(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

27 / 156
27話 鉄道憲兵隊Ⅲ

 

 ガレリア要塞。

 エレボニア帝国の国土の最東端に位置し、東の国境門としても機能する山岳地に作られた要塞。

 ガレリア要塞の常駐兵力は数千名以上にも及び、帝国正規軍の軍事拠点の兵力としては最大である。

 それはクロスベルの向こうの大国カルバート共和国を意識しているからであり、軍人演習も牽制の意味合いもあり頻繁に行われている。

 

「はい。皆さん、お疲れ様でした」

 

 夜の闇を掻き消すように数多の導力灯で照らされた軍事要塞を前にクレアはⅦ組A班を労う。

 

「よ……ようやく着いた……」

 

 導力車から降りたエリオットは息も絶え絶えにその場にへたり込む。

 交代で運転していたからと言っても、慣れない導力車に長時間座っていることも苦痛だったが、月明かりだけで課題の赤い布を探すことに集中していたこともあり、エリオットだけではなく体力のあるリィン達も疲労を感じずにはいられなかった。

 

「それにしてもケルディックからここまで一つも赤い布を見つけられなかったけど、大丈夫ですかね?」

 

 クレアに聞こえないように声を潜めて呟く。

 

「ああ、日が落ちたからとはいえ、まさか一つも見つからないとは」

 

「夜目には自信があったんだけどな」

 

「俺もだ……となると、クレア大尉。もしかして――」

 

「はい。ケルディックからガレリア要塞の間には一つも布は設置していません」

 

 悪びれた様子もなくクレアは答えを明かす。

 

「ええ!? そんなどうして!?」

 

 まさかの答えにエリオットは不満を叫ぶ。

 

「それが鉄道憲兵隊の仕事だからです……

 毎日、何かがあるわけではありません。むしろ何も起きない日の方が多いくらいです……

 それでも見回りはしなければいけないものですし、当然いい加減な気持ちでやって良いものではありません」

 

「それは……」

 

 ぐうの音も出ない正論にエリオットは黙り込む。

 

「でも正直、何かがあった方が気が楽だと思いましたね」

 

「延々と代わり映えしない景色を動かずに見続けるというのは意外と堪えるのだな」

 

「そう? 要人を狙撃する場合ライフルを構えて半日じっとしてることもあるよ。わたしはやったことないけど」

 

「半日も!? 猟兵とはすごいものだな」

 

 狙撃と言う戦い方の嫌悪感よりも、たった一発の銃撃のために半日も掛けるということにラウラは素直に驚く。

 

「ともかく今日の特別実習は終わりで良いんですよね?」

 

 話が脱線しそうな状況を見てクリスはクレアに尋ねる。

 すでに夜は深い。

 まだ日が変わるほどではないが、明日の実習のためにも体を休めたいと考える。

 

「ええ、今日の特別実習はこれで終わりです」

 

「それじゃあ、今日はガレリア要塞に泊まるんですか?」

 

「いいえ」

 

 予想外の言葉に一同は目を丸くする。

 東の最南端の軍事施設のため、近くに農村はない。

 クロスベルへと続く線路が敷かれているが、軍施設故に関係者以外の降車は禁止されており、当然一般人に解放されている宿泊施設などない。

 

「まさか野宿ですか?」

 

「いいえ、皆さんにはこちらで今日は寝泊まりしてもらいます」

 

 クレアの言葉と共に線路をゆっくりと進んできたのは、A班をレグラムまで乗せてくれた鉄道憲兵隊の特別列車だった。

 

「え……その列車に寝るところなんてありましたっけ?」

 

「ふむ、朝に乗った時には気付かなかったが。そもそも六人分のベッドなど並べるなら一車両丸々必要だと思うのだが」

 

 クリスとラウラ、二人の貴族は揃って首を傾げる。

 

「二人とも、ブリーフィングの隣にあったレストルームが今日のベッドだぞ」

 

 そんな二人にリィンは苦笑を浮かべて答えを教える。

 

「レストルームって……あのカーテンで仕切られた三段の棚が左右にある物置ですよね」

 

「ははは、あんなところが寝床などリィンは面白いことを言うな」

 

 ベッド=広い、という先入観がある貴族はその答えを冗談だと思って笑う。

 

「はい。リィン君の言う通りです」

 

 しかし、クレアは笑顔でリィンの答えを正解だと認めた。

 

「へ……?」

 

