(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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タイトルを『閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~』に変更させていただきました。

とりあえず少しづつ更新していこうかと考えています。
先は長いですが、またよろしくお願いします。





3話 学生生活始まる

 

 

 とある一年の男子生徒《P》は語る。

「リィン・シュバルツァーだと?

 ふん、神聖な御前試合を猟兵紛いの戦いで穢した浮浪児がたまたまオリヴァルト皇子の目に留まったから良い気になっているだけだ……

 見ていろ。この僕がやつの化けの皮を剥いでやる」

 

 とある一年の女子生徒《V》は語る。

「Ⅶ組のリィン・シュバルツァー……

 普通の男の子に見えるけど《猟兵百人斬り》とか《雪山を赤く染めた鬼》なんでしょ……

 人は見掛けによらないって言うか。剣を持つと殺人鬼の人格と入れ替わるって本当なのかしら?」

 

 とある二年の女子生徒《A》は語る。

「リィン君の噂について知りたい?

 確かにリィン君はリベールで子供の世話をしていた《子連れ侍》だったことは間違いないよ……

 それはもう可愛らしい女の子でね。だが、試験の後に別の女の子とクロスベルへ旅行に行っていたそうじゃないか……

 ふふ、女神が許しても私はちょっと許せそうにないかな」

 

 とある二年の男子生徒《G》は語る。

「リィン君かい?

 あのラッセル博士の助手をしていたっていう話があるから、あまり工房には立ち入って欲しくないかな……

 聞いた話だとリベールのツァイス中央工房では毎日のようにトラブルを起こしていたみたいだし……

 サラ教官に言われて戦術殻を一機貸し出したけど、変な改造をされないと良いな」

 

 とある二年の男子生徒《C》は語る。

「リィン・シュバルツァー?

 ああ、知っているぜ御前試合の時にはがっぽりと稼がせてもらったからな……

 確かに力量は学生レベルじゃねえかもしれないが、不意打ちがうまく決まったんじゃねえか?

 ちゃんと顔を合わせてねえけど、そこまで強そうには見えなかったしな……

 噂では、俺でも知っている伝説の《槍の聖女》に勝ったなんて話まであるけど、たぶん帝国政府の誇張だろ?

 それに鉄血宰相のお気に入りだって話も聞いたことがあるから革新派の情報操作かもしれないけど、それにしたって盛り過ぎだろ」

 

 とある二年の女子学生《D》は語る。

「リィン君について?

 むしろ私の方が教えて欲しいです。具体的にはクリス・レンハイム君との関係を!

 リベールでは男性、女性構わず声を掛けては愛を囁き、老若男女合わせて百人斬りを果たして、子供まで作ったとか……

 その話が本当だとしたら私は……私は……ぶはっ!」

 

 とある生徒会長《T》は語る。

「リィン君?

 うん、最初はいろんな噂話があってどんな子なのか分からなかったけどとっても良い子だよ……

 私のことを一目会った時からちゃんと先輩扱いしてくれた子だし、この前生徒会の仕事で遅くなった時、夕食を御馳走になったんだけどデザートのアイスもすっごく美味しかったよ……

 リィン君はきっといいお嫁さんになれると思うよ」

 

 

 以上、生徒達のリィン・シュバルツァーに対しての意識調査から一部抜粋。

 

 

 

 

 第三学生寮に与えられたリィンの一室では彼の話し声が響いていた。

 

「ああ。こっちは大丈夫だよ。そんなに心配いらないって」

 

 馴染みがまだない者には受け応える声はないことに首を傾げるかもしれないが、戦術オーブメントに内蔵されている通信機による通話なので特に怪しいことはない。

 

「友達……? まだ入学して一週間だからな、クラスメイト達も個性的でそれぞれ事情があるみたいだから、急ぐことはないだろ……

 そういうそっちはどうなんだ?」

 

