(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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145話 相克のクロスベル

 夜の帳が落ち、見上げれば満天の星の空に見下ろせば満点の星の海が広がるオルキスタワーの屋上にまるで一枚の絵画のように一人の女性が佇む。

 

「来ましたか――」

 

 兜面はなく、アリアンロードはやって来たリィンを出迎える。

 なお、彼に我が物顔で付き従っている男からは全力で意識を逸らす。

 

「まずは賛辞を贈らせて頂きましょう……

 ガレリア要塞で三機の《神機》を退けたこと、クロスベルを護る結界を解いたこと、そして先程のディーター・クロイスの真実を白日の下に暴いた手腕……どれも見事でした」

 

「世辞は結構です」

 

 褒めてくるアリアンロードにリィンは素気無い言葉を返す。

 

「そんな言葉を聞くために貴方の誘いに乗ったわけじゃありません」

 

 はっきりと告げ、馴れ合いはしないと意識しながらリィンは問い質す口調で尋ねる。

 

「ワイスマンの言葉を信じるなら、結社の計画は既に帝国に移っているそうですね?

 帝国で何を企んでいる? あと二年は時間があるはずなのに帝国でもクロスベル以上の“異変”を起こすつもりなのか?」

 

「…………そうですね」

 

 リィンの問いにアリアンロードは一度遠くを見つめる。

 

「帝国の《幻焔計画》は既に魔女殿の手から離れていますので私からは何とも……

 それにこの時点での預言はほぼ消化されてしまってますので、結社としては……何をすれば良いんでしょうか?」

 

「何ですかその答えは?」

 

 歯切れの悪い返答にリィンは顔をしかめる。

 

「失礼……」

 

 そもそもの計画の破綻がリィンによるものなのだと言う言葉を呑み込み、アリアンロードは続ける。

 

「帝国の内戦は貴族派が起こしたこと……

 結社はそこに戦力を提供しただけに過ぎません、そういう意味ではこの地で行っていたことと同じです」

 

「その点はリベールの時とは違うということですか……」

 

 リィンは深々とため息を吐く。

 純粋にリベールで暗躍していた時と違い、クロスベルの独立も帝国の内戦もどちらも突き詰めればそこに住まう人達が溜め込んだ業の発露でしかない。

 帝国と同じようにクロスベルにも《幻の眷族》という地雷が埋まっていただけに過ぎない。

 その対立や決起を全て結社のせいにするのは傲慢なのだろうとリィンは不満を呑み込む。

 

「それでクロスベルでの計画が終わっているというなら、何故貴方達はまだここに留まっているんですか?」

 

「確かに厳密にはもう必要はありません……

 《零の至宝》が錬成された段階で既に我らの計画から外れてしまっています。後はクロイス家の方々とクロスベルに住まう者達の問題でしょう」

 

「それで済まないから、俺がこうしてここにいるんですが?」

 

「《碧き零の計画》ならば心配は無用です……

 こう言うのはあまり好ましくありませんが、帝国には《黒》が紡いでいる預言の“因果”がありますので歴史の改竄は不可能……

 それにどうやら御子殿は《黒》の気に汚染されてしまったようですので、帝国にとって不利な改竄がされる心配もない。二つの預言が覆ることはないでしょう」

 

「あれはそういうことだったんですか……」

 

 三つの《神機》を倒してからの異常現象。

 情報が足りないことと因果にもやが掛ったように見通せなかったわけにリィンは納得する。

 

「それより二つの預言……?」

 

 《零の騎神》よりも気になる言葉を繰り返す。

 

「ええ、盟主の予言では《零の至宝》はここで消滅することは決まっているそうです」

 

「…………それは……」

 

「そして《黒の史書》においても“大樹”は現れるだけ、世界を変革させる預言はありません……

 ですから、貴方はここで帝国へ戻っても構わないということになります」

 

「それを信じる根拠は? それにキーアちゃんはどうなる?」

 

「盟主と我が名に誓って……

 御子殿については先程の言葉通り、《零の至宝》として消滅するでしょう」

 

「…………《身喰らう蛇》の盟主がそう予言したんですか?」

 

「《至宝》の器となるべくして造られたとは言え、それは《幻》だけだったはず……

 それなのに《空》と《時》を更に与えられて錬成された《零》は極めて危ういバランスの上に成り立っていた存在になります……

 “人の手に余る力”……二つの《至宝》が融合した《鋼》を知る貴方には今更な話でしょう」

 

