(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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132話 士官学院祭Ⅱ

 

 

 

 

「《緋の騎神》テスタ=ロッサか……」

 

 士官学院祭の一日目が終わり、クリスは日課になった《テスタ=ロッサ》を見上げる。

 話しかけるでもなく、何かをするわけでもなくただ見上げる。

 

「思えば遠い所まで来たんだな」

 

 一年前の自分は果たして今の自分を想像することはできただろうか。

 一年早めたトールズ士官学院への進学はまさにクリスが望んだ刺激的な学院生活だった。

 最初はリィンに監督されていた料理も今ではちゃんと一人で作れるようになった。

 料理だけではない、離宮に住んでいた頃は使用人に任せていた雑事も全て一人でできるようになった。

 

「僕の願いは叶ったはずなのに……」

 

 兄の話を聞いて憧れていたリィンと一緒に戦う事もできた。

 まだ背中を預けてもらえる程ではないが、それでも一歩一歩強くなれている実感は充実感としてクリスの自信になっていた。

 

「《相克》と《黄昏》か……」

 

 二年後に訪れる災厄。

 その中心にいられる権利が目の前にあるというのに思っていた以上に高揚していないことにクリスは戸惑う。

 

「オズボーン宰相にアリアンロードさん、猟兵王、ルーファスさん、そしてリィンさん……あとついでにクロウ先輩」

 

 並べた戦うべき相手はどの人物もクリスよりも格上。

 片腕を負傷しているルーファスやクロウならまだ戦いになるかもしれないが、他の四人に関してはどうしようもない。

 そもそもリィンはイオやマクバーンが操った《テスタ=ロッサ》に勝っている。

 その時点で自分に課せられた条件は彼女たちよりもうまく《緋》を使いこなせなければ勝機さえないという悪条件。

 

「“雲の機神”は僕の味方作りに使って良いって言われたけど……無茶振りが過ぎますよ」

 

 アリアンロードの対決において、味方がいることが自分の強みだと豪語したがクラスメイト達を最前線に付き合わせることに躊躇いを覚える。

 

「リィンさんは僕達を“礎”に……踏み台にするつもりなんだろうな」

 

 別にそのことに屈辱を感じているわけではないのにクリスの胸中には言い知れない不快感が湧き上がる。

 その気持ちが何なのか分からずクリスはリィンが全てを明かしてくれた日から、何度も《緋》の前で自問自答を繰り返していたが答えは未だに出ない。

 

「クリスさん?」

 

「――エマ?」

 

 呼びかけに振り返るとそこにはエマが立っていた。

 

「どうしたんですか? 明日の本番に向けて寮で最後の打ち合わせをするはずでしたよね?」

 

「ごめん、もうそんな時間か……」

 

 意外に時間が経っていたことに驚き、クリスは踵を返す。

 

「緋の騎神……テスタ=ロッサ」

 

「エマ?」

 

 しかし寮に戻ろうと歩き出したクリスに対して、エマが《緋》を見上げてその名を呟く。

 

「クリスさんは私達がティルフィングのテストをしている時、いつも彼を見上げていましたよね?

 もしかして起動者になるつもりですか?」

 

「…………」

 

 その問いにクリスは沈黙を返してエマと並んでもう一度《緋》を見上げる。

 

「消去法で考えれば僕が適任だと思ってる……

 エマは《黄昏》のことをどこまで教えてもらっているの?」

 

「大まかなことはだいたい教えてもらいました」

 

 それなら良いかと、クリスは自分の胸の内を吐露する。

 

「《緋》はアルノールの血筋を起動者に選ぶ……

 僕以外だとアルフィンか兄上、それから父上が候補なんだろうね……

 アルフィンは女の子だから論外だと思うし、兄上はきっと《黄昏》の先の世界に必要な人だと思うから、僕が適任のはずだ」

 

 《黄昏》の後の闘争が支配する世界というのがどんなものかは想像もつかない。

 それでもオズボーン宰相が主導となるなら帝国だけは安泰だろうという信頼もある。

 逆にリィンが勝てば、帝国から偉大な《鉄血宰相》という柱が失われた時の混乱を考えると、旧体の体制の象徴にしかならない自分よりも新しい風の象徴として認知され始めているオリヴァルトこそが皇帝になるべきだとクリスは考える。

