(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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戦術殻の日々、その1

 

 

「うわーーんっ!」

 

 トリスタの街の公園で子供が泣いていた。

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」

 

 声を上げて泣く男の子の頭を優しく撫でて笑いかけてトワは上を見上げる。

 ライノの花が散り終わった、青々とした葉が目立つようになった木。

 その枝に引っかかっているのは黒いネコのような風船。

 クロスベルのテーマパークで買ってもらったみっしぃと言うらしいが、男の子はそれを持って駆け回り、転んだ拍子に手を放してしまったのが事の顛末だった。

 

「さて……」

 

 どうしようかと木を見上げながら考える。

 風船が引っかかっている場所は決して高くない。

 とは言え、トワの小さな背で届くことはなく、風船は持ち手の紐が枝葉に掛かるように引っかかっている。

 強い風が吹いてしまえば、それだけで飛んで行ってしまう程に頼りなく悠長に援軍を呼べる時間はなさそうだった。

 

「おねえちゃん……」

 

「大丈夫だから」

 

 不安そうにする男の子にもう一度笑いかけ、トワは木の幹に触れる。

 幸いなことに今日の街のお手伝いは全て済んでいる。

 スカートだと言う事に抵抗はあるが、男の子の涙には代えられないと割り切ってトワは軽く跳躍して、木に枝を掴む。

 

「よいしょ……」

 

 こういう時、自分の小さくて軽い体がありがたいと少しだけ思いながら、トワは器用に枝を掴んで木を登って行く。

 

「おねえちゃん……」

 

 はらはらとした様子で男の子はその様子を見守り、トワは目的の枝に辿り着く。

 

「そーっと、そーっと……」

 

 ゆっくりと枝に体重を預け、その先へと這うように進む。

 

「もう少し……」

 

 身を乗り出してトワは手を精一杯に伸ばす。

 その手が枝葉に引っかかった風船の紐を捉える。

 

「よし捕まえ――」

 

 手に確かな手応えを感じると同時に背後で木が軋む音が響く。

 

「あっ――」

 

 次にトワが感じたのは浮遊感。

 枝が折れ、トワの小さな体が宙に投げ出される。

 

「わわ……」

 

 まずい――腹ばいになっていたため頭から落ちて行く景色にトワは危機感を強くする。

 

 ――受け身を取らないと……あ、でも風船が……

 

 手の中の風船の紐にトワは一瞬迷う。

 それが致命的になり、トワの眼前には地面が迫っていた。

 

「っ――」

 

 わずかな抵抗にトワはきつく目を閉じて衝撃に備える。

 

「………………あれ?」

 

 しかしいつまで経っても衝撃はなく、トワは恐る恐る目を開く。

 

「大丈夫ですか?」

 

 目の前には今年で一番目立っている後輩の顔をすぐそこにあった。

 

「りりりり、リィン君!?」

 

「人違いです。意識があるのなら態勢を直してください」

 

 狼狽えるトワに“それ”は淡々と応えて、促す。

 

「え……?」

 

 言われ、今の状況にトワは気付く。

 まるで重力の枷から解放されたように地面の少し上に浮かんでいた。

 

「えっと……」

 

 言われた通り、トワは身を捩り、四苦八苦しながらも下にあった頭を空の方へ、足を地面の方へと態勢を入れ替える。

 

「では解きます」

 

 “それ”が指を鳴らすとトワを浮遊させていた力が消える。

 軽く驚きながらトワは危なげなく着地する。

 

「では、私はこれで……」

 

「あ……」

 

 それで用は終わったと、30リジュ程度の小さな後輩は音もなく消えた。

 

「…………妖精さん?」

 

 泣いていた男の子はトワと並んでその小さな存在が消えた空間を呆然と見上げて立ち尽くす。

 そしてトワは――

 

「リ、リィン君が小さくなっちゃった!?」

 

 

 

 

 

「ふむ……なるほど……」

 

 翌日、校門の前でトワと合流したアンゼリカは事の顛末を聞いて頷いた。

 

「それは本当にリィン君だったのかな? ノイ君やルフィナ君ではなく?」

 

「うん……ちゃんと見ていたわけじゃないけどリィン君と同じ黒い髪で、ノイちゃんやルフィナさんとも違ったよ」

 