「は……?」

 

「皆さんにはこれからこの列車で寝泊まりしていただき、鈍行で移動しながら帝都に向かってもらいます」

 

 クレアの補足説明にクリスとラウラは絶句する。

 

「二人とも明日は寝不足確定かな?」

 

「あ、あはは……でも僕も寝台車で眠るなんて初めてだから眠れるかな? リィンは落ち着いているけど、やっぱりこういう経験もあるの?」

 

「流石に列車の中で寝るのは今日が初めてだな。ただ狭いベッドや寝袋で寝た事はあるから二人よりも抵抗はないな」

 

「今頃、B班のユーシスやマキアスもクリス達と同じ顔しているのかな?」

 

「それはちょっと見てみたいかも」

 

 エリオットが漏らした感想にフィーは同意した。

 

 

 

 ガタン――ゴトン――

 

 昼間に乗っていた時よりも遥かに静かで間隔も長い揺れ方。

 それに加えて寝台はそれなりに快適だが、ベッドと比べてしまえば雲泥の差の寝心地だった。

 成人男性に合わせて作られたとはいえ、狭く短い寝台は窮屈な上に寝転んだ目の前にある天井は圧迫感に息苦しさを感じずにはいられない。

 それに緩やかとはいえ、列車特有の揺れも睡眠の妨げになる。

 とは言っても昼からずっと導力車に乗り続けていた疲労もあって、時間は掛かったものの眠ることはそこまで苦にはならなかった。

 しかし、疲労を体に感じていてもエリオットは目が冴えていた。

 

「眠れないのか?」

 

 天井越しにリィンがエリオットに声を掛けてくる。

 見えないはずなのに気付かれていることに今更驚きはしない。

 

「うん……」

 

「もしかして昼間の貴族たちが言っていたリーヴェルト社製の楽器の事か?」

 

「……うん」

 

 まるで心を見透かしたかのような物言いにエリオットは素直に頷く。

 

「少し話さないか?」

 

 リィンのその言葉にエリオットは頷き、狭いベッドから抜け出してレストルームから隣のブリーフィングルームへと移動する。

 そこでリィンはクレアから許可された範囲でリーヴェルト社がかつて詐欺行為を働いたことを説明する。

 

「国外で製造された楽器を国内製と偽ったり……

 有名な職人の作品の贋作を作らせて、本物として富裕層に売りつけた……

 たぶんエリオットの楽器はそのどちらかだと思う」

 

「……そんなことがあったんだ」

 

「当時のリーヴェルト社はかなり荒れたらしい……

 倒産を免れたのは、クレアさんが身内を断罪したからこそだったそうだ」

 

 当然のことだが、騙された貴族たちはリーヴェルト社に責任を追及し一族郎党にまでその責任を取らせるべきだと声を上がっていたらしい。

 それを守ったのはオズボーン宰相だった。

 一度はクレアの復讐を止めなかったことに失望したが、彼女が手を汚すことで叔父の家族や会社の社員に累が及ばないように根回ししていたと聞かされれば、その評価を改めないわけにはいかない。

 

「一応今でも、リーヴェルト社にその楽器を持っていけば無償で交換してくれるらしいぞ」

 

「そう……」

 

 リィンの言葉にエリオットは生返事をする。

 

「才能がないって言われたことなら気にする必要はないと思うぞ……

 エリオットの演奏はユーシスだって褒めていたじゃないか」

 

 四大名門としての教養の一つでユーシスも嗜む程度に楽器を扱える。

 それに耳も肥えているから、彼の評価はあの貴族たちよりも信用に値する。

 

「うん……それは分かっているんだけど」

 

「何か思うことがあるなら話してみないか? それだけでも気持ちは整理できるぞ」

 

 昼間はクリスにフォローを頼んだが、エリオットの様子では蟠りが解けたようには見えなかった。

 とはいえ武術ならともかく、音楽と言う芸術の分野でどこまで気の利いたことを言えるかは分からないが。

 

「リィンは知っていると思うけど、僕の父さんはあのオーラフ・クレイグなんだ」

 

「ああ、御前試合で世話になったからな」

 

「うん……僕もあの試合は見ていたからそれは知っているよ」

 

 そう応えてエリオットは改めて話し始める。

 

「僕の父さんは軍人で、父さんは僕を軍人にしたいみたいなんだ。トールズ士官学院に入学したのも僕が決めたわけじゃないんだ」

 

