(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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16話 魔都Ⅰ

 

《D∴G教団》。

 それはかつてゼムリア大陸全土に存在していた、女神の存在を否定する狂気の教団だった。

 各国から多数の子供を誘拐して《儀式》と称して非道な実験を行い、そのあまりにも凶悪な在り方に各国の警察や軍隊、遊撃士協会が共同戦線を張って殲滅作戦を行う程だった。

 しかもそれだけにはとどまらず《結社》や《星杯騎士団》までも秘密裏にその作戦に協力する程にその教団はあまりにも度が過ぎていた。

 六年前、ゼムリア大陸各地に点在する《D∴G教団》の拠点に対して一斉に襲撃作戦が決行された。

 各拠点での戦闘は熾烈を極め、捕縛された信者の大半が自決し、更に《儀式》の犠牲になった子供達の無残な遺体が大量に発見される、まさに地獄絵図そのものの光景が繰り広げられた。

 この作戦によって本体を崩壊させることができたのものの、《教団》そのものは完全に潰すことは叶わなかった。

 そしてその生き残った《教団》の司祭がクロスベルの地で再起を図っていた。

 

 

 

「クルト、もう良いっ! 俺達のことよりもキーアを連れて逃げてくれっ!」

 

「馬鹿なことを言わないでくださいっ!」

 

 IBCビルの前、クルト・ヴァンダールは魔導剣を固く握りしめてロイドに言い返す。

 

「はははっ! 逃げても良いがそんなことをしたら彼女たちがどうなるか分かっているかな?」

 

 ロイドの背後で警備隊の女性が自分のこめかみに導力銃を突きつけながら醜悪な笑い声を上げる。

 女性は《D∴G教団》の司祭を名乗る男に何処からか操られてきた被害者。

 そしてそれは彼女だけではなかった。

 彼女の背後にずらりと並ぶ警備隊員は一様に空ろな顔をしていていつでも自害できるようにされていた。

 

「っ――っ……」

 

 さらにはクルトの背後でエリィが導力銃を顎下に突きつけて抵抗するように体を震わせていた。

 

「クルト遠慮はいらない! 俺達を倒せっ!」

 

 そう言いながらランディがスタンハルバートをぎこちない動きでクルトに向けて振り下ろす。

 

「くっ――」

 

 余裕をもってクルトはランディの一撃を避ける。

 

「もうやめてっ! 行くからっ! キーアが行くからもうやめてっ!」

 

「ダメですキーア! 中に入っていてください」

 

 クルトの背後、IBCビルの玄関先でキーアが泣き叫び、ティオがそんな彼女を抱き締めて押し留める。

 

「っ――」

 

「おっと《風の剣聖》殿、不用意な行動は慎んでもらえるかな? 私もこんな幼気な子供の手を血で汚させたくはないからね」

 

「貴様……シズクの声でしゃべるなっ!」

 

 彼らの傍らに棒立ちすることを強いられているアリオスは自分の目の前に太刀を抱えるようにして立ち塞がる娘に目を伏せて呪詛を吐く。

 シズクの身体や警備隊、さらにはクロスベルで暴れているマフィアに魔獣を操る者こそが《D∴G教団》の司祭、ヨアヒム・ギュンター。

 表向きは聖ウルスラ医科大学の准教授だった彼は《グノーシス》と呼ばれる《教団》が造り出した薬を使って、マフィアの《ルヴァーチェ》、ベルガード門の警備隊を傀儡にした。

 しかし、それだけに留まらず。医科大学の職員たち。

 そして裏の顔を知らずに《グノーシス》の成分を調べて欲しいとやってきたロイド達は飲み物に混ぜる形で《グノーシス》を摂取させられた。

 ロイド達が摂取した量は微々たるもので、完全に自我を奪われているマフィアや警備隊と違って意識ははっきりとしていて、身体の自由も本気で抵抗すれば鈍くなる。

 だが、それは気休めにしかならなかった。

 逃げ込んだIBCで籠城戦を行うものの、圧倒的な数の暴力にロイド達は屈しかけた。

 アリオスの援軍が来て窮地を脱したかと思ったところで、その仕込みと病院から行方不明になっていたシズクを使われて今の状況に至る。

 この状況で自由なのは、その時留守番をしていたクルトと《グノーシス》に抵抗力があったティオの二人のみ。

 勝敗はヨアヒムが動き始めた時点で決していた。

 

「くくく……御安心をキーア様。貴女を誑かした大罪人はもうすぐ裁かれるっ!」

 

 キーアの悲痛な叫びを無視してヨアヒムは愉悦の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 クロスベルの住宅街。

 マインツ山道に続く道からおびただしい数の軍用犬と大型魔獣よりも二回りも大きな幻獣が街に向かって雪崩れ込んできていた。

 

「うりゃああああああっ!