 話題は先日、木から落ちたところを後輩に助けてもらったという話。

 その話を聞いて、泣いている男の子のために体を張った親友らしい行動を褒めるべきか、無茶をしたことを諫めるべきか。

 その場にいて下から見物することができなかったタイミングの悪さを嘆くべきかアンゼリカは悩む。

 

「しかし……ふむ……」

 

 何かと話題が絶えない後輩とアンゼリカは実は学生となる前から少ないが交流はあった。

 彼もログナー家が治めるノルティア州の中の貴族なのだから、自然と面識ができるはずだったが、複雑な事情もありアンゼリカが彼のことを知ったのは遠いリベールの地でのこと。

 そんな彼に髪を白髪にする“超帝国人化”という特技はあるものの、流石に体を30リジュ程に縮める特技まであったとは聞いたことはない。

 

 ――普通に考えれば、三つ目の戦術殻人形があったというだけの話だと思うのだが……

 

 ちらりとアンゼリカは自分よりも小さい後輩の存在に浮かれているトワを盗み見る。

 

「これはこれでありか」

 

 聡明な彼女がその可能性に気付いていないことにアンゼリカは微笑ましさをもって見守ることにする。

 本来ならあり得ないと思ってしまう出来事も彼ならばと思えてしまう誤解もまだ入学から時間が経っていない今だからの特権だろうとアンゼリカは納得する。

 

「アンちゃん? どうかした?」

 

「いやいや何でもないさ」

 

 昨日の御礼をちゃんとしたいと校門の前で待っている、30リジュのリィンが来ると疑っていないトワの反応を想像してアンゼリカは彼女と一緒に待つ。

 そして、程なくして彼は現れる。

 

「おはようございます。トワ会長、アンゼリカ先輩」

 

「ああ、おはようリィン君」

 

 朝の挨拶を交わし、アンゼリカはトワの様子を伺い見る。

 トワはその小さな体躯を震わせ、リィンを見上げ――

 

 

 

 

 

「あ、シュバルツァー君。この間は生徒手帳を見つけてくれてありがとう」

 

「リィンさん、先日は薬の材料を集めてくださりありがとうございます」

 

「お、シュバルツァーか。この前は誤配された図書の整理、御苦労だったな」

 

「シュバルツァー。あの事だが、誰にも話していないかね? あ、いや忘れてくれているのならそれでいい。呼び止めてすまなかった」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「何なんだいったい?」

 

 朝の通学路、リィンは数日前から始まった身に覚えのない感謝に首を捻る。

 今日も学院の通学路で教会の教区長から感謝の言葉を貰い、御礼がしたいから放課後に来て欲しいと誘われた。

 しかし、リィンにはそれらを解決した記憶はない。

 落ちていた生徒手帳を拾った記憶もなければ、教会に薬の材料を届けたこともない。

 学院で誤配された図書を配ったことも、ハインリッヒ教頭の手帳を拾って口止めされた記憶もない。

 

「どうなっているんだ?」

 

 ただひたすらに困惑しながらリィンは週明けの通学路を歩く。

 今日はいつも一緒のクリスは部活の朝練があると言う事で一人での通学になる。

 Ⅶ組として同じ寮で生活しているものの、まだ一ヶ月。

 全員揃って仲良く学院に行くにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 

「…………一度、ちゃんと調べてみるか?」

 

 リィンが有名になったことで、その名を貶めようとする輩が現れるかもしれないとルーファスやクレアから注意を受けていることもありリィンは調査を行う事を考える。

 誰かが自分の名を騙って、何か企んでいるとなれば見過ごす理由はない。

 旧校舎の騎神に先日やって来た《トロイメライ》開発のためのラッセル博士たちの世話などで忙しいものの、それは決して見過ごせない事件だった。

 そこまで考えて、リィンはトールズ士官学院に辿り着き、校門の前で誰かを待っているような二人を見つける。

 

「おはようございます。トワ会長、アンゼリカ先輩」

 

「ああ、おはようリィン君」

 

 リィンの挨拶にアンゼリカが挨拶を返す。

 普段はライダースーツでいることが多いが、流石に授業を受けるならば貴族の白い制服を着ているアンゼリカにリィンは新鮮なものを感じ――

 

