(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「それじゃあティータ、サラ教官。エオリアさん達への援護はお任せします」
リィンは《聖痕》の力で造り出したグノーシスの力を破壊する効果を付与した《魔槍ロア》をティータとサラに預ける。
「ええ、すぐに片をつけておくからリィン達は特務支援課っていうのの援護に行って上げなさい」
「それじゃあレンちゃん達、また後でね」
紅いトロイメライが飛び立つのを見送ってリィンはエステル達に振り返る。
「二人共、大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫だけど」
「何て言うか……」
歯切れの悪い言葉でエステルとヨシュアはリィンに応える。
日が暮れる前からずっと戦っていて当然身体は傷だらけ、体力気力共に限界寸前だった二人は全快した体に唸る。
《空の至宝》でもあるリンが使う導力魔法の治癒術は彼女の体がゴスペルの役割を果たしているのか、通常のアーツの効力を何倍にも高めている。
以前リベル=アークでの最終決戦の時に経験したものほどではないが、それでも疲れ切った身体が戦えるくらいに回復してくれたのは良いことなのだが同時に複雑な気分だった。
「あらあら、二人とも贅沢なことを言ったら女神の罰が当たるわよ」
「レン……もう良いの?」
そんな二人を笑うレンにエステルは聞き返す。
「ええ、あの二人にはもう今夜は外に出て来ちゃダメってちゃんと言い含めておいたわ……
もうレンが普通の女の子じゃないって説得するのに苦労したわ」
大鎌を弄びながら文句を言うレンの言葉は何処か弾んでいた。
その気になれば暗示などで二人を意のままに操り、先程の出来事も夢だったと思い込ませて帰すこともできただろう。
しかしレンはそれをせず、何か感じながらも追及せず、一人の女の子としてレンを心配するヘイワース夫妻を無碍にしなかった。
「ぐす……うぐっ……ひっく……」
「ちょ!? どうしてエステルが泣くのよ!?」
「だって……だって……レンが捨てられたんじゃないんだって……ちゃんと愛されていたんだって分かって……うううう……」
ヘイワース夫妻の前では耐えていたエステルはこれ以上耐えられないと言わんばかりに泣き出してしまう。
「ばかみたい……ばかなんだから……」
そんなエステルからレンは顔を逸らし、ヨシュアは慰めるようにエステルの肩に手を置きながらレンの態度に苦笑する。
「だいたいまだ終わってないのよ……あの人達の子供を助けるためにエステル達と協力することにしたんだから泣いているなら置いていくわよ」
「そうね……まだ何も終わってないわよね」
レンの言葉にエステルは涙を拭って切り替える。
「よーしっ! リィン君も来てくれたし、誰が相手だろうと負ける気はしないわ! コリン君も失踪者も全部助けてこの事件を解決してやるんだからっ!」
そのエステルのやる気に満ちた声にリィンは懐かしいものを感じながら今後の方針を尋ねる。
「それで《D∴G教団》の潜伏先は分かっているんですか?」
「う……」
リィンの質問にエステルが苦い呻きを返す。
「実は捜索を始めたところで幻獣が現れてそれどころじゃなかったんだけど――」
ヨシュアはそう言いながらレンを見る。
「ええ、レンはもう目星はつけてあるわよ……
犯人の名前はヨアヒム・ギュンター。ウルスラ病院の准教授をしていた男よ……
潜伏先の候補は二つ、アルモリカ村の古戦場奥の《太陽の砦》とマインツ山道中腹にある《月の僧院》……
どうやら失踪者を二つに分けて捕まえているみたいね。あの子がどっちにいるかまでは分からなかったわ」
「《太陽の砦》と《月の僧院》か……どっちも入ったことはなかったけど、それならまずはアリオスさんや他のエオリアさん達と合流しますか?」
「あっ、それなんだけど今回の事件はロイド君達と共同戦線を張ってるの。だから――」
エステルの言葉を遮るように装甲車が街中だというのに猛スピードで現れ、エステル達の前に急ブレーキをかけて止まる。
そして銃火器で武装した警備隊が表情の抜けた顔のまま装甲車から降りると、一斉に銃口を向けてきた。
「なっ――!?」