「今はその危ういバランスの均衡が《黒》に染まったことで崩れた」

 

「遠からず御子殿は“力”に呑み込まれてこの世界から存在ごと消滅するでしょう……

 もっとも《揺り籠》から出てしまった以上、御子殿の運命は《至宝》にならなかったとしても変わりませんでしたが」

 

「それは……?」

 

「彼女は500年前にこの地の錬金術師によって《至宝》の器となるべく造り出された存在ですが、後世に技術を残すための試験体でもありました……

 結社の《黒の工房》でもホムンクルスの生存限界の問題が解決したのは50番台になってからと聞き及んでいます」

 

「…………そうか……」

 

 ミリアムやアルティナに生存限界がないことにリィンは安堵しながら、キーアがどうしてこんな暴挙に手を貸したのか理解する。

 

「あの子にはもう時間がなかったのか……だからこんな生き急いだことを」

 

 《至宝》となればその“力”によって壊れ、《至宝》にならなかったとしても古代のホムンクルスの欠陥により自分に未来がないと知ったキーアの気持ちは少しだけ共感できる。

 

「クロイス家の末は御子殿を先祖の遺産と割り切り、使い潰すつもりなのでしょう」

 

「聞いているだけでワイスマンに劣らない人でなしのようですね……

 そういう貴女は何故、キーアちゃんに手を差し伸べなかったんですか?」

 

「私が錬金術について門外漢だと言うのもありますが、“因果を組み替える”《零》の力が《黒》に通用するかどうか……

 それを見極め、利用しようとしていた私にクロイス家を責める資格はありません……

 ですからせめて、御子殿の意に沿うように協力していたまでです」

 

「だから貴方は俺にここで手を引けと? 歴史の改竄は失敗するとキーアちゃんには教えたんですか?」

 

「いいえ、何も知らず全力を尽くし、夢想の果てに散ることがせめてもの彼女の救いでしょう」

 

「キーアちゃんを見殺しにすると?」

 

「ならば貴方に何ができますか?」

 

 ここまで質問ばかりを投げかけていたリィンにアリアンロードは逆に問う。

 

「《零の騎神》は《黒》の呪いを得て、その存在に近い“格”を手に入れています……

 それに加えて盟主の予言、《黒の史書》の預言、そして古代ホムンクルスとしての寿命、その全てが御子殿はここで果てると示しています」

 

「それでも――」

 

「多少の“力”を得て増長でもしましたか?

 貴方にこの折り重なった“因果”の鎖を断ち切れると?」

 

「そうですね……今の俺には《零の騎神》に勝つ手段は正直ありません」

 

 アリアンロードの問いにリィンは静かに頷く。

 

「貴方の命の懸け時はこの地ではありません。貴方には二年後にもっと大きな戦いがあるのですから……

 それに貴方はこんなところにいるべきではありません、すぐに帝国に――ナユタの下へ帰って上げるべきです」

 

 諭すようにアリアンロードは慈愛を込めて続ける。

 

「せめて彼女が儚い夢を見ながら果てることができるよう、ここで退いてもらえませんかリィン・シュバルツァー」

 

 頭を下げて頼むアリアンロードにリィンは沈黙を挟み、口を開く。

 

「…………貴女の言っていることはおそらく正しい」

 

 《零の騎神》への対抗手段はない。

 古代ホムンクルスの知識もない。

 今のリィンに“因果”を断ち切る力はない。

 

「キーアちゃんにとって、俺は帝国人でクロスベルを脅かす敵でしかない……

 失敗すると分かっている儀式を止めたとしても、彼女を絶望させて死なせることしかできないんでしょう」

 

 クロスベルで最低限のことは成した。

 儀式が成功しないのなら、後はクレア達に任せて帝国に一秒でも早く戻るべきなのだと、リィンの冷徹な部分の思考が訴えている。

 

「何より俺にはキーアを助けなければいけない“根拠”がない」

 

「…………」

 

「だけどナユタと同じ顔をした女の子を……それもナユタのお姉ちゃんを見殺しにするなんて俺にできるわけないですよ」

 

「ですが彼女は貴方を都合の良いように利用しました」

 

「それでも、です……

 人は決して綺麗なだけの生き物じゃない……

 無償で施された《奇蹟》に対して人は何処までも欲深くなることが、このクロスベルに関わって良く分かった」

 

 自嘲するように言いながらも、リィンはならばイリア達を見殺しにしなかったことは間違いだったとは思わない。

 

