(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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14話 翡翠の公都Ⅴ

 

 

「やあ、よく来たねユーシス、Ⅶ組諸君」

 

 与えられた課題をこなし報告を兼ねて領邦軍の詰め所に来たユーシス達は軍の詰め所でありながら豪華な装飾品が飾られた応接室にてルーファスに迎えられた。

 

「挨拶よりも兄上、リィンのことですが――」

 

「まあ、落ち着きたまえ」

 

 課題の報告をするよりも先にユーシスが切り出すが、ルーファスはそれを宥める。

 ルーファスは紅茶を一同に振る舞い、一息つかせて状況の説明を行う。

 

「さて、どこから話そうかね」

 

 そうして語り出した内容は至って単純だった。

 昨夜未明にアルバレア公爵邸に何者かが侵入した。

 賊を捕まえることはできなかったものの、警備隊の働きで賊を追い返すことはできた。

 しかし、被害の確認をしたところで宝物庫が荒らされていることが分かった。

 無くなっていたのはアルバレア家に伝わる兄弟剣の二振り。

 幸いなことに当主であるヘルムート・アルバレアはその前日の夜から帝都へと向かい留守にしていたため、彼が知るところではない。

 公爵邸警備隊、ひいては領邦軍はヘルムート・アルバレアが帰って来るまでに何としても盗まれた兄弟剣を取り戻さなければならないのだ。

 

「それでどうしてリィンが容疑者と疑われることに」

 

「警備隊の誰かが言ったのだよ。賊は黒髪の赤い服、そして太刀を持つ少年だったと」

 

「それは……あまりにも杜撰ではないでしょうか?」

 

 仮に犯人がリィンだったとしても、赤い服つまりはⅦ組の制服で公爵邸に侵入したことになる。

 そんな自分の身元を大々的に晒す泥棒が果たしているだろうか。

 

「私も同意見だよ……

 そう思ってその証言をした者から直接話を聞こうかと思ったのだが、実際に特定の誰か――リィン君を見たと証言した者はいなかったのだよ……

 みんないつの間にか賊はリィン君だったと思い込んでいた……

 不自然ではあるが手掛かりがないということもあり、リィン君を調べてみたら盗まれた剣が本当に見つかってしまったということさ」

 

「明らかにリィンを貶めるための策略だとしか思えないのですが」

 

「そうだろうね……

 しかし実際に盗まれた剣の一つが見つかった以上、彼を最有力の容疑者として扱わなければならないのだよ」

 

「……兄上は誰が犯人だと思われますか?」

 

「さて、候補が多過ぎて何とも言えないね……リィン君の存在を疎む者は貴族、平民問わず多いからね」

 

「平民も……ですか?」

 

 思わずマキアスは聞き返す。

 

「おや? 誰よりもリィン君を疎んでいた君がそれを言うかな?」

 

「それは……」

 

「それに警備隊や領邦軍の中にはアルゼイド流やヴァンダール流の剣を習った者もいる。御前試合で両当主に恥をかかせたと息巻いている者も少なくはないのだよ……

 そしてその容疑者の中にはオズボーン宰相もいると私は考えているよ」

 

「オズボーン宰相が?」

 

 意外な名前が出て来たことにユーシス達は驚く。

 そんな彼らの前にルーファスは一枚の写真を差し出した。

 

「それは先日、オーロックス砦に侵入したとされる者の写真だ」

 

 青い空に小さな点のように写っている何か。

 目を凝らして見てみると、白い戦術殻とその腕に座っている水色の髪の人影が見える。

 

「彼女は《帝国軍情報局》に所属しているエージェント。コードネーム《白兎》と呼ばれる《鉄血の子供たち》の一人だよ」

 

「《鉄血の子供たち》が何故オーロックス砦に?」

 

「さて、彼らの思惑は私には計りかねる……

 そして残念なことにその写真では証拠としても不十分で彼らを問い詰めることもできない。が、今はそれはひとまず置いておくとしよう……

 ともかくオーロックス砦に侵入した彼女ならアルバレア公爵邸、そして君たちが泊まるホテルに侵入することも可能だろう。何と言っても彼女は姿を消すオーブメントを使うそうだからね」

 

「確かにそうかもしれませんが……」

 

 ルーファスの言葉にユーシス達は納得する。が、それにマキアスが異を唱えた。

 

「待ってください。仮にオーロックス砦に侵入者が《鉄血の子供》だったとして何故オズボーン宰相がシュバルツァーを貶めるようなことをするんですか?」

 

「理由はいくつも考えられる……

 例えばリィン君とその後ろ盾になっている皇族家に貴族派への不信感を促し、リィン君を革新派に取り込む前準備の可能性も考えられる」

 

「そんな馬鹿な! オズボーン宰相がそんなことを――」

 

「彼はそういう人間だよ……

 如何なる卑劣な手段も辞さない恐ろしい《怪物》。そしてこういったマッチポンプは彼の得意な政策の一つだ」

 

「それは彼のことを疎む反政府主義者が言う根も葉もない誹謗中傷です」

 

「君はリィン君のこともそうだが、帝国時報が報じる内容を鵜呑みにし過ぎているようだね……

 記憶に新しいところではジュライの併合。それに二年前の《リベールの異変》でも彼は似たような方法を取っている。もちろんこれは帝国時報には記載されていない内容だが疑うなら後でリィン君に話を聞いてみると良い……

 もっとも君にリィン君の話をちゃんと聞く意思があるとは思えないけどね」

 

「っ……」

 

 痛烈な皮肉の言葉にマキアスは押し黙る。

 そんな彼の姿を意外そうに目を丸くしながらルーファスは続ける。

 

「はっきり言ってしまえば、ここでリィン君を逮捕するメリットはほとんどないに等しい……

 このまま真犯人を取り逃がせばアルバレア家の面子を穢すことになる。それでいてリィン君を裁けば皇家の不評を買うことになる……

 どちらに転んだとしてもアルバレア家は損をして、鉄血宰相にとっては都合の良い展開になるだろう」

 

 そう言ってルーファスはため息を吐く。

 

「申し訳ないが、午後の実習は中止とさせてもらう。そして君たちはこの後トールズに帰るといい」

 

「ですがそれではリィンは?」

 

