(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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22話 剣の道

 

 

 

 ――アア、ココチヨイ――

 

 熱に浮かされるようにラウラは湧き上がる力に酔いしれる。

 普段使っている大剣が小枝のように軽い。

 ラウラの父のように、姉弟子であるオーレリアのように、それを片手で振り回すことに密かに憧れていたラウラはその事実に喜ばずにはいられない。

 

「フフ……」

 

 子供のようにラウラは笑う。

 女の身ではどうしても膂力で男に勝ることはできない。

 オーレリアのような特異体質が例外として、女の身ではアルゼイド流を継承できても父には追い付けない。

 歴代最高のアルゼイドの剣士と謳われる父の存在はラウラにとって強い憧れと同時にコンプレックスでもあった。

 誰から、特に何かを言われたわけではない。

 あえて言うならラウラの才能が父や姉弟子には決して追い付けないと言っていた。

 それを実感する度に何度男の身に生まれたかったと思ったことか。

 

「だが、もう関係ない……」

 

 もはや男か女かなど些細なことに過ぎない。

 

「これでもう父上を落胆させないですむ」

 

 武術指南の授業、リィンがいないことに落胆していた父の剣に遣る瀬無さと憤りの無念を――

 

「これであの女を見返すことが出来る」

 

 アルゼイド流を傍流と蔑み、嘲笑した女剣士への屈辱を――

 

「これであの人に見てもらえる」

 

 たった数合だけで魅せられた槍捌き。《槍の聖女》と思われる女性に一瞥もされなかった不満を――

 

「これでリィン! そなたに――」

 

 気分を高揚させて叫んだラウラは思わず言葉を止めた。

 ぞくりと感じた悪寒にラウラは身を固くして大剣を構え直す。

 本能とでもいえば良いのだろうか、それまで感じたことのない強さの匂いに強くなったはずの体が委縮し、耳が伏せられ尻尾が脚の間で小さく丸まる。

 

「ラウラ――」

 

 彼女の名前を静かに呟くリィンは腰溜めに太刀を構える。

 その体には灰色の《鬼気》が纏わりつき、ラウラに白髪の鬼を幻視させる。

 

「言いたいことは後で聞く。抵抗はするな。一撃で終わらせるから」

 

「っ――!」

 

 まるで問答する時間すら面倒で煩わしい、それでいて憐れみを感じさせる態度にラウラは恐怖を忘れ、怒りを爆発させる。

 

「――けるな……ふざけるなっ!」

 

 この期に及んでも歯牙に掛けてくれないリィンの態度にラウラは涙を浮かべる。

 そんなラウラの予想外の叫びにリィンは虚を突かれたように目を丸くする。

 そんな態度がいっそうラウラを惨めにさせた。

 

「私はそんなに弱いのかっ!? ここまでやっても見向きもする価値もないのか!?」

 

 ラウラも半信半疑ながらもセピスを使って強くなることは悩んだ。

 最後の一押しは父親の落胆だが、それでもリィンへの対抗心も確かにあった。

 リィンが自分達に無関心なのはライバルとして鎬を削るに値しないから、そう思ってラウラは誇りを捨ててセピスを利用して強くなることを選んだ。

 しかし思惑通り力を得ても、当のリィンは全く変わらなかった。

 

「ラウラ、俺は別にそんなこと言ったつもりはないんだが……」

 

「私を見ろリィン・シュバルツァーッ! さもなければ――私は……私はそなたを殺すっ!」

 

「はあっ!?」

 

 もはや後には退けない。その気持ちに突き動かされてラウラは突撃する。

 

「アネラスさんっ下がって!」

 

 注意を飛ばすと同時にリィンはその場から跳び退き、ラウラの一撃を受けた地面が爆発した。

 

「はあっ!!」

 

 両手から片手に大剣を持ち替え、リィンに追い縋り振り抜く。

 

「っ!」

 

 咄嗟に太刀で受け止めるが、空中に浮いたリィンは弾き飛ばされる。

 

「くっ……まるで《鬼の力》だ」

 

 とんでもない力と速度に、今まで主観でしか感じたことのなかった《鬼の力》をリィンは初めて客観的に感じる。

 ラウラの場合はセピスと銀耀石から《獣の力》とでも呼ぶべきかもしれない。

 さらに追撃して来るラウラの攻撃を避けながら、その姿にかつての自分を重ねる。

 大剣の一撃を掻い潜り、リィンは胸を押すように突き飛ばして間合いを取る。

 

