(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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ここからの番外編は本編の中でのスケジュールを度外視したお話になります。






番外編
ラウラのアルバイト修行


 

「すぅ――」

 

 ラウラは鏡の前で身構える。

 呼吸の度に心を落ち着かせ、頭のてっぺんから手足の指先まで意識を集中させ、一挙手一投足に全神経を集中させる。

 そして――

 

「い、いらっしゃいませっ!」

 

 鏡の前でラウラは精一杯のぎこちない笑顔とポーズを作るのだった。

 

「…………いらっしゃいませ」

 

 一息を吐いて、少しだけポーズを変え、もう一度作り笑顔を作る。

 しかし鏡の中の自分は引きつったぎこちない笑顔を浮かべる。

 

「いらっしゃいませ――いらっしゃいませ――いらっしゃいませ――むう……」

 

 何度繰り返してみてもこれと言える手応えを感じない営業スマイルにラウラは唸る。

 

「……やはり私には無理なのか?」

 

 はぁ、とため息を吐いてラウラは項垂れる。

 

「ううむ……どうせなら店長が言っていたあれも試してみるか……」

 

 うまく行かない状況に対して、ラウラは別の提案も試してみようかと割り切り――

 その瞬間、背後の扉が開く音にラウラは反射的に振り返り、出向の言葉を発する。

 

「いらっしゃいませ、御主人様!」

 

「え……?」

 

 第三学生寮、共用の洗面所に入ってきたリィンはラウラの突拍子な出迎えに虚を突かれて固まる。

 またラウラもまた、反射的に出してしまったアルバイトでの応対を、場違いな場でクラスメイトにしたことに固まる。

 

「えっと……」

 

 リィンは頬を掻き、何故ラウラが自分を御主人様と言ったのか考える。

 

 ――オリヴァルト殿下みたいな病気か?

 

 まずはそれを疑い、次にラウラがとある事件で背負ってしまった借金の返済のためにアルバイトを始めたことを思い出す。

 

「…………ラウラ……」

 

 どんな結論に至ったのか、形容しがたい眼差しを向けて来るリィンにラウラは大いに慌てる。

 

「ち、違う……違うのだリィン! これは……その……始めたアルバイトで今度メイドサービスというものがあってだな」

 

「ラウラ、いくら自分の手で借金を返したいからってそんないかがわしいお店でアルバイトをするなんて、もっと自分の身体は大事にしないといけないだろ!」

 

 顔を真っ赤に弁明をしようとするラウラにリィンは諭すように説教を始める。

 

「とりあえず、そのアルバイトはすぐにやめよう……

 ヴィクター子爵閣下にもすぐに連絡をするから、三人でもう一度冷静に話し合おう」

 

「待ってくれ、リィン! 説明を! 弁明をさせてくれっ!」

 

 ラウラは必死に優しい目をするリィンに言い訳をするのだった。

 

 

 

 

「えっと……アルバイト先が《キルシェ》なのは一安心だけど、何でまた笑顔の練習を? それに御主人様って……」

 

 一階のリビングルームにてラウラの弁明を聞いたリィンは首を傾げる。

 ラウラも武闘派の一族とは言え、貴族の一人。

 社交界に出る機会もあるのだから笑顔の一つや二つは取り繕うことなど簡単にできるだろうとリィンは尋ねる。

 

「実は……」

 

 肩身を狭くしながらラウラはリィンの疑問に答える。

 

「給仕の仕事そのものはそれ程難しいものではないのだが……昨日の客に愛想がないと言われてしまい……」

 

「そんなことくらい気にしなくても良いと思うけどな」

 

 しょんぼりと肩を落とすラウラにリィンは慰めの言葉を掛ける。

 

「ウェイトレスの仕事なんて極端に言ってしまえば、お店のメニューを覚えて相手を不快にしない程度の挨拶や立ち振る舞いができればそれでいいはずだろ?」

 

「そうなのだが……」

 

 項垂れるラウラにリィンは唸る。

 確かにラウラは固いところがあるが、言う程に無愛想だとは思えない。

 むしろ同級生の女子からの人気は高く、二年生の男子の一部からは第二のアンゼリカと畏れられているが、彼女と比べれば遥かに常識的だ。

 

「いや、そもそもの切っ掛けが私の不出来が原因でもあるんだ」

 

 ラウラはいっそう体を縮こまらせて話す。

 

「トールズ士官学院がある故にトリスタの飲食店ではこの時期になると貴族風がブームになるらしいのだ」

 

「貴族風のブーム?」

 

 聞き慣れない単語にリィンは首を傾げる。

 

「うむ、毎年各地方から貴族の子女が入学してくることもあって平民も店内だけでも侍女などに世話をされてみたいという願望というものがあるらしくて……

 私には理解しづらいものなのだが、ともかく《キルシェ》でのアルバイトではメイド服を着て紅茶やコーヒーをテーブルで直接入れるサービスを行っているのだ」

 

 理解しがたいと言う渋面のまま語っていたラウラは項垂れて続ける。

 

「実は昨日、私も一人のお客様に紅茶をお出ししようとしたのだが……」

 

「したのだが……?」

 

「…………ゴミだと言われた」

 

 ずんっとラウラはその時の言葉を思い出して肩を落とす。

 

「ゴミ……?」

 

「紅茶なんて、お湯に茶葉を入れるだけで誰が淹れても同じじゃないか!