「そういうと、他に進みたい進路があったのか?」

 

「帝都にある音楽院に通うつもりだったんだ……姉さんがそこの卒業生で、ピアニストとしての道を歩き始めてて、僕も当然のようにそれに続こうとした……

 でも、父さんはそれを許してくれなかった」

 

 エリオットは天井を仰ぎ、その時に言われた言葉を呟く。

 

「『趣味程度ならともかく、帝国男子が音楽で生計を立てるなど認められん』」

 

「そんなことを言われたのか……」

 

「どんなに食い下がっても、首を縦に振ってくれないどころか、帝国にある軍学校や士官学校を一通り勧めて来て、結局僕は音楽院への進学を諦めるしかなかった」

 

「エリオットはもしかして、お父さんのことを恨んでいるのか?」

 

「うん」

 

 リィンの質問にエリオットは間髪入れずに頷いた。

 

「父さんはあの御前試合の時から、『お前もリィン・シュバルツァーみたいな立派な帝国男子になるんだぞ』なんて言って僕とリィンを比べるようになってさ……

 僕とリィンじゃ全然釣り合わないっていうのに、ひどい無茶振りだよ」

 

「それは…………すまない」

 

「リィンが謝ることじゃないよ」

 

 恐縮して頭を下げるリィンにエリオットは逆に申し訳なくなる。

 

「でも過大評価されているみたいだけど、俺はクレイグ中将が言う程の大層な人間じゃない……

 リベールの異変で活躍したように報じられているけど、俺がしたのはリベールの人達のつゆ払いをしただけに過ぎないんだ……

 それに俺自身、たった一人の女の子も守れなかったんだから」

 

「リィン……」

 

 自分の手を見つめるリィンにエリオットは言葉を失う。

 常に超然とし余裕に満ち、Ⅶ組全員を相手に勝利するほどの強さを持っているリィンが守れない戦いと言うものが想像できない。

 

「リィンは――」

 

 何があったのか、思わず尋ねそうになってエリオットは口を噤む。

 ただのクラスメイトが触れて良い傷ではないと感じた事と、聞いたとして気の利いた言葉を言えるわけでもない。

 とにかく好奇心で踏み込んでいいものではないと自分に言い聞かせる。

 

「俺がどうしたんだ?」

 

「えっと……リィンは将来軍人になるの?」

 

 誤魔化すようにエリオットはリィンの将来について尋ねる。

 リィンの将来については様々な憶測や噂話が飛び交っている。

 一度皇族親衛隊に推薦され、実力も帝国の三強に認められる程。

 それこそ卒業後の進路は引く手数多だろう同級生の将来の展望はエリオットでなくても注目されている。

 

「軍人……どうだろうな。戦争が起きるとすれば軍に席を置いておくべきなのかもしれないが、それだと自由に動けないからな」

 

「え……戦争?」

 

 思わぬ言葉にエリオットは目を丸くする。

 

「戦争って、何を言っているのリィン? 不戦条約だって結ばれているのに」

 

「近々、帝国と共和国で戦争が起こる……

 それにリベールで起きた《異変》と同じようなことが帝国でも起きることになっているんだ……

 だから将来俺がどんな道に進むかどうかは、それらを全部乗り越えてから考える事になるかな、正直今はそこまで考えている余裕はないんだ」

 

 リィンの言っていることの意味が分からずエリオットは呆気に取られる。

 共和国との戦争に《異変》。

 どちらもエリオットには現実味を感じない言葉だけにリィンの妄言にしか聞こえない。

 そんなエリオットの様子にリィンは苦笑する。

 

「悪い、変なことを言ったな。あまり気にしないでくれ……

 その辺りの事は俺とオリヴァルト殿下で何とか被害を最小限に留めるように努力するつもりだから」

 

「え……あ……」

 

 エリオットの戸惑いをリィンは当然の反応だと頷き、これ以上の説明を切り上げる。

 戦争もそうだが、表向き平和な帝国で《リベールの異変》のような事件が起きるなど、民間人が突然言われて信じられるものではないだろう。

 だからこの話題を終わりにして、今度はリィンが聞き返す。

 

「そういうエリオットはもし音楽院に通えていたら、どんな音楽家になりたかったんだ?」

 

「…………え……?」

 

 あまりに普通過ぎる質問にエリオットは間の抜けた声をもらした。

 

「どんなって……え……?」

 

「そんなにおかしいなことを聞いたか?

