(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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142話 大乱戦

「オオオオオッ!」

 

 異形の鬼がオルキスタワーの前の広場で暴れる。

 

「ふざけんなっ! ふざけるなっ! 前座の分際でっ!」

 

 憤りを露わにし鬼――ヴァルドの攻撃は激しさを増していく。

 剛腕から繰り出された掌打の衝撃波も、颶風を巻き起こす木刀も、巨大化した体を利用した体当たりも。

 繰り出す攻撃は掠めることさえできず、それでいて抜く素振りのない太刀がヴァルドを苛立たせる。

 そして何より――

 

「俺を見下してんじゃねえっ!」

 

 リィン・シュバルツァーの目にヴァルドは更に攻撃を激しくする。

 だが、どれだけ攻撃してもヴァルドの攻撃は紙一重で届かない。

 

「くそ、くそ、くそっ!」

 

「大した力だが、パワーだけか……」

 

 失望したと言わんばかりの呟きがさらにヴァルドの心をかき乱す。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

 彼がヴァルドにとっての本命の前座だということを忘れヴァルドは全力で潰しにかかる。

 

「ヴァルド・ヴァレス。一応聞いておくが君にその“力”を……いや“グノーシス”を与えたのはディーター大統領か?」

 

 激しさを増す攻撃の嵐の中、顔色一つ変えないリィンは攻撃の代わりに言葉を投げかけて来る。

 

「舐めてんじゃねえっ!」

 

 そんなリィンに激昂してヴァルドは手を伸ばし――半身をずらしたリィンに脛を蹴られてつんのめって転ばされる。

 

「ちっ――がっ!?」

 

 次の瞬間、リィンはヴァルドの胸に震脚を叩き込み、その鬼の身体をまだ真新しい広場の地面にめり込ませる。

 

「もう一度聞く。君に“グノーシス”を与えたのはディーター大統領だな?」

 

「っ――」

 

 見下ろされた眼光にヴァルドは息を呑む。

 数々の喧嘩に明け暮れて来たから判る、本気で切れた者の凄み。

 太刀を抜かれていないのに、刃を突きつけられていると錯覚してしまう程の濃密な殺気にヴァルドは思わず答えていた。

 

「あ、あの青いクスリなら……大統領の娘からもらった……」

 

「大統領の娘……マリアベルさんか……紅色の方じゃないんだな?」

 

「あ……ああ……間違いない――ぜっ!!」

 

 屈辱を噛み締めながらヴァルドは頷き、隙をついて寝転んだ姿勢から木刀を振る。

 死角からの一撃だったにも関わらずリィンは見えていると言わんばかりにその一撃も紙一重で躱す。

 

「くそっ!」

 

 ヴァルドは身を起こしながら悪態を吐き、スカした表情に憎悪を滾らせる。

 

「気に入らねえ……」

 

 以前クロスベルの街で見かけた時があるが、その時ワジが舎弟の様に下手に出てへりくだっていた時に感じた以上の不快さが心をかき乱す。

 その直後の記憶は何故かなく、今回は彼の姿を見た瞬間に武者震いを感じて問答無用に襲い掛かったが結果は今に至る。

 

「あのアマ、適当なこと言いやがって」

 

 “グノーシス”を使えば最大限の“チカラ”が得られると言ったマリアベルにヴァルドは恨み言を呟く。

 確かに“チカラ”を得ることはできた。

 その“チカラ”は大陸横断鉄道の列車よりも強く、ワジとそのおまけの特務支援課を蹴散らし、過去と弱さの象徴を喰らったことで更に高めて来た。

 なのにその“チカラ”は目の前の小僧に全く通用していない。

 どころか憐れみの眼差しを向けられている始末。

 

「その目で俺を見るなっ! 俺は《鬼砕き》ヴァルド・ヴァレスだぞっ!」

 

「それがどうした?」

 

 侮蔑するように吐き捨てリィンは目の前で昂るヴァルドを無視して在らぬ方向を見る。

 その態度にヴァルドはそれまで以上に爆発する。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

 獣のような咆哮を上げ、渾身の木刀の一撃をリィンに叩きつける。

 当たると思った一撃は残像であり、リィンは危な気なく木刀の上に着地し、そのまま踏み砕く。

 

「なっ!?」

 

「眠れ」

 

 リィンは静かに語り掛け、折れた木刀に目を剥くヴァルドの懐に入り込み、拳を繰り出す。

 

「破甲拳」

 