突然、警備隊に銃口を向けられたエステルが固まる。
だが、引き金が引かれるよりも速くヨシュアがエステルを、リィンがレンを抱えて射線から逃れる、物陰に隠れる。
「何なのよ。何で警備隊があたしたちに攻撃するのよ!?」
「どうやら操られているみたいだ……《グノーシス》、まさかこんなことまでできる薬だったとは思わなかったな」
物陰から警備隊の様子を盗み見てヨシュアは肩を竦める。
「リィン君。《聖痕》を斬る要領で何とかできないかな?」
「やってみます」
レンを置いてリィンは駆ける。
左右に駆け銃弾を散らし、警備隊に肉薄して目を凝らすと霊的な糸が見えた。
太刀を一閃し、一度にその糸を断ち切ると警備隊はまさしく糸が切れたようにその場に倒れる。
「フフ、流石リィンね。エステルとは大違いね」
「ぐぬぬぬ……」
鮮やかな仕事ぶりにレンは賞賛しエステルと比べる。
「レン、これは教会の管轄の相手だから。 エステルさん達が対処できないのは仕方ないことですから睨まないでください」
レンに煽られて対抗心を燃やすエステルの眼差しにリィンは項垂れる。
「でも、リィンは七耀教会の神父さんじゃないわよね?」
「法術に関しては時間がある時にルフィナさんから少し習っているだけだよ」
レンの疑問に答えながらリィンは倒れた警備隊の女性に太刀をかざす。
「空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り」
紋章の代わりにした太刀が輝き、それに合わせて彼女を光が包む。
「識の銀耀――その力を我が元に」
光は治まり、リィンは息を吐く。
「今のは?」
「この人の中の《グノーシス》の力を呪いの要領で俺の《識》の力に取り込ませました……
思念の糸は切りましたが、元を断たないと繋ぎ直されてしまいますから」
「そっか……そういえばリィン君とヨシュアも《グノーシス》を使ったことがあったんだっけ? それって大丈夫なのこの人達みたいに操られたりしないの?」
「俺は問題ありません」
「僕も大丈夫そうかな」
二人は特にその兆候も感じずにエステルの疑問に答える。
「う……ここは……私はいったい……」
処置をした女性は頭を抑えながら起き上がる。
「ここはクロスベル市街です。貴女はとある薬を服用されて操られていたんですが、覚えていませんか?」
「薬……?
確か司令に新しい栄養剤を配られて……それから夢を見ていたように……確か特務支援課を襲撃して」
女警備隊員は頭を振って、意識を整えリィンに頭を下げる。
「ごめんなさい。どうやら迷惑をかけてしまったみたいね」
「いえ、それよりも覚えているなら話は早いです。俺達は首謀者を探しに行きますのでこの人たちの拘束をお願いできますか」
「え? その人達も治しちゃえば良いんじゃないの?」
「それでも良いですけど、その場合俺は戦えませんよ」
「あ、そっか……」
治すことはできるが、まとめてできるわけではない。
一人一人の時間もそこまで必要と言うわけではないが、空から見た限り操られている人間は百を超えて千に届くかもしれない。
それを逐次治療していてはキリがない。
「ええ。私たちの事は気にしないで良いわ……
ここは私に任せてくれていいわ。それよりもIBCに行ってもらえないかしら? ここに来る途中で誰かが頭の中で囁いていたの『IBCに行き、キーア様を取り戻せ』って」
「キーアちゃんが? と言うことはロイド君たちもそこにいるっていうことかな……
レン、悪いけどまずはみんなと合流することを優先しても良いかな? コリン君を早く助けたいって焦っているかもしれないけど、確実にするためにも情報交換は必要だと思うの」
「異論はないわ。それにしても猪突猛進だったあのエステルがこんな風に成長するなんて」
「ちょっとレン、それってどういう意味よっ!」
感激した素振りを見せて揶揄うレンにエステルは声を上げて反論する。
緊迫した状況だというのにグダグダな空気でいられる二人にリィンとヨシュアは顔を合わせて苦笑した。
*
「特務支援課の諸君、そして遊撃士達、よくぞ試練を乗り越えてきた」
IBCに辿り着いたリィン達を出迎えたのはスーツ姿の青年、元市長秘書のアーネストだった。