 

「はああああああああっ!」

 

 先行する魔獣の群れにエステルとヨシュアは一切怯まずに飛び込んで、棒と双剣が乱舞する。

 街に入り込んだ魔獣を押し返す怒涛の勢いで戦う。

 日が沈む前からすでに夜は深くなっているというのにその勢いは全く衰えない。

 

「秘技――幻影奇襲っ!」

 

 魔獣を片手間に屠りながらヨシュアが一際大きい幻獣を全方位から斬りつける。

 

「鳳凰烈波っ!」

 

 態勢を崩した幻獣にエステルがすかさず焔の一撃を叩き込む。

 断末魔の声を上げて崩れ落ちる幻獣だが、それで終わらないことをエステルとヨシュアはこれまでの戦いで良く知っていた。故に――

 

「レンッ!」

 

 エステルは一時休戦している彼女の名前を叫ぶ。

 

「ゴルゴンブレスッ! ダイヤモンドダストッ!」

 

 時間差で駆動した二つのアーツが同時に下から石化のガスと上から凍てつく冷気が放たれる。

 二つの導力魔法が重なり石と氷で復活しようとしていた幻獣を固める。

 

「うわっ!? トヴァルさん並みの早さじゃない」

 

 レンの導力魔法にエステルは驚く。

 

「そんなことよりも次が来るわよエステル!」

 

「ああ、もうっ! 本当に一息つく暇もないわっ!」

 

 昼間から戦い続けているエステルは肩で息を整えながら棒を構え直す。

 さらには赤い目を光らせた軍用犬が血を流しながらも起き上がり、エステル達を取り囲み、唸り声を上げて威嚇する。

 

「こいつらまで――まさか本当に不死身なのっ!?」

 

「原理は幻獣と同じよ! 《グノーシス》を投与されて操られてるけど、そっちは肉体があるからバラバラにすれば動けなくなるはずよ!」

 

「エステル、軍用犬は僕が相手をする。君はレンと一緒に幻獣をお願い」

 

「オッケーッ!」

 

 エステルはその場にヨシュアを残し、山道から街に入ってこようとする幻獣に向かって駆け出した。

 他の西クロスベル街道や東クロスベル街道、ウルスラ街道にもそれぞれ死なない幻獣が一体ずつ。

 しかし、マインツ山道には計五体。

 内の三体は《パテル=マテル》が抑え込んでいるが、まるでそれを見越した戦力配分のようにも考えられる。

 まるで誰かの掌の上で踊っているような気がしてレンは苛立つ。

 

「あんた達と遊んでいる暇なんてないんだから……」

 

 したくもないエステルとの共闘を呑み込んだのは行方不明になったコリンを少しでも早く助け出すため。

 そして、その子の両親がいる住宅街に幻獣が入り込もうとしている事態も見過ごすわけにはいかなかった。

 ただでさえクロスベルの街は至る所で操られた警備隊やマフィアが暴れ回っている。

 ここで魔獣や幻獣の侵入を許したら、街はさらなる混乱に陥るのは明白だった。

 

「だから――レンの邪魔をしないでっ!」

 

 レンの苛立ちが籠った一撃が幻獣の首を刈る。

 これで数分の時間が稼げると、レンは次の敵を探そうとして衝撃に吹き飛ばされた。

 

「え――」

 

 吹き飛ばされながら聞いたのは鳥の羽音。

 いつの間にか上空には無数の、目に赤い光を宿した鳥型魔獣と幻獣が飛び交っていて、獲物を仕留めて油断したレンを急降下して爪で攻撃を浴びせたのはそれだった。

 

「レンッ!?」

 

 背中を切り裂かれ地面に転がったレンにエステルは眦を上げる。

 

