(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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136話 焔上

 

 

 

 

「――言わせるかよ」

 

 ドライケルス広場の熱狂が2000アージュ離れたビルの屋上にも聞こえて来る。

 スコープ越しに怨敵の姿を金に染まった眼で捉え、《C》――クロウは長大なライフルの引き金を躊躇することなく引く。

 その手応えは軽く、反動もほとんどない。

 高性能ライフルは彼の狙撃能力を補ってあまりある性能を発揮し、遥か遠くの目標に弾丸を届ける。

 銃声は熱狂に掻き消え、傍らのラジオから聞こえていた彼の演説は途切れる。

 命中したかどうか、クロウはスコープを覗き込んだままギリアスの反応を伺う。

 

『クク――』

 

 ラジオ越しにその声は聞こえて来る。

 スコープの中の彼は膝を落とし、血が溢れ出した胸を押さえながら緩慢な動きで顔を上げる。

 

『見事だ……《C》……クロウ・アームブラスト……』

 

「っ――」

 

 スコープ越しに目が合い、聞こえて来たラジオの声にクロウは飛び退くようにライフルを投げ捨てる。

 

「キャアアアアアアアッ!!」

 

「うわあああああああっ!!」

 

 一瞬の静寂から蜂の巣をつついたような悲鳴と怒号が飛び交う。

 

「は――」

 

 ラジオと遠くから聞こえて来る阿鼻叫喚の騒乱にクロウは嘲笑を浮かべる。

 

「呆気ないものだな」

 

 あまりにも薄い手応えにクロウは不満を覚える。

 この瞬間のために帝国各地で様々な事件を起こしていたが、解放戦線の活動とは別の形で訪れた機会だっただけに不完全燃焼が付き纏う。

 

「まあ良い。これが終わりじゃねえしな」

 

 クロウはラジオとライフルをその場に放置して踵を返す。

 

「あいつが築き上げた全てを“無かった”ことにするまで俺達の戦いは終わらない」

 

 仲間の一人が言っていた言葉をクロウは自身の口で繰り返す。

 最初に顔を合わせた時は、猟兵のくせに八つ当たりで勝手な憤りを募らせる彼に呆れていたはずなのにいつからだろうか、彼の戦う理由はいつの間にかクロウのモノになっていた。

 

「そうだ……あいつの息子も殺さねえとな……」

 

 痛む目を抑え、クロウは昏い笑みを浮かべる。

 

「動くなっ!!」

 

 次の瞬間、屋上の扉を蹴破り数人の鉄道憲兵隊が手狭な屋上に一斉に雪崩れ込み、一人一人がクロウに導力銃を突きつける。

 

「やはり生きていたか。帝国解放戦線リーダー《C》――いや、旧ジュライ市国出身、クロウ・アームブラスト!」

 

 激昂するリーダー格の男にクロウは薄ら笑いを浮かべて応える。

 

「やれやれ、出身は完璧に偽装したつもりだったがアランドールあたりに嗅ぎつけられたか?

 だが意外だな。来るなら《氷の乙女》だと思っていたんだが、どうやら運が良かったみたいだな」

 

「っ――黙れ!」

 

 銃口に囲まれながらも飄々とした態度を崩さないクロウにミハイルは顔を歪める。

 ミハイルの部隊がここに辿り着けたのは偶々、この近くに配置され、狙撃の後に彼の姿を見ることができたからに過ぎない。

 もしもここに優秀な従妹がいれば狙撃される前にこの場所に辿り着いて止めることができたのではないかと思考に浮かぶが、ミハイルは自己嫌悪を呑み込んで叫ぶ。

 

「よくも――よくも閣下を!」

 

「ま、八年前にジュライが併合された時と同じさ……

 気を抜いた方が負け、これはそういうゲームだろ? アンタたちの親玉が好き“だった”な」

 

「は……?」

 

 嘲笑し見下す眼差しにミハイルは呑み込もうとした怒りがさらに膨れ上がるのを感じた。

 が、鉄の精神で抑え込むが、周りの部下たちはそれに失敗して激昂する。

 

「ゲームだと!? ふざけるなっ!?」

 

「テロリスト風情が閣下を語るなっ!」

 

「落ち着けっ!」

 

 今にも引き金を引きそうな部下たちをミハイルは抑え、クロウに降伏を促す。

 