「それでも何もしなかった結果、考えていた通りの後悔をするくらいなら恨まれても良い……

 死なれて後悔するよりもそっちの方がずっと良い」

 

「リィン……」

 

「それに俺には刃を交えたあの子は、帰りたい場所に大きな岩が帰り道を邪魔して帰れない泣いている迷子……そんな風に感じたんです」

 

「だとしても……」

 

「他に理由が必要だと言うなら、《黒》に染まったあの子の“力”が奪われるかもしれないから……

 そんな理由ならば納得してもらえますか?」

 

「ですが、《零の騎神》と戦えば貴方もただでは済まないでしょう……

 今の貴方は《黄昏》に対抗できる唯一の“希望”だと言う事を忘れないで下さい」

 

「そんな大げさな……」

 

 アリアンロードの言葉にリィンは苦笑する。

 目の前のアリアンロードもそうだが、ダーナのように《黄昏》に気付き準備を整えている者たちは少なからず存在している。

 例え《相克》で彼女たちに負けてしまったとしても、リィンは安心して託すことができると考えている。

 

「だけど、確かにあの子が本当に頼りたいと思う人は俺達ではないでしょう……

 そして口では遠ざけようとしていても、傷付いて欲しくないと思っていてもそれと同じくらい来て欲しいと思っている……

 俺にできることはせいぜいあの子と彼らの間を阻む、岩を取り除くことなんだと思います」

 

「…………彼らが御子殿の下に辿り着けると?」

 

「これで黙って諦める人達ではないでしょう」

 

 果たして自分はカシウスのように彼らの反骨心を煽れたか悩む。

 もっとも彼らは彼らの意志でキーアの下に辿り着かなければいけないとリィンは思う。

 

「そこまで分かっているなら、何故……何も言わないのですか?」

 

 意志が固いリィンにアリアンロードは疑問を投げかける。

 

「貴方には一つだけ、《零の騎神》に刃を届かせる可能性に心当たりがあるはず。何故それを言わないのですか?」

 

「ありません。ここで貴方と“剣”を錬成することはおそらく不可能でしょう」

 

「それは何故……?」

 

「貴女はキーアちゃんを本気で救いたいと思っていないからです……

 半端な気持ちで“相克”は成立しません」

 

「それは……」

 

 リィンの指摘にアリアンロードは口ごもる。

 そんなことはないと即答しなかったのは使徒としての矜持から。

 しかし、思い出すのはキーアの諦観に満ちた目。

 そしてナユタを抱いた時に感じた温もりが、アリアンロードの衝動を揺らす。

 

 ――これは御子殿が私に植え付けたまがい物の感傷……しかし……

 

 《呪い》と同じでその感情は零から生み出されたものではない。

 振り払おうとする心は250年の間に捨てたはずの騎士としての誇りか、あるはずがない母性なのか。

 外道に堕ちた身には過ぎた感情と分かっていても、アリアンロードはこのままキーアを見殺しにしたいとは思えなかった。

 それ故にリィンを待ち、《零の騎神》に対抗できるだろう“剣”の錬成に臨むつもりだったが、当の彼はアリアンロードが乗り気ではないと誤解していた。

 

「リ、リィン・シュバルツァー……その……ですね……」

 

 やる気は十分にある。

 しかしそれを口にするには秘密組織の幹部のイメージを崩してしまうので憚られる。

 

「くっ……」

 

「アリアンロードさん……?」

 

 様子がおかしいアリアンロードにリィンは首を傾げる。

 

 ――そんな鈍感なところまで似なくても良いのに……

 

 思わず内心でリィンを罵り、アリアンロードは考える。

 リィンならば何も言わなくても“剣”の錬成のために挑んで来ると思っていただけにが、如何にして彼の口からそれを言わせるか思考する。

 

「な、何ですか?」

 

 強い眼差しで睨まれてリィンは思わず身構える。

 使徒として戦うことは容易い。

 しかし、《大地の剣》をこの戦いで持ち出す理由はない。

 どうすれば良いか悩むアリアンロード。無言のまま圧が強くなる彼女から視線を外せなくなったリィン。

 不毛な睨み合いが続く中、その男が動く。

 

「一つ宜しいかね、鋼の聖女殿?」

 

「何ですか《白面》?」

 

「この茶番はいつまで続けるのかね?」

 

「…………茶番とは何のことですか?」

 

 惚けた答えを返すアリアンロードにワイスマンは肩を竦める。

 