 まるで導力車に撥ね飛ばされたようにヴァルドは吹き飛び、オルキスタワーの前の坂から転がり落ちていく。

 そんな彼に目もくれず、リィンは油断なく先程見た建物に注意を向け――

 

「お待たせしました」

 

 夜の空からリーシャが舞い降りる。

 

「リィン君の言った通り、隠れていた《赤い星座》の狙撃兵達を無力化して来ました……

 ただ《赤の戦鬼》の姿はありませんでしたが」

 

「お疲れ様ですリーシャさん」

 

 リィンは一仕事してきてくれたリーシャを労い、振り返る。

 

「どうですかケビン神父?」

 

「あーうん、どうみても“グノーシス”中毒者やな」

 

 気を失ったヴァルドに寄り添って診断したケビンはため息交じりに応える。

 

「アンタら、これがどういうことか本気で分かっとるやろな?」

 

「っ――」

 

 遠巻きに先程の戦闘に見守ることしかできなかった国防軍たちはケビンに睨まれて顔を曇らせる。

 もっともそれだけで国防軍の軍人たちは彼らの手の中にある導力ライフルをリィンに向けることはなかった。

 それを確認し、リーシャは一定の警戒心を残したまま、私服に着替えたリィンに向き直る。

 

「それにしてもこんな方法で国防軍を無力化できるとは思いませんでしたね」

 

「何で国境から軍服を脱いできたのか気になってはいたんやけど、まさかこんな“手”を使こうて来るとはな」

 

「ええ、正直俺も半分くらい無理だと思っていたんですけどね……」

 

 ヴァリマールを郊外に待機させ、直接クロスベル市街に乗り込んだリィン達を国防軍はすぐに包囲した。

 一応は軍なので降伏勧告を告げられ、リィンは先の防衛線と同じように帝国政府が用意した定型文ではなく別に用意していた言葉を返した。

 

『帝国軍人としてではなくIBCに資産を預けていた顧客のリィン・シュバルツァー個人として資産凍結について抗議に来た。責任者の所に連れて行け』

 

 それが単独でクロスベルに先行しようとするリィンを引き留めようとしたクレアを納得――否、困惑させた秘策。

 IBCの利用者が国など関係なく資産凍結に文句を言いに殴り込みに来た。

 顧客が持つ当然の権利を主張するリィンに国防軍は困惑し、その動揺に付け入ってあの手この手で押し切りオルキスタワーまで案内させた手腕にケビンはルフィナの影を感じる。

 

「それにしてもクロスベル独立国というのは街の中で違法薬物中毒者の暴漢が暴れていても誰も助けてくれないなんて随分と治安が悪いんですね」

 

 更にリィンは非難の眼差しを送り、委縮する国防軍たちにプレッシャーをかける。

 

「おいおいリィン君、ちょう落ち着こうな」

 

「俺は冷静ですよ。だからこんな手の込んだ方法を使っているんです。当てが外れた代案でもありますが」

 

 てっきり市街に近付けば《零の騎神》が現れると思っていたため、オルキスタワーに直接乗り込まなければならなくなった。

 ヴァリマールに乗って直接空から乗り込むという方法もあったが、できるだけ穏便に事を進めたかったのだが、その気遣いはあまり意味はなかった。

 

「まあオレもここまであからさまとは思っとらんかったけど」

 

 目を見て話さないリィンにケビンはいよいよ導火線が短くなっているのを感じる。

 

 ――あかん、エステルちゃんかアネラスちゃん助けて……

 

 心の中で思わずケビンはリベールの女神達に祈る。

 帝国で起きた内戦。

 今すぐⅦ組の仲間たちと義妹の安否を今すぐ確認したいという念がリィンの中で高まっているのが分かる。

 リィンは確かにお人好しではあるが聖人というわけじゃない。

 ただでさえ不本意なクロスベル侵攻の先兵をしていることもあり、フラストレーションが溜まる一方だろう。

 

「大丈夫ですよケビン神父……俺は平気です」

 

 そう言う感情のない表情はケビンに見覚えがある。

 それは綺麗だと夢を見て従騎士となった自分が現実を目の当たりにした時の顔だった。

 

「なあリィン君――」

 

「さあ、行きましょう。おそらくここからが本番――」

 

「ハーハッハッハ!」

 

 リィンの言葉を遮ってその笑い声が広場に響き渡った。

 

「待っていたぞリィン・シュバルツァー! ここで――」

 

「良し――殺そう」

 

 彼が何かを言い切る前にリィンは腰の太刀に手を掛ける。

 

