他国から技師を呼び込み、旧校舎を実験場としてかなりの頻度で爆発が起きているのが常識の範囲だということにユーシスは困惑する。

 

「えっと……」

 

 そんなユーシスの反応に思い返して、リィンは何だか物悲しくなる。

 

「まあ良い。正直俺はお前が学院に通う必要があるのかと疑問に思っているがな……

 お前にどんな思惑があったとしても傍から見れば、お前はその学生離れした実力とオリヴァルト皇子のお墨付きで好き勝手に振る舞っているようなものだ……

 だからこそレーグニッツは男爵家でしかないお前に突っかかった。そして大なり小なり不満を感じているのはレーグニッツだけではない」

 

 すでに正遊撃士の資格を持ち、一度は皇族親衛隊の推薦を受けたこともある。

 名門であるトールズを卒業することで得られる箔という利点はあるがもしれないが、今の時点で各方面から引く手数多なリィンに必要かと問われれば首を傾げてしまう。

 確かに貴族は体裁を重視しているが、かと言ってリィンと言う劇物はもう学院の括りには刺激が強過ぎるように感じる。

 何よりも――

 

「そう言われてもな……

 俺もまだまだ未熟だし、それにノイやリンにはできるだけ多くの人と接してもらいたいと思っているから学院生活は有意義なんだけどな」

 

「お前のそういう《傲慢》な部分は俺も気に入らんな」

 

「ユーシス……?」

 

「過ぎた謙遜は嫌味にしかならん……

 帝国の三強に認められ、兄上からも認められておいてその腰の低さは何だ?

 踏ん反り返れとは言わないが相応の態度を取ってもらいたいものだ」

 

「いや……でも……」

 

 いきなりな指摘にリィンは狼狽えるが、ユーシスはリィンの考えを見透かして続ける。

 

「確かにあの鎧の槍使いは《伝説の聖女》と比べても遜色のない使い手だろう。兄上が一蹴されたというのも納得だ……

 しかし、それはそれだ。

 お前は今期の学院生の中で最強なのは間違いない……

 そしてお前はもはやただの男爵家の嫡子で納まっていられるような器でもない。ならばお前には持つ者の責任が伴うはずだ」

 

「ノブレス・オブリージュ――貴族の義務か……」

 

 ユミルでルーファスにも言われた言葉をリィンは思い出す。

 

「そうだ。この特別実習でようやく理解できた……俺がお前の何が気に入らないのか」

 

 足を止めて鋭い眼差しでユーシスはリィンと向き直る。

 

「不躾なことを聞くが、お前はシュバルツァー家を継ぐ気はないな?」

 

「…………」

 

 ユーシスのいきなりな問いにリィンは沈黙を返す。

 

「やはりな」

 

 それを肯定と受け取ってユーシスはリィンを睨む。

 

「どうしてそう思う?」

 

「お前の日頃からの態度だ。兄上の薫陶を受けていたにも関わらず、お前はあまりにも“貴族らしく”ない……

 そんなお前の立ち振る舞いが、俺にはどうも認めることができない」

 

「……参ったな……まさかそんな風に見抜かれるとは思わなかったな」

 

 ユーシスの慧眼にリィンは脱帽する。

 

「だけど当然のことだろ?

 そもそも俺は養子で血の繋がりはないんだから。エリゼが――義妹が婿を取って男爵家を継ぐのが筋のはずだ」

 

「帝国法でも養子の家督相続は認められているが?」

 

「それは引き取られた子供がしかるべき血筋だった場合だ……

 十二年前、ユミル領主である父さんが拾った吹雪に埋もれていた《浮浪児》……

 自分の名前以外は覚えておらず、どういった出自かも分からない。そんな子供を養子として迎えたばかりに社交界のゴシップの的になった」

 

「だが、今はその時とは状況は変わっているはずだ……

 お前はオリヴァルト皇子の信認を得た。そのお前を得体の知れない浮浪児だと陰口を叩く貴族はもういないはずだ」

 

「それはただ声を潜めているだけだ。本当の意味で俺を受け入れている貴族は果たしてどれだけいるか……」

 