「《零の御子》を救いたいなら救いたいと素直に言えば良いものを……

 そんなにリィン・シュバルツァーに助けて欲しいと言ってもらいたい……いや、頼られたいのかね?」

 

「………そんなことはありません」

 

 アリアンロードは平然を装いワイスマンの言葉を否定する。

 しかし、そこにいるのは人の認識に関してはプロのワイスマンとわずかな因果から結果を導き出せる《識》を持つリィン。

 口だけの嘘は容易に見破られる。しかし――

 

「貴女がどこまで本気か分かりませんが、さっきも言った通り俺を倒してキーアちゃんを救いたいという思うくらいの本気でなければ“相克”は成立しないでしょう……

 そういう意味では俺もこの戦いでどこまで本気になれるのか自信はありません」

 

 キーアとの薄い関係性。

 クロスベルと言う魔の都市の在り方。

 帝都やノーザンブリア、オルディスとは違って命を賭して戦う理由が今のリィンにはない。

 それに加えて例え勝てたとしても、リィンにはホムンクルスの寿命を解決する術もない。

 何よりリィンが優先するのは、帝国に残して来た家族や仲間たちでありクロスベルではない。

 

「やれやれ……どちらも何をつまらないことに拘っているのやら」

 

 煮え切らない態度のリィンとアリアンロードにワイスマンは肩を竦める。

 

「ならばこうしよう。リィン・シュバルツァー、君が《零の騎神》に勝てたなら私が責任を持ってキーアを助けて上げよう」

 

「…………それで、代償に何を支払わせるつもりだ?」

 

「フフ、代償などとんでもない。私と君の仲ではないか」

 

「おぞましいことを言うな!」

 

 リィンの反論をワイスマンは軽く聞き流してアリアンロードに向き直る。

 

「そして鋼の聖女殿、貴女は私の言葉を聞いてリィン・シュバルツァーと戦う気になるだろう」

 

「……何を言い出すかと思えば、貴方の甘言に惑わされる私では――」

 

「負け犬の分際で何を偉そうにしているのかね?」

 

「…………」

 

「あ……」

 

 ピシッ、アリアンロードが小脇に抱えていた兜面に亀裂が走り、リィンは言葉を漏らした。

 

「私が主導する《福音計画》に勝手に介入しておいて、当時十五歳の子供に負けたことに関しての弁明をまだ聞いていないのだが?

 これが結社の中でも一番とふんぞり返っていた《最強》だったとは、同じ使徒として恥ずかしい限りだよ」

 

「………………」

 

 兜面の亀裂は瞬く間に広がる。

 

「それも《影の国》でのことも含めれば二回! そう二回も同じ子供に負けているというのに“格上”を気取るとは武芸者として恥ずかしくないのかね?」

 

「……………………」

 

 次の瞬間、兜面は砕け散った。

 

「リィン・シュバルツァー、今からでも遅くない……

 こんな半端な負け犬に切り札となる《剣》を預けるよりも《蒼》の起動者を“相克”の相手とするべきではないかな?」

 

「なっ!?」

 

 ワイスマンの提案に固まっていたアリアンロードは声を上げる。

 当然、ワイスマンはそれを無視して捲し立てる。

 

「あれは実力は確かに聖女以下だが、ギリアス・オズボーンへの復讐心は目を見張るものがある……

 感情による戦闘能力の増減は君が身を持って証明しているだろう? 彼ならば“相克”の良い薪になってくれるだろう」

 

「何を勝手なことを――」

 

 好き放題言うワイスマンにリィンは呆れたため息を吐き、アリアンロードを見て言葉を止めた。

 

「…………確かに今の《鋼の聖女》ならそっちの方が良いかもしれないか」

 

「リ、リィンッ!?」

 

 まさかの同意にアリアンロードは狼狽える。

 あえて彼女がどんな顔をしていたかは語らないが、リィンがそう判断する程のものだった。

 

「《鋼の聖女》アリアンロード、君は最近少々弛んでいるのではないかね?」

 

「っ――」

 

「見極めるなどと悠長なことを言わずに《零の至宝》の力を奪うくらい言えないのかね?」

 

「それは……」

 

「はっきり言わせてもらおう……

 君は余りに甘く見過ぎている。千年に及ぶ呪いの元凶である“黒”という現象のおぞましさを」

 

「そんなものは私が一番良く分かっています!」

 

「果たしてそうかな?

