(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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35話 ノルド高原Ⅱ

 

 

 

「やれやれ、途轍もない轟音が聞こえて来たと様子を見に行ってみれば孫娘と再会することになるとはな」

 

 ノルド北部。ラクリマ湖畔の小屋でグエン・ラインフォルトはテーブルを囲う三人を前におどけた口調で笑ってみせる。

 しかしそれにつられて笑う者は一人もおらず、ガイウスとアリサ、そしてユーシスは沈鬱な面持ちで俯いて微動だにしない。

 古代の遺跡が突然動き出したことの衝撃。

 そして嗾けてそれが自分達の仲間を襲ったともなれば当然の反応だろう。

 

「安心せい、あの少年なら大丈夫じゃろ。見たところかなり頑丈そうじゃったしの」

 

 頭を打った様子だったので絶対とは言えないが、それでも動いた巨像に殴られて五体満足な姿にグエンは驚いた。

 

「とりあえず死人は出なかった。まずはそれを喜ぶことじゃ」

 

「それについては同感だな。これがリィン以外の誰かだったら大惨事だったが、誰も死んでいないのだから悲観に浸るのは早いだろう」

 

 俯いたままのガイウスを横目で伺いながらユーシスはグエンの言葉に同意する。

 

「ところで貴方はここに住んで長いようだが、あの《守護者》の巨像の来歴を知っているのか?」

 

「詳しいことは知らんよ。しかし想像はできる」

 

「お祖父様、それは本当ですか!?」

 

「ああ、お前さん達はブリオニア島にノルドの《巨像》とよく似た物があることを知っておるか?」

 

「先程の雑誌記者から聞いた話だな」

 

 グエンの言葉にユーシスは頷く。

 

「ならば話は早い。このノルド高原とブリオニア島の間には何がある?」

 

「えっと……アイゼンガルド連峰にユミル、それにアルスターだったかしら?」

 

 突然の質問にアリサは地図を思い出したながら上げていく。

 

「いや……オスギリアス盆地か」

 

 それに補足を入れ、ユーシスは答えが分かったかのように顔をしかめる。

 

「どういうことなんだ?」

 

「あの《巨像》は本来ノルドとは縁も所縁もなく、ブリオニア島の《巨像》と争っていた。貴方はそう言いたいのですか?」

 

「ああ、その通りじゃ」

 

 ユーシスの答えにグエンは頷く。

 

「ワシは考古学者ではないから確かなことは言えん……

 だが、かつてラインフォルトを束ねていた者として言わせてもらえば、二人の人間がいれば大小に限らず対立は起きるものじゃ……

 ならばその二つの《巨像》が争っていたとしてもおかしくはないじゃろ」

 

「その争った跡地が今のオスギリアス盆地ということか……」

 

「で、でもあんな石の像が動くなんて普通は考えられないわよ」

 

「アリサよ。暗黒時代には石を生き物のように操り動かす技術があったという……

 ならば《巨像》が動いたところで不思議はなかろう?」

 

 それを言われてしまえばアリサは口を噤むしかない。

 むしろアリサ達は四月にその石の怪物と戦っているのだから、グエンの言葉を認めるしかない。

 

「それにのう……アリサ達には分からんかもしれんが、導力革命を経た今の時代の技術もワシから見れば異質な技術じゃ」

 

「そうなの?」

 

 導力技術の異常さを言われてみても、生まれた時からあるそれに対してアリサは何がおかしいのか首を傾げる。

 

「まあ、それは今は良いじゃろ。今は――」

 

 そう言ってグエンは孫娘からガイウスに顔を向ける。

 

「改めて半年ぶりじゃなガイウス」

 

「え……ええ。お久しぶりですご隠居」

 

 ここまで黙り込んでいたガイウスは名前を呼ばれて憔悴しきった顔を上げる。

 

「ふむ……その様子だと少しは落ち着いたようじゃの」

 

「……はい」

 

 元の理知的なガイウスに戻っていることにアリサとユーシスは安堵する。

 

「俺は何ということを」

 