 皇族の他には、ヴァンダール家、アルゼイド家、ルグィン家などの縁が出来ているが他の州の貴族ばかり。

 ノルディア州を治めるログナー侯爵家ともアンゼリカ繋がりでの縁はあるが、彼女は実家と折り合いが悪いらしく好意的とは限らない。

 そしてマキアスの言った通り権力に取り入るのがうまいだけだと思っている貴族も多いだろう。

 

「それに俺はリベールに家出してもっと大きな迷惑を掛けてしまったんだ……

 そして将来、俺は大きな戦いの中心に身を置くことになる。それこそ生きるか死ぬかも分からない大きな戦いだ……

 そんないつ死ぬかも分からない人間が男爵家を継いで良いはずがないだろう?」

 

「…………」

 

「もちろん死ぬつもりで戦いに望むつもりはない。だけど絶対に死なないなんて高を括って臨める戦いじゃないんだ」

 

 リィンの極まっている覚悟にユーシスは押し黙る。

 リィンの言い分はユーシスにはよく分かる。

 兄の予備とはいえ、将来アルバレア家を支える人間としてユーシスは勝手に死ぬことは許されない。

 

「やはり俺はお前を認めることはできそうにない」

 

 たったの数歩。手を伸ばせば届く距離にいるというのにリィンのことが遠くに感じずにはいられなかった。

 決してユーシスが超えられない線の先にいるリィンにユーシスはそれ以上何かを言うことはできなかった。

 

「それで良いんだ。無理に俺に付き合う必要はないんだから」

 

 悔しそうに顔を歪めるユーシスにリィンは笑いかける。

 

「リィン・シュバルツァー……お前は――」

 

 ユーシスがそれでも何かを言い返そうと口を開きかけたところで、リィンの《ARCUS》が着信音を鳴らした。

 

「もしもし?」

 

 マキアスから直接の連絡か、それともアリサ達からの連絡か。

 リィンはユーシスとの会話を中断して通信に出る。

 

「ベントさん? はい……はい……いえ、大丈夫です。それでは北門の前で落ち合いましょう」

 

「リィン……今のはもしかして昼間の?」

 

「ああ、これから半貴石をもう一度探すために街道に出てくる」

 

「こんな夜中にだと? 明日まで待てば良いだろ?」

 

「それで大人しくちゃんと待っていてくれたらいいんだけどな……

 その人にもよるけど、焦りや軽い気持ちで少しくらいなら大丈夫だって高を括って危ないことをする人もいる。それにただでさえ帝国は《魔が差す》ことが多い国だから……

 悪いけど、レーグニッツを迎えに行くのはユーシスが一人で行ってもらえるか?」

 

「フン……何故俺がそんなことをしなければならん」

 

「え……?」

 

「俺はただ散歩をするため外出すると言ったはずだ……

 あいつが騒ぎを起こしていないのならどうなろうと知ったことではない。どうせ迎えに行ったところでまた難癖をつけてくるに違いないのだからな」

 

「それは――」

 

 ない、と続く言葉をリィンは呑み込む。

 確かにマキアスから《呪い》を取り除いたが、そもそもの貴族嫌いは彼元来のもの。

 クルトのように自己嫌悪から反省できるかどうかを判断できるほどリィンはマキアスの事を知らない。

 そう考えると、一晩くらい教会に預かってもらうのは名案だと思えてしまう。

 

「それじゃあユーシスは先にホテルに戻ってアリサ達にレーグニッツやベントさんの事を伝えてくれるか? とりあえず朝までには帰るようにするから」

 

「いや、俺も同行しよう。課題のアフターケアなら俺も無関係ではないからな……

 女子たちには先に眠っているように《ARCUS》で伝えておけばいいだろう」

 

「いや、アフターケアは俺が勝手に引き受けただけだからユーシスが気にする必要はないんだけど……

 それに夜の街道は昼間と比べて危ないし、明日に響かせるのは良くないだろ?」

 

「それはお前にも言えたことだ。とにかく俺も行く。拒否は認めない」

 