 今は時期ではないから、預言を覆すことができないから……

 そう言い訳して“黒”の呪いを見逃している君が二年後の“預言”にどう諍おうと言うのかね?」

 

「わ、私は……」

 

「リィン・シュバルツァーは既に示したぞ……

 “真なる鋼”と言う方法とその身に宿した聖痕を“至宝”にまで昇華させた、それに対して君は何をしているのかね?」

 

「っ――」

 

「あと二年、絶望的なまでに時間がないというのに――」

 

「ワイスマン、もう良い」

 

 畳み掛けようとしていたワイスマンは肩を竦め場所を譲る。

 

「正直、今は“黒”の呪いについては俺はどうでも良いんです……

 キーアちゃんを救おうという意志がないのなら、ただ見ているだけで満足というなら、俺の前に立たないでください」

 

「リィン……」

 

「ただ一つだけ教えてください……

 今の貴女は結社の使徒《鋼の聖女》なのか、それともエレボニアの救国の使徒《槍の聖女》なのか、どちらなんですか?」

 

 《修羅》か《理》か、それを問いて来るリィンにアリアンロードは目を伏せる。

 

「………………認めましょう……

 厚かましい話ですが、私は御子殿を――キーアを“黒”の手から救い出したいと思っています」

 

「それだけ答えてくれれば十分です」

 

 リィンは満足そうに頷き、アリアンロードの――リアンヌ・サンドロットの前に立つ。

 

「ふふ……あの日、《修羅》となることを誓ったと言うのに……

 まだ私の中にこのような感情が残っていたとは思いませんでした」

 

 自嘲するように笑うリアンヌは肩の力が抜けたように自然と微笑む。

 

「はは……正直、余計なことを言ったと後悔しています。さっきよりもずっと強そうだ」

 

 修羅として“黒”を討ち滅すために全てを捧げる《鋼の聖女》。

 誰かを護ることを思い出した《槍の聖女》。

 果たしてどちらが強いのか、リィンには分からない。それでもキーアを助けるための最低条件がここに整った。

 

「こちらは手を抜くつもりはありません……

 貴方を倒し、キーアを“黒”から、そして呪われたクロスベルの地から解放させましょう」

 

「そうは行きません。俺はキーアに言いたい事や叱らなければいけないことがたくさんありますから」

 

 保護者をそっちのけにして、二人は意気込みを語る。

 そして――

 

「来い――」

 

「出でよ――」

 

 それ以上の言葉は不要と、どちらともなく右手を空に掲げて、彼の存在を呼ぶ。

 

「灰の騎神ヴァリマールッ!」

 

「銀の騎神アルグレオンッ!」

 

 オルキスタワーの屋上に二つの《騎士人形》が出現する。

 睨み合うように現れた二つの騎神にそれぞれリィンとアリアンロードが取り込まれるように乗り込む。

 起動者が搭乗したことで、二つの騎神はその体に力を漲らせる。

 《灰》が握るのはゼムリアストーンの太刀ではなく、“焔の剣”。

 《銀》が構えるのはランスではなく、“大地の剣”と巨大な盾。

 二つの騎神はそれぞれの“剣”を構え――

 

「七の太刀《暁天》!」

 

「神技《ナインライブズ》!」

 

 挨拶代わりと言わんばかりに一瞬の九撃を放ち、クロスベルの空へと舞い上がった。

 

 

 

 

「螺旋撃っ!」

 

「鉄砕刃っ!」

 

 一の型に対して《銀》は見覚えのある技をぶつけて来る。

 

「くっ――」

 

「っ――」

 

 力の剛剣同士のぶつかり合いは互角。

 大きく弾き合った《灰》と《銀》はすかさず次の一撃を繰り出す。

 

「――よし」

 

 まだ決定打を与えたわけではないのにリィンはそこに確かな手応えを感じる。

 《影の国》では一方的に蹂躙されていたが、十全の《銀》と戦えていることにリィンは己の成長を感じる。

 

「――よくぞここまで」

 

 リアンヌは場違いと分かっていながらも、感動せずにはいられなかった。

 《影の国》では一方的に打ちのめしたが、今の《灰》に自分の本気を受け止める“力”があることに胸を昂らせずにはいられない。

 

「ハアアアアアアアアアッ!」

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 エルム湖上で《灰》と《銀》が剣を交える度に激しさを増す。

 

「っ――」

 