「ラウラ、もうやめろ。そんな力に振り回されて後悔するのは君なんだぞ」

 

 クルトやマキアスの事、そして自分の事を思い出しながらリィンは呼び掛ける。

 《呪い》に突き動かされ、恥の上塗りを繰り返して死ぬほどの後悔をしていた二人の記憶はまだ新しい。

 ラウラもまたそうなるだろうと予想して声を掛けるが、返ってきたのは獣の咆哮だった。

 

「オオオオオオオッ!」

 

 わずかに残っていた理性が消え、獣性がラウラの思考を支配する。

 そうなってしまえばもう人の声は届かないことをリィンは良く知っている。

 

「仕方がないか……」

 

 リィンは胸に手を当て、《鬼気》を解放――しようとして視界が大きく揺れた。

 

「なっ――!?」

 

 不意の衝撃にリィンは頭を抑えるが、それで揺らいだ視界は元に戻らない。

 足元はおぼつかず。揺れる視界は白く染まり、呼吸が荒くなる。

 何が起きているのか分からないリィンは致命的な隙を晒す。

 

「シャアアアアア!」

 

 その隙を逃さず獣のような咆哮を上げ、ラウラが斬りかかる。

 

「くっ――」

 

 精彩を失った体を何とか動かしてリィンはラウラを迎撃しようとするが、握力が伴わない腕は太刀を抜くことさえできなかった。

 

 ――まずい……

 

 眼前には間合いに入り、渾身の一撃を繰り出そうとするラウラの姿。

 それに対してリィンは完全に動作が遅れている。

 一片の迷いもない殺意に満ちた一撃が振り抜かれる。そして――ラウラは空高く打ち上げられた。

 

「大丈夫。弟君?」

 

 太刀を抜いたアネラスが振り返ってリィンの身を案じる。

 

「え……ええ……」

 

 頭を抑えながら、リィンはその場に膝を着き、打ち上げられたラウラは獣のように着地して距離を取って警戒する。

 何がどうなっているのか分からないが、とにかく体が思うように動かない。

 それに少しでも気を抜けば瞼が落ちそうになる。

 

「大丈夫です……すぐに終わらせます」

 

 呼吸を整え、集中力を研ぎ澄まし、一時的に体の不調を無視してリィンは太刀を抜く。

 そんなリィンにアネラスは――

 

「えい」

 

 リィンの額を指で小突いた。

 

「な――何をするんですか!?」

 

 不意打ちで額を押されたリィンは大きく仰け反ってたたらを踏む。

 

「フラフラじゃない。あの子の相手は私がするから弟君は下がっていて」

 

「でもアネラスさん。ラウラは《呪い》に――」

 

「いいからお姉ちゃんに任せなさい」

 

 リィンの言葉を遮ってアネラスは言い切る。

 《呪い》に対してアネラスができることはないはずなのに、その背中にリィンは言葉にできない頼もしさを感じてしまう。

 

「…………お願いします」

 

 結局、葛藤しながらもリィンはアネラスに任せた。

 

「任されました……ところで弟君、女の子を泣かせたことについては後でお説教だからね」

 

「え……?」

 

 背中越しに掛けられた言葉にリィンは顔を引きつらせた。

 その瞬間、ラウラは地面を爆発させるような勢いで踏み込み、目下障害物と認識したアネラスに迫る。

 リィンの《鬼の力》に勝るとも劣らない速度と力で踏み込み、正気を失っていても体に染みついた技えを繰り出し大剣を真っ直ぐに振り下ろす。

 その一撃に――アネラスは吹き飛ばされた。

 

「アネラスさんっ!?」

 

 自信満々だっただけにリィンはその結果に目を剥いて驚くが、空中でアネラスは身を翻し危な気なく着地する。

 

「良し……」

 

 その結果にアネラスは満足そうに頷き太刀をラウラに向ける。

 

「さあ、お姉さんが相手をして上げるよ」

 

「オオオオオッ!」

 

 雄叫びを上げてラウラはアネラスに向かって突撃する。

 躊躇なく振り切られる大剣。

 一閃されるたびに風が颶風を撒き散らす凶刃。

 アネラスは躱すことが出来ずに太刀で受け止めて、その度に吹き飛ばされる。

 しかし、大剣の一撃を太刀で受け止めているとはいえ何の痛痒も感じさせずにラウラと対峙し続ける。

 

「ラウラちゃんって呼ばせてもらうけど……」

 

 大剣の一撃を掻い潜り、身を寄せたアネラスは太刀を振るよりも語り掛ける。

 