「そうあまり自分を責めるな。誰もあの《巨像》が動き出すとは思わなかったじゃろ」

 

「そんなことは関係ないんです」

 

 慰めの言葉をガイウスは首を横に振って否定する。

 

「俺は……あの時、本当にリィンのことが憎いと思って殺そうとしていた」

 

 だが、リィンとの間の実力差はそんな気持ちだけで覆せるわけもなく、最後にはまさしく神頼みだった。

 あの時は無我夢中で、そもそも《巨像》が本当に動いて助けてくれるとは思ってさえいなかった。

 しかし、それでもリィンを排除したいという気持ちに偽りはなく、自分の中にそんな黒い感情があったことにガイウスは戸惑う。

 

「だが、あの時リィンが口走った言葉もあまり褒められたものではなかったな」

 

「そうよね。ガイウスが愛してやまないノルドに何かしようって考えたリィンにも悪いところはあったと思うし」

 

「そんなことは言い訳にならない」

 

 二人のフォローもガイウスは否定する。

 

「俺はきっと、どこかで甘えていたのだろう……

 このノルドの地を見れば誰もが褒めてくれる。だからきっと、これから訪れる誰もが俺と同じ気持ちになってくれるものだと決めつけていた」

 

 現にリィンも含めた仲間たちはノルドの地を絶賛してくれた。

 

「ま、人によってはノルドの生活を不便だと嫌がる者もいるだろう」

 

「お祖父様っ!」

 

「いや、良いんだアリサ。人の気持ちは様々だということを忘れていた。何よりも俺はこのノルドの事なら自分が一番良く知っているのだと自惚れていたのだろう」

 

 先程グエンが語った考察などガイウスは一度も考えたことはなかった。

 そういう意味では歴史研究同好会、すなわち考古学を自主的に学んでいるリィンの方が知っている事は多かったのかもしれない。

 

「情けないものだな……

 世界を知りたいと思い故郷を出たというのに、俺は今日までブリオニア島に同種の《巨像》があることさえ知らなかったのだから」

 

「己の無知に気付けたのならそれだけで十分じゃろ……

 それに今回のようなことが今後絶対にないとは言い切れないからのう」

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「ノルドが帝国と共和国の間にありながら平穏であるのはこの土地を領地にする旨味がないからじゃ……

 だがひとたび旨味があると分かれば……そうじゃのう、この先の石切り場に七耀石の鉱脈が見つかったとしたら、このノルドは第二のクロスベルとなるじゃろう」

 

「クロスベル……」

 

「帝国と共和国はこのノルドを己の領土とするために戦い、どちらが勝ったとしてもこの高原には新たな街が築かれる……

 もしそんな日が来たとしたらガイウス、御主はどうする?」

 

 グエンの質問にガイウスは押し黙る。

 

「もしもその手に力があれば、御主は帝国と共和国、両方を滅ぼしても良いと思っていたのではないか?」

 

「…………少し前までの俺ならあり得ないと言っていたでしょう。ですが今はやりかねないと考えています」

 

「ガイウス……」

 

「それを聞いて一安心じゃな。ラカン殿達も留学を認めた甲斐があったというものじゃ」

 

「留学する前のお前さんだったら躊躇わず敵に槍を向けていただろう……

 ラカン殿から聞いたぞ。お前さんが小さい頃、集落を訪ねて来た帝国の軍人が乗ってきた導力車を魔獣だと思って襲い掛かったそうじゃな」

 

「なっ!?」

 

 突然暴露された自分の黒歴史にガイウスは絶句する。

 

「ほう……この男にもそんな微笑ましい過去があったのか」

 

「へえ……何だか意外」

 

「こう見えて弟が生まれるまでやんちゃだったらしいぞ。ドライケルスの盟友になるのが子供の時の夢で槍の腕を鍛えていたのだろ?」

 

「ご隠居……それ以上は後生ですからやめてください」

 

 羞恥に顔を染めてガイウスは身を縮こませる。

 そんな珍しいガイウスの姿にユーシスとアリサはそれまで張り詰めていた緊張を和らげる。

 

