(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
原作ではノルドに向かう途中の帝都でエリゼ達が駅にいましたが何をしていたんでしょうかね?
早朝、帝都から離宮の列車。クレアさんの護衛。アルフィンは離宮からアストライア女学院に通っているらしいのに。
「本当に大丈夫か? 何だったら今からでもサラ教官に連絡して俺が代わっても良いんだぞ?」
「大丈夫です。僕だって将来上に立つ者ですから、これくらい何とかしてみせます」
帝都ヘイムダル中央駅。
乗り換えのために降りたホームでリィンはB班の様子を見兼ねて提案するが、クリスが無用だと断る。
「ク、クリス。できるならそうしてくれると僕達はありがたいんだけど……」
「何を言ってるんだマキアス。何でもかんでもリィンさんに頼って解決してもらったら僕達は何のためにいるって言うんだい?
マキアスなんて将来、政治に関わるつもりならこの手の事は避けては通れない道だろ?
エリオットも仮にも音楽家を目指している君が目の前の落ち込んでいる女性を元気付けられないでどうするんだい?」
「そ、それは……」
「そうかもしれないんだけど……」
張り切るクリスにマキアスとエリオットはおずおずとエマとフィーを盗み見る。
実技テストと班決めの時からずっと消沈しているフィーとエマの二人の姿はとても痛々しい。
二人もこれまで何とか彼女たちの気持ちを立て直そうと気を使って言葉を掛けて来たのだが、返ってくる言葉は全てが生返事。
正直、心が折れそうだった。
「意気込みは買うけどあまり無理をするなよ」
自分で何とかしてみせようと奮起しているクリスに成長を感じつつ、リィンは彼の耳元で囁く。
「エマは魔女の一族だ。だからどうって言うわけじゃないが一応それを踏まえて気を付けて上げてくれ」
「魔女の……というとローゼリアさんのお孫さんってエマさんだったんですね」
「ああ、エマが落ち込んでいる理由は俺が原因なんだ。悪いな」
「いえ、原因が分かっただけでも一安心です」
安堵の息を吐くクリスにリィンは苦笑して体を離す。
最初は飛び級で強引に自分と一緒に士官学院に通いたいと言っていたが、この半年で順調に成長している彼に頼もしさを感じる。
「とにかく僕達でやれるだけのことはやってみます……
リィンさん達は自分達の実習に集中してください。でないと評価点の勝ちはB班がもらいますよ」
「生意気な……」
リィンは苦笑し、徐に振り返った。
「すまない。みんなちょっと良いか?」
「え……どうかしたのリィン?」
不意のリィンの言葉にアリサが首を傾げる。
「大したことじゃないんだけど、妹が近くにいるみたいだから紹介させてもらえないか?」
「リィンの妹?」
「それは興味深いな……乗り継ぎの列車が出るにはまだ余裕があるし、少しくらい問題はないだろう」
「やっぱりリィンの妹も超帝国人なのか?」
「マキアス、何か言ったか?」
「な、何でもない! 僕は何も言ってないぞ!」
「あ、僕はちょっとトイレに行ってきます。みんなは先に行ってください。オルディス行のホームで合流しましょう」
「え……クリス?」
リィンの提案に乗り気になる一同だが、唐突にクリスは一人そう言って集団から止める間もなく離れてしまった。
「どうしたんだろうクリス、あんなに慌てて」
「ははは、まあクリスはもう会っているから構わないよ」
おそらくエリゼと一緒にいるだろう彼女の存在を察して逃げ出したのだろう。
頼もしくなってきたと思いきや、まだまだな部分を見てリィンは苦笑を浮かべる。
そうして、クリスとは一時的に別れて向かった先は駅の改札口だった。
「あら?」
「お久しぶりですクレア大尉」
今まさに駅に入ってきたクレアは予想していなかったリィン達に出迎えられて目を丸くする。
「ああ、今日から《特別実習》ですか?」
「はい。ノルド高原とブリオニア島に行くことになりました。それで――」
「ええ、分かっています」
リィンに最後まで言わせず、クレアは場所を開けて背後にいる彼女たちに道を譲る。
「お久しぶりです。リィンさん」
「お久しぶりですアルフィン殿下、それにエリゼも」
「え、ええ……お久しぶりです。兄様」
突然の再会に面食らうエリゼに対してアルフィンは流石皇族と言うべきか動じた素振りも見せずにリィンに、そして彼の背後の《Ⅶ組》に笑顔で応える。
「初めましての方も多いので名乗らせていただきます。トールズ士官学院《Ⅶ組》の皆さん……
わたくしはアルフィン・ライゼ・アルノールと申します。どうかよろしくお願いします」
「――お初にお目にかかります。リィンの妹、エリゼと申します」
アルフィンに遅れてエリゼも名乗る。
「お、おい。リィン聞いてないぞ」
「あわわ、ここ皇女殿下におきましてはご、御機嫌麗しく――」
