(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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138話 狂いし至宝

 

 

 

「ああ……これが……」

 

 キーアは――

 私は――

 僕は――

 俺は――

 吾は――理解した。

 心の奥底に封じられていたこれまで理解できなかった感情。

 《グノーシス》により、数多の被験者の知識と人格を統制して生み出された存在。

 それがキーアであるが、今までのキーアは《至宝》に至ってもなお《幻》のような“全能”にはなり得なかった。

 

「ようやくわかったよ、ロイド……みんな……これがみんなの気持ちなんだね……」

 

 分からなかった感情が理解できることにキーアは喜びさえ感じる。

 人を含めたクロスベル全土と繋がったような一体感。

 そこにはキーアにとって愛しい彼らの思いも含まれる。

 

「うん……うん……そうだね……」

 

 腹の底から湧き上がる帝国や共和国への怒りがキーアの中に封じられていた被験者たちの感情に共感する。

 すなわち“憎悪”。

 クロスベルの中心では黒焔のプレロマ草が咲き乱れ、報道される《零》の戦いにみんなが声援を送ってくれているのが分かる。

 それが心地よくキーアは妖しく微笑む。

 

「待っていてねロイド……キーアが全部消して上げる。帝国も共和国も、クロスベルを傷付ける全てを消しちゃえば、ふふ……平和になるんだよ」

 

 キーアはまだ消えていない《灰》を見下ろす。

 その姿の奥の彼の存在を見据えてキーアは湧き上がる憎悪を吐き出す。

 

「リィンが悪いんだよ。リィンがみんなを苦しめるから」

 

 ――エレボニアが悪いんだよ。帝国がみんなを苦しめるから――

 

「リィンが悪いんだよ。リィンがクロスベルをみんなから奪おうとするから」

 

 ――帝国が悪いんだよ。世界がみんなから奪っているから――

 

「これが“憎しみ”…………うん、みんなの気持ち。受け取ったよ……ああ、こういう時は何って言うんだったけ……?」

 

 うわ言の様にキーアは空に尋ね、その言葉を思い出す。

 そしてクロスベルの意志に応えるように言葉を作る。

 

「はい、よろこんで」

 

 

 

 

 無数の消滅の力から上空へ退避し、急降下から繰り出した斬撃は《零》の右腕に宿した霊力の刃に受け止められる。

 

「キーアッ! 今すぐその機体から降りろっ!」

 

 尋常ではない気配を纏う新たな《騎神》に危険を感じたリィンはキーアに呼び掛ける。

 が、返答は力任せに薙ぎ払われた一撃だった。

 

「っ――キーアッ!」

 

 弾き飛ばされながらもリィンは呼び掛ける。

 しかしやはり答える声はなく、《零》は《灰》に向けて手を翳し、消滅の力を使う。

 漆黒の球体が《零》の周辺に浮かび上がり、空中から弾丸の様に射出される。

 

「くっ――」

 

 触れればガレリア要塞の様に消滅する力に対してリィンは太刀に“力”を注ぎ込む。

 《灰》の各所に設置された加速器が唸りを上げて、その力を増幅する。

 

「二の型《疾風》」

 

 放たれた七つの弾丸の隙間をリィンは縫うように駆け抜けると同時に球体を切り捨てる。

 “消失”と同等の概念で相殺された力の塊は何も消すことなく霧散する。

 

「加速器の調子は問題ない……だけど、つくづく俺はっ――」

 

 とりあえず戦闘を維持できることに安堵しながらもリィンは自分の軽率さに腹を立てる。

 

「結社の《幻焔計画》……

 《福音計画》とは規模も完成度も比じゃないって言うのに偽りなしか……どうして俺は《雲》を分割して、ローゼリアさん達と一緒に来なかったんだ」

 

 帝都の時や、ノーザンブリアの時のように準備を怠る学習しない自分を罵る。

 

「帝国の“焔”をクロスベルの“幻”で再現する……

 三つの《神機》を《騎神》へ昇華させる。これが結社の、アリアンロードさんの《黒》に対抗するための切り札って言う事だったのか」

 

 その結論を聞いていたら、彼女は激しく否定していただろう。

 もっともリィンも結社もそんなことは互いに察することはできないのだが。

 

「リィン……」

 

「キーア……」

 

 ようやく答えてくれた声にリィンは息を吐き――

 

「消えて」

 

 次の瞬間、《零》は霞むように消えると《灰》の目の前に現れる。

 