「があっ!」

 

 大剣の間合いの内側。

 それに構わず乱暴にラウラは大剣を、むしろ腕で殴るような勢いで横薙ぎに払う。

 その腕にアネラスは手を添え、ふわりとまるで風に舞う花のように大剣を飛び越えて躱す。

 

「あれは……化勁なのか?」

 

 アネラスの身のこなしをそれまで俯瞰してみていたリィンは呟く。

 武術の基礎であり、八葉にもその技術は組み込まれている技術。いわゆる相手の動きを制御してその方向を操る身法のことをいう。

 先程から派手に弾き飛ばされているが、それは化勁によって剣戟の威力は完全に殺されている証左だった。

 

「貴女の気持ちは私も良く分かるよ」

 

「っ――!」

 

 がむしゃらに振られる大剣が造り出す嵐の中。

 アネラスはその一撃を先程と同じように化勁で躱しながらラウラへと言葉を紡ぐ。

 

「偉大な家族……優秀過ぎる先達、自分の事を軽く追い越していく後輩……良く分かるよ」

 

「ガアアアアア!」

 

 ひとえにラウラは間が悪かった。

 それまで積み重ねていた自信が崩れ去り、価値観すら揺らぐ事件の中で己の無力を味わった。

 そんな中で何の因果か、古の外法がその目に止まってしまった。

 ラウラの気持ちはアネラスも良く分かる。

 

「でもね。それじゃダメなんだよ」

 

 アネラス達がそれを知ったのは、その戦いが終わった後だった。

 あの子にも、《鬼》に堕ちそうになっていた彼にも何もできなかった。

 さらには続く最終決戦の時も、自分達のミスでリィンさえも失った。

 誰かの思惑があったかなんて関係ない。実際は生きていたのも結果論でしかない。

 自分を殺したくなるほどの後悔をした。

 もしもその時にそんな強くなる方法が降ってきたらアネラスも飛びついてしまっていただろう。

 外法の力に苦しんでいた弟分を知っていたとしても、例え既に手遅れで何の意味もなかったとしてもラウラと同じ選択をしたかもしれない。

 

「だから止めるよ」

 

 そうアネラスは、走り出してしまった少女に自分を重ねて宣誓する。

 

 ――何なんだ……

 

 がむしゃらにラウラは大剣を振り回す。

 獣へと堕ちた中に残るわずかな思考でラウラは目の前の女性に困惑する。

 大剣は太刀を捉えているはずなのに、手応えはなく空を斬るような感触ばかり。

 年は一つか二つしか違わないというのに、剣を合わせて感じるのは偉大な父と同じ実力差だった。

 

 ――そんなわけない……

 

 ラウラは否定する。

 目の前の見知らぬ女性は父と比べれば力も速さも技も劣っている。

 そして力と速さに関しては今の自分が遥かに凌駕している。

 だが、幾度大剣を振るい、彼女を弾き飛ばしてもまるで手応えはなく、痛痒を感じさせる素振りも見せない。

 

「アアアアアアアッ!」

 

 ヤケクソのようにラウラは咆哮し、理性を失いながらも体に染みつかせた技を繰り出す。

 

 ――洸刃乱舞――

 

 銀色に輝く光を大剣に宿し、一閃二閃、そして全身を回転させた三閃をラウラは振り抜いた。

 

「――――なっ……」

 

 大剣を振り抜いた姿勢のまま、ラウラはあまりの出来事に絶句して我に返る。

 息を吐かせない三連撃。

 弾き飛ばされた態勢を立て直す暇など与えなかった。

 最後の一撃に至っては衝撃を通した手応えも感じた。

 にも関わらず、彼女はラウラが振り抜いた大剣の先に何事もなかったかのように着地した。

 

「――何なんだ……そなたは…………?」

 

 まるで重さを感じない事実にラウラは愕然とする。

 膂力が上がっているから彼女の体重を感じないのではない。

 彼女が刀身に足を付けた衝撃さえもなかった。

 

「そういえば名乗ってなかったね」

 

 ラウラの怯えから漏れた言葉に女性は大剣に乗ったまま明るく答える。

 

「私はアネラス・エルフィード。《八葉一刀流・中伝》……貴女にはリィン君の姉弟子って言った方が分かりやすいかな?」

 

「………………」

 