まるで自分が首謀者だという不遜な態度。
ロイド達は唐突に出てきて行方をくらまして青年に面を食らっているが、そこに到着したリィン達四人は彼の顔を見るなり顔をしかめた。
「まさか……」
姿はもちろん、声も違う。
何よりも彼は《塩の杭》で滅され、《影の国》でもリィンが斬って消滅したはず。
なのに《観の目》で出した答えは紛れもなく、蛇だと示していた。
「そういうことだったのね……」
「レン?」
不意に呟いたレンの言葉にエステルは首を傾げる。
レンもまたリィンと同じ結論に達した顔をしかめた。
「各地で現れた幻獣……とりわけマインツ山道に偏らせた戦力配分をしたのはおじいさんの工房があったからじゃない……
マインツ山道に近い住宅街、そこを攻めることでレンにリィンを呼ばせるためだった。そうなんでしょ《教授》?」
「え……《教授》?」
レンの口から出てきた名前にエステルは首を傾げる。
そう呼ばれたアーネストは当然のようにその呼び名を受け入れて応じる。
「フフ……生半可な戦力では君はリィン・シュバルツァーを頼ることはないと思ったのでな。徹底的にやらせてもらったよ」
「まさかあの人達を唆したりしたんじゃ――」
「それは誤解だよ。誓って私はあの夫妻に何の干渉もしていない。彼らが君の下に現れたのは虫の知らせというものだろう」
まるでレンの事情を知っているかのような口振りにエステルは半信半疑で尋ねる。
「本当に《教授》――ゲオルグ・ワイスマンなの?」
「正確に言えば、ヨアヒム司祭が警備隊を操る要領で私もこの身体を乗っ取っているに過ぎないのだがね……
《影の国》で《グノーシス》を大量摂取したことがこんな事態を引き起こすとは私も予想外だったが、これも女神の導きなのかもしれないね」
「乗っ取っている……」
「信じてもらえないかね? それでは……リィン・シュバルツァー」
「何だ?」
警戒心を募らせながらリィンは聞き返す。
「エステル・ブライトへの告白はうまくいったかな?」
「なっ!?」
完全な予想外の言葉にリィンは絶句する。
「《リベル=アーク》で君の恋心を暴露してしまったことには私も心を痛めていてね……
まあクロスベルのブライト姉弟の様子を見ていると入り込む余地はないことは明白だが、やはりこういうことには区切りをつけないといけないと私は思うのだよ」
「大きなお世話だっ!」
アルバ教授の時のような笑みで諭して来るアーネスト――ワイスマンにリィンは怒鳴っていた。
「そうよ! あんたなんかに言われなくたってちゃんとリィン君は告白してくれたわよ!」
「エ、エステルさん!?」
「ほうほう、ちなみにどんな告白をされたのかね?」
「え……それは――」
「わああああああああっ!」
聞かれたことに素直に答えようとするエステルの言葉を掻き消すようにリィンは叫ぶ。
「おいおい、まさかあのエステルちゃんに告白するなんて何て命知らずな」
「流石はリィンさんですね。ロイドさんと同じタイプの人だと思っていましたが、どうやら遥か先を行っている人だったみたいですね」
「そうね。ロイドはもう少しリィン君を見習うべきよね」
「え……何でこの流れで俺が責められているんだ?」
「これが若さか」
ワイスマンを挟んだ向こうで特務支援課の四人とアリオスがそんなことを呟く。
顔から火が出る程の羞恥にリィンは狼狽し、取り繕うとして――
「そんなことはどうでもいいの」
大鎌の石突で地面を叩き、弛緩した空気をレンが元に戻す。
「コリン・ヘイワースをヨアヒム・ギュンターに攫うように唆したのは《教授》、あなたね?」
「唆したとは人聞きが悪い……
私はただ彼が心残りにしていた検体のことについて少し教えて上げただけさ」
「っ――」
「当時、教団を殲滅する作戦の裏で《結社》は表側の者たちが把握できていなかった拠点をいくつか殲滅した……
レン、君がいた《楽園》と呼ばれるロッジは各地の有力者を取り込む資金源であると同時に、長期的に精神負荷を与え続けることを目的とした実験場だったのだよ」
「それは……」
「君はその中で天才的な適応力を開花させた……
周囲にいた同じ境遇の検体の人格を《グノーシス》の投与を切っ掛けに自分のものとして取り込み、極限状態だった自分の人格を守るための贄としたのだろ?