「現在領邦軍の総力を持って真犯人の捜索を行っている……

 少なくても真犯人を確認するか、盗まれた兄弟剣のもう一振りを見つけるまでは釈放することはできないだろう……

 だが安心したまえ弟よ。彼については私が何とかしてみせる」

 

 安心させるような微笑みを浮かべるルーファス。

 その微笑みには確かにこの人に任せておけば安心だという感情を思わせるものがあった。

 しかし、それを振り払いユーシスは問いかける。

 

「俺達にできることはないのですか?」

 

「ない。むしろここにユーシスが留まれば父上の怒りの矛先はお前にも向くことになるだろう。それともこの兄の事を信じられないか?」

 

「いえ……そういうわけではありません」

 

 尻すぼみにユーシスは顔色を窺ってくるルーファスの言葉を否定する。

 結局、ユーシス達は何も言うことはできずにルーファスの提案を呑むことしかできなかった。

 

 

 

 

「これでいいのかしら?」

 

 領邦軍の詰め所から手荷物を取りにホテルへと歩く道中で一言も口を開かない一同の中でアリサがようやく口を開く。

 

「良いも悪いも、実際に俺達にできることはない」

 

 憮然とした表情でアリサの呟きにユーシスが答える。

 

「領邦軍が総力を上げて捜索している。それに比べて俺達はたった四人。いったい何ができる?

 真犯人の手掛かりもない。俺達がいたところで兄上の邪魔にしかならないんだ」

 

 そう言うユーシスの声音には悔しさが滲み出ていた。

 

「確かにそうだけど……」

 

 アリサは思わず口ごもる。

 ルーファスは捜査網を広げる領邦軍からもたらされる情報をまとめ指揮している。

 そんな多忙を極める中で、わざわざ状況の説明をしてくれたが本来はその時間さえも惜しかっただろう。

 だからこれ以上、余計な負担を掛けないためにも特別実習の中断はやむを得ないことなのだ。

 それに関してはアリサも異を唱えるつもりはない。

 

「だけどリィンは無実の罪で捕まっているのよ!

 どこの誰がリィンを嵌めようとしているか知らないけど、このまま黙ってそいつの思惑通りにさせて良いの!?」

 

「アリサさん……」

 

「だが僕達にできることは本当に何もないのは確かだ……

 この広いバリアハートで何の手掛かりもなく一人の人間を探すなんて不可能だ。それとも君には何か当てはあるのか?」

 

「それは……ないけど……」

 

 マキアスの指摘にアリサは項垂れる。

 結局どれだけ不平不満を上げても自分たちには犯人を探し出す術はないのだと思い知らされる。

 

「だったらいっそリィンを私たちで奪還するっていうのはどう?」

 

「おいおいいきなり何を言い出すんだ?」

 

 物騒なことを言い出したアリサにマキアスは狼狽えて周囲に領邦軍の兵士がいないことを確かめる。

 

「だって元々は冤罪なんだからリィンを奪還して、そのままトリスタまで帰っちゃえば後はユーシスのお兄さんが上手くまとめてくれるんじゃない?」

 

 ルーファス頼りの杜撰な計画にユーシスはため息を吐く。

 

「これが完全な言い掛かりでの冤罪ならそれで良いかもしれない。だが証拠の品が出て来ている以上、そんなことをすれば疚しいことがあると認めているようなものだ……

 そうなってしまえばいくら兄上でも庇い切れん」

 

「そっか……」

 

 ユーシスのダメ出しにアリサは肩を落とす。

 

「私たちにできることは本当に何もないんですね」

 

 エマのその呟きに三人は押し黙る。

 結局、それ以上に何か具体的な案は思い浮かばずホテルに辿り着く。

 

「あ、ユーシス様」

 

 ホテルに入るやいなや、支配人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「実は先程ユーシス様達のお部屋の前にこのようなものが置かれていたんです」

 

 支配人が差し出したのは一枚のカードだった。

 

「『攫われた弟君を救い出したければ午後二時までに聖女を訪ねよ』だと?」

 

「それはどういう意味だ? 他に何も書いてないのか?」

 

「ああ、これだけだ」

 

 裏を見てみても特に何も書いてない。

 

「攫われた弟君……確か盗まれたのは兄弟剣と呼ばれていましたよね?」

 

「ああ……だが、いったい誰がこんなものを」

 

 素直に考えるなら盗まれた兄弟剣の手掛かりなのだが、誰がどういう意図でこんなものを残したのかが全く分からない。

 

「この際なんだっていいじゃない。とにかく手掛かりが見つかったんだから行ってみましょう?」

 

「そうですね。聖女というのは教会の前の像のことですよね」

 

「とにかく行ってみよう。時間も迫っている」

 

「待てお前達っ!」

 

 ユーシスが止めるが、目の前にいきなり現れた手掛かりと差し迫った時間に三人はすぐに駆け出してホテルを出てしまった。

 

「ちっ」

 

 思わず舌打ちしてユーシスは三人の後を追い駆ける。

 

 ――都合が良過ぎる……

 

 まるで示し合わせたようなタイミングで発見されたカードにユーシスは作為的なものを感じずにはいられなかった。

 そして本来なら兄の指示を忠実に実行するはずだったユーシスは彼らを咎めることはしなかった。

 

 

 

 

 聖女像の足元にはホテルで見つかったものと同じカードがあり、別の場所に行けという指示だけが簡素に書かれていた。

 それを何度か繰り返した末に手に入ったのは簡素な鍵だった。

 鍵はバリアハートの地下水道を施錠しているものであり、一同は不信に感じながらも地下水路に入る。

 

「随分と広い水路ですね。どこまで続いているんでしょうか?」

 

「およそ街の東から西にかけて広がっているな。いざという時のための脱出路だと兄から聞いている」

 

「そんなにか……だけどいったいどっちに行けばいいんだ?」

 

 右を見ても左を見ても似たような通路が広がっている。

 通路そのものは見通しが良いが、バリアハートの規模を考えると相当な広さだと分かる。

 

「皆さん……ちょっと静かにしてもらえますか?」

 

 エマはそう言うと目を閉じて耳を澄ませる。

 

「……向こうの方から人の気配がします。それも一人や二人ではなく大勢の争っている音でしょうか?」

 

「大勢……?」

 

「おそらく領邦軍だろう。兄上も潜伏先を突き止めたということか」

 

 耳を澄ませば確かにエマの言う通り、かすかな戦闘音が響いて来る。

 反響して正確な距離は分からないがどちらの方から聞こえて来るかは判断できる。

 