「ぐぅ!?」

 

 咄嗟に太刀を盾に《零》の刺突を受け止めるが、その衝撃を受け止め切れず《灰》は撥ねられたように吹き飛ばされる。

 

「まずい――」

 

 大地を削る様に制動を掛けながら、今の一撃で太刀に纏わせていた霊力の大半が吹き飛ばされたことにリィンは息を呑む。

 

「バンッ!」

 

 《零》は左手で鉄砲の形を作り、指先に黒の球体を生み出し撃つ。

 見切る間もなく球体は《灰》に命中し、着弾と同時に膨張し一瞬で《灰》の全身を呑み込んだ。

 

「っ――!!」

 

 身体を全方位から捩じり切って絞ろうとする痛みにリィンは歯を食いしばって耐える。

 

「――って、あれ?」

 

 痛みは一瞬、消滅する覚悟を決めるよりも早く全身に掛かっていた圧力は消え失せ、視界を覆い尽くした黒も晴れる。

 

「自己判断で“消滅”の力は相殺しました。申し訳ありません」

 

 声はリィンの背後から。

 金の光を纏ったリンが事後承諾の報告を事務的に謝る。

 

「いや助かった。ありがとうリン」

 

 短く感謝を伝えてリィンはクレーターの中心にいる自分の姿と相手の姿を改めて確認する。

 

「…………霊力の総量からして桁違いか……」

 

 至宝自身の力に加えてクロスベル50万人の想念で満ちている圧倒的な存在感はもしかすれば《黒》に匹敵するかもしれない。

 対する自分は多少強化をしているとはいえ、《騎神》の中では最も“格”の低い機体。

 

「だけど退くことはできないか……」

 

 今はまだガレリア山脈を消滅させる程度でしかなかったとしても、放置すれば文字通り、世界を滅ぼす程に成長することは容易に想像できる。

 それ程の圧が《零》からは感じ取れる。

 

「だけどどうして……」

 

 あの無垢な少女がどうしてこれだけの《騎神》を錬成に至らせたのかがリィンには理解できない。

 自分を通して向けるエレボニアへの憎悪。

 

「っ……本気で戦わないと消されるか……」

 

 “神機”と戦った時の余裕はない。

 リィンはひびが入ったゼムリアストーンの太刀をその場に突き刺し、虚空へ手を翳す。

 

「来い――」

 

 召喚するのは《焔の剣》。

 出来る事なら“相克”以外には使いたくない武器なのだが、今更だと割り切る。

 

「…………キーア、一つだけ教えてくれ。これはロイドさん達も望んだことなのか?」

 

「そうだよ」

 

 返って来たのは即答。どこか楽し気にキーアは笑顔を想像させる調子で応える。

 

「ロイドもエリィもランディもティオも、みんな心の奥でずっとこうしたかったって思ってる……

 だけどみんな“気持ち”だけしかなくて、“力”がなかった。だから私がみんなの代わりに消しちゃうことにしたの」

 

「……それはロイドさんたちの本当の望みじゃない」

 

「お前がロイド達を語らないで」

 

 リィンの言葉をキーアは否定する。

 

「ロイド達のことは僕が一番よく知っている……

 ロイド達は弱いからすぐに死んじゃうの……

 だからあたしが大切に、大切に、このクロスベルの中で守ってあげないといけないんだよ」

 

「キーア……クロイス家、アリオスさん。貴方達はっ――」

 

 ころころ変わる一人称に狂気を感じ取り、キーアをこんな風にした元凶にリィンは歯噛みする。

 

「だからそれを邪魔するリィンは邪魔なの、だから消えて――」

 

 《零》は腰溜めに右手の霊剣を左の腰に添える。

 

「紅蓮刃」

 

 居合の構えから放たれた紅蓮の焔を剣閃が放たれる。

 

「っ――孤影斬っ!」

 

 二つの剣閃がぶつかり合って衝撃を撒き散らす。

 その余波が納まるよりも速く、《灰》と《零》は互いに距離を詰める。

 

「百鬼斬」

 

「裏・疾風っ!」

 

 目にも止まらない速度で疾走し、二つの《騎神》は高速の斬撃を交わし合う。

 

「ロード・レグナリオン」

 

 距離を取った《零》はアーツを駆動し、霊力で錬成された剣が六つ空中に現出し、それぞれが意思を持つように舞って《灰》に縦横から襲い掛かる。

 