彼はその実験データだけでも回収したかったと嘆いていたのでね。だから君と同じ血が流れている子供がいることを教えて上げただけさ……
誓って私はそれ以上の事を言っていないよ」
「教授……あんたはっ!」
悪びれもせずに言い切るワイスマンにエステルが激昂する。
エステル達が知りたかったことを教えてくれたことに感謝する気持ちなど欠片も湧かない。
「そんなに邪険にしないでくれたまえ。むしろそうすることで彼が今回の事件で得た検体を使い捨てにしないように誘導して上げたのだから感謝してもらいたいものだ」
「検体を使い捨て?」
「分からないかな?
君たちにとって、警備隊やマフィアよりも何の訓練も受けていない市民が、矢面に立たされ銃を持たせて暴れさせられる方が対処に困るだろうと思っての親切心だったのだがね」
妙な気遣いにエステルは思わず閉口する。
「貴様は先程、ゲームの説明をすると言っていたな。いい加減それを説明してもらおうか」
もう自己紹介は十分だと言わんばかりにアリオスが切り出す。
「ふふ……確かに旧交を温めるのはこれくらいにしておいた方が良いようだね」
その言葉にワイスマンは頷き、アリオス達に向き直る。
「さて、特務支援課。そして遊撃士諸君、ヨアヒム・ギュンターの潜伏先を知りたいのだろ? ならば私が教えて上げようじゃないか」
「…………は?」
突然のワイスマンの言葉にロイド達は呆ける。
「ふむ……そんなに驚くことかな?
六年前も私は《結社》の一部隊を率いてロッジの一つを落としたことはあるのだから、ここで君たちに協力してもおかしくはないと思うのだが?」
「さっきまでの言動でそれを信じられると思っているのか?」
呆けているロイド達に代わってリィンが聞き返す。
「あれはヨアヒム・ギュンターがあまりにも小物過ぎたので見兼ねて助言をしてしまっただけさ……
相手に《剣聖》の称号を持つ者がいるというのに、《グノーシス》の力を過信して自由にするのはあまりに無謀……
現に私が助言していなければ《風の剣聖》が現れた時点で大勢は決まっていただろう?」
一同は心を揃えて思った、余計なことしやがってと。
しかし、そんな侮蔑の眼差しを一切気にすることなくワイスマンは続ける。
「本来なら《結社》であった私と彼は対立する関係……
しかし、私は今《グノーシス》に依存して存在を保っている以上、彼の御機嫌を損ねるわけにはいかなかったのだよ。さっきまではね」
「俺が奴の霊体を斬り消耗している隙を突いて反旗を翻すわけか」
「その辺りは好きに想像するといいさ……
それとも何の労苦もなくヨアヒム・ギュンターの首を持ってきた方が君たちにとっては良かったのかな?
まあ君たちがリィン・シュバルツァーのように《壁》を乗り越える気概がないというのなら、確かに余計なお世話だったか……
すまなかったね。君たちにはリィン・シュバルツァーと同じ難易度は荷が重かったようだ。以後気を付けるよ」
殊勝に謝っているが、その言葉はむしろロイド達を煽っているようにしか聞こえなかった。
「言ってくれるじゃねえか……」
「ものすごくうざい人のようですね」
忌々しいと言わんばかりのランディとティオの呟きにワイスマンは嬉しそうに笑みを濃くして続ける。
「ヨアヒム・ギュンターはクロスベル北東、アルモリカ古戦場の奥地、《太陽の砦》に潜伏している……
ただし失踪者の半分はマインツ山道中腹の《月の僧院》に送られている。そちらには《風の剣聖》を行かせることをお勧めするよ」
「生憎だが貴様の思惑に乗ってやるつもりは――」
「ならこうしよう。今君が抱えている娘には、ある薬を投薬しておいた。明日の日の出までにワクチンを接種させなければ発症するウイルスだ……
そのワクチンは《月の僧院》の宝箱に置いて来た、と言ったらどうする?」
「戯言を。そんな取って付けた言い訳が通用するとでも思っているのか?」
「信じないならそれでいいさ。結果は明日には分かるのだから」
「っ……」
この場での思い付きとしか取れない発言。
しかし、そう一蹴することはできない凄みが彼にはあった。
「なるほど……リベールでカシウスさんをやり込めただけはあると言うことか」
「《剣聖》にそう言ってもらえるとは光栄だね……
《太陽の砦》にはリィン・シュバルツァー達を行かせると良い。そちらにコリン・ヘイワースもいるからね」
「そうだな……貴様の思惑に乗るというわけではないが、エステル、ヨシュア……
お前達はリィン達と一緒に《太陽の砦》に行け、俺はエオリア達と合流して《月の僧院》に行く。ロイド達はここの守りを――」
「いえ、アリオスさん。どうか俺達に行かせてもらえませんか?」
アリオスの提案にロイドが待ったを掛ける。
「アーネストさん……いや、ゲオルグ・ワイスマンだったか?
