(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「オズボーン宰相が演説中に狙撃された?」
双龍橋と元ガレリア要塞の中間地に仮設された駐屯地に戻って来たリィンはクレアから告げられた。
「はい……ちょうどリィン特務官がクロスベルの兵器に襲撃されたタイミングで閣下は……狙撃犯はおそらくクロウ・アームブラストです」
「……そうですか」
「やはりリィン君はクロウ・アームブラストが《C》だったと知っていたんですね?」
「……はい。確証はなかったんですが」
先輩達に相談されたことを明かさずにリィンは首肯する。
そんなリィンをクレアは疑うようなジト目を向け、ため息を吐く。
「そういう事にしておきます」
「すみません」
察してそれ以上の追及をしないでくれたクレアにリィンは頭を下げる。
「それで状況はどうなっているんですか?」
「現在ラジオは中断され、憲兵隊の通信も妨害されて全容は掴み切れていませんが。狙撃に合わせて貴族連合の飛行戦艦が現れ、帝都を制圧したそうです……
ただ途絶した通信からは《機神》――ティルフィングのような人型機械が使われたそうです」
「人型機械……」
「それは貴族連合の《機甲兵》だろう」
リィンが何かを言うよりもシュミットが割り込んで一方的に説明をする。
「貴族連合に取り込まれたラインフォルトの第五開発部で《蒼の騎神》を基に私が設計・開発したものだ」
「だからティルフィングの開発の時に妙に慣れた様子だったんですね」
「そういうことだ。守秘義務があったが、もう良いだろう」
勝手な言い分だが、一応の筋を通しているシュミットにリィンは思わず苦笑する。
「もっとも私がしたことは基礎部分の一部だけだがな」
「それは良いんですが、その《機甲兵》というのは“ティルフィング”と比べてどれくらいの性能があるんでしょうか?」
「ふん、そんなもの比べるまでもなく“ティルフィング”の方だろう……
あえて優れている面を上げるなら量産性くらいだろう」
「そうですか……でもどうしてこんなタイミングで……」
クロスベルの問題は貴族派にとっても見過ごせない事件だと思っていただけに、このタイミングでの武力決起をする理由にリィンは悩む。
「あの……リィン君、閣下が撃たれたんですよ? その……もう少し動揺をして上げても……」
「そう言われても……」
ラジオ越しとは言え、その瞬間を聞き逃してしまったためリィンは父親だからと言ってもそこに実感が伴わない。
「そう言うクレア大尉こそ、オズボーン宰相が撃たれたのに冷静ですね?」
「私は……その場にいたら冷静ではいられなかったでしょう。でも……」
クレアはラジオで聞いた彼の最後を思い出す。
『クク――見事だ……《C》……クロウ・アームブラスト……』
そこに恨みつらみではなく、不敵な笑みを浮かべていた彼の姿が簡単に想像できる。
学院祭で確保を見送ったことが悔やまれるが、それよりもクレアの能力は無用の心配だと訴えていた。
「閣下が狙撃されたことは事実ですが、まだその死を報じられたわけではありません……
ならば私たちは私たちが為すべきことをするだけです」
「クレア君の言う通りだ」
クレアの言葉を肯定して、天幕の中に入って来たのはヴィクターを付き従えたオリヴァルトだった。
「オリヴァルト殿下、どうしてこちらに?」
オブザーバーとして部隊の後方にカレイジャスと共に双龍橋で待機していたはずのオリヴァルトとヴィクターの登場にリィンは首を傾げる。
「いや、そもそも双龍橋にもここにも領邦軍はいるはず……
帝都で貴族連合が決起したのに、ここでは何も起こっていないんですね?」
そしてリィンがここに帰投してからも目立った騒ぎが起きていないことに首を捻る。
「ははは、それはもう《超帝国人》の威光というものだろう。双龍橋ではリィン君の戦いを中継していたからね」
「何を戯けたことを言っているんですか」
オリヴァルトの言い分をリィンは一蹴するが、その場に奇妙な沈黙が満ちる。
「リィン君、あんな戦闘を見せられたら決起するはずだった領邦軍も大人しくなりますよ」
「彼らも“灰の騎神”と事を構えたいとは思わないだろう」
クレアとヴィクターの言葉にオリヴァルトはうんうんと相槌を打つ。