 会話の相手は義妹のエリゼ。

 彼女にはクロスベルを出る時に普及し始めている導力通信機を買って上げたのだが、我ながら良い買い物をしたとリィンは自画自賛する。

 

「はは、相変わらずみたいだなアルフィン殿下とミュゼは」

 

 不満そうに、それでも何処か楽し気に友人たちのことを語るエリゼの声にリィンは苦笑を返す。

 

「明日の自由行動日は荷解きや部屋の整理をするつもりだ……

 ああ、そうだな。帝都まで鉄道で一時間くらいで行けるからな、暇な時にでも――っとすまないエリゼ。誰か来たみたいだ」

 

 ドアをノックされた音にリィンは義妹との会話を切り上げる。

 

「ああ、エリゼも体に気をつけてくれ」

 

 最後の一言を交わして、リィンは通話を切る。

 そして、この部屋に住むことになり最初に設置したドールハウスに目配せを送ってからリィンは来訪者を迎えた。

 

「こんな時間に誰だ?」

 

「リ、リィン……エリオットだけど、ちょっと良いかな?」

 

「ああ、構わないが一人じゃないみたいだな。その気配はレーグニッツか?」

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

 ドアの向こうから二人が絶句する声が聞こえてくる。

 

「それで、どうしたんだ二人とも、こんな時間に?」

 

 ドアを開けるとそこには気配で察した通り、二人が並んで立っていた。

 何処か自分に余所余所しい態度のエリオットと自分を毛嫌いしているマキアスの二人が揃って訪ねて来たことにリィンは少なからず驚く。

 

「くっ……」

 

 マキアスの目がリィンを見た瞬間に険しくなる。

 

「お、落ち着いてマキアス。今日はあの事を聞きに来たんだから喧嘩はダメだよ」

 

「分かっている」

 

 エリオットに諫められてマキアスは堪えるように顔をしかめる。

 

「人を訪ねておいてそんな顔をするなんて、あまり態度が良いとは言えないぞ。どんな教育を受けているんだか」

 

「っ……そんなこと君にとやかく言われる筋合いはないっ!」

 

 リィンの棘を含んだ言葉にマキアスは自制をあっさり放棄して叫ぶ。

 一言余計な言葉はリィンらしくもないが、義妹との会話を邪魔された事はきっと関係ない。

 

「それで、二人が揃って俺に聞きたい事って何なんだ?」

 

 片やオーラフ・クレイグ中将の息子、片やレーグニッツ知事の息子。

 まさかとは思うが、エリオットがマキアスの思想に毒されてしまったのかと勘繰る。

 

「ぐぬぬ……偉そうに……」

 

 普通に尋ねたつもりなのに、マキアスはそれだけで眦を上げる。

 

「マキアス……僕が言うから」

 

 突けばすぐに爆発しそうなマキアスを後ろにしてエリオットはリィンと向き合う。

 

「リィン……」

 

「ああ」

 

 神妙な顔をするエリオットにリィンは頷く。

 

「リィンはヴィータ・クロチルダさんとどういう関係なの?」

 

「は?」

 

 出て来た言葉にリィンは間の抜けた声を返していた。

 

「惚けても無駄だっ! 君があの《蒼のディーバ》と知り合いだっていうことは知っているんだぞっ!」

 

「ああ、そっちか」

 

 《結社》身喰らう蛇の使徒ではなく、帝都のオペラ歌手としてのヴィータ・クロチルダのことを指しているのだとリィンは納得する。

 

「クロチルダさんと、どういう関係って言われてもな……」

 

「ま、まさか人には言えないような関係だと言うのか?」

 

「そもそもあの人のプライバシーに関わることだ。クラスメイトだからって簡単に教えられることじゃないだろ?