 何の冗談だろうか。

 振り抜いた大剣に乗る妙技など、ラウラは生まれてこの方一度も目にしたことがない。

 そんな業を見せておいて《中伝》など、とても信じることができなかった。

 が、よくよく思い出せばリィンもあの御前試合の時まで《初伝》だった。

 

「ラウラちゃん。私はね、こう思うの――」

 

「うああああああああっ!」

 

 話しかけてきたアネラスにラウラは大剣をかち上げる。

 アネラスは空高く投げ飛ばされ、落ちてくる彼女に向かってラウラは大剣を弓を引くように半身を引き絞る。

 斬って駄目なら突く。

 大剣に宿した光は激しく迸り、ラウラは自らを矢に見立てて跳び、落ちてくる無防備なアネラスに大剣を突き出し――空を斬った。

 

「え……?」

 

 次の瞬間、宙に跳んだラウラは横から峰打ちの一撃を喰らった。

 

「何で……」

 

 アネラスはまるで空を舞うよう何もない空間を蹴るようにして空中を走り、ラウラを二撃、三撃と全方位から滅多切りにしてくる。

 

 ――そんな……

 

 アネラスが使っている技にラウラは愕然とする。

 敵を引き寄せる戦技。

 それを逆に自分を敵に向けて飛ばすことでこの空中機動を実現している。

 自分では考えもしなかった使い方。

 彼女の《軽功》と《化勁》が合わさってラウラは着地することも反撃することも、落ちる事さえできずにアネラスの攻撃を受け続ける。

 

「落葉滅殺っ!」

 

「がっ――」

 

 渾身の一撃を受けることもできずにラウラは地面に叩きつけられた。

 

『剣の道を志すならば、いずれ八葉の者と出会うだろう』

 

 不意に昔、父に言われた言葉をラウラは思い出した。

 リィンとアネラス。

 ラウラはその言葉の意味を身をもって知ることとなった。

 

 

 

 

「ここは……」

 

 目を覚ましたラウラは体を起こす。

 そこはこの一ヶ月を過ごしていた寮の部屋だった。

 

「あ……目が覚めた?」

 

 ベッドの横に椅子をつけて座っていたアネラスが手帳を閉じてラウラに向き直る。

 

「気分はどう? ベアトリクスさんとルフィナさんは特に問題ないって言っていたけど何かおかしなところはある?」

 

「いえ……特に何も――」

 

 体を見下ろしながら、ラウラは直前の記憶を思い出そうと頭に手を当て、そこで違和感に気付く。

 ふわふわとした柔らかな触感。

 寝かす時に纏めていた髪は解かれたが頭のてっぺんの髪が二つ立っているような感覚にラウラは首を捻る。

 それに腰の辺りにも違和感があった。

 

「何だ?」

 

 手をシーツの中に突っ込んで、それを探り当て無遠慮に掴む。

 

「ひっ!?」

 

 何とも言えない刺激がそれを伝ってラウラの全身に走る。

 

「何なんだ!?」

 

 身体を震わせ、ラウラはシーツを跳ね除けるとそこには犬の尻尾があった。

 

「えっと……ラウラちゃん……落ち着いて聞いてね」

 

 アネラスはそんなラウラに苦笑いを浮かべながら用意していた鏡を向けた。

 

「な、な、な……何だこれは!?」

 

 鏡に映る白い犬の耳が頭についた自分の姿にラウラは悲鳴を上げるのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「そうですか……私はそんな危険なことをしようとしていたんですか……」

 

 ベッドの上に正座して、ラウラはセピスが人体に与える悪影響を説明されて自分の状況を理解した。

 

「それにリィンの部屋で暴れ回った挙句に貴女達を襲ったなんて……私は何てことを……」

 

「あまり思い詰めない方が良いよ。あの時のラウラちゃんは正気じゃなかったから」

 

「ですが、そうだったとしても許されることではない――そうだ。リィンは……?」

 

 ようやくそこでラウラはリィンの事を思い出す。

 朧げに覚えている記憶ではリィンは剣を交える前に不自然に倒れた。

 

「弟君のことは心配しないで良いよ。ただの過労みたいだから」

 

「……過労?」

 

 出て来た十六歳に使うには不自然な言葉に、ラウラは思わず首を傾げる。

 

「うん……過労……

 クロスベルで睡眠時間を削って治療や調査や事情聴取に協力して、トールズに帰ってからはラウラちゃんが夜中に変な行動をしていないか監視していたみたい」

 

「それは……」

 