「ガイウスが正気に戻ったのなら、俺達も集落に戻るとしよう……

 リィンが倒れてしまった以上、特別実習は中止して医者に――」

 

「その必要はないよ」

 

 ユーシスがこれからの方針を提案すると、奥の部屋の扉が開いた。

 

「俺なら大丈夫だ。心配を掛けてすまない」

 

「リィンッ!? ちょっと起き上がって大丈夫なの!?」

 

 《巨像》の一撃を受けて頭を打って気絶したはずの少年は、頭に包帯を巻かれたまま平然とそこに立っていた。

 

「お前は……」

 

 いくらリィンでもあの巨体の一撃を受けたのだから、当分目を覚ますことがないと思っていたユーシスとアリサは絶句する。

 

「リィン」

 

 ガイウスも同じようにリィンの登場に目を大きく見開くが、すぐに席を立ってリィンの前に立つと深々と頭を下げた。

 

「すまなかった。リィンッ!!」

 

 ノルドの民に土下座の文化はないのか、あればそれをしそうな勢いと気持ちが伝わって来る謝罪にリィンは困った顔をする。

 

「顔を上げてくれガイウス。俺も言い方が悪かった」

 

「いや、全面的に俺が悪い。詳しい話を聞こうともせずに俺は本気でリィンを殺そうとしていた……

 謝って済む問題ではないのは分かっているが、とにかく済まなかった」

 

「いや、本当にガイウスのせいじゃないんだ。あの時のガイウスが正気じゃなかったのは言ってみればあの《巨像》の空気に中てられたようなものだから、ガイウスの本心じゃないことは分かっているから」

 

「だが……」

 

「空気に中てられたか……まるであの《巨像》がなんなのか知っている口振りだな」

 

 ガイウスの言葉を遮って、ユーシスがリィンの失言を指摘する。

 

「それは……」

 

「答えられないか? それなら質問を変えるが、次は誰の番だ?」

 

「……質問の意味が分からないんだが?」

 

「マキアスにラウラ、そして今回のガイウス……

 この中の一人だけが暴走したと言うのなら偶然で済ませられるが、三回も続けば何らかの作為があると疑うのは当然だろう?

 マキアスもあれから貴族への拒絶感はあるものの弁えた行動が出来ている……

 ラウラはアルゼイド子爵の娘だ。いくら追い詰められたはいえ強盗を犯すとは思えない……

 そして今回のガイウス。いくらお前の言葉に危機感を持ったとしても具体的な話も聞かずに愚行に走るような男ではない」

 

 ユーシスは改めてリィンを睨み付け、問い質す。

 

「三人が三人共、理性の箍が外れて暴走したことが偶然ではないとすれば、当然次があると考えるのが妥当だ……

 最有力候補はおそらくエマとフィーの二人だろうが、当然俺やアリサもその中に入っているのではないか?」

 

「参ったな……そこまで気付かれるとは思ってなかった」

 

 理路整然としたユーシスの答えにリィンは頭を掻く。

 

「ユーシスの言う通り、俺はみんなが暴走した原因について知っている……

 だけど一言では説明し辛いことだし、何よりも信じてもらえるとは思えない……

 それに俺にとっても今回のことは想定外のことだったんだ。考えをまとめる時間をくれないか?」

 

「……そうだろうな。それに話を聞くならラウラも同席させた方が良いだろう」

 

「そういえばラウラは何処に?」

 

「先にノートンを連れて集落に戻ってもらった。《巨像》が動いた音と地震は向こうも気付いているだろう。それの連絡を兼ねて先行してもらった」

 

「そうか……」

 

 冷静な対処だとリィンは頷く。

 

「それよりリィン、貴方起き上がって大丈夫なの! あの《巨像》に殴られたのよ! どうしてそんなにピンピンしているのよ!?」

 

「いや……殴られたって言っても伸ばし切った拳だったし、太刀の一撃でだいぶ衝撃は減らせたから大丈夫だよ――そういえば俺の太刀は?」

 

