(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
アリオスさんにとってきつい描写があるのでご注意下さい。
更にクロイス家が原作以上に外道な暗闘をしていますので合わせてご注意ください。
オルキスタワー21階から30階に至る中枢区画。
表向きにはタワーのメンテナンス用のフロアと公開されていたが、実際はクロイス家の錬金術と最新の導力技術が融合した《魔導科学》の結晶とも言える施設だった。
四色の光子が無数に立ち昇る幻想的な光景の中、二人の剣士は吹き抜けを縦横無尽に駆け回り刃を交わす。
「ちっ――これじゃあ援護もできんやないか」
「相変わらず超帝国人してやがるなぁ……いや、この場合は超八葉一刀流か?」
ボウガンで狙いを付けることさえできない程にフロアを上下に動き回る二人に歯噛みするケビンに対してレクターは呆れた調子で言葉をもらす。
そんな彼らを他所にリィンはアリオスが放った剣閃に吹き飛ばされる。
「っ――」
受け止め切れない衝撃に乗ってリィンは対面の壁に着地し、呼吸を整える。
「アリオスさん……」
睨みつけるのは中央の昇降機の先に空ろな表情で太刀を無造作に握って脱力しているアリオスの姿。
明らかに正気ではなく、エレベーターを外部から止められ、21階から中枢区画に入ったリィンを警告もなしに襲ってきたのはあまりにもアリオスらしくない。
「まさかアリオスさんにもグノーシスを使ったのか?」
敵対しているというのに自分を見ていないアリオスの尋常ではない様子にリィンはその可能性を考える。
「もしそうだとしたら……」
リィンも《グノーシス》を使って一時の能力の向上させたことがあるが、あれは武術で培った感覚が壊れてしまう。
自分は《鬼の力》のおかげで事なきを得たが、アリオスがもしそうだとすれば彼の剣士としての命はここで死んだことになる。
「そこまでするのか……」
アリオス程の人間が自分から《グノーシス》を使ったとは思えない。
果たして使わせたのはキーアなのか、ディーターなのか、それともマリアベルなのか。
誰がそうだったとしても、傀儡としてアリオスを使う黒幕にリィンは苛立ちを覚える。
「でもいったいいつから?」
そう考えると次に疑問に浮かぶのはいつからアリオスが操られていたか。
多くの“グノーシス”患者を診たからと言って自惚れるわけではないが、アリオスには以前に会った時もそして今も“グノーシス”の気配はない。
「アリオスさん、目を覚ましてくださいっ!」
「……………」
やはり呼び掛けにはまるで反応せず、アリオスはフロアの中央の昇降機を飛び越えるために、その場を踏み切り――
「え――?」
気付けば風が吹き、アリオスはリィンの背後を取っていた。
「な――」
振り返ると同時にアリオスの太刀は横薙ぎの一閃がリィンを襲う。
太刀を盾にするが凄まじい膂力から繰り出された一撃にリィンは先程と同じように身体ごと弾き飛ばされる。
「くそっ!? 何なんだいったい!?」
“グノーシス”の気配はなく、それでいて“グノーシス”とは比べ物にならない程の強化。
まるで《鬼の力》を相手にしているようで、以前手合わせしたアリオスとは別人としか思えない程に速く、強い。
「…………これが《剣聖》か」
しかし考えてみればリィンは《理》に至った《剣聖》の戦場の本気を体感したことはなかった。
「出し惜しみはしません」
言葉は通じず、気を抜けば斬られる状況にリィンは肚を括る。
「神鬼合一」
力を開放し、リィンの身体に《聖痕》の文様が広がる。
「…………」
対するアリオスはやはり無言。
それでも力を解放させたリィンに応じるように、彼もまた“力”を解放する。
「――っ」
翡翠の風のオーラを纏うその姿にリィンは息を呑む。
《鬼の力》に勝るとも劣らない、アリアンロードに匹敵するほどの闘気量。
“人の域”を超えた力を宿したアリオスは無言、無表情のまま太刀を構える。
「――行きます」
「…………」
床を同時に蹴り、リィンとアリオスは昇降機の上で激突する。
一合を打ち合わせた瞬間、リィンは体を捻り、流れる動作で《一の型》に繋げる。
「螺旋撃っ!」
先程までのお返しだと言わんばかりにリィンはアリオスを階下へと叩き落とす。
堕ちるアリオスをリィンは昇降機の下の歪な塔を垂直に駆け下りる。
それを迎撃するようにアリオスは一息で二つの風の刃を放つ。
リィンは余裕を持ってその隙間を縫うようにすり抜け――風の刃に追従して来たアリオスの突きを逸らすように防ぐ。