「トワ会長?」

 

 何故か固まって、挨拶を返してくれなかったトワに首を傾げた。

 

「リ…………」

 

「り?」

 

「うむ」

 

「リィン君が大きくなっちゃったぁ!」

 

「…………え?」

 

「くっ――そう来たか」

 

 意味不明なことを叫んだトワにリィンは面を喰らい、アンゼリカは体を震わせる。

 そして朝の通学の中、生徒達の注目を浴びていることに気付かずトワは叫ぶ。

 

「裏切ったね!? わたしの気持ちを裏切ったんだねリィン君っ!?」

 

「校門の前で人聞きの悪いことを叫ばないで下さい!」

 

 目に涙を浮かべて胸倉を掴んで揺さぶるトワにリィンは困惑しながら言い返す。

 

「アハハハハハハハ!」

 

 そしてアンゼリカの笑い声が朝のトールズ士官学院に響くのだった。

 

 

 

 

 

「なるほど、昨日俺に木から落ちた所を助けられたんですか……」

 

 まだ始業の鐘に余裕がある時間、リィンは人目を避けて選んだⅦ組の教室でトワとアンゼリカの話を聞いた。

 

「うん、あの時はちゃんと御礼を言う前にリィン君が何処かに行っちゃったから、今日校門で待っていたの」

 

「私はその付き添いだよ」

 

 ぬけぬけと高みの見物を気取っているアンゼリカをリィンは一睨みし、トワに向き直る。

 

「申し訳ありませんが、それは人違いです。昨日、その時間はまだ俺は旧校舎にいましたから」

 

「え……でもあれは間違いなくリィン君だったよ?」

 

「いやいや……」

 

 純粋な眼差しにリィンは居心地の悪さを感じながら、指摘する。

 

「その俺は髪が長かったんですよね?」

 

「うん、一瞬女の人かと思ったけどそれでもリィン君だったよ」

 

「うぐっ……その人は浮いていたんですよね?」

 

「うん、でもリィン君もできるでしょ?」

 

「いや、跳ぶことはできても浮くのは無理です。それでその人の身長は“30リジュ”くらいだったんですよね?」

 

「うん、一緒にいた男の子が妖精さんって凄く喜んでいたよ」

 

「…………トワ会長……俺はそんなに小さく見えますか?」

 

 リィンの質問にトワは少しだけ考え込み、口を開く。

 

「でもリィン君だから、それくらいできたりしない?」

 

「そんなことできるわけ――」

 

 その一瞬、リィンの脳裏には分け身で行う方法と、体型操作の気功術を使える暗殺者が思い浮かんでいた。

 

「――できるわけないですよ」

 

「今の間は何かね?」

 

 言い淀んだリィンにアンゼリカは突っ込みを入れる。

 リィンはそれを無視して叫ぶ。

 

「っていうか、何で30リジュになっている時点で他人の空似を疑わないんですか!?

 帝国人だからですか!? 帝国人はみんなそう言う頭のネジがなくなっているんですか!?」

 

 トワから詳しい話を聞いてリィンはおおよその事情を把握する。

 しかし、それでもトワだけではなくこの一週間、30リジュの人形をリィンだと疑わずに受け入れた帝国人たちのいい加減さにリィンは抗議する。

 

「えっと……」

 

「ふむ、ではやはり三体目の戦術殻ということで良いのかな?」

 

 困惑するトワ。アンゼリカはリィンの反応に当たりを推測する。

 

「分かっていたなら、説明しておいてください」

 

 リィンはそんなアンゼリカに批難の眼差しを送って、ため息を吐く。

 

「二人とも昼休みに時間を頂いても――」

 

「おお、ありがとうリィン君。これは失くなったと思っていたワシの筆だ」

 

「お役に立てたなら幸いです」

 

 Ⅶ組の教室の前、開けっ放しの扉から聞こえて来たやり取り。

 リィンは無言で立ち上がり、静かに駆け出し廊下に飛び出す。

 

「《オーリオール》! 何をやっているんだ!?」

 

「あっ――」

 

「むっ――リィン君が二人だと!?」

 

 リィンの登場に30リジュのリィンに良く似た人形とヴァンダイク学院長が驚く。

 そして人形は一度、光沢を誇るように瞬くと、その場から消えた。

 