 リィンが尋ねると申し訳なさそうにガイウスが立て掛けてあった二本の太刀を持ってくる。

 

「二本ともここにあるが、重い方の太刀は半ばから折れてしまっていた」

 

「…………まあ流石に仕方がないか。それで《巨像》はあれからどうしたんだ? まさかとは思うがあのまま動き出していたりしないよな?」

 

「それは大丈夫だ。動いた《巨像》は岩場から崩れて下の滝つぼに落ちた……

 そのまま瓦礫に埋まってしまったが動く気配はなかった」

 

「そうか、それは良かった」

 

 あの時は咄嗟で何故《巨像》が動き出したのか結論を出すことができなかっただけに、最悪な状況になっていないことにリィンは安堵する。

 

「リィン……謝罪する気持ちは変わらないのだが、改めて聞いて良いか? お前は《巨像》を使って何をするつもりだったんだ?」

 

「それは…………あれ……?」

 

 ガイウスの質問に何と返答しようかと思ったリィンは不意に首を傾げる。

 

「どうしたリィン?」

 

「いや……その……」

 

 手で顔を押さえて記憶を反芻するリィンにガイウス達は首を傾げ、まさかと気付く。

 

「もしかして……」

 

「ああ、何を思い付いたのか忘れてしまったみたいだ」

 

 あれだけの衝撃を受けて、頭まで打っているのだから当然といえば当然なのかもしれないが、何とも締まらないオチだった。

 

 

 

 

「まず前提として皆さんは女神の至宝《セプト=テリオン》を知っていますか?」

 

 夜、集落に戻ったリィン達はウォーゼル家のゲルに主要人物、Ⅶ組の他にはラカンとグエンを合わせた七人だけが集まって顔を突き合わせていた。

 

「《セプト=テリオン》……

 古代人が女神から授かったという力を秘めた《七の至宝》のことだね?」

 

「七耀教会の聖典にも記されている伝説じゃが、ここでその話が出て来たということはあの《巨像》は《七の至宝》の一つということかの?」

 

 ラカンの答えにグエンが続く。

 

「はい、その通りです」

 

 すんなりと受け入れ、その上で言おうとした言葉を先に言ってくれた二人にリィンは苦笑しながら頷く。

 

「あの《巨像》は、靭き力を秘めし大地の至宝、《ロストゼウム》です」

 

「なるほど……しかし、至宝と言うにはもっと不思議な力を持っているものではないのかの?」

 

「ええ、至宝もアーティファクトの一種なので本来なら超常の力を持っていますが、《ロストゼウム》と《アークルージュ》の二つに関しては事情が異なります」

 

「《アークルージュ》……それがブリオニア島にある《巨像》の名なのかね?」

 

「はい……猛き力を秘めし焔の至宝、《アークルージュ》……

 詳細は省きますが、それらを与えられた二つの眷属はそれぞれ繁栄していきましたが、争うことになり眷属の願いを叶える形で戦うことになりました……

 結果は相打ち。力尽きた至宝の抜け殻はそれぞれ遠くの地へ、ノルド高原とブリオニア島に飛ばされたんだと思います」

 

 もしかすればその衝撃でできたのが高原と孤島なのかもしれないと、リィンは付け加える。

 

「嘆かわしいの、結局昔も人は争ってばかりとは」

 

「そうですね。当時の人達は至宝同士を争わせてしまったことに後悔したみたいですが、残念ながらそれで全てが解決したわけではありませんでした」

 

 グエンの感想に頷きながらリィンは続ける。

 

「二つの至宝の“力”が最後の激突で融合して、全く新たな“存在”がこの世に生まれてしまったんです……

 二つの眷属はそれを《巨イナル一》と呼び《鋼の至宝》と名付けました……

 この超越的な存在を持て余した二つの眷属は協力してそれを封じることに成功しましたが、表向きには手を組みながらも裏では互いに出し抜こうとしていた眷属たちに至宝は絶望して“呪い”を残してしまったんです」

 

「それが今回ガイウスを突き動かしたものの正体だと?」

 