「こんのおっ! 邪魔っ!」

 

 エステルは怒りの一撃をその幻獣に叩き込むが怯みはするがそれだけだった。

 

「っ……」

 

 攻撃を喰らった痛みを切っ掛けにそれまで蓄積していた疲労が一気に噴き出しレンの身体を苛む。

 しかし、それを押して大鎌を杖にして立ち上がるが、目の前に石と氷で封じた幻獣がそれらを破ってレンの前に立つ。

 

「――――あっ……」

 

 巨大な腕がレンを押し潰すために振り上げられる。

 

「レンッ――がっ――」

 

「くっ――邪魔をするなっ!」

 

 レンのフォローに走ろうとするエステルが幻獣の突進を食らう。

 ヨシュアは群がる軍用犬の中に呑まれる。

 《パテル=マテル》が反応するが拘束が緩んだ三体の幻獣が暴れて倒される。

 誰もがレンに向けて、手を伸ばすが誰も駆けつけることはできない。しかし――

 

「うあああああああっ!」

 

 悲鳴のような雄叫びのような声と共に連続した銃弾がレンの目の前の幻獣に撃ち込まれた。

 威力の低い導力銃なのか、痛痒も感じた様子もなく幻獣はレンからその男に視線を向ける。

 

「っ――」

 

 レンと幻獣の間に立ち塞がるように駆け込んできたスミレ色の髪の男は護身用の導力銃のマガジンを交換して幻獣に銃口を向けて乱射する。

 

「…………どう……して……」

 

 レンは今の状況を忘れ、その背中に見入って呆然と呟く。

 そして次の瞬間、懐かしい匂いに包まれ抱き締められた。

 

「っ――」

 

 覆い被さるように抱き締められ、顔は見えない。

 しかしそれでもそれが誰なのかレンはすぐに分かる。

 彼が、彼女がここにいるはずはない。確かに戦場は彼らの家から近いがそれでも見える範囲ではなし、魔獣が暴れているところに来るはずもない。

 なのに彼らはまるで導かれるように現れた。

 聡明なレンの頭脳をもってしても、その疑問に対して答えを出せない。

 

「大丈夫だから大丈夫だから……」

 

 目をきつく閉じ、レンに覆い被さるように抱き締める女性は身体を震わせながらもレンに安心させる言葉を投げかける。

 

「どうして……?」

 

 繰り返す自問自答に答えは出ない。

 導力銃を乱射する男は瞬く間に弾を撃ち尽くし、空打ちし震えながらも歯を食いしばって幻獣の前に立ち塞がる。

 

「何をしているの!? レンの事なんて放っておいて逃げなさい!」

 

 我に返ったレンが叫ぶ。

 

「あなた達には攫われた男の子がいるんでしょ!? だったらレンなんか放っておくべきなのよ!

 レンはあなた達よりずっと強いんだからっ! だから――だから……」

 

 自分でも何が言いたいのか分からずレンは口ごもる。

 

「レンちゃんっていうのか……大丈夫だ。君は絶対に死なせないっ」

 

 返って来たのは穏やかな言葉だった。

 何故レンが二人に子供がいるのを知っているのか、それを彼らが疑問に感じている余裕はない。

 攫われた子供のことを――殺してしまった子供への誓いを思えば、見ず知らずの子供など放っておいて自分たちが生き延びることだけを一番に考えなければいけないはずなのに彼らは危険と分かっていてそこに現れた。

 

「レンッ!」

 

「ヘイワースさん」

 

 ハロルドが割って入ってできた数秒でエステルは幻獣を押し返し、ヨシュアは軍用犬を切り払う。

 だが、エステルは別の幻獣の攻撃に吹き飛ばされ、ヨシュアは首だけとなっても噛みついてくる軍用犬を振り切れない。

 

「やめて……」

 