 一方的に言ってユーシスは北門に向けて歩き出す。

 その胸にあるのはリィンへの対抗心。

 まるで自分のことを戦力として当てにしてない、一般人と同じように危険から遠ざけようとしている様は屈辱だった。

 そして同時にここで尻込みをしてはいけないと聡明なユーシスは自分に言い聞かせる。

 リィンが語った《大きな戦い》。

 その予兆はいくつも思い当たるものがある。

 オズボーン宰相が口にするようになった《激動の時代》。

 オリヴァルト皇子の主導で行われている旧校舎で行われている実験。

 リィンは巻き込まないつもりかもしれないが、どんな形になるか分からなくてもアルバレア家の次男である自分も何らかの形で関わる可能性は高いだろう。

 その時に、ただ守られるだけの存在にならないためにもユーシスは自分が知らない場所へと踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ結局、半貴石を見つけられなかったんですね」

 

 ホテルの朝食の席で、夜の行動を改めて説明されてエマはその報告に喜ぶ。

 

「ああ……街道から離れた樹木、それも調べられた数は多くはなかったし、何よりも夜だからな」

 

 日が落ちてから、日付が変わるくらいの時間を探し回ったが、望んだ半貴石は終ぞ見つけることはできなかった。

 元々稀少価値のあるもので、昼間に一つでも見つけられたことの方が運が良かったのだから当然の結果だった。

 

「ベントさんには俺がたまたま見つけた綺麗な石を代わりに上げたんだけど、それで納得してもらったよ」

 

「代わりの石ですか……それはリィンさんが疲れている様子なのと何か関係があるんですか?」

 

「どうしてそうなるんだ?」

 

 内心で鋭いと思いながらリィンはエマの質問に惚ける。

 実際は見つけたのはではなく、聖獣がやったようにリィンが見様見真似で作ってみた七耀石の結晶だったりする。

 そしてエマの指摘通り、小指の先程の小さな結晶を作り出すだけでもかなりの消耗だった。

 一眠りしたはずなのに倦怠感が抜けきらない程に疲労が尾を引いている。

 リィンが小石程度を作るので疲れ果てているのに、簡単に拳大の石を作り出す聖獣の凄さを改めて思い知らされた気分だった。

 

「へえ、そんな石があったの?」

 

 アリサがリィンの言う石に興味を示す。

 

「川の谷の壁面あたりで……もしかしたら山の方から何らかの理由で流れてきたものだったのかもしれないな……

 黒のように濃い赤の石で価値は鑑定して貰わないと分からないけどね」

 

 明言は避けるようにして、あくまでも推測を並べる。

 

「ちょっと見てみたかったかも……

 でも、二人ともそういうことなら私たちも呼んでくれればいいのに」

 

「そうは言ってもレーグニッツが戻って来た場合に誰もいないのはまずいだろ?

 それにどれくらい時間が掛かるか分からなかったから、女の子を巻き込むのはな」

 

「そう言われたら文句を言えないじゃない」

 

 非難するようなジト目でアリサはリィンを睨む。

 

「アリサさん、そんなに責めたら……ユーシスさんは大丈夫ですか?」

 

 アリサを宥めながら、エマはいつもより覇気のないユーシスに声を掛ける。

 

「……ああ……問題ない……」

 

 返事はどこかぼんやりしたものだった。

 日付が変わる前に戻って来れたと言ってもそこからその日のレポートをまとめたりして、結局眠れたのは二時間程度。

 完全な徹夜ではないが、規則正しい生活をしていたユーシスにとっては寝不足なのかもしれない。

 

「ユーシス、無理そうなら午前中だけでも休んでいたらどうだ?」

 

「いらん気遣いは無用だ」

 

 まったく眠気を感じさせないリィンにユーシスは理不尽なものを感じながらも、その提案を拒否する。

 

「これも経験だ。あまりに目に余るならそうするが」

 

「いや……そういう意味なら俺は構わない。自分の限界を知っておくのは悪いことじゃないからな……ユーシスのフォローは俺がするよ」

 

「……感謝する」

 

 複雑なものを感じながらもユーシスは素直に頭を下げる。

 

「それにしても結局レーグニッツは戻ってこなかったんだな」

 

 リィンは四人で囲むテーブルを見回す。

 深夜にホテルに戻って来たリィン達だったが、部屋にはマキアスが戻って来た形跡はなかった。

 

「とりあえず今日の実習課題を受け取ったらまずは教会に行こうと思うんだけど」

 

「そうですね。レーグニッツさんも少しは落ち着いているでしょうし」

 