「フフフ、いい加減認めたらどうかね?」
そしてそれに同意するようにワイスマンも頷いた。
「…………話には聞いていたが、本当にゲオルグ・ワイスマンなのだね?」
リベールで見た時とは違う姿と恰好。
報告は聞いていたが対峙して一目で判るワイスマンの雰囲気にオリヴァルトはいつものお調子者の顔を潜ませて顔をしかめる。
「初めましてになるかなオリヴァルト皇子」
そんなオリヴァルトに我が物顔でその場に居座っていたワイスマンは不敵な笑みを送る。
「リィン君」
「言いたいことは分かります。でもクロスベルの情報提供者として彼の言葉は無視できません」
こちらの身を案ずるオリヴァルトの気遣いにリィンは割り切るべきだと進言する。
「オリヴァルト殿下が来る前に一通りの事情聴取は終えています。こちらをどうぞ」
クレアはこれまでリィンがワイスマンから引き出した情報をまとめたレポートをオリヴァルトに渡す。
「失われた《幻の至宝》を再現した《零の至宝》か……人の業とは恐ろしいものだね」
リィンが戦った者の正体にオリヴァルトは唸る。そしてため息と共にオリヴァルトはリィン達を見回して告げる。
「実はここに来る前、ドライケルス広場の演説に立ち会ってもらいに行ったトヴァル君から連絡があった……
狙撃されたオズボーン宰相は胸を撃たれたものの一命を取り留めたらしい」
「本当ですか!?」
オリヴァルトの報告にクレアが声を上げる。
「ああ、とはいえ貴族連合に見つかればどうなるか分からないということで正規軍の手の者によって秘密裏に移送されたそうだ……
それ以上のことは同行を拒否されてしまったので分からないそうだ」
「そうですか……」
ほっと胸を撫で下ろすクレアにオリヴァルトは笑いかけてから、表情を引き締める。
「しかし、残念なことに問題はオズボーン宰相の事だけではなくなってしまったのだよ」
「と、言いますと?」
「帝都を制圧した貴族連合は、次にトリスタに侵攻し、更には各地の鉄道憲兵隊の詰め所を制圧して回っているらしい」
「なっ!?」
「トヴァル君にはアストライア女学院に向かってもらってアルフィンとエリゼ君の安全を確保してユミルに向かってもらうことにした……
かく言うボク達もすぐにカレイジャスで向かおうと思っているのだが……」
そこで言い淀んだオリヴァルトはリィンの顔色を窺う。
「正直、ボクはこのままクロスベルのことを放置して良いのか迷っている……
あの《零の騎神》と戦ったリィン君の意見を聞きたい」
「そうですね……」
意見を求められ、リィンは考え込む。
「ワイスマンの情報が正しければ、《零の至宝》はオリジナルである《幻の至宝》に加えて《時》と《空》の力を行使できるそうです……
ただその“力”も俺との戦いの中で進化させ、どこまで強力になったかまでは測り切れないそうです」
「今の《零の至宝》である彼女の意思はクロスベル市民らの悪意に染まっている……
対抗戦力を持たない共和国は放置するとしても、リィン・シュバルツァーがいる帝国に対してはもしかしたら先程と同じように攻め入って来るかもしれないね」
リィンの補足にワイスマンが付け加える。
「もっともその可能性は低いだろうね」
「と言うと?」
「現在のクロスベルを牛耳っているのはディーター・クロイスかもしれないが真の黒幕は別に存在している……
その者の名をここで明かすのはフェアではないが、彼らが目論んでいる《碧き零の計画》について少し話をしようか」
そうしてワイスマンの口から語られたのは荒唐無稽の壮大な計画だった。
「因果律を操作して世界を組み替える、『世界を紡ぐ』」
「歴史を改竄し、クロスベルを二大国の“宗主国”に君臨させる。にわかには信じ難い話ですね」
ワイスマンの説明にオリヴァルトとヴィクターは現実味のないクロスベルの野望に困惑する。
「おそらく真実でしょう……それに関係する現実への事象の書き換えを俺は何度か経験したことがあります」
リィンの証言に一同は絶句する。
「ともかくこれで決まりですね……
クロスベルには俺が行きます。オリヴァルト殿下達は帝都へ戻って下さい」
「リィン君?」
「《碧き零の計画》は放置できませんが、帝国で起きてしまった内戦も同じように無視できないはずでしょう?
