(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
そこは何もないただ白だけの無の世界。
何も存在せず、誰からも認識されない。現世の中にあって現世ではない狭間の世界。
そんな無の世界に今は二つの存在があった。
「ああああああああっ!」
白い髪に灼眼の少年が雄叫びを上げて太刀を振るう。
「オオオオオオオオッ!」
黒い機械人形が唸りを上げて拳を振るう。
二つの存在は気の遠くなるほどの時間をただひたすらに争い、その果てに――
「これで――終わりだっ!」
剥き出しになった“核”に少年の太刀が突き刺さる。
そして――
「うっ……」
日の光を瞼に感じ、リィン・シュバルツァーは目を開く。
「ここは……?」
当たりを見回せばそこは森の中だった。
「俺は……助かったのか?」
黒に染まったゾア・ギルスティンとの戦い。
無限とも言える悠久の時間をずっと戦い続けていたような気もすれば、一瞬の出来事だったような気がする。
「そうだ……帝国に戻らないと」
帝国で起きた内戦。
妹や仲間たちはどうなったのだろうかとリィンは不安を抱えながら森の中を当てもなく歩き、倒れた青年を見つけた。
「おい! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄りリィンは赤毛の青年を抱き起す。すると――
「うわあああああッ!」
青年はリィンの顔を見るなり悲鳴を上げた。
「男の声で目覚めてしまったァァァ!!」
そして、涙を散らして走り去って行った。
「え……?」
「おしまいだああああああああ」
青年の嘆きの悲鳴が森に木霊して消える。
「あ……待ってくれ」
我に返ったリィンは慌てて青年を追い駆けた。
青年が無事ならばそれで構わない。
だがここがどこで、街の方角が知りたいリィンは走り去った赤毛の青年を探す。
「…………見失ったか」
余程森の中を走り慣れているのか、リィンは結局青年を見つけることはできなかった。
「でも川を見つけられたのは僥倖だな」
クロスベルの地図を頭に思い浮かべながらリィンは川に沿って下流へと歩く。
すると先程とは違う、リィンにとって見知った青年の姿を見つけた。
「ヨシュアさん!?」
黒髪の青年は川辺に膝を着き、川底を覗き込んでいる。
彼には戻れない自分に代わって妹たちの保護を頼んでいただけに、気持ちを逸らせて駆け寄る。
「ヨシュ――」
「ふっ……今日も僕はなんて美しいんだ」
水面に映る自分の顔にヨシュアは悦に浸って酔いしれていた。
「………………」
リィンの存在に気付かず、ヨシュアは顎に手を当て角度をつけてみたり、髪をかき上げて様々なポーズを水面に移して一番美しく映るポーズを模索する。
「オレはナニもミていない」
リィンは回れ右をしてその場を後にした。
「まさかヨシュアさんにあんな趣味があったとは……」
幸いなことにヨシュアに気取られることなくあの場から逃げ出すことに成功した。
「人とは分からないものだな」
リィンが知っているヨシュアは確かに女性に変装しても違和感のない端正な顔立ちをしている。
だが、今まで一度も彼はナルシストであることをリィンに気取らせることはなかった。
「流石は元執行者と言うべきか……」
かつて同じ女性を好きになった男同志としてはちょっと複雑な気持ちになるリィンだった。
「いや、それよりヨシュアさんがいたと言う事は近くに――」
「おや、リィン君じゃないか」
青い空、森の中、リィンの前に、全裸の男が現れた。
「破甲拳っ!」
「ぐふっ!?」
リィンの先制攻撃、クリティカル。全裸は倒れた。
「あれ……?」
拳の手応えにリィンは若干の違和感を覚え、打たれた腹を抑えて蹲る全裸に声を掛ける。
「オオオオオオオオ……」
「オリヴァルト殿下ですよね?」
リィンの呼び掛けに全裸のオリヴァルトは唸るのをやめると、見せつけるようにポーズを極めながら名乗る。
「そうさ。何を隠そうボクはエレボニア帝国の皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールさ」
「…………本当に?」
「ふ……この二つとない美しい肉体美こそ何よりの証拠だろ?