 

「クリスさん、それはもしかして――」

 

「ああ、別に死んでも良いと思っているわけじゃないよ……

 だけどリィンさんが安全装置を作っていてくれたとしても最前線に立つならそれくらいの覚悟は必要だって話さ」

 

「なら良いんですけど……」

 

「僕は……今年のトールズ士官学院に入学できて本当に良かったと思っているんだ」

 

 命の危機を本気で感じた修羅場を何度も体験したが、それでもやはりクリスは振り返るとそう思う。

 皇宮では知ることができなかった生の情報はとても刺激的で様々な苦悩に頭を悩まされた。

 

「貴族派と革新派の溝が深いことを改めて知ったし、オズボーン宰相がただ強いだけじゃなく、怖い人なんだってことも知ることができた……

 何よりⅦ組と言う仲間たちとの日々は本当に夢のようだった」

 

 現実を知ったが、同時に未来への希望もそこにはある。

 ユーシスとマキアスがそうであったように、時間は掛かるかもしれないが貴族派と革新派が仲良くできるのだとクリスは思う。

 

「エマは二年後……いやトールズを卒業したらどうするつもりなの?」

 

「どうって……」

 

 クリスの質問にエマは口ごもる。

 

「ローゼリアさんはリィンさんと一緒に《黒》と戦うつもりみたいだから、聞いておくべきかなって」

 

「私は……お婆ちゃんには卒業した後は里に戻って万が一に備えておくように言われています」

 

「もしかして次代の長になるとか、そういうの?」

 

「はい……」

 

 クリスの言葉にエマは頷く。

 

「それが必要なのは分かっているんですけど、正直実感は湧きません。何よりお婆ちゃんがいなくなることなんて考えたくもないんです」

 

「うん、それは凄く分かる」

 

 帝国と魔女。

 立場は違うが、次代を期待される重みに気後れするエマの気持ちはクリスも良く分かる。

 

「そう言えば、エマとこうして落ち着いて話をするのはもしかして初めてかな?」

 

「言われてみたらそうですね。クリスさんも起動者候補として最有力だったのに」

 

 クリスの言葉にエマはどれだけリィンのことしか見ていなかったことに恥じる。

 

「実はお婆ちゃんからは《テスタ=ロッサ》の導き手にならないかとも提案はされているんです」

 

「導き手?」

 

 聞き慣れない言葉にクリスは首を傾げる。

 

「魔女は選定された《起動者》を正しい方向へ導くことを使命にしていたんです……使命にしていたんですけど……」

 

「うん、それ以上は言わなくて良いよ」

 

 二度繰り返すエマの悲壮感にクリスはそれ以上の言及を避ける。

 

「でもエマが一緒に戦ってくれるなら心強いかも」

 

「クリスさん?」

 

「ユーシスは卒業したらアルバレア家を継ぐことになるだろうし、ラウラだってアルゼイド流の後継者なんだ……

 他のみんなだってそれぞれ進路を考えているだろうから、《黄昏》のために戦ってくれとは言えないよ」

 

 今はテストパイロットとして協力してくれていても、それはまだ学生だから。

 生きるか死ぬかの戦いに、クラスメイトだったからというだけで付き合って欲しくはない。

 その点に関してはクリスもリィンの気持ちは理解できる。

 世界を巻き込む事件に無関係も何もないかもしれないが、本業の片手間で関われるようなものではない。

 

「一人当てはあるんだけど、エリオットやアンゼリカ先輩達を最後まで付き合わせるのは少し躊躇うからね」

 

 復讐を目的としているエリオットはそれこそ猟兵王を仮に倒せたとして、そこで戦意を喪失させてもらっては困る。

 アンゼリカやトワ達、先輩陣もクロウとの決着の仕方次第でどう転ぶか分からない。

 

「まあシャーリィさんはミラを積めば、負け戦でも付き合ってくれるかもしれないけどさ」

 

「でもそれはリィンさんと……お婆ちゃんたちと戦わなければいけないんですよね」

 

「…………うん」

 