こんな時のために造った《カレイジャス》ではないんですか?」
「それは……」
「だがクロスベル国防軍の戦力には《風の剣聖》。外部から《赤い星座》そして《結社》も協力しているという話ではないか……
どの陣営も《達人級》の猛者たちばかり、それを君一人で行くと言うのはとても承服できないが、勝算はあるのかね?」
口ごもったオリヴァルトに代わってヴィクターが懸念を上げる。
「もちろんクレア大尉にはこのまま軍の統制をしてもらって後詰に来てもらいます……
その前に俺が先行してクロスベル市を覆う結界を解除する必要がありますし、《零の騎神》を相手にするなら誰が一緒に来ても意味はありません」
「カレイジャスにはトロイメライがあるが?」
「あれでは《零の騎神》の消滅の力には耐えられません……
ヴァリマールでもリンの加護がなかったら危なかったですから」
「現状の導力技術ではあの“消滅”の力を防ぐことはできんだろうな」
「それに《機甲兵》の存在が確かならトロイメライはそちらに必要になるはずです……
アリオスさん達と一人で戦うのは苦しいですが、だけど人手が足りないのだからどうしようもないでしょう」
「リィン君……確か先にレン君とレーヴェがクロスベルに潜入しているという話だが」
「彼らに協力を求めるのは筋違いでもあるでしょう……
《碧き零の計画》の前に、これはエレボニア帝国としての侵攻ですから、それに彼らの力を貸してもらうわけにはいきません」
淀みなく言い返されてオリヴァルトは今度こそ閉口する。
確かにリィンの主張は理に適っている。
《零の騎神》を始めクロスベルに何が待ち構えているのか分からない。
単純な武力で戦える相手ならまだしも、“神秘”が相手ではどんな屈強な猛者も軍も意味をなさないのはガレリア要塞の有様から考えれば一目瞭然だ。
その上、帝国で起きた内戦についても迅速な対応が求められる。
「本音を言えば俺だって早く帝都に戻ってエリゼ達の安全を確認したいです。だけどオリヴァルト殿下達が帝都へ向かってくれるなら俺も安心して戦えます」
決意が固いリィンにオリヴァルトは深々とため息を吐く。
「仕方がないか」
どちらかを選ばなければいけないのではなく、どちらも選ばなければならない。
「ただし、決して無茶だけはしないでくれたまえ」
「……ええ、それは――」
「その話、待ってもらえませんか?」
方針が決まった所で、割って入って来たのは第三者の声。
天幕にやって来たのはクルトとロイド、そして彼らを案内したミュラーだった。
「クロスベルに行くなら俺達も連れて行ってもらえませんか?」
「ロイド君……」
「殿下、僕からもお願いします……
僕たちはこの事件に対して何もできていない。ここで全てをリィンさんに任せて帝国でほとぼりが冷めるまで待つことはできません」
「クルト……」
「なるほど君達二人がリィン君についてくれるなら――」
「必要ありません」
信頼できる二人の意見を快諾しようとしたオリヴァルトを遮ってリィンは二人の申し出を拒絶する。
「リィン君?」
「これは既に警察が対処できる問題ではなく、国家間の戦争です……
いや《歴史改竄》の企みはそれ以上の問題ですが、警察の一部署でしかない貴方達に今更何ができると言うんですか?」
「……俺達は……俺は一番知りたい真実をまだ確かめていないんだ」
「真実とは何ですか?」
「力や生い立ちに関係なく……あの子が、キーアが本当は何がしたいかって事だ……
そのためにもどうか俺に帝国の力を貸してください」
ロイドはその場に土下座して帝国の重鎮たちに懇願する。
「僕からもお願いします」
クルトも同じようにロイドの隣に膝を着き、土下座をして懇願する。
「…………リィン君」
そんな彼らの姿にオリヴァルトは受け入れても良いのではないかとリィンに目配せする。
「ロイドさん、確かめたいと言っていましたが……
それはキーアの答えによっては、帝国と敵対することも辞さないという意味ですか?」
しかしリィンの口から出て来た言葉は冷たかった。
「なっ!? ちが――」