「六の型《裏・飛燕》」

 

 《灰》は地面に剣を突き立て、剣閃を枝分かれさせて刃を地面に這わせ空中から降り注ぐ剣を迎撃――迎撃された霊剣が爆発に合わせ更なる遠隔斬撃を《灰》は《零》に放つ。

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 が、地面を這う剣閃は《零》の咆哮の波動によって呆気なく吹き飛ばされる。

 

「っ――いない。どこに――」

 

 爆煙が晴れたそこには《灰》の姿はなく、慌てた《零》はその姿を探し――声は背後から。

 

「四の型《音断ち》」

 

 “紅葉斬り”を試行錯誤して発展させた音を始めとした霊力を斬る斬撃を《灰》は無防備な《零》の背中に放つ。

 キーアと《零》の繋がりを一時的に切断する刃は――無情にも何もしていない背中に受け止められる。

 

「――あ……アハハッ!」

 

 その結果にキーアは声を上げて笑う。

 背後の《灰》に余裕の佇まいで振り返る。

 

「いくらリィンが強くても、今のキーアはクロスベル50万人の想念を宿している……

 そんな《器》でこの《零の騎神》に勝てるわけないよ」

 

「そうか……」

 

 キーアの勝利宣言をリィンは剣を構え直す。

 

「…………何のつもり?」

 

「たかだか50万人の想念の密度。本気で俺に斬れないと思ったのか?」

 

「っ――」

 

 強気な言葉にキーアは息を呑む。

 

「八葉一刀流を舐めるな」

 

 剣を正眼に構え、《灰》が纏っていた“力”が消える。

 無防備になった《灰》だが向けて来る威圧感はこれまで以上に張り詰め、キーアは緊張に震える。

 

「どうして……どうして……」

 

 キーアは困惑する。

 勝つパターンは幾通りも存在し、見ることができている。

 その至宝の力に反して、キーア自身は勝てる気がしないと言う矛盾に二の足を踏んでしまう。

 

「どうした来ないのか?」

 

「うう……」

 

 挑発の言葉にキーアは迷いを抱えたまま、一番勝てる確率が高い突撃を選択する。

 両手に刃を展開し、《灰》の斬撃は機体の防御力に任せて防ぎ、カウンターでその刃を突き刺して内側から“消滅”の力を解放する。

 

「大丈夫……キーアにならできるっ」

 

 例え未来を見通せる力があったとしても、それは火中の栗を拾うに等しい行為。

 それでもこの恐るべき侵略者を倒すためならと、キーアは己を奮い立たせて突撃する。

 

「っ――!」

 

 躊躇わず向かって来る《零》にリィンは顔を歪ませながらも太刀を振り被る。

 二つの刃が交差する刹那――

 

「あ――」

 

 《零》は《灰》の間合いに踏み込む寸前、軌道を強引に逸らす。

 地を這うように滑空していた《零》は己の刃を振ることなく、《灰》の刃を掠めてすれ違い上空へ逃れる。

 

「――何だ!?」

 

 空振りに終わった一太刀を引き戻しながら、《灰》は振り返って《零》を見上げる。

 無防備な背中を晒し、あらぬ方向を向いて微動だにしない《零》にリィンは眉を顰める。

 キーアが正気を取り戻したというわけではない。

 変わらず狂気の気配を纏っている《零》は中空に浮いたまま振り返る。

 

「今日はここまでにしてあげる」

 

「え……?」

 

「消されたくなかったらこれ以上、クロスベルに関わらないで」

 

 一方的に告げると《零》は転移術を使ってその場から消える。

 あまりに勝手で一方的な撤退振りにリィンは空を見上げたまま、数秒呆ける。

 

「――はぁ……助かった」

 

『リィンよ……もしや……』

 

 伝わって来た安堵の感情にヴァリマールは恐る恐るという調子で尋ねる。

 

「ああ、あのままやっていたら多分俺達は負けていただろうな』

 

『しかし“斬る”つもりだったのだろう?』

 

「それはもちろん。だけど本当に斬ることができたかはちょっと自信はないな」

 

『…………』

 

 リィンの弱気な答えにヴァリマールは思わず押し黙る。

 繋がっていたヴァリマールだからこそ分かる。

 あの瞬間、リィンは本気で《零》を斬るつもりでいた。

 戦いの後の言葉から察するに、本当は斬れないだろうと判断していたにも関わらず、あれほどの強気で命を懸けたということにヴァリマールは呆れるべきか、付き合わされたことに恐怖するべきか悩む。