「待て――待ってリィン君、早まったらあかん! 気持ちは良く分かるけど」

 

 この極限までストレスが加えられている中で空気を読まずに登場したのは結社のギルバート・ステイン。

 

「ふ……オルディスでは縁がなかったが、そもそもあの大会では僕の真の力を見せることはできなかった……

 さあ今こそ見よっ! 超結社兵を超えた超結社兵Ⅱの姿を――ウオオオオオッ!」

 

「待ちやがれですわっ!」

 

「あわびっ!」

 

 胸を押さえて雄叫びを上げたギルバートは何処からともなく神速で飛来したデュバリィの飛び蹴りに吹き飛ばされた。

 

「あああああーっ!」

 

「ふん」

 

 高台に位置するオルキスタワーの広場の柵を乗り越えて落ちて行くギルバートを一瞥するだけで済ませ、デュバリィはリィンに向き直る。

 それに合わせ、アイネスとエンネアが転移術で彼女の背後に現れる。

 

「久しいなリィン・シュバルツァー」

 

「ふふ、オルディスではデュバリィがお世話になったみたいね」

 

 軽く挨拶をしてくる二人だが、纏う気配は決して友好的なものではない。

 

「リィン・シュバルツァー。オルディスで果たせなかった対決ここで――」

 

「いいや、リィン・シュバルツァーの相手は俺に譲ってもらおう」

 

 今度はデュバリィの言葉が遮られ、オルキスタワーから出て来たのは大剣を背負った猟兵だった。

 

「久しぶりだなリィン・シュバルツァー。俺の事は覚えているか?」

 

「……確かザックスという名前でしたね」

 

「ああ、その通りだ」

 

 以前戦った時は、歯牙にもかけずに蹴散らされた雑兵に過ぎなかった自分の名を覚えてくれていたことに、ザックスは口元を少し緩めた。

 

「俺はあの時程、悔しいと思ったことはない。だからその雪辱を濯ぐために再戦を――」

 

「ちょっと待ちなさい! 後から出て来て何を勝手なことをほざいてやがりますの!」

 

 大剣を抜いたザックスにデュバリィが抗議の声を上げる。

 

「いいや、リィン・シュバルツァーとやるのは俺だ」

 

 しかし、デュバリィの抗議に応えたのはまた別の声だった。

 市街へと繋がる坂から歩いて上がって来たのは《痩せ狼》と呼ばれる結社の執行者、ヴァルター。

 

「おいおい、そりゃあいるのは分かっとったけど……」

 

 勢揃いする《結社》の戦力と《赤い星座》。

 彼らに便乗するようにオルキスタワーまで案内させた国防軍が遠巻きにリィン達を囲み、導力ライフルを向けて来る。

 

「俺は平和的に話し合いがしたいと、言ったはずなんだけどな……」

 

 IBCの顧客、帝国軍の大使などあらゆる立場を利用し、先制攻撃を喰らった憤りを呑み込んで対話を願ったのに、あくまでも武力を向けて来るクロスベルにリィンはため息を吐く。

 せめてもの救いは市街地で戦闘をしようとしなかったことくらいだろうか。

 

「ヴァルターッ!」

 

 《痩せ狼》の登場にリーシャが眦を上げる。

 

「クカカ……少しはマシな顔をするようになったじゃねえか」

 

 心地の良い殺意を向けて来るリーシャにヴァルターは笑う。

 

「だが今はお前はお呼びじゃねえんだよ」

 

「なっ!?」

 

 リーシャに興味を向けず、ヴァルターはリィンに獰猛な笑みを浮かべる。

 

「クカカ、まさかリィン・シュバルツァーがこのタイミングでクロスベルに来るとは思ってなかったぜ」

 

「ちょっと! 《痩せ狼》! シュバルツァーの相手はわたくしたちが――」

 

「貴様らは引っ込んでいろ。リィン・シュバルツァーは俺が――」

 

「何が《超帝国人》だ! クロスベルはお前の様な侵略者なんかに――」

 

 ヴァルターに合わせて、デュバリィが、ザックスが、そして国防軍が騒ぎ始める。

 

「全員黙れ」

 

 そんな彼らにリィンは静かに告げる。

 

「リィン君……あかん……」

 

 異様に静かな言葉と、胸を押さえるリィンの姿にケビンは慌てる。

 

「神気――」

 

「その必要はないわ」

 

