(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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144話 クロスベルの行方

 

 

 

「やれやれ、招かざる客がここまで来てしまうとは」

 

 オルキスタワー39階の大統領執務室の扉を開けたリィンを迎えたのはそんな言葉だった。

 

「それにしてもこんな子供に負けるとは、《風の剣聖》も思っていたよりも大したことはなかったと言う事か」

 

 期待外れだったと言わんばかりの語調にリィンは眉を顰めるが、内心の感情を押し込めて応える。

 

「アポイントなしの訪問は申し訳ありません……

 ですがそういうのは国交を開いて窓口を正常に機能させてから言うべきでしょう……

 帝国はもちろん、カルバード共和国、リベール王国、それにアルテリア法国からの話し合いを拒否し続けているようですから」

 

「フフ、話し合いならいつでも受け付けると表明はしているさ……

 『ゼムリア大陸諸国連合』の記念すべき初の世界会議、もっとも帝国は今それどころではないみたいだがね」

 

 ディーターの含みを持たせた言葉にリィンは肩を竦める。

 

「本気で大陸を統一できると思っているのか?」

 

「できるさ。そのための《零の至宝》だ。君が偶然手にした半端な至宝とは“格”が違うのだよ」

 

「半端……否定はしませんけど……

 幼気な女の子に自治州の未来を背負わせるのはどうかと思いますが?」

 

「フフ、君は何か勘違いしていないかな?

 我々は別に、キーア君――いやキーア様に無理矢理協力してもらっているわけではない……

 君達、帝国からの圧政に苦しむ我々のため、彼女は進んで立ち上がってくれたのだよ」

 

「白々しいですね……

 《赤い星座》を影で操り市街を襲わせ、その罪を帝国に被せ市民の独立への気運を煽る……

 資産凍結を行うことで、実質の宣戦布告をしたのはクロスベルの方だと言うのに」

 

「フフ、あの程度の政治工作ならばむしろ手ぬるいくらいだろう……

 十二年前、帝国がリベールに侵攻する時に起こった悲劇を君は知っているかね?」

 

「ならば貴方もその時の首謀者達と同様に極刑にされる覚悟があるということですか?」

 

「っ――」

 

 思わぬ返しにディーターは息を呑む。

 

「むしろ彼らよりも貴方の方がずっと罪深いと思いますよ……

 《D∴G教団》を生み出し、利用して《零の至宝》を完成させたこと……

 他にも市民に“グノーシス”を与えて私兵にしている。クロスベルはいつから教団に染まっていたんですか?」

 

「それは勝手な憶測――」

 

「残念ですが、自分達は既に貴方が個人的に雇っていた“グノーシス”を服用していた市民から証言は取っています……

 もしかしたら国防軍も既に“グノーシス”で操り人形にしているんじゃないですか? それこそ以前の《教団事件》の時のように」

 

「っ――あれは娘が勝手に与えたものに過ぎない!」

 

「それを誰が信じると?

 一人でもやっている。それ以上はないなんて麻薬のブローカーの典型的ないい訳でしょう……

 仮にそうだったとしても貴方の娘がそんな勝手な無法を働いているというのに貴方は何もしなかったんですか?」

 

「ぐっ……」

 

 子供だと思って油断していたが、随分と弁が立つリィンにディーターは歯噛みする。

 もっとも絶対的な優位にいるのは自分の方だと信じて疑わないディーターは負けじと言い返す。

 

「君に《奇蹟》を使うことでとやかく言われる筋合いはないと思うがね……

 リィン・シュバルツァー君……

 《大いなる騎士》を操るノーザンブリア併合の立役者。クロスベルに恩を売って併合しようとしている鉄血の手先である君にね」

 

「…………そんな風に思われていたんですね」

 

 ディーターの言葉にリィンは落胆する。

 

「君は所詮宗主国の人間だ。クロスベルを下に見る君に私たちが味わってきた苦悩は理解できまい」

 

「確かに俺は帝国の人間です……

 ですが一時期とはいえこの地で遊撃士として活動したこともあります。帝国がこの自治州に迷惑をかけていることにもどかしさを感じていたのは俺も同じです」

 

「ならば――」

 

「ですが、全ての帝国人がそうではなかったはず……

 オリヴァルト皇子を始め、クロスベルの問題を平和的に解決しようと尽力していた人達がいなかったとは言わせません……

 皇子だけじゃない、マグダエル市長がこれまで地道に積み重ねて来たものさえ貴方は台無しにした」

 

「マグダエル元市長は善人だったが善人過ぎたのだよ……

 あの様な甘いだけの人に何ができる?

 彼のような政治理念が二つの大国に擦り寄る者達を出すならそれは害悪でしかない!

