(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
ノルドの不思議
その一
誰もいないのに上でまとめられたままのザイル。
その二
武装集団の移動手段。仮に解放戦線の飛行艇を使っていたとしても監視塔付近までは近付かないはず。徒歩だったとしたらある意味すごい。
その三
ミリアムがストーンヘッジにいた理由。
共和国側を偵察して、石切り場を確認して何であそこに降り立つのかが分からないですね。
「リィンの話をどう思った?」
Ⅶ組のために用意されたゲルに戻ったガイウスは就寝の準備をせずに尋ねた。
「おそらく嘘は言っていないだろう……
だが、むしろそれを聞きたいのは俺の方だ。リィンの話を聞いて“呪い”によって駆り立てられたお前はどう思った」
「俺は……正直実感が湧かないな」
リィンの話とあの時の衝動を思い出しても“呪い”という曖昧なものに突き動かされたとは思えなかった。
「確かに今振り返ってみれば、あんなことをした自分が信じられない……
そう考えると“呪い”は確かにあると思うのだがそれを素直に受け入れることはできない」
「私もガイウスと同じ考えだ」
ガイウスの言葉にカーテンの仕切りを回って二人の会話に入って来る。
「ラウラ……アリサは?」
「とりあえず落ち着かせたら今日の疲れが出たのだろう。そのまま眠ってしまった」
「そうか……」
耳を澄ませば確かに寝息が聞こえて来る。
ならばと、少しだけ声を潜めてユーシスは続けた。
「“呪い”に突き動かされたのはラウラも同じだが、やはりガイウスのように逆鱗に触れられたからか?」
「いや、私の時はそうではなかった」
できることなら思い出したくない醜態だったが、それを噛み締めるようにラウラは語りだす。
「一回目の特別実習で不覚を取ってしまった事……
リィン達と対等に鎬を削り競い合い高め合えると思っていたのに、私は井の中の蛙だったことがどうしようもなく悔しかった……
だから振って湧いた強くなる方法に飛びついてしまい、そのまま歯止めが効かずに外法で得た力の実感にのめり込んでいた」
「今はどうなんだ?」
「今はもうリィン達への劣等感はない。むしろ力は失ったはずなのに体は調子が良いくらいだ」
「それを信じるなら、再発の心配はないようだな。俺としてはリィンが何故それだけ事情に詳しいかが気になるが」
「それはリィンも呪われていたからではないだろうか?」
「何故そう思う?」
「ユーシスも読んでいるなら知っているだろう? 《Rの軌跡》の主人公の家出の原因となった《鬼の力》のことを」
「ああ、人を獣じみた化物に変えてしまう《異能》か」
「《鬼の力》……以前サラ教官が言っていたリィンとリンクを結べない原因のことか?」
今でこそ、多少の改善はされたがまだ制限がある戦術リンクしか結べていないガイウスは聞き返す。
「ああ、私たちの“呪い”が突発的なものだとするならば、リィンのそれは常にあったようなもののようだ」
「それは……大丈夫だったのか?」
「大丈夫なものか、あのリィンが殺意の赴くままに人を襲っていた……
前もってリィンの話だと知っていなければ、とても主人公がリィンだと思わないだろう」
「リィンが人を襲った……にわかに信じられないな」
「だがアネラスさんがそう言っていた……
しかし何故リィンがそんなものを出すことを認めていたのか疑問だったが、こうして考えると“呪い”のことを帝国に周知させるための戦略の一つだったのかもしれないな」
本人がその場にいたら全力で否定する答えにラウラは行き着く。
自分の失敗を含めた半生を演出過多で世に知らしめるなど、ラウラには到底真似できない。
「そうなると俺も一度読んでおくべきか」
クリスから勧められたが、やはり学業や部活を優先して読もうとは思っていなかったがこれを機に読んでみるのも良いかもしれないとガイウスは考える。
「しかし、これでガイウスもか……
仲間意識というわけではないが、リィンには借りばかりが増えていくな」
「そうだな……この借りは大きいな。しかしあのリィンに恩を返すには何をすれば良いのか見当もつかないな」
ラウラとガイウスは顔を見合わせて唸る。
そんな二人にユーシスはため息を吐いて助言する。
「責任を感じるのは良いが、あまり気負い過ぎるなよ」
「ユーシス? いや、しかし……」