 

『勝ち目はないのか?』

 

「とりあえずローゼリアさんとイオの二人に“力”を貸してもらわないと――」

 

 ヴァリマールの疑問への答えを遮って、遠雷のような轟音が東の空から聞こえて来る。

 

「東の――カルバードの方から《零の騎神》による爆発……これがキーアが撤退してくれた理由か」

 

 おそらく自分と戦いクロスベルの防備が手薄になったと判断した共和国が送り込んだ爆撃機を撃墜したのだろうとリィンは察する。

 

「何をやっているんだアリオスさん! ロイドさんも!」

 

 苛立ちを言葉にしてリィンは吐き出す。

 ガレリア要塞に続き、共和国の爆撃機の撃墜。

 もちろん大量殺戮兵器など撃墜して咎めるつもりはないが、あの純粋無垢だった少女を矢面に立たせて戦わせているクロスベルに憤りを感じずにはいられない。

 

『リィンよ……』

 

「…………分かっている。一旦陣地に戻ろう。キーアはああ言っていたけど、あの《騎神》を放置するわけにはいかない」

 

 リィンは《灰》を動かして振り返る。

 

「ん……?」

 

 振り返ろうとした視界の隅で気になる者を見つけ、リィンは顔を戻す。

 

「あれは……」

 

 激しい戦闘だったにも関わらず、クロスベル側のベルガード門には目立った損害はない。

 問題はその線路から走ってこちらに向かって来る三人の男たち。

 

「止まれっ!」

 

「止まらないと撃つぞっ!」

 

 その三人の後にベルガード門から国防軍人が彼らを追って現れる。

 

「まずいっ――」

 

 リィンは《灰》を動かし、銃撃から守るように逃亡者たちと軍人たちの間に立つ。

 

「う、うわああああああっ!?」

 

「ひいいいいいいいいいっ!?」

 

 その瞬間、国防軍人たちは出会い頭に鬼に出会ったようにベルガード門へと逃げ出した。

 まだ何もしていないのに、酷い反応だとリィンはため息を吐いてヴァリマールから降りる。

 

「こんなところでいったい何をしているんだ貴方達は」

 

 不機嫌を隠し切れず、苛ついた言葉をリィンは逃亡者たちにぶつけてしまう。

 

「リィン君……」

 

「リィンさん……」

 

 バツが悪そうに俯くロイドとクルト。そして――

 

「やあ久しぶりだねリィン君」

 

 苛立った言葉への返答には気安過ぎる返事。

 

「ベルガード門から見させて貰ったが、相変わらずの《超帝国人》ぶりで安心――」

 

「破甲拳っ!」

 

 嬉々として話しかけ向けて来る子供の様な笑顔が気持ち悪く、リィンは拘留されているはずのワイスマンをぶん殴った。

 

 

 

 

 






ノックス拘置所・脱獄
ワイスマン
「おや、もう動くのかね?
 てっきり十一月末までいじけていると思っていたのだが……
 もっともリィン・シュバルツァーなら、拘留された瞬間から行動を始めていたとだろうから今更かな?」

ロイド
「…………なんでそんな具体的に言うんだ……正直言えば、まだ整理はついていない」

ワイスマン
「ほう……では何故?」

ロイド
「俺はともかく、民間協力者でしかなく、帝国人のクルトをこのまま不当に拘束させて良いわけがない」

クルト
「ロイドさん、僕のことは気にしなくても――」

ロイド
「いいや、この状況が続いて、もしクルトの身に何かがあったとしたら親御さんに顔向けできなくなる……
 って言うのは口実で、結局動く切っ掛けのダシにしているのかもしれないけど」

クルト
「いえ、どういう理由であってもロイドさんが立ち上がってくれるなら、僕から言うことはありません」

ワイスマン
「それで具体的な脱獄のプランはあるのかね?」

ロイド
「それは……」

ワイスマン
「やれやれ、リィン・シュバルツァーなら身一つで脱獄出来ていただろうに……」

ロイド
「ぐぬぬ……」

クルト
「落ち着いて下さいロイドさん」

ロイド
「分かっている。俺は冷静だ」

ワイスマン
「それではリィン・シュバルツァーに劣る諸君、私が知恵を貸して上げようではないか……
 そうだね。とりあえず他の囚人たちに少し手を借りるとしようか」



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