 だいたい君たちこそ、クロチルダさんと知り合いなのか?」

 

 リィンは探りを入れるように尋ねる。

 

「そ、そんな知り合いだなんて……僕達は雑誌でしか見た事ないし、もしかしたらリィンはサインを持っているんじゃないかなって思って」

 

「僕は別に……ただ君のような不埒な男にクロチルダさんは相応しくないと忠告に来たんだ」

 

 がたんっと階段の上の方から物音が響く。

 

「そんなこと君に言われる筋合いはないし、そもそもクロチルダさんとはそんな関係じゃない」

 

「で、でも年初めにリィンの故郷のユミルに行ってたんだよね?」

 

「よく知っているな」

 

 エリオットの指摘にリィンは呆れる。

 

「確かにうちの郷に来ていたけど、慰安旅行みたいなものだっただけだよ」

 

「その時の写真は?」

 

「流石にプライベートだから答えられないよ」

 

 気弱な印象の強いエリオットがぐいぐいと詰め寄って来ることにリィンは思わずたじろぐ。

 

「くそ……これがヒエラルキーか……これだから貴族は」

 

「いや、貴族は関係ないからな」

 

 マキアスの呟きにリィンは冷静な言葉を返すが、その声はマキアスには届いた様子はない。

 

「リィン・シュバルツァーッ! 僕は君になんか絶対に負けないからなっ!」

 

 そう宣戦布告をしてマキアスは肩を怒らせて自分の部屋へと戻っていく。

 残ったエリオットはバツを悪くしたように愛想笑いを浮かべて謝る。

 

「…………えっと、ごめんね慌ただしくしちゃって、でも入学式の時からずっと気になっていたんだ。ところで――」

 

「うん?」

 

「本当にサイン、持ってないの?」

 

「ありません」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 エマは息を殺し、足音を消して慎重に自分の部屋に戻る。

 音を立てないように静かにドアを開けて、中に入りそこでようやく緊張を解く。

 

「《蒼のヴィータ》……クロチルダ……まさかリィンさん達と姉さんが繋がっていたなんて」

 

「入学早々、ようやくあの女の尻尾が掴めたと喜ぶべきかしらね?」

 

 エマの呟きに応えたのは毛並みの綺麗な黒猫だった。

 エマは人語を喋るネコに驚くことなく当たり前のように応える。

 

「ええ……でもリィンさんの異常なまでの強さの理由がこれで分かった。姉さんが関わっているなら納得ね」

 

 リィンとマキアス、エリオットの会話は断片的にしか聞き取れなかったが、彼らは共通の知り合いとしてヴィータのことを語っていた。

 

「でも、どういうことよ?

 まさかあいつが《蒼の起動者》だって言うつもり? 確かにあの底知れない力なら納得だけど、それならどうして《灰》の試練を受けさせるのよ?」

 

「二重契約ができないと試したことはないけど……もしかしたら《蒼》の眷属にするつもりかもしれない」

 

「なるほど、《蒼》に《灰》を独占させるほどのお気に入りってことね……

 他の二人は《灰》の候補者だったってこと?」

 

「そう考えればマキアスさんのリィンさんへの態度も説明がつきます……

 貴族への嫌悪としては度が過ぎてましたけど、本来自分が選ばれるはずだったものを横から掠め取られたことになりますから」

 

 エマはため息を吐いて、改めて先程の会話を思い出す。

 

「マキアスさんのお父さんは革新派の重要人物……

 エリオットさんのお父さんは機甲師団の元帥……

 そして、リィンさんはオリヴァルト皇子と懇意にされていますが、《鉄血宰相》の期待を受けている」

 

 そこから導き出される答えは一つ。

 

「姉さんは……革新派にいるっ!」

 

 握り拳を作って自信満々に言い切るエマ。

 その姿を窓の外から青い鳥が見ていることにエマは気付かない。

 

「………………放っておいて良さそうね」

 

 その青い鳥と視界を同調させていた人物は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら呟くのだった。

 

「どうせババ様の事だから伝え忘れていると思ったけど……ふふ、これはこれで面白そうだわ」

 

 そして彼女は今見た景色を魔術で記憶クォーツへと転写して保存した。

 