「はい……過ちを越えた後も争うことを止めなかった眷属たちに、永遠に“争い”続ければ良いと当時の眷属たちに科せられた“呪い”……

 そんな《黒い種》は影響力の大小はともかくとしても、このゼムリア大陸のほぼ全てに広がっているでしょう」

 

「何ともスケールのでかい話じゃな」

 

「帝国では信じられない愚行が時に突発的に起こることがあります……

 今回のガイウスのことや俺達の知るところではラウラやマキアス、エリオットのお父さんであるクレイグ中将の暴走がそれに当たります……

 って、みんなさっきから黙り込んでいるけど大丈夫か?」

 

 そこでリィンは話を切って先程から一言も喋らないクラスメイト達の様子を窺う。

 

「いや……」

 

「そのな……」

 

「分からない所があったら聞いてくれ、答えられる範囲でならできるだけ答えるから」

 

 まるで授業での教官の様に気軽に言ってくるリィンに一同は頭を痛める。

 

「いきなり至宝と言われても……正直実感が湧かずに困惑している……《七の至宝》はただの御伽噺ではなかったのか?」

 

「《七の至宝》は実在しているよ……みんなも見たのはそれぞれ違うと思うけど《リベールの異変》の時に現れた浮遊都市、あれも至宝の一つだったんだ」

 

「あれが至宝だと……?」

 

「にわかには信じられないが、受け入れるしかなさそうだな」

 

 ラウラの質問から追加された情報にユーシスとガイウスは唸った。

 

「むしろどうしてお祖父様とラカンさんはそんなに落ち着いていられるんですか?」

 

 アリサはすんなりとリィンの話を受け入れている大人二人に尋ねる。

 

「いやいや、ワシも十分に驚いておるぞ。長生きはするものじゃな」

 

「ええ、それに彼が語る“呪い”というのもノルドに代々伝わる《悪しき精霊》に通じるものがあるからな」

 

 グエンとラカンは呑み込み切れていない若者たちに苦笑する。

 

「それにのうアリサ……ワシにはその“呪い”について心当たりがあるんじゃよ」

 

「お祖父さま、それってもしかして――」

 

「《列車砲》を造った時から思っておったんじゃ……

 何故ワシらはあそこまで武器を造ることに熱中していたのだろうかと……

 おそらくワシとシュミットはあの頃から“呪い”に侵されておったのじゃ!」

 

「いえ、グエンさんはどうかは分かりませんが、シュミット博士とラッセル博士のあれは素だと思います」

 

 拳を握って断言したグエンにリィンはきっぱりと言い切る。

 

「あ、やっぱりそうじゃったか?」

 

 そんな答えにグエンはおどけた調子であっさりと引き下がった。

 

「お祖父様っ!」

 

 そんなふざけた態度にアリサが激昂する。

 

「話を逸らさないで!

 “呪い”が本当にあるのなら、その影響を受けているのは母様でしょっ!

 リィン、お願い。うちに行って母様から“呪い”を払って、ラウラやガイウスにできたなら母様の“呪い”だって消せるんでしょ!?」

 

「“呪い”は人の悪感情の背中を押すことだけなんだ……

 アリサとイリーナさんの間に何があったのかは知らないし、あの時見た様子では“呪い”に侵されている様子は――」

 

「違うっ!」

 

 諭すようなリィンの言葉をアリサは声を上げて拒絶する。

 

「全部“呪い”のせいよ……母様がお祖父様を裏切ったのも、お祖父様が黙ってそれを受け入れたのも、父様が亡くなったことも全部《鋼の至宝》のせいに決まってるわ!」

 

「アリサ、ちょっと落ち着かんかい」

 

 捲し立てるアリサを落ち着かせるようにグエンはアリサの肩に手をやるが、それを振り払ってアリサはリィンに縋りつく。

 

「ねえ、そうでしょ……?」

 

 両手でリィンの襟首を掴み、今にも泣き出しそうな顔でアリサは訴える。

 

「お願いだからそうだって言ってよ、リィン……」

 