「――えっ?」
アリオスの一撃を防ぎ、すり抜け上下の位置関係を変えて振り返ったリィンはあり得ないものを見た。
空中にいるのは二人のアリオス。
それだけならただの“分け身”に過ぎないのだが、アリオス達はあろうことか彼が先に放った風の刃に着地した。
「…………」
そして当たり前のように風の刃を蹴り、二人のアリオスはリィンに向けて風の刃を乱れ撃つ。
「ちっ――」
リィンを取り囲むように風の剣閃が尾を引くように翠の道を空中に描く。
即席の足場を作ったアリオスは風の回廊を駆け抜け、二人で縦横からリィンに襲い掛かる。
「滅茶苦茶だ」
アリオスの攻撃を受け止め 悪態を吐きながらリィンは焔の刃で周囲の風の道を纏めて斬り払う。
足場を無くしたアリオスだが危な気なく21階のフロアに着地する。
リィンもまたアリオスが着地したフロアに降り立ち――次の瞬間にはリィンとアリオスは鍔迫り合いをしていた。
「くっ――」
速さは仕方がないとしても、《鬼の力》の膂力で押し切れない事実にリィンは歯噛みする。
アリオスはリィンより一手早く、刃を外して蹴りを放つ。
その場から飛び退いてそれを避けたリィンは跳躍して中央の塔に逃げ、アリオスがそれに続く。
刃を交わしながら、二人は落ちたフロアを逆に駆け上る。
そうして辿り着いた30階の広場。
二人はそこに辿り着くと示し合わせたように一呼吸の間を置き――
「二の型――《裏疾風》!!」
同じ動作で同じ技を繰り出す。
同じ技は互角、返す刃で――
「もうやめてっ! お父さんっ!」
「――っ」
その声に彼は刃を鈍らせ、彼は躊躇することなく刃を振り抜く。
「あ…………」
リィンの手から“八耀”は弾き飛ばされ、アリオスは更に刃を返し――
「お父さんっ!」
その声は届かず、アリオスは振り上げた太刀を振り下ろす。
その刹那、ボウガンの矢がアリオスの足元の影を穿つ。
がくりと一瞬アリオスの体が石になったように硬直する。
《影縫い》の拘束は一瞬、影を縫い留めたボウガンの矢はへし折れ、拘束は解けてアリオスの太刀は振り抜かれる。
「っ――」
そして一瞬の硬直にリィンは臆することなく前へと踏み出す。
身を屈め、振り下ろされる刃を掻い潜り拳を――
「破甲拳っ!」
太刀の間合いの内側から繰り出した拳。
防げないはずの拳打をアリオスは太刀の柄で受け止めてみせる。
「まだだっ!」
リィンは咄嗟に拳を開き、受け止めた柄を掴む。
そしてさらにアリオスの間合いの中に入り込み、背中を向けて――背負い投げる。
「…………」
硬い床に叩きつけても呻き声一つ漏らさないアリオスにリィンは彼から奪った太刀を左手に、圧し掛かるように体で抑え込んで――
「破甲拳っ!」
二度目の拳をリィンは今度こそアリオスに叩き込んだ。
「がはっ!」
流石のアリオスもその一撃に肺から息を絞り出す。
「がはっ! ゲホゲホ――ゴホッ!」
しかしそれだけでは治まらず、アリオスは床に転がったまま胸を搔きむしり、まるでそれまで呼吸をすることを忘れていたかのように悶え苦しむ。
「アリオスさん……?」
「お父さん……?」
どちらの声に反応してか、アリオスは咳き込むのを強引に止めると顔を上げ――
「その声はシズクか?」
誰もいない方向を向いてアリオスはようやく言葉を話した。
*
「すまなかった」
オルキスタワー36階。
かつてゼムリア大陸通商会議に使われたフロアの一室でアリオスはリィンに向けて土下座をしていた。
「謝罪よりも先に状況を説明してもらえませんか?」
口に出た言葉は思いの外冷たく、アリオスにしがみついていたシズクが体を震わせる。
その反応にリィンはため息を吐き、アリオスの背中に触れて診察しているケビンに視線を送る。
「とりあえず話をしても大丈夫なんですよね?」
「ああ、身体の中の七耀の流れをかき乱されとるけど、とりあえず命に関わるようなことはあらへんやろ」
ここに来るまでに聞いたアリオスの状態。
キーアの《識》の力で五感を奪われていたらしく、今のアリオスは耳以外の感覚はほぼ機能していない。
「なあシュバルツァー」
「何ですかレクターさん?」
「このオッサン、五感が効かない状態でお前をボコボコにしていたんだよな? 八葉一刀流ってそんなこともできるのかよ?」
「はは、俺はそんな化物じみたことはできませんよ」
笑って答えながらリィンは少し落ち込む。