「それじゃあ私たちって、もしかして無駄足?」

 

「そういうことだな」

 

 アリサの呟きにユーシスは肩を竦めて頷いた。

 やはりルーファスに任せておけば万事うまく行くのだと顔が緩む。

 

「嬉しそうですねユーシスさん」

 

「っ……それよりも事件が解決するのなら、これでリィンと合流して帰れるだろう」

 

「そうだな。僕達だけで先に帰ってしまっては、ばつが悪かったからな。ともかく一安心か」

 

「それでどうする? 領邦軍に任せて私たちは外に出る?」

 

「いや。我儘を言うようですまないが、犯人の顔を見ておきたい」

 

 アリサの提案にユーシスは首を振ってこのまま進もうと言い出す。

 

「僕も異論はない。Ⅶ組の最後の活動にケチをつけてくれた犯人の顔を見ておきたいからな」

 

 ユーシスの提案にマキアスが嫌な顔をせずに頷く。

 

「え……?」

 

「は……?」

 

「む……」

 

 思わず三人はそんなマキアスの顔をまじまじと振り返る。

 

「何だ君たち!?」

 

「す、すいません。何だかユーシスさんの言葉に反発しないレーグニッツが意外過ぎて」

 

「何て言うか……朝のやり取りは分かっているんだけど、本当にレーグニッツ? 偽物だったりしない?」

 

「失礼だな君たちは……まあ、そう思われても仕方がない醜態を晒していたのは事実だが……」

 

 エマとアリサの容赦ない言葉にマキアスは溜息を吐く。

 

「何でも良い。とにかく行くぞ」

 

 そんな三人を促してユーシスは我先にと歩き出した。

 散々振り回されたが犯人に近付いていたこと。

 そして先回りされたがすでに領邦軍が真犯人と交戦していることから、ユーシス達はそれまで張り詰めていた緊張を緩めてそれに遭遇してしまった。

 

「なっ――」

 

「こ、これは……」

 

「う……」

 

「ひどい……」

 

 むせかえる血の匂い。

 地下水路の道を、壁を赤く染めた地獄絵図がそこにはあった。

 

「うう……」

 

 壁際に頭から血を被ったように真っ赤に染まった領邦軍の兵士が呻く。

 

「おい! 何があった!?」

 

 呆然としてしまったユーシスは我に返って兵士に駆け寄る。

 

「ユ……ユーシス様……どうし――ゴホゴホッ」

 

 朦朧とした目を向けてくる兵士は次の瞬間、血の塊を吐き出し咳き込んだ。

 

「っ――」

 

 血塗れの姿から重傷を察するが、修羅場慣れしていないユーシスは思わず思考が止まってしまう。

 

「どいてください」

 

 そんなユーシスを押し退けて、エマが兵士の前に膝を着いて手をかざす。が、その手を兵士が震える腕で掴んで止めた。

 

「無駄だ……お、俺はもう助からない……それよりも……すぐにここから脱出してください……悪魔が……悪魔が来る……」

 

「悪魔だと……お前達はいったい何と戦って――」

 

 その瞬間、ユーシスは背後から剣に貫かれた。

 

「っ――」

 

「ひっ――」

 

「きゃあっ!」

 

「うわああっ!」

 

 悲鳴を呑み込んだユーシスと同じタイミングでアリサ、エマ、マキアスが悲鳴を上げる。

 腰を抜かして尻餅をつく三人とは違い、ユーシスはその場に膝を突いて刺された胸を検めるが、そこに刃など存在しなかった。

 

「っ――今のは……殺気という奴なのか?」

 

 震える腕を抑え込み、ユーシスは強過ぎる殺気をぶつけられると死を想像させられると耳にしたことを思い出し、すぐにそれが正解だと声が響いた。

 

「フン、殺気を当てた程度でこの始末か」

 

 通路の先の暗がりから何かを引きずる音と共に一人の男が現れる。

 

「貴様は……」

 

 それは異様な風貌の男だった。

 長く白い髪。

 顔を覆い隠す鬼の面。

 黒い軍服に白いマント。そして血が滴る異様に長い太刀。

 一言で説明するならば《真・魔界皇子》がそこにいた。

 

「貴様は何者だ?」

 

 男に睨まれただけで先程の死のイメージが脳裏に再生されるがユーシスは気丈にも男を睨み返す。

 

「フ……そんなこと聞くまでもないだろう」

 

 男はこれ見よがしに左腕で鷲掴みにした兵士の頭を持ち上げる。

 

「っ――」

 

 大の大人を片手で軽々と持ち上げるその膂力にユーシスは目を見開き、次の瞬間男は血塗れの兵士を横の水路へと投げ捨てた。

 

「我が名は《剣鬼》――結社《身喰らう蛇》に名を連ねる者。と言った所でお前達には何のことかは分からないだろうな」

 

「結社《身喰らう蛇》だと……?」

 

 息苦しく、身体を恐怖で震わせる殺気に身動きできないユーシスは言葉を絞り出す。

 

「たしか……二年前にリベールで暗躍していた犯罪組織がそんな名前だったな……」

 

 横目で背後を伺って見るが、アリサ達の様子は自分よりも酷い有様だった。

 尻餅をついたまま身体は完全に竦み上がり、目尻には涙が浮かんでいる。

 その気持ちはユーシスも理解できる。

 目の前の《剣鬼》はそれだけの相手。自分たちが束になっても敵わない相手。

 彼の背後で無造作に血の海に転がっている兵士たちの姿が次の瞬間の自分たちの姿だと嫌でも連想させられる。

 

「それで……《異変》を引き起こした犯罪者がバリアハートで何を企んでいる?」

 

 完全に戦意喪失している三人に見切りをつけ、ユーシスは膝を着いたまま尊大な態度で尋ねる。

 

「別に大したことではない。たまたまリィン・シュバルツァーがいたから少し遊んでやろうと思っただけだ……

 だが《怪盗紳士》のようにうまくやるのは難しいようだ」

 

 律儀に答えてくれる《剣鬼》の言葉を聞き流しながらユーシスは必死に考える。

 身体は殺気の重圧のせいで震えてうまく動かせない。

 兵士たちには悪いが、せめて同級生の三人だけでもこの場から逃がす方法を会話で時間を稼ぎながら模索する。

 