 クロスベルに必要なのは圧倒的なカリスマを持つ、指導者なのだよ」

 

「カリスマ……《零の至宝》の威を借りているだけの貴方が?」

 

 はっと鼻で笑うリィンにディーターは眦を上げる。

 

「現に私はクロスベルの政治状況に風穴を開けて幾つもの改革を成し遂げた! 何もできなかった元市長とは違うのだよ!」

 

「そうですね。確かにそれは貴方の確かな功績でしょう。それで?」

 

「む……?」

 

「それはどこの誰にアドバイスをしてもらったんですか?」

 

 挑発も兼ね、黒幕の存在を示唆する言葉をリィンは投げかける。

 

「なっ――君はっ!」

 

 そんなリィンの言葉にディーターは目を剥いて絶句し、顔を赤くして言い返す。

 

「私の改革が他人のアドバイスの結果だと言うのか!」

 

「少なくともオズボーン宰相は貴方は根っからの銀行員だと評価していました……

 パフォーマンスに関しては一流でも独立国を成立させるだけの根回しができるような能力はないと」

 

「ぐぬぬ……」

 

「言い返さないんですか?」

 

 冷ややかな眼差しを向けてリィンはディーターの答えを待つ。

 口を噤んでしまったディーターにリィンはため息を吐き、別の質問をする。

 

「貴方は独立宣言の演説の時に、帝国と共和国による“暗闘”を話題にしていましたね」

 

「そ、そうだ! 君が何と言おうと帝国や共和国がクロスベルに行っていた罪は消せない!」

 

「ええ、そうですね。それを否定するつもりはありませんが……

 でも、貴方達がクロスベルに行っていた“暗闘”の冤罪を擦り付けられる謂れはありません」

 

「私たちの“暗闘”だと……そんな言い掛かり――」

 

「惚けないで下さい。先程《赤い星座》の襲撃を政治工作と認めたじゃないですか」

 

「ぐ……」

 

「俺には貴方達が行った“暗闘”がそれだけとはとても思えない……

 現に三年前、警察官であるガイ・バニングスとアリオス・マクレインの二人を殺し合わせるように仕向けている」

 

「何故それを?」

 

「それにマクレイン母娘が巻き込まれた交通事故、それもクロイス家が帝国と共和国の工作員を誘導して引き起こしたものだったんですよね?」

 

「っ――」

 

 リィンが突き付けた答えにディーターは絶句する。

 

「くっ…………君の様な勘の良い子供は嫌いだよ」

 

「認めるんですね?」

 

「ふ……だから何だと言うのだ?」

 

 ディーターはリィンを睨みつけ、捲し立てる。

 

「例え真実がどうであってもクロスベルが二大国に虐げられてきた事実は変わらない!」

 

「…………だから貴方達がしたことは正当化されると?」

 

「正当化は“される”ものではない。力と意志をもって“する”ものだよ」

 

「それをクロスベルのみんなは認めると?」

 

「民衆に真実など関係はない。愚かな彼らはただ信じたい現実だけを受け入れる……

 君が民衆に真実を訴えたところで、誰が信じると言うのだ?」

 

「そうですね……」

 

 ディーターの指摘にリィンは頷く。

 

「確かにクロスベルの人達に俺と貴方の言葉、どちらを信じると聞けば貴方を選ぶでしょう……ですが」

 

「む……?」

 

「貴方はやはり政治家には向いていないようです」

 

「何……?」

 

「だからこんな簡単に言質を取られるんですよ」

 

 そう言ってリィンは右手に握っていた《ARCUS》をディーターに見せつけるように差し出した。

 

「それは……戦術オーブメント?」

 

「ええ、帝国で開発している第五世代戦術オーブメント《ARCUS》……クロスベルでの《ENIGMA》と思ってくれて良いですよ」

 

「それが何だと言うのかね?」

 

 察しの悪いディーターにリィンは肩を竦め《ARCUS》を操作せず、そのまま話しかける。

 

「レクターさん、首尾は?」

 

『おう、順調だぜ。途中でハッキングして来た支援課のお嬢ちゃんが手伝ってくれたおかげで、もう完璧だ』

 

 聞こえて来たお調子者の声にディーターはそれに気付いて顔を蒼くする。

 

「ま、まさか……君は……私たちの会話を……」

 

「ええ、ここでの会話はこの下の34階の端末室にいるレクター・アランドール秘書官に頼んで導力ネットを通して、クロスベル市全域に流してもらいました」

 

「な――」

 

「俺の言葉はクロスベルの人達には届かない。ですが貴方の言葉なら届く……ええ、その通りでしょう」

 

「な、な、な……何てことをしてくれたんだ! いったいいつから!?」

 