「リィンにとってはお前達の暴走は“呪い”による予定調和としか思っていないだろう……
むしろあの態度からみれば、自分が近くにいたからとでも考えていそうな感じでもあった……
そこでお前達が“呪い”を言い訳にせずに恩返しを願ったところで、あいつも居心地を悪くするだけだろう」
「だがそれでは――」
「何も開き直って恩を踏み倒せと言っているわけではない。ただ入れ込み過ぎるなと言っているんだ」
「それはどういう意味だ?」
ユーシスの言葉にラウラは首を傾げて聞き返す。
「俺達の関係はあくまでも卒業までのものと考えておくべきだ……
お前達がリィンへの恩返しを優先して自分達の目的を蔑ろにでもしたら、それこそ恩を仇で返しているようなものだ」
「う……それは……」
「返す言葉もないな」
ユーシスの指摘に二人は唸る。
真面目過ぎる二人にユーシスはため息を吐く。
同じ真面目でもマキアスの方はまだそういう点においては線引きができているだろう。
「だが、まあお前の場合はリィンに嫁入りして借金を免除してもらう方法もあるがな」
「なっ!? 私がリィンに嫁入りだと!? そんな――」
ユーシスの提案にラウラは声を上げて反論しようとしたところで、カーテンの仕切りの向こうで何かがベッドから落ちる音が聞こえて来た。
三人は一斉にそちらに顔を向けるが、カーテン越しの向こうではそれ以上何かが動く気配はない。
「そういえば、リィンは出身を理由にシュバルツァー家を継ぐことに後ろ向きだったな」
ユーシスは何事もなかったかの様に向き直ってそんなことを呟いた。
「む……それは本当なのか?」
「ああ、本人から直接聞いた」
そもそも家督を継ぐどころか、他家へと婿入りすることも考えていないだろうとは言わずにユーシスは続ける。
「まあ男爵家の養子ではあるが、それを差し引いても貴族にとっては喉から手が出る程の優良物件ではあるな」
「それは……」
ユーシスの指摘にラウラは押し黙る。
ラウラも貴族の娘なのだから伴侶を決めることは義務の一つでもある。
父からは好きにして良いと言われているが、ラウラとしては共にアルゼイト家を背負ってもらう者にはやはり相応の実力者を伴侶にしたいと思う。
その点、リィンはその父の信頼も厚く、ユーシスが言う通り理想の相手だろう。
「ダメだ。そんな方法で借金を免除してもらうわけにはいかん」
「まあ、これ以上俺がとやかく言うつもりはないがあまり悠長なことを言っていると誰かに先を越されることになるぞ」
ユーシスがそう言うと再びカーテンの向こうで物音が立つ。
そして、そのカーテンを盛大に舞い上げてアリサが叫ぶ。
「ちょっとそれはどういう意味よ!? 私は別にリィンのことなんて――」
「ほう、俺は別にアリサのことを指摘した覚えはないのだがな」
激昂して詰め寄ってくるアリサにユーシスは涼しい顔をして言い返す。
「俺は違うが、貴族生徒にとって学院生活は一種の婚約者探しの場でもある……
リィンはそんな貴族の娘たちにとってまたとない優良物件だというだけの話だ」
「ゆ、優良物件って……それは言い過ぎじゃないかしら?」
「さあな。俺の意見などあくまで一つの考えでしかないからそれ以上は何も言えないな」
含みのある言葉にアリサは不満そうに頬を膨らませる。
「どうやら落ち着いたようだな……
家族と不仲な気持ちは分からないでもないが、都合の良い言い訳だからと安易に“呪い”のせいにするのは控えておくべきだろうな」
「何でユーシスにそんなこと分かるのよ?」
「分かっているわけではない。お前が遮って聞けなかったが《鋼の至宝》のことにはまだ話していないものがあると感じただけで……
あいつがどんな思惑で《鋼の至宝》を擁護しているか分からないが、全てを聞かない内にどちらか一方を悪だと決めつけるのは早計だぞ」
「わ、分かっているわよ」
「果たして本当にそうか? 貴族の観点から言わせてもらえば、お前の母の立ち振る舞いには見習うべきところがあると思っているのだが」
「え……?」
ユーシスの意見にアリサは耳を疑う。
「ど、どうしてよ? 母様は家族をお祖父様を裏切ったのに」
「裏切ったのではなく、迷わなかったという話だろ?」
「迷わなかった?」
「人の上に立つ者は迷い揺らいではならない。常に自信を持った立ち振る舞いを心掛け、率いる民を不安にさせてはならない……
“貴族の義務”だがこの場合は“上に立つ者の義務”と言い換えることができるだろう」