「リィンで遊ぶか……そのためにわざわざうちの宝物庫から剣を盗み出したというのか?」

 

「そのつもりだったがルーファス・アルバレアの手が思っていた以上に早く、思い通りにならなかった」

 

「そうか……それは残念だったな」

 

 ユーシスは誇らしげに笑みを作る。

 おそらくはユーシス達をここまで呼び寄せたカードはリィンに宛てた物。

 だがルーファスが指揮をしたため、リィンは事態を把握する前に確保されてしまい計画が破綻したのだろう。

 そう考えると危機的状況だというのに胸が梳く気持ちになる。

 

「代わりにこいつらで溜飲を下げるつもりだったが、とんだ期待外れだった」

 

 《剣鬼》は背後を振り返る。

 通路の先、広くなった場所には地獄絵図が広がっていた。

 

「貴様……」

 

 どれだけの兵士が地下水路に派遣されたかは分からない。だがむせ返る血臭の濃さが惨劇の大きさを物語っている。

 

「さて、リィン・シュバルツァーと戦うことは叶わなかったが……お前達は奴の同級生だったか?」

 

 仮面越しに向けられた目にユーシスは竦み上がる。

 

「お前達を殺せば、奴と戦うことはできるかもしれないな」

 

 勿体付けるように未だ立ち上がることができないユーシス達に《剣鬼》は近付いて来る。

 

「抜かせ。貴様など俺がここで――」

 

 竦み上がった身体を何とか立ち上がらせてユーシスは剣を――抜こうとしてそこで固まった。

 

「っ――」

 

「どうした威勢が良いのは口だけか?」

 

 これ以上動けば死ぬ。

 剣を抜いた瞬間に自分の首が飛ぶことを幻視する。

 一歩後退れば、腕が落とされ二の太刀で同じように首が飛ぶ。

 前に進めば胴体が一瞬で両断される。

 

 ――これがリィンが経験した戦いなのか……

 

 一周回って冷静になった思考でそんなことを考える。

 昨夜に話した時には大袈裟と思っていた。授業に乱入した槍使いのことも直接対峙していなかったから実感が湧いていなかった。

 そしてどこかで感じていた、自分が死ぬはずがないという無根拠な思考を完全に否定する殺気。

 逃げる事さえ出来ない遥かな格上に、ユーシスは戦意を保つことはできなかった。

 

「あっ……」

 

 膝から力が抜ける。

 心が折れる。傾く体を他人事のように感じながらユーシスは己の死を――

 

「うあああああああああっ!」

 

 ユーシスの思考はマキアスの悲鳴のような雄叫びと銃声によって遮られた。

 ショットガンの乱射に《剣鬼》はユーシス達の目の前から消えると一瞬でその射程から逃れていた。

 

「立てっ! ユーシス・アルバレアッ! そしてアリサ君とエマ君を連れて逃げろっ!」

 

 膝を震わせ、歯を鳴らしながらマキアスが叫ぶ。

 

「レーグニッツ……お前……」

 

「問答している暇はないっ! こいつは僕が何としてもここで食い止める。だから行けっ!」

 

 恐怖を感じていないはずはない。

 そして一人残るという事がどんなコトになるかということも横たわる兵士たちの姿で分かっているだろう。

 それでも奮起して三人を逃がそうとするマキアスの姿にユーシスは震える足を力任せに殴りつけた。

 

「阿呆が……貴様程度で奴の足止めなどできるものかっ!」

 

 ユーシスは立ち上がり剣を抜いてマキアスの隣に立つ。

 

「ばっ――何をしているこいつに勝てないのは分かっているはずだ!」

 

「フン! そんなものは貴様とて同じことだ。貴様では三秒も持つまい」

 

「だとしてもだ! 刺し違えたとしても石にかじりついて君たちが逃げ切る時間くらい稼いでやる」

 

「自棄を起こすな。ここを切り抜けるには誰かが犠牲になれば良いなんてものではない」

 

 玉砕覚悟のマキアスをユーシスが諫める。

 

「アリサ、エマ、奴は俺達で何とかする。お前達は隙を見てここから脱出して兄上に報告してリィンを――」

 

 《剣鬼》を睨んだままユーシスは背後でまだ腰を抜かしている二人に言葉を投げかける。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

 

 そんな二人の背中にアリサは歯を食いしばって立ち上がり、導力弓を構える。

 

「わ……私も戦えます」

 

 そしてそんなアリサに遅れてエマも立ち上がる。

 

「だが――」

 

「あれから生き残るためには戦うしかありません。そして私たちに勝機があるとしたら戦術リンクだけです」

 

「確かにそうかもしれないが……」

 

 目の前の男に勝つためには戦術リンクに頼るしかない。

 それも訓練で行う二人一組のものではなく、オリエンテーションで経験した複数人が同時に繋がるもの。

 あの時は剣が折れるという不本意な結果に終わってしまったが、あの全能感はどんな敵にも負けないと思わせるものがあった。

 だが、午前中の実習でも完璧とは言えなかった戦術リンクに都合よく命を預ける気にユーシスはどうしてもなれない。

 

「戦術リンクがうまくはまればリィンとだってもっと戦えてたってサラ教官も行っていたでしょ! なら戦えるはずよ!」

 

「くっ……それしかないか」

 

 しかし躊躇うユーシスを他所にアリサとマキアスはエマの提案に乗る。

 

「ちっ……」

 

 一縷の希望を信じて。聞こえは良いが無謀過ぎる。

 とは言えそれを諭してやめさせる余裕はない。

 どんなに無謀でもやるしかないとユーシスは腹を括る。が、そんな彼らを《剣鬼》が嘲笑う。

 

「ククク……」

 

「何がおかしいっ!?」

 

「これが笑わずにいられるか……

 欠陥品に自分の命を預けるような馬鹿者がこうも雁首を揃えているとは滑稽だな」

 

「欠陥品ですって!?」

 

 《剣鬼》の挑発にアリサが眦を上げる。

 

「人の感情によって作動するか曖昧なオーブメントを欠陥品と言わずに何と言う? それにお前達は勘違いをしている」

 

「勘違いだと」

 

 銃口を《剣鬼》に合わせながらマキアスはオウム返しに彼の言葉を繰り返す。

 

「フ……」

 

 《剣鬼》は不敵な笑みを浮かべると、次の瞬間十数アージュ離れていたはずの《剣鬼》はマキアスのショットガンの内側にいた。

 

