(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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29話 ミスティのお悩み相談

 

 六月。

 若葉の季節が終わりを迎えたトリスタでは入学で浮かれていた学生たちもこの時期を境に緊張感を持ち始める。

 六月の中旬。

 おおよそ二週間後に迫った《中間試験》。

 それを控えた者たちの反応は様々だった。

 まだ二週間ある、と気を楽に身構えている者。

 もうすでに戦いは始まっているのだ、と勉強に勤しむ者。

 特別な対策など必要ない、と普段と同じようにテストまで過ごすことを決めている者。

 そんな一種のトリスタの風物詩となっている光景を他所に、喫茶店《キルシェ》では怪しげな邂逅が行われていた。

 

「ふふ……それで話って何かしら?」

 

 雨が降る窓際の席でリィンは妖艶な雰囲気を漂わせる女性と相席していた。

 

「相談だったらできればお便りで出して欲しいんだけど」

 

「別にそれでも構いませんが、ラジオ番組の中でちゃんと答えてくれるんですか?」

 

「さあ、それは質問次第かしら?」

 

「なら無理ですよ。話は貴女の妹のことですから」

 

「ああ、リィン君が事故物件って言ったあの子の事ね」

 

「うぐっ……」

 

 かつて漏らした言葉を持ち出されてリィンは呻く。

 しかし、それをミスティは弄る素振りを見せず、むしろ困ったと言わんばかりに頬に手を当てる。

 

「でもあの子の学生生活を見ていると、困ったことに否定できないのよね」

 

「そうなんですか? 委員長は確かに魔女の力を一度は見せていましたけど、普段はちゃんと隠していると思いますが」

 

「それがそうでもないのよ」

 

 そう言ってミスティは厚めの封筒をテーブルの上に置いた。

 リィンは首を傾げながらその中身を検める。

 中に入っていたのは写真だった。

 明らかに盗撮と分かる写真にはエマとアリサが写っていた。

 

「一枚目は貴方達が改めて旧校舎に挑戦した時の写真よ」

 

 それはエマとアリサが向き合っている写真だった。

 しかし、アリサの方はどこか呆けた様子で視線を宙に彷徨わせている。

 

「貴方のことを不信に思って、下調べもしないで多少関係がありそうな彼女から情報を得ようと暗示をかけていろいろ聞き出したみたい」

 

「それは……」

 

「二枚目は《鋼の聖女》が現れて半べそをこっそりかいている写真ね」

 

「……これ俺が見ても良い写真なんですか?」

 

 まだまだあるエマの痴態が写されていそうな写真の束に、リィンは一旦見る手を止める。

 

「というか良いんですか? 仮にもお姉さんなのに」

 

「あら知らないのリィン君? 姉と言うのは妹の恥ずかしい弱味を握るために早く生まれて来るのよ」

 

「そんなわけないでしょ」

 

 意地悪な顔をするミスティにリィンはため息を吐く。

 

「その写真は全部リィン君に上げるわ」

 

「いりません。こんなものを持っていたらなんて言われるか」

 

 明らかに盗撮した写真。

 それをリィンが持っていればあらぬ疑いを掛けられる未来が容易に想像できる。

 もっとも、どちらかといえばリィンがエマをストーカーしている証拠ではなく、エマがリィンをストーカーしている証拠だったりするのだが。

 

「エマには何も伝えていないんですか?」

 

「どうかしら? 

 魔女の方針は何も聞いてないのよね。エマは毎朝泣きそうな顔でポストを確認しているようだけど……

 エマに連絡することを忘れていた言い訳を考えていて、返事を出せないのかもしれないわね」

 

「それはないんじゃないですか? 仮にも一族の長がそんなうっかりをするなんて」

 

「……そうね」

 

 そういう人なのよ、という言葉を呑み込みミスティは別の可能性を上げる。

 

「もしかしたら、エマの自主性をこの期に鍛えるつもりなのかもしれないわね……

 トールズに潜入して、《灰》の導き手としての任を受けた以上、一から十まで長に指示を仰いでいるようでは導き手としては失格よ……

 そう考えると、連絡をしないのはエマがどうするか自分で決めなさいって、いうことなのかもしれないわね」

 

「でも魔女の禁忌に関わることなんですよね?」

 

「私が言うのもなんだけど、その禁忌に拘って手遅れになるまで黙っていたら本末転倒よ……

 もしリィン君が正規の方法で旧校舎を攻略していったとしても、あの子の事だから最後まで騎神について何も言わずに試練が終わるのを静観していたんじゃないかしら?」

 