「……何よ……それ……」
訳が分からないとアリサは首を振る。
「それじゃあ母様がお祖父様にしたことは正しいって言うのっ!?」
「場合によっては、家族の情よりも優先するものがある。それが上に立つ者が背負う義務だ」
激昂するアリサにユーシスは何処までも冷静な言葉を返して二人は睨み合う。
「二人とも、落ち着け」
「ああ、ここで俺達だけで議論しても――」
それぞれアリサとユーシスに分かれて、ラウラとガイウスが仲裁に入る。
と、そこでガイウスは言葉を切って天井を仰いだ。
「どうしたガイウス?」
「いま……何かが見えた……あれは監視塔?」
顔を押さえて今脳裏に映った緋色の光景を反芻する。
場所は監視塔だろうか。
砲撃を受けたのだろうか、燃え盛る炎にそれに対処しようと動き回る軍人たち。
そして離れた場所から導力迫撃砲から笑いながら監視塔に砲撃を行っている者達の姿が見える。
「ガイウス、大丈夫か?」
突然顔を押さえて蹲ったガイウスに“呪い”の後遺症かと考えたユーシスだったが、次の瞬間ガイウスは駆け出していた。
「今のは……」
見えた光景が何なのかは分からない。
外は静かで平穏な星空が広がっていたが、ガイウスは居ても立っても居られずに走り出す。
すると休んでいたはずの馬がガイウスに並走して乗れと促す。
「すまない。感謝する」
一言、礼を言ってからガイウスは馬に飛び乗り、ユーシス達の声を振り切って一人高原へと飛び出した。
「いったいこの地で何が起きているんだ……」
馬を走らせながらガイウスは先程の光景を思い出す。
白昼夢にしては鮮明で、そして理屈を抜きにあれが現実のものだと感じさせる。
しかし、馬を走らせて監視塔に向かうものの、夜の高原は静かなものだった。
暗い夜の中、監視塔の輪郭を示す赤い誘導灯が見えて来るが緋色の光景はそこにはなく、肩透かしを食らった気持ちでガイウスは馬の速度を緩める。
その瞬間、監視塔が爆ぜた。
「なっ!?」
先程見た光景が目の前で再現される。
次々と撃ち込まれる砲撃に監視塔の炎はその度に大きくなっていく。
「くっ――」
まだ距離があるのに重く響いて来る破壊音にガイウスは歯を食いしばりながら馬を監視塔とは別の方向へと走らせる。
「確か奴等がいたのはこの先の丘のはず」
緋色の光景を思い出しながら、そこへ向かうとちょうどその武装集団は崖の下に止めてあった導力車に乗り込もうとしているところだった。
「貴様ら! そこで何をしている!?」
ガイウスが叫ぶと武装集団は一斉に向き直る。
「ちっ、目撃者か……どうする?」
「はっ、何言ってるんだ。殺すしかないだろ」
当たり前のように武装集団はガイウスに向かって導力ライフルを構える。
「っ――しまった」
ガイウスも迎撃に構えようとするが自分が槍を持っていないことにようやく気が付く。
が、そんなガイウスの都合など構わず武装集団が引き金を引く、その瞬間馬が勝手に走り出して銃弾は虚空を貫いた。
馬はそのまま反転し、ガイウスの意志とは関係なく走り出す。
「逃げたぞ! 追えっ!」
武装集団の声を背後に、ガイウスは悔しさに歯を食いしばりながら手綱を握り直す。
「すまない。助かった……しかし、このまま奴等を集落に連れて行くわけには――っ」
どうにかして撒かなければと考えたところで右腕に鈍い痛みが走る。
「大丈夫だ。それよりもこのまま走り続けてくれ」
気遣ってくる馬の気配に言葉を返しながら不甲斐ない自分にガイウスは内心で毒づく。
「不甲斐ない……」
自分が何故監視塔が砲撃される光景を予知できたかは分からない。
しかしその衝動に任せて動いて窮地に陥っていることにガイウスは自嘲する。
だがそんな後悔と反省を嘲笑う様に導力車は瞬く間に疾走する馬に追い付き並走する、ガイウスは横から向けられた銃口に息を呑む。
「おい、どうせならゲームをしないか?」
が、不意に武装集団の一人がそんなことを言い出した。
「ゲームだと?」
「的当てゲームだ。後ろから一発ずつ交代で当てていって、倒した奴に今回の取り分を上乗せってな」
「は、良いぜ受けてやるよ」
ガイウスを無視して勝手に男たちは盛り上がる。
「おいおい、余計なことしてないでさっさと撤退するべきだろ……
それに集落に逃げ込まれたらどうするつもりだ?」
「は、何をビビっているんだよ? 銃火器も置いてない集落に何の脅威があるって言うんだ?