誤解され、慌てて否定しようとロイドは顔を上げるが、それよりも先にリィンが続ける。
「通商会議の時、俺は《赤い星座》のテロリストへの虐殺を黙認しました……
それを貴方達はそうするほどに彼らは罪深くはなかったと責めましたが、ならキーアが消し去ったガレリア要塞の軍人たちはあんな殺され方をしなければいけない程に罪深かったと言うんですか?」
「それは……」
「もうどちらが悪かったとは言えない状況なんでしょうが、キーアはどんな形であっても《人を殺す》という一線、壁を越えたんです……
そこから目を逸らす“欺瞞”を抱えた貴方達を俺は背中を任せる相手として信用できない。いや――」
頭を振ってリィンは言い直す
「この期に及んでキーアを叱ると言えない半端な正義でアリオスさん達に勝てると本気で思っているんですか?」
「っ――!」
リィンの言葉に言い返そうとするがロイドの口は言葉を作らずに空しく動くだけに終わる。
「…………リィンさんはキーアを斬るつもりなんですか?」
そんなロイドに代わってクルトが尋ねる。
「ああ、後悔するとしても必要ならば躊躇うつもりはない」
「リィン君、それはあまりにも君らしく――」
「フフ、今のアルティナを殺せなかったせいで前のアルティナを死なせてしまった者は言う事が違うね」
過激なリィンを諫めようとオリヴァルトが口を開くが、ワイスマンがそれを遮って笑う。
「っ――」
お前のせいかと一同がワイスマンを睨むが、むしろその反応に彼はいっそうに笑みを濃くする。
「――でしたら私はどうでしょうか?」
更にその場に新たな声が響く。
ミュラーの案内があったロイド達と違い、帝国の駐屯基地となっているその場に誰にも気付かれずに侵入した彼女は隠形を解いて姿を現す。
「何者だっ!?」
ミュラーがいち早く反応して闖入者とオリヴァルトの間に立って剣を構える。
しかし東方の独特な服を纏った少女はそれに目もくれずリィンに真っ直ぐに告げる。
「私はクロスベルがどうなろうと、キーアちゃんがどうなっても関係ありません」
恐ろしいと感じる程に冷たい声音の言葉に彼女を知っているロイドとクルトは耳を疑う。
「《痩せ狼》を殺す。そのためなら私はあらゆるものを殺し尽くしましょう」
伝説の凶手《銀》としてリーシャ・マオは言い切った。
そこに《月の姫》、アーティストとしてのリーシャ・マオは存在しなかった。
*
ベルガード門の屋上にて、平らにされたガレリア山脈だったものを見下ろしたその存在は唸るように呟いた。
「いかん……タイミングを逃したか」
彼らのピンチに颯爽と登場し、正体を明かすつもりだった彼は国防軍と同じように空で繰り広げられた《騎神》の戦いに目を奪われてしまったことを嘆くのだった。
弟貴族
オリヴァルト
「リィン君、彼女はあのリーシャ・マオだね?
以前は気付かなかったが尋常ではない使い手のようだけど、リィン君は知っていたのかね?」
リィン
「え、ええ……リーシャさんは東方の出身で《八葉一刀流》の従姉みたいな関係なんです」
ヴィクター
「ほう……そのような流派が存在していたとは初耳だ」
オリヴァルト
「なっ!? 従姉のお姉さんだって!? ここに来て新たな属性を埋めて来るとは……リィン君、恐ろしい子っ!」
クレア
「従姉のお姉さん……」
リィン
「馬鹿なことを言ってないでオリヴァルト殿下達は早くカレイジャスで出発してください」
オリヴァルト
「いいやリィン君、これは重大なことだよ!
姉弟子のアネラス君! もはや義理の姉と言って遜色がないルフィナ君! そして従姉のお姉さんであるリーシャ君!
これがヒエラルキー。弟至上主義というやつか!」
ロイド
「あ……そのセリフ……」
クルト
「ランディさんのセリフですね。まさかリィンさんがロイドさんの同類だったとは思いませんでした」
リーシャ
「えっと…………」
クレア
「オ、オリヴァルト殿下――いえ何でもありません」
ヴィクター
「確かラウラはリィン君の一つ上だったな……」
リィン
「…………ミュラーさん、よろしくお願いします」
ミュラー
「ああ、心得た」