 次の瞬間、四体に増えた《灰》にリアンヌは息を呑む。

 一体目の《灰》は無手で拳から気功弾を連発し――

 二体目の《灰》は両手に火球を作り出し投げつけるように撃ち――

 三体目の《灰》が竜巻を纏った剣閃を放つ。

 

「くっ――」

 

 容赦なく降り注ぐ極大の攻撃の数々に《銀》は盾を構えて受け止める。

 凄まじい衝撃が連続して盾を叩き――

 

「アルティメットブローッ!」

 

 拳打を放っていた《灰》は撃ち出した気功弾と共に飛び込み《銀》の懐深くまで踏み込み、盾を下から殴り上げる。

 盾を腕ごと跳ね上げられ、《銀》は無防備な姿を晒す。

 竜巻が《銀》を呑み込み舞い上げる。

 

「ジリオンハザードッ!」

 

 騎神を軽く呑み込める程の巨大な導力魔法の火球を両手に掲げるように生み出し、竜巻に囚われている《銀》に向けて投げつける。

 竜巻ごと《銀》を呑み込んだ火球は大きく膨張し――次の瞬間、内側から両断された。

 

「もらった!」

 

 それを待ち構えていた《灰》の本体は突撃して太刀を一閃。

 しかし、その刃は《銀》の胴体を捉えるものの両断はおろか、傷一つ付けることはできなかった。

 

「この手応え――まさか《金剛》!?」

 

「その程度の攻撃で私たちを傷付けることはできませんよ」

 

 胴体で受け止めた剣を《銀》は乱暴に弾き、盾で《灰》を殴り飛ばす。

 

「まだですよ――」

 

 《銀》は闘気の気流を操り、吹き飛ぶ《灰》を捕まえ引き寄せる。

 

「聖技――グランドクロスッ!」

 

 剣を槍のように構え、繰り出す技は最高の一撃。

 

「八葉一閃っ!」

 

 あえて引き寄せられる戦技に身を任せた《灰》は短い集中から最高の一撃を持って迎撃する。

 二つの必殺の一撃がぶつかり合い、エルム湖の水がその衝撃に高い、高い水柱を作る。

 

「……リィン……本当に強くなりましたね……」

 

「……だとしたら……貴女が目標になってくれたからでしょう」

 

「…………フフ、そのように言われる資格などないはずなのに……」

 

 リィンの言葉にリアンヌは抑え切れない笑みをこぼしてしまう。

 

「ですが、まだですね……」

 

「ええ、まだ足りませんね」

 

 二人はどちらともなく己の“剣”に視線を落とし、“相克”の熱量にはまだ足りないと頷く。

 

「ならば挑戦者として私が先に切札を切らせてもらうとしましょう」

 

 そう口火を切ったのはリアンヌ。

 

「アングリアハンマーッ!」

 

 剣を頭上に掲げて《銀》が叫ぶ。

 その戦技は敵に雷を落とす技。

 《灰》は咄嗟にその場から飛び退くが、雷は《灰》には降らず、《銀》に落ちた。

 

「何を……?」

 

 雷を剣で受け止めた《銀》はその力を押し留める。

 抑え切れない雷が《銀》の体全体を走り、帯電した空気が激しく音を立てる。

 七耀の力を操り生み出した雷と聖女の闘気が絡み合って、雷の力が膨れ上がる。

 

「受けてみなさい! これが私の鏡火水月っ!」

 

「え――?」

 

 リアンヌの叫びにリィンは耳を疑う。

 次の瞬間、《銀》はまさに雷の踏み込みで《灰》に肉薄していた。

 

「――っリンッ!」

 

 咄嗟にリィンは叫び、背中の空の翼が光を広げて《灰》と《銀》の間を“絶対障壁”で隔てる。

 

「グランドブレイクッ!」

 

 雷と闘気を纏った一撃は“絶対障壁”を紙を裂くように断ち切り、《灰》に届く。

 剣戟が触れた瞬間、凝縮した雷と闘気は解放され《灰》の装甲を焼き砕いて轟雷を撒き散らす。

 

「――むっ」

 

 両断されることなく舞い上がった《灰》にリアンヌは顔をしかめる。

 

「まだまだ改善の余地がありますね」

 

 雷撃と剣撃のインパクトのタイミングがずれたことにリアンヌは不満を漏らす。

 天高く舞い上がった《灰》はそのまま動くことなくクロスベルの湾岸公園に墜落。

 その姿は無惨の一言に尽きる。

 装甲は焼けただれ増幅した胸の増幅器は見る影もなく“核”が剥き出しにさらされている。

 