「なっ!?」

 

「その装置はお前達の地力を上げる物ではない……

 高度な連携を可能にするからと言っても使い手がお前たち程度では高が知れているというもの」

 

「どけっ! レーグニッツ!」

 

 ユーシスが叫び剣を振る。

 が、踏み込んだ唐突さと同じように《剣鬼》は音も立てずに後ろに跳んで、剣は伏せたマキアスの頭を掠めて空を斬る。

 

「さらに言えば、システムに頼り切っていて連携の初歩を分かっていない……

 思考や視野を共有しただけで成り立つ程、連携というのは甘くない。そしてこうなったら、お前たちはどうする?」

 

 次の瞬間、一人だったはずの《剣鬼》が四人に増える。

 

「なっ!?」

 

「分け身のクラフト!? 本体は――」

 

 本体を見極める間もなく四人の《剣鬼》は同時に動き出す。

 誰を迎撃するか迷い、それぞれの思考がパートナーにさらに余計な情報を加えさせ、迷いを大きくする。

 

「くっ――」

 

 咄嗟に盾にした剣でユーシスが《剣鬼》の一撃を受け止める。

 

「お前が本体かっ!?」

 

 吹き飛ばされるユーシスを横目にマキアスは自分に迫る《剣鬼》を無視してユーシスを弾き飛ばした《剣鬼》にショットガンを向け――そのまま殴り倒された。

 そしてそのまま一人目の《剣鬼》は邪魔されることなくユーシスに追い縋り、太刀を振り下ろしユーシスを水路に叩き込む。

 

「はあっ!? 本体が二人!?」

 

「違いますアリサさん。実体のある高度な分け身のクラフトです! もしかしたら――」

 

 最後まで言い切ることが出来ず、エマは自分たちに迫る二人の《剣鬼》に導力杖から衝撃波を撃ち出す。

 二人の《剣鬼》は示し合わせたかのように左右に分かれて回避し、さらに距離を詰める。

 

「っ――」

 

「あ――」

 

 戦術リンクで共有した思考がフォローを求め合い、どちらともなく動きが硬直する。

 結果、アリサとエマは成す術なく太刀の一撃に沈められた。

 

 

 

 

「この程度か……」

 

 水の中から半身を通路に投げ出して喘ぐユーシス。

 眼鏡がひしゃげ、鼻から血を流して仰向けに倒れるマキアス。

 峰打ちとは言え斬りつけられて蹲るアリサとエマ。

 彼らを睥睨して《剣鬼》はつまらなそうな言葉を漏らす。

 

「リィン・シュバルツァーのクラスメイトと聞いてどれ程のものかと思えば、とんだ期待外れだったな」

 

 侮辱の言葉だが誰も何も言い返せない。

 戦術リンクを使うどころか、まともな戦いになっていなかった。

 

「く……」

 

 たった一撃を喰らっただけなのに芯に響く一撃はそれぞれの戦意を挫くほどに彼我の実力差を思い知らされた。

 

「お……俺達をどうするつもりだ?」

 

 生殺与奪の権利が敵に握られている。その恐怖を実感しながらユーシスは尋ねる。 

 

「…………」

 

 その質問に《剣鬼》は沈黙を返す。

 ユーシス達にとって永遠にも感じるたった数秒の沈黙を経て、《剣鬼》が口を開く。

 

「フ……そんなに怯えなくても良い。お前達は殺す価値もないからな」

 

 そう言って踵を返す《剣鬼》から息苦しくなる殺気が消える。

 歯牙にもかけない見下された態度に屈辱を噛み締めながらもユーシスは見逃されたことに安堵する。

 それはアリサとエマも同じで消えた殺気に強張った身体を緩める。

 

「ふ……ふざけるな……」

 

 しかし、マキアスはショットガンを杖にして吠えた。

 

「待てっ! 僕はまだ戦えるぞっ!」

 

「ちょっとマキアスッ!?」

 

「この阿呆が!」

 

 マキアスの暴挙をアリサ達が止める。

 

「自殺したいなら一人で死ね。俺達を巻き込むな」

 

「だったら……放せっ!」

 

 ユーシスの手を振り払い、背中で隠そうとしたアリサとエマを押し退けてマキアスは前に出る。

 

「リィン・シュバルツァーと比べられて……はい、そうですかと引き下がってたまるか」

 

「こんな時にあんたはまた――」

 

「ああ、そうだよみっともない対抗心さ! だけどここで引き下がったら僕はもう二度と貴族に立ち向かうこともできなくなるんだっ!」

 

 目の前の男は絶対強者。

 それはある意味マキアスにとって絶対的な権力を持っている帝国貴族と同じようなものだった。

 

「このまま情けで見逃されるくらいなら死んだ方がマシだ!」

 

「だからって――」

 

「だいたい君たちもそれで良いのか!?

 僕達はシュバルツァー以下だと見下されて! その上見逃してやると言われたんだ! ここで引き下がったら一生負け犬だっ!」

 

 マキアスとて決して死ぬことが怖くないわけではない。

 現に彼の体は小刻みに震えている。

 虚勢を張るのはただ貴族に――リィンに負けたくないという対抗心から。

 

「だいたい僕達は戦ってもいない。ただ蹂躙されただけだ! そんなんじゃシュバルツァーに合わせる顔がない!」

 

 《剣鬼》の言葉を信じるなら彼はリィンのことを敵と認めている。

 だが《剣鬼》はマキアス達など歯牙にもかけていない。

 それがリィンと自分たちの差だと言われれば納得するしかないのかもしれないが、せめて一矢報いる気概もなくどの口でリィンに勝つと言えるのか。

 

「貴様の言っていることは滅茶苦茶だ」

 

 ただ感情に任せて死地に突き進もうとするマキアスにユーシスは呆れる。しかし、ユーシスは萎えた心を奮い立たせて剣を構え直す。

 

「だが一理ある。ここは退くべきところではない」

 

 アルバレアを継ぐ者としては第一に自分の生存を考えるべきだが、ここで命惜しさに見逃されたことに安心していては二度と強者に立ち向かうことはできなくなるだろう。

 

「…………私だって……これ以上リィンに差をつけられてたまるもんですか」

 