 それなのにあの男はネチネチと……終いには愛想が足りないと……

 くっ……思い出しただけでも腸が煮えくり返る」

 

「ああ、なるほど……」

 

 珍しく悔しそうに悪態を吐くラウラにおおよその事情をリィンは察する。

 

「誰が淹れても同じは流石に言い過ぎだと思うけど」

 

「いや、そこは確かに言い過ぎなのは認める……

 爺の紅茶は別格だがそれはその道のプロが淹れてくれるからであって、《キルシェ》のような大衆の喫茶店でそれを求めるのは間違っていると思うのだ……

 現に一緒に働いているモニカには文句を言わないのに……ぶつぶつ」

 

 ――大雑把そうだからなぁ……

 

 モニカとラウラの評価の違いの答えにリィンは行き着くもののあえてそれを口にはしなかった。

 それに加えて使用人がいないシュバルツァー家は例外だが、貴族の子女であり振る舞われる側のラウラが紅茶のゴールデン・ルールを知っているとは思えない。

 大衆の喫茶店でそこまで拘る相手が悪いのか、それともラウラの仕事ぶりがそこまで酷いのか今ある情報だけでは判断が付かない。

 

「とりあえずラウラ、もしかしたらアドバイスができるかもしれないから紅茶を淹れてみてくれないか?」

 

 なのでリィンは無難な提案をする。

 第三学生寮には紅茶派筆頭のユーシスとコーヒー派のマキアスの対立、互いに勢力拡大を図っているためその手の銘柄が充実している。

 なのでどちらも好きに使って構わないとされている。

 

「うむっ!」

 

 めらりと背後に炎を燃え上がらせてラウラは早速紅茶を淹れる準備を始める。

 

「まずは湯を沸かして……」

 

「…………」

 

 無造作に薬缶に水をたっぷりと入れるラウラにリィンは口を出したくなるのをぐっと堪える。

 

「ポットに茶葉を入れて……」

 

「…………」

 

 スプーンに山盛りにした茶葉をポットに入れるラウラにリィンは目を覆う。

 

「お湯を注いで……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 十分に沸騰したお湯をそのままポットに注ぐラウラにリィンとシャロンは言葉を失う。

 

「自信作だ。試してみてくれ」

 

 そして早々にポットからティーカップに紅茶を注ぎ、ラウラは自信満々に差し出した。

 

「ゴミですわね」

 

 いつの間にかそこにいたシャロンはまさしくゴミを見る様な眼差しで口も付けずに言い切った。

 

「なっ!?」

 

「はぁ……紅茶のなんたるかを欠片も理解していないでよくもまあそんな自信に満ちた顔ができますわね」

 

 深々とため息を吐き辛辣な言葉を発するシャロンにラウラは怯み、一縷の望みをリィンに求めるように視線を向ける。

 

「点数をつけるなら0点かな?」

 

 慈悲のない点数にラウラは膝を着く。

 

「し、しかしだな。私に爺やシャロンさんの腕前の紅茶を求められても……困るというか……うう……」

 

 へたくそだと言うことは仕事の一件で自覚していたが、少しも良い所がないという点数にラウラは項垂れる。

 

「まずはお湯の入れ方です」

 

「そ、そこから!?」

 

 シャロンの指摘が想像もしていなかった部分だったことにラウラは驚く。

 

「良いですかラウラ様、紅茶を淹れる場合は空気を含ませるように水道の水を入れます……

 それからまず先にポットとカップを温めていないことも減点です。それから――」

 

「ま、待ってください。シャロンさん、メモを――」

 

 矢継ぎ早に改善点を指摘していくシャロンにラウラは慌ててメモを取る。

 

「うん……まずい」

 

 リィンはそんな二人のやり取りをラウラが淹れた薄い味の紅茶をすすりながら傍観する。

 もしもこの場にお茶会好きの仔猫がいたら容赦なく首を狩って来るだろう。

 

「むぅ……紅茶を淹れるだけでこれだけ注意をしなければいけないことがあるのか」

 

 シャロンのダメ出しに一通り書き出してラウラは唸る。

 

「しかしそこまで変わるものなのか? 正直紅茶の味と言うのは値段の差だとばかり思っていたのだが」

 

 第三学生寮に常備されている紅茶はユーシスが選んだ一級品ばかり。

 対してラウラが今使ったのは二段は落ちる安物。

 味に違いがあるとしたら、そこではないかとラウラは疑う。

 

「あら、それは聞き捨てなりませんね。では――」

 

 シャロンはラウラが使った紅茶の缶を手に取り――

 

「ゴールデンドロップです。お熱いので御気を付けてお召し上がりください」

 