「好きにしろ。今日は一日お前がリーダーだ。プロのお手並みとやらじっくり拝見させてもらうさ」

 

「私もそれで良いと思うわ――って、その必要はないみたいね」

 

 リィンの提案に一同は頷き、入り口の方を向いて座っていたアリサがそれを否定した。

 彼女の視線に一同が振り返ると、そこにはマキアスがいた。

 マキアスは食堂の中でリィン達の姿を見つけると、真っ直ぐに歩いて来る。

 

「レーグ――」

 

 席を立とうとしたリィンをユーシスが手で制して、マキアスに向き直る。

 

「随分な重役出勤だな。今更どの面を下げて俺達の前に現れた?」

 

 開口一番、容赦のない言葉をユーシスはマキアスにぶつける。

 棘が多分に含まれた言葉だったが、それを咎める者はいない。

 アリサもエマも息苦しい学院生活を彼に強いられ、昨日も日が暮れるまで探し回った身としては文句の一つや二つは言いたいくらいだった。

 もっとも目の前の男は注意に対して逆ギレして言い掛かりをつけてくることを知っているだけに二人は警戒を高めて身構える。

 

「勝手な行動をして、すまなかった」

 

 しかし、踏ん反り返って開き直るかと思いきやマキアスは殊勝に頭を下げた。

 

「……………………どうやら行かなくてはならないのは教会ではなく医者のようだな」

 

「そうね。すぐに手配しましょう」

 

「レーグニッツさん、気を確かに。大丈夫です。すぐに元の嫌味なレーグニッツさんに治りますから」

 

「三人共、落ち着こうな」

 

 リィンは苦笑いを浮かべながら動揺した三人を宥める。

 とはいえマキアスの変貌はリィンにとっても意外だった。

 《呪い》が祓われた直後のクルトと同様に少しは落ち込んでいるかと思っていたが、落ち着いた様子のマキアスに安堵する。

 

「いや、そう言われても仕方がないことを僕は今までしてきたのは事実だ」

 

「そ……そうだな」

 

 マキアスが自分の非を認めたことにリィンは思わず自分の耳を疑う。

 

「これまでの僕は確かにアルバレアの言う通り、視野狭窄が過ぎた……

 僕は自分の身に降り掛かった不幸に《敵》を求めずにはいられなかった。だがそれは八つ当たりして良い理由にならない……今まで、本当にすまなかった」

 

 頭を下げたまま謝るマキアスに一同はひたすらに困惑する。

 貴族と顔を合わせれば嫌な顔をし、家名を隠しているアリサにもその矛先を向け、果てには主席合格を取られたからとエマにも対しても勝手な対抗意識を持って張り合うのがリィン達が知っているマキアスだ。

 そんなマキアスが上辺だけの謝罪ではない、本心からの謝罪をした事実は衝撃的だった。

 

「い……いったい何があったのよ?」

 

「ふ……僕は女神に会ったのさ」

 

 アリサがもらした呟きにマキアスは顔を上げて答える。

 

「いや七耀教会のシスターを女神と呼ぶのは失礼になるのかな? ともかく僕はあのシスターに救われた」

 

「シ……シスターですか……」

 

 どこか陶酔した様子のマキアスに引いた気持ちでエマが相槌を打つと、マキアスは語り出す。

 

「素晴らしい女性だった……

 絶望に打ちひしがれて倒れた僕に優しく手を差し伸べてくれて最初に僕にこう教えてくれた。《食は全ての基本》だと」

 

「ん……?」

 

「七耀教会のシスターの言葉なんですよね?」

 

 思っていた言葉じゃないとリィンとエマは首を傾げる。

 しかし、マキアスはそんな困惑に気付かず続ける。

 

「食事はただ食べるだけじゃダメだったんだ。空腹を満たすと同時に心を満たさなければいけなかった。僕はそれをこの六年間ずっと忘れていた」

 

「すまん……俺には貴様が何を言っているのか理解できん」

 

「もしかしてリィンに殴られておかしくなったんじゃ」

 

 慄くユーシスとアリサにやはりマキアスは目もくれずに拳を握って力説する。

 