あんたは肝心なことに触れていなかったな」
「ほう……」
「ヨアヒムの狙いはおそらくキーアただ一人、アリオスさんやエステル達を分断させるのが目的じゃないのか?」
「…………続けたまえ」
「キーアを奪われればその時点で俺達の負けだが、逆に言えばキーアを守り抜いて彼を逮捕できれば俺達の勝ちだ」
「その意味じゃ、このビルは絶対に守り切る必要がある……確実な戦力を残すべきだぜ」
「おそらくアリオスさんか、リィン君が残ればここは鉄壁の守りになるはず……」
「それに警察隊の応援があれば完全に死角はなくなるでしょう」
ロイドに追従してランディ、エリィ、ティオがそれに続く。
そんな四人にワイスマンは嘆息した。
「馬鹿馬鹿しい。アルカンシェルでアーネストに辿り着いたのはマグレだったようだな」
「なっ!?」
返って来た言葉にロイドは絶句する。
「採点するならば、100点満点中20点と言った所かな。《風の剣聖》殿はどう思うかな?」
「む……」
ワイスマンに話を振られてアリオスは押し黙る。
「まず前提条件だが、君たちの勝利条件はヨアヒムを逮捕すること、この一点に尽きる……
例えここでそこの少女が攫われたとしても、必ず彼が回収するのだから彼さえ逮捕できていれば挽回の余地はある……
むしろここでヨアヒムを取り逃がし潜伏された場合、君たちは常に襲撃を警戒しなければならなくなる……
《グノーシス》を使えばいくらでも私兵を作り出せる相手に時間を与えれば、次の襲撃では今以上の規模になることは間違いない……
ならば、この機会にヨアヒム・ギュンターを確実に捕らえるべきだと思わないかな?」
「それは……」
「そして君たちが《太陽の砦》に行って何ができると言うのかね?
ヨアヒムの私兵に押し潰され《風の剣聖》に助けられた君たちが彼の下に辿り着けるという根拠は?」
「くっ……」
「気持ちしか取り柄のない捜査官、銃を撃てない元猟兵、《グノーシス》を克服できていない娘、教団にトラウマを持つ少女……
さて、君たちはいったい《グノーシス》に対してどんな対処ができるというのか教えてもらいたいものだ」
「っ……」
ワイスマンの正論にロイド達は何も言い返せず押し黙る。
アリオスは思念の糸を斬れる。同門のリィンも彼と同じことが出来るだろう。
対してロイド達には《グノーシス》で操られた人たちを制する技は持っていない。
まさか殴れば《グノーシス》の毒気が勝手に晴れてくれるなどと考えるのはあまりにも希望的観測に過ぎるだろう。
「そもそも守るなら自分たちで守ると何故言わない?
まるで自分達が残っても守り切れないと言っているように聞こえたが、そんな後ろ向きな気持ちの者が敵の総大将を逮捕できると思っているのかね?
ああ、すまない。現に守り切れていなかったね……
うん、それでそんな守り切れなかった者たちに何ができるのか教えてくれないかな?」
「それは……それは……」
容赦のないワイスマンの指摘にロイドは声を震わせる。
「はっきり言わせてもらおう。今の君たちは弱い……
特にロイド・バニングス。君はアルカンシェルの時の方が強かっただろう……
原因はその少女かな?