「え……?」

 

 気付けばラウラはいつの間にかテーブルに着いてシャロンが淹れた紅茶を飲んでいた。

 

「あ……ありのまま、今起こった事を話そう……

 ちょっと不貞腐れて言い訳を口にしていたら、いつの間にか私は椅子に座ってシャロンさんの淹れた紅茶を飲んでいた……

 な……何を言っているのか分からないと思うが、私も何をされたのか分からなかった」

 

 誰に言っているのか、混乱をそのまま言葉にするラウラは手を震わせながら二口目の紅茶を含み――動揺して震えていた体がその一口でほぐされる。

 

「ほぅ…………これが私が淹れた紅茶と同じものだと言うのか?」

 

 アルバイトでの失態と、今のシャロンからの叱責によってささくれた心がその一口に癒されて行くような感覚にラウラは恍惚の感情に満たされる。

 

「良いですかラウラ様……

 ラウラ様の淹れ方は剣で例えれば、全力で握り、相手との間合いを考えず、刃筋を意識せず、力任せに剣をただぶつけようとしていただけです」

 

「シャロンさん、紅茶の淹れ方を剣に例えるのはどうかと思いますが?」

 

 リィンは口直しと言わんばかりにシャロンが淹れ直してくれた紅茶を頂きながら冷静に突っ込む。もっとも――

 

「そんな……私はそんな無様な剣を振るっていたと言うのか……」

 

 ラウラはその例えに先程のダメ出しでは実感できなかった己の未熟さをこれ以上ないくらいに理解できていた。

 

「ですがラウラ様、恥じることはありません……

 人には誰しも初めてと言う時期はあります。ラウラ様にその気があるのでしたら不肖このシャロン・クルーガー、この技をラウラ様に伝授して差し上げましょう」

 

「それは本当か!?」

 

「ただしわたくしの教えは厳しいですわよ」

 

「うむ、厳しい特訓はむしろ望むところだ」

 

「よろしい、では導くとしましょう《ゴールデン・ドロップ》への道を」

 

「…………リィン、何があったの?」

 

 その光景をリビングに入った途端に見せられたアリサはメイドとクラスメイトの良く分からないノリに困惑し、リィンに助け船を求める。

 

「…………さあ、何なんだろうな……?」

 

 最初から最後まで見ていたものの、リィンにはそう答えるだけが精一杯だった。

 

 

 

 しゃきーん!

 ラウラは『ブロンズ・ドロップ』を覚えた。

 

 

 

「よろしければリィン様もご一緒にどうですか?」

 

「お気持ちだけ受け取っておきます。俺はリベール式ではありますが《シルバー・ドロップ》の認定はもらっていますから」

 

「なん……だと……?」

 

「だから何をやってるのよ!?」

 

 

 

 

 





原作だと《味わいハーブティー》がラウラは得意となっていますが、これはそれが得意になるまでの話になります。


黄金の一撃(未定)
最大の力を、最高の速度で、最善のタイミングの黄金比から繰り出される究極の一撃。
紅茶の淹れることから、今まで漠然とした剣の一振りに対しての意識を変えて模索するようになったラウラが目指す一撃。

なお《黄金の羅刹》は息を吸うように99%精度で《黄金》の攻撃をしてきます。


ラウラの初任給編に続く?





今後の予定
園芸部の活動記録
チェス部と導力ネット

戦術殻の日々。
導力ネットの中で戦術殻同士がお話しする話。
騎神たちもお話にしても良いかも?
完全な会話だけ、台本形式の構成にするかもしれません。
別の副題案としては『機械仕掛けたちの掲示板』ですかね。


せんキャン(中編)
二年前のリベール、そして四月に起きた導力停止現象を踏まえ、士官学院では全学年合同のオーブメントに頼らないキャンプ合宿が計画される。
当時事件の中心にいたリィンは理事会議にて意見を求められる。
しかし、理事や教官たちの思惑とは裏腹に彼によってその合宿はスパルタなものへと変貌する。

「つまり私の出番ですね?」

「リン、大人しくしていようね」

時系列を無視する前提なのでクロウとシャーリィが一緒に参加させるのもありかな?


教官たちが考えるキャンプ合宿
戦術オーブメント、魔導杖、魔獣除けと言った最低限のオーブメントのみの持ち込みのキャンプ合宿


魔王が考えるキャンプ合宿
ラインフォルトの伝手で最新のオーブメントの仕様実験を兼ねたキャンプ合宿として生徒達に伝えるため事前の持ち物の制限はなし。
むしろキャンプ地まで導力バスを使っての送迎もあり。
一日目は楽しいキャンプだが、二日目からは謎の導力停止現象により全てのオーブメントが停止。
通信機も使えず、助けも呼べないサバイバルに移行する。
なお救済処置?として零力場発生装置が三つだけ用意されている。


さらにはキャンプ場周辺が何故か上位三属性が働き、骸骨兵士たち(かなり強い)が周囲を彷徨うことになるかも?




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