 エマが絞り出した不安の言葉をクリスは誤魔化すことなく肯定する。

 結局のところはそこなので、《相克》において果たして自分は本気でリィンやオズボーンと言った憧れた存在に剣を向けられるのか。

 

「いや、もうそんなことは言ってられないのか」

 

 《黒》は1200年。アリアンロードは250年。

 それだけの時間を二年後に積み重ねている存在達に対して、リィンでさえ出遅れていると焦りを感じている。

 だと言うのに未だに尻込みしてしまっている自分にクリスは自嘲する。

 

「二年もあれば覚悟は決められるかな?」

 

 どちらにしても家族の誰かが《緋》の起動者になることは避けられないと言うなら、せめて自分の意志でそれを引き受けようとクリスは決める。

 

「エマ……」

 

「な、何ですか?」

 

「僕の“導き手”となって一緒に戦って欲しい」

 

「それは……」

 

「うん、《テスタ=ロッサ》の起動者になるって決めて気付いたよ……

 僕はリィンさんと肩を並べて一緒に戦いたかった。でもそれと同じくらいに今はこう思う……

 リィンさんを倒して僕が《黒》を倒す。大それたことを言っているけど、きっとリィンさんが僕に望んでいることはそういうことなんだと思う」

 

 もちろんリィンだけではなく他にも倒すべき強敵は多い。

 しかし最初から負けると思って戦ってはいけないのだとクリスは知っている。

 

「私は……」

 

「だいたいリィンさんも酷いと思わない?

 リィンさんだって余裕はないはずなのに、何だかんだで振り返って僕たちのことを気遣ってくるとか……

 そりゃあ僕はまだ全然不甲斐ないけど、必死に追い付こうとしているんだから、そのまま先に行ってくれれば良いのに」

 

 道を定めたら詰まっていた言葉が出てくる。

 巡り合わせによってリィンと一緒に戦う事はできないが、それでも彼の足枷になることも、ただの雑魚と簡単にあしらわれて“礎”にもなれないことをクリスは望まない。

 憧れた背中に追い付き、追い越してやると無理矢理自分を奮い立たせる。

 

「…………そういう風に考えられるクリスさんが羨ましいです」

 

「僕のはただの子供の我儘だよ」

 

 自嘲するクリスがエマにはむしろ眩しかった。

 そこまでエマは楽天的に《相克》を受け入れることはできない。

 顔見知りの仲間たちが命を懸けて争う。

 そのどちらかに加担するのには抵抗がある。

 何よりその《黄昏》の戦場にはどの勢力にもエマの家族が関わっている。

 ローゼリアにヴィータ、そして母の名を持つ少女。

 

「もちろん無理強いをするつもりはないよ。でも僕達は《黄昏》から逃げられない」

 

「っ――」

 

 クリスの指摘にエマは息を呑む。

 

「残念だけどそれじゃあ他を当たるかな……オーレリア将軍は乗ってくれるかもしれないし」

 

 否定的なエマにクリスは軽い調子で引き下がる。

 

「クリスさんは怖くないんですか?」

 

「怖いよ。でもそれがアルノールの責務と呪いなら、僕はそこから逃げるわけにはいかないんだ」

 

「……クリスさんは立派ですね。リィンさんもそうですが、とても私には真似できそうにありません」

 

「そうかな? エマだってローゼリアさんの反対を押し切ってトールズに進学したんでしょ?

 だったらエマの中にも譲れない何かはちゃんとあると思うけど」

 

「私の譲れないもの……ああ……」

 

 言われて振り返り、エマは自分の中の根拠を思い出す。

 何故ローゼリアの指示を無視してトールズに進学したのか。

 

「私はただ置いて行かれたくなかっただけなんです」

 

 帰って来れなくなったとローゼリアが語った母。

 里を何も言わずに出て行った姉。

 そして、使命を果たすために災厄に立ち向かおうとしている祖母。

 みんなエマを残して行ってしまう。

 それが嫌で、エマはヴィータを追い駆け、ローゼリアを取って行こうとするリィンを認められなかった。

 

「あ…………ああっ!」

 

「エ、エマッ!?」

 

 突然頭を抱えて叫び出したエマにクリスは驚く。

 

「それじゃあ私はまるでシスコンでマザコンみたいじゃないですかっ!?」

 

「はは、何言っているんだい?