 

 

 

 

 リィン・シュバルツァーの朝は早い。

 日が登ると共に自然と目が覚める。

 睡眠の時間としては第三学生寮の中でも一番短いにも関わらず、眠気を引き摺ることなくベッドの上で座禅を組む。

 この平日は走り込みと素振りをしていたが、今日は授業のない自由行動日なのであえてそれらを休みにして精神統一だけで済ませる。

 それを終わらせるとリィンは着替えて、足音を消して階下へと降りようとすると三階から降りて来たラウラとばったりと遭遇した。

 

「おはよう、ラウラ。自由行動日だっていうのに早いな」

 

「ああ、おはようリィン……だが早いのはそなたの方ではないか。もう走り込みと素振りは終わらせて来たのだろ?」

 

「いや、今日は休みだ。週に一度はそういう日を作る様にしているんだ」

 

「……そうか」

 

 リィンの答えにラウラは何かを言おうとしたが、それを呑み込む。

 

「俺はこの後朝食の準備をするつもりだ。よかったらラウラもどうだ?」

 

「いや私は良い。これまで通り朝食は外で食べる」

 

 リィンの申し出を丁重に断ってラウラは大剣を担いで外へのドアを開いて走り込みに行ってしまった。

 

「……今日も空振りか」

 

 ため息を吐きながらリィンは食堂からキッチンに入り、気持ちを切り替える。

 

「今日は弁当の用意もいらないから、本格的な帝国風のブレックファーストでもやるか」

 

 食べる相手は自分も含めて五人。

 共同生活のためにいろいろな取り決めをしたのだが、そこでも当然の如く一騒動があった。

 詳しくは割愛するが、食事の取り決めもその一つだった。

 元々自炊する思考がなかったのか、それともその時間さえも鍛錬に傾けたいと考えているのかユーシスとラウラはそれぞれ外で三食済ませると言い出し、他のマキアス、エリオット、アリサ、エマも同じだった。

 ラウラとユーシス、それにアリサは言うまでもなく経済的に余裕があり、マキアスとエリオットも同じ。意外だったのはエマくらいだろうか。

 もっとも自炊組と言っても、現状でキッチンを利用できているのはリィンだけしかいない。

 クリスはユミルにいる時から皮むきなどを覚えたが、まだ料理を作るには至っていない。

 ガイウスは最新の導力技術が使われているキッチンは扱い切れない。

 そしてフィーに関してはサラの強制だった。

 放っておくと、三食全てレーションで済ませようとするフィーを見兼ねての処置である。

 ちなみに当のフィーはめんどくさいと文句を漏らしていたのだが、そこはリィンのある一言で解決した。

 

「――っと、お帰りユーシス」

 

 作業に没頭して気配を読み忘れたリィンは開いたドアの音に顔を上げ、走り込みから帰って来たユーシスを迎える。

 ユーシスはキッチンに立つリィンを睨むように見て呆れたため息を吐く。

 

「休みの日だというのに朝早くから御苦労なことだ……

 自分だけならともかく他の者の面倒をみてやる義理はないだろうに?」

 

「別に義理や義務でやっているわけじゃないよ……

 料理は嫌いじゃないし、一人分を作るよりもある程度まとまった量を作る方が楽だったりするからな」

 

「ふん……そんなものか」

 

「何だったらユーシスも食べていくか? 流石にアルバレア家の食卓には及ばないけど」

 

「不要だ。水を飲みに来ただけだ。朝食もシャワーを浴びたら外で食べてくる」

 

「そうか……」

 

 取り付く島もないユーシスの態度にリィンは場所を譲る。

 

「ユーシスは料理はしないのか? ルーファスさんはすぐに覚えられたし、ユーシスもやってみないか?」

 

「何……?」

 

 さっさと目的を果たして立ち去ろうとしたユーシスはリィンの言葉に足を止めた。

 