 ほぼ一週間前からこの事態を危惧されていたのだと思うと、散々無視して邪険にしていたことが申し訳なくなる。

 クロスベルに行っていた期間を合わせると二週間のブラック労働。

 しかも監視をルフィナに任せても、彼女たちを外で活動させるとリィンが寝ていても霊力が消耗して休めていなかったという事実が判明し、事実上二週間ほぼ完徹に近い酷使をしていた計算になる。

 流石のリィンもその消耗には耐え切れず、《鬼の力》や《識の目》もそれが原因で機能していなかった。

 

「とりあえず今は空き部屋のベッドで眠っているから安心して良いよ」

 

 リィンに大事がないことにラウラは安堵し何気なく視線をドアに向けて、その脇に立て掛けてある大剣に息を呑んだ。

 それを切っ掛けに戦いの場面を鮮明に思い出していく。

 

「っ――」

 

「ねえ、ラウラちゃん。剣は好き?」

 

「え……?」

 

 ラウラが己への呪詛を吐き出すよりも早く、アネラスが尋ねる。

 

「…………好きや嫌いなど関係なく、自分の一部のようなものでした……だからそれを蔑ろにしてしまった己に何よりも嫌悪を感じています」

 

 落ち込む理由があったとはいえ、剣の研鑽を疎かにして安易な道に飛びついた自分の愚行を恥じずにはいられない。

 

「その気持ちは分かるよ」

 

 そんなラウラの内面に共感するようにアネラスは頷く。

 

「何も守れなかった剣が、何もできなかった自分が憎くて仕方がなかった……私もそれは知っているし、たぶん弟君も同じだったと思う」

 

「リィンが……あれ程の強さを持っているのに、守れなかった?」

 

 アネラスの口から出て来た言葉にラウラは驚く。

 学院で《魔王》と呼ばれ、《光の剣匠》を始めとする帝国の最強とも渡り合えるというのにそれは信じられない言葉だった。

 

「弟君だって最初から強かったわけじゃないよ……

 リベールに来たのだって《鬼の力》……今回のラウラちゃんが使っていたような《力》を制御するのが目的だったんだから」

 

「力……」

 

「詳しく知りたいならこれを読むと良いよ。検閲が入っていて色々なところが変わっているけど弟君がどんな風にリベールで過ごしてきたのかだいたい分かるから」

 

 そう言ってアネラスが差し出してきたのは見覚えのある本だった。

 よくクリスが読んでいる本。

 先日新刊が出たと騒ぎ、その日の夜、彼が号泣していたことを覚えている。

 

「弟君には確かに才能はあったよ。でもそれだけであそこまで強くなれたりはしないんだよ」

 

「……それは分かっています……いえ、分かっているつもりでした」

 

 結局リィンの実力を受け入れられなかった子供だったと、落ち着いた今ラウラは自嘲する。

 

「申し訳ありません。リィンにはすまなかったと伝えておいてください」

 

 ベッドから立ち上がり、ラウラはアネラスに頭を下げる。

 

「……どうするつもり?」

 

「学院長の下へ行き、今回の事を報告して退学届けを出します」

 

 器物損壊に加えて、古の外法に手を染めた証である魔獣の耳と尻尾。

 子爵の娘としてこれ以上ない醜態。

 そして何より今回の事で多大な迷惑を掛けたリィンに会わせる顔がなかった。

 

「そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないかな?

 元はと言えば弟君が部屋の中とはいえ、危ない魔導書を放置していたのが原因だし」

 

「魔導書……何のことですか?」

 

「え……? だってセピスを食べる外法は弟君の部屋で見つけたんじゃないの? 机の上にあった古い本、覚えてない?」

 

「それは覚えています」

 

 もはや隠すことはないとラウラはリィンの部屋に勝手に入ったことを認めて続ける。

 

「リィンがどんな本を読んでいるかと思って少しだけ読んでみましたが、私には何が書いてあるか全く分かりませんでした……

 かろうじてエマが読めた部分で中世の料理のレシピだったことが分かったくらいですが」

 

「あれ……?」

 

 聞いていた話と違うことにアネラスは首を傾げる。

 

「それじゃあラウラちゃんはどこで外法のことを知ったの?」

 

「図書室でこのメモ書きを拾ったんです」

 

 ラウラからメモ書きを受け取ってアネラスは眉をしかめる。

 何処にでも売っていそうな紙にリィンのものとは似ても似つかない筆跡。

 アネラスはそれを預かると言って、話を戻す。

 

「でも退学までしなくても」

 

「いいえ、けじめはつけなければなりません」

 