「…………リィン?」

 

 返事はない。《灰》も仰向けに倒れたまま身じろぎ一つしない。

 その惨状を改めて正面から見たリアンヌはやり過ぎたと冷や汗をかく。

 奇跡的に“核”の破壊は免れたものの、従来の騎神戦ならば起動者の死が確定している程の損傷にリアンヌは焦る。

 

『リアンヌ……やり過ぎです』

 

「で、でもまだ“片手”ですよ?」

 

 咎める言葉を発した《銀》にリアンヌは言い訳を口にする。

 

『片手だとしてもグランドクロスを超える技ですから……

 しかし、やはり《黄昏》が起きない限り“相克”は成立しないのでしょう』

 

「…………口惜しいですがそのようですね。ですが“グランドブレイク”は《空》の“絶対障壁”を断ち切れることが分かっただけでも良しとしましょう」

 

『それより早くリィン・シュバルツァーの手当てを――』

 

「がはっ――」

 

 突然《灰》は痙攣するようにその身を弾ませる。

 《灰》の中から咳き込む音と痙攣するように微震する《灰》にリアンヌは安堵し、顔を引き締める。

 

「勝負あったようですね。“相克”は成立しませんでしたが、私の新たな技は《至宝》にも通用することが分かりました」

 

 果たして聞こえているのか怪しく。

 咳き込む音が沈黙に代わり、《灰》の微震もそれに合わせて大人しくなる。

 

「キーアについては私が責任を持って最後まで諍ってみせましょう」

 

 そう言ってリアンヌは踵を返す。

 しかし、背後の音と気配にその足を止める。

 

「それ以上動けば死にますよ」

 

 直撃ではなかった、本来の得物でもなかった。

 しかしそれでもその破壊力は今の《灰》が物語っているのだが、無惨な姿になりながらも《灰》は剣を杖にして立ち上がる。

 

「う……うう……あああっ!」

 

 言葉にならない唸り声を上げ、《灰》は体の損傷を修復せずに斬りかかって来る。

 か細い焔を纏った斬撃は攻撃と言えるようなものではなく、ただ朦朧とする意識の中でがむしゃらに振り回しているだけ。

 その姿を無様とは笑わない。

 《銀》は《灰》の悪あがきを盾で受け止めながら呼び掛ける。

 

「リィン、聞こえていますか?」

 

 返事はなく、《灰》は機械のように焔を纏った刃で盾を何度も叩く。

 ただ闘争本能に突き動かされているかのうように斬りかかってくる《灰》だが、それも数合で力尽きたのか剣に纏っていた焔が燃え尽きる。

 それでもまだ剣を持ち上げる《灰》にリアンヌは目を伏せる。

 

「その意気や良し――ですが、今は眠りなさい」

 

 小突けばそれで終わると《銀》は燃え尽きた剣に盾を翳し、“大地の剣”を軽く構える。

 そして、盾で“焔の剣”を――盾が斬り裂かれた。

 

「なっ――!?」

 

 両断された盾は一瞬で焔に呑まれ、その焔の勢いは《銀》の左腕にまで及ぶ。

 

「っ――」

 

 咄嗟に盾の残骸を手放し、距離を取る。

 その動きに合わせ、それまでの覚束ない足取りをしていた《灰》は距離を詰めてやはり焔を宿さない剣を振り下ろす。

 

「まずい――!」

 

 叫びながらリアンヌは剣で受けるより回避を選択。

 湾岸区から湖に飛び出して空を斬った剣は湖面に振り下ろされ――爆発した。

 

「なっ!?」

 

 ただ剣を振り下ろしただけでは済まない水柱の巨大さにリアンヌは目を剥く。

 そして異常なのは舞い上がった水が雨の様に降る気配がなく蒸発して消え去ったこと。

 

「焔は消えたわけではないということですか……」

 

 盾越しに燃やされ消し炭となった左腕を一瞥してリアンヌはおおよその術理を理解する。

 刀身に凝縮された焔の熱。

 焔を纏わず、ただ一瞬の刹那に全てを焔を開放する戦技。

 

「それでこそ《灰の起動者》――あの人の子供」

 

 即興で編み出したのか、それとも自分との戦いのために用意していたのか、どちらだったとしても神業とも言える妙技にリアンヌは口元をほころばせる。

 “星火燎原”という名が脳裏に浮かぶがリアンヌはそれを振り払うように《銀》に剣を掲げさせる。

 

「相手にとって不足はない」

 

