(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
――ヨコセ……ヨコセ……
その囁きが聞こえて来たのは教団事件が終わってしばらくしてからだった。
――吾ノモノダ……ソノ力ノ統テ……
初めは気のせいだと思っていた声は毎晩毎晩、悪夢と共にやって来る。
時にはランディが樹海の中、崖から足を踏み外し――
時にはティオが実験中の事故で――
時にはクルトが暴走する導力車の事故に巻き込まれ――
時にはエリィが諸外国を回っている最中に飛行艇のエンジントラブルで――
時にはロイドが知らない女の人に刺されて――
結末はいつも同じ、誰かが一人、また一人といなくなり、独りぼっちになる。
相談したくても、特務支援課は一時解散してそこにはいない。
「ロイド……エリィ……」
日に日に不安だけが大きくなる。
日曜学校でできた友達と遊ぶ気になどなれず、ただひたすらに誰もいない支援課ビルの端末の前で誰かの連絡が来るのを膝を抱えて待つ毎日。
「寂しいよ」
弱音を吐くのは一人きりの時だけ。
特務支援課を一時解散し、充実した日々を過ごしていると楽しそうに話してくれるロイド達の邪魔をしたくなくて、キーアはいつも取り繕う。
「みんなの声が聞きたいよ……」
耳を塞ぎ、囁きを押し出すようにキーアは毛布を被る。
――ヨコセ……
いくら拒んでも聞こえて来る声。
近頃はそれだけに留まらず、昼間でもロイド達の断末魔が聞こえて来るようになっていた。
「ロイド……キーアは何なの?」
いつか必ずキーアの出生の真実を見つけてみせると言ってくれた言葉も今は不安でしかない。
「誰か……誰か……わたしを――」
「あらあら……」
そんな日々の中、彼女は唐突に現れた。
「お久しぶりですわねキーアさん。わたくしのこと、覚えていますか?」
エリィの友達と、彼女が連れて来た綺麗で険しい顔をした女騎士によりキーアは自分の真実を知り、罪を教えられた。
*
落ちていく。
漆黒の闇に覆い尽くされた無の世界。
キーアは全身を黒く染めながら落ちていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ずっと誰にも届かない懺悔をキーアは繰り返す。
マリアベルが告げた真実と、いつの間にか思い込まされていた対処方法、すなわちリィンの排除。
身勝手だと分かっていても、悪夢から解放されるにはそれに縋ることしかできず、何度も助けてもらった彼に多大な迷惑を掛けていると分かっていても、止まってくれない自分に何度も死にたくなった。
「ごめんなさい……」
存在が希薄になって行く奇妙な感覚。
自分と言う《器》が壊れて、底から水が零れ落ちていくような虚脱感。
「悪いのはキーアだから……お願い、せめてロイド達だけは……」
誰にともなくキーアは願う。
自分に纏わりつく《黒》はこれまで修正した《因果》の負債。
黒い鎖はキーアを虚無の闇の更に奥へと引きずり込む。
「っ――」
お腹を刺された鈍痛に、全身を焼かれる、潰される痛みが同時に走る。
それはキーアが改変し、ロイド達が受けるはずだった痛み。
何度経験しても慣れることはなく、それでも自分が犯した罪ならばとキーアはその痛みを受け入れることしかできなかった。
「――――ぁ……」
意識が遠のく。
それがいつもの覚醒の合図だが、今回は終わりの予感がする。
「まって……まだ何もできてない……キーアができることならなんでもするから、だからロイド達だけでも助けてよ……」
虚空に向けて手を伸ばす。しかし、そこに今まで応えてくれていた存在の気配はない。
「っ――」
煉獄の様な日々の中、唯一の救いの蜘蛛の糸はいつの間にか消え去っていた。
「あ……」
虚脱感に身を侵され、伸ばした手は落ちキーアの意識は闇に――
「――――見付けた」
闇の中に沈むキーアの手をロイドが掴んだ。
その体にはキーアと同様に黒い因果の鎖が巻き付き、身じろぎする度に死の可能性の痛みをロイドに与えて来る。
「しっかりしろキーアッ!」
全身が痛いはずなのにロイドはそれを感じさせずに叫ぶ。
「………………どう……して……?」
「っ――声が、聞こえたからさ。ごめん、キーアの苦しみに今まで気付いて上げられなくて」
ここに来るまでにキーアが教団事件から秘密にしてきたものを垣間見たロイドは己の不甲斐なさを恥じるようにキーアに謝る。