 アネラスの気遣いにラウラははっきりと首を横に振る。

 

「けじめ……けじめね……ちょっと厳しいこと言わせてもらうよ」

 

「え……?」

 

「それはラウラちゃんの自己満足なんじゃないかな?」

 

「っ……ですが――」

 

「道を間違えないで進み続ける。確かにそうできれば一番良いと思うよ……でも現実はそんなにうまくいかない……

 どれだけ気を付けても、刃を振れば誰かが傷付くし、その気がなかったとしても事故だって起きる……

 お祖父ちゃんたちみたいな《理》に至っている人達なら間違いなんて犯さないかもしれない。でも私たちはそうじゃない」

 

 現役遊撃士の言葉は重く響く。

 

「一番大切なのは正しい道を進むことじゃないんだよ……

 間違えたって気付いたなら正して、踏み外したと思ったら戻って、堕ちてしまったのなら元の道に戻る方法を探す……

 そうやって、時には進んだ時以上の距離引き返して、進んでいくことが《剣の道》――ううん《人の道》なんだと私は思うの……

 ラウラちゃんにとって剣はたった一回失敗しただけで捨てられる簡単なものだったの?」

 

「…………」

 

 アネラスの言葉にラウラは押し黙る。

 

「私が言いたいのはね、弟君を理由にしないでって事。大事なのはラウラちゃん自身がどうしたいかって事なんだよ」

 

「私が……どうしたいか……」

 

「本心からもう剣を握りたくないなら私たちは止めない……

 だけど、少しでも自分を曲げてそんなことを言っているなら、弟君に迷惑を掛けたからなんて独り善がりの責任を感じているなら……

 もう後戻りができないなんて思い込んでいるなら、それはただの“逃げ”だよ」

 

「っ……」

 

「お祖父ちゃんから聞いた帝国の武の双璧、アルゼイド流の剣士はその程度なの?」

 

「………………耳が痛いですね」

 

 最後に付け加えられた厳しい言葉にラウラは俯いて、自分の手を見る。

 剣ダコがついた固い掌。

 年頃の少女には似つかわしくないものだが、それはラウラは積み重ねてきたものの証拠。

 果たして本当に自分は剣を捨て、剣の道を諦められるか自問する。

 

「本当に……私はやり直して良いんですか?」

 

「うん、もちろん。弟君もここにいれば同じことを言ったと思うよ」

 

 迷いなくリィンの言葉を代弁するアネラスにラウラは眩しそうに目を細める。

 気付けば固めていた決意がほぐされていた。

 そして剣を捨てなくて良いと安堵している自分がいることに気付く。

 

「現金なものだ」

 

 こんなにも簡単に決意を翻して喜んでいる自分に思わず苦笑してしまう。

 

「アネラスさんでしたね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「ありがとうございます」

 

 自分を倒してくれたことに、見失っていた道を照らしてくれたことにラウラは万感の思いを込めて頭を下げた。

 

「どういたしまして」

 

 眩しい笑顔を返してくれるアネラスにラウラは思う。

 

 ――クロエ達はこんな風に私のことを見ていたのだろうか……

 

 故郷のレグラムで自分の事をお姉様と慕ってくれる三人娘の気持ちをラウラは少しだけ理解できて思わず苦笑する。

 

「ところでラウラちゃん。一つ良いかな?」

 

「はい。何ですか?」

 

「そのミミとシッポってどうなっているの?」

 

「……え?」

 

 言われてラウラはピンっと元気よく立っている耳に触れ、振り返ってぶんぶんと嬉しそうに動く尻尾を見る。

 頭の方は分からないが青と白の艶やかな毛並みはラウラの目から見てもさぞかし興味をそそられる。

 

「ちょっとだけで良いから触ってみても良いかな?」

 

「え……?」

 

 振り返ったアネラスの目に、ラウラは先程までの尊敬を忘れて思わず腰が引ける。

 

「ちょっとだけ……ちょっとだけで良いから、ね?」

 

 先程までの凛々しかった女剣士の面影はどこに行ったのやら、ラウラは思わず後退るが背後はベッドがあり逃げ道はない。

 

「お……落ち着いてくださいアネラスさん」

 

 ジリジリと間合いを詰めてくるアネラスにラウラは本能的な恐怖を感じてしまう。そして――

 

「ラウラさんっ!」

 

「エマッ!」

 

 アネラスの背後で勢いよく扉が開き、入ってきたエマにラウラは天の救いを感じる。しかし――

 

「何も聞かず、これを飲んでください」

 