「二人とも慌て過ぎだ」
てっきり妹だけに会うと気楽に身構えていたマキアスとエリオットは皇女殿下も紹介されて慌てふためく。
「ふふ……そんなに身構えなくても結構ですよ……あら?」
アルフィンは一同を見回して首を傾げる。
「話に聞いていましたが《Ⅶ組》の皆さんは十人ではなかったでしょうか?」
「ああ、クリスの事ですね。彼は所用で離れています。殿下がいらっしゃっていると知っていたら無理にでも連れて来ていたんですが」
「あらあら、別に構いませんよユーシスさん」
にこにこと笑ってアルフィンはユーシスの謝罪を受け入れるが、その笑顔の裏に隠れているものをリィンは見ないふりする。
一通り、それぞれが名乗るとルーレ行きの列車が間もなく発車するとアナウンスが流れる。
「っと、申し訳ありません殿下。どうやら時間のようです」
「いいえ、リィンさん、こうしてお会いできただけでも嬉しいです……
ですがそうですね。クリスさんには一つ伝言をお願いしても良いですか?」
そう言うとアルフィンはリィンの耳元に口を近付けて囁く。
「覚えておきなさい、っと伝えておいてください」
「承りました」
声に含まれている感情にリィンは肩を竦ませて振り返ると、Ⅶ組一同は言葉を失った様子でリィン達に見入っていた。
「リィン……やっぱり……」
耳打ちをしただけだと分かっていても、それをするだけ親しく、見ようによって頬にキスをしたように見える行いにⅦ組一同は戦慄する。
「姫様……」
「あら、何かしらエリゼ怖い声を出して?」
惚けるアルフィンにエリゼはため息を吐き、リィンに向き直る。
「ところで兄様、聞けば先月は過労で倒れたと聞きますが」
「それは……」
「いろいろと頼られているのは分かりますが、くれぐれもご自愛ください」
「ああ、分かってるよ。クロスベルの事件も落ち着いたから倒れるまで働くなんてことはしないさ」
過労で倒れた時を含め毎月なにかと保健室にお世話になっていることを言わずにリィンは頷く。
「それから……」
「うん……?」
「先月のことですが、ミルディーヌと何かありましたか?」
「ミルディーヌと……確か先月の観光列車占領事件に巻き込まれたんだったよな? 俺に心当たりはないが……」
「…………そういうことにしておきましょう」
エリゼは本気でそう言っている兄を半眼で睨み引き下がる。
「それでは皆さん、御機嫌よう」
「皆さん、こんな兄様ですがどうかよろしくお願いします」
「皆さん、特別実習頑張ってください」
そうして三人に見送られて、リィン達はヘイムダル駅から二手に分かれてそれぞれの列車に乗り込んだ。
*
「ふう……やっと着いたか」
ルーレ駅に降り立ち、ユーシスが息を吐く。
「《ノルド高原》に向かうには貨物列車に乗り換えるんだったよな?」
「ああ、この後四番線から出る貨物列車に乗る手筈になっている
リィンの言葉にガイウスは頷き、それならとアリサが答える。
「四番線というと、階段を登って左端のホームに下りる必要があるわね」
「それでは行くとするか」
アリサの説明を受けてラウラが歩き出しながら話を続ける。
「それにしてももう昼時か、どこかで食事でも買っていくべきだろうか?」
「そうだな。時間があればお弁当を作って来てもよかったんだけどな」
「ここからさらに四時間の鉄路……何か買った方がいいだろう」
「流石に貨物列車では車内販売はないだろうしな」
「そういう事なら、一度改札を出ましょうか。ルーレは私の地元だからおすすめのランチボックスを売っているお店を紹介できるわよ」
「それは――いや、その必要はなさそうだ」
「え……?」
アリサの提案をリィンが否定し、彼の視線を追うとそこにはメイドがいた。
「む……」
「シャロンさん、何故ここに? 寮で見送られたはずでは?」
「ど、どうして貴女が先回りしているのよっ!?」
ラウラの言葉を掻き消すようにアリサが叫ぶ。
「それはもう、お嬢様への愛が為せる業と言いますか……
朝とは違い、腕によりをかけたお弁当を用意いたしました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとうございますシャロンさん」
驚きに固まるアリサを他所にリィンはシャロンからランチボックスを受け取る。
「……リィン。まさか知っていたんじゃないでしょうね?」
「いや知らなかったよ。だけどシャロンさんだから何か企んでいると考えておくのは普通だろ?」
「うぐぐ……」
リィンの指摘はもっともだとアリサは唸る。
「しかしありがたいことは確かなのだが……」
「どういうカラクリなのか流石に気になってしまうな」
「フッ……ラインフォルト家のメイドは主人を驚かせるのが趣味らしいな……
大方帝都で、定期飛行船に乗り込んだといったところか?」