守るべき者がいることで、思考が守りに入って臆病になってしまったのだろう……
悪いことは言わない。君たちが行った所で犬死するだけだ。大人しくここで待っていると良い」
優しく諭す言葉にワイスマン特有の暗示や認識の操作の力はない。
ただの言葉だけでロイド達の心を折ろうとするその様にエステル達は改めて目の前のアーネストがワイスマンだと認識する。
「ああ、それとも警察官として遊撃士に手柄を譲りたくないと考えていたのかな?」
「そんなわけ――」
「微塵もないと本当に言い切れるのかな?」
絶妙なタイミングで反論を止められ、ロイドは言葉に詰まる。
もちろんそんなこと微塵も考えていなかったが、指摘されてしまえば雑念のようにヨアヒムを逮捕するメリットを考えてしまう。
「そこまでにしてもらおう」
見兼ねてアリオスが口を挟む。
「そうは言うが、これは君の失態だよ……
《グノーシス》の軛を解いた程度で勘違いさせてしまったのだから……いや、それとも君にとってはそちらの方が都合が――」
「黙れと言っている!」
アリオスは苛立ちと共にワイスマンの言葉を遮る。
怒鳴りつけられたワイスマンは肩を竦める。
「親切心で言って上げたのだがね。彼らはまだ若い。ここで無駄に命を散らせるべきではないと思わないか?
ああ、そういえば病院の看護師達は《月の僧院》に送られているのだが、君たちは《風の剣聖》と共にそちらを助けに行ったら良いのではないかな?」
「看護師……セシル姉が!?」
目の前に与えられた餌にロイドは飛びついてしまう。
こうなってはもう駄目だとアリオスは目を伏せる。
ロイドの持ち味であるひたむきな真っ直ぐさを言葉だけで悉く潰された。
彼の持ち味である愚直なまでのひたむきさが損なわれれば、ワイスマンの言う通り彼らに任せるには不安が大きくなり過ぎた。
「ロイド、お前達はここに残れ」
「アリオスさんっ!?」
「そんなに心を揺らしていてはどちらに行っても足手まといにしかならん。後は俺達に任せるといい」
「くっ……」
「そんな顔をするな。お前達はよくやった。胸を張れ」
そんな慰めの言葉にロイドはただ俯き、拳を握り締めることしかできなかった。
*
「これでいいんだよね」
誰かがそんなことを呟いた。
零と碧は最後の詰めが甘いと私的に思っています。
零は作中で述べた通り、それに操られている人達の包囲網を車で突破するなんて轢き殺す覚悟がないとできないと思います。
空では捕まったアネラス達を助けるためにケビンが同行していましたが、零にはそういう人がいなかったんですよね。
碧は熊先生の説得とマリアベルに対しての態度ですね。エリィが必ず貴女を捕まえるくらい言ってくれれば良かったんですけどね。
その頃の第三学生寮。
エマ
「皆さん、由々しき事態です」
クリス
「どうしたんですか、いきなり?」
エマ
「実はリィンさんの部屋の扉が開いているんです……急いで出て行ったようなので鍵を閉め忘れていたみたいですね」
クリス
「えっと……それの何が問題なんですか?」
アリサ
「いえ、エマの言う通り由々しき事態ね」
フィー
「そだね。謎に満ちたリィンの生態、部屋を調べれば強さの秘訣とか弱点の一つくらい見つかるかも」
ラウラ
「ふむ……強さの秘訣か……」
ユーシス
「ふん……下らん」
マキアス
「そう言いながら、どうして君はリィンの部屋の前にいるんだ?」
クリス
「あの皆さん、他人の部屋に勝手に入るのはどうかと思うんですけど……
そんなことしなくてもリィンさんがいる時に入れてもらえばいいじゃないですか」
エリオット
「確かにそうだけど、何の理由もなく入れて欲しいって言うのもおかしいし」
ガイウス
「そういえば以前から気になっていたのだが、クリスはリィンの部屋に剣を持ち込んで何をしているんだ?
授業の予習と復習なら剣は必要ないと思うのだが?」
クリス
「えっと……それは……」
アリサ
「と、言うわけだから突撃っ!」
クリス
「良いのかな?」