「兄上が……料理だと?」

 

「ああ、ユミルにいた時に母さんに教わってな。すぐにコツを掴んで上達したけどな……

 良ければ俺が教えるけど、ユーシスもやってみないか?」

 

「…………気が向いたらな」

 

「そうか、その時はいつでも言ってくれ」

 

 足早に食堂を出て行ったユーシスを見送ってリィンは調理に戻るのだった。

 

 

 

 

 

「はあ……何もしなくても食事が出てくるって楽ができていいわ」

 

 あと五分と渋るフィーを起こす手間はあったものの、五人は揃って朝食に舌鼓を打ち、サラがだらしない感想をもらす。

 

「今日もうまい食事をありがとうリィン。俺も早く導力器具に慣れないとな」

 

「ガイウスの場合は、オーブメントだけじゃなくて食材とかも勝手が違うだろ? あまり急がなくてもいいんじゃないか?」

 

「そう言うわけにはいかないさ……

 リィン達には是非俺の故郷の料理を食べてもらいたいからな」

 

「それは楽しみだな」

 

「ぼ、僕も早く一人で作れるように頑張ります」

 

 ガイウスの言葉に乗じてクリスも意気込んでみせる。

 

「うんうん、これぞ寮生活よね」

 

 そんな彼らにサラは満足そうに頷き、フィーに言葉を掛ける。

 

「あんたも面倒くさがらないでちゃんとやりなさいよ」

 

「分かってる」

 

「本当かしら? リィン食べてばかりだったら遠慮なくこき使って良いからね」

 

「はは、料理ができなくても後片付けをちゃんと手伝ってくれるなら、それはそれで構わないよ」

 

「ん、了解」

 

「あんまり甘やかさないでよ……ところであんた達、部活動はもう決めたのかしら?」

 

「俺はまだです。というか、部活の勧誘も俺だけ避けられているみたいで」

 

 この一週間、在校生つまりは先輩たちは新たな部員を獲得するために、放課後は学院の至る所で部活の勧誘が行われていた。

 二年制の学院なだけに、新入生の獲得が部の存続に直接関わっているので、どの先輩達も積極的に新入生に声をかけていた。

 なのだが、リィンを部活に誘ってくれた先輩はいなかった。

 そもそもリィンが廊下を歩けば、道が勝手にできるという不思議な現象が起きている。

 

「御前試合で派手に立ち回ったみたいだから無理ないか。それにリベールでの《猟兵百人斬り》に《愛の狩人》とか噂話が絶えないからね」

 

「最後のがすごく不本意ですけど」

 

 サラの言った《愛の狩人》という単語にリィンはげんなりと肩を落とす。

 信じ難いことにリベールでのリィンの行動には一部、オリビエの奇行が混入してリィンの噂話に含まれてしまっていた。

 なので一方では猟兵を虐殺した死神として畏れられ、一方では女の敵のように避けられるというのが今のリィンの状態だった。

 中にはそんな噂話を気にせずにちゃんとリィンのことを見て判断してくれる先輩達もいるのだが、噂話を鵜呑みにしてしまっている生徒たちの方が多かった。

 そしてその噂話を信じた筆頭がマキアスだったりする。

 

「そういう理由で今は避けられているんですけど。トマス教官に自分が顧問をしている同好会に入らないかと勧誘はされています」

 

「あら良かったじゃない」

 

 意外そうにしながらもリィンが入れる同好会があったことにサラは祝福する。

 

「ええ……そうなんですけど」

 

「どうしたの? っていうか確かトマスの部活って歴史研究会だったかしら? あーそれだとリィンにはちょっと合わないかもしれないわね」

 

「それもあるんですけど、トマス教官は苦手というか……つい身構えてしまうんです」

 

 大きな丸い眼鏡の奥の人当たりの良いにこやかな目。

 リィンの噂を知っているはずなのに、普通に接してくれる物腰。

 そして歴史を語る時の熱の篭った論弁。

 どれもあの男を彷彿とさせ、どうしても警戒してしまう。

 