 力を解放しようとしたリィンを諫めるような声がその場に響き、何処からともなく飛来した偃月輪と大鎌がヴァルターとザックスをそれぞれ襲う。

 そして、それに続くように鉄機隊に銃弾が降り注ぐ。

 

「ちっ――」

 

「むっ――」

 

 その場から飛び退くデュバリィとアイネスに二人の遊撃士が襲い掛かる。

 さらに市街と繋がる坂を数台のパトカーが猛スピードで駆け上がり、リィン達の背後で横向きに急停車し、その内の一つからダドリーが現れる。

 

「クロスベル警察だ」

 

「アレックス・ダドリー」

 

 リィンは振り返って顔をしかめるが、ダドリーはリィンを無視するようにその横をすり抜けて国防軍と相対する。

 

「国防軍が民間人に銃を向ける。それが貴様らの信念か?」

 

 静かな怒りを声に込め、ダドリーは向けられた銃口に怯まずに尋ねる。

 

「何のつもりだ!? 警察風情が誇り高い国防軍の邪魔をするつもりか!?」

 

「それに遊撃士のリンさん達まで……警察と遊撃士は帝国人の味方をするのか!?」

 

「この裏切り者が!」

 

 国防軍たちは口々にリィンを庇う様に立つダドリーや遊撃士のリン達に非難の言葉を浴びせる。

 

「ふざけるなっ!」

 

 そんな彼らをダドリーは一喝する。

 

「警察の仕事は街の治安と平和を維持することだ! そこにクロスベル人も帝国人も関係あるものか!」

 

「遊撃士も同じです」

 

 ダドリーの言葉に鉄機隊と睨み合う三人の遊撃士とは遅れて現れたエオリアが同意する。

 

「私たち“支える篭手”は『民間人の安全と地域の平和を守る』事を最優先の目的に掲げています……

 例え国防軍の長にアリオスさんが就任したとしても、私たちはクロスベルの味方ではなく、いつだって民間人の味方です……

 その点では警察と同じでクロスベル人も帝国人も関係ありません」

 

「…………ダドリーさん……エオリアさん……」

 

 まさかの味方にリィンは思わず呆然と立ち尽くす。

 

「ふん、勘違いするなよシュバルツァー。我々はあくまでも国防軍の無法を正しに来たに過ぎん……

 貴様が帝国軍人として、武力でクロスベルを制圧すると言うのならクロスベル警察はその瞬間から敵になると思え」

 

「ふふ、リィン君が穏便に話し合いをしようとしてくれたから私たちが介入することができたんだよ。ありがとうね」

 

「…………はは、まさかこう繋がるとは」

 

 リィンの建前だけでも民間人を装い、血が流れることを嫌った回りくどい方法で警察と遊撃士を動かした事実にケビンは笑いをこぼす。

 

「それに……」

 

「相変わらず外れた道を歩いているみたいねヴァルター」

 

 ヴァルターを一撃して戻って来た偃月輪を手に納めたのは黒髪の美女。

 

「ちっ……何でてめえがクロスベルにいやがるキリカ」

 

「私が何処にいようと私の勝手なはずよ。貴方が未だに《結社》にいるようにね」

 

 歯噛みするヴァルターにキリカは悠然とした佇まいで返す。

 

「今ではカルバードに身を置いているけど、私は今でも遊撃士の理念を忘れたつもりはないわ……

 そして短い間だったけど、遊撃士としての理念を仕込んだ教え子が体を張ってより良い落し所を探そうとしているなら、力を貸さない道理はないわ」

 

「は、てめえにしては随分と入れ込んでいるじゃねえか」

 

「当然でしょ、誰かさん達と違ってリィン君は素直で良い子なんだから」

 

 キリカの“達”という言葉にヴァルターは兄弟弟子のことを思い浮かべ、違いないと失笑する。

 

「邪魔をするな!」

 

 最初の投擲から始まり、無数の大鎌に追い立てられたザックスは大剣を二つのブレードマシンガンに分け、銃撃で迫り来る大鎌の群れを撃ち落とす。

 その背後に音もなく忍び寄ったレンが大鎌を一閃。

 

「っ――」

 

 勘が働いたザックスは咄嗟にその場に伏せ、首を狙った一撃を間一髪で避ける。

 

「あら、よけられちゃった」

 

「子供……いや……」

 

 他と違い、初手で殺しに来た少女にザックスは戦慄すると共に気を引き締める。

 

「レンッ!?」

 

「ふふ、お待たせリィン。手伝いに来たわ。もちろん彼もね」

 

 驚くリィンにレンはいたずらが成功したような小悪魔な笑みで応えた。 

 