 その様子を容易に想像できてしまいミスティは溜息を吐く。

 

「ならそれをエマに伝えればいいんじゃないですか?」

 

「そんなことをしたら意味がないでしょ? あの子自身が気付かないといけないことなんだから。だいたい今の私は《結社の魔女》なのよ」

 

「だけど、日に日にエマの睨む視線が強くなっているんですけど」

 

 最初は困惑するしかなかったが、バリアハートの実習を経てその理由を理解できたのだが、知った状況が状況だけにリィン側から歩み寄るのが難しかった。

 

「ごめんなさいね。奥手のくせに変なところで積極的な子だから。できれば見捨てないでもらえるかな? 根はちゃんと良い子なのよ」

 

「それは分かっていますけど……エマまで《呪い》に侵されたりしませんよね?」

 

「例え魔女だったとしてもそれは保証できないわね。もしそうなっちゃったらよろしくお願いね」

 

 臆面もなく手を合わせてお願いして、丸投げして来るミスティにリィンは半眼になって睨む。

 

「ミスティさんは手を貸してあげないんですか?」

 

「私が手を貸したらあの子が拗ねちゃうでしょ?」

 

 優しいのだか厳しいのだか分からないスタンスに、リィンはエマの苦労を察してため息を吐く。

 

「もちろんタダとは言わないわ。リィン君にはいろいろと苦労を掛けているから、報酬にこれを上げるわ」

 

 そう言ってテーブルの上に出したのは一冊のアルバムだった。

 

「…………これは?」

 

 猛烈な嫌な予感を感じながらリィンは尋ねる。

 

「私の妹の選りすぐりの姿ばかりの写真集よ」

 

「いりません」

 

「あら残念」

 

 クスクスと笑うミスティだが、どこまで本気なのか読み解こうとしても彼女の本心は分からない。

 

「冗談はともかく、それならこれはどうかしら?」

 

 アルバムを引っ込めてミスティが次に出したのは二枚のチケットだった。

 

「これは……?」

 

「今度帝都で公演するチケットよ。エマ以外の子を誘って一度観に来てくれると嬉しいわね」

 

「……そういえば帝都でオペラ歌手をしていたんでしたね」

 

 結社の使徒に人気絶頂のオペラ歌手。そしてラジオのパーソナリティと三足のわらじを履いていることを改めて思い出す。

 何故秘密組織の一員なのにそんな目立つことをしているのか。

 と疑問に感じるが、はぐらかされそうなのでやめる。

 そもそも、女性の秘密は気になったからといって無闇に詮索するものではない、と教えられている。

 

「本当は知り合いに上げるつもりだったんだけど、興味ないって言われちゃったから遠慮しないで良いわよ」

 

「でも高いんじゃないですか」

 

「口止め料も兼ねていると思ってちょうだい。それに何だかんだ言ってもその時はちゃんと助けてくれるんでしょ?」

 

「それは……まあ同じクラスメイトですから」

 

 リィンの思考を読み取るようなミスティの言葉にリィンは頷く。

 

 「リィン君達の試験が終わった後の自由行動日の公演チケットだから、そこら辺も問題ないでしょ?」

 

 周到にこちらの予定を把握しているミスティにリィンは少し困った顔をする。

 

「何か予定があるの?」

 

「まだその日は未定なんですけど、明日の自由行動日はテスト前の最後の部活動ということで出かける予定だったんです……

 帝国各地にある精霊窟を巡ってゼムリアストーンを回収する。その成果次第で引き続き、探索しないといけないですから」

 

 一応、ゼムリアストーンがあればラッセル一家とシュミット博士によって騎神用の武器は作ってもらえる。

 しかし、当のラッセル一家のトリスタに滞在する期間はトロイメライの運用が安定するまでと決まっている。

 本人たちは《灰の騎神》を見て触って調査するまで帰るつもりはないのであまり気にする必要はないのかもしれないが、いつまでも図面だけを引かせておくのはリィンとしても心苦しくもある。

 それに彼らが暴走しないように、そろそろ新しい餌が必要な頃合いだろう。

 

「あ……そう……」

 

 そう説明されたミスティは呆れた眼差しを送ってため息を吐く。

 

「あそこの最深部に行くには魔女の封印を解かなければいけないんだけど」

 

「大丈夫です。一応ちゃんと対策も考えてありますから」

 

「でしょうね」

 

 導き手の存在を無視して武装デバイスを作ろうとしている起動者に呆れるべきなのか、怒るべきなのかミスティは悩む。

 そしてミスティは改めてリィンの顔をじっと見つめる。

 

 ――この子と《相克》なんて《彼》にできるのかしら?