俺達はあの《リベールの悪夢》を乗り越えた猟兵団なんだぞ」
「そうだ。それにどうせ帝国と共和国の戦争が始まるならあんな集落なんて一瞬で消えちまうだろ?
ならいっそあんなちっぽけな集落でも俺達が略奪して有効に使ってやろうじゃねえか」
「下衆共が……」
ガイウスは悪態を吐かずにはいられなかった。
そんな態度に男は醜悪な笑みを浮かべる。
「は、威勢がいいな。お前が俺達を楽しませてくれたなら集落には手を出さないでやるぞ。ま、精々頑張るんだな」
そう言い残して並走していた導力車は速度を落として、ガイウスの後ろに着く。
「じゃあまずは俺からだ。一発で終わらせてやるぜ」
窓から半身を乗り出して銃を構える男。その顔は醜く歪んでいた。
「くそ……」
どれだけ忌々しくても丸腰のガイウスにできることは逃げることしかできない。
ましてや自分の迂闊な行動が原因で集落を、家族を危険に晒すわけにはいかないとガイウスはただ言われるがままに逃げることしかできなかった。
………………
…………
……
どれだけの時間が過ぎただろうか。
ガイウスの背にはいくつもの弾痕が刻まれ、深紅の制服は彼の血で赤黒く染まっていた。
「…………ここまで……付き合わせて……しまって済まない……お前だけでも逃げてくれ」
最後に馬に語り掛け、ガイウスは手綱を手放して自分から落ちる。
「良っしゃあ! 俺の勝ちだ!」
「くそっ!」
上がる歓声と悪態をどこか遠くに聞きながらガイウスはまだ朝には遠い、黒い空を呆然と見上げる。
「ここまでか……」
まさかこんな終わり方をするとは想像もしていなかった。
ましてやここまで自分が無力だったとも思っていなかった。
導力車が目の前で頭の上で停まる。
「くくく……なかなか楽しかったぜ。何か言い残すことはあるか?」
「…………煉獄に堕ちろ、愚図が」
精一杯の虚勢を張り、ガイウスは武装集団たちを睨み付ける。
「は……最後まで威勢の良いガキだ。それじゃあ死ね」
その言葉を言った瞬間、風が吹き男が持つ導力ライフルが両断されて地に落ちた。
「なっ!?」
驚き何が起きたのか彼らが把握するよりも早く、それはガイウスと武装集団の間に唐突に現れると異様に長い太刀を一閃させ、それだけで五人いた武装集団たちをまとめて薙ぎ払う。
「……だれ……だ……?」
痛む体を何とか動かしてガイウスが顔を上げるとそこには白く長い髪に、黒い軍服に白いマント姿の背中があった。
「…………《剣鬼》……なのか?」
その姿はクラスメイト達から聞いていた服装だった。
おそらくは向こう側を向いている顔には片角の鬼の面があるのだろう。
「ちっ……油断したか」
「どこのどいつか知らないがそんな仮装で俺達がビビると思っていたのか?」
「俺達は猟兵《バグベアー》……あの《リベールの悪夢》から生き残った猟兵団だぞ」
武装集団は使い物にならなくなった銃器を捨てて、格好に反して弱そうに見える《剣鬼》に武器を構える。
それでも油断を最小限に五人は散らばって《剣鬼》を囲むようにじっくりと移動していく。
「《リベールの悪夢》……
リィン・シュバルツァーに一蹴されただけの有象無象が何を得意気に語っている?」
「なっ!?」
痛烈な言葉を返されて男は絶句する。
そして次の瞬間には憤慨して叫ぶ。
「ぶっ殺せっ!!」
取り囲んだ自称猟兵達は一斉に《剣鬼》に向かって襲い掛かる。
「危な――ゴフッ」
四方から襲い掛かる猟兵達にガイウスは思わず叫ぶが身体に走る痛みに咳き込む。
しかし、そんなガイウスの気遣いなど全く意味はなかった。
まさに一瞬、ガイウスの目には何が起きたのかも分からず、飛び掛かったはずの猟兵達は一斉に逆の方へと弾き飛ばされた。
「あ……」
音を立てて、草原に倒れて動かなくなった猟兵達にガイウスはそれまで保っていた緊張の糸が切れる。
――ああ、これでノルドの平穏が……家族は大丈夫だ……
できることなら救ってくれた《剣鬼》に礼を言いたいが、もはやガイウスは限界だった。
――彼をここに遣わせてくれた。風と女神の導きに感謝を……
その思考を最後にガイウスの意識は闇に落ちた。