 

 

 

「ふ……お前がリィン・シュバルツァーに届くか、見極めさせてもらうぞザックス」

 

 広場を一望できる民家の屋根の上でシグムントは高みの見物に興じていた。

 依頼人からはリィン・シュバルツァーの排除を依頼されているが、それは若手のザックスに一任している。

 もちろん彼が敗北するか、このままリィン・シュバルツァーをオルキスタワーに素通ししてしまうようならすぐに介入するつもりでいるが――

 

「暇そうだな」

 

 そんな彼の背中に声が掛けられる。

 

「む……」

 

 シグムントは軽い驚きと共に振り返ると、そこには一人の剣士が佇んでいた。

 

「……まさかこの俺がこんなにも簡単に後ろを取らせるとはな……」

 

 自分の不明さをシグムントは反省する。

 彼にその気があったなら、彼が無造作に下げている黄金の剣によってシグムントは気付くことなく絶命させられていただろう。

 

「アッシュブロンドの髪に、象牙色のコート、そして黄金の剣……なるほどお前が“結社”の《剣帝》か」

 

「人違いだ。今の俺は民間調査会社の一社員に過ぎない」

 

「は……抜かせ」

 

 下手な惚け方をする青年にシグムントは苦笑を浮かべる。 

 もっともここで彼の正体を問い詰めることに意味はないと、それ以上シグムントは追及しなかった。

 

「だが、その民間調査会社が何故この戦闘に介入する?」

 

「クロスベルの行く末に興味はない……

 だがレンの願いと、何よりあいつには借りが多い身だからな」

 

「ほう……お前ほどの剣士にそこまで言わせるか」

 

 青年の答えにシグムントは笑みを濃くする。

 

「リィン・シュバルツァー。やはり表側に留めておくには惜しい男だな」

 

 青年に背後を取らせたまま、シグムントは広場を見下ろして独り言ちる。

 

「一流の猟兵というのは存外にお喋りなのだな」

 

「おっと……たしかに場違いなことを言ってしまったな」

 

 その指摘にシグムントは身体ごと振り返り、青年に改めて向き直る。

 

「…………くくく」

 

 正面から対峙した瞬間に全身が粟立つ感覚にシグムントは喉を鳴らす。

 

「やはり良いな。この戦場の空気は……」

 

「…………」

 

 その言葉に青年は無言で黄金の剣を構える。

 シグムントにとってそれは何よりの返答であり、彼もまた己の武器である二つの戦斧を抜く。

 

「俺の全力、受け止めてもらうぞ《剣帝》!

 戦場を喰らい、蹂躙し尽くす、《赤の戦鬼》の双戦斧をなっ!」

 

 

 

 

「彼……もしかしてレーヴェさんまで来ているのか? でもどうして……?」

 

 レンの言葉から《剣帝》の参戦を察するが彼がこの戦いに介入すると思っていなかったリィンは困惑する。

 

「さあ? それはレーヴェにしか分からないことだけど……

 レンはこいつらに、これ以上あの人達が暮らす地を勝手に荒らされるのが許せないだけよ」

 

「レン……」

 

 勇ましくザックスと対峙するレンの後ろ姿にリィンは感慨深いものを感じる。

 

「さあ、ここはレン達に任せてリィンは先に行って」

 

「そうそう、こいつらには湿地帯でやられた借りを返さないと気が済まないからね」

 

 リィンに先を促すレンの言葉に遊撃士のリンがデュバリィと剣と拳を交えながら声を上げる。

 

「レン……リンさん……」

 

「行ってくださいリィン君。今、この場でディーター大統領の不正を暴けるのはリィン君しかいないでしょう」

 

「エオリアさん……」

 

 帝国人として納得できる大義名分があっても、決してクロスベルの制圧作戦に乗り気ではなかったリィンだが想定外の援軍に強張っていた肩の力が緩む。

 

「みんな、気を付けて」

 

 短くリィンは言葉をかけて駆け出し、ケビンとリーシャがそれに続く。

 ヴァルターはキリカが。

 ザックスはレンが。

 国防軍は警察が。

 鉄機隊は遊撃士達が。

 そしておそらくシグムントにはレーヴェが。

 それぞれが戦い、オルキスタワーへの道を作る。

 しかし、鐘の音が響き渡り虚空から魔導兵がオルキスタワーの前に現れる。

 

「っ――」

 