「ふふっ……そうでございます」
ユーシスの答えにシャロンは正解だと頷く。
「そ、そこまでして……
まったくこのままノルド高原までついてくるつもりじゃないでしょうね?」
「いえ、実はこの後、別の仕事が入りまして、トリスタに戻るのも少々遅れそうな見込みです」
「別の仕事……?」
アリサが首を傾げると、答えは別の方向から告げられた。
「――私の仕事の手伝いをしてもらうことになったのよ」
そう告げて現れた女性にアリサは驚き、シャロンが出て来た以上の声で叫ぶ。
「か、か、か……母様っ!?」
「久しいわね、アリサ。そしてそちらが《Ⅶ組》の面々というわけね」
アリサへの言葉を短く終わらせて、アリサの母イリーナ・ラインフォルトはリィン達に向き直る。
「アリサの母、イリーナです……
ラインフォルトグループの会長を務めているわ。よろしくお願いするわね」
「こちらこそよろしくお願いします。リィン・シュバルツァーです。御会いできて光栄です」
「初めまして……ラウラ・S・アルゼイドです」
「ガイウス・ウォーゼル。よろしくお願いする」
「ユーシス・アルバレア。見知りおき願おうか」
イリーナの挨拶にそれぞれが名乗る。
「まあ、せいぜい不肖の娘と仲良くしてやってちょうだい……
それでは仕事があるのでこれで失礼させてもらうわ。シャロン、行くわよ」
「かしこまりました。会長」
これ以上は時間の無駄だと言わんばかりに踵を返して歩き出すイリーナ。そしてそれに従い、一礼してからその後を追うシャロン。
「い、いい加減にしてっ!」
そんな母の態度にアリサは爆発した。
「いつもいつも、そうやって仕事ばかりを最優先して……
勝手に家から飛び出した娘に何か一言くらいはないわけっ!?」
その叫びにイリーナは足を止めて顔だけで振り返る。
「あなたの人生……好きに生きればいいでしょう。ラインフォルトを継ぐことを強制する気もないわ……
あの人のように勝手気ままに生きるのも悪くはないでしょう」
「っ……」
「それに貴女の学院生活も最低限のことは把握しているわ。学院から月ごとの報告でね」
「…………え?」
「ああ、言ってなかったかしら……
《トールズ士官学院》――貴女たちの学院の常任理事を務めさせてもらっているわ。入学式には忙しくて出席はしなかったけどね」
「なっ……」
「でもそうね……」
驚き固まるアリサを他所にイリーナは何かを思い出したかのように振り返ると、リィンを見た。
「貴方にはアリサが二度も世話になったわね。この場を借りて御礼を言わせてちょうだい」
「いえ、そんな……二度ですか?」
突然のイリーナからの言葉にリィンは首を傾げる。
「一つはリベールに家出したこの子を保護してくれたこと、もう一つは八年前、貴方の故郷で迷子になっていたアリサを見つけてくれたことよ」
「なっ!?」
突然の暴露にアリサは絶句する。
「八年前……すみません。観光客の子供が雪の珍しさに迷子になるのは毎年の恒例なので正直どの子がアリサだったかちゃんと覚えてないんですけど」
「なっ!?」
イリーナの突然の暴露に続き、リィンからの追い打ちにアリサはさらに言葉を失う。
「お嬢様……なんとお労しい……」
そんなアリサにシャロンは涙ぐむのだった。
「ア、アリサ……」
「だ、大丈夫か?」
「気をしっかり持て」
ラウラ、ガイウス、ユーシスが次々にアリサに言葉を掛けるが、それに返事をする余裕は彼女にはなかった。
ルーレ、ノルド間の鉄路
リィン
「えっとアリサ」
アリサ
「つーん」
リィン
「あーその何だ、いい加減機嫌を直してくれないか?」
アリサ
「別に機嫌なんか悪くしてないわよ」
リィン
「いや……うーん……」
ラウラ
「なあアリサ?」
アリサ
「何かしらラウラ?」
ラウラ
「そなたはリィンがリベールにいた時に家出をしたっと言っていたが、もしかしてこの本のアリスという登場人物と関係があるのか?」
アリサ
「へ……?」
ユーシス
「中々に我儘な少女と脚色されていたから気付かなかったがまさかお前がモデルだったとはな」
ガイウス
「ふむ、その本はクリスのおすすめの冒険小説だったな。まさかリィンの話だったとは知らなかったな」
ラウラ
「うむ、しかしそうなるとこの主人公とアリスの会話で、彼女が言った雪山の――」
アリサ
「わあああああああああああっ!」
リィン
「アリサ?」
アリサ
「何でもないっ! 何でもないからリィンは気にしないで! ラウラとユーシスもそれ以上何か言ったら分かっているわね?」
ラウラ
「その反応では……いや、何も言うまい」
ユーシス
「ところでリィン、これがお前のリベールでの物語を参考にして書かれた冒険小説なら最新刊のナディアは――」
ラウラ
「待ってくれユーシス! 私はまだそこまで読んでいないのだ。ネタ晴らしはやめてくれ!」