 エマはアネラスを押し退けて、ラウラにコップを差し出した。

 

「…………エマ……これはいったい……何だ?」

 

 どす黒くキラキラと光る粘液で満たされたコップにラウラは背筋に冷たいものを感じながら尋ねる。

 

「虫下しのようなものです。詳しい事情は説明しづらいんですが、今のラウラさんは病気なんです……

 それを飲めば、とりあえず症状を緩和できる……はずです」

 

「ど、どうして目を逸らすんだエマ?」

 

「と、とにかく私を信じて飲んでください。大丈夫です……たぶん……」

 

 不穏な言葉を付け加えるエマにラウラは何とも言えない顔をする。

 エマの言う病気とはおそらく魔獣化のこと。

 何故彼女がそれの薬を持っているのかは分からないが、それが説明できないのは良いとしても、彼女を信じて目の前の黒い粘液を飲むのには勇気が必要だった。

 

「待ってラウラちゃん! それを飲む前に一撫で! 一撫でで良いからモフらせて!」

 

 そしてまるで擁護してくれそうにないアネラスにラウラは途方に暮れるのだった。

 

 

 

 

 

「――以上が事の顛末となります」

 

「そうですか……こんなに早くラウラ君の魔獣化が進行したのは予想外でしたが、おかげでリィン君を滅する必要はなくて一安心です」

 

 そんな呟きに、従騎士ロジーヌは顔をしかめる。

 

「ライサンダー卿、本当に今回のことは必要なことだったのでしょうか?」

 

「貴女が気に病む必要はありません……これは私の独断で行ったことですから」

 

 まるで自分がしたかのように罪悪感に身を浸すロジーヌにトマスは毅然とした態度で言い切る。

 

「ゲオルグ・ワイスマンが復活した以上、七耀教会はリィン君の処遇について改めて考え直さなければいけません」

 

 報告を聞く限り、リィンとワイスマンは完全に独立しており、リィンを排除したところでワイスマンが消えるわけではない。

 では何が問題かというと。

 

「リィン君にはワイスマンの《聖痕》を作る技術が受け継がれています……

 それを武具に使うならばまだ見逃しても良いですが、人に刻もうとすればそれを理由に強硬派が声高にリィン君の存在を危険視するでしょう……

 そうなる前に、リィン君が安易に人に《聖痕》を刻まない実例が欲しかったんです」

 

 ワイスマンの《聖痕》はそれこそ色々と問題が多いものだった。

 人の人格を完全に再現するものもあれば、オリジナルを超えるものまである。

 今でもまだなりふり構わずにリィンのことを排除しようとしている者達は多い。

 そしてワイスマンの復活の報は穏健派から強硬派に鞍替えをする者たちが出る程に大きな変化なのだ。

 

「これも全てリィン君のためです。ラウラ君を巻き込んだのは心苦しくもありましたが、大事の前の小事と割り切りましょう」

 

 およそ教官の言葉ではないのだが、それはトマス・ライサンダー教官としてではなく、星杯騎士団の副長としての言葉ならロジーヌに異を唱える権利はない。

 

「報告御苦労、では《匣》は閉じさせてもらうよ」

 

「…………はい」

 

 ロジーヌが不満を呑み込んで頷くと、トマスは指を鳴らして繋げていた空間を閉じる。

 

「ふう……何とか誤魔化せましたね」

 

 教員用の宿舎。

 トマスは自分の一室で安堵の息を吐いた。

 

「あら? 何を誤魔化せたのかしら?」

 

「っ!?」

 

 一人だと思って呟いた言葉に返事があり、トマスは体を震わせて振り返る。

 かすかに開いた窓。

 そこに腰掛けた小さな人形がトマスに優しい微笑みを向けていた。

 

「これはこれはルフィナ君、どうしたんですか? もしかしてラウラ君のことで何か変化がありましたか?」

 

「いくつか気になっていたことがあるんだけど、ラウラさんにセピスの配合表を渡したのは副長、貴方ですね」

 

 トマスの言葉を半ば無視するようにルフィナが犯人は貴方だと言い切る。

 

「いきなり何を言うんですか? ラウラ君はリィン君の部屋に忍び込んであの本を読んだのでしょう? だったら――」

 

「彼女に読めるはずないわ。それは同じ系列の本を読んでいる貴方が良く知っているはずですよね……

 それに何もセピスによる魔獣化は錬金術だけの専売特許でもないですし」

 

「っ……」

 