「部活に関してはもう少し様子を見ようかと考えています……

 それに今は放課後にやらなくちゃいけないことがありますから」

 

「やらなくちゃいけないこと?」

 

「ええ……それについてサラ教官に聞きたい事があるんですけど、旧校舎には自由に出入りしても大丈夫なんですか?」

 

「鍵は学院で管理しているけど、今あそこはちょっと不可思議な現象が起きているから生徒達は立ち入らないようにさせているのよね」

 

「《石の守護者》――ガーゴイルも普通では考えられない魔獣だったな」

 

「しかも放っておくといつの間にか元の石像に戻っているのよ……

 昔はそれを利用して生徒達の修練や腕試しに使われていたんだけど、一年くらい前からなかったはずの扉が現れたり、どこからともなく声が聞こえたりって不思議な報告が相次いで出て来て閉鎖したのよ」

 

「一年くらい前……」

 

 サラの説明に出て来た時間にリィンは何とも言えない表情をする。

 

「一年前と言われると真っ先に思い出すのはリベールの浮遊都市事件だが」

 

「それとは関係ないわ。異変の少し前から変化があったらしいからたぶん無関係よ」

 

 ガイウスの呟きへの答えにリィンは申し訳ない気持ちになる。

 

「というかサラ。そんな不確定な場所でⅦ組の試験をしたの?」

 

「扉が増えたり声が聞こえた程度で何だって言うのよ? それに実戦はいつだって不確定よ」

 

「それはまあ、そうだけど……で、リィンはあそこで何をするつもりなの?」

 

「今、サラ教官が言っていた旧校舎の怪異に心当たりがあるんです。機密情報なので詳しい説明はできませんが、必要ならばオリヴァルト理事長を経由してから許可を貰ってきます」

 

「別にそこまでしなくて良いわよ……

 学院長にはあたしから説明しておいて上げるけど、リィンあんた一人で潜るつもり?」

 

「ええ、この間のガーゴイル程度なら一人でも十分ですから」

 

「まあ、確かにあんたの実力なら何が起きても大丈夫でしょうけど……そうね、後で技術部に寄って行きなさい。一応の備えは用意しておくわ」

 

「分かりました」

 

 首を傾げながらリィンはサラの提案に頷く。

 

「それでそっちの三人はどうするつもり? フィー以外は強制参加じゃないから無理はしなくていいんだけど」

 

「解せない」

 

 サラに名指しされフィーは拗ねるようにそっぽを向く。

 

「あんたは強制しておかないと何もしないでしょうが?」

 

「そんなことはない……うん、最高の昼寝スポットを探す《昼寝部》なんてないの?」

 

「あるわけないでしょ」

 

 自堕落な妹を躾ける姉の構図にリィン達は思わず苦笑する。

 

「俺もせっかくの機会なので参加してみようとは思っています……

 興味あるのは乗馬部と美術部なので今日はその二つを見学しようかと考えています」

 

「僕はまだ候補も決めかねています……

 将来、父上の後を継ぐことを考えたら生徒会かとも考えたんですけどこんな機会は滅多にないので普通の部活動も魅力的で」

 

「来週いっぱいまでは仮入部期間だから、精々悩みなさい……

 それはそうとクリス、来週からは武術教練も始まるから折れた剣の代わりを用意しておきなさいよ」

 

「あ……そのことでちょっと相談したい事があるんですけど」

 

 サラの指摘にクリスはバツを悪くしながら続ける。

 

「知っての通り、僕は実家に無理を言って飛び級して入学させてもらったんです……

 それで今月分の食費を差し引くともうそんなにミラが残ってなくて」

 

「なんだ、言ってくれれば別に立て替えておいても構わないのに……

 それに剣が折れたのは不可抗力なんだから、その分は必要経費で仕送りを増やしてくれるんじゃないのか?」

 

「入学早々に剣を折ったなんて言い辛くて、それにあまりリィンさんに頼り過ぎるなとも言われているんです」

 

「そうなのか?