「逃がすかっ!」

 

 姿を見えないように消しただけでその場にいることが分かっているリィンは手を伸ばし――人形はその手を躱して廊下を飛翔する。

 

「リ、リィン君!?」

 

「すみません、学院長。話は後で――」

 

 光学迷彩は無意味と判断した人形は姿を現して逃亡を開始する。

 リィンはそれを追い駆ける。

 始業直前の生徒達は何事かと首を傾げ、“魔王”と“妖精”の鬼ごっこを見守るのだった。

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした、ヴァンダイク学院長」

 

 一時限目が始まった時間、リィンは自分によく似た戦術殻人形を片手に頭を下げる。

 

「いや……その子も悪気があったわけではないのだから君が謝らなくても」

 

「いえ、これは俺の監督不行き届きです。ルフィナさんとノイの学生寮での滞在許可を貰ったというのにこんなことになってしまって」

 

 先日の《鋼の聖女》の襲来が切っ掛けでノイ達の存在が学院側にばれてしまった際に一悶着があった。

 曰く、学生寮でのペットの飼育は認められないと言う意見と、戦術殻である彼女たちはあくまでもリィンの所有物でしかないと言う意見。

 学院でも戦術教練の際に戦術殻を使用していることもあって、その時は学生寮、並びにリィンが管理を任された旧校舎以外での活動のみが認められ、本校舎には持ち込まないことを厳命された。

 真面目に頭を下げるリィンにヴァンダイクは誰に似たのだろうかと苦笑する。

 

「そもそもそのカー……いや君に似た戦術殻は何者なんだね? ノイ君やルフィナ君とは違うのかな?」

 

 謝罪ばかりでは状況が理解できないとヴァンダイクはリィンに頭を上げさせて説明を求める。

 

「この子は二人とは違って、俺とは無関係に動ける子なんです……

 いやこの子の体そのものは元々、ノイ達の身体の予備だったんですけど」

 

 何と説明すれば良いのだろうかと、リィンは頭を悩ませながら話す。

 

「トロイメライ開発スタッフとして俺が呼んだのは確かなんですけど……どうして本校舎にいるんだ《オーリオール》?」

 

「ラッセル博士たちが夢中になっていてやることが無くなっていたこともありますが……困っている人の気配を感じました」

 

 悪びれた様子もなく胸を張って応える人形にリィンはため息を吐きたくなる。

 

「気持ちは分からなくもないけど、今は自重してくれ」

 

 リィンの訴えに人形は意味が分からないと首を傾げる。

 そんな人形の様子にどんな風に言い聞かせようかとリィンは頭を悩ませて――

 

「リィン君、一つ良いかね?」

 

「学院長?」

 

 ヴァンダイクは人形に一つの提案をする。

 

「もし良ければ、その子を学院の用務員として雇い入れることはできるかな?」

 

「この子を雇う?」

 

「うむ、私の筆を探してくれたことと良い。その子自身は決して悪気があって本校舎に入って来たのではないということは分かった……

 しかし見たところ随分と世間知らずであり、融通が利かないようだ」

 

「解せません。何故その様な評価を受けるのでしょう?」

 

 物怖じせず人形は首を傾げる。

 そんな様子にリィンは何も言い返せなくなる。

 そんな二人の様子にヴァンダイクは苦笑を浮かべて続ける。

 

「この一週間、その子のおかげで助けられた人間は学院の内外問わずに多い……

 だが、このまま無作為に人助けをさせてしまえば、いずれ心無い人間が物珍しさを理由にその子やルフィナ君たちを盗み出そうとする輩が現れるかもしれないだろう……

 それを防ぐための一環として、士官学院が彼女を雇うことにすれば一定の安全を確保できるだろう」

 

「確かにそれはありがたい話ですが、だからと言ってこの子を用務員とするといろいろと問題があると思いますが?」

 

「用務員と言っても、その子にやってもらいたいことはハーシェル生徒会長の補佐なのだよ」

 

「トワ会長の?」

 

「うむ、実は学内の雑用や、街での奉仕活動など学院から生徒会に任せている仕事があるのだが、今期の生徒会長はどうにも抱え込む癖があるようでな……

 他人に割り振れば良いものを、頼るのではなく自分でやってしまうという気質の持ち主のようだ」

 