*
「まったく……貴様らがここまで無能だったとはな」
眼鏡の男は猟兵達を失望を隠さずに罵る。
「闇夜に乗じて、帝国の監視塔と共和国の基地をこちらが用意した迫撃砲で砲撃するだけの簡単な仕事だと思っていたのだが、何か弁明はあるかね?」
「くっ……」
返す言葉もなく猟兵達は押し黙り、内心では眼鏡の男と同様に戻ってこない仲間のことを口汚く罵る。
「それでどうするつもりだね?」
「どうするとは?」
「契約内容は、帝国と共和国との戦闘を誘発させることだったはず。だが依然と両国に目立った動きはない。ではどうしてくれるのかな?」
「御言葉だが、策を用意したのはお前の方だ。それが失敗したのならお前の策が悪かったということではないのか?」
「ふ……子供でもできると騒いでいたのは誰だったのかな?」
「っ……」
責任の擦り付け合いは猟兵達の方が不利だった。
むしろそこにいる共和国の基地を襲った者達の方がリスクが高かったくらいなのだから、帝国側で失敗するとは全く想定していなかった。
「どうする? このまま何もしないつもりなら、前金を返金して違約金を払ってもらわないと困るのだが?」
「チッ……分かった。だが、迫撃砲に代わる装備は貸してくれるんだろうな?」
「ああ、もちろん……ダメ押しの一手をしてもらうためにも用意を……いや、ちょっと待ってくれるかな」
頷きかけた眼鏡の男は妙案を思い付いたと言わんばかりに前言を撤回する。
「ん……何だ?」
「仕事を始める前に一旦落ち着こう、私も君たちも少々冷静ではなかった」
「あ、ああ……」
突然下手に出た依頼人に毒気を抜かれたように猟兵は頷く。
「私はこう見えて音楽を嗜んでいてね。ひとまず一曲披露させてもらって良いかな?」
「別に構わねえが、音楽の良し悪しが分かる奴等なんてここにはいないぞ」
「構わないさ。これは言わば私が頭を冷やすためのルーチンみたいなものだから」
「そうか、それなら聞かせてもらおうか」
ここで無理に依頼人の提案を拒み、機嫌を損なわせる意味はないと猟兵は眼鏡の男の提案に乗る。
「それでは……」
男は徐に古びた横笛と、黒く染まった七耀石を取り出す。
石を足元に置き、そして男は笛を吹く。
「なっ!?」
男の笛の音に合わせるように石から黒い何かが噴き出し、猟兵達を呑み込んだ。
「ククク……《獅子戦役》で《偽帝》オルトロスがこれを使い、帝都で《暗黒竜》を復活させたというのは本当のようだな」
ノルドの石切り場の奥地に封印されていた黒く染まった蒼耀石。
それは《暗黒竜》を倒した時に残った七耀石の一つ。
《獅子戦役》ではこれを含めた七つの七耀石を使って帝都に《暗黒竜》を復活させたと記されている。
少なくても表の歴史ではそう伝わっており、真実は少し異なるがその七耀石が儀式に使われたものであることは事実だった。
「さて、君たちにはこれから私の言う通りに働いてもらおう」
笛を吹くのをやめた男は黒い瘴気に侵された猟兵達に向かって言った。
《剣鬼》
サラ
「そう……ガイウスも《剣鬼》とあったの……(プルプル)」
マキアス
「これでリィンを除いた全員が《剣鬼》と会ったわけだが」
リィン
「そうだな……」
ラウラ
「リィンも《剣鬼》とはリベールで戦っていたのだな」
リィン
「そうだな……」
ユーシス
「今のリィンの三倍の強さだと言っていたが、よく無事だったものだ」
リィン
「そうだな……」
ガイウス
「とはいえ、俺が無事にこうして学院に戻ってこれたのは《剣鬼》のおかげでもある」
エリオット
「そうだね……僕達の時も結局助けてもらったようなものだから」
アリサ
「ルーファス常任理事に雇われていたみたいだし、秘密の犯罪組織の一員とは思えないわよね」
リィン
「そうだな……」
ラウラ
「だが、途轍もなく強いのは事実。できることなら手合わせをしてみたいものだな」
リィン
「そうだな……」
エマ
「………………」
フィー
「………………」
リィン
「そうだな……」
クリス
「あ、あのリィンさん? さっきから「そうだな」しか言ってないんですけど、どうかしましたか?」