 ユーシスに次いでアリサも歯を食いしばって立ち上がる。

 二年前は同じ場所に立っていたはずなのに、再会したら遥か先にリィンは進んでいた。

 ここで退けば、彼は一生手の届かない場所に行ってしまう−−そんな予感を感じてアリサは心を持ち直す。

 

「私は……私もこんなところで退けません」

 

 エマは三人とは別の理由で立ち上がる。

 《剣鬼》が結社の人間だと言うのなら、そこには里を出奔した姉がいる。

 リィンやマキアス達とは違い明確な手掛かりであり、姉を追うなら立ち塞がる壁。

 ここで怖気づいてしまえばそれこそいつまで経っても彼女の下に辿り着くことはできないだろう。

 

「やれやれ……そんなに死にたいのか?」

 

 《剣鬼》は振り返り、再び殺気が重圧となって四人に圧し掛かる。

 

「とは言ったものの、どうやって戦う?」

 

「そんなもの玉砕覚悟で突っ込むだけだ」

 

 そう言うとマキアスはこれ以上は待てないと言わんばかりに駆け出した。

 

「うおおおおおっ!」

 

 突撃しながらショットガンを乱射するマキアス。

 《剣鬼》は無造作に立っていながら、左右に軽くステップを踏み散弾を躱す。

 

「ちっ……この考えなしが……だがそれで良いのかもしれないな」

 

 後衛のアリサとエマに援護を頼むと言い残し、ユーシスはマキアスの後に続く。

 戦術リンクを繋ぎながら、ユーシスは右側に回り込んで《剣鬼》が持つ太刀に向かって攻め立てる。

 とにかく剣を振り、太刀が振られる隙を与えないように努め、ユーシスに守られる形で肉薄したマキアスが散弾を撃つ。

 だが超反応で《剣鬼》は散弾の効果範囲から逃れる。

 

「くそっ……」

 

「口を動かしている暇があれば動けっ!」

 

 悪態を吐くマキアスをユーシスが急かす。

 まともに剣を交えれば三合持つかどうか。

 打ち負ける瞬間、三人の援護のおかげで何度も助けられる。

 

「ふ……」

 

「こんな時に何を笑っている!?」

 

「うるさい。そんなことよりも集中しろ」

 

 絶望的な状況だというのに知らずの内にユーシスは高揚していた。

 初めて経験する安全ではない戦いに対してか、それとも仲間の援護に頼り切っていることに対しての高揚かは分からない。

 《貴族の義務》を勘違いした貴族が多くなっている現状。

 自分はそうならない、他人の価値観に染まってなるものかと学院で孤高を貫いていたというのに、今はそれを忘れて仲間と肩を並べている。

 

「うるさいとは何だっ!」

 

 悪態を吐きながら援護の手は緩めないマキアスにユーシスはやはり苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 貴族ではないが《貴族》を勘違いしている筆頭がマキアスだろう。

 絶対に仲良くなることはできない。ソリが致命的に合わない相手。

 そんな相手に自分の命を預けて戦っている現状は信じがたいものだったが悪い気分にはならなかった。

 

「エマ、私のオーブメントの補給もお願い」

 

「はいっ!」

 

 導力魔法を撃ち切ったアリサは《ARCUS》をエマに投げ渡し導力弓に矢を番える。

 

「っ……」

 

 導力魔法を撃ち続けていた時もそうだが、ユーシスとマキアスの猛攻を裁きながら《剣鬼》の意識は決して自分たちから外れていない。

 どんなに集中しても彼に矢が当たるイメージを作れない。

 アリサができることはひたすらに前衛の二人の窮地を見極め、それを救う援護に徹する。

 

「情けない……本当に情けない……」

 

 目の前の《剣鬼》は化物だ。

 だがリィンはリベールでそんな相手と戦っていたのだと思うと改めてその差を実感してしまう。

 こんな相手に目を付けられるなどどんな修羅場を繰り返して来たのだろうか。

 ただ成長したリィンを羨むだけしかしていなかったアリサは自分が情けなくなる。

 

「負けたくない……」

 

 戦術オーブメントから通して伝わって来るユーシスとマキアスの思念に同調するようにアリサは呟く。

 それが目の前の《剣鬼》に向けたものなのか、リィンに向けたものなのかは分からない。それでも思いは二人と同じだった。

 思えばアリサはⅦ組の仲間たちに対して誰にも心をさらけ出していなかった。

 家名を隠し、表面的に当たり障りなく接して決して本心を悟らせない。

 それは貴族と平民両方から疎まれてきた彼女なりの処世術だった。

 故に表面的には戦術リンクはうまく機能しているが、リンクの強度は誰に対してもレベル1のままで上がる気配はなかった。

 そんな内心をさらけ出せないアリサに対して、前衛を担当している二人は柵を忘れて完全にアリサやエマの援護に命を委ねている。

 

「ここで踏ん張らなくちゃ女が廃るわよっ!」

 

 グダグダ考えるのはやめ、男二人に同調するようにアリサは叫んだ。

 

「これが結社の力……こんなところに姉さんは……」

 

 二つの《ARCUS》の導力をアイテムで補給しながらエマは《剣鬼》から目を離さない。

 導力魔法を主体をするエマにとって導力切れは即戦力外になるが、それでもできることはある。

 エマが俯瞰して見ることで戦術リンクを通して危険を察知できる。エマの感覚は二人にとっても生命線でもある。

 

「…………魔女の力を使えば……」

 

 現状を打破できる可能性は思い浮かぶ。

 エマが実行したことではないが、昨日の大型魔獣のように魔術で二人に《焔》の力を注ぎ込めば彼らの戦闘力は飛躍的に向上するだろう。

 だが、そんな場当たり的な強化が果たして《剣鬼》に通用するか分からない。

 何より異常な強化は導力魔法だったと誤魔化すことができない。正体を明かすつもりのないエマにはどうしてもそれを実行する気になれなかった。

 

「それに……もしかしたら……」

 

 エマがトールズに入学した目的は二つ。

 《灰の騎神》の監視とその近くにいるだろう《結社》に身を投じた姉との再会。

 前者はリィンの存在によっていろいろ破綻してしまったが、後者に関しては今回の《剣鬼》の邂逅はようやく姉に繋がる手掛かりでもある。

 だが逆に考えて見ればリィンと戦うことは口実で、《剣鬼》の目的は姉が遣わせたエマへの刺客の可能性を考えてしまう。

 

「エマッ!」

 