「素晴らしい女性だった。三人前の食事を食べる健啖さ。健全な精神は健康な肉体に宿り、健康な肉体を作るには良質な食事が必要……

 まさに《食は全ての基本》を体現する人だった」

 

「シスター……三人前……あれ……?」

 

「食事を御馳走してくれた彼女はそのまま一晩中僕の告解に付き合ってくれた。あの人は僕を否定しない人だった」

 

「一晩中……レーグニッツさんに付き合ってくれたんですか、すごいシスターですね」

 

「ああ、全くだ……最初は転んでしまった僕に、行き倒れか食い倒れか、と尋ねてきた変な女性だとも思ってしまったがその時の自分を殴りたいくらいだ」

 

「行き倒れ……それに食い倒れ……」

 

「ともかく僕は彼女に出会えてようやく僕自身を許すことができた……もっとももう手遅れではあるがね」

 

 マキアスは自嘲するように表情を曇らせる。

 

「手遅れってどういうこと?」

 

「僕はこの特別実習の結果次第でⅦ組から他のクラスに強制移動されるとサラ教官に言われていたんだ……

 昨日の実習の取り組み方、果てには勝手な単独行動。言い訳のしようがない程に僕個人の評価は最低だろう」

 

 気落ちしたマキアスはそれでも顔を上げて、改めてリィン達に頭を下げる。

 

「だが、このまま汚点ばかりで終われない……

 今更惜しむ恥じはないが、それでも恥を忍んで頼む。

 今日の特別実習に参加させて欲しい。虫の良いことを言っているのは分かっている。だがせめて最後くらいは胸を張って終わりにしたいんだ」

 

「レーグニッツ……」

 

 その真っ直ぐな言葉にリィンは《呪い》の影響がなくなりようやく素のマキアスが見る事ができて安堵する。

 

「俺は別に構わないけど、みんなは――」

 

「食事中に失礼するよ」

 

 リィンが他の三人に答えを聞こうとしたところで、邪魔が入った。

 声と共に食堂に入って来たのは兵士を伴い物々しい空気を纏ったルーファスだった。

 

「あ、兄上……おはようございます」

 

「ああ、おはようユーシス」

 

「実習の課題の件でしょうか? 申し訳ありません。すぐに――」

 

「いや、まだ約束の時間には早いから気にしなくていい。それより――」

 

 ルーファスは鋭い眼差しをリィンに向ける。

 

「リィン・シュバルツァー。君をアルバレア公爵家邸宅侵入の容疑で逮捕する」

 

「…………え?」

 

 突然言われた身に覚えのない容疑にリィンは理解が遅れる。

 

「ルーファス様っ! ありました。リィン・シュバルツァーが使っていたベッドの下に盗まれた兄弟剣の一つを発見しましたっ!」

 

 まるで示し合わせたかのように兵士の一人が食堂に駆け込むなり、声高々に報告する。

 

「まさか本当にあるとは……リィン・シュバルツァー。詳しい話は領邦軍の詰め所で聞かせてもらうとしよう」

 

 そうしてユーシス達が口を挟む間もリィンに反論する間も与えず、ルーファスは兵士たちに矢継ぎ早に指示を出してリィンを拘束させると連れ出した。

 

「あ、兄上待ってください。今のは――」

 

「おそらくリィン・シュバルツァーのことを妬む誰かの犯行だろう……

 しかし、実際に盗まれた兄弟剣の片割れが出て来てしまったのなら事情聴取をしないわけにはいかないのだよ」

 

 リィンの潔白を訴えようとしたユーシスだが、ルーファスは分かっていると言わんばかりに答える。

 

「ともかく君たちはリィン君を抜きに特別実習に励んでくれたまえ、なに君たちが帰る頃にはリィン君の潔白を証明しておくから安心するといい」

 

 そうしてルーファスは優しげな笑みを浮かべて今日の課題の書類が収められた封筒をユーシスに渡して去って行った。

 

「ど……どうなってるのよ……?」

 

 マキアスの帰還から始まった怒涛の展開について行けず、アリサが呟く。

 

「分からん。だがリィンは昨日俺達と行動を共にしていた。レーグニッツならともかく兄上が指揮をしているのなら、それこそ冤罪はすぐに晴れるだろう」

 

 ユーシスも状況が理解し切れずに唸る。

 