「…………もう遅いよ……」
因果は既に収束しつつある。
《大樹》を使って捻じ曲げた因果はその消滅と共に世界は正しい形に修正される。
ロイド達支援課を始め、奇蹟的に生き残った人達も何らかの不幸な事故で、その生を世界に否定される。
その規模がどれ程のものかはキーアには分からない。
もしかしたら次の瞬間にでも、隕石がクロスベルに降り注ぐ可能性だってある。
「遅くないっ! まだ俺はキーアに何もしてやれていないっ! だから諦めないでくれっ!」
今更ながら、一課に出向したことを後悔する。
成長を実感できる充実した日々が、キーアの変化を見逃していた理由だっただけに自責の念は大きくなる。
「やめて……キーアは……ロイドにそんな風にしてもらう資格なんてない……
だってキーアは……キーアは本物の人間じゃない。心や魂も本物じゃないから……」
「それは違う、生まれがどうであろうと――」
「ちがわないよ……だってキーアは痛くなかったんだもん」
「キーア……?」
「《赤い星座》がクロスベルの人達をたくさん殺した時も、キーアの力で《神機》にガレリア要塞を消させた時も……
キーアの心は全然痛くなかった……だからキーアは“ヒト”なんかじゃない。ベルが言っていた道具で、人形で、兵器なんだよ」
「っ――」
次の瞬間、ロイドは掴んでいたキーアの手が血で真っ赤に染まったことに息を呑む。
「だからキーアは本当はこの世界にいちゃいけない存在だったの……それなのに……キーアは……」
「キーア……」
何かを言わなければいけないのに、ロイドは言葉に詰まる。
それ程にキーアが抱えているものはロイドが想像できない程に大きかった。大き過ぎた。
人工的に造られ、女神の祝福を受けなかった人工物。
そして優しい顔の下にある無機質な感情。
どれも普通の人生しか送っていなかったロイドには答えられるものではなかった。
「キーア……」
意味のない呼び掛けを繰り返し、ロイドは意気が萎えて握る手から力が抜け――
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
叱咤の声と一緒に、キーアの手を新たな手が掴む。
「生まれが普通の“人”と違うから、キー坊は“ヒト”じゃねえってか?
冗談きついぜ。俺の身内は人から生まれたって言うのにどいつもこいつも“人でなし”の“ろくでなし”なんだぜ」
「ランディッ!」
ランディはロイドに目配せで笑いかけ、キーアに向かって叫ぶ。
「よく聞けキー坊っ!
俺だってなぁ、猟兵の頃は誰かを殺したところで痛む“心”なんてなかったんだよ……
だけど今の俺はこうして誰かの命を大切だと思えるし、奪いたいとも思わない……
だからキーア! お前は今からでも好きなだけ変われるんだ! だから勝手に諦めてんじゃねえ!」
「ランディ……」
「そうです。教団の実験でわたしは一度心を壊しました」
新たな手がキーアの血に塗れた手を掴む。
「ティオッ!」
「わたしはずっと恨んでいました……
教団を《グノーシス》を……わたしのそれまでの全てを壊した存在が許せなかった……
だけど、今はあの時の苦しみを全て許しても良いと思っています」
ティオは慈愛の眼差しをキーアに向けて微笑みかける。
「あなたがわたし達の感情や命を糧にして生まれた命だと言うなら、キーアはわたしにとって“娘”です……
だから無条件でわたしはキーアを愛して良いんです」
「ティオ……」
そしてまた新たな手がキーアの手を掴む。
「エリィ!」
「キーアちゃん、私は……私はキーアちゃんの気持ちを分かって上げることはできないかもしれない……
でもね、私にとっては造られたとか、そうじゃないとか関係ない。ただキーアちゃんのことが好きだから、それだけじゃダメかな?」
「エリィ……」
呆然とキーアは自分を引き上げようとする四人を見上げる。
しかし、引き上げようにも彼らにも黒い因果の鎖は巻き付き、キーアと一緒に黒い闇へと沈んでいく。
「ダメ……ダメだよ……因果はキーアが全部引き受けるから……キーアのことはただの“夢”だったと忘れて良いから――」
「忘れられるはずないだろ!」
キーアの言葉をロイドは一喝する。
「俺達が聞きたい言葉はそんなものじゃない! キーア、本当はどうしたい!? どうして欲しい!?