ところでリィン君、イメージチェンジでもしたのかい? その白髪と灼眼の瞳、なかなか似合っているじゃないか?」
「はぁ……」
《鬼の力》が発現していた状態をオリヴァルトは何度も見ているはずなのに、まるで初めて見たような反応にリィンは首を傾げる。
彼に感じる違和感が大きくなる。
「でも先程の腹を殴った感覚が……」
「うん……?」
「随分柔らかかったですね」
「やわらかいっ!?」
リィンの呟きに全裸はくわっと目を見開く。
「いつもはもっと固い手応えと言うか……引き締まっていると言うか……今は随分と腹筋が落ちているような?」
「ぐはっ!? ごふっ! かはっ!?」
思案して違和感の正体を突き止めようとするリィンが言葉を呟く度にオリヴァルトは致命傷を負わされたように痙攣する。
誰に見せても恥ずかしくない肉体美だからこそ、オリヴァルトは惜しげもなく全裸でいた。
しかし、リィンの指摘はオリヴァルトの自信を真っ向から打ち砕く暴力だった。
「り……リィン君のばかああああっ!」
「オリヴァルト殿下!?」
「ミュラーに言いつけてやるううううううっ!」
捨て台詞を残して走り去る全裸にリィンは呆然と立ち尽くした。
とりあえずオリヴァルトが去っていた方角にリィンは歩を進めることにした。
「いったい何なんだ?」
ヨシュアとオリヴァルト。
その二人にとてつもない違和感を覚えずにはいられない。いや、平常運転なのかもしれないが、ともかく何かがおかしいと考える。
「おはようございますっ! ティータ先輩っ!」
「はわわっ……やめてください! アガットさん! あ、でもこれはこれで……」
「ふふ、今日も愚民どもが囀っていますね」
「ふへへ、かわいいものがいっぱい……しあわせ……」
「何だこれは……」
街の中にはリィンのよく知っている人達がいた。
しかし、彼らはそれぞれ立場があり、多忙な身。
もうリベールの異変の時のように一堂に会する場がないとさえ思っていた仲間たちにリィンは驚き――
「あれ?」
黒髪の少年がリィンの前で振り返った。
その少年はアメジストの瞳で白髪灼眼のリィンをジッと見つめる。そして――
「俺がいるっ!?」
黒髪紫眼の少年は《鬼の力》を顕現させた自分の姿に死ぬほどの驚愕の声を上げるのだった。
*
「なるほど……」
リィンの前でピッカードと呼ばれる食用獣が腕を組んで唸る。
「本来の流れとは別世界のリィン君ですか」
知恵者のように振る舞うピッカードの名前はラッピィ。
リィンは彼からこの世界について一通りの説明を受ける。
「異世界ザナドゥか……にわかには信じられないな」
「それは俺も同じだ」
リィンの呟きにリィンは頷く。
「まあ、私たちもこの空間の全てを把握できていないのでそういうこともあるでしょう……
現に、ゼムリア大陸以外の世界からもやって来る人達は多いですし、時間軸さえ違いますから」
ラッピィはよくあることだとリィンの疑惑を流す。
「それで俺は元の世界に帰れるんでしょうか?」
「ちょっと待ってくれるかな。君の情報を探してみよう」
そう言うとラッピィは分厚い辞書のような本を開く。
彼の邪魔をしてはいけないと、リィンは口を噤みリィンと目が合った。
「えっと……」
「はは……」
色違いとはいえ、同じ顔を鏡以外で見ると複雑な気持ちになる。
「君は俺なんだろうけど、随分違うみたいだな?」
「俺と君の違いは老師に修行を打ち切られた時、リベールに家出したことだろうな」
「家出……もしかして……その髪と……《鬼の力》と関係があるのか?」
リィンの瞳に縋るような光が宿るのをリィンは見逃さなかった。
年齢は同じであるが、辿った軌跡が違う二人の心の持ちようには決定的な差がついていた。
「まあ……いろいろあったからな……」
彼はおそらく初恋さえ経験していないのだろう。
《鬼の力》に畏れを抱いている彼にそんな余裕がないことは誰よりも理解しているが、自分の話ではアネラスがしてくれたようにその蟠りを解きほぐすことはできないだろう。
「教えてくれないか」
真っ直ぐに自分を見つめるリィンに自分はエステル達にこんな風に見られていたのかと表情に出さないように苦笑いする。
語った所で意味はない。
それでも自分が一歩でも前に進める切っ掛けになるのならと、リィンは懐かしむ気持ちで言葉を選ぶ。
「そうだな……何から話そうか……」
リィンは出された紅茶を口に含み――
「分かりました。君は超帝国人リィン・シュバルツァー君ですね」
次の瞬間、リィン(超)はむせた。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「超帝国人……何ですかそれは!?」
「ちょ、ちょっと待て俺っ!?」
目をキラキラさせて興味津々に詰め寄って来るリィンにリィン(超)は本当に彼が自分なのか疑う。
どちらかと言えば、それはクリスに近い興奮。
こんなだったかとリィン(超)は頭を悩ます。
「もしかしてこれが《理》の歪み?」
「かもしれませんね……
このザナドゥに来た者はその時点で《理》を歪まされていますから、貴方にも少なからず変わったところがあるでしょう?」
「ああ、それなら大丈夫です」
ラッピィの言葉にリィンは問題ないと答える。
「と言うと?」
「その歪みってこの猫を肩に乗せたような重さのことですよね?