「それは……」

 

 リィンの脳裏に、手伝うと言っても遠慮するトワ生徒会長の姿がありありと想像できてしまう。

 

「そんなことを続けていれば、自ずと許容量を超えて破綻するのは目に見えているのだが、彼女は優秀過ぎる……

 おそらく倒れるまで人を頼ろうとはしないだろう」

 

「つまりトワ会長の負担を減らすことと、倒れることを前提としてその時のための監視を《オーリオール》に頼みたいと言う事ですか?」

 

「ああ、そう取ってもらって構わない」

 

 リィンの要約にヴァンダイクは頷く。

 

「……できそうか?」

 

 リィンは人形に向かって尋ねる。

 

「良く分かりませんが、求められたのならそれに応えます」

 

 自信満々の言葉を返す人形にリィンは不安を大きくする。

 《オーリオール》とリィンの間にはノイやルフィナのような繋がりがあるわけではない。

 本来なら《オーリオール》の行動を諫める資格などリィンにはないのだが、彼の保護者気質が《オーリオール》を放置することはできなかった。

 

「ではやってくれるかね?」

 

「ええ、お任せください」

 

 ヴァンダイクの申し出に無表情ながらも意気揚々に人形は頷く。

 

「いえ、ちょっと待ってください」

 

 しかし、そこにリィンが待ったを掛ける。

 

「ヴァンダイク学院長、《オーリオール》を用務員として雇う事は当然給金が出るんですよね?」

 

「うむ、そのつもりだが?」

 

「だけど《オーリオール》は見ての通り、今は戦術殻の一種です。その根源も人とは別の価値観を持っている存在ですから」

 

「別に私は報酬など求めません。必要ならばリィンが受け取ってください」

 

「それはダメだ」

 

「うむ、リィン君の言う通りだな」

 

 無報酬で構わないと言い出す人形にリィンとヴァンダイクはそれを却下する。

 

「しかし、確かに《オーリオール》君に差し出せる報酬が想像できんな」

 

 相手が戦術殻であることを忘れるくらいに流暢に喋るため、人間ではないことを思い出してヴァンダイクは考え込む。

 何やら不思議な響きの名前をしていることもそうだが、少し話しただけでもその戦術殻の歪さはヴァンダイクにも理解できた。

 そしてリィンが《オーリオール》との距離感を測りかねていることは分かる。

 

「リィン君はその子を用務員として働かせること、そのものは認めるのかね?」

 

「ええ、俺もこの子にはもっと人と接して世界の広さを知ってもらいたいと思っています……

 ただ今回のように無作為に人を助けるのはその人のためにならない場合もありますし、《オーリオール》にその気がなかったとしても犯罪の片棒を担がされる可能性を考えると慎重に考えなければいけないことだと考えています」

 

「なるほど……」

 

 教育者としてリィンの主張をヴァンダイクは理解できる。

 

「それにこのままトワ会長の補佐にこの子を置いても、それは会長の負担を押し付けているだけで根本的な解決にはならないと思います」

 

「たしかにその通りだ」

 

 リィンの思慮深さにヴァンダイクは自分の浅慮を恥じる。

 同時に教育者として、学院の生徒ではなくても未熟な《オーリオール》を正しく導く手助けをしたいと考えてしまう。

 

「それにこれ以上、俺に関することで特別扱いを増やせば他の生徒達に示しが着かないでしょう」

 

「ううむ……」

 

 それを言われてしまえばヴァンダイクは提案を下げるしかなかった。

 

「しかし、その子はそれで納得するのかね?」

 

「納得させます。最悪は命令すれば、聞き届けてくれますから」

 

 リィンは不本意だがと顔に出しながら人形を見下ろす。

 今回の騒動はこの子の人の願いを聞き届け、叶えるという至宝の習性が暴走したようなもの。

 リィンがそれについて厳しく言い聞かせれば、再発することはないだろう。

 だが、彼女の自由意志を縛るような誓約で戒めることはリィンも本意ではないが、トールズやトリスタに大きな不和をもたらすなら、仕方がないと割り切り――

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 ――そこでアンゼリカが学院長室に乱入した。

 

「アンゼリカ先輩!? どうして……授業中ですよ?」

 