「その場に腹ばいになれ……これだけの仕込み、必ず背景を喋ってもらうぞ」

 

「ああ、それは無理だ」

 

 意味深な笑みを浮かべ、クロウは空を見上げる。

 次の瞬間、巨大な人型の機械が空から降って来た。

 

「貴族連合に取り込まれた『ラインフォルト第五開発部』が完成させた人型有人兵器――

 古代の機体を元に大量の鋼鉄から組み上げられた現代の騎士。通称《機甲兵》ってやつだ」

 

 巨大な鉄の巨人。

 それを運搬して来ただろう巨大な貴族の飛行戦艦。

 機甲兵は空から着地すると、演説のための飾りのために配備されていた戦車をその手に持つ巨大な剣と導力ライフルで破壊していく。

 

「な、何てものを……」

 

 クロウに銃口を向けながらも機甲兵に蹂躙される戦車部隊に憲兵隊は唖然とする。

 そこにミハイルの声が上がる。

 

「動くなっ!」

 

「遅えっ!」

 

 ミハイルの警告より速く、クロウは何処からともなく抜き出したダブルセイバーを一閃し、呆ける憲兵隊を薙ぎ払う。

 

「っ――」

 

 一人、その剣閃を仰け反って紙一重で回避することに成功したミハイルはたたらを踏んで導力銃を構え直す。

 

「じゃあな」

 

 そう言葉を残すとクロウはあろうことか屋上から飛び降りる。

 

「なっ――!?」

 

 慌てて駆け寄ろうとしたミハイルだったが、それより早くクロウが飛び降りた下から小型の“蒼い飛行艇”が上昇し、そのまま東の空へ飛び去るのを指をくわえて見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

「っ――」

 

 ラジオの放送が途切れると同時にそれを触媒にしていたエマの遠見の術が中断される。

 

「にゃあ」

 

「大丈夫……サポートありがとうキリシャ」

 

 本来なら帝都までエマの術は届かないが、空間を司る力に特化してサポートしてくれた白猫の使い魔にエマは礼を言い、振り返る。

 そこには呆然と、一様にⅦ組のみんなが立ち尽くしていた。

 

「今見えたのは……本当の事なの?」

 

「はい、私の遠見の術をキリシャに増幅してもらって映し出した現在のドライケルス広場の状況です」

 

「あ……エマの力を疑っているんじゃなくて……」

 

「信じられないが、間違いなく現実だろうね」

 

 アリサの疑問に答えたのは教室に入って来たアンゼリカだった。

 

「アンゼリカ先輩? どうしてこちらに?」

 

「私も教室でオズボーン宰相の演説を聞いていてね、狙撃された後にこちらに来て廊下でエマ君の遠見を盗みさせてもらった」

 

「普通に入ってくれば良いのに……」

 

「ははは、それよりも問題は今の宰相が狙撃され、帝都が占領されたことだ」

 

「ええ、アンゼリカの言う通りよ」

 

 アンゼリカの指摘にサラが頷く。

 

「エマの能力は疑うまでもないけど、問題は宰相が狙撃されて――帝都が占領されたことだわ」

 

「っ――父さんだけじゃなくオズボーン宰相まで……」

 

「まさか、今頃父さんも……」

 

 エリオットが憤り、マキアスが帝都にいる父の事を案じる。

 

「あの巨大な飛行船に《機甲兵》という“ティルフィング”に似た兵器……用意したのは間違いなく《貴族派》というわけか」

 

「わたしの身内もあれに乗っていた……」

 

「オルディスの武術大会に参加していたカイエン公が雇った猟兵だったが……」

 

 フィーの呟きにラウラは気遣い様に言葉を掛ける。

 

「それよりも……あんた達、クロウが生きていることを知っていたわね」

 

 サラは教壇に立って生徒達を見回して確認する。

 

「すまないサラ教官、彼らには私が口止めしていてね。あまり彼らを責めないで上げてもらえるかな」

 

「あんたねえ……」

 

 バツが悪そうに俯くⅦ組をフォローするアンゼリカにサラはため息を吐く。

 

「まあ良いわ。貴方たちはここに待機、あたしは今見たものを学院長に――」

 

 サラの言葉を遮る様に彼女の《ARCUS》の着信が鳴る。

 

「はい、こちらバレスタイン。ナイトハルト教官、これから緊急会議ですか?