 まあ、無理矢理に士官学院に入れられたなら不躾な質問かもしれないか」

 

「いや……それは良いんだけど……」

 

 リィンの質問に答えようと思考を巡らし、何も答えられないことに愕然とする。

 音楽家と言ってもその稼ぎ方はいくらでもある。

 しかし、エリオットにはその展望はなかった。

 ただ音楽が好きだから音楽院に行きたかった。

 ただ漠然と姉や母が進んだ道だから音楽院に進学したかった。

 それに気付くと、自分が音楽院に進みたいという言葉が酷く薄っぺらいものに感じてしまった。

 

「エリオット……」

 

 音楽に対しての情熱以前の問題に愕然とするエリオットにリィンは神妙な顔をして呼び掛ける。

 

「な……何、リィン?」

 

 自分の気持ちに整理がつかないままエリオットはそれに応える。

 

「エリオットが軍人に向いているかどうかは一先ず別として、俺はエリオットに音楽家を目指して欲しいと思っているよ」

 

「え……でも、僕には才能がないって――」

 

「あんな馬鹿貴族の言葉を真に受ける必要はないだろ。確かにその時のコンクールは落ちたのかもしれないけど、それなら次に向けて頑張れば良いだけの話だろ?」

 

「それは……そうかもしれないけど」

 

「だからエリオット。帝国の音楽家の悪いイメージを何としても払拭してくれ!」

 

「え……? 帝国の音楽家のイメージ? 何を言っているのリィン……?」

 

 訳の分からないことを言い出したリィンにエリオットは首を捻るのだった。

 

 

 

 

 こうして鉄道憲兵隊での特別実習の一日目は様々な余韻を残しつつも無事に終了した。

 続く二日目の実習は、A班B班ともに北部と南部の線路に分かれて同じことを行う――はずだった。

 早朝、鉄道憲兵隊の詰め所に知らされた一報。

 

 海都オルディスで開発された、蒼の公爵の名を意味する《ブラウヘルツォーク》と名付けられた大型観光列車。

 鉄血宰相の《アイゼングラーフ》に対抗してカイエン公爵が造らせた大陸横断鉄道の最西部と最東部の間を走るクルーズトレイン。

 その初となるお披露目には数多くの有力者が招かれ、カルバードを往復する二泊三日の観光旅行が計画されていた。

 その観光旅行としてオルディスを出発した《ブラウヘルツォーク》をテロリストが占領したと声明が発表されたのだ。

 それによりⅦ組の鉄道憲兵隊での《特別実習》は中断を余儀なくされるのだった。

 

 




 鉄道テロということでお約束な鉄道ジャックが第二回特別実習の事件になります。
 ちなみに何をとは言いませんが、盛大なマッチポンプですね。

 観光列車の名前ですが、《ブルーデューク》よりもドイツ語の方が帝国の世界観に合っているのではないかと指摘され《ブラウヘルツォーク》に変更させてもらいました。
 


帝国の音楽裏事情

エリオット
「うーん」

ラウラ
「どうしたんだエリオット、何か悩み事か?」

エリオット
「実はリィンと少し話をしてさ、帝国の音楽家は悪い印象があるみたいでさ。ラウラはどう思う?」

ラウラ
「ふむ……私はそんなこと感じたことはないが……
 いや、噂で聞いた話だが、コンクールなどでは賄賂が横行しているなんて話を聞いたことがあるな……
 もしかしたらそうやってプロになり、腕が伴わない音楽家たちばかりだと他国では思われているのかもしれないな」

クリス
「そんな噂があったんですか……
 それじゃあ昨日の言われたエリオットが予選落ちしたコンクールももしかしたらその可能性があったのかもしれないですね」

フィー
「わたしは音楽の事よく分からないけど、エリオットの演奏は眠たくなるから好き」

ラウラ
「フィーそれは褒めているのか?」

フィー
「当然。正直クラシックはうるさくて目が冴えるから嫌いだったけど、エリオット達の演奏は別」

エリオット
「はは、ありがとう……
 でもそうか……帝国の音楽の裏事情がそんな風になっているとは知らなかったな」

クリス
「昨日の貴族の例があるから、あり得ないとは思えないな」

エリオット
「そうなるとそのイメージを僕に払拭して欲しいって……無茶振りだよリィン」
 ………………
 …………
 ……

リィン
「いや、そうじゃないから」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。