「まあまあリィン君、そんなことよりも今は《オーリオール》君のことだ」

 

 リィンの疑問を宥め透かして、アンゼリカは《オーリオール》を指差す。

 

「私も常々トワのオーバーワークに気になっていた。その子がトワの補佐をしてくれることは歓迎だ」

 

「それは俺も賛成です。トワ会長ならこの子に悪い影響を与えないと思いますから……だけど無償の施しを振る舞うのはこの子のためにならないんです」

 

「無償でなければ良いのだろう?」

 

 アンゼリカはしたり顔で頷き、リィンに向き直る。

 

「実はリィン君に顔繋ぎをして欲しいという私のクラスメイトがいるんだ……

 彼女たちはどうも先日、見掛けたノイ君やルフィナ君に興味津々でね。もちろんオーリオール君のことも知れば、その子にも関わりを持ちたいと言うだろう」

 

「む……それはラッセル博士たちのように分解したいとか言う興味ですか?」

 

 アンゼリカの言葉にリィンは警戒を強める。

 

「いやいや、そんな無粋な興味じゃないよ。言ってきているのは写真部や手芸部の子達だよ」

 

「写真部に……手芸部?」

 

「ふふ、普段は戦術教練で苦しめられているあの戦術殻がこんな可憐な人形となっているんだ。興味を持たないはずがない!」

 

 拳を握って力説するアンゼリカにリィンとヴァンダイクは黙り込み、《オーリオール》は理解できないのか首を傾げる。

 

「私が提案するのは彼女たちへの報酬を課外活動、つまり部活動への参加の許可を出すことです……

 そうすれば生徒会で《オーリオール》君に頼り切ることはなくなりますし、彼女たちも多くの人と交流することできます……

 そして学院にとっても妖精をこき使うという風聞を防ぐことに繋がるでしょう」

 

「部活動……」

 

「なるほど、それは一考してみても良いかもしれんな」

 

 意外とまともな案にリィンとヴァンダイクは悪くないと考える。

 

「写真部、手芸部に限らず、彼女たちの参加を認め受け入れてくれる部活はこれだけあります……

 後は教官たちの許可を得られれば、彼女たちが本校舎で過ごすことに問題はなくなるでしょう」

 

 そう言ってアンゼリカは署名のような紙を執務机の上に置く。

 手回しが良いことに二人は呆れるが、流石四大名門の令嬢だと納得もする。

 そしてアンゼリカはダメ押しと言わんばかりに主張を重ねる。

 

「学院長、リィン君。こう考えることはできませんか?

 ノイ君やオーリオール君、彼女たちはその特殊性から普通の教育を受けることは不可能。彼女たちを正しく教え導けるのは士官学院以外にないと」

 

「…………なるほど、君の熱意は分かった。どうかねオーリオール君、それにリィン君」

 

「どうって……俺に言われても……」

 

 まさか擁護されると思っていなかっただけにリィンは戸惑いながら話の中心となっている人形に言葉を掛ける。

 

「《オーリオール》はどうしたい?」

 

「どうしたいとは? 私はリィンの決定に従います」

 

「いや、そうじゃなくてだな……」

 

 判断を全て自分に投げて来る人形にリィンは困り顔をする。

 こういう自分に依存している部分をどうにかしたいと常々思っているので、ヴァンダイクやアンゼリカの生徒会や部活動に参加させる案は人の輪を広げると言う意味では悪くない方法だとリィンも思う。

 

「でも、どうしてアンゼリカ先輩がそこまでしてくれるんですか?」

 

「ふ、君は君の偉大な姉弟子の言葉を忘れたのかい?」

 

「それは……まさか――」

 

「そう“かわいいは正義”っ!」

 

 アンゼリカはいつかのように高らかに叫び――

 

「そして何よりも――」

 

「ん?」

 

「君がノイ君やルフィナさん、そしてオーリオール君の美少女を人形であることを良いことに夜な夜なその服を脱がせて――」

 

「…………」

 

 リィンはアンゼリカに白い目を向ける。

 

「…………」

 

 ヴァンダイクはやれやれと嘆くように肩を竦める。

 

「…………」

 

 人形は意味が分かっていないのか首を傾げる。

 

「今日はこんなに汚しちゃったんだね。ぐへへ……

 と言いながら三人のあんなところやこんなところを好き放題にしている!