 そんなアリサにリィンは目を伏せて首を横に振る。

 

「もしイリーナさんを変えたものが本当に“呪い”だったとしても、俺にできることは何もない」

 

「っ――!」

 

「アリサッ!」

 

 衝動的に振り上げられた手をラウラが背後から掴む。

 

「っ――返してよ……」

 

「アリサ……」

 

「あの優しくて温かだった……私が大好きだった母様を……返してよおおおおおッ――!!」

 

 アリサの悲痛な叫びにリィンは何も言葉を返すことはできなかった。

 

 

 

 

「遣る瀬無いものだな……」

 

 満天の星空を一人で見上げながらリィンは一人ごちる。

 あの場はそれ以上、話せる空気でもなくそれに必要最低限の事は伝えることはできた。

 アリサはⅦ組に用意されたゲルに戻り、リィンは彼女と距離を置いた方が良いということでグエンと共にウォーゼル家のゲルに泊まることになった。

 が、リィンは眠らずにそこから抜け出していた。

 集落の垣根を越えて、散歩するように高原を歩く。

 

「アリサの事情か……」

 

 思えばそこにちゃんと向き合ったことはなかった。

 同じリベールに家出した縁はあっても学院では積極的に言葉を交わしていたわけではない。

 そして何とかして上げたいと思っても、アリサに対してできることは何もないと答えは出ている。

 

「わたしのせいだよね?」

 

 いつの間にかリィンの背後に付き従う様に浮かんでいたノイが呟く。

 

「ノイのせいじゃないよ」

 

 リィンは振り返り、浮かんでいるノイに手を差し伸べ彼女を肩に乗せる。

 

「何もかもが“呪い”のせいじゃない……当事者でもない俺が言えることじゃないかもしれないが、ノイが責任を感じることはないんだ」

 

 気休めかもしれないが、はっきりと断言する。

 

「うん……」

 

 ノイは頷きはするものの俯いた顔を上げることはなかった。

 

「安心してくれ、過去を変えることはできないけど、必ず俺が“呪い”の因果は断ち切ってみせるから」

 

「リィン……」

 

「その様子だと、忘れてしまったというのは嘘みたいね」

 

 二人の会話にルフィナが現れて割って入る。

 

「あの子たちに教えるメリットはないと判断したのかしら?」

 

「それもあります」

 

 リィンは憚ることなくあの時の言葉は嘘だったと認める。

 

「でも、あの時の俺は冷静じゃなかったのは確かです……

 思いついた案も、俺よりもノイの協力が不可欠だし、場合によっては今よりも悪いことが起きる可能性だってある。だから――」

 

「聞かせて」

 

 ノイはリィンの言葉を遮った。

 

「わたしにもできることがあるなら、何でもする。だからリィンの考えを教えて」

 

「ノイ……」

 

 はっきりと自分の意志を言ったノイにリィンは驚き、思わず傍らのルフィナを見る。

 

「この子もそれなりに成長したということでしょうね。どうするリィン君?」

 

 ルフィナの問い掛けにリィンは顔をしかめ、深々とため息を吐いた。

 

「《鋼の至宝》を錬成する。それが俺が考えた《黄昏》の対抗策です」

 

「《至宝》を錬成する?」

 

「何を言っているのリィン君、そもそも《黄昏》が《鋼》を錬成する儀式のはずでしょ? それじゃあ意味がないわよ」

 

 リィンの答えにノイとルフィナは揃って首を傾げる。

 

「正確にいえば、《未完成の鋼》を《完全な鋼》として錬成し直すんです……

 そうすれば《黄昏》の《鋼を錬成する結末》を先取りすることができるので、そこに至るまでの因果は崩壊させられるはずです」

 

「ちょっと待ってリィン君。《未完成の鋼》ってどういうこと?」

 

「ルフィナさん、どうして《ロストゼウム》の抜け殻はあそこにあるんですか?」

 

 リィンは《大地の至宝》の抜け殻を見た時に思ったことをそのまま口に出す。

 