 

 決して自分が導いた起動者の実力を疑っているわけではない。

 だが、何の力もないとはいえ《鋼の意志》をその身に宿しているリィンが本格的に騎神と接触すれば何が起きるのか想像もできない。

 《彼》には導いた代償として《疑似相克》を行ってもらうことは承諾させているが、騎神を得て敵なしと有頂天になっている彼では力不足なのではないかと考えてしまう。

 

「もう少し危機感を持って欲しいんだけどね……」

 

「ミスティさん?」

 

「何でもないわ」

 

 安牌だと思っていた《灰》がとんだジョーカーになったことにミスティは嘆く。

 《蒼》の起動者を導いたのは数年前。

 確かに乗り回している時間は長いかもしれないが、騎神の性能を全開にした戦闘の経験は彼にはない。

 むしろたった数回、しかも《影》にしか乗っていないというのにリィンの方が騎神戦の戦闘経験は豊富かもしれない。

 彼の目的と自分の目的が違うのだから無理を言っているのは分かるし、今は《彼ら》の計画が忙しいのも分かる。

 だがこのままいけば《蒼》が《灰》に蹂躙される姿が容易に想像できてしまう。

 

「ねえ……リィン君……もしも――」

 

 言いかけて、ミスティはその言葉を呑み込んだ。

 リィンが今一番《黄昏》に対抗する手段を持っているのかもしれない。

 しかしだからと言って、ここでリィンに乗り換えることはあまりに《彼》に不誠実だろう。

 

「もしも?」

 

「ううん……それよりも本当にエマのこと貰ってくれないかしら?」

 

「……何でそこに話を戻すんですか?」

 

「だってあの子は魔女の役目に真面目過ぎて融通が利かない子なのよ」

 

 そう言ってみるが当然打算もある。

 今はリィンに乗り換えれなくても、エマがリィンの恋人になれば巡り巡って自分も身内の判定を貰える可能性の目ができる。

 敵に対してはきちんと一線を引いているが、身内に甘くなるリィンならば自分の《幻焔計画》が失敗した後でも話を通し易いだろう。

 それに彼ならば決してエマを不幸にはしないという信頼もある。

 

「きっと魔女の役目を優先して、折角の学院生活だって恋愛なんて二の次にして灰色に過ごすに決まっているじゃない……

 それに小うるさいお目付け役もいるし、そうなると行き遅れるのはほぼ間違いないでしょ?

 姉としては妹には幸せになって欲しいのよ。この気持ちはリィン君も理解できるでしょ?」

 

「それは分かりますけど」

 

 妹がいる兄として、ミスティの言葉には頷かないわけにはいかない。

 

「さっきも言ったけど、エマは器量は良いし尽くす子よ……

 それに私が里を出てから八年。いろいろ大きくなっているみたいだからきっとリィン君も満足できるわよ」

 

「ミスティさん、下世話過ぎますよ」

 

「でもあの子ってきっとこの手のことでは奥手だと思うのよ……

 それにこのまま空回りを続けていたらどんどんリィン君に悪印象を抱かせるだけだから、ここは一つ姉として一肌脱いであげようと思うの」

 

「本人が聞いたら余計なお世話だって言うと思いますよ」

 

 極めて冷静にリィンはエマの言葉を代弁する。

 

「身内贔屓と自覚して言わせてもらうけど、エマは大陸一可愛いのよ。いったい何が不満なの?」

 

「いや。不満も何も、本人の――」

 

「それは聞き捨てなりませんね。ミスティ様」

 

 リィンの言葉を遮って、突然第三者が二人の会話に割り込んできた。

 

「ゼムリア大陸一かわいいのはアリサお嬢様一択です。異論は認めません」

 

 にっこりと笑顔を浮かべてミスティにそう言い切ったのはメイドだった。

 

「………………シャロンさん、どうしてここに?」

 

 白い目を向けながらリィンは尋ねる。

 

「お久しぶりですリィン様。実は学院に少し用がありまして、その帰りに何やら見たことのある御二人が怪しげな取引をしていたので、つい聞き耳を立ててしまいました」

 

 悪びれた様子もなくシャロンは答える。

 