 きつく抱き締める抱擁からもがき顔を出すと、そこには懐かしい背中の向こうに改めて腕を振り上げた幻獣の姿があった。

 次の瞬間にはその凶悪な爪を携えた腕が振り抜かれ、レンを諸共に三人纏めて薙ぎ払われるだろう。

 わずかな刹那でレンは打開策を探す。

 レン自身はまだ体が痺れて動けない。

 エステルは余力を出し切る勢いで全力で目の前の幻獣を倒しにかかるが、一撃が致命打にならず幻獣を止めるには至らない。

 ヨシュアは手足を首しかない軍用犬に噛みつかれながら、分け身だけを飛ばしてレン達の救援に走るがその速度はいつもの半分もない。

 《パテル=マテル》の初動ではどうしても間に合わない。

 ここにはない可能性を模索する。

 ケビンやリィンに救援を要請したのは二時間程前。

 ケビンはタイミング悪く、アルテリア法国にいて例えメルカバを使ってもすぐには到着できない。

 リィンもトリスタからは鉄道で四時間。さらには《グノーシス》で汚染されているベルガード門を通ることを考えればさらに時間は掛かるかもしれない。

 

「……やめて……」

 

 明晰な頭脳が無情な答えをレンに突きつける。

 二人の身体を盾にして自分だけが生き残る。

 そして例えこの瞬間生き残ったとしても、その後の追撃にレンが生き残る術はない。

 

「逃げて……お願いだからあなた達だけでも逃げてっ!」

 

 レンの悲痛な叫びにハロルドは応えない。ソフィアはなお一層にレンを抱き締める力を強くする。

 幸せになると誓っていたはずなのに、彼らには生きなければならない理由も執着もあるはずなのに、それでも彼らは躊躇うことなく自分たちの身を盾にする。

 

「誰か――助けてっ!」

 

 レンが執行者になってから初めて、嗚咽を交えて強く懇願する。

 エステルとヨシュアは全力から更に力を振り絞り、それぞれ手に持つ棒と双剣を幻獣に投げつける。

 棒の一撃は目の前の幻獣を仰け反らせ、双剣は二つの目に突き立ち視界を奪う。

 妨害を受けた幻獣は怯んだものの、何の影響も無い上空の鳥たちは一斉にレン達に向かって降り注ぎ――焔の剣閃に纏めて薙ぎ払われた。

 

「え……?」

 

 夜のクロスベルを焔が明るく照らす。

 

「何が――」

 

 レン達が助かったことに安堵しながらも思わずエステルとヨシュアは呆然と空を見上げる。

 焔に照らされた空。

 まだ鳥型魔獣が多い空の中に一際大きな紅い影がエステル達の頭上を旋回して、何かを落とした。

 

「へ……?」

 

 次の瞬間、白い髪の少年がレン達の前にいる幻獣の頭上に太刀を突き立てた。

 エステル達の攻撃をいくら受けても再生を繰り返し、何度も立ち上がって来ていた幻獣は、断末魔の声を上げながらあっさりと霞となって消滅する。

 霧散した魔獣の上から地面に危なげなく着地した少年はそのまま、赤い刀身の太刀を無造作に一閃すると、その剣風を受けた軍用犬たちは糸が切れたように倒れていく。

 そして倒した魔獣たちを一顧だにせず、次の瞬間には一足でエステルの前に踏み込んで見せると、太刀を一閃しエステルの背後に迫っていた二体の幻獣を一息で斬り伏せる。

 その幻獣も先程と同じように霞となって消滅し、周囲の脅威をとりあえず排除した事を確認した白い少年――リィン・シュバルツァーは顔を上げた。

 

「お待たせしました、エステルさん達」

 

「いやいやいや……お待たせしましたって……」

 

 エステルは状況を忘れて首を振る。

 まだ彼に連絡を取って二時間ほどしか経っていない。

 彼がいる帝国のトリスタからクロスベルまで鉄道を使っても四時間は掛かる。

 さらには帝国側の境界になるベルガード門が敵の手に落ちている以上、それ以上の時間が掛かるとエステル達は想定していた。

 根性論でどうにかなるものではないとエステルも分かっていただけに、半分の時間でクロスベルに現れたリィンに喜ぶ前に戸惑う。

 

「レンちゃん! エステルお姉ちゃん、それにヨシュアお兄ちゃんっ!」

 

「その声はティータ――って紅いトロイメライッ!?」

 

 リィンに遅れて空から降りてきた機械人形にエステルは今度こそ驚く。

 

「トロイメライ……ヴァレリア湖からサルベージできたって聞いてはいたけど……

 そうか。確かトリスタで研究しているって話だった……いやでもたった一ヶ月でドラギオンの飛行ユニットを作ったのか?」

 