「ちょっと待て、僕ならともかくとは何だっ!?」

 

「言葉の通りの意味だ。この中でお前だけが単独行動を行った。俺ならばリィンよりもお前の方をまず疑うというだけだ」

 

「っ……だからと言って僕はやってないぞ!」

 

「そんなことは分かっている。リィンならともかく貴様如きが俺の家に侵入して五体満足で戻って来れるとは思わないからな」

 

「ぐぬぬ……」

 

「えっと……レーグニッツさん。これまでの非は認めたんですよね」

 

 今にも噛みつきそうなマキアスにエマは恐る恐る声を掛ける。

 

「非は認める。態度も改めるように努めるつもりだ……

 だが、それは別にユーシス・アルバレアやリィン・シュバルツァーのことを認めたわけじゃない」

 

「ほう……」

 

「僕は尊大で傲慢な君の態度ははっきり言って嫌いだ。その在り方は僕が憎む貴族をまさしく体現しているからな」

 

「別に貴様に好かれたいとは思わんがな」

 

「ああ、僕も君のような人間に好かれたいとは思っていない。ただそれだけのことだ」

 

 そう言ってユーシスとマキアスは睨み合い火花を散らせる。

 

「だ、大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫じゃない?」

 

 戦々恐々とするエマに対してアリサは肩の力を抜いて答える。

 

「人間どうしたって合う合わないはあるものよ。その仲をどう折り合いを付けるかが問題なだけよ」

 

 これまでのマキアスの言動はとにかく貴族だからユーシスとリィンを嫌っていた。

 だが、彼の言葉を信じるなら貴族だからではなくユーシスの態度に対しての言葉だった。

 それならばもう後は当人達の問題だろう。

 

「言っておくが、僕に非が多かったのは認めるが君たちにだって非が全くないわけではないからな……

 例えばアリサ・R。家名を隠しておきたいと思うのは勝手だが、そんなものは問題の先延ばしに過ぎない……

 半端な立ち振る舞いは無駄な諍いを招くだけだ」

 

「っ……余計なお世話よ」

 

 反論しながらも図星を突かれたようにアリサはそっぽを向く。

 

「それにエマ君……君も何か人には言えないことを隠しているのではないか?」

 

「……え?」

 

「君は時々、僕やシュバルツァーのことを値踏みしているような目で見ているだろ?」

 

「それは……」

 

 マキアスの指摘にエマは思わず口ごもる。

 

「君たちが無意味に嘘をつく人間ではないことは分かっているが、その行為そのものが人を不快にさせるのだ……

 卑しい人間だと思われたくないのなら控えることだ。その点あのシスターは――」

 

 確かにマキアスの言い分には一理ある。

 これまで感情で物を語っていた人間とは思えない程に理知的で話しやすいのだが――

 

「これはこれで鬱陶しいな」

 

「レーグニッツのくせに生意気」

 

「あ、あはは……まあ、以前よりかはマシだと思いますよ?」

 

 聞いてもいないのに語り始めるマキアスに向けた三人の目は白かった。

 

 

 

 




 その頃のA班。

エリオット
「ええ、泊まる部屋って男女で一つだけなの!?」

ラウラ
「軍は男女の区別なく寝食を共にする世界……ならば部屋を同じくするくらい大した問題ではないのではないか?」

フィー
「そだね。サラの事がだから野宿させられる思っていたけど」

クリス
「そうですね。屋根があってベッドも人数分ありますから十分じゃないですか?」

ガイウス
「俺もあまり気にならないが、エリオットが気になるならシーツを使って仕切りを作るか?」

エリオット
「え……あれ……?」

ラウラ
「ふむ……意外だな男子なのだからあまり気にしないと思っていたのだが……
 この恥じらいが女子力と言うものなのか?」

フィー
「まあ、エリオットは本当に男か怪しいくらいに女顔だから……まあ納得?」

クリス
「はは、小説なら性別を偽って男の振りをしている女の子の話とかあるけど……」

ガイウス
「ほう、そんな話もあるのか……ふむ……」

ラウラ
「うむ……」

フィー
「じー……」

クリス
「まさか……」

エリオット
「え……ちょっと何でみんなこっちを見るの? 僕はちゃんと男だよ!」 


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