 実は話さなければいけないことが――なんですって!?」

 

 クロウの生存を報告しようとしたサラは逆に驚きの声を上げる。

 

「当然あたしも手伝います! ええ、ええ……それでは正門で」

 

「サラ教官?」

 

「少し出掛けてくるわ。君達は絶対に学院から出るんじゃないわよ」

 

 そう言い残してサラは足早に教室から出て行った。

 

「な、何だったんだ……?」

 

「どうやら尋常ではない出来事があったようだな」

 

 教官の突然の行動にマキアスは目を丸くし、ユーシスは顔をしかめる。

 

「ねえねえアンゼリカ先輩」

 

 戸惑う彼らを他所にシャーリィは猫なで声でアンゼリカに話しかける。

 

「ん? 何だい?」

 

「アンゼリカ先輩達の“ティルフィング”だけどちょっとシャーリィに貸してくれない?」

 

「“ティルフィング”を? それは何故?」

 

「それはもちろんシャーリィのお仕事のためだよ」

 

「仕事? シャーリィの仕事っていえばクリスとリィンの護衛だったわよね? どういうこと?」

 

「いや、僕に言われても……」

 

 シャーリィの突然の言葉にアリサはクリスを振り返るが、クリスも何故それを持ち出されたのか分からず首を傾げる。

 

「まだまだ甘いなぁお坊ちゃんは。あのクロウっていうテロリストが《蒼い飛行艇》で飛んで行ったのはどっちだった?」

 

「それは……東……」

 

 シャーリィの問いにクリスはその場面を思い出して答えを呟く。

 そして帝都から東に位置しているのは考えるまでもなく。

 

「西の方から何かが近付いて来る」

 

「……導力車数台。この駆動音は……あの人型兵器も来てるね」

 

 窓を開けたガイウスがそれを示すように唸り、フィーがさらに細かく付け加える。

 

「まさか帝都に続いてトリスタまで……というかこの学院を押さえるつもりだって言うの!?」

 

「んー可能性は高いかも。貴族派、革新派の子弟とか学院長みたいな重鎮もいるし、今はクロスベルの方に行っているリィンの人質にルフィナもいるもんね……

 保護するか人質にするか……ま、どっちもありそうかな?」

 

 驚くアリサにミリアムが危機感の薄い呑気な調子で応える。

 

「もしかしてサラ教官たちはそれを喰い止めに行ったんじゃ?」

 

「その可能性は高いね」

 

 エリオットの気付きをクリスが肯定する。

 

「もしも“機甲兵”の性能が“ティルフィング”と同じならいくら教官たちが強いって言っても限界がある」

 

「そういうこと、だからシャーリィに今使える“ティルフィング”を貸してよ」

 

「……いや、そういうことなら“ティルフィングB”には私が乗る」

 

「ええ~」

 

「クロウがこちらに向かっているのだから、ちょうど良い機会だ。ラウラ君、フィー君もそれで良いかな?」

 

「ええ、構いませんが」

 

「ん、了解」

 

 同じ班員の了承を得て、アンゼリカは唇を尖らせているシャーリィに向き直る。

 

「シャーリィ君、君にはやって欲しいことがある」

 

「やって欲しいこと?」

 

「ああ、私の導力バイクを貸すから君は学院から脱出して帝都へ、聖アストライア女学院に向かって欲しい」

 

「女学院?」

 

「ああ、女学院にはリィン君の妹のエリゼ君やアルフィン皇女殿下がいる……

 おそらく貴族派は彼女たちもここの子弟と同じように確保するつもりだろう。その魔の手から彼女たちを救って欲しい」

 

「……言いたいことは分かるけどさ……」

 

「街道はおそらく通れないだろう。ヘイムダルまで獣道を通ることになるが、それを走破できるのはこの中では君だけだ」

 

「だけどさっきも言ったけどシャーリィの役目はクリスの護衛なんだけど、猟兵は仕事の途中で別の仕事は引き受けないんだけど」

 

 アンゼリカの理屈をシャーリィは猟兵の理屈で却下する。

 さらに言えば実力が近しくに見えた《C》と騎神戦ができるとなればシャーリィの中の狂戦士の血が騒ぎ始める。

 

「いえ、僕からもお願いします」

 

 が、アンゼリカの案に当のクリスが賛成する。

 

「ええーっ!」

 

「ね、ねえだったらシャーリィとクリスを脱出させれば良いんじゃない?」

 