 流石のヨシュアも思わぬ機体の登場に目を丸くする。

 ふわりと重力を感じさせないほどに静かに着地したトロイメライの頭部ユニットが上に開き、その中から先ほどの声の主であるティータが顔を見せる。

 そして同行していたのはリィンとティータだけではなかった。

 着陸したトロイメライの腕から地面に飛び降りると同時に安堵の息を吐いたサラが、顔をすぐに引き締めてエステル達に向き直る。

 

「救援要請を受けて来ました《A級遊撃士》サラ・バレスタインと《G級遊撃士》リィン・シュバルツァー、そして民間協力者のティータ・ラッセルよ……

 両名共に休職中の身でありますが、一時的な復帰を認めてもらえますか?」

 

「あ……はい。エステル・ブライトとヨシュア・ブライト両名が証人としてお二人の復帰を認めます」

 

 本来なら受付で復帰の手続きは必要になるが、エステルが承認する形で申請を口頭だけで済ませる。

 正式な手続きは事後承諾になるが、これで二人は帝国の教官・生徒ではなく遊撃士としてこのクロスベルの戦いに介入する口実を固める。

 しかし――

 

「《G級》……?」

 

 思わずそう評されたリィンの顔を見てエステルは首を傾げた。

 それに釣られてサラとヨシュアもリィンを振り返る。

 

「ええ……まだ正遊撃士になって何の依頼も達成してないから《G級》ね」

 

「うん……まあランクと実力は必ずしも比例するわけじゃないから」

 

 微妙な顔をしたサラとヨシュアはエステルが感じた違和感に頷くのだった。

 

 

 

 

「ちっ……いい加減諦めたらどうだ?」

 

 苛立ちが籠った声が他人の口を借りてクルトに向けられる。

 いくら動きがぎこちないと言っても《グノーシス》によって肉体のリミッターを外されたロイドとランディの攻撃にクルトはいつまでも捌くことはできず一撃をもらったことを皮切りに徐々に追い詰められていた。

 導力が切れた魔導剣は柄だけになっている。

 導力が回復すればまた刃を展開することもできるかもしれないが、それを悠長に待っている余裕はない。

 身体を血で染めながらクルトはそれでも刃のない柄を構えて、立ち塞がる。

 

「クルト……」

 

「大丈夫です……ロイドさん……ランディさん……もうすぐ……もうすぐですから」

 

 不甲斐ない自分達を責めた顔をしているロイドとランディにクルトは笑みを返す。

 そうもうすぐ。

 視界の端、クロスベルの西の空が一瞬だけ焔に照らされた瞬間、クルトはそれが何なのか直感で理解した。

 彼が来ればこの絶望的な状況をひっくり返すことができる。

 根拠はないがクルトはそう確信していた。

 

「ふん! 何がもうすぐだ。勝敗は戦う前にすでに決しているというのに無駄な足掻きを……これだから居もしない女神の奇蹟を信じる愚か者は困る」

 

 ヨアヒムがボロボロのクルトを嘲笑う。

 

 ――何とでも言え……

 

 ヨアヒムの言葉に何も返さずクルトは息を整える。

 そんな歯牙にもかけない態度が気に障ったのか、それともしぶといクルトに飽きたのかヨアヒムはロイド達に命令する。

 

「もういい、殺せ」

 

 それまで曖昧だった命令と違い、明確な殺意を伴った言葉はそれまで以上の強制力でロイドとランディの動きを縛る。

 

「ぐっ――がっ――」

 

「クルト――もう良い俺達を殺せ。これ以上はお前が死んじまうっ!」

 

 勝手に動く体に諍えずただ抵抗するしかない状況にランディが自分を殺せと叫ぶ。

 

「馬鹿なことを言わないでください……御二人もあの焔を見たなら分かるはずです……

 だったら後少し持ちこたえるだけで僕の勝ちなんです……だからそんなこと言わないでください……

 それに……今良い所なんです……何かが掴めそうで……」

 