 エマはどこからどう見てもヴィータさん大好きっ! ローゼリアさん大好きって感じだったじゃ――いひゃいいひゃい」

 

 朗らかに笑うクリスの頬をエマは引っ張って黙らせ、こほんと仕切り直す。

 

「本当は魔女の使命とかどうでも良かったのかもしれません……

 ただ姉さんがいて、お婆ちゃんが、セリーヌが、里のみんながいてくれるだけで私は……」

 

 血筋は確かでも幼い頃は街で育ったエマにとっては魔女の使命よりも家族の方が大事だった。

 それをヴィータやローゼリアには見透かされていたのかもしれない。

 だから常に彼女たちはエマに対して優しく、今は戦いから遠ざけようと突き放そうとしている。

 欺瞞を捨てて向き合えば、自分がどれだけ二人から愛されているのかが分かる。

 

「今もそう思っている?」

 

「それは……」

 

 クリスの問い掛けにエマは返事を窮する。

 最初こそ一線を引いていたが、半年に及ぶ学院生活はエマにとって掛け替えのないものになっていた。

 

「ふふ、その反応だけで十分だよ」

 

 その内心を見透かしたクリスの物言いにエマは頬を膨らませることしかできなかった。

 

「僕としてはせっかく繋がった縁なんだから、どんな形で《黄昏》が終わってもエマとは仲良くしたいと思っているよ」

 

「クリスさん……何だか言動がリィンさんに似て来ましたね」

 

「はは、それは光栄だな」

 

 褒めてないのに嬉しそうに笑うクリスにエマはため息を吐く。

 

「クリスさん、“導き手”についてですが、はっきりと断らせてもらいます」

 

「ええ、今の話の流れで?」

 

 決意を新たにしたエマの顔にクリスは肩透かしをくらう。

 

「はい、私は“導き手”にはなれないって痛感しましたから。それに……」

 

 エマは《緋》を見上げて続ける。

 

「何が正しくて何が間違っているのか、それを決められる程に私は賢くもなければ、偉くありません……

 だから“導き手”ではなく、Ⅶ組の仲間としてクリスさんの戦いに協力させてください……

 って言ってもリィンさんの“ティルフィング”に頼らないといけないのはちょっと締まらないですけど」

 

 苦笑するエマにクリスも同じ笑みを浮かべる。

 

「今は先にいる人達の助けを借りないと立てない僕達だけど、だからこそリィンさんやローゼリアさんがせめて安心できるくらいに強くなろう」

 

 そう言ってクリスはエマに握手を求めるように手を差し出す。

 

「……はい」

 

 エマは静かに頷いてその手を取って握手を交わす。

 Ⅶ組に対して、どこかで一線を引いて真の意味で通じ合えないと思っていた隔絶が取り払われるような感覚に満たされ――

 

『汝ノ覚悟、見セテモラッタ』

 

 不意にクリスでもエマでもない声がその場に響く。

 

『コレヨリ《緋ノ試シ》ヲ執行スル』

 

「この声まさか――」

 

「ちょっと待って、テスタ――」

 

 制止の声は最後まで紡げず、空間が歪み二人は異界へと取り込まれた。

 そして旧校舎の鐘が鳴り響く。

 

 

 

 

 






試練を終えて

リィン
「…………なるほど、話は分かった……とりあえず《テスタ=ロッサ》、正座」 

テスタ=ロッサ
「せ、正座!?」

リィン
「正座というのは東方の座り方だ――(正座の説明中)――というわけで正座」

テスタ=ロッサ
「いや、待て! 確かに性急だったかもしれないが、《起動者》よ。汝も《灰の起動者》に言ってやるがいい」

クリス
「いや、今回のは流石に擁護できないかな」

エマ
「ええ、学院祭中に《試し》を始める必要はなかったと思います……おかげでみんなに迷惑を掛けてしまって……ああ、お婆ちゃんにまた怒られる」

リィン
「というわけで正座」

テスタ=ロッサ
「いや、だから……構造的にこれ以上足は曲がらな――ああっ!」

ヴァリマール
「何故だろう……九死に一生を得た気持ちになるのは」


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