この程度の“歪み”にどうこうされるほど、軟な鍛え方はしていません」
「ネコ……」
数多くの者達がザナドゥを訪れているのだが、“歪み”をちょっとした荷物と表現して諍えている者などラッピィは見たことはない。
「なるほどこれが《超帝国人》!」
「ラッピィさんっ!?」
果たして、リィン・シュバルツァーは元の世界線のゼムリア大陸に戻れるのか。
このキャラが歪んだザナドゥの地で何を得て、何を失うのか。
この時のリィンはあんなことになるとは想像することもしていなかった。
こんな一幕
「リィン・シュバルツァー。手合わせをしませんか?」
「アリアンロードさん?」
鎧を着込んで槍をブンブンと振ったアリアンロードが現れた。
「このザナドゥで巡り合ったのも何かの縁……
立場上、私の世界の貴方とは馴れ合う事はできませんが、良ければ《騎神》の使い方と言うものを教えて差し上げましょう」
「それはありがたいですね」
凛々しい顔で提案するアリアンロードにリィンは嬉しそうに快諾する。
(見たところ、このリィン・シュバルツァーは内戦が始まったばかりの頃……
なかなかの使い手に育っているようですが、《騎神》を使った戦闘には慣れていないでしょう……
フフ、ここで先達である起動者の威厳を見せ手解きをすれば、私はリィン・シュバルツァーの師匠……あわよくばお母さんと……フフフ)
「うごご……マスターがちゃんと鎧を纏ってくれたのは良いですが……ぐぬぬぬ」
凛々しい顔を保つ内心で歪んだことを考えているアリアンロード。
そしてその背後で頭を抱えて嫉妬を燃やすデュバリィ。
「出でよ、《銀の騎神》アルグレオンッ! さあリィン! 貴方も《騎神》を出しなさい!」
「ええ……降臨せよっ! 《零の騎神》ゾア・ギルスティンッ!」
「………………リィン・シュバルツァー……それは何ですか?」
「キーアが《零の至宝》の力で三つの《神機》を融合させてつくった八番目の《騎神》です」
「…………そうですか……」
アリアンロードは凛々しい顔を保ちながら訳が分からないと思考を停止させる。
「俺はこの《騎神》を調伏したばかり、250年も乗りこなしている貴方には圧倒的に劣りますが、ですので胸を貸して戴きます」
「良いでしょうっ! 来なさい! リィン・シュバルツァーッ!」
*
その後、何とか威厳を保つことに成功したアリアンロードはリィンとお茶会をする。
リィン、リベールの四輪の塔でアリアンロードと初めて会った時のことを話す。
アリアンロードは微笑んでいる。
リィン、リベル=アークでアリアンロードとガチで戦った時のことを話す。
アリアンロードは微笑んでいる。
リィン、影の国でアルグレオンと戦った時のことを話す。
アリアンロードは微笑んでいる。
リィン、温泉郷ユミルに結社が慰安旅行に来た時のことを話す。
アリアンロードは――
リィン、“八耀”の太刀のことを話す。
アリアンロードは――
リィン、クロスベルで本気のアルグレオンと戦った時のことを話す。
アリアンロードは――
リィン、自分は《黒》にしてやられたことを嘆く。
アリアンロードはリィンを慰めた。
リィン、話を終えて去って行く。
アリアンロードは微笑んでリィンを見送った。
「フフ、どうやら私はまだ《黒》の存在を甘く見ていたようですね……
《理》などに歪められている場合ではないですね……鍛え直す必要があるようです。待っていなさい……《鋼の聖女》」
アリアンロードは《黒》――ではなく別の世界の自分に対抗意識を燃やした。
少し遅れたエイプリルフールネタになります。
ファルコム学園の時空に本編終了後のリィンが迷い込む話になります。
本編にはいっさい関わることはないお話なのでご注意ください。