 場違いと分かっていてもクルトは口元に笑みを浮かべてしまう。

 相対しているのは敵ではなく仲間。

 背中には守るべき少女。

 勝ってはいけない戦いであり、同時に負けてはいけない戦い。

 道場では決して知ることができなかった仲間の命を背負う責任の重さは途轍もなく重いのに、それ以上に体はどれだけ傷付いても決して倒れないという気概だけで動いてくれる。

 それがとても心地よく感じられ、ただ速いだけのロイドとランディの攻撃をクルトは自分でも信じられないくらいに力まずに捌けていた。

 

「頃合いか……」

 

 彼らの戦いを見守っていたアリオスは唐突に呟いた。

 

「っ――動くなよ《風の剣聖》。一歩でも動いたらこの娘の命はないぞ」

 

 呆然と立ち尽くすシズクに警備隊の男が見せつけるように銃口を突き付ける。

 アリオスはそれを一瞥して、言われた通り動くことなくロイド達に話しかける。

 

「情けないものだな」

 

「ア、アリオスさん!?」

 

 掛けられたのは罵倒の言葉。

 ロイドは何も言い返せずに押し黙る。

 

「無警戒で《グノーシス》を飲まされたこと……これはまあ良い。だが今の体たらくは何だ?」

 

「あんたが言えることかよ!? 娘を預けている病院の先公が教団関係者だったのに気付かなかったのはあんたも同じだろうが!」

 

「ああ、それに関しては返す言葉もない……

 だがお前たちが今無様に操られていることは別問題だ」

 

「何だと……俺達だって必死に――」

 

「全力で諍っていると言うのなら、何故《ウォークライ》を使わない?」

 

「それは……」

 

 アリオスの指摘にランディは息を呑む。

 

「お前が何を畏れているかは知らんが、お前に流れている《猟兵の血》は所詮はただの《力》だ……

 それを認めない限り、お前は今の場所から一歩も進むことはできないぞ」

 

「それを使ってクルトに襲い掛かったらどうなるか、分からないオッサンじゃねえだろ!?」

 

「ふん……お前たち程度で潰されるような男か? お前は結局、仲間も自分も信用していないだけだ」

 

「っ――」

 

「できないことを猟兵だったからと言い訳をするのは簡単だ。だがそれではいつまで経っても先に進むことはできないぞ」

 

 痛い所を突くアリオスの言葉にランディは押し黙る。

 

「それからロイド。兄の後を継ぐと言っておいてその程度か? お前にガイと同じバニングスの血が流れているのならその程度の呪縛は振り払えるはずだ」

 

「バニングスの血?」

 

「ガイから聞いていないのか? バニングス家に伝わる特別な力があることを……

 知らないなら知らないでそれで良いが、それがお前たちの限界だと言うのなら俺は何も言わん。後は俺達――遊撃士に全てを任せるんだな」

 

 らしくもないアリオスの挑発の言葉に二人は押し黙る。

 

「っ――黙って聞いてりゃ好き勝手にべらべらと――」

 

 スタンハルバートを振り被り、踏み出した足を強引に押し留めランディは歯を食いしばってアリオスを振り返って睨み付ける。

 

「どうなっても知らねえからなっ!」

 

 ランディは内に秘めた闘気を爆発させ、《グノーシス》の強制力に諍う。

 

「兄貴……父さん、母さん……俺の血に本当にそんな力があるなら、みんなの力を今ここで貸してくれっ!」

 

 隣に立つランディの《ウォークライ》を真似してロイドもまた闘気を解放する。

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

「ハアアアアアアアアアッ!」

 

 体力が一気に削られる。高めた力の反動で意識が飛ぶ。

 それらを無理やり抑え込み、さらに力を絞り出す。

 クルトがあれ程までに身を削り、身体を張ってくれている。

 ならば自分たちもそうするべきだと、キーアをこれ以上苦しませるなら死んだ方がマシだと言わんばかりに二人は命を燃やす。

 

「どうした? それが限界か? リィンならその程度の軛、簡単に振り払うぞ」

 

「ふっ――ざけんなっ!」

 

「ロイド、ここでガイを超えて見せろ」

 

「っ――はいっ!」

 

 アリオスの発破に二人はさらに力を高める。

 そして――何かが砕ける音が響き渡った。

 二人はそのまま力尽きたようにその場に膝を着いて肩で息を吐く。

 

「はっ……あーやだやだ。こんなの俺のキャラじゃねえっての……」

 