 ルフィナの指摘にトマスは押し黙る。

 リィンがクロスベルで手に入れてきた中世の魔導師が残した魔導書。

 この手の魔導書や技術書には良くあることなのだが、一族の秘術を守るために本の内容は暗号化されている場合がある。

 当然、錬金術の知識が全くないラウラにそれを読み解く術はなく、古の術に理解がある魔女だったとしてもそれは同じこと。

 リィンが冷静であればその事実に気付いていただろうが、例え気付いていたとしてもやることはおそらく変わらなかっただろう。

 

「…………そうです。ラウラ君に魔獣化の外法を教えたのは私です」

 

 トマスはルフィナに向き直って認め、ロジーヌにした説明をルフィナに繰り返した。

 

「なるほど、全ては強硬派の機先を制するための策だったと」

 

「ええ、その通りです。ですから――」

 

「てっきり私は副長のうっかりだと思ったんですけど」

 

 ルフィナの呟きにトマスは目を逸らした。

 

「リィン君に見せてもらった魔導書の山を早く読みたくて、禁書だと言うのに学院に持ち込み、解読作業に没頭して授業に遅刻しそうになって――」

 

 トマスはルフィナから顔を逸らした。

 

「後でまとめるはずだったメモ書きの束を抱えた状態で廊下を走って、生徒とぶつかった挙句にその内の一枚を紛失した。ということはまさかないですよね?」

 

「は……ははは……そんな迂闊なことするわけないじゃないですか」

 

「そうですか……

 てっきりラウラさんの魔獣化の兆候を見て、まずいと思っていたところにリィン君が自分のせいだと言い出してくれたから、これ幸いに身代わりにしようとか、後付けでもっともらしい理由を付けただけだと思ったのですが違ったようですね」

 

「そんな人聞きの悪い……それはルフィナ君の考え過ぎですよ」

 

「そうみたいですね……

 こんなことが教会や学院に知られたらどうなるか。減俸だけで済めば良いですけど……

 ところで副長、先日導力ネットで注文していた書物のことですが――」

 

「すみません。出来心だったんです!」

 

 全てを見透かしているかのようなルフィナにトマスは土下座をするのだった。

 

 

 

 

 





魔女の主張(本編外)
エマ
「納得いきません。どうして私が犯人扱いされないといけないんですか!」

リィン
「落ち着いてくれ委員長、何というか日頃の行いって奴じゃないかな?」

エマ
「それは……ちょっと失敗していますが、真面目に調査しているのに誰のせいで全部裏目になっていると思っているんですか!」

リィン
「それはすまないと思っているんだけど……
 結局、委員長は今回のラウラの事についてはどこまで把握していたんだ?」

エマ
「そうですね……
 まず最初に私たちはリィンさんの部屋で魔導書を見つけましたが、その内容を把握することはできませんでした……
 私はなんとなく普通の古書じゃないと分かっていましたが、内容を解読するための知識がなかったので読むことはできませんでした……
 そしてラウラさんの魔獣化に関しても、リィンさんに遅れて数日後に確認しました……
 そこからセリーヌと一緒に里で教わった知識を思い出しながら、有り合わせの材料で治療薬を作っていたんです……
 ですので、私は悪い魔女ではありませんから気を付けてくださいね」

セリーヌ
「そうよね。今のエマは悪の魔女というよりも道化の魔女よね」

エマ
「ちょっとセリーヌ、そもそも誰のせいで言われていると思っているの!?」




娘の新たな一面
ヴィクター
「ふむ……ラウラがこんなことを起こすとはな……
 特別実習の話は聞いていたが、そこまで思い詰めていたとは……それを察せなかった私もまだ未熟だな」

クラウス
「して、どうなされるおつもりですか?」

ヴィクター
「すぐに必要な部屋の修繕費などはこちらで出そう。だがリィン君個人への負債に関してはラウラ自身に払わせる。ところでクラウス、この写真のラウラをどう思う?」

クラウス
「…………これは……とても良いものでありますね」

ヴィクター
「うむ」




 アネラス 新クラフト
 《風花の舞》
 《軽功》により自身の重さを極限までゼロにして受け身の技。
 体重を零にしただけでは敵の攻撃を完全に受け流すことはできないので、相手の攻撃に合わせた化勁を太刀越しで合わせる《伍の型》をアレンジしたもの。
 さらにこの状態で斬るには重さを利用できないので、鋭さを極めた四の型を両立する必要がある。
 アースガードが絶対防御のバフなら、これは絶対回避のバフになります。


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