「二つの至宝が一つになったのなら、《器》である抜け殻も錬成されていたっておかしくないはず……

 いや、むしろ《器》が錬成されずに剥き出しの《力》だったから誰にも制御できなかったんじゃないんですか?」

 

 《影の国》で自分の《器》から《意志》が抜け出た経験があるからこそリィンは思う。

 

「1200年前、二つの至宝がぶつかり合って《力》と《意志》は錬成されて一つになった。だけど《器》が錬成するには至らなかった……

 《黄昏》は突き詰めて表現するなら《七の騎神》を《鋼の器》に至らせるための儀式……

 それなら《大地》と《焔》。この二つの《器》を錬成して《鋼の器》にしてノイに返せば《黄昏》を上書きできるんじゃないですか?」

 

「リィン君……」

 

「素人考えですけど、これが俺が思い付いたプランです」

 

「素人ね……」

 

 説明を締めくくったリィンにルフィナは何とも言えない顔を向ける。

 確かに考え方は素人だ。

 そもそも教会の人間は《アーティファクト》を未完成だとは考えない。その点は結社も同じだろう。

 ましてや《鋼の至宝》は奇蹟の上で成り立った産物。

 誰にも制御できなかったその存在が未完成だったからだと誰が想像できるだろうか。

 

「とりあえず、リィン君の憶測が正しかったとして問題が二つあるわね」

 

「二つもですか?」

 

「ええ、まずは一つ。至宝同士の衝突でも錬成されなかった《器》を錬成する熱量はどうやって確保するつもりかしら?」

 

「あ……」

 

「二つ、《器》を完成させても《力》は《七の騎神》に分割されたままだとするならば、できるのはただの木偶の坊だと思うんだけどそこはどうするつもり?」

 

「それは……その……」

 

 ルフィナの指摘にリィンは何も思いつかず狼狽える。

 

「でも考え方そのものは悪くないと思うわ」

 

 そんなリィンの姿に苦笑を浮かべてルフィナは助け舟を出す。

 

「《鋼の器》いえ、《鋼の騎神》を作り出すことは不可能でしょう……

 でも例えばあの抜け殻から武器を作って《相克》に紛れ込ませたらどうなると思う?」

 

「それは……」

 

「熱量の問題は丸ごと錬成するよりも必要ではないはず……

 そして《第一相克》で《鋼の武具》を錬成できれば、《黄昏》の因果は止められる……

 仮に止められなかったとしても、《黒》への対抗手段として明確な切り札を作り出すことが出来る」

 

「でもそれにだって問題があると思います……

 これから命のやり取りをするのに、敵に用意してもらった武器を使って誰が戦ってくれるんですか?」

 

 リィンが知っている《起動者》はアリアンロードとルトガーの二人だけ。

 猟兵であるルトガーがそんな甘いことをしてくれるとは思えないし、アリアンロードとは馴れ合いをしないと決めている。

 

「それに関しては問題ないわ。おそらく《鋼の聖女》はこの話に乗って来るでしょう」

 

「何を根拠に断言できるんですか?」

 

 自信をもって言い切るルフィナをリィンは訝しむ。

 

「良いリィン君。これは馴れ合いではなく“取引”というのよ」

 

 そう言うルフィナの表情は悪い顔をしていた。

 

 

 






 リィンの思い付きは要するに00を00ライザーにバージョンアップさせると思ってください。





その日のラインフォルト第四開発部

シャロン
「会長、旦那さまからこちらのオーブメントを会長に渡してほしいと承りました。至急、中身を確認して欲しいとのことです」

イリーナ
「今は会議中だというのに何かしら……音声データみたいね。悪いけど再生してもらえるかしら?」

アリサ
『あの優しくて温かだった……私が大好きだった母様を……返してよおおおおおッ――!!』

 ………………
 …………
 ……

会社員A
「ええ、その時のイリーナ会長ときたら……」

会社員B
「あの人が狼狽える姿なんて初めてみました」

会社員C
「取り繕っても赤面していて、ああこの人も人間だったんだと改めて思いました」


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