 実験で作った剣があるから、クリスさえ良ければそれを上げても良かったんだけど」

 

「え……?」

 

 リィンの言葉にクリスは目を丸くする。

 

「少なくても耐久度のテストはクリアしているから実用には耐えられるはずだ。まあちょっと特殊な力を持っている魔剣なんだけどな」

 

「魔剣……」

 

 その言葉に宿る魅了の魔力にクリスの心は揺れ動く。

 

「魔剣って、あんたそんな物まで作れるようになっていたの?」

 

「一から十まで全部を作ったわけじゃないですよ……

 知り合いのマイスターにセプチウムで武器の形を作ってもらって、俺がしたのは最後に《聖痕》――法術の術式を刻んだだけです」

 

 サラの質問に答えるリィン。

 

「それに魔剣って言っても、力は未だ導力魔法に劣るものですよ」

 

「ふーん……ってリィンは言っているけどどうするクリス?」

 

「えっ?」

 

「別に専用の剣や武具を持ってないって子供は結構いるのよ……

 平民クラスには特にそういう人が多くて、必要なら貸し出しもしているわ」

 

「僕は……」

 

 無難な選択をするなら、学院に申請して剣を貸してもらえばいい。

 しかし、すでにクリスはリィンが作ったという魔剣に心が惹かれている。

 

「そんなにすぐに決める事じゃないけど、何なら今日、旧校舎に一緒に来るか? 試し切りをしてから考えてみても良いわけだし」

 

「お願いします」

 

 甘えてはいけないと思いながらも気が付けばクリスはリィンの提案に頷いていた。

 

 

 

 

 

 リィンとクリスが技術部から奇妙な機械の人形を受け取って旧校舎へと入っていく。

 その背中をエマは黒猫と共に見送った。

 

「どうやら選定が始まったようね」

 

 程なくして黒猫が人の言葉を使ってエマに話しかけた。

 

「ええ、やっぱり《灰》はリィンさんを候補者に選んだみたいです」

 

「確か第四拘束が解除されたら《第一の試し》が行われるんだったわよね?」

 

「うん。それまでにおばあちゃんに来てもらえたら良いんだけど」

 

 《魔女の眷属》として旧校舎に封印された《巨いなる力》の一端の導き手としてエマはトールズ士官学院に生徒として潜入したのだが、エマの予想を超えてリィン・シュバルツァーという存在は規格外だった。

 一年前、《空の至宝》が復活した《リベールの異変》の中心にいて、一度は帰らない人となったが年末に奇蹟の生還を果たした。

 時の人なだけに図書館にあった帝国時報を読めば彼の大まかな出自と経歴は容易に調べることができた。

 シュバルツァー家に拾われた出自不明の浮浪児。

 《剣聖》カシウス・ブライトの弟弟子。

 猟兵を百人斬り殺し、最強の二大猟兵団《西風の旅団》と《赤い星座》を半壊させ、そちらの世界でその名を轟かせた《白い悪魔》。それに愛を語る旅の演奏家。

 御前試合において《光の剣匠》《雷神》《黄金の羅刹》を手玉に取り、皇帝陛下から直々に勲章を授かった最も若い英雄。

 さらにはリベールの王太女、エレボニアの皇女とも親しく、クロスベルの有名アーティストのイリアとリーシャの二人とも関係が噂されている。

 

「出自不明っていうのがあからさまに怪しいわよね」

 

「それももう少し詳しく調べてみましょう……もしかしたら姉さんが関わって――セリーヌ?」

 

 言葉の途中で黒猫は突然、森の中に駆け出した。

 何事かと追い駆けようとすると、エマの背後から声が掛けられた。

 

「あら……もしかしてそこにいるのはエマ?」

 