道理も、因果も関係ない! キーアの本当の気持ちを教えてくれ!」
「キーアの……本当の気持ち……」
「言え、キー坊っ!」
「キーア!」
「キーアちゃん!」
降り注がれる期待の言葉。
それを拒絶しないといけないとキーアは己を殺して――
「――いきたい……」
口について出た言葉は思考とは真逆のものだった。そして一度堰を切った思いは止まらない。
「……いきたい……みんなと一緒にもっといたい」
キーアは力の限り叫ぶ。
「死にたくないっ! もっと……もっと生きたいっ!」
その叫びに応える声が一つ。
「その願い、聞き届けた」
光の一閃が、闇を因果の鎖ごと薙ぎ払った。
それはこれまでのキーアの苦悩を一蹴するかの様に、あっさりと全てを吹き飛ばす。
「…………あれ……?」
「因果の鎖が……消えた……」
全身を駆け回る痛みが唐突に消えたことにロイド達も困惑しながら顔を上げると、そこには呆れた顔のリィンがいた。
リィンは太刀を納めてため息を吐き、特務支援課の四人とキーアに言う。
「とりあえず、全員正座」
そして一人ずつ容赦なく拳骨を落とした。
*
白い空間にランディとティオは倒れ伏していた。
「…………これが超帝国人の力か……」
「どこまでも常識外れなんでしょう……」
「…………二人とも……」
「二人とも、もう一発欲しいんですか?」
リィンが拳を握って凄んで見せるとランディとティオは飛び起き、首をぶんぶんと振ってリィンから距離を取る。
「別に俺の力が強かったからじゃなくて、それ程にキーアの力が弱まっていただけの話なんだけど……」
言い訳を口にしながらリィンはキーアに向き直る。
「ここまで随分と振り回してくれたな」
「あぅ……」
キーアは首を竦めて俯く。
ロイド達の影に隠れようとしないことにだけは評価しながら、あまり長い時間説教をしていられないとリィンは本題に入る。
「ロイドさん達にまつわる“因果”。それは一応ここで払う事はできた……
だけど君の問題がまだ残っていることが分かっているな?」
「…………うん」
小さくキーアが頷くと、その姿は淡い光に包まれ、その姿は薄れていく。
「キーアッ!?」
「リィン君! 何か方法はないの!?」
キーアの消滅に縋るよう振り返る一同の視線にリィンはため息を吐き、答える。
「方法はあります。だけどこのまま消滅させて上げた方がキーアのためになるんじゃないですか?」
「なっ!?」
「何を言っているんですか、あなたは!?」
非情とも言える答えにロイドは絶句し、ティオがすかさず反論する。
「そっちこそちゃんと考えて物を言っているのか?