「っ……そんな軽口を言っている場合か……」

 

 生と死の境界を跨いだというのに真っ先に軽口を叩くランディにロイドは思わず笑みをこぼす。

 そんな二人にアリオスもまた笑みを持って言葉を掛ける。

 

「ふっ……覚えておけ。それが《理》と呼ばれる極致の一端だ」

 

 全てを出し切った二人をアリオスが称賛する。

 

「馬鹿なっ! 矮小な人間如きが《グノーシス》の軛を自力で解いただと! あり得ないっ!」

 

 対して想定外のことにヨアヒムは狼狽える。

 

「ロイドさん……ランディさん……」

 

「すまなかったクルト。もう大丈夫だ」

 

 身体に漲る力を感じながらロイドは警備隊に向き直る。

 

「もうこいつの好きにはさせない。エリィもすぐに解放する。だから――」

 

「だから何だと言うんだ?」

 

 自信に満ちたロイドの言葉をヨアヒムが遮る。

 

「いい気になるなよ。確かに貴様らが《グノーシス》の軛を外したのは意外だったが、それは投与した《グノーシス》が少量だったからに過ぎない!

 人質はまだまだたくさんいる。《風の剣聖》っ! 娘を死なせたくなければ奴等を殺せっ!」

 

 まだ自分の優位は崩れていないとヨアヒムはシズクを人質にしてアリオスをけしかける。

 

「…………八葉一刀流の四の型は《斬る》ことに特化した型だ」

 

 しかし喚き散らすヨアヒムを他所にアリオスは前触れもなく語り始める。

 

「この型を極めればあらゆるものを斬ることができるようになる……

 岩だろうと鉄だろうと魔法だろうと斬ることができる。それが《四の型》の真髄だ。俺が極めたのは《二の型》だが――」

 

「そんなことどうでも良いさっさと言われた通りにしろっ!」

 

 癇癪を起したように叫ぶヨアヒムの声にアリオスは肩を竦める。

 

「断る」

 

「どうやら娘の命はいらないようだな。なら――」

 

「お前はもう何もできん。既に俺が斬っているからな」

 

 シズクが抱えていたはずの太刀は気付けば鞘だけになっており、いつの間にかアリオスの手には太刀が握られていた。

 

「は……? がはっ――」

 

 アリオスが太刀を握っていることを遅れて理解したヨアヒムは次の瞬間まるで斬られたかのような悲鳴を上げ、操られていた警備隊たちは一斉に糸が切れたようにその場に折り重なって倒れる。

 その中でアリオスは崩れ落ちるシズクを優しく抱き留めていた。

 

「なっ――」

 

「おいおい嘘だろ」

 

 決死の覚悟で《グノーシス》の呪縛を打ち破ったロイドとランディは絶句する。

 

「そんなことができるなら勿体付けずにさっさとやってくれれば良いじゃねえか」

 

「別に勿体付けたわけではない。俺は《四の型》を極めたわけではないから奴の霊体を見極めるのに時間が掛かっただけだ……

 そういう意味ではクルトの時間稼ぎは助かった。感謝する」

 

「あ……いえ……恐縮です」

 

 格上の剣士であるアリオスに頭を下げられクルトは戸惑い、その場に崩れ落ちる。

 

「クルト!?」

 

「だ、大丈夫です……気が抜けて力が抜けただけですから」

 

 精一杯の虚勢を張るが、痛めつけられた体はもう動かせそうにない。

 

「ロイドッ! ランディッ! クルトッ!」

 

 そこにキーアの声が響く。

 一同が声に振り返るとIBCのビルから飛び出してきたキーアがロイドに体当たりするように抱き着いた。

 

「ロイド……みんな……うう……」

 

「ごめん……心配かけたな」

 

 ロイドのお腹に顔を埋めて泣くキーアの頭をロイドは優しく撫でる。

 その光景にクルトはこの上ない達成感に満たされる。

 

「まったく無茶をしますね。とりあえず治癒術を掛けるので大人しくしていてください」

 

 キーアに遅れてやってきたティオは解放されたエリィを診てからロイド達と合わせて範囲型の治癒術を発動する。

 

「はあーとりあえずこれで一件落着か……」

 