「アリサさん……どうしてここに?」

 

 振り返り、クラスメイトが近付いて来るのにエマは思わず小さく身構えながら尋ねる。

 

「えっと……ちょっと人を探していて……リィンとクリスがこっちの方に来たって聞いたんだけど見なかった?」

 

「その二人なら、先程旧校舎に入って行くのを見ましたけど」

 

「え……旧校舎に……ううん、あのリィンなら平気よね」

 

「そういえば、アリサさんは昔リィンさんと会っていたんですよね?」

 

「えっ!? ええ、確かにそうなんだけど……その……」

 

 口ごもるアリサにエマは少しでもリィンの情報を知るために《お願い》する。

 

「アリサさん……よろしければ、リィンさんについて教えてくれませんか?」

 

「うん……いいわよ……

 リィンと一番最初に会ったのは、家族でユミルに旅行に行った時――」

 

 エマの金色の光を宿す目にアリサは心ここにあらずと言った様子で頷いて語り始めた。

 最初は出奔した姉の手掛かりに繋がっているのではないかと期待し、アリサの話が進むにつれてエマは首を傾げ、話が今に近付いてくるとエマは赤面しながら罪悪感で胸を一杯にする。

 

「ど、どうしようセリーヌ!?」

 

「知らないわよそんなこと……それより《超帝国人》って言うのが気になるわね。どういう意味かしら?」

 

 乙女の秘密を魔女の術で暴露させてしまったというのに、相棒は人間の色恋沙汰など知らんとばかりに話を進める。

 

「うう……ごめんなさいアリサさん。アリサさんはここで誰とも会わなかった、本校舎に戻って部活動の見学に行ってください」

 

「うん……分かった」

 

 アリサはエマの指示に頷き踵を返して歩き出した。

 

「ごめんなさいアリサさん」

 

「いつまでうじうじしているのよ。それより――」

 

 その背中にもう一度謝るエマをセリーヌが一喝する。

 その瞬間、二人は何かの波動を感じて息を呑んだ。

 

「セリーヌ、今のは?」

 

「分かんないわ……もしかしたら第一拘束が解けた兆しかも、エマ確認して」

 

「ええ……」

 

 エマは試練の状況を確認できる術具を取り出して確認する。

 

「あ、あれ……?」

 

 霊力を込めても、その力は吸い取られるように何処かに消えていく。

 

「何してるのよもうっ!」

 

 セリーヌが急かすがエマにも何がどうなっているのか分からない。

 リィンが入った時には問題なく使えていたのに何故と考えていると、ようやく術具は起動した。

 

「よかった壊れたわけじゃなかった――え……?」

 

「どうしたのよエマ――って、はあっ!?」

 

 エマの手元を覗き込み、セリーヌは素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 

「第六までの全て《拘束》が停止!? 《試し》も全て機能停止……リィンさんたちは今……《灰の騎神》の前にいる…………え……?」

 

「どうなってるのよいったいっ!?」

 

 驚きのあまり言葉を失って思考停止するエマに対してセリーヌの咆哮が空しく響き渡った。

 ちなみに余談ではあるが、その日トールズ士官学院は原因不明の《導力停止現象》に見舞われたのだった。

 

 

 

 

「また怒られた。解せない」

 

「当然なの」

 

 

 




新生活の感想

クリス(手紙)
「そんな感じでまだ一週間しか経っていませんが、個性的な人達に囲まれ皇宮ではできない体験ばかりで毎日楽しいです……
 今はリィンさんに料理も教わっているんですけど、ちゃんと一人で作れるようになったら兄上や父上達にも食べていただきたいと思っています」

オリヴァルト
「………………ミュラーちょっとトールズ士官学院に行ってくるよ」

ミュラー
「行かせると思うか?」

オリヴァルト
「止めないでくれミュラーッ!
 リィン君の愛情たっぷりのディナーとデザート、そして愛妻弁当が僕を待っているんだ!」

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