キーアは今回の事件の要となった存在です。仮に生き残れたとしても帝国と共和国はその子の存在を放っておくことはない」
「だけどそれはキー坊のせいじゃないだろ」
ランディの言葉にリィンはため息を吐く。
「貴方達は教団事件の時から何も成長していないんですね」
「っ――」
それは痛烈な皮肉だった。
「実力の成長じゃない、精神的な話です……
キーアが関わった途端、貴方達は合理的かつ論理的な思考ができなくなって、キーアを最優先にする私情で動く……
マリアベルが言っていた洗脳を疑われても、当然だ」
「それは……」
「でもまだキーアは未成年で、未成年保護法というものが――」
「被害が子供だからどうこうできる範疇を超えている……
あれ程の被害を造り出した罪を、子供だからという理由で有耶無耶にすると言うなら、俺はこれから一生貴方達を軽蔑します」
リィンに睨まれてロイドは言いかけた言葉を呑み込む。
指摘されなければ、確かにロイドは一連の事件は全てクロイス家の陰謀と区別し、キーアの罪を有耶無耶にしていただろう。
そして至宝の守りを失ったクロスベルは帝国と共和国の侵攻に対抗する術はない。
どちらの陣営に占領されたとしても、キーアの存在を把握している二国が黙って見逃してくれるはずもなく、彼女が不当に扱われることを拒んでジオフロントに潜伏する自分の未来の姿を容易に想像できてしまう。
「その上でキーア。君はまだ生きたいか? それともここで終わりにしたいか?」
リィンは太刀を抜き、その切先をキーアに突きつけて問う。
「なっ!? 何を!?」
「リィンさん、いくら何でも――」
「全員動くなっ!」
すかさずキーアを庇おうとした支援課の動きを魔眼が縛る。
「どうなんだキーア?」
罪を受け入れ償う気があるのかとリィンは問う。
もっともその答えは《幻》の力を共鳴させたリィンは既に分かっている。
そして、キーアもまたリィンがどうしてこんなことをするのか分かっているため、バツを悪くしながらも頷く。
「キーアはまだ死にたくない。もっとロイド達と一緒にいたい……
そのためならキーアは何だって我慢する。だから助けて」
ようやく口にした言葉にリィンはため息を吐き、太刀を納めた。
その姿に支援課一同はホッと胸を撫で下ろす。
「ワイスマン」
「フフ、呼んだかね?」
リィンの呼び掛けに空間が歪み、ゲオルグ・ワイスマンが現れる。
「聞いていた通りだ。キーアを助けるための補助をしろ」
「それは願ってもない。しかし、良いのかね? 君の切り札とも言える手札をここで切っても?
彼女にそこまでする価値があるとはとても思えないのだが」
リィンの選択に異を唱えるワイスマンにロイド達は顔をしかめる。
「お前の期待を裏切って悪いが、《雲》の力をここで完成させるつもりはない」
「ほう、ではキーアを私と同じ存在にして生き永らえさせると?」
「いいや、それも違う」
「ふむ……?」
先に提示した二つの選択肢を否定するリィンにワイスマンは首を傾げる。
「キーアを“眷属化”させる……
さっきヴァリマールに流れたように見えた零の騎神の力だが、あれはヴァリマールじゃなくて俺に流れて来た……
この事件の因果が『《零》の力が《黒》に吸収されることに収束する』なら、《黒》予備にして《堕とし子》の俺にも適応されるということなんだろう」
もう残りカス程の力しか残っていなかったとしても、キーアはまだ《零の至宝》である。
故に《黒の堕とし子》を通して、《零の至宝》の力を《雲の至宝》に取り込ませれば、預言通り《零》は消滅することになり、理論上可能なはずだとリィンは考える。
「“眷族化”した後はヴァリマールの力でキーアを“不死者”にする……
それで当面の時間を稼いで、キーアをダーナさんとローゼリアさんに診せる……
これが俺が提示できるキーアを救うためのプランだ」
「…………………」
「何とか言ったらどうだ?」
呆けるワイスマンにリィンは声を掛ける。
「――ク……ハハハハハハハハハハハッ!」
次の瞬間、ワイスマンは声を上げて笑った。
「リィン・シュバルツァー。君は自分が何を選択したか分かっているのか!?」
いつかの様にワイスマンはリィンに問う。
リィンはそれにただ肩を竦めるだけで答えにする。
リィンの中には既に《鋼》と《雲》、四大属性の至宝の力が存在している。
そこに残りカスとは言え《零》の上位三属性の力を注ぎ込めば、どうなるかワイスマンにも想像がつかない。
「そんなこと、言われなくても分かっている」
今まで経験した《聖痕》の拡張による負荷も果たしてどれ程になるのか測り切れない。