「はいっ!?」

 

 唐突にアリサに名を呼ばれ、エマは反射的に返事をする。

 

「いろいろ抱えているのは分かってるけど、お願い今は私たちに協力して」

 

 暗示を掛けて彼女の心に無遠慮に触れてしまった負い目や、魔女であることを秘密にしているエマもアリサと同様に戦術リンクの強度は決して高くない。

 さらに言えばこちらの思考が読み取れないように防壁を作って阻害し、逆に戦術リンクの繋がりを利用して記憶を読み取る方法を模索している身としては向けられる信頼が重く感じてしまう。

 当然アリサはそんなエマの思惑など知らず、ましてやその被害を被っている事実を知りもしない。

 

「アリサさん……」

 

 戦術リンクでエマの後ろめたさを感じたことはあるだろう。

 だが、それを呑み込んだ純粋な懇願に応えずにはいられない。

 

「ごめんなさい。おばあちゃん……でも生き残るために必要なんです」

 

 そう言い訳をしてエマは眼鏡を外し、瞳を金に染めて呟く。

 

「――剣よ――」

 

 エマの周囲に霊力で編まれた白い剣が浮かぶ。

 

「ほう……貴様は魔女だったのか……」

 

 ユーシスとマキアスを一閃で突き飛ばし《剣鬼》はエマを見る。

 

「《蒼の深淵》の妹が学院に潜入しているとは耳にしていたがお前だったのか」

 

「っ――」

 

 《剣鬼》の口から出て来た渾名にエマは動揺する。

 

「エマッ!?」

 

「大丈夫です! それよりも何としてもここを切り抜けましょう!」

 

 《剣鬼》に問い質したい事は沢山ある。

 しかし、今は姉を追う魔女としてではなくⅦ組の一人として目の前の大きな敵を打倒するのだと決意を固める。

 

「剣よ踊れっ!」

 

 エマの号令で四つの剣が縦横無尽に飛び、四方から《剣鬼》を襲う。

 踊る四つの剣にユーシスとマキアス、そしてアリサの矢。

 四つの思考がひたすらに敵を倒すためだけに純化する。

 互いの柵も蟠りも関係ない。余計な思考を挟む暇などない程に戦いに没頭する。

 

「まだまだっ!」

 

 生死が掛かった瀬戸際の戦いに《剣鬼》に対抗するかのように意識が四人揃って研ぎ澄まされていく。

 粗が目立った連携が時間が経つにつれ、より際どい高度な連携へと進化していく。

 四つの意志を一つの思考で統一する。

 それこそが戦術リンクによる真価。

 目配せもなく、掛け声もなく、まるで長年の仲間たちであるかのように呼吸を合わせて《剣鬼》を攻め立てる。

 

「行けるっ!」

 

 流石の《剣鬼》も息を吐かせない四人の猛攻に防戦に徹する姿に勝機を見出す。

 

「思っていたよりも粘る……どうやら再評価しないといけないようだな」

 

「フン、そんなことを言っていられるのも今の内だ!」

 

 感心する《剣鬼》の言葉にマキアスが強気な言葉を返す。

 仲間との強い一体感が本人の実力を普段以上に発揮させる。

 実力以上のものが出せている実感は全能感となって彼らの自信となる。

 

「調子に乗っているようだが、良いことを教えてやる……

 今の俺の力はお前たちが戦ったリィン・シュバルツァーの三倍。そして俺にとってこの状態はまだ三割程度……この意味が分かるな?」

 

「っ――負け惜しみをっ!」

 

 まだ本気じゃない。

 それを負け惜しみと断じて四人が勝負に出る。

 ユーシスの闘気が込められた剣が、マキアスのとっておきの銃弾を装填した連射、エマが操る四つの剣が、アリサのオーバルエネルギーを最大に溜めた矢が、一斉に放たれる。

 

「鬼炎斬!」

 

 殺到する必殺技を《剣鬼》は焔の一閃で薙ぎ払い、その余波がユーシス達をあっさりと吹き飛ばした。

 

 

 

 

「馬鹿な……ここまで差があるなんて……」

 

 最高のコンディションで最良の連携を取ることが出来ていたはずなのに、一矢も報いる事ができなかった現実にユーシス達はそれまでの高揚が一転して絶望に侵される。

 

「もう終わりか?」

 

 そう尋ねて来る《剣鬼》に誰も何も言い返せない。

 

「…………まあ良くやった方だ。胸を張ると良い」

 

「気休めは良い……殺せ」

 

 絶望に相まって、それまでの反動で身体もまともに動かない。

 もはや万策尽きたとユーシスは潔く諦める。

 その言葉に答えたのは《剣鬼》ではなかった。

 

「やれやれ……無様を晒すよりも良いが、諦めが良過ぎるのも問題だぞ弟よ」

 

「兄上っ!」

 

 悠然とした足取りでその場に現れたのはルーファス・アルバレアだった。それも――

 

「サラ教官も……来てくれたんですか!」

 

 ルーファスの背後に従う様にいたサラは今にも吹き出してしまいそうな顔をしていたが、絶望の中にいた彼らはそれに気付かない。

 

「兄上! 気を付けてください奴は――」

 

「大丈夫だ弟よ」

 

 注意を叫ぶユーシスの言葉にルーファスは柔らかな言葉を返して《剣鬼》の前に進み出る。

 

「随分と派手にやったようだね」

 

「それがどうした?」

 

 親し気に話しかけるルーファスに対して《剣鬼》が返した言葉には嫌悪が滲み出ていた。

 

「次は貴様たちが相手か?」

 

「いや――その必要はない」

 

 叩きつけられた殺気を軽く流してルーファスは無造作に右手を上げ――宣言した。

 

「これにてⅦ組B班の特別実習を終了とする」

 

「え……?」

 

「は……?」

 

「とくべつじっしゅう……?」

 

「どういうことですか?」

 

 ルーファスの言葉に訳が分からないと呆然とするユーシス達を他所に周りが動く。

 《剣鬼》は殺気を収めると同時に長い太刀を鞘に納める。

 さらには血の海に横たわっていた兵士たちが何事もなかったかのように立ち上がり、汚れた姿のままルーファスの前に整列する。

 

「わざわざ学院の実習に付き合わせてしまって悪かったね。特別手当は最初に言っていた通りに支給するので各自後で受け取ってくれたまえ。以上、解散」

 