 本気で嫌そうな顔をするシャーリィを見兼ねてアリサが別の案を出す。

 

「いえ、テロリスト達は僕の正体を知っているでしょう。だから僕はここに残らないと残された生徒達がどんな目に合わされるか分かりません……

 だけどエリゼさんの安全を確保するのは、クロスベルと戦いに行ってくれているリィンさんに対して僕達ができる義務のはず……

 だからシャーリィさん、どうかエリゼさんやアルフィンを守ってください」

 

「…………しょうがないなぁ……帝国政府にはちゃんと口利きしてよねみんな」

 

 戦いたい衝動と猟兵として仕事に徹するか、それともⅦ組として動くかを考え、シャーリィは折れる。

 

「ありがとう、それからエマ」

 

「は、はいっ!」

 

「《テスタ=ロッサ》を使う。サポートをお願い」

 

「え……でもまだ加速器の調整が終わってないって」

 

「だからって敵がそれを待ってくれるわけはない。今僕達が持っている戦力で《機甲兵》に対抗できるのは《テスタ=ロッサ》と《ティルフィングB》だけなんだから」

 

「…………判りました」

 

 決意が固いクリスに説得は無意味と察してエマは頷く。

 

「では、私たちは先行して教官たちに合流し時間稼ぎをしよう」

 

「そ、だね。シャーリィの脱出を気付かれないようにできるだけ派手にやろう」

 

「えへへ、ガーちゃんのチカラどこまで通用するかなー」

 

「ラウラ……フィー……ミリアムも……ええ! そうね!」

 

 物騒なことを言い出す二人にアリサは慄きながらもすぐに気を取り直して頷く。

 

「どこまで力になれるか分からないけど」

 

「こうなった以上はとにかく全力を出すだけだ!」

 

「フン、立場はどうあれ、無礼者に遠慮するつもりはない」

 

「ああ、ここにいないリィンを失望させるわけにはいかないからな」

 

 意気込む女性陣に続いて男性陣も肚をくくる。

 

「これからも共に学び、高め合う場所――トールズ士官学院を守るために、各自全力を尽くしてくれ。そして女神の加護をっ!」

 

 そんなクラスメイト達にクリスが宣言する。

 

「トールズ士官学院Ⅶ組、これより作戦を開始するっ!」

 

 

 

 

 

「何が……何が起きたと言うの……?」

 

 目の前に広がる光景にクレアは呆然と立ち尽くす。

 彼女の優れた頭脳をもってしても、その光景はあまりにも常識からかけ離れていて理解ができない。

 もっともそれは彼女だけではなく、その周囲にいる領邦軍と正規軍の混線部隊の誰もが一様に同じ顔をしてそれを見ていた。

 

「ガレリア要塞が……いやガレリア山脈が……消えた……」

 

 クレアの感想を誰かが呟く。

 

「こんなことがあり得るのか……?」

 

「クロスベルはいったい何を造り出したんだ!?」

 

 恐怖が伝播する。

 戦っていたはずのヴァリマールは開けた景色の中の何処にも存在しない。

 山を空を覆い尽くした消滅の力に呑み込まれたのをクレア達はその目で見ている。

 

「勝っていただろ!? なのに何でっ!?」

 

 そうヴァリマールは勝ったはずだった。

 《青の神機》の四肢を斬断し、《紫の神機》はその翼をもぎ取り墜落させ、《白の神機》は頭を潰して動かなくなった。

 なのに再起動した《白》が他の二機を黒く染まったゼムリアストーンにして砕き、その光を吸収し変化した。

 

「もうおしまいだ……」

 

 空に浮かぶ一機の人型兵器。

 光の円環と四対八枚の光の翼を持つ超越存在。

 《白》は《黒》に染まり、《零》から生み出された《一》。

 《黒の神機》にして《零の騎神》ゾア=ギルスティンがここに誕生した。

 

 そして、何処からともなく消滅したとクレア達が思っていた《灰》が《零》に斬りかかった。

 

 

 

 








《黒の神機》にして《零の騎神》ゾア=ギルスティン
 《白》をベースに《青》と《紫》と同化して昇華させたゴウバ――ではなく新たな《器》。
 詳しい発現については次回か、その次で語りますが、こいつの登場を予想できた読者はいるのかな?



結社一同
「え……? えっ……? え……!?」

マリアベル
「………………は……?」
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