 そんな蜜月をこれ以上一人で独占していると言うのなら私は君を許すことはできない!」

 

「そうですか……言いたいことはそれだけですね?」

 

 清々しい邪な欲望を叫ぶアンゼリカにリィンは拳を握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

「――と言う事があったんです」

 

 第三学生寮の自室。

 一日の授業を終えたリィンはルフィナとノイに今日の顛末を話した。

 

「そんなことになっていたのね……

 トロイメライの開発のために旧校舎に行っていると思っていたけど」

 

「リィンに迷惑かけちゃダメなの」

 

「解せません。私はただ人の願いを叶えていただけなのに……」

 

 ノイに怒られてオーリオールは納得がいかないと首を傾げる。

 

「まあ、悪気がなかったのは分かっているよ……

 むしろ今回の事は自分とオーリオールを区別してくれなかった帝国人に問題があった気もするし」

 

 ははは、とリィンは乾いた笑いを浮かべる。

 

「でも良いのかしら? オーリオールだけが生徒会で働くのに、私たちまで本校舎での行動の許可を貰っても?」

 

 ルフィナは間に合わせで作られた自分達のための三枚の書類の上に立って唸る。

 

「アンゼリカさんが言うにはノイやルフィナさんも是非、部活動に来て欲しいって……

 ああ、そういえばベアトリスク教官がルフィナさんに話があるから今度連れて来て欲しいとも言ってましたけど?」

 

「あら、そうなの? 分かったわ」

 

 リィンからの伝言を受け取り、ルフィナはノイに向き直る。

 

「それでノイちゃんはどうする? せっかくの機会だから学院見学をしてみる?」 

 

「う……」

 

 ルフィナに話を振られ、ノイはあからさまにたじろぐ。

 

「い、いい。わたしはここで十分だから」

 

 そう言うとノイはその姿を消して、《箱庭》へと逃げてしまう。

 

「あらあら」

 

「ノイの人見知りを直すのには時間が掛かりそうですね」

 

 そんな彼女の反応を二人は微笑ましく見守り――

 

「じー」

 

 そんな二人に物言いたげな視線を人形が向ける。

 

「ん? どうしたんだオーリオール?」

 

「……オーリオール……《輝く環》の総称……」

 

 既に知っている情報を呟く人形に二人は揃って首を傾げる。

 

「ノイ……この名前は《鋼の至宝》である《巨いなる一》の総称ではありませんね?」

 

「ああ、そうだな」

 

 《巨いなる一》を《輝く環》のように呼ぶならどんな呼び方になるのだろうかとリィンは考える。

 

 ――《グレートワン》? それとも……

 

「つまりノイは《鋼の至宝》の端末である戦術殻人形を現した呼称……」

 

 そう言ってオーリオールは自分を見下ろして黙り込む。

 

「…………もしかして《オーリオール》もノイみたいな名前が欲しいのか?」

 

 彼女の呟きを彼女に合わせるのなら、今の戦術殻の身体は《空の至宝》の端末であり《輝く環》そのものではない。

 

「…………別にそんなことは言っていません」

 

 そっぽを向きながら人形は言い訳を続ける。

 

「ただ“力”を十全に使えないこの端末では《輝く環》と呼ばれることに不適切だと感じています」

 

 そう理屈を付けて言い訳をする人形の意外な言葉にリィンとルフィナは顔を合わせて笑い合う。

 

「それじゃあ今日は《オーリオール》の――君の新しい名前を考えようか」

 

 その提案に人形は大きな反応はしなかったものの、名前を厳選するのに日付が変わる程の時間を有するのだった。

 

 

 

 

 

 トールズ士官学院生徒会室。

 

「はい、では今日はみんなに新しい生徒会のメンバーを紹介します」

 

 生徒会役員が集まったその一室でトワがそう切り出す。

 それに応えるように人形はふわりと彼女の前に浮かんで、並んだ生徒会員たちに向かって名乗る。

 

「本日付で着任しました。生徒会長補佐リン・オーリオールです」

 

 

 

 

 







サラ
「あら、どうしたのフィー? なんか不貞腐れてない?」

西風の“妖精”
「…………気のせい」



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