 治癒術に体を癒されながらランディはIBCの坂に折り重なるように倒れる元同僚たちを見て複雑な表情を浮かべる。

 自分たちが操られる前に連戦することになったが、酷いものだった。

 身体が壊れることを厭わず、腕を折り、血反吐を吐きながら戦わされ続けていた。

 もしかすれば死人がいるかもしれない。

 嫌な予感にランディは顔をしかめる。

 

「いや、期待させてしまって悪いがヨアヒム・ギュンターはまだ生きている」

 

「アリオスさん?」

 

「俺が《四の型》を皆伝していればあの場で終わらせることが出来ていただろうが、そこまで深い傷を与えることはできなかった……

 その証拠にこの周辺の傀儡の糸は切れたが、まだ街中では戦闘音が続いている」

 

「あ……」

 

 確かに耳を済ませれば遠くからまだ銃撃戦の音が聞こえて来る。

 

「どうやら全く別の場所から操っていたみたいですね……わたしの知覚範囲外、クロスベルにはいないと思います……

 ただマフィアがこちらに目標を切り替えてくる様子はないので、最初に与えられた命令を続けているだけのようです」

 

「つまりどういうことだティオすけ?」

 

「推測になりますが、アリオスさんに斬られたことで霊体にダメージを負って命令を更新することができなくなっているのだと思います……

 どれくらいの時間かは分かりませんが、今は彼らを人質に使われることはなく、ヨアヒム本人を直接捕まえる絶好のチャンスだということです」

 

「チャンスって言っても、肝心のヨアヒムの居場所が分からないのに」

 

「遊撃士の方では何か掴んでいないんですか?」

 

「ああ、行方不明者の捜索は行っていたが各地に出現した幻獣に掛かりきりになって調査は進んでいなかった」

 

「ふふ……それについては私が教えて上げようじゃないか」

 

 唐突にロイド達の会話に第三者の声が割り込んだ。

 折り重なる警備隊達の身体を踏みつけて坂を上って来たのはロイド達が知る青年だった。

 

「ア、アーネストさん」

 

「やあ、エリィ……二ヶ月ぶりだね」

 

 二ヶ月前、市長暗殺容疑で逮捕されながらも忽然と姿を消したアーネストは親し気に話しかけた。

 

「まずは賞賛の言葉を贈らせてもらえるかな……

 僅かな量だったとはいえ《グノーシス》の呪縛を自力で解いたのは見事だった……

 それに《風の剣聖》の妙技、流石はあのリィン・シュバルツァーの兄弟子なだけある」

 

「アーネストさん……?」

 

 余裕の態度でロイドやアリオスを褒めちぎるアーネストにエリィは違和感を覚える。

 

「さて、それではゲームの説明をさせてもらおう。役者も揃ったようだからな」

 

 そんなエリィの眼差しを無視してアーネストは場違いとも思える言葉を口にして、坂の下からやってきた一同を嬉しそうに見下ろした。

 

 

 

 




バニングス家の力

ロイド
「アリオスさん……
 この事件が終わったら改めて話をさせてもらっても良いですか?
 兄貴や俺の家族の事、あの力がなんなのか……」

アリオス
「ああ、そのことだがロイド。あれは嘘だ」

ロイド
「そうですか。あれは嘘だったんですか………………へ……?」

アリオス
「俺はガイからお前達が特別な血筋だと聞いたことはない……
 だが奴は警察学校で学んだ捕縛・格闘術だけで八葉一刀流皆伝者の俺と互角に渡り合った……
 おそらくあいつの力の源は心だったのだろう。現にお前は単純な思い込みでランディに劣らない力を解放して《グノーシス》を超えて見せた」

ロイド
「……単純な思い込み……」

アリオス
「恥じる必要はない……
 ある意味、人の力の根源というものだろう。気持ちと言うのは時には何ものにも勝る力になるからな、ガイがそうだったように」

ティオ
「なんか良い話でまとめようとしていますが、ロイドさん《凍結》してしまっていますよ」

エリィ
「ええ……どうフォローすれば良いのかしら?」

ランディ
「というか俺はアリオスのおっさんが冗談を言えたことに驚いているんだが」

アリオス
「ロイド、お前の洞察力は中々だが、味方だと思っている相手に対しては思考が鈍る癖は直しておくんだな」

ロイド
「………………orz」


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