先程のアリオスとの戦闘で、彼は相手がリィンだったことを認識しておらず、それに加えてあらゆる感覚が麻痺させられている状態だった。
その状態で《鬼の力》を全開にして互角だったという事実に《剣聖》とそうでない者の差を改めて思い知らされた気持ちになる。
「とりあえず一つずつ整理して行きましょう」
ため息を一つ吐いて気持ちを切り替え、リィンは質問を始める。
「まず最初に、キーアはこのオルキスタワーにはいませんね?」
「ああ……」
リィンの質問にアリオスは素直に頷く。
「《碧き零の計画》はここで行うのではないんですか?」
「そこまで掴んでいたのか……」
リィンの口から出て来た《クロスベル独立》の次の段階の計画の名前が出て来たことにアリオスは感心する。
「《碧き零の計画》はクロスベルでもっとも霊力が活発な土地で行われることになっている……
俺が聞いた話に偽りがなければ《湿地帯》がそうだ。ここにいないのなら彼女たちはそこにいるはずだ」
「湿地帯か……」
クロスベルの地図を思い浮かべながらリィンは次の質問をする。
「あの21階から30階の魔導科学、おそらくクロスベルと《零》を繋げているシステムは停止させることはできますか?」
「残念だがあれはマリアベルたちの領分だ。俺にはその権限はない」
「……次、何故キーアは貴方をそんな状態にしたんですか?」
その質問にアリオスは沈黙を返す。
「答え辛いなら別の質問をしますが、貴方はあれから何をしていたんですか?」
それにもアリオスは口を閉ざす。
「貴方とキーアは悪いようにはしないと言っていた……
だから俺はクロスベルのことに口を出さないと決めた。だけど貴方達を信じた結果起きたのはガレリア要塞の消滅だ……
俺はまんまと貴方達に騙されたわけだが、帝国人をうまく騙してさぞかし気分が良かったんだろうな」
「リィン君……」
治療のためアリオスの背後にいるケビンはリィンの苛立ちに満ちた顔を正面から見ることになり、らしくない彼の姿を見兼ねて口を挟む。
「なあアリオスさん。あんたは全部言い訳になると思っておるんやろうけど、リィン君が聞きたいのはそういうことやない……
リィン君を騙して本当にすまんと思っておるなら、あんたにはリィン君に答える義務があるやろ?
何度もリィン君がクロスベルを助けてくれたのは、宗主国の住人としての“施し”じゃないのはアリオスさんも分かっとるはずや」
「…………リィン、俺は……」
「もう良いです」
口を重くするアリオスにリィンはため息交じりに話しを切り上げた。
「話す気がないのなら、もうそれで良いです……
まだ外でみんなが戦ってくれているんですから、ここで悠長にしている時間はありませんから」
「ちょ、リィン君!?」
「俺の役割はあくまでもキーアを抑えることです……
ここにいないと言うなら後は帝国軍に任せれば良い。まあ、建前は果たしますけど」
リィンは天井を一瞥してから踵を返す。
「ま、待てリィン!」
歩き出したリィンにアリオスは気配だけで振り返り声を上げるが、リィンは無視して扉を開き――
「落ち着きたまえ、リィン・シュバルツァー」
扉の先にはワイスマンが立っていた。
「…………何の用だ?」
駐屯基地に置いて来た彼が何故ここにいるのかは問わず、リィンはワイスマンを不機嫌な目で睨む。
「フフ、そう邪険にしてくれないでくれたまえ。ロイド・バニングス達が動き出したことの報告と、耳寄りな情報を一つ持って来たわけだが……
その前にあの権利をここで使っても構わないかね?」
部屋の奥を一瞥してワイスマンは嗤う。
「…………勝手にすれば良い」
「フフ、感謝するよ」
リィンに道を譲ってワイスマンはその部屋に入る。
「やあ、久しぶりだね。《風の剣聖》」
「その声はヨアヒム……ということはゲオルグ・ワイスマンか」
聞こえて来た声の主にアリオスはまだ見えない目を向けて睨みつける。
「フフ、ロイド・バニングスから話を聞いて君には一つ聞いておきたかった疑問があったのだよ」
ロイドという名前が出て来てアリオスは思わず身構える。
「聞きたいことは一つ、サヤ・マクレインを殺したのは君かな?」
「………………は?」
「……お母さん?」
ワイスマンの言葉にアリオスは思わず呆けた返事をしてしまう。
そして言われた内容を理解した瞬間、アリオスは体の奥から熱が吹き上がるのを感じた。
「貴様、何を――」
「おっと失礼。この言い方は誤解を招いてしまうね」
激昂しようとしたアリオスの機先を制して、ワイスマンが続ける。
「君はガイ・バニングスを殺したそうだね?