二、三日寝込むだけならまだいい。
一ヶ月、それともそれ以上に昏倒する可能性もある。
「それでも俺は……」
キーアの叫びを聞いて、全然違うと分かっていてもあの子を重ねて見てしまった。
造られた命。
感情が希薄だったあの子とは真逆に感情を持て余して暴走したキーアをこれ以上責める気にならなければ、見捨てるという選択肢も選ぶことはできない。
「エリゼやナユタの事はエステルさん達に依頼という形で任せて来た……
不本意だけど、これが今できる俺の限界だ……それに《鋼の剣》を造るのに失敗したんだ。これくらいしなければ付き合わせたリアンヌさんに合わせる顔がないだろ」
そう言ってリィンはキーアに向き直る。
「君にはエステルさん達と一緒に帝国に行ってもらう。当分……いや、最悪二度とクロスベルには戻れないことも覚悟してくれ」
「うん、それで良いよ」
一度は我が身を引き換えにしてロイド達だけでも因果から解放しようとしたキーアはリィンの提案に頷く。
先程はロイド達と一緒にいたいと言ったが、リィンの提案をキーアは受け入れる。
「キーアッ!」
「ごめんねロイド……でもキーアはちゃんと罪を償わないといけないから」
ロイド達の所にいてしまえば、きっと彼らに甘えてしまう。
だがそれではいけないのだとキーアは思う。
一番の願いはロイド達と一緒に生きる事だが、それが叶って良いのはキーアが罪を償ったと思えた時だろう。
「だから、その時まで……またね」
キーアはロイド達に笑いかけ、リィンの前に進み出る。
そんなキーアにリィンは手を翳し――その瞬間、世界が揺れた。
「え……?」
疑問符を浮かべるキーアの背後で黒い瘴気が《ゾア・ギルスティン》となり、その拳を振り上げる。
「っ――そう来たか!」
キーアを押し退けて、リィンは太刀を抜刀して振り下ろされた拳を逸らす。
リィンはキーアの身体を抱えてその場から離脱しようとして――胸に現れた《ゾア・ギルスティン》と繋ぐ鎖に顔をしかめた。
「――受け取れっ!」
リィンは特務支援課の魔眼を解くと同時にキーアをロイドに投げる。
「くっ――」
その間にも《ゾア・ギルスティン》はリィンに対して攻撃を仕掛ける。
「リ、リィン君!?」
突然の出来事にロイドは動揺しながらも飛んで来たキーアを受け止める。
「ワイスマンッ!」
「ああ……」
リィンの意を汲み取ってワイスマンは杖を翳し、転移術を利用したこの世界からの帰還術を自分と特務支援課達に掛ける。
「なっ――これはどういうことなんだ!?」
光に包まれながらランディはワイスマンに状況の説明を求める。
「君達には関係のない《黒》の置き土産、と言った所かな」
効果はキーアへの干渉をトリガーに起動者の“因果”を組み替える。
今やキーアが《ヴァリマール》の起動者であり、リィンが暴走する《ゾア・ギルスティン》の起動者にされた。
更にはこの《零の世界》にノイズが走り、閉じようとしている。
「やれやれ、それ程までにリィン・シュバルツァーを畏れているということか……それでどうするかね?」
「やることは変わらない。ヴァリマールにはもう話は付けている。だから――さっさと行けっ!」
振り返らずにリィンはワイスマンに一方的に告げる。
「そうかね。では遠慮なく――」
「待てっ! それは――」
ロイド達が何か言おうとするが、ワイスマンはそれを無視して術を起動する。
「ふふっ……帝国の内戦については私に任せたまえ。君が望むだろう結果に尽力することを約束しよう……
その代わり、君との再会を楽しみに待たせてもらうよ」
「待って、ダメッ! それはキーアが! キーアのはずだったのにっ!」
キーアの悲鳴は空しく響き渡り、リィン・シュバルツァーと《ゾア・ギルスティン》を残して《零の世界》は閉ざされた。
*
風が吹く。
「――ぅ……」
清涼な風が頬を撫でる感触にクリスは強張っていた瞼をゆっくりと開く。
「…………ここ、は……?」
身体を起こして辺りを見回せば、そこは崖の狭間。
遠くでは鳥の――鷹の鳴き声が聞こえてくる。
「…………僕は……いったい……」
気だるい虚脱感を感じながらクリスは直前の記憶を振り返る。
「たしか……今まで……戦って……」
その戦闘と今自分がいる場所が結びつかず、クリスは困惑したまま思ったことを口にする。
「………………夢……?」
「そんなワケないでしょ」
クリスの独り言に応える声が背後から。
振り返るとそこには《緋》がいた。そしてその肩に乗った黒猫――セリーヌは偉そうに告げる。
「ようやくお目覚めね、クリス・レンハイム。いえ――セドリック・ライゼ・アルノール」