「そうしたら何やら聞き逃せないことを話されていたようで、アリサお嬢様を差し置いて大陸一と称する愚かさを正すために口を挟んでしまいました」

 

「あら、ただお母さんに構って欲しくて家出中の小娘にうちのエマが劣ると?」

 

「ふふふ……使命を大義名分に好き勝手やっている小娘の何処が器量が良いんですか?」

 

「分かっていないわね。そういうドジな部分もかわいらしいのよ……

 癇癪持ちと比べたら遥かに常識的だと思うけど?」

 

「お嬢様のそれは癇癪ではなくツンデレと言うのです……

 大好きな人たちに素直になれずについ強気に出てしまうこのいじらしさ。それが愛おしくて愛らしいのです……

 だいたい誰も気付いてないのを良いことに、自分の失態を隠しているのはドジの範囲では収まらないと思いますよ」

 

 ミスティとシャロンは笑顔で言葉の応酬を繰り返す。

 

「言ってくれるじゃない。それじゃあリィン君に決めてもらいましょうか?」

 

「ええ、構いません」

 

 が、突然二人はその矛先をリィンに向ける。

 

「リィン君、エマの方がかわいいわよね?」

 

「リィン様、アリサお嬢様こそ、至高の存在ですよね?」

 

 微笑みを浮かべているが自分の答え以外は認めない。そんなプレッシャーを掛け、答えにくい選択を迫る二人にリィンは息を吐く。

 

「二人とも間違っています」

 

 しかし、リィンは二人からの圧力に屈さずにはっきりと否定した。

 

「何ですって……」

 

「リィン様、まさかお嬢様に魅力がないとでも言うつもりですか?」

 

「そんなことはありません。エマもアリサも十分に魅力的な女性です……

 だけど!

 世界で一番かわいいのはエリゼとアルティナ、ノイ。この三人の同点一位以外にありえません!」

 

「何を言い出すかと思えば……」

 

「ふ……愚かですね。リィン様……

 三人を至高と言うのなら貴方の愛は三等分していることに他なりません。そんな体たらくで私たちに異を唱えるなど笑止千万です」

 

「何とでも言えばいい。貴女達が何と言っても俺はこの答えを曲げたりはしません」

 

 そんな答えを認めないと言わんばかりの凄みを利かせた二人の視線を真っ向からリィンは受け止め、睨み返す。

 

「良く言ったわリィン君。それなら貴方達にエマの可愛さを存分に教えて上げるわ」

 

「それは私の台詞ですミスティ様……ええ、貴方達にはお嬢様の素晴らしさをその骨身に刻んで差し上げましょう」

 

「悪いけど、例え誰が相手でも譲る気はない」

 

 こうして譲れない――しょうもない戦いが始まるのだった。

 

 

 

 






憩いの場

サラ
「今日は楽しい週末♪ ビールにワインにブランデー♪ マスター、とりあえず――」

ミスティ
「――でね。使い魔をもらった時のあの子の嬉しそうな顔と言ったら――」

シャロン
「――使い魔と言えばお嬢様も昔、ぬいぐるみを使って――」

リィン
「――使い魔ならこないだうちのノイがですね――」

サラ
「………………私は何も見ていない」





歴史研究同好会学外活動

エマ
「大変です。セリーヌ! リィンさんがゼムリアストーンを探しに精霊窟に行くみたいです! すぐに追い駆けないと!」

セリーヌ
「落ち着きなさいエマ。どうせ行ったって無駄足よ……
 精霊窟には魔女特有の封印が施されているのよ。そもそも精霊窟だって通常空間から隠れているんだから、どこで精霊窟の存在を知ったのか知らないけど行った所で見つけることもできずに帰って来るのがオチよ」

エマ
「そ……そうなんだ。そうですよね……
 いくらリィンさんでも異相空間に隠している精霊窟を見つけられるわけないですよね」

セリーヌ
「そうそう、空間を操る能力者じゃないんだから大丈夫よ」

 ………………
 …………
 ……

トマス
「それではリィン君、これから《匣》の使い方について、実際にやりながら教えたいと思います」

リィン
「よろしくお願いしますトマス教官」

ロジーヌ
「ライサンダー卿、楽しそうですね……」



 今回のリザルト
 ヴィータ・クロチルダのオペラ鑑賞券S席二枚。
 エマの昔話。
 アリサの昔話。
 《匣》を使った空間制御術。
 ゼムリアストーンの大結晶。


 エマ、セリーヌの胃痛。プライスレス。

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