「はっ!――第二中隊――撤収っ!」

 

 隊長の号令に兵士達は一糸乱れぬ動作で回れ右をして、駆け足で去って行く。

 

「《剣鬼》殿も御協力感謝するよ」

 

「ふん……」

 

 親し気に話しかけるルーファスに《剣鬼》は不快さを隠さずに背を向けて歩き出す。

 

「やれやれ、つれないね」

 

 そんな《剣鬼》の態度にルーファスは残念そうに肩を竦める。

 

「あ、兄上っ! これはいったいどういうことですか!?」

 

 ようやく我に返ったユーシスが地面に寝そべったまま顔を上げて叫ぶ。

 

「ふふ……見ていた通りだよ」

 

 悪びれた様子もなく、むしろ楽しそうにルーファスはユーシスの叫びに答える。

 

「結社の《剣鬼》殿とはちょっとした縁があってね。君たちを試すために協力してもらったわけさ……

 この現場は君たちが危機感を持つためのちょっとした演出さ」

 

 事も無げに答えるルーファスに絶句する。

 生きるか死ぬかの瀬戸際。

 それが全てこの男の掌の上だったと知るが、怒る気力が湧いてこない。

 

「まさか……シュバルツァーを逮捕したことも……」

 

「そう……君たちはリィン君がいることで無意識に慢心していたようだから一芝居打って分断させてもらったよ……

 彼にいてもらっては君たちに極限状態での戦いを経験してもらうことはできないからね……

 ついでに言えば、彼には君たちとは別の課題をこなしてもらっているよ」

 

「…………どこまでが兄上の策だったんですか?」

 

 ユーシスは呆然とした様子のまま質問を重ねる。

 そんな珍しいユーシスの顔にルーファスは自信に満ちた顔で答えた。

 

「当然、全部さ」

 

 

 

 

「あー……」

 

「うー……」

 

 トリスタに向かう列車の席でダルそうな声をマキアスやアリサがもらす。

 

「やれやれ、だらしないわね。確かに戦闘直後でそのまま列車に乗ったわけだけど、もっとしゃきっとしなさい」

 

「無茶言わないでください」

 

「そうですよ……本当に死ぬかと思ったんですから」

 

 二人の態度をサラがたしなめるが、マキアスとアリサは項垂れたまま疲れた言葉を返す。

 

「……さすがに今回は色々とありすぎましたから……」

 

 エマも油断すれば寝落ちしてしまいそうな疲労を感じながらマキアス達に同意する。

 

「でも良い経験だったんじゃない? あの手の修羅場を知らなかったとはいえ安全に経験できたわけなんだから、レベルアップできたのが実感できているんじゃない?」

 

「それはそうだが……もっと早く茶番だったと気付くべきだった」

 

 これまでの行動を振り返り、気付くべき要素や疑うべき要素を思い出してユーシスは顔をしかめながら、リィンに話しかける。

 

「それにしてもとんでもない強さだったな……《結社》の《剣鬼》……お前がリベールで戦ったというのは本当なのか?」

 

「ああ……い、一応……」

 

「ブフッ!」

 

 リィンが頷くと、突然サラが前触れもなく吹き出した。

 

「サラ教官どうしたんですか?」

 

「ごめん……何でもない……大丈夫よ、委員長」

 

 口元を抑えて肩を震わせるサラは呼吸を整えて顔を上げる。

 

「《剣鬼》はあたしも見たことがあるけど、結社の中でもかなりの使い手よ。どんな思惑があったとしても彼と戦って生きて帰って来れたことを誇りなさい……

 そして負けたことが悔しかったら、この敗北で自分には何が足りなかったのか良く考える事ね」

 

 サラの言葉に《剣鬼》と戦った四人は押し黙る。

 

「あんた達はまだ学生だから良いかもしれないけど、あれも一つの《現実》よ……

 この世界にはあたし達とは比べ物にならない化物がうようよ存在しているわ。ま、リィンもその内の一人だけど」

 

「サラ教官……」

 

 リィンは咎めるようにサラの名を呼ぶ。

 と、そこでサラから《ARCUS》の着信音が響いた。

 

「おっと着信ね。タイミングから考えるとA班かしら?」

 

 リィンの非難の目から逃れるようにサラは《ARCUS》を取り出すと通信を繋いで耳に当てる。

 

「もしも――」

 

『サラ教官っ!』

 

 通信越しに聞こえて来たのはクリスの慌てた声だった。

 

「っ――いきなり大きな声で話ないでよ」

 

 サラは逆の手に《ARCUS》を持ち替えながら文句を言う。

 

「そんなに慌ててどうしたの? 説明はもっと分かり易く言いなさい…………は?」

 

 離れたリィン達にも聞こえて来るクリスのくぐもった声。

 その様子は尋常ではない程に取り乱していた。

 それを宥めながらサラはクリスから要点を聞き出して顔をしかめた。

 

「…………フィーが人を殺したですって……?」

 

 

 





 第一回蛇会議
鋼の聖女
「それでは今後のリィン・シュバルツァーの呼び方を改めて決めたいと思います」

道化師
「えーそんなのこれまで通り《超帝国人》でいいんじゃない?」

怪盗紳士
「しかり、リベールの旅路を経て彼はそう名乗っても恥ずかしくない程に成長した。今更別の呼び名など」

鋼の聖女
「本人がその呼び方を嫌がっている以上改めるべきかと、差し当ってはやはり《鋼の御子》が良いかと思います」

蒼の深淵
「あらあら、それは少し気が早いんじゃないかしら?
 確かにあの子は《鋼の意志》と共にあるけど、《力》を行使できるわけはない……
 それとも自分の渾名にあやかってそう呼びたいのかしら? あなたにそんな感傷があったなんて、おかわいいこと」

鋼の聖女
「……それは邪推です。私は別に――」

蒼の深淵
「あらあら、《影の国》ではこんな熱い抱擁を交わしていたというのに――」

鋼の聖女(再生)
『リィン・シュバルツァー……生きていてくれて……本当にありがとう……』

鋼の聖女
「なっ!?」

道化師
「へえ……聖女様ったらこんな顔ができたんだ」

怪盗紳士
「ふむ……これは中々絵になる光景だな」

鋼の聖女
「《蒼の深淵》……その記録クォーツを渡しなさい」

蒼の深淵
「ふふ……どうしようかしら……」

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