 リィンが太刀を、ケビンがボウガンを、リーシャがクナイを構えるが――

 それが撃たれる前に魔導兵の頭上に高位アーツが顕現した直後の魔導兵たちを狙い撃ちにして霧散させる。

 

「――爆っ!」

 

 リーシャはすぐに目標を切り替え、クナイをオルキスタワーのガラス張りの扉に放つ。

 強固な特殊ガラスの玄関にクナイは円を描くように突き刺さり、リーシャの合図に合わせて爆発し、オルキスタワーへの穴を開ける。

 そこにリィン達は迷わず飛び込み――

 

「よう、シュバルツァー。お兄ちゃんが助太刀に来てやったぜ」

 

 リィン達を出迎えたのは手に戦術オーブメントを持ったレクターだった。

 

「誰がお兄ちゃんですか……」

 

 リィンはレクターに白い目を向け、オルキスタワーの中を見渡す。

 外の歓迎に対して、異様に静まり返った室内。

 レクター以外の人影はない。

 

「レクターさん、俺達を待っていたという事は……」

 

「ああ、30階までエレベーターで行けるセキュリティパスだ」

 

 そう言ってレクターは一枚のカードを見せびらかすように取り出す。

 

「随分と手回しが良いですね。それにこの異様な静けさはいったい?」

 

「さあな? お前さんとガレリア要塞で《神機》と大暴れした特務支援課のちびっ子が戻って来てからどうにも様子がおかしくてな」

 

「でしょうね」

 

 タワーの中に入ってすぐに分かる上位三属性が働いている気配。

 それにレクターは見えていないのか、建物の中だというのに所々に黒焔のプレロマ草が咲いている。

 

「どうやらここから先は文字通り魔境みたいやな」

 

「ええ、クロスベル側に残っている戦力はおそらくアリオスさんと……」

 

 鉄機隊がいたことからおそらく彼女もいるのだろうと、リィンは考えて口を噤む。

 

「リィン君?」

 

「何でもありません。それより行きましょう、大統領執務室はおそらく39階にあるはずです」

 

 頭を振って、気を取り直してリィンは一同を促す。

 

「リィン君、すみません」

 

 しかし、エレベーターホールへと歩き出したリィンにリーシャが突然頭を下げた。

 

「勝手なことだと分かっていますが……」

 

「ヴァルターですか?」

 

 聞き返すリィンの言葉にリーシャは迷いながらも頷く。

 

「“飛燕紅児”に任せるべきなんでしょうけど、やはり私は……」

 

 思い出すのは直前のやり取り。

 アルカンシェルでは散々人の事をなじり、挑発して来たというのにリィンに夢中な態度でリーシャの事など眼中にないと言い切った。

 彼への怒りを呑み込んだが、ぞんざいな扱いに別の怒りの焔がリーシャの中で燃え盛っていた。

 それを察してリィンはリーシャの進言に頷く。

 

「分かりました。ここまでありがとうございました」

 

 リィンはあっさりとリーシャの願いを受け入れる。

 

「良いんですかリィン君? おそらくこの上で待っているのは――」

 

「アリオスさんは……俺がケジメを付けなければいけない相手ですから」

 

 あの時、彼と彼女の言葉を信じて任せた後悔。

 自分の甘さが招いた結果。ガレリア要塞で消滅した軍人たちを思えば、避けてはいけない戦いだとリィンはもう一度自分に言い聞かせる。

 

「…………リィン君、アリオスさんとの間に何があったか私には分かりませんが、あまり思い詰めないで下さいね……

 その感情は戦いの場で判断を鈍らせますから」

 

「その言葉はそのままお返しします。キリカさんならリーシャさんに合わせてくれますが、くれぐれも刺し違えても殺そうだなんて思わないで下さいよ」

 

「はい……今の私には帰りたいと思える場所がありますから」

 

 リィンの言葉にリーシャは微笑み、そして背中を向けて外へと舞い戻った。

 

「それじゃあ、俺達も行きましょう」

 

 改めてリィンはケビンとレクターを促し――

 

「え? 俺も行くの?」

 

「お兄ちゃんなんですよね? だったらちゃんと働いて下さい」

 

 当然のようにここに残ってサボるつもりだったレクターの首根っこをリィンは掴んで引き摺りながらエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 





その頃のてっけつおねえちゃん
クレア
「…………はっ!」

正規軍隊員
「どうかしましたかクレア大尉?」

クレア
「…………今、無性にレクターさんを殴りたくなりました……フフ、何ででしょう?」

正規軍隊員
「ク、クレア大尉?」

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