「それはもちろん“ぜんぶ”です」

 

「――――っ」

 

 絶句するディーターを他所に、リィンは《ARCUS》に向かって話しかける。

 

「俺ができることはここまでです……

 これでもまだ貴方達はディーター・クロイスを支持して受け入れると言うならそれで構いません……

 ただ帝国人の俺が言って良いことではないと承知で言わせてもらいます。貴方達の在り方は本当に“正しい”のですか?」

 

 そう言ってリィンは《ARCUS》を閉じて、立ち尽くすディーターを一瞥して踵を返した。

 

「ま、待てっ!」

 

 呼び止めるディーターにリィンは扉のノブに手を掛けて止まる。

 

「そ、そうだ! 君とキーア様の力があれば大陸全土に“正義”を遍く広められる、どうだね今からでも私たちと――」

 

「貴方達の言う“正義”が何かは知りませんが、《至宝》の力で導かれる世界を俺は受け入れることはできません」

 

 勧誘して来るディーターに振り返らずリィンは答える。

 

「こんな塔を作って地上を見下ろしているから、人としての営みの尊さが見えないんですよ……

 《空の眷族》を見習って地に足を着けて生きてみたらどうですか? そうすれば“デミウルゴス”が自分から消えた意味が分かるかもしれませんよ」

 

 そう言い残してリィンは大統領執務室から退出した。

 そして閉めた扉を背にリィンはその場にへたり込む。

 

「はぁ……」

 

 溜め込んだ息を大きく吐き出し、頭を抱える。

 

「あれで良かったのか?」

 

 自分なりに考えた行動を振り返ってリィンは唸る。

 ディーターがあまりにも気分よくこちらの誘導に従って話してくれるため、やり過ぎたのではないかと思えてしまう。

 

「フフフ、中々にえぐい手を使うじゃないか、ルフィナ・アルジェントの薫陶かね?」

 

 廊下で待っていたワイスマンは実に良い笑顔でリィンを労う。

 

「どうだろうな……ルフィナさんやカシウスさんならもっとうまい落し所を見つけられたかもしれない……

 選択をクロスベルの人達に委ねた以上、今よりももっと酷いことになるかもしれない」

 

 考えれば考える程、本当にこれで良かったのかリィンは悩む。

 ここまでやったのだから、自分の手でディーターを拘束して帝国軍に引き渡せば懸念の芽は確実に潰すことができる。

 だが、それをすれば完全に今後のクロスベルは一切の主張を認められないだろう。

 

「ふむ……私としては今の彼の顔が見えないことが不満なくらいで完璧だったと思うが?」

 

「完璧な答えなんて存在しない……

 完璧に近い答えを探し続けて落し所を見つける……それが俺がルフィナさんに最初に教えてもらったことだ」

 

 ふとリィンが振り返ると、そこに駆け込んできたのはベルゼルガーを抱えるランディだった。

 

「遅かったですね」

 

「リィン……お前、さっきの放送は……ロイド達は一緒じゃないのかよ?」

 

 リィンの周囲に自分の仲間たちがいないことに当てが外れたとランディは唸る。

 

「ここは任せます」

 

「お、おい?」

 

 リィンはランディの横をすり抜けて歩き出す。

 

「何処に行く気だ!? それにキー坊はどこにいる?」

 

「…………あの子に関しては、もう貴方達の手に余る。後は俺に任せてください」

 

 もっともその前に話を付けなければいけない人がこの上にいると、リィンは天井を仰ぎ見た。

 フロアにして一階の隔たりしかないが、執務室から出た瞬間から挑発するように発し始めた覚えのある気配。

 結社《身喰らう蛇》の最高幹部である《蛇の使徒》の第七柱《鋼の聖女》アリアンロードが待つ屋上に向けてリィンは歩き出した。

 

 

 

 

 

 








 次回、「相克のクロスベル」
 閃Ⅲの「相克のクロスベル」は何と何が相克していたんでしょう?



資格

リィン
「それじゃあランディさん、ディーター・クロイスの事は任せました」

ランディ
「いや、任せたって言われても……そう言うのはロイドの役割で……」

リィン
「えっと……? ランディさん、貴方も特務支援課の警察官ですよね?」

ランディ
「お、おう……」

リィン
「なら警察手帳も持っているし、逮捕の形式だって分かるはずですよね?」

ランディ
「い、一応ロイドがやっているのはいつも後ろから見ているからな……」

リィン
「………………警備隊でのスキルアップよりも警察学校に入学した方が良かったんじゃないですか?」

ランディ
「うぐ……」

ワイスマン
「ハハハ、そんなだからいつまで経ってもロイド・バニングスがいないと何もできない半端者なのだよ」


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