今回のクロスベルの独立のため、裏で張り巡らせた“暗闘”の犠牲者を君はどれだけ積み上げたのかな?」
「な、何を……言っている……?」
怒りの熱は急速に冷め、アリオスは逆に寒気を感じる。
このままこの蛇の言葉を聞いてはいけない。
そんな予感があるが、腕にしがみついている娘がいてそれはできない。
ワイスマンはそんなアリオスに笑みを浮かべて、その事実を突き付ける。
「果たしてサヤ・マクレインが亡くなった事故は本当に帝国と共和国の“暗闘”によるものだったのかな?」
「………………あ……」
アリオスがずっと目を逸らして来た“欺瞞”を突き付けられる。
「君がその事故を理由に警察を去り、ガイ・バニングスが一人でクロイス家の陰謀に迫った末に殺されたのだとしたら彼女の死で一番得をした者は誰なのだろうね?」
「…………やめろ……」
「確かに帝国と共和国の諜報戦ではあったが、それを誘導した真犯人は別にいた」
「…………やめてくれ……」
アリオスの懇願は聞き届けられることなくワイスマンは続ける。
「その真犯人は母親が身を挺して守った娘にとある“クスリ”を投与し、その体を壊し光を奪った……
これが私が《識》の力で過去を遡って観測した《因果》だ。さて、この真実について《風の剣聖》殿の感想を頂けるかな?」
「………………あ……」
アリオスの脳裏に浮かぶのはこれまでクロイス家に言われるがままに従って行って来た後ろめたい工作活動の数々。
「………………ああ……」
亡き妻のため、光を奪われた娘のため、裏切ってしまった親友のため。
後戻りができないと言い聞かせ、クロイス家に従った結果が先の《赤い星座》を使ったクロスベル襲撃の“暗闘”だとするならば。
第二、第三のサヤを生み出したのが誰なのか。
その罪の重さを理解したアリオスは――
「――――アアアアアアっ!!」
腕にしがみつくシズクを振り払い、頭を抱えて絶叫を上げる。
「お父さんっ!?」
「おやおや、ここからが本番なのだが……」
「ワイスマン、それ以上は……」
愉悦の笑みを浮かべるワイスマンをリィンは肩を掴んで止める。
「誓って言わせてもらうが、この話は真実だ……
彼女たちクロイス家は《D∴G教団》の実験結果からどれだけ“グノーシス”を投与すれば人体が壊れるか理解していたようでね……
まさしく、あの掃討作戦でクロイス家に辿り着けなかった我々の失点だよ」
珍しく本気で反省しているワイスマンにリィンはため息を吐き、アリオスを一瞥する。
「アアアアアアアアアアアっ!」
壊れたように悲鳴を上げ続けるアリオスはケビンの術によって眠らされる。
その姿にリィンはワイスマンに何て権利を与えてしまったのかと、後悔する。
「君が気に病むことではない。これは彼が積み重ねた罪なのだから」
「そうだとしても……」
ワイスマンの白々しい慰めにリィンは歯噛みして――
「問い質さないといけないことが増えたな」
リィンはもう一度天井を仰ぎ、拳を握り締めた。
原作変更点
マクレイン親娘の事故
帝国と共和国の諜報戦の結果でしたが、それを誘導したのがクロイス家だったことを追加しました。
目的はアリオスに首輪をつけることとセルゲイ班の解散させること。
当時、頭角を現し始めたガイがクロイス家に繋がる糸を見つけてしまい、それを黒幕に相談し危険視されてしまった。
そのため離間工作としてマクレイン親娘は標的となり、同時にクロスベルの象徴とする“英雄”にアリオスは選ばれてしまう。
また当時は揺れていた黒幕がこれを主導させられ、後に引けなくなってしまいました。
補足説明
作中で詳しく説明できなかったのでこちらで。
アリオスの五感喪失は《零の騎神》で戻って来た暴走キーアを止めるために反旗を翻し、キーアに《識》の力で五感を奪われました。
キーアは行動不能となったアリオスを放置しましたが、アリオスは何かに突き動かされて五感喪失状態のままリィンの迎撃に行きました。
五感喪失の副作用として、霊力や闘気を操る第六感の先にある第七感覚を自覚したことがパワーアップの理由になります。
要約するとアリオスさんは《セブンセンシズ》に目覚めました。(まだ完全ではない)
娘たち
シズク
「お父さんをいじめないで!」
キーア
「ロイド達をいじめないで!」
ノイ
「リィンをいじめないで!」
リン
「いじめられているのはリィンの方です」
ナユタ
「あうあう!」
リィン
「えっと……みんな喧嘩しないで……」
アリオス
「シズク、これは俺の自業自得、因果応報というものだ」
ロイド
「そもそも俺達はリィン君がいじめられているのをただ見ていることしかできなくて申し訳ない」
ワイスマン
「フフフ、娘を持つ者は大変だね」
三人
「「「お前が言うなっ!」」」