 雷が再び“大地の剣”に落ちる。

 盾を失い消し炭となった左腕は一瞬ゼムリアストーンに覆い尽くされると、次の瞬間元の姿を取り戻し、両手で雷光を纏う剣を握り締める。

 

「まだだ……まだ……俺は……戦えるっ!」

 

 《灰》の大腿部に設置されている副増幅器が唸りを上げ、“焔の剣”に焔が一瞬灯って消える。

 それぞれが“雷”と“焔”を剣に装填し睨み合う。

 二人には予感が生まれる。

 

「さあ、始めるとしましょう。誰にも邪魔はさせない。私と貴方の“相克”を」

 

「ああ、望むところです。真っ白になるまで互いの魂が燃え尽きるまで!」

 

 《銀》は漲る雷光を更に霊力を漲らせ――

 《灰》は不気味な程に静謐な霊力を研ぎ澄ませ――

 

「ハアアアアアアアアッ!」

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 二つの騎神は同時に動く、それまでの駆け引きを忘れたように正面から必殺をぶつけ合う。

 雷が焔を吹き飛ばし、焔が雷を吹き飛ばす。

 剣は軋みを上げて鍔迫り合い、両者はどちらともなく退いて――落雷を、焔を剣に宿らせて再びぶつけ合う。

 

「もっとです! アルグレオン! もっと速くっ!」

 

 雷撃と剣撃の最高のタイミングを探すように《銀》は全力の一撃を繰り返す。

 

「もっとだ! ヴァリマール! もっと研ぎ澄ませっ!」

 

 一秒の解放を更に突き詰め半分に、それでも足りないと《灰》は一瞬を追究する。

 “雷”の余波がただでさえボロボロの《灰》を更に壊していく。

 “焔”の余波が精巧な《銀》に確かな傷痕を刻んでいく。

 狂ったように連続して落ちる落雷。

 剣が内包した熱が剣を交える度に凝縮され周囲の水を消滅させていく。

 全力を繰り出し続けているにも関わらず、二つの騎神は衰えるどころかその技の冴えを研ぎ澄ませていく。

 雷の剣が《灰》の左腕を斬り裂き、爆散させる。

 焔の剣が《銀》の翼を斬り裂き、焼き尽くす。

 

「っ――まだまだ!」

 

「この程度で!」

 

 機体を修復することを忘れてフィードバックされた痛みを無視して二人は咆える。

 

「神技――グランドブレイクッ!」

 

「刹那の焔よ――我が剣に集え!」

 

 “極大の雷”と“刹那の焔”が最高の一撃に昇華されてぶつかり合い、喰らい合い、呑み込み合う。

 その結果――

 

「なっ!?」

 

「あっ!?」

 

 二つの騎神の力に耐え切れず“焔の剣”と“大地の剣”は示し合わせたように同時に砕け散る。

 行き場を失った技の衝撃は二つの騎神を吹き飛ばした。

 閃光が深夜のクロスベルを真昼なのではないかと錯覚させる程に強く照らし、消える。

 そこにはもう二つの騎神の姿はなく、それと入れ替わるように湿地帯から青白い光が天に昇り、巨大な大樹が現出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足イメージ
 瞬焔の太刀VSグランドブレイク=流刃若火・残火の太刀VSギガブレイク



超帝国人戦・観客(特務支援課)

ロイド
「こ、これが超帝国人同士の戦い……」

ワジ
「凄まじいとしか言えないね」

クルト
「リィンさん……」

ツァイト
「むう……人の身であそこまで至るとは……」

ノエル
「………………まさかこれ程だったなんて」

 ………………
 …………
 ……

エリィ
「お祖父様……」

ヘンリー
「これが帝国の秘密兵器だと言うのか……」

 ………………
 …………
 ……

ランディ
「おいおいおい、あいつらクロスベルを消すつもりかよ!」

ディーター
「馬鹿な……帝国の至宝がこれ程の“力”を残しているなど聞いていないぞ!」

 ………………
 …………
 ……

ティオ
「とんでもないです。流石超帝国人と言うべきなのかもしれませんが」

イリア
「へえ、これってリィン君の戦いなんだ……
 その呼び方とかも含めてちょっと詳しく教えてくれるかな?」

 ………………
 …………
 ……

キーア
「むう……みんな大樹に驚いてくれない……」





今回の戦いは剣の錬成に相応しいか否か、できたらお答えください。

